主人公がロストしたので三人称で書きます。
展開は原作通りなので、「知ってる。読むのだるい」という人は最期の「*~*」からの物を読んでください。
バルコニーで奏でられる魔笛。
ラッテンの笛の音は高く、低く、会場のみならず街の隅々まで響き渡り人心を支配していく。意識を乗っ取られた者たちは暴徒と化し、同士討ちを始めた。
ラッテンを止められるだけの力を持つものは皆戦闘中であり、今この瞬間、誰も止められるものはいない。同士討ちによって倒れた者、屈服を強制された者が脱落していく。
もうだめなのか、このままゲームは終わってしまうのかと思われたその瞬間、
「そこまでです!! 」
笛の音をかき消すように雷鳴がとどろいた。
会場の周りに突き出た柵の上に立ち、輝く金剛杵を掲げた黒ウサギが高らかに宣言する。
「“
宣言を聞いたラッテンは演奏を止め
「(戦闘は中断するけど、この子はもらっていくわよ)」
気絶したままの飛鳥を連れていく。しかし
「ん? なにかしらこれ」
飛鳥の腕に紐のようなものが絡まり、それはさっきまで悶えていた「ぬらりひょんだった肉塊」に繋がっていた。
「ん! んん~? 切れない…。いいわ。離れたくないというなら一緒に連れて行ってあげる」
道化師は去った。
「(飛鳥…! 奴良…! )」
白夜叉は何もできない苛立ちに震えることしかできなかった。
*********************
火竜誕生祭本陣営、宮殿大広間。
ゲームの中断により魔王の攻勢が収まったため、戦えるもの、負傷したものが集まっていた。その中には黒ウサギやジンの姿も。
黒ウサギが十六夜を見つけぴょん! と跳ねる。
「十六夜さん、ご無事でしたか!? 」
「こっちは問題ない。他のメンツは? 」
「残念ながら、十六夜さんと黒ウサギを除けば満身創痍です………すみません。僕はリーダーなのに…僕がもっとちゃんとしていれば………! 」
ジンが悔しそうに頭を下げる。耀とレティシアは戦闘により披露しており、奴良は意識不明だという。
「白夜叉様の伝言を受け取り、即座に審判決議を発動させたのですが……少し遅かったようですね」
黒ウサギが沈痛な面持ちで呟く。
それから審判権限について少し話した後、大広間の扉が開き、マンドラとサンドラの二人がやってきた。
「今より魔王との審議決議に向かいます。私の他、同行者は四名です―――まずは“箱庭の貴族”である、黒ウサギ。“サラマンドラ”からはマンドラ。その他に“ハーメルンの笛吹き”に詳しい者がいるのならば交渉に協力して欲しい。誰か立候補する者はいませんか?」
参加者にどよめきが広がる。
神話や伝説ならともかく、童話について細部まで詳しいものは稀だ。
名乗り出る者がいない中、十六夜がジンの首根っこを掴んで、
「“ハーメルンの笛吹き”についてなら、このジン=ラッセルが誰よりも知っているぞ! 」
「………は? え、ちょ、十六夜さん!? 」
突然声を上げた十六夜に驚くジン。
ジンの困惑を他所に、悪戯半分本気半分で捲し立てる。
「めっちゃ知ってるぞ! とにかく詳しいぞ! 役に立つぞ! この件で“サラマンドラ”に貢献できるのは、“ノーネーム”のリーダー、ジン=ラッセルをおいて他にいないぞ! 」
「ジンが? 」
キョトン、とした顔を向けるサンドラ。だが、次の瞬間にはキリッ! と表情を戻す。
「他に申し出がなければ“ノーネーム”のジン=ラッセルにお願いしますが、よろしいか? 」
サンドラの決定に再びどよめきが広がる。
「“ノーネーム”が………? 」「何処のコミュニティだよ」「信用できるのかしら」「決勝に残っていたコミュニティか? 」「ありえねえ」「おい、他に立候補者は―――」
他の同行者を求める声が上がるも、現れる気配がない。
ノーネームに自分たちの命運がかかった交渉を任せるのが不安なのだろう。ジンもその空気を察して手を挙げなかったのだが…。
