「従者……ですか?」
ウンディーネの少女が問う。従者とは何か、貴方は誰か、そもそもなぜ私なのか、と。
従者という言葉がわからないわけではない。だが、少女は自分と従者という存在を結びつけることが出来ないでいた。
少女は娼婦として、財力のある男達の慰み者となるべく生み出された存在だ。
魔法世界では奴隷の人間・亜人の身はある程度保障されるが、その代わりか、少女のような人工物に対する扱いはいつまでたっても"物"に対するそれであった。
買われたばかりなので未だ経験こそ無いが、そのような経緯で作られた自分が誰かの従者になる、そのような未来などありえない。
人工物はいつまで経っても"物"から"者"へ成る事は無いのだと、少女は諦念にも似た思いを抱いていた。それこそ、この世界に生れ落ちたその瞬間から。
「従者は従者よ。メイドでもいいけど。」
しかしそんな思いも知らず、目の前の吸血鬼は次々と説明してくれる。
曰く、従者とは主人が快適に過ごせるよう身の回りの世話をする。
曰く、自分はレミリア・スカーレットといい大貴族である。貴族たるもの従者を従えなければならない。
曰く……
「お前には価値がある。断っても無駄よ、既にお前の運命は私の手の中にあるわ。」
運命。
それは人工精霊の少女にとっては酷く抽象的で、概念的でしかない、あるのか無いのか・・・いや、あっても無くても変わらない物だった。
所詮運命とは後から付いて来るものであり、一生の内に起きる理由無き出来事に対する理由付けでしかないとも考えていた。
しかし理由無き出来事など酷く身近な物だ。少女が"物"として生まれたことが既にそうであるように。
生まれた時から諦念を抱えた-絶望と言い換えても良い-少女にとって、諦めることが最も楽な道だった。
諦めてしまった少女にとっては、運命が後から付いてくる物でも、先に在る物でも関係なく、ただただ楽そうな道を選び進むのみ。
そしてその楽そうな道がどこに通じるか、運命などではなく知識として知っている故に、少女の諦念は深まるのみであった。
「わ、私は人工精霊です。価値なんてありません。」
そう、価値なんて無い。人工物故にお金さえあれば同じような存在がいくつも買える。
1体の値段分の価値ならあると言えるかもしれないが。
「人工物だから価値がない、というのは間違いね。なかには稀に目を見張るものも在るわ。」
しかしレミリアは少女の言葉を否定する。
なぜなら彼女は知っているからだ。弾幕ごっこというルールの中でとはいえ自分を負かす人間を。妹のフランを地下室から解き放つ切欠となってくれた人間を。
そして、自分の従者の人間を。
大抵の人間は使えないとは思っているが、決して全ての人間がそうだとは思っていない。
ならばそれと同じ事が目の前の少女にも当てはまる。
「それに人工物に価値がないのなら……そうね、この世界の者達が大好きな、真祖"エヴァンジェリン"。あれも人工物らしいわね?」
術を施して成る真祖だ、人工物といっても差し支えないでしょう?
価値が無いわりには気にかけるらしいけど、どうなの? とレミリアは少女に問う。
「そ、そんなのと一緒にされても困ります!」
少女のほうは生ける伝説とも言える真祖の吸血鬼と一緒にされては堪ったものではない。
確かに術により成る真祖は人工物と言えるかもしれないが、真祖と人工精霊をイコールで結ぶのは暴論だ。
言いようのない不安に駆られた少女はとにかく自分の価値を下げなければ、と自らを貶める発言を繰り返す。だが――
「ま、何をいってもお前が従者になることに変わりはない。この私、レミリア・スカーレットの、ね。」
レミリア様がネギま世界に行かれたようです
第8話 吸血鬼の従者
「おや、いよいよ従者を持つのですか?」
「ええ、自分で傘を持つのにも飽きたわ。」
「なんて格好を……」
ナギとラカンの戦いを遠巻きに見ていた紅き翼の面々が、レミリアの下へとやってくる。
ほぼ全裸といっても差し支えない少女をみて、詠春は上着を脱ぎ少女の肩へとかけてやり、代わりに傘を受け取る。
それを間近で見ていたレミリアはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あら紳士的。」
「あ……ありがとうございます」
