ご機嫌よう、皆さま。
空の色を見ていたいヴィオレットです。
皆様にとって、空の色が何色かという問いは大事なことですか?
空の色は地上を生きる私達には関係のないことのように思えますが、人が周囲の色によって感じる印象は無視できるものではありません。
少なくともこの空の色が落ち着いた青色を描いているのは私とって幸運でした。
例え雲がかかっていても、空を駆け抜けた彼方にはダークブルーが広がっています。
人は決して届かなかった筈の空へ飛び、その先の宇宙へ足を踏み入れ始めているのです。そう思うと遠い宇宙が急に身近なものに感じてしまいますね。
故郷の青黒く綺麗な空を見上げ、左手に持った封筒を摩りました。
この封筒はパリのとある住所から送られたもので、中には一通の手紙が入れてありました。
その場所はフランス最大の商業地区、パリ西部に位置する超高層ビル街ラデファンス。
達筆な字で『デュノアS.A』及び『アルベール・デュノア』と記されたそれは、間違いなく私達の人生に大きな転換期を与えることになりました。
母がこの世を去って早3ヶ月。唯一の肉親が遂にその目を私達に向けたのです。
所謂転生者の私ですが、父について知っていることは殆どありません。
将来シャルをIS学園に送ることだけは印象深い出来事ですが、それ以外のことについては何も知りません。
いつもの応接間でシャルに手紙を見せて、まず父って誰?となったのであーでもないこーでもないと雑談し、時に関係ない話にずれたりしていました。
「お父さんかぁ……どんな人なんだろ?」
頬杖を突いたシャルがこともなげに虚空に視線を移ろわせてそう零しました。
母に一度父のことを聞いてみたものの、困ったような笑みを浮かべるのみで多くは答えてくれませんでした。
ただ「悪い人ではないの」「愛のある人よ」とだけ答えてそっと撫でられたのは覚えています。
妾の母が言うのですから間違いではないのでしょうが、どっちもつかずな態度を取る父の評価をどのように解釈しても、良い人とは思えないのが現状でした。
父と母にどのようなわだかまりや約束があったとして、今日この日まで一通の連絡も入れてくれなかった父をどう好意的に評価すればいいのか。
今世の出来事だけでは……といった具合でもやもやしています。
「案外厳つい人かもね、はい」
「ありがと」
私は入れたカフェオレを渡して、いつものゆるゆるタイムに突入しました。
ロッキングチェアの触り心地は素晴らしく、子供っぽく少し前後に揺らしても違和感を感じない形を考えた人はノーベル賞の一つくらいあげてもいいんじゃないかなと思っています。
「お姉ちゃん、いつもその格好じゃない?」
「ん?……まあそうね」
シルクのふわふわした寝間着。特注で作ってもらったナイトキャップ兼外出もお任せゆかりん帽子。これが私のいつものスタイルなのですが、急にどうしたのでしょうか?
「ちゃんと洗ってるし複数着用意してるわよ?」
「飽きないのかな〜って」
「そうねぇ、もう慣れちゃったから今更変えるのもね」
特に帽子の方は私のお気に入りでもありますから。元ネタのイメージに沿ったこの帽子を被ると、何故だか頭が冴え渡るのです。心の芯がガッチリと固まって、理由の無い自信がつくんですよ。
こういうの、投影っていうんでしたっけ。
「ちょっと待っててね」
シャルは悪戯っぽい笑みでそう言うと、自室の方に戻って行きました。茶目っ気のある表情は可愛らしく、何が飛び出すのか気になってしまいますね。
カフェオレを飲んで一息つきます。テレビはバラエティ番組を映しており、経験の豊富さを感じさせる痛快なジョークで場を盛り上げていました。
こう見てると日本の笑いとはまた違うベクトルで攻めているのが分かります。どちらも甲乙つけ難いですが、プライベートの醜態から政治のブラックジョークまで幅広い分野をネタに出来るのは新鮮でいいですね。
テレビを見ながら少し時間を流していると、シャルが何かを持って帰ってきました。
それは人の丈程の大きさで、全体的に黒で統一された色をしていました。
それはツナギのように上下を繋いだ服で、頭をすっぽりと覆えるフードには尖った耳のような装飾がありました。
手の部分には可愛らしい肉球が備え付けられていて、その服がどのようなコンセプトで製作されたのかを如実に語っています。
「じゃーん!猫の着ぐるみパジャマ!」
「あらあらあら」
黒猫を象った着ぐるみパジャマは、その製作者の熱意が読み取れる絶妙なバランスで可愛さを保っていました。
これは……。ふむ……。
シャルがこのパジャマを着たところを想像してみましょう。
笑顔で、しかし少し恥じらいを保ちながら猫のポーズを見せるシャル……猫耳が頭の動きに合わせてピコピコと動き、最後は「にゃぁ」と鳴きまねをする黒猫シャルの可愛い姿……閃いた!