「馬鹿かオマエ。毎夜毎晩書庫で勉強してたのは何のためだ。ここで生かさなくてどうする」
「そ、それは…」
ジンの瞳が揺らぐ。必死で勉強してきた自信と経験不足から来る不安が心を揺さぶる。
「周りに気を使うのはまぁ、良いことだ。誰にも迷惑を掛けねぇってのが御チビの処世術なら文句言わねぇよ。
だけどお前は俺たちの旗印なんだ。お前が我を見せつけなきゃ通らねえことが、今後も必ず来る。違うか? 」
「………っ……」
十六夜の言葉を噛み締めジンは顔を上げる。集まる周囲の目。
「もう黒ウサギの寄生虫だの何だの言われたくないんだろ? 周りにかっこいい所を見せつけて、名をあげてやろうぜ、リーダー」
ここぞとばかりにリーダー呼び。
「は、はい………! 」
リーダーと呼ばれてうれしかったのか、勢いづいて返事をする。
二人の様子を見ていたサンドラと黒ウサギは目線を合わせ笑って見守っていた。
*********************
火竜誕生祭本陣営、貴賓室。
プレイヤー側は黒ウサギ、十六夜、ジン、サンドラ、マンドラが出席。
ホストマスター側はペストを真ん中に、両隣に軍服姿のヴェーザーと白装束痴女ルックのラッテンが座っている。
「ギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」
厳かな声で黒ウサギが告げる。
黒ウサギはペストたちの方に顔を向ける。
「まず“
「不備はないわ」
遮るように
一瞬呆気にとられた様子の黒ウサギだったが、表情を引き締め確認する。
「受理してもよろしいので? 黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘をついてもすぐわかってしまいますよ? 」
「その上で言うけど私たちは今、無実の疑いでゲームを中断させられている。こちらの言っている意味分かるわよね? 」
黒ウサギからサンドラに、目線を送る。
「…不正がなかった場合、
何をぬけぬけと…と言わんばかりの表情のサンドラに対し、
「新たにルールを加えるかは後で交渉しましょう? 」
ペストは涼しい顔。まるで表情を変えない。
「わかりました。黒ウサギ」
「あ、はい! 」
サンドラの要請を受け、黒ウサギが目を閉じ天を仰ぐ。ウサ耳がピコピコと揺れる。
回答を待つ間、十六夜がマンドラに小声で質問をする。
「なあ、どの程度ならゲームの不備・不正に該当するんだ? 」
「………………今回のゲームに不備があるとすれば、まず白夜叉の封印。『参加』を明記しておきながら『参戦』はできぬという。そこには明文化された要因があるはず」
「しかし記されていたのは“偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ”のみ、か」
黒ウサギが目を開き、気まずそうに回答を告げる。
「箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な手段で造られたものです………」
平坦な声のままペストが言う。
「当然ね。じゃ、ルールは現状維持。問題はゲーム再開の日取りなのだけれど」
「日取り? 日を跨ぐと?」
サンドラが意外と言わんばかりの声を上げる。
耀やレティシアがそうであるように、参加者は今とても疲労している。ここで不利な条件をつけられ再開されたら…と危惧していたのに、回復する時間を与えるというのだから。
「ジャッジマスター、再開の日取りは最長でどのくらいまで伸ばせるの? 」
「えっ? 最長ですか? ええっと…今回の場合ですと一ヶ月くらいかと…」
「そ。じゃあ再開は一か月後で」
「待ちな!」
「待ってください!」
話が纏まりかけたところ、十六夜とジンがペストの言葉を遮る。