「気にするな。それよりレミリア、この子を無理やり従者にしてないだろうな?」
レミリアを日差しから守りつつも半眼で見つめる詠春。
まだ仲間となってから日はそう経っていないが、目の前の吸血鬼のわがまま振りを知る詠旬である。
また突拍子もないことを言い出して、といった面持ちだ。
「なによ、私の従者になるよりあんな筋肉ダルマの夜の相手をするほうがいいって言うの?」
「夜のっ!? い、いやそうは言わんが……」
「人工精霊に家がある訳もなく、開放したとろで魔物に食われるか再度捕まり売られるのが関の山。ならばレミリアの従者というのも悪くないじゃろ。」
本来精霊なら自然その物が家と言えるかもしれないが、そこはやはり人口精霊。仮初とはいえ肉体を持ち、地の上に立って生活せざるを得ない少女にはやはり人工物の家が必要だ。
その点レミリアの従者になるなら身の回りの世話をする必要はあるが、赤き翼と共に家で生活ができ、知らぬ男の相手をする必要も、いつ売り買いされるかと日々怯えながら暮らす必要もなくなる。
主の敵は従者の敵だと考えれば、敵の数は一気にとんでもない数となりそうではあるが。
「無論、レミリアの誘いを断り、あの男所有の娼婦として生きる道もあるじゃろうがの。」
少女は空を仰ぎ見る。そこにはナギと壮絶な戦いを繰り広げる自らの購入者の姿があった。
離れては魔法と気が飛び交い、崖や丘が次々に破壊されていく。
近づいてはお互い殴り合い、自らの防御も無視し、とにかく相手の急所へむけて蹴りやパンチを繰り出している。
戦いの余波は派手に周辺へ飛び散らかしているが、ナギ・ラカン両者ともさほどダメージを負っておらず、まだまだ戦いは長引きそうだった。
「わ、私は……」
少女は思う。今まで、自分の未来は娼婦となり男の相手をしながら日々無益に暮らすのだと思っていた。
だけど、いまここでこの手を取れば、その未来から逃れることができるのだろうか?
娼婦として生み出された自分が、この手を取ってもいいのだろうか?
本当に、私は……
「従者になっても、いいんでしょうか……?」
少女は膝をつき、涙を浮かべながらレミリアを見つめる。
レミリアはすでに立ち上がっており、膝立ちとなっている少女を見下ろす。
「あなた、名前は?」
「え、と、特に決まった名前は……。」
「あら? うーん、そうねぇ。」
レミリアは空を見上げる。そしてキョロキョロと草原を見渡し、最後に少女をじっとみつめた。
「うーん、ここは……いだし、水の……だから……。」
少女を見つめたままブツブツと呟くレミリア。少女のほうは何を言われるのかとビクビクしながら待つしかない。
ひょっとして名前が無い従者なんていらない! と言って断られるんじゃないか、結局娼婦として過ごす事になるんじゃないか、と最悪の予想が頭の中をかけめぐる。
やっぱり断られる前に自分から断ろうと口を開きかけたとき、やっとレミリアが呟くのをやめた。
「よし、決めた!」
――人工精霊の少女は思う。
「あなたは今日から、レノア・マーティーヌと名乗りなさい!」
もし、運命というものが本当にあるとしたら。
「えっ、な、名前をくれるんですか!?」
この出会いこそが私にとっての運命の出会いであり。
「ええ、そして誓いなさい。私の従者となると。」
こんな運命なら、その存在を信じても良いかもしれない、と。
「っ……はい! 誓います!」
――こうして。
レミリアにこの世界初となる従者が誕生した。
「さて、精霊に名前をつけてパワーアップ、なんてお約束ですが。それは物語の中でのみのお話なので、レノアさんには魔法的にパワーアップしていただきましょう。」
と、そこで今まで黙ってみていたアルビレオが空気を読まずに声を上げる。
涙を流すレノアの顔に触れそれを拭いていたレミリアと、間近で見ていて若干涙目になっている詠春は非難の声を上げるも無視だ。
「え、パワーアップですか?」
「ええ、パワーアップしないと、レミリアの従者は大変ですよ?」
「ちょっと、私を問題児みたいに言わないでよ。何するつもり?」
アルビレオは地面に魔方陣を書きながらレミリアに説明する。
「ああ、知らないんでしたね。これは魔法使いの従者を決める儀式みたいなものでして、主人と従者の間に魔力のパスを繋げると共に従者の潜在能力を引き出すアイテムを与える……かもしれないのです。」
