この天文部は間違っている 作:cake
日常というのは、移り変わっていくもの。
そんな変化してばっかりのものが日常──当たり前だなんて、少しおかしい気がする。
だがしかし、そんな日々の変化に慣れていくと、きっとそれが日常の一部に溶け込んでいくんだろう。変化したことに気づかないままに。
当たり前だと思っていたものがなくなって、今までなかったものがいつのまにか当たり前になっている。
気づかないままにそんな変化が訪れているなんて、日常というものに対して妙な不安を覚えてしまう。
そして当然、俺もその変化に気づくことができない。
天文部。
一年前のあの日から、俺の日常へと溶け込んできたもの。気がつけばそこに行くのが当たり前になっているものだ。
わざわざ毎日部室に行く必要なんてないのだが、何故か毎日足を運んでしまう場所。
これこそまさしく、天文部が俺の日常といっていい存在になっているのだろう。
「ねぇ在原、あんた今日暇でしょ?」
放課後。その日常通りに部室に向かおうと、ガヤガヤと賑やかな廊下に出たところで、クラスメイトに呼び止められる。
「……なんだ、赤メッシュか」
「あ?」
「すみません」
クラスメイトの赤メッ……美竹蘭。一年の頃から同じクラスの少女だ。
「……それで、なんだって?」
「……。あんた、暇でしょ? この後みんなでゲーセン行くから、あんたも来てよ」
何の用かと思えばこのメッシュ、俺が暇だという前提でゲーセンへのお誘いをしてきやがった。なんで俺が暇だと決めつけてんだよ、こいつは。
だがしかし。
残念ながら俺は部活動という
美竹には悪いが、断らせてもらおう。
「悪いが俺には部活があるんだよ」
「部活? ああ、ゲーム部」
「ゲーム部じゃない! 天文部だ!!」
なぜ外部の美竹に、俺たちがまるでゲーム部かのような活動をしてることがバレてる……? い、いや、ゲーム部じゃないぞ。天文部だ。
「部室にゲームばっかり置いて天文要素のカケラもないのによく言うね」
「おっと、それ以上はダメだ! それ以上天文部を貶すと俺は怒るぞ!」
「その部名を一番貶してるのはあんたたち部員だと思うんだけど……」
「違う! 俺はあの部をあるべき方向に戻そうと──」
「とか言って、あんたも日菜さんとゲームして遊んでるじゃん」
「うぐっ!」
美竹の口から出てくるその言葉は、俺にとって痛いくらいに突き刺さる言葉だった。
たしかに、俺は天文部をその名にふさわしいものにするために努力はしているものの、いつも部長に流されて一緒にゲームをしてしまう。
故に、俺たち天文部の活動内容はゲームプレイで一色だ。これじゃあゲーム部と呼ばれても仕方がない部分はある。
「……まあいいけど。てかどうせゲームするだけなら、あたしたちとゲーセン行くのとそんな変わんないじゃん」
「は? なに言ってんだお前? ゲーセンでゲームするのと部室でゲームするのとでは天と地ほどの差があるだろうが」
「……あんたこそなに言ってんの」
どうやら美竹には、ゲーセンのアーケードゲームと家庭用ゲームでは、プレイする敷居が全然違うということをわかっていないらしい。
「いいか。まず家庭用ゲームはその名の通り、基本的には家などでやるゲームだ。それ故に、一度金を払えばずっと遊べるし、誰にも見られずにプレイできるから比較的気楽に遊びやすいんだ」
「まあうん、わかるけど……」
家庭用──といっても、俺たちがやっている場所は部室だが。
「それに対してアーケードゲームは、直接ゲームセンターに行かなきゃプレイできない。1プレイにワンコインとかで遊べるから敷居はそんなに高くないけど、あそこにはいかんせん人の目というものがある。並んでいたら次を譲らなくてはならないし、プレイをずっと見られるし、その上ひとりでゲーセンにいると『え、なにあの人。ひとりでゲーセンきてるんですけど〜。ぼっちかよ〜〜』と言いたげなJKの目線がある。そんな場所で、気楽に遊べるわけがないだろ」