ジンが十六夜を見ると、顎で「お前が言え」と言っていた。ジンは正面を向き問いかける。
「
「ペストだとッ! 」
「あの黒死病の?! 」
「はい。14世紀から始まる寒冷期に大流行した、人類史上最悪の疫病」
「正解よ。あなた名前は? 」
ここで初めてペストの声に感情が混じった。
「……“ノーネーム”のジン=ラッセルです」
「覚えておくわ。でも手遅れだったわね。私は既に参加者の一部に病原菌を潜伏させている」
一同が息をのむ。
「つまりあなたたちの命は私の手のひらの上」
サンドラが机をたたき黒ウサギに再審を要求する。
「ジャッジマスター! 彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いが―――」
「駄目ですサンドラ様! ゲーム中断時に病原菌を潜伏させていたとしても、彼らがその説明責任を負うことはありません。また有利な条件を押しつけられるだけです! 」
ジンが制止する。サンドラは悔しそうに歯噛みする。
「そうね、ならこんなのはどうかしら。ここにいるメンバーと白夜叉。その全員が“グリム・グリモワール・ハーメルン”の傘下に入るなら、他のコミュニティは見逃してあげる」
「なっ?! 」
「私が捕まえた赤いドレスの子もいい感じですよマスター♪ 」
「!(飛鳥さん…)」
「なら、その子も加えてゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安い物でしょ? 」
「従わなければ皆殺し―――ってか? 」
十六夜の言葉にペストは微笑む。
*********************
暗く冷たいどこか、攫われた飛鳥はいまだ目覚めず。
「あすかっ」
尖がり帽子の精霊が興そうとする呼びかけだけがこだまする。
「あすか、あすか、起きてあすか、あすか、あすかっ」
「あすかぁ…あすか! 」
眠り姫、いまだ目覚めず。彼女の腕には締め付けられたような痕があった。
ただそれだけ。痕が残っているだけだった。
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「一つお聞きしたいのですが」
交渉テーブル、ジンがペストに問いかける。
「?」
「あなたたち“グリム・グリモワール・ハーメルン”は新興のコミュニティではないですか? 」
「答える義務はないわね」
即答。その反応の速さは気づきを与えるのに十分すぎた。
「なるほど、新興のコミュニティ。だから人材が欲しい。俺たちや白夜叉を傘下に入れたがっているのはそのためか」
「………だからなに? 」
「黒死病は感染から発症まで最短で二日。ゲーム再開が一か月後だと、他のプレイヤーはもちろん、多分僕たちも全員死んじゃいます」
「死んじまったら手に入らないぜ、あんたらの欲しがってるもんは」
少し思案して、
「それなら一か月後ではなく二十日にすれば、病死前の人材を、」
「では発症したものを殺す」
マンドラが被せる。
「たとえサンドラであろうとこの私であろうと、発症したものは即座に殺す。例外はない」
あまりにも過激な発言。一時的に場が鎮まる。
「おい黒ウサギ、ルールの改変はまだ可能か? 」
「え? あ、YES! 」
「交渉しようぜ、“
「却下。二週間よ」
「五日。…その代わり黒ウサギをつける」
「は? 」
アホづら黒ウサギ。
「黒ウサギはジャッジマスターだからゲームに参加できねぇ。だが、参加を認めれば手に入る可能性はある。……どうだ? 箱庭の貴族を仲間にするチャンスだぜ? 」
ペスト沈黙、長考。
「……………十日。これ以上は譲れないわ」
ジンが立ち上がり発言する。
「ゲームに期限をつけます! 再開は一週間後、ゲーム終了はその二十四時間後。
それまでに決着がつかなければ、ゲーム終了と同時に
「ジン……? 」