「? つまり?」
「やればわかります。さぁ、両者この中に立ってください。」
レミリアとレノアは促されるまま魔方陣の上に立つ。
二人が立つと魔方陣が発光を始め、その光に照らされた二人は若干顔を赤らめる。
「ちょっと、なによこれ!?」
「なんかドキドキします……。」
「さぁ、主人は従者の唇に接吻の下賜を。」
「せっ!? なによそれ! 接吻って、色々おかしいわよ!?」
レノアは流されるまま口を閉じ目を瞑る。
レミリアはキスに抵抗があるのか異を唱える。
「まったく、500年生きた吸血鬼なら口付けくらいどうってことないでしょうに。」
「なんじゃ、500年も生きとるのか。その割には初心じゃのう。」
「やっぱり、私なんかが従者になるのは相応しくないのでしょうか……?」
「くっ……! お前達、見るなー!!」
内外から非難の言葉を浴びせられたレミリアは、とりあえずゼクトとアルビレオの顔にコウモリを張り付かせ、傘持つ詠春を蹴り飛ばした。
そして、真っ赤に燃える夕日をバックにし、レノアの顔に手を沿え、その唇に自らのそれを落とした。
「キャァーーー!! ひ、日差しがー!?」
「レミリア様ーーー!?」
「何やってるんだ、あいつは……。」
どこからとも無く現れたカードをアルビレオがキャッチする。
そこには、メガネをかけ水球を無数に浮かべる少女が描かれていた。
「ふむ、これはこれは。」
従者 Rhea Martine
称号 紅く濁った純水
※
「えいっ! 水の壁!」
またも日光に当たり煙を出すレミリアを見て、我に返ったレノアは咄嗟に水の壁を出現させる。
水である以上あまり日光を遮ることは出来ないが、既に太陽が八割がた沈んでいることも手伝ってなんとか煙は止まったようだ。
しかしレミリアはしゃがみ込み、頭を抱え、帽子を引っ張り、羽で体を包んだ状態から起き上がろうとしない。
所謂しゃがみガードである。
「ゴホッ、イタタ、何も殴らなくても……。ほらレミリア、傘だ。」
そんなレミリアの元へ、詠春が先ほど殴り飛ばされた衝撃と煙のせいで軽く咳き込みながら歩み寄る。
そして傘を広げレミリアを日差しから守り、もう大丈夫だと伝えるもレミリアは顔を上げようとしない。
いったいどうしたのかと思わずレノアと顔を見合わせる詠春だが、レノアも首を傾げるばかりである。
「まさか……おいレミリア、大丈夫か?」
ひょっとして日光に当たったことでどこか悪くなったかと思った詠春は、レミリアの肩に手を当て揺さぶる。
しかしその手は即座に羽によって払いのけられ、代わりにレミリアが言葉を発した。
「夜まで、待って……」
詠春の苦悩は、尽きない。
※
日は既にとっぷりと暮れ、周囲にはすっかり夜の帳が下りた。
耳が痛くなるほどの静寂が辺りに広がり、それを破るのは時折聞こえる虫の声のみ。
夜空には無数の星が散りばめられ、夜の世界を優しく照らしている。
それはとても幻想的で、まるで絵画の中に入り込んでしまったかのような、そんな風景が広がっていた。
――そう、本来なら。
実際には太陽こそ沈んだものの、ナギの放つ雷とラカンの起こす爆発により照度は十分に保たれ。
耳どころか頭まで痛くなるほどの爆音が辺りに響き渡り。
星空は明るくて見えないどころか、舞い上げられた土煙に覆われており。
そこは、見慣れた戦場だった。
「レミリア、もうすっかり夜だ。もう大丈夫だぞ。」
そして、レミリアは未だしゃがみガード中である。
「本当に大丈夫!? 何か明るいわよ!?」
「ああ、今のはナギの雷の斧だ。」
詠春に促されたレミリアは恐る恐る羽を広げる。
何度か行ったり来たりさせ、大丈夫と判断したのか今度は徐々に顔を上げていく。
そして、外が確かに夜になっていることを認識すると、ペタンと乙女座りでへたり込んだ。
「レミリア様、大丈夫ですか?」
それまで一応水の壁でレミリアを守っていたレノアだが、レミリアが顔を上げたのを見ると壁を消しレミリアに駆け寄る。
そしてへたり込むレミリアを支え、詠春から傘を受け取った。
さっそく従者としての仕事を自分なりに考えて行動しているようだ。
「ああ、レノア。もう最悪よ……。ってあれ? メガネなんてしてたかしら?」
「あ、これですか? さっきの契約で出てきたんです。」
