大場の新山を見る目が陰を落としていた。多分なショックを隠せないでいるみたいだ。白木は、さっきのハイテンションはどこにいってしまったのか、ここにいる誰よりも鬼山の眉間を注視している。
ほんの少し、黙然とした時間が流れていき、すっ、と新山なら離れた大場が鬼山と、トイレの出入り口を固めていた三人に一礼して言った。
「失礼しました……僕らはここから離れます。どうもすいませんでした」
鬼山が出入り口の先頭にいた男に手を振ると、壁がスライドするように動いた。大場は、去り際に白木へ振り返り、一緒に来いと促し、白木が走り出そうとしたとき、男の一人が声を出した。
「おい、そこの袋、忘れもんだろ」
男が示したのは、僕らが買った晒が入った袋だった。白木は、怯えながら急いで袋を拾い上げる。
「あっ……それ……」
僕の細い声は、白木にだけ届いていたようで、彼は火を吹く勢いで僕を睨んだ。余計なことをして場を拗れさせるなっていうメッセージだろう。剛君もなにも言わずに、ただ俯いた。
二人の去り際、白木の表情が笑顔だったのが今でも印象に残っている。顔の筋肉ってあんなにも柔らかいんだってね。
「そこの二人も、さっさどっか行けや」
剛君が僕に肩を借してくれた。その身体は、さっきまでの恐怖が重なったように震えている。
気持ちが分かるだけに、白木にやられているとき、どうして助けてくれなかったのかと、責めるつもりはないけれど、申し訳なさそうな顔をしていて、僕まで辛くなったんだ。けれど、僕は、便器に触れた右手が服に付かないようにしていたのに、剛君は僕が歩きやすいよう構わず握ってくれる。新山と鬼山の傍らを抜け、トイレから出れば、もう白木と大場の姿はなく、バスの排気音だけが構内に響いていた。
僕と剛君が、黒崎駅の歩行者デッキへのエスカレーターに乗っている最中、剛君を盗み見れば、暗い空間では気付けなかった涙のあとが頬に残っていて、改めて、僕は自分の姿を確認する。襟は伸びきってだらしなく、左手は少し臭う。髪の毛もボサボサ、それでいて、きっと両目は真っ赤になっているのだろう。
おばあちゃんとした会話が遠い昔のように感じられる。
「豊……ごめん……ごめんな……俺、恐くて、なにもできなかった……見ていることしかできなくて本当にごめんな……」
ピタリと足を止めた剛君が嗚咽をまじえながら言った。僕は、首を横に振って返す。
「僕も逆だったら、きっと、剛君と同じだったよ……だから、大丈夫……大丈夫だから……」
靴の中で、足の指が縮まる。全身に力を入れて僕は唇を締めた。