「本気? こちらの総取りを覚悟するというの? 」
「一週間は死者が現れないギリギリのラインです。それ以上は精神的にも肉体的にも僕たちは耐えられない。だから、
「………………」
ペストは考える。
この提案は魅力的だ。双方にとっていい落としどころであり、時間もちょうどいい。ただ、気に入らない。
今場を支配しているのは、目の前の少年だ。自分ではない。この提案は相手からの物で、自分の目論見通りではない。それが気に入らない。
「ねえ、ジン? もし一週間生き残れたとして…あなたは
「勝てます」
即答だった。考えるよりも先に口に出たというようだった。
「…………………………そう、よく分かったわ」
不満げな顔を嗜虐心たっぷりの笑顔に変えて
「宣言するわ。あなたは必ず、私の玩具にすると」
魔王は消え、交渉は終了した。
ゲーム開始まであと一週間。
*********************
「あすかっ! あすかっ! 」
「………っう。んんん…あの女ッ! 」
飛鳥が飛び起きる。尖がり帽子の精霊は勢いに吹き飛ばされる。
「きゃーー。あすか、げんきー…? 」
小さなお目目を丸くして、ちょっぴり驚く尖がり帽子。
「ご、ごめんね…? ………ここは? 」
飛鳥が周りを見渡すと、正面に巨大な壁が、否。
「これは………展示場にあった………」
そこにあったのは壁ではなく巨人だった。ランプの展示会場で見た、“ラッテンフェンガー”製作の。
「あすか」
尖がり帽子の精霊が肩に上る。
そして蛍のような光が舞い、声が聞こえてくる。
「私たちから
「貴女に贈り物
「どうか受け取ってほしい
「そして偽りの童話
「“ラッテンフェンガー”に終止符を
「私たちは
「ハーメルンで犠牲になった
「130人の御霊
「天災によって命を落とした者たち
「貴女にはすべてを語りましょう
「1284年6月26日にあったハーメルンの真実を
「そして、奉げましょう
「私たちが作り上げた最高傑作
「星海竜王より授かりし鉱石で鍛えあげた最後のギフトを
「131人目の同士が連れてきた
「奇跡の担い手と成り得る貴女を
「私たちのギフトゲームを受けてくれますか? 」
光が集まり、一枚の“
「(私のギフトでこの“ディーン”を服従させろ、と…)
一つだけ確認するわ。あなたたちの作ったギフトがあれば、奴らに勝てる? 」
「貴女が使えば
「貴女が従えれば
「「「貴女を必ずや勝利させましょう! 」」」
群体精霊の声が重なり響く。
「いいわ、“ノーネーム”の久遠飛鳥。あなたたちの挑戦心して受けましょう! 」
飛鳥は挑戦的な笑みを浮かべ高らかに宣言した。
「貴女の“威光”で、鋼の魂に灯火を」
巨人が動く。揺れと共に動き出し、一つ眼を不気味に輝かせる。
久遠飛鳥のゲームが始まった。
*********************
境界壁の上部。ペストたちはそこにいた。
「あれから四日、徐々に感染者が発症し始めてるみたいですね」
ラッテンが眼下で苦しむゲーム参加者たちを見下ろしながら言う。
「そう」
素っ気ない返答をするペスト。
「あーあ。何もかも順調なのに、消えたお嬢様はまだ見つからないですねぇ」
「構わないわ。どうせすぐ手に入るもの」
「こんな時にせめて『白雪』か『灰かぶり』がいればねぇ。傘下に入れた連中を使って面白おかしくオペラでも演じさせたのにぃ」
「あの灰かぶりか、奴は陰気だったがユーモアのセンスは中々だった。白雪のやつもいい感じに性格悪くて笑えたな」
ハッハッ! とヴェーザーが笑い、それをほんの少し、興味がありそうな目で見るペスト。
「おやおや? どうしましたマスター? 珍しく仕草が可愛いですよ? 」
ラッテンがペストを後ろから抱きしめる。
「…そういう貴女は普段通りムカつくわね、ラッテン」
抱きしめられたペストは自分の頭に乗っかる二つの塊に若干イラつきながら返答する。
