この天文部は間違っている 作:cake
「──この前俺と約束したよなぁ、お前。今日までには絶対にこれを書いて提出するって」
少しイライラした様子でそう言った担任のその手には、グシャグシャになった小さなプリントが握られている。しかもそれは俺がついさっき渡したばかりのプリントだ。
俺は帰りのホームルームが終わるとすぐに担任に呼び出され、このプリントを出せと言われたのだ。だから適当に鞄を探して出てきたプリントを出したけど、それは担任に渡してすぐに、握り潰されてしまった。
「そうでしたっけ?」
「お前、喧嘩売ってんのか? まさか覚えてないとか言うなよ」
「いや……すみません、よく覚えてないです」
「は? お前なぁ……」
そうしてため息を吐かれ、呆れられてしまう。そう言われれば、なんとなく覚えているような気がする。その約束とかいうのが。
担任の手に握られているそのプリントは、所謂部活の活動報告的なやつだ。
担任が言うには、先週の俺にそれを書いて今日までに渡すように言ってあったらしい。いまいち記憶に残っていないけど
ただまあ、ずっと鞄に入れてあったから、何かを書いて出さなきゃいけないというのはなんとなく覚えていたんだけど……。しかしそれが部の活動報告で、さらに今日までの期限付きだったとは。
「在原、わかってるのか? これ提出しないと部活が出来なくなるんだぞ」
この活動報告なんてもの、普通はそれぞれの部活の部員に一々書かせたりなんてしないのだが、どうやら俺の部は少し特別らしい。
というのも、俺の部活──天文部にはどういうわけか今現在顧問がいないのと、部員が俺と部長の二人しかいない。
部活動をする最低条件である一定数の部員と、顧問。その両方の条件すら満たしていない俺たち天文部は、本来ならば即刻活動休止になるべきなのだ。
しかしこれもどういうわけか、その活動報告とかいうものを書いて提出するだけで部の存続を認めてくれているらしい。
なんていうか、その程度で許してくれるって、やっぱりあの部は何処かおかしい気がする。
「これは在原、お前が書かないとダメなんだよ。わかったら、明日こそ書いて渡せよ」
そう言って担任はグシャグシャになったプリントを突き返して出て行ってしまう。いやこのプリント、あんたが握り潰してくれたおかげで絶対書きにくいだろ。
まあ、こうなった原因は俺にあるんだけど。
「在原、何言われたの」
「ああ、赤メッシュ。いやさ、大したことじゃないんだけど」
「ちょっと待って。あたしにはその呼び名が既に大したことなんだけど、もしかして喧嘩売ってる?」
「いえ、とんでもないです。ごめんなさい」
俺の口からナチュラルに出てきた喧嘩をそのまま売ろうとしたが、彼女の気迫にびびって秒で取り消す。なんとも情けない。
「まあ、いいけど……それで、何言われたの?」
気を取り直して俺は、何故か教室の後ろの方で見ていたらしい赤メッ……美竹に、部の活動報告の話をする。
しかしそれを聞いた美竹はさっきの担任と同じように、呆れたようにため息を吐いた。
「それくらい適当に書けばいいじゃん。普段の部活での様子とかをさ」
「それくらいってお前、本当にこの学園の天文部の実態を知ってて言ってるのか? ゲームしかしてないのに、そんなの書けるわけないだろ!」
「なんであたしが怒られてるの……。ていうか、それがわかってるなら普通に天文部らしいことしなよ」
「いやいや、それが出来たら苦労しないだろ、喧嘩売ってるのか!」
「だからなんであたしが怒られてるの」
なんて茶番は置いておいて。
俺たちは別に天文的なことを全くしていないというわけではない。一応最低限それらしいことはしている。
といっても、極たまに部長の気分が乗った時に天体観測とかなんとかやろうとするくらいだけども。
「ていうか、それってあんたが書かないといけないの? そういうのは普通、部長とかが書くものでしょ」
「いや、今まではそうだったんだけどさ……」
美竹の言う通り、確かに今までは部長が書いて出していたらしい。
俺は部長がそんなの書いてるところなんて見たことないから、全然知らなかったのだが、少し前からそうやって部長が書いていたおかげで天文部はなんとか続けることが出来ていたみたいだ。
しかし今になって部長の文章では、具体さが欠けているらしく、それでもう一人の部員である俺に書かせろという話になったらしい。ずっと部長の書いたやつで良しとしてきたくせに、随分と