「じゃあこれは?」
「『空素』じゃないわね、『窒素』よ」
ご機嫌よう、皆さま。
中学のテストでイキれる転生者のヴィオレットです。
高校どころか大学まで進学した経験を持つ身としては中学レベルの基礎知識など家事よりもよほど簡単です。
昨今の教育方針で日本語の取り入れが進んでいる今日この頃、対策模試で
何故日本語?と思いますが、これも全部ISってやつの所為です。説明になってないと言われても知りません、私も分かりませんから。
世界的な傾向でそうなっているようですので、
「なんで中国語も混じってるのさ……ひらがな?だけでいいじゃんかー」
そういう訳にもいかないのですよ。日本語は元々漢字のみで読み書きしていたものを、音を当てはめた仮名を織り交ぜることで使いやすく改良した結果なのですから。
新学期も近付いて来たる課題を済ませるべく、シャルと宿題を済ませています。
フランスの新学期は9月です。ですのであと一ヶ月ほどの時間がありますが、宿題を溜め込む癖をつけるとロクなことになりませんので、こうしてシャルを励ましつつ手伝っています。
サボり癖の所為でシャルが『原作』の三馬鹿に名を連ねるなんてことになったら悔やんでも悔やみきれませんから、こうして勉強をさせている訳です。
シャルも答えを丸写しする愚行をせずしっかり問題をこなしていく真面目な子ですから、その努力は必ず報われることでしょう。
「日本語の課題だけ難しすぎじゃないかな?これじゃ解ける人なんてクラスで何人いるか……」
「確かにちょっと難易度を間違えてる気はするわね」
シャルの愚痴は最もです。これからの人生、フランス人の何人がこの日本語を使うというのか。
日本ですら今頃に習うような漢字や読み方を急に導入した日本語の授業に取り入れるのはいささか詰め過ぎに思えます。
ただでさえ二か国語分覚えなければならないと言われる日本語で、それも文脈の構成も男性名詞等の特徴も似てない二つの言語を同時に習得できる子供などそうはいません。
「そんなこと言って、お姉ちゃんいつも全教科ほぼ満点じゃん!……それになんで
「アハハ……なんででしょうね?」
元日本人だからです、なんて言えませんから適当に笑って誤魔化しておきました。試験の点数に関しては何も言うことはありません。一度通った場所も多いですから。
担任からはレベルの高い高校を目指すようにとは言われましたね。そのまま著名な大学まで進学していけば学校としても鼻が高いからでしょう。
「
「うぅ……頑張る」
げんなりとしながらもシャルは再びペンを握りました。その意気ですよ、私も手伝いますから頑張りましょう。
「アラスカ条約……ここ間違えてたんだ」
「アラスカ条約の発効はもう一年後の年ね」
アラスカ条約はごく最近出てきた国際条約ですね。その対象、というより議題の中心はいつもの問題児であるIS、これの使用や技術についての制限を定めた条約です。
ISの発揚は日本で、当時その技術を欲しいままに受け取り、独占していたのも日本でした。ISは世界の軍事的バランスを崩しうると予想される兵器および技術、その独占をしていたために各国の反感を買い、強烈な干渉に押される形でなされた条約でもあります。
軍事的アドバンテージを得たい、というよりISが無いと二次大戦前の植民地よろしく強国に脅され続ける可能性が高まる訳ですから、世界中がこれに飛びついた訳です。
全世界の利害が一致した故の措置。哀れ日本、パブリックエネミーのように後ろ指を指され、イナゴの大群に押しつぶされたのでした。
「国際政治は難しいのよねえ」
「国際政治なんて言われても想像できないや」
うーんと首を捻って唸るシャル。中等部ですしそんなものです。
国際政治のアクターの範囲とかウェストファリア条約とかSDGsの実践とかを専門的に考える中学生なんて有名校でもいませんよ。
「
「うん」
私の言葉に素直に頷いて次の問題に取り掛かります。
シャルは決して頭が悪いわけではありません。寧ろその逆、学校ではほぼ常に一位をキープする秀才です。頭の中の整理が非常に上手く、色々な物事を要領よくものにしています。
さらに運動もできてコミュニケーション能力も高く、行事ではリーダーシップを発揮して注目を集めるなど、『原作』さながらの才覚を見せ始めていました。
手先も器用で字も綺麗、音楽等のどうしても才能に左右される授業でも先生を感嘆させるなど、神は二物も三物も与えたと言わんばかりの才子がシャルなのです。
そしてその美貌。ブロンドの髪にアメジストの瞳、やや中性的な童顔はとても愛らしく整っており、嫉妬の感情すら起こらないほど完成されています。可愛い。
『原作』では持ち前の明るく穏やかな性格でクラスに溶け込み、二世代機で三世代機と渡り合い、ヒロインズでも一歩抜きん出たヒロイン力を発揮していたところからも、シャルの潜在的な能力を窺い知ることができます。
本当にシャルの将来が楽しみでなりません。同時にシャルの姉として恥ずかしくないように日々修練を積まなければいけませんね。
