理由は分からないけど、ふと、白木から力が抜けた隙に、僕はすぐさま顔をあげて、便器から離れ、荒れた呼吸を戻しながら、白木を睨んだけれど、肝心の二人は揃って公衆トイレの出入り口を見続けていて、続けて剛君を探そうと視線を送れば、二人と同じ状況で呆然としていて、なにがどうなっているのか、僕が理解するよりも早く、低い声が公衆トイレ内を通っていった。
「ここ俺らの場所なんだけど、なにしてんの?」
白木と大場の肩が上がった。それもそのはずだ、僕らも一度だけしか会ったことはないけれど、忘れられない声だった。オールバックの髪型はあのときのままだけど、昼間ということもあって、前回よりもよりハッキリと姿が分かる。半袖ティーシャツから見える太い両腕には、左に天狗、右には龍の刺青が彫られている。とくに、龍のほうが長いみたいで、 右足の膝付近に尻尾があるみたいだ。いつものメンバーなのか、残りの三人も出入り口に集まっている。あのときは、高校生くらいかとも思っていたけれど、どうやら全員、成人しているようだ。そして、三人の一番後で、新山が驚いた顔をしていた。
声の主である鬼山は、右手にもった缶を手洗い場に置いてもう一度言った。
「え?なに?シカトしてんの?俺らの場所でなにしてんのって聞いてんだけど?」
白木が慌てて姿勢を正して言った。
「違います!少し驚いてしまいまして……」
今の返しのどこに癪に障る部分があったのか、鬼山は突然、声を張って新山を呼んだ。
「かーーずーーきーー!」
白い顔をした新山が他の三人から手を引かれてトイレに突き飛ばされる。よろめきながら、鬼山の胸にぶつかった途端に、髪を掴まれていた。
「なあなあ、一毅ィ、コイツらよぉ、見覚えある気がすんだけどよぉ……なぁ?おい、見覚えある気がすんだけどぉ!」
ここで気付いたのだけど、鬼山は明らかに様子がおかしかった。
まず、しゃべり方が妙に間延びしていて、呂律が回っていない。それに、なんというか、歯医者で麻酔を打たれて腫れたときみたいに、上手く唇を動かせていないようだった。加えて、さっきから、鼻につく臭いがしている。決して、トイレの悪臭ではなく、独特で癖のある臭いだ。
「そ……ソイツらは、俺の友達で……」
新山が額の汗を拭わずに、ようやくそれだけを口にした。震える歯の音がここまで聞こえてくる。
「あぁ?なんだってぇ?聞こえねぇよぉ!一毅ィ!」
言い終えるのと同時に、硬いものが衝突したみたいな音がして、新山の顔面が左に回った。
「ぶっ!」
新山の右頬が赤くなっている。