「まあ、お母さんがいるとするなら、この環境はどうかと思うけど……そこまで気にするのは、剛君にも悪いし何も言わないよ。責任だってとれないしね」
お茶を一息に飲み干し、空になったコップをテーブルに置く。僕は、よく見ているなぁ、なんて感心するばかりだ。真美さんにとっては、もしかしたら、当たり前のことなんだろうけど、ここも大人と子供の違いなのかもしれない。
具体的にいうなら、広い視野っていうのかな。よく耳にする言葉ではある。だけどさ、それってどうやって広げればいいのか誰も教えてくれたことってないよね。
例えば、体育の授業とかで先生が、サカーや野球などの球技では、広い視野をもっているかどうかが重要だ、なんて言うけれど、なら、どうやって広い視野を手に入れれば良いのか、そこを口にしてくれたことはない。
聞かなかったから?いやいや、そんなのは大人の言い訳だよ。子供の質問に答えるのは、大人の役割りだと思うし、なにより、先生って教育の専門家じゃなきゃいけないんだよね。お金だってもらってるんだしさ。だけど、教えてくれないんだもん。気づけないのは、仕方がないことだよ。
「真美さんの言う通り、剛君にはお父さんしかいませんよ」
「あ、やっぱり?男手一つでやってるなんて大変だろうね。立派な人なんだろうな」
僕は、剛君が寝室から戻らないか音だけを頼りに確認してから言った。
「それが、あまり良い評判はないんですよね……夜も遅くまで遊んで帰ってきてるみたいだし……お酒も好きみたいで……」
「ねえ、君ってさあ、なんだか……」
僕に被せる形で喋り始めた真美さんの言葉を遮ったのは、剛君が寝室から居間に入ってくる音だった。
二人分の視線を一斉に向けられた剛君は、少し狼狽えているみたいだ。
「えっと……?俺、なんかマズイ場面に入ってきちゃいました?」
そんな漫画みたいな言い回しはどうかと思うけど、真美さんは軽く吹き出していた。
「大丈夫だよ、それより、そっちは終わったの?」
「あ、はい。どうもありがとうございました。お陰で助かりました」
ぺこり、と頭を下げた剛君の旋毛に真美さんが、こっちもお礼なんだから気にしないで、と伝えると、テーブルにつくように促す。その前に、剛君は冷蔵庫から新しいお茶をピッチャーごと持ってきてから座った。
「豊もありがとな。お茶、まだいるだろ?」
「うん、ありがと」
僕が差し出したコップに、茶色が満たされていく。縁の下に刻まれた線までいれてくれた剛君から受け取ると、掌に冷たい感触が広がっていく。