なるほど、これはとても良いものです。是非シャルの新しいパジャマとしてリストに加えましょう。
シャルの許可も貰ったら写真会もしましょう。記録は残していて損はありませんから。
そんな皮算用を脳内で繰り広げていると、その着ぐるみパジャマが徐に私の前に差し出されました。
「はい、お姉ちゃん着てみて!」
「え?」
私ですか?ああ服の下りってそういう……ちょっと待って下さい。私がやっても何の需要もありませんよ。
「……シャルが被った方が可愛いわ」
「大丈夫。ペアルックだから」
そう言うと一枚だったはずの着ぐるみパジャマの後ろから二枚目が現れました。色は正反対の白。
本当にペアルックで買ったんですか……お姉ちゃん予想外。
「……私はこの服で満足してるの」
「お姉ちゃんが着てくれたら私も着たくなっちゃうなー?」
「うっ」
う、上目遣いは卑怯ですよ。
別に拒否する理由はないんですが。
シャルの猫耳パーカーを見てみたい……けど私が着るのはなんだか恥ずかしい。でも見てみたい、愛でてみたい……ぐうっ……!
「お姉ちゃんっ」
「……着ましょう」
欲望に負けて頷いた私を見て陰でガッツポーズを決めるシャル。
くそう可愛い、許せる!
それに少し恥ずかしいことを除けばデメリットなんて殆どありません。シャルの猫耳パーカーが見れるのならお釣りがくるほどの価値があります。
それじゃあ早速とばかりに立たされて早着替え(させられ)、次の瞬間には猫耳ヴィオラが誕生しました。
そして猫耳シャル。ああ、やっぱり可愛い。
「お姉ちゃん可愛い〜!」
「シャルも可愛いわ」
シャルがキラキラした目で私に手を当ててますが、着ぐるみの肉球の所為で猫が頬をテシテシと叩いているようにしか見えません。
……天国でしょうか?
これは永久保存しなければいけないと私の中のフォースが囁いています。
「シャル、猫の鳴き真似やってみて?」
「にゃあ♪」
ごふっ。そんな声が心臓の奥から聞こえてきた気がしました。
これはヤバイです。想像以上に破壊力があります。
「お姉ちゃんも」
「え?……にゃーぉ、うにゃーん」
「……可愛い」
私にも振られたので少し本物っぽく鳴き真似をしてみました。
それにしても可愛い。……ちょっとだけ踏み込んでみましょうかね。
にゃー、と鳴きながらシャルの頭を挟み込みました。素っ頓狂な声を上げるシャルが可愛くて内心身悶えしつつ、写りの良いように角度を付けて「……にゃぁ」と囁くように鳴きました。
「可愛い〜〜!!」
「シャル、きゃ」
白いもふもふの塊が抱きついて、そのまま後ろのソファに倒れ込みました。私の上を白猫と化したシャルが乗って頬ずりしていました。
可愛い……というか、今日は随分積極的ですね。
「お姉ちゃん可愛いっ!恥ずかしがって奥手なところもグッド!」
「……ああもう」
もうどーにでもなれと開き直って体勢を変え、シャルを胸に抱きとめました。
もともと可愛いもの好きなシャルですが、最近はそういったものに触れる機会が少なかった所為ですかね?