「いや~ん! 褒められちゃった♪ 」
「いや、褒めてねぇだろ」
ラッテンがおどけ、ヴェーザーがツッコミを入れる。
「マスター、一つ大事な話をしておきます」
おどけた様子を消して、真剣な表情になるラッテン。
ペストの隣で屈み、
「貴女は魔王としてギフトゲームを開催しました。今後、多くのコミュニティに狙われ、戦って戦って、そしてやがて、必ず没します」
「必ずな」
「………」
ヴェーザーの念押し。ペストは何も言わない。
「この神々の箱庭において、魔王とはそういうシステムだとご理解ください。でも、今の私たちはマスター一筋ですよ? 心から」
「グリムグリモワールの名を担ぐ魔王なんざ、もうあんたを除けば他にはいねぇだろうしな。ゆえに最後まで忠を尽くす」
「………………そう」
絞り出した言葉。自分についてきてくれる二人の言葉を魔王は静かに噛み締めた。
*********************
本陣営、隔離部屋個室。
朦朧とした意識の中、春日部耀は目を覚ました。
「………十六夜? 」
「お。起きたか。」
十六夜が振り返る。耀の寝ていたベッドの脇で本を読んでいたらしい。
「どうして、ここに? 」
「寝てばっかりで暇だと思ってな。…具合はどうだ? 」
「うん…平気。ごめんこんな時に」
交渉からすでに六日、一日目から発症の兆しの見えていた耀は症状がここに来て悪化し、隔離部屋で安静にしているように言われてしまっていた。
「気にすることはねぇよ」
「ありがとう…ゲームクリアの目途は立った? 」
「大まかには分かってるんだが、核心には至ってないってところだな」
十六夜は頭を掻いて耀に向き直る。
「ラッテンは鼠、シュトロムは嵐、ヴェーザーはヴェーザー河。ペストは黒死病。
春日部は前に黒ウサギが言った立体交差並行世界論を覚えてるか? 」
「うん…」
「あれは要するに異なる時間並行線上で異なる事象が起きているにもかかわらず、ある結果に収束するポイントが存在するってことだ。
今回で言えば、クロスポイントはハーメルンの碑文にあった『130人の死』。そしてその要因となるのがラッテン・ヴェーザー・シュトロム・ペストの四つ。この中で130人の死に繋がらないものが、偽りの伝承のはずなんだ」
話を聞いた耀は、まとまらない思考の中で十六夜に尋ねる。
「なら十六夜は、どの伝承が偽りの伝承だと思う? 」
「ペストだ」
即答、断定する。
「ペストだけが黒死病という長期的な死因として描かれている。『ハーメルンの笛吹き』は1284年6月26日という限られた時間内で130人の生贄が死ななければいけないんだ」
黒死病は感染も発症も個人差でバラつきが生じる。130人が同時に黒死病で死ぬというのは考えられない。
「だったら、ペストを倒せばいいだけじゃないの? 」
耀が偽りの伝承が特定できているなら……と不思議そうに言う。
「それだともう一つの勝利条件『ゲームマスターの打倒』と被る。
……例の一文も部分的には解明できてるんだがなぁ『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』。つまり砕き掲げることのできるもの…考えられるのは、ハーメルンのステンドグラスだ」
「ステンドグラス………? 」
「春日部は見てなかったか? 会場のあちこちに飾られてたんだが」
「うん、知ってる」
「しかし、会場内のステンドグラスは100枚以上。それを砕いて掲げまわるなんて、考えただけでも骨だぜ」
十六夜はお手上げだ、というように手を広げる。
耀はそんな十六夜を見つめ、ふふっと小さく笑った
「なんだよ、見舞いに来た人間に対して」
「ごめん、十六夜がそんなふうに拗ねるのは珍しいなって」
笑われた十六夜はハッ、と笑って
「いざとなったら最悪魔王の首ぐらいは取ってやるさ」
