英雄達の夏休み   作:saijya

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第13話

そうして動けずにいると、いよいよ面倒になったのか、溜め息をついたあとで、白木が新しい遊びでも見つけたみたいな声音で恐ろしいことを口にした。

 

「じゃあ、あと十秒以内になにも言わなきゃ、便器の水飲ませるから」

 

僕は、どうしてそんなことを思い付くのかと目を見開いてしまう。怖くて、情けなくて、顔を伏せているだけの僕が、考えをまとめる時間もなく、悪魔の囁きが聞こえた。

 

「十秒、九秒、八秒……」

 

わざとらしく、ゆっくりと数を増やしていく上に、心なしか語尾が弾んで、間延びもしていた。

真美さんとの会話で、すくなからず取り戻していた自信が打ち砕かれ、卑怯な自分が胸の位置から顔をだそうとしているのが分かった。

 

「六秒、五秒……」

 

これが出してしまえば、もう戻れなくなる。それは本当に嫌だ。

けど、どうすれば良い?

時間だって残されていない。なら、いっそのこと白木に殴りかかってみようか。駄目だ、やっぱり、負けた自分の影像しか浮かばない。

頭の中が、グッチャグッチャに掻き回されていく。そして、ついに、そのときがきた。

 

「二秒、一秒……はい、便器けってーーい」

 

突然、僕の髪を鷲づかみにした白木は、力任せに僕を引きずろうとする。自然と顔が上がった瞬間、僕は叫んだ。

 

「いやだ……いやだ!いやだぁ!」

 

笑った白木が言う。

 

「あ?返事しないお前が悪いんだろ?絶対やめねぇ」

 

ブチブチと髪が容易く抜けていく感触のあと、白木の右手が僕の顎に、左手が右脇に回された。引く力が強まり、僕は必死にもがいたけど、ばたつかせていた足を大場が掴み、二人の声が揃うや、僕は持ち上げられた。行き先は公衆トイレの一番奥の個室だ。乱暴に床に落とされた僕の目の前には、和式の便器があり、冷たい汗が背中に広がる。次いで、白木の両手が僕の襟を掴んだ。

 

「はは、ヨゴレが好きそうな臭いだな」

 

ろくに掃除もされていないのか、悪臭は、思わず嘔吐いてしまうほどだった。グンッ、と身体を引かれれば、鼻先に便器の縁が当たる。

 

「本当に嫌だ!お願いだから!やめて!」

 

「はあ?テメエがいつもみたいにしてれば、こんなことにならなかったんだよ!ちょっと会わなかっただけで、イキってんじゃねえよ!」

 

襟が伸びて首が絞まっていき、息も苦しくなってきて、どうにか力が入っている両手が痺れ始めている。このままだと、便器に顔を落とされるのも時間の問題だった。

 

「うわああああ!」

 

「この……!いい加減、諦めろや!直人君、ちょっと手伝って……直人君?」


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