もしかしたら、大人になるにつれて、無くなっていく気持ちなのかもしれないけど、今日だけは忘れたくない。そんな感覚を抱きながら、自宅へと戻る坂道に入る前に、ふと、僕は足を止めて小学校の校門を見た。幅の広い石段は、小学生の足幅だと二歩が必要だったけれど、今だと一歩でいけるのかな、なんて考えた。自転車のスタンドを立て、閉まった鉄製の校門を乗り越えて、石段に降りてみると、小学生の頃とは全く違う景色に思える。あんなに広かった幅も、長く感じていた階段も、高い木の枝に隠れていた校舎も、全部が小さい。石段を登り終わり、校舎の全貌が現れる。中には入れないように玄関口は閉じていた。
僕は、一度だけ、ぐるりと外周を巡ってみる。二年前に卒業しただけなのに、これほど違うんだ。
よく遊んでいた滑り台付きの遊具の入り口の輪は、立ったままでは、くぐり抜けられそうにもない。あれだけ息を切らせていた登り棒も苦労なく頂上までいけそうだ。だけど、中庭にあった花壇、飛び越えては先生に怒られていた池、裏庭のブランコ、全部の記憶が古い写真みたいに褪せてしまっている。
それだけ、中学校での経験が濃ゆいってことなんだろうな。イジメは、記憶や思い出、そんな大切なものを僕から奪っていくものなんだ。
折角の気分が台無しになる前に、僕は小学校を出ることにした。校舎の柵に足を掛けて、勢いをのまま乗り越えると自転車のスタンドをあげて跨がり、ギアを六速にする。チェーンが切り替わったペダルと同じくらい、僕の足取りは重くなっている。
割子川に掛かる橋の欄干前に着くと、僕は川を見下ろす。小学生のときは、市民プールにいくお金もないから、この割子川に同級生と集まって、泳いで遊んでいた。近場の駄菓子屋で安いアイスクリームを食べたり、簡単な釣り道具を買って魚を捕ったり、本当にいろんなことをしてきたけど、今の僕が思い出す光景は学校のことばかりだ。
「変わらなきゃ……僕は変わらなきゃいけないんだ……」
自然と口から出たのは、心臓じゃなくて、そんな言葉で、そのときの僕は、砂漠のように茫漠とした意識の中にいるようだった。これまで、がないと、これから、もない。変わらなきゃいけないんだ。これまで、を取り戻す為にも……
真夏の太陽が傾き、夜がくるまで、あと数時間、そして、僕らが伝説の一歩を踏み出すまで残り九時間、それまでに汗を流して、出来るだけ英気を養っておかなきゃいけない。
見下ろしていた川の流れが少しだけ早くなった気がした僕は、ギアを一速に変えて走り始めた。誰かに自分を変えられるのは、もうごめんだ。