「奴良がいたら………」
「………そうだな。あいつ分身できるなんて聞いてないっての」
二人の間に重い空気が漂う。
「まだ見つからない…? 」
「ああ、ノーネームの手の空いているやつらで探しているがさっぱり」
「…そういえば白夜叉は? 」
「例のバルコニーに封印されたままだ」
「……どうやって封印したんだろうね? そんな一文がハーメルンの碑文にあるの? 」
「まさか。白夜叉はどちらかと言うと仏神側だぞ。本来持ってる白夜の星霊の力を封印するために、仏門に下って霊格を落としたんだと」
「本来の力? 」
「ああ、なんでも白夜叉は、箱庭の太陽の主権を持っているらしい。太陽尾そのものの属性と、太陽の運行を司る使命を………? 」
ここまで考えて十六夜の中で何かが引っ掛かった。
―――「14世紀から始まる寒冷期に大流行した、人類史上最悪の疫病」
「………黒死病が大流行した原因は、太陽が氷河期に入り世界そのものが寒冷に見舞われたため…」
「十六夜…? 」
「そうか、これが白夜叉を封印したルールの正体か! 」
「わっ! 」
十六夜は手のひらに拳を叩きつけ、得心いったと示す。
「なら連中は! グリム童話上のハーメルンの笛吹きであっても! 本物のハーメルンの笛吹きじゃなかったってことかッ!
ナイスだ春日部! 後は任せて枕高くして寝てな! 」
バタン! とドアを勢いよく開け飛び出していく。
「……うん、がんばってね」
その背にエールを送った後、耀はこれから戦いに挑む同志を思いながらまどろみに落ちていく。
意識が途切れる寸前、行方のしれない二人の友人を思い出す。
(飛鳥、奴良………無事だといいんだけど)
飛鳥は敵の手に落ちているという。仲間にする気があるなら無事なはずと黒ウサギたちは言っていたが。
奴良は本当に行方不明だ。ゲーム中断直後、リリと共に負傷者の治療に当たっていた際、彼の分身だというものが絶叫し形を失い消え去った。末期に本体は別にいると言い残していたが、まだ生きているのか、今どこにいるのかまるでわからない。
不安と心配と共に、耀は父から譲り受けたペンダントを握りしめる。
二人の無事を祈りながら眠りに就くのだった。
*********************
東側、天幕の外の湖。
そこには、悠々と泳ぐある魚の姿があった。
それはぬらりひょんがこの世界に着いてすぐ、保険代わりに、と放した『自分』だった。
そんな彼はこの一か月間、特に何をするでもなく、魚としての生を謳歌していた。
いつものように目的もなくゆらゆらと泳いでいると突然、脳内に大きく響くものが、
『ぴろぱんぴんぽん♪ぴぽぱんぴんぽん♪ 』
彼はすぐに察した。神託だ。
『転生者くん、こんばっぱー! 神様だよー!
転移のお知らせだよー?! 』
『今からきっかり24時間後! オリジナルの転生者くんを次の世界に転送します! 意義は認め~っん! 』
『オリジナル以外の、分裂増殖した転生者くんたちは転移までに融合して一つになることっ! 出来なかった個体は転生者くんが転移したと同時に機能を停止して消滅するので、あしからず! 』
『無理―、できなーい! って子たちは…どんまい! 痛みはないし一瞬だから! 』
『じゃ、そゆことでー! ばいにゃら~』
それっきり聞こえなくなった。
彼は考える。原作の通りなら、「自分」は東側から北側に移動しているはず。正確な数字は忘れたが、ここから一日でたどり着ける距離ではない。融合同機は不可能。
彼は考えるのをやめた。このまま、魚として消えることを選んだ。
「(『自分』は何をしているだろうか…今頃は、ペストたちと戦う準備にでもいそしんでいるのだろうか…僕の分まで、楽しんでるといいんだがなぁ)」
彼は思考を止め、泳ぎ始めた。
代わり映えのしない湖の世界を、最期にもう一度見て回るために。