真美さんに誘われたときの欲には素直なくせに、こんなにも重要な場面では、勝てる自分が想像できない。
「ん?ヨゴレさぁ、また漏らすのか?入学式のときもそうだったよな!いまでも、鼻に臭いが染みついちゃってるよ、なあ、お前もそうだろ?ああ、違うか。お前の家そのものが臭かったな」
それを聞いた大場が吹き出し、僕が剛君を盗み見るとトイレの奥で肩を震わせていた。
真美さんと出会ってからの数日、僕らは、曲がりなりにも考え方を変えられたし、その分、どうにかなるって精神も知らぬ間にあったのだと思う。ただし、それは、頭の中でだけに過ぎなかった。こうされたらこう、こうきたらこう返す、絵空事を並べるなんて誰にでも出来ることだ。
「はは、泣いてるよ!それにしても、ここで泣くなんてケガレには似合ってんなぁ!お前に用意されたトイレじゃねえの?」
頭上からの白木の声に、僕は奥歯を締めた。
どうしてこんなことを言われなきゃいけないんだ。
どうしてこんなことをされなければいけないんだ。
僕も剛君と同じように涙が溢れだす。公衆トイレの臭気や床の汚れなんて気にせずに、声を喉の奥で止めるなんてこともしないで、額を床のタイルにつけて唸った。
「うわっ、きったな!マジでヨゴレだな」
どっちが言ったのかなんて分からない。分かってもなにも言い返せない。殴り合うなんてできない。
これは、僕らにとってのせめてもの抵抗だったのだろう。それでも、暴力ってものは易々も訪れる。
「はいはい、泣いてても終わんねえからさ。それとも、涙で床を濡らして顔でも洗ってんの?なら、手伝ってやるよ」
僕の後頭部に、スニーカーの底が当たる。それを振り払うなんて発想もなく、ただただ、泣き崩れる僕らにつまらなくなったのか、白木の標的が買い物袋に移った。
「そういやさ、お前ら、これでなにを作るって言ってた?」
耳元で、ガサリ、と音をたてて持ち上げられた袋が恐くて見上げられない。これから何が起こるのか、簡単に想像できたからだ。
やっぱり、白木が楽しそうに言った。
「これ、お前らには勿体無いから捨てといてやるよ。いやぁ、俺って優しいよな?なあ、そう思わねえか、豊」
名前を呼ばれるだけで、僕の身体は一息で固まる。
「なあ、おい、なんか言えよ。ほら、早くしろよ。おい!」
まだ僕に元気が残っているか、その確認のような怒鳴り声に、バイブレーションみたいな動きで逐一、反応してしまう。
もう、条件反射みたいになっていた。それでも、口だけは嗚咽を漏らしている。身体と口が、それぞれ違う生物のように感じる。