昨夜は散々だった。
歳上の不良に絡まれ、新山君の怨みを買い、挙げ句、初対面の女性を両親が寝ている時間に家に入れ、夜を過ごしている。初めての深夜徘徊が、これまでの人生で最悪の結果を招いてしまった。そして、その女性は今、僕の部屋の押し入れで寝息をたてている。
あのあと、剛君と光君にも協力してもらい、どうにか、彼女、朝倉真美を匿うことに成功したけれど、その間、僕の心臓は音楽の授業に使うメトロノームみたいな振り幅をもっていた。小さな物音一つに反応して、一睡もしていない。にもかかわらず、押し入れから聞こえてく衣擦れや寝息にまで意識を集中させているのだから、身体の気だるさは最高潮に達しようとしていた。特に、緊張したのは朝食に呼ばれたときだ。見られないよう、洗面台に行き顔を洗って食卓についたのだけど、目にできた隈を誤魔化せなかったからお父さんに訊かれてしまい、咄嗟に、眠れなかっただけだよ、と嘘をつき、足早に朝食の席から離れて部屋に戻った。それから三十分後、時刻は朝の九時、お父さんとお母さんが仕事に出掛けて、ようやく落ち着く時間が訪れたのだけど、現状は言った通りだ。
押し入れには、僕の冬用の布団があるから暑いだろうと扇風機のコンセントを延ばして、クーラーの風を送る隙間を作っているのだけど、垣間見える真美さんの整った眉毛と、うっすらと香る匂いのせいで、とてもじゃないが寝れそうにない。
モンモンとした気持ちを発散しようかとも思ったけど、DVDの映像じゃなく、手を伸ばせば届く距離に本人がいるってことに躊躇ってしまい、結局は、机に向かって宿題をやることにした。
毎年、思うけれど、夏休みの友、なんて馬鹿な名前は誰がつけたのだろう。両親から、夏休みの宿題はどれだけ終わった、なんて突かれたときの緊張感や、日曜日の晩御飯時に、宿題を題材にしたテレビアニメから流れてくる音声に肝を冷やされる人は多い筈はずだ。これじゃあ、友達なんかじゃなく、只の学校や世間、はたまた親からの嫌がらせとしか思えないよね。
そんな屁理屈を捏ねながらやる宿題が進むわけもなく、一時間で二ページ分の問題をやったところで、携帯が震えた。画面を確認すれば、光君からのLINEだ。メッセージは、大丈夫だった?、と一言だけ。
なにをどう知りたいのか理解できない。新山君のことなのか、真美さんのことなのか、それとも、僕自身のことなのか。
僕は、寝不足の苛立ちをぶつけるように、光君に長文を返した。数分後の返事は、ごめんね、だけだ。