「ふーん。ただのメガネじゃないのでしょう?」
「それが……」
レミリアがしゃがみガードをしている間、レノアは水の壁を維持しつつパクティオーによって出てきたメガネを色々と調べていた。
その結果わかったことは、メガネを掛けた状態で出した水は紅くなることのみ。
紅いから何なのかという違いは未だ見つけられないでいた。
「レノアは潜在能力を引き出すというよりも、主人の性質に強く引きずられたようじゃの。レミリアから見て何かわからんか?」
通常パクティオーによって出るアイテムは従者の性質によって変わるとされるが、主人の影響が全く無いわけではない。
レノアの場合は水の精霊なので水関連のアイテムが出ることは大方予想通りだが、水が紅くなるのはレミリアの影響と見て間違いない。
ならばレミリアが見ればその効果がわかるのではとゼクトに言われ、レノアは再度水を出現させる。
今度は先ほどまで出していた水の壁などでは無く、単純に手の平大の水球を数個浮かべたのみだ。
しかしその水球は無色透明などでは無く、まるで血が混ざったかのような紅色をしていた。
「血みたいですけど、色以外は普通の水なんです。」
レノアは出現させた水の匂いを嗅いだり、舐めてみたりしたが、ただの水と何も変わらないと言う。
何が違うんだろうねぇと呟きつつ水球を触ったり弾いたりしていたレミリアだが、何かを思いついたのか突然胸の前で手を叩いた。
「ちょっとメガネを外して流れ水をだしてみなさい?」
「流れ水……ですか?」
シャワーみたいな感じでいいですか? とレミリアに確認しつつ、レノアはメガネを外してちょっとしたシャワーを作り出す。
レミリアはそのシャワーにゆっくりと手を出すも、指先に触れたとたん弾かれたように手を戻した。
日光、銀、ニンニクほどポピュラーではないが、流れ水も歴とした吸血鬼の弱点であり、当然レミリアが触って大丈夫なものでは無いようだ。
「……ふん。今度はメガネを掛けて同じことを。」
レノアは言われるがまま、メガネを掛けて真っ赤なシャワーを作り出す。
またもゆっくりと手を出すレミリアだが、今度は指先に触れても手を引かず、そのまま手の平、腕をシャワーに当てた。
「ふ、ふふ、ふふふ……。ついに、ついに私が流水を克服する日が来たのね!! やっと! これでやっと雨の日だろうが河童のバザーだろうが出歩き放題よ!!」
腕半ばまでシャワーに当て高笑いするレミリア。羽が忙しなく動き、非常に嬉しそうである。
500年間苦渋を舐め続けた雨・川を克服できるのだ、その喜びは推して知るべしだろう。
レノアは吸血鬼の弱点に流水があることを知らないのかいまいち得心しないようだが、とりあえず主人であるレミリアが喜んでいることが嬉しいのか笑顔だ。
「レノアさん、ちょっとこちらを向いてもらえますか?」
そんな様子をみつつ、アルビレオがレノアを呼ぶ。呼ばれたレノアは当然振り返る。すると、
「いったぁぁぁぁ~~~~い!?」
レミリアが悲鳴を上げ、飛びのいた。
「レ、レミリア様~~!?」
「ふむ。やはり視界の中のみですか……まぁメガネですしね。」
「アル、お主レミリアが嫌いなのか?」
「いえいえ、とても可愛らしいじゃないですか。」
「鬼だな……。」
「ううう、もうダメ……。」
短時間のうちにニンニク・日光・流れ水と弱点に何度もさらされたレミリア。もう涙目どころか半泣き状態である。
レノアが近づき助け起こすも、既に力が入らないのか四肢と頭をぐったりと垂らし起き上がりそうに無い。
さすがに不味いかと詠春が近づいたとき、突然レミリアの右手が跳ね上がり、詠春の胸倉を捉え地面に引き倒した。
「ぐっ!? レミリア、なにを!?」
自らが引き倒した詠春を見つめるレミリアだが、既に息は荒く目は焦点が合っていない。
その只ならぬ様子にアルビレオとゼクトが構えを取るも、レミリアがひと睨みすると威圧されたのかその場に踏みとどまる。
レミリアを支えているレノアに至っては、プレッシャーに中てられたのかガタガタと震えている。
場の空気を支配したレミリアは改めて詠春をにらみ付け、次のような言葉を放った。
「元はといえば……お前がニンニク鍋を作ったせいよね。落とし前をつけて貰おうか?」
「あ、あれはニンニク鍋じゃ……」
「うるさい!」
「……ほっときますか。」
「そうじゃの。」