「おはよう、よく眠れたかい?」
ん……? ここは、どこ?
「おはよう、ございます。……えっと?」
私はベットに寝転がったまま、軽く頭を上げ周りを見渡す。どこかの民家みたいだ。
「あんた、外で倒れてたんだよ。随分弱ってるみたいだけど、大丈夫かい? 痛い所は無いかい?」
「たおれてた……?」
とりあえず、ベットから降りよう。
「あ、だめだよ! スープとパンを持って来てあげるから、まだ寝てな。いいね!」
コクンと、小母さんを見ながら頷くと、小母さんは笑顔を浮かべて部屋を出て行った。
微かに塩の匂いと、ライ麦のパンが焼けた匂いが、部屋の中へ流れ込んできた。
ここは、何処だろう? 私は、倒れてた?
私は、どうして、倒れてた?
私、私、わたし、は……。
「はい、おまたせ。ちゃんと寝てるね、偉い子だよ。」
小母さんはトレイにパンとスープを乗せて部屋に帰ってきた。
トレイをベット脇のテーブルに載せると、パンを小さく千切り、スープに半分ほど浸す。
そして、私にむけて、突き出した。
「ほら、寝たままでいいから、ゆっくり食べな。」
呆然として口をあけていると、ちょっと無理矢理にパンを押し付けられた。
「ちゃんと食べないとダメだよ。うちなんかのパンで悪いけど、食べないより良いさ。」
久しぶりに食べたパンは、美味しくはなかったけど。
「何があったかは知らないけど、ここは大丈夫だから。安心おし?」
そう言いながら頭を撫でてくれる手は、暖かくて、大きくて。
久しぶりの食べ物は、とても美味しかった。
「ぅ、ひっく……、ふぇぇん……。」
そして、わたしは。思い出してしまった。
血と。血と、血と、血と。……男と。人間。ニンゲンを。
体からさーっと血の気が引いていくのがわかる。けど、口の中には鉄分が広がり。スープはワインよりもなお赤黒く。浸したパンは、血の滴る、肉。ニンゲンの、ニク、に、みえて。
「ゃ……ぃ、ゃ……」
「ん? どうかしたかい?」
目の前の小母さんが、いや、ニンゲンが。血の詰まった、皮袋、に、みえて。
わたしは……ワタシハ、バ、バケ、モ……ノ?
「ぃゃ……いや、イヤ、イヤーーーーー!!」
……叫んで、気を失って。それから1日、わたしはベットから出て歩ける程度には回復した。
私は、全てを思い出した。男の肉を突き破る感触も、追っ手から逃げた道筋も。そして、私が人間では無いと、いうことも。
私がこのままここにいたら、小母さんに迷惑が掛かっちゃうから、本当なら直ぐにでも逃げないといけない。だけど……
「ところで。私はヘルヴィ、あんたの名前は?」
私の、名前。本当の、名前は……。
「……ライヤ」
……うん。もうすこし、ここにいたい。
ちょっとなら、大丈夫だよね?
「そっか。ライヤ、いっしょにパンを焼かないかい? 寝たきりじゃ気も滅入っちまうよ。」
そう言って、小母さん、いや、ヘルヴィさんは私を無理やり台所へと連れてきた。
私なんかの手でパンを触っていいのかな? って思ったけど、ヘルヴィさんの迫力に押されるがままに手伝った。
いっしょに焼いたパンは、とても美味しかった。
「ヘルヴィ、さん。」
「ん? なんだい?」
「えっと、その……。あ、ありがとう。」
こんな私を助けてくれて。ありがとう。
「はっ、子供は大人に迷惑かけるのが仕事なんだ。私だって昔は無茶したもんさ!」
ぎゅっっと抱きしめてくれたヘルヴィさんの温もりは、忘れない。
けど、甘えてばっかりいると、逃げれなくなるから。だから、話そう。そうすれば、きっと追い出してくれるはずだから。こんないい人のところに、私がいちゃダメだと思うから。
嫌われれば、きっと私は、もっと遠くへ逃げられるから。だから……
「ヘルヴィさん、お話があります。私は、---です。」
……だから、私は、全てを話した。
うん。話したんだけど。
「で? あんたは私を殺すのかい?」
「……え? い、いや、殺さないです!」
「なら、もう少しゆっくりしていきな。あんたが逃げなきゃいけない理由はわかったけど、2~3日くらいは休んでも大丈夫さ。」
なんで? なんで、追い出してくれないの?
