不安っていうものを例えることができるのだとしたら、きっと心を覆うほどの黒く巨大な濁流なんだろう。
「ねえ、今ので私の話しは終わりなんだけど、どう?まだ、私に力を借してもらえるかな?正直、巻き込んじゃったことは本当にごめんなさい。情けないことなんだけど、私一人じゃなにも出来ないんだよ……だから……」
口火を切った真美さんは、ベッドのスプリングを軋ませて、頭を下げた。旋毛が寂しそうに揺らぐ。
「あの……なら、お母さんに会うだけで良いんじゃないっすか?」
「そうじゃないよ剛君……真美さんは、お母さんと仲直りする為に戻ってきたんだ。だけど、鬼山って人がいると事が運ばないってことなんだよ……」
光君の細い声に、剛君は納得したみたいだ。
確かに、追われていた理由はナンパじゃない、ナンパだったほうが何倍もマシだ。いつもより、剛君の声が小さかったのは、僕と同じ理屈に行き着いたからだろう。
「それで、どう?手伝ってくれるかな?」
改めて僕らに尋ねた真美さんへ、僕は頷いた。とても怖いし、胸の影は晴れていないけれど、間違えないよう、自分をコントロールできれば良いだけだ。いまさら、答えを変えるつもりなんかない。
続けて、剛君が首を縦に振ら。そして、残った光君は、お腹を抑えながら首を横に振った。
「ごめんなさい……みんな……僕は、やっぱり……」
「ううん、大丈夫だよ。悩ませちゃってごめんね」
否定もせずに、真美さんは笑顔だった。
本音を言えば、少しだけ残年だったけれど、こればかりは仕方がない。光君が、僕らを一瞥して立ち上がる。
「豊君、本当にごめんね……剛君も……」
僕は口角をあげることで大丈夫と伝え、剛君は顔の位置で右手を軽くパタパタと振ったあと、悲しそうに俯いた光君に言った。
「お前がそんな顔するなよ。大丈夫、俺も豊と同じ気持ちだ。けどさ、お前もここまで聞いちまったからには、しばらくお互いに会わないほうが良いんだよ」
それならそうと早く伝えてあげれば良いのに、剛君はいつだってカッコつけたがる節がある。けど、人から言われたからって、すぐに変われるものじゃない。いまは、これで良いんだ。
「じゃあ、僕はここで帰るね?二人とも、気を付けて……」
いまでも鮮明に思い出すのは、部屋を出ていく光君の丸い背中だった。本当は、僕たちを止めたいんだろうけど、何も出来ない悔しさが滲んでくる。だけど、僕らはもう止まれない。
扉を閉める音がしてから、真美さんが切っ掛けを作るように言った。
「改めて、これからよろしくね」
このとき、光君を含めた僕らは、まさか、あんなことになるなんて考えもしていなかった。
次回より、7月26日にはいります。
その前に、短編チャレンジ