「お姉ちゃんは宿題終わったの?」
「共通のは。でも先生から特別な課題が出されてるから、それもやらなきゃいけないわ」
「あぁ、お姉ちゃんの担任意地悪だよね……」
意地悪とは少し違うのですが、何しても点数を落とさない私にムキになった先生の悪ふざけではあります。
生まれ変わった頭脳のスペックを振り回すのが楽しすぎて色々やり過ぎた結果なので甘んじて受け止めました。
というのも先生方は最高点を出すのは余り好きじゃないみたいで、何とか増長?する私を躓かせようと私に対する問題の難易度を上げていき、遂には大学入試に匹敵する問題まで出してきたのです。まったく私を何だと思ってるんですか、と抗議の一つもしたくなります。
苦笑する副担任曰く、努力することの大切さを教えたいのだとか。
不平等な仕打ちにげんなりしていた私もそんなこと言われれば手を抜く訳には行かなくなり、現在今世の頭脳の限界に挑戦中です。
当時は前世のトラウマから限界が来て失望されるのを恐れて取り組んでいたのですが、担任とのガチンコ対決を繰り返すうちにいつの間にか楽しくなってきて今ではこの有様です。
遂に他の学年の教師まで引っ張ってきて課題を作ってるそうなので、巻き込まれた方々には深く陳謝しています。
「先生の本気度が伝わってきて面白いわよ?」
「そ、そうなんだ」
ズラリと並べられた各教科の問題、どれもこれも中学生相当の子供がやるべき内容ではありません。
特に化学分野や数学の問題を見てシャルがドン引きしています。確かに言い回しとか分かりにくいですよね。
「いやいや、何これ?」
「何って……塩基配列と各ヌクレオチドの構造の図ね。シャルも
「……お姉ちゃんって何歳だっけ?」
「14よ」
「おかしくない?」
「何もおかしくないわ」
前世も含めた総年齢は大学生を優に超えてますから何もおかしくはありませんね。もっともそれを知らないシャルからすればおかしいと思うのも仕方ありませんが。
そもそも私は人生を一度前世で満了しているからこんなことが出来るのです。まだまだこれからのシャルが気負う必要も張り合う必要も無いのですよ。
「むーっ、何でか分からないけど置いてかれてる気がする」
「そんなこと無いわよ?シャルのこと、先生も褒めてたわ」
「お姉ちゃんに置いてかれてるの!」
ぐぬぬ顔で悔しがるシャルを宥めます。貴女の頑張りは私が一番よく知っているのですよ。でも、それをし過ぎて潰れてしまわないか心配なのです。
何を隠そう、前世の私がそれだったのですから。
人には人のペースがあって、それを無理に乱そうとしても誰一人幸福になどならないのです。
努力しない子を叱咤するのは良いですが、限界まで努力している子を詰るなど、どんなにその子の成長を期待していてもロクな結果にはなりません。
「……シャル、貴女ならどんな課題もいつかはやり遂げられるでしょう」
シャルは正に天才です。彼女なら私を超えることも出来ますし、かの天災にすら追い縋る可能性を秘めています。
「でもやるからにはしっかりと順序を踏んで焦らず一歩ずつよ。時間は短いようでとても長いんだから」
それを私が塞いでしまっては元も子もありません。妹に超えられない姉は無く、姉はそれを快く歓迎し、応援しなければならないのですから。
過ぎ去った過去は一瞬のごとく短く感じますが、これから来る未来は永遠に感じるほど長いのです。シャルなら有限の時間を有効に使えると信じてますよ。
と、前世を無駄に消費していた経験を多分に持つ私が言いました。
「それに……遊びもないと人生損しちゃうわ」
この世界は少し視点を変えるだけでスポーツ、文芸、ダンス、TVゲームその他様々な面白さがそこら中に散らばっています。
後は自身の中の臆病な自尊心と尊大な羞恥心を振り払えれば、誰しもが熱狂的なタップダンスを踊れるというもの。
シャルはまだ自分を見つめる段階ですから、様々なことに挑戦して欲しいですね。
「お姉ちゃんが言う?全然遊んでないと思うけど」
「あら、私が普段どれだけ遊んでるか知らないのね?私は今この勉強中ですら遊んでるのに」
「へ?遊んでる?」
「ダ・ヴィンチのハゲにテカリを入れていつまでバレないかとか……」
「子供かな!?」
「子供ですが何か」
偉人の額に『肉』とか入れることありますか?威厳ある姿が急にシュールでコミカルな絵に変わる面白さはいつになってもクスリとくる笑いを齎してくれます。
突っ込みの鋭さがツボに入って思わず吹き出すと、シャルは毒気を抜かれた顔でため息を吐き肩をすくめて笑いました。
「人生は料理よ。甘過ぎても苦過ぎても美味しく無くなっちゃうわ」
「で、その名言は誰の受け売り?」
「残念、今考えたなんちゃって名言よ」
私もシャルも、あと五年すれば立派な大人になります。
その時には自分の進路に自信を持てるように、持てなくても、自分を信じていけるようになりたいですね。
シャルは苦笑して、転がっていたシャーペンを手に取りました。