「なんで、嫌ってくれないの!?」
「そんな、迷子の子猫みたいな顔してる子をほっぽりだすほど、堕ちちゃいないつもりだよ。」
そう言うと、ヘルヴィさんは再度私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「あんたが危険な子じゃないことくらいわかるさ。頑張って逃げたんだ、ちょっとくらい休んでも天罰は当たらないよ。」
それに聖女様の中にも3度死ななかったお方が居るんだ。アンタなんて大したことないさ! そう続けるヘルヴィさん。
……こんなこと言われて、逃げれるわけ、ない。
その晩、私はヘルヴィさんと抱き合って、久々にゆっくり寝ることが出来た。
けど、運命という奴は、私を散々に痛みつけるつもりらしい。私はやっぱり逃げればよかったんだと、後悔しつづけることになる。
「ここに---がいるのはわかっている! さっさと出せ!」
「はっ、賊が出た時はなにもしないくせに、こんな時は素早い対応で! で、どこに---が居るってんだい!?」
翌朝、私はヘルヴィさんと誰かが言い争う声で目を覚ます。
「---は眷属を増やす! 潜在的な危険は賊なんぞと比べ物にならん!」
「なら眷属にされた奴を連れてきな! ありもしない---や眷属なんかの危険より、賊のほうがよっぽど厄介さ!」
追っ手が来たんだ! ヘルヴィさん、大丈夫かな……?
部屋の扉を少しだけ開け、玄関の方を盗み見る。そこにはヘルヴィさんと、槍を持った兵士が言い合っていて。
次の瞬間、兵士と、目が合ってしまい――
「! やはりいたか!」
「いけない! 逃げな、ライヤ!」
え、嘘!? 見つかっちゃった!? に、逃げ……どこから!?
「ええい、やはりお前は既に眷属だな!? 死ねぇ!」
ずぶり、と。肉を貫く音がした。
途端に部屋に充満する、血の匂い。
「いけ、ない、逃げ、るんだ! ライヤ……!」
「逃がすか! 吸血鬼、エヴァンジェリンめ!」
※
「ヘルヴィ、さん……?」
「オ、起キタカ御主人」
ん……夢か。随分と古い夢を見たな。
「ふん。これのせい、か。」
テーブルの上には昨日買ったメセンブリーナ新聞がある。表に出ているのは、第1面だ。
見出しには、こう書かれている。
『吸血鬼、レミリア・スカーレット 超弩級戦艦2隻撃墜!』
「吸血鬼、か。」
「真祖ナノカ?」
「いや、恐らく違うだろう。夜の戦闘でしか戦果を上げていないようだしな。」
真祖ではない吸血鬼。真祖が弱点を克服した吸血鬼、と言われることから解るように、それはつまり。
「所詮真祖の基となった存在だ。吸血鬼がいなければ、真祖も生まれなかったんだろうが、な。」
そして、吸血鬼が残忍だからこそ、真祖である私も否応無しに追われる存在となったわけだ。
「ケケケ。ソノワリニコッチハ英雄様ジャネーカ。」
「……くだらん。」
もし吸血鬼に不死性が無ければ。眷属を作ることが出来なければ。人を襲うことが無ければ。
真祖だって畏怖されることは無かった。いや、そもそも私が真祖になる事もなく、ヘルヴィさんも……
「ハッ。本当に……くだらん話だ。」