「…………」
ゲーセンの悪いところはそこだ。人目がある。
俺はゲームをするならなるべく知り合いだけで、静かな部屋で盛り上がりたいのだ。
あんな人だらけ、騒音だらけの場所はどうにも好かない。
「よくわかんないけど、とりあえずあんたが友達作るのに向いてない性格してるのだけはわかった」
「いやお前にだけは言われたくねーよ、赤メッシュ」
美竹だって友達作るの向いてないじゃんかよ。去年はどう見てもただのぼっちだったくせに。
「それで在原。結局来るの? 来ないの? みんなにはもう来るって言っちゃったんだけど」
「なにを勝手に……。てかみんなって誰だよ。それを聞いてないのにいくわけないだろ」
とは言ったものの、どんなメンバーなのかは大体想像がつく。というか、その想像以外ありえないのだが。
「そりゃあ、いつものメンバーだけど」
「……知ってたよ」
「それで? どうすんの?」
「……いいや、今日はパス」
俺のその返事は予想していなかったのか、美竹は少し驚いた表情をする。
まあ確かに、俺がこいつからの誘いを断ることなんて珍しい。なんだかんだ言っても、結局最後は誘いに乗ってきた。だからこそ美竹も、若干の驚きを見せたのだろう。
だがしかし、今日はすでに
「部長との約束があるんだよ」
「……あっそ。じゃあ仕方ないね」
「ああ。……悪いな」
「別に」
軽く謝って、それを軽くあしらわれる。
普段となんら変わらないつもりの俺たちの態度は、なんだか少しいつもと違った気がした。
それは多分、俺が美竹の誘いを断ったから。いつもなら、絶対に断らないから。
「……それじゃあな、美竹。また明日」
「うん、また明日」
そんな空気になんだか気まずくなって、俺は逃げるように別れの言葉を発する。
美竹に背を向けて、部室に向けて歩みを進める。あまり部長を待たせていられない。
「……在原!」
しかしその歩みは、背後からの呼び声に止められる。
少し離れた距離で、美竹と対峙する。気がつけばもう、廊下には俺たち二人しかいなかった。
「……なんだ?」
「明日こそは、付き合ってよ?」
「……おうよ」
「うん、約束」
このやりとりもまた、俺たちにしては珍しかった。
いつも突発的に誘ってくる美竹と明日の約束をするなんて、今までにはなかったやりとりだ。
「じゃあな」
「うん」
少しだけ、空気が軽くなった気がした。
もう一度背を向けて、今度こそ部室を目指す。
早く行こう。あんまり部長を待たせると、流石に怒られちまう。
◆ ◇ ◆
「──遅れてすみません、部長」
部室に入って第一声、とりあえず部長に詫びの言葉をかける。
あれでも一応部長なのだ。その部長様を待たせるなんて、あまり褒められたものではないだろう。
さぞご立腹のことなんだろうが──。
「……部長?」
だがしかし、帰ってきたのは静寂のみ。
部室を見回してみても、部長の姿はどこにもなかった。なんだか少し、嫌な予感がする。
「まさか──」
焦って携帯を取り出すと、メッセージアプリから通知が来ていた。案の定、相手は部長からだ。
そのままメッセージアプリを起動して、部長とのトーク画面を表示する。
『ごっめーん! 今日仕事があった(笑)」
部長らしい軽いノリと共に、今日は部活は無理だという旨の文章が送られて来ていた。
「…………」
さっきの美竹とのやりとりが、なんだか無駄に思えて来た。
どうせなら、もっと早く言ってくれよ……。いやまあ、通知に気づかなかった俺が悪いんだけど。
こんなことなら、美竹の誘いに乗っとくんだった……。
今更どうしようもない後悔をしながら、部室のモニターの電源を入れる。
──もう今日は一人でゲームをしよう。
なんだかやるせない気持ちで、ゲームのコントローラーを握る。
今日一日、部長との
結局今日も、いつも通りの日常だ。