前日のうさぎでスイッチが入ったのかもしれません。
「お姉ちゃんはいつもすましててお姫様みたいだったけど、可愛い路線もいけそうだね」
「需要ある?」
「あるっ!」
頭を持ち上げるシャルの猫耳がピコピコヒラヒラと動いて本物の猫のようです。ケモミミシャルという新しい道を開拓出来るのではないでしょうか。
可愛さで言えばシャルに敵うはずはありませんが、私はどう写っているのでしょうね?
「写真撮る?」
「うん」
こういう時に便利なのがスマートフォンです。が、私達はそんなもの持っていないので普通のカメラで代用しましょう。
母が使っていた一眼レフの高級品です。これならばシャルの良さを十分に引き立ててくれるはずです。
自室から持ってきたカメラを三脚で立てて自動撮影モードにしました。応接間なので少し狭いですが、二人が立つ場所は幾らでもあります。
「いくわよ」
「はーい」
「はい、3、2、1」
───パシャ。
二人して猫のポーズを決めて、カメラがその瞬間を切り取らんと瞬きました。さて、どのような写真が撮れたのでしょうか。
私はワクワクしながら三脚から外して確認しました。
「これは……」
「いいんじゃない?」
元気いっぱいな白猫と若干恥ずかしさの抜けない黒猫が猫の手を出して、丸めてポーズを決めていました。
シャルの可愛さを形にできたのは素晴らしい成果です。これは宝物として飾りましょう。写真立ても買わなければ。
「で、たまに使ってくれない?」
「……シャルも使うなら考えるわ」
「やった!」
猫の着ぐるみパジャマは今日から私達の生活に組み込まれるようです。
心なしか足取りの軽いシャルが自室に向かうのを、苦笑しながら見送っていました。
「ふう……そろそろ休憩しましょうか」
それから時間を五時間回しまして、昼食も食べ終わり午後のおやつタイムに入ろうというところ。
シャルはビスケットの袋片手に自室で勉強に勤しんでおり、私も負けず嫌いな先生とのタイマンの為に出された課題のレポートを書いていました。
一冊の本だけでは書ききれない部分が出てきたのでその部分は後で村の本屋にでも寄りましょう。
そんなことを考えて空になったカフェオレボウルを継ぎ足しにいこうと立ち上がりました。
───ォォン
「?」
ふと、何か地鳴りのような音が聞こえた気がしました。耳をすませてみれば、それは断続的で不規則で、遠くで雷でも鳴っているのかと首を傾げました。
───ォォン、ドォォン、バババンッ
言葉にすればそんな音が外から聞こえてくるのです。生まれて一度も聞いたことのない響きが、少しずつ近付いてくるのが分かりました。
同時に、風を叩きつけるような音も。
「……いったい」
一体全体なんだというのですか。そんな言葉を途切れさせて、ふとこの音を最近聞いたような気がしました。
そう、例えばシャルと一緒に見たテレビで。例えばピクニックの一幕で。
「───!まさか!!」
慌てて外を確かめようとした時、眼前の世界が耳をつんざく轟音と共に崩壊し出しました。
頭が真っ白になった私に、私達の居場所を形作っていた欠片は容赦なく降り注ぎます。
「───っっ!!?」
咄嗟に手を出して頭を守りました。瓦礫はそんなもの知らぬとばかりに私を激痛の檻に閉じ込めました。
痛い、痛い!やめて!そんな言葉を出すことも出来ず、襲いくる痛みに声のない悲鳴をあげることしか出来ません。
濁流の瓦礫の中、私は霞む目でそれを見ました。
人型で空を舞う、現実離れしたこの世界の象徴。
それが無数の傷を負って倒れ込んでくるのを。
(非日常の)足音。