この天文部は間違っている   作:cake

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羽丘は共学設定です。


1話 天文部

 別に、星に何か思い入れがあったわけでもない。特別星に詳しかったわけでもない。

 

 天文部。

 

 それでも、なぜかその部名に惹かれたのだ。天文部というどこの学園にもあるような、その響きに。

 

 部室の前に立ち尽くし、その扉をじっと見つめる。そして気がつけば、俺の手は扉へとゆっくりと向かっていた。

 

 

 高校一年の春、俺は。

 妙に浮き立った気持ちで、天文部室の扉を開けた。

 

 

 ──開けた。たしかに、『天文部』の部室の扉を開けたはずだった……。

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 学園の放課後。

 一日の授業を全て終えれば迎えることの出来るその時間に、俺は自分の所属している部活『天文部』の部室の前に立って、その扉を静かに開く。

 

 扉を開けて部室に入る前に、まずは部室内を見回す。今日は()()()、いるんだろうか。

 

 見回した部室にはいつも通り人がおらず、虚しく静かな場所だった。どうやら今日は俺一人らしい。

 

 人がいないのを確認してから、ようやく部室の中へと足を踏み入れる。

 

「……ん?」

 

 さっきは気づかなかったけど、机の上に見慣れないブツが置かれていた。

 

「なんだコレ」

 

 明らかに、ここ(学園)にはふさわしくないそれを手に取る。

 

 

 ……コントローラー?

 

 そう。間違いなく、それは何かの──いや、明らかにゲームのコントローラーだ。

 

 

 ──おかしい。

 

 なにがおかしいって、このコントローラーはどう見てもプレ◯ステーション系のやつだ。

 しかしここ(天文部)には、プレ◯ステーション系のハードは置いていない。

 

「まさか──」

 

 急いでもう一度部室を見回す。

 いや、見回す──というよりかは、真っ先にある一点に目を向けた。()()があるとすれば、間違いなくそこに置かれているはずだ。

 

「……P◯4」

 

 狙い通り、ネット通販で買ったモニターの横に、それはあった。

 P◯4なんて代物、昨日まではなかった。まさか、あの人また……。

 

「──あれ? 直哉くん、もう来てたんだ」

 

 どうやって問いただしたものか──。

 そんな風に、問題のP◯4を前に頭を捻らせているところで、タイミングよくひとりの女子生徒が部室へと入ってきた。

 

「……どうも、部長。……今日は来ないのかと思いましたよ」

「ええー、どうしてー?」

「いやだってほら、普段部長がいる時は、必ずと言っていいほど俺より先に来てますからね」

「そうかなー? よく見てるんだね、直哉くん」

「いちいち意識しなくても自然と覚えてきますよ、それくらい……」

 

 氷川日菜。

 俺の一つ上の先輩で、天文部の部長。俺には到底理解の及ばない思考回路を持ってる人だ。

 

「今日はお仕事ないんですか?」

「うんー」

 

 部長は気の抜けた返事とともに部室のソファに倒れ込み、俺がついさっき持っていたコントローラーへと手を伸ばす。やはりそれは部長のか。

 

「部長、そのコントローラー……というより、P◯4はどうしたんです?」

 

 部長が完全にだらけモードに入る前に、まずはそれを聞き出さなくてはならない。

 

「あっ、これー? 遂に買ったんだよ、P◯4!」

「へぇー、そうなんですか。まあ、前から欲しいって言ってましたもんね」

「そうそう! もう少し安くならないかなーって思ったんだけどねー。やっぱり、欲しい! って思った時に買わなきゃダメかなーって」

「なるほど」

 

 嬉しそうに話す部長の隣に腰掛ける。

 普通は学園生活においてあまり感じることのないソファの座り心地をしっかりと感じながら、部長の手にあるコントローラーを見つめる。

 

「……しかし部長、そんなものわざわざ部室に持ってくるなんて、大変だったでしょう?」

「えー、なにがー?」

「いえ、だからそのP◯4ですよ。わざわざ自宅から持ってきたんでしょう?」

「ううん? 直接学校に届けてもらったから違うよ?」

 

 部長はそう言いながらソファから立ち上がって、モニターの電源を入れに行く。さっそくそれで遊ぶつもりなのだろう。

 

「完全な私物を学園に届けてもらうなんて、そんなの怒られないんですか?」

「大丈夫大丈夫ー。だってこれ、部活の備品として買ったもん」

「……ん?」

 

 その言葉に、最悪の想像をしてしまう。まさかこの人、本当に……。

 

「……部長、まさかとは思いますが……それ、誰の金で買いました?」

「んー? 部費だよ?」

「…………」

 

 絶句。

 最初にP◯4を見つけた瞬間によぎった想像ではあったが、まさか当たってしまうとは……。

 

「部費って……部長、その金は決して私物を買うためのものじゃないんですが」

「ぶー。でもこの前直哉くんも部費で望遠鏡買ってたじゃん」

「この部の名前知ってます!? 天文部の名にふさわしいものを買ってるんですが!?」

 

 部長のその返しに、思わず声を荒げて突っ込んでしまう。

 天文部の部費で買う望遠鏡が私物のはずがないだろうに。相変わらず、予想外の返しをしてくる人だ。

 

「部長のそれが部費で買って許さるんなら、この部の名前はきっとゲーム部ですよ……」

「うーん、それもそっか。じゃあちょっと部名をゲーム部に変えてくるねー!」

「待って、違う!! そうじゃない!」

 

 部室を飛び出しそうな部長をなんとか止めて、とりあえずソファに座らせる。本当、行動力がおかしな方向に曲がってんな……。

 

「まったく、部長がこれで大丈夫なんですか……?」

「まあまあ。一緒にゲームでもして落ち着きなよ。ほら、ちゃんとコントローラー二つ用意したからー」

 

 そう言って部長はどこからか出してきた二つ目のコントローラーを俺に差し出してくる。

 

「……仕方ないな……」

 

 俺は差し出されたコントローラー受け取って部長の横に座る。いつも通り、結局こうなってしまうのか……。

 

 

「あっ、でもこのゲームマルチプレイ非対応だからね」

「まさかの一人プレイ専用!? 俺にコントローラーを差し出した意味は!?」

「あははー! ごめんごめーん」

 

 それでも悪くはない、いつも通りの放課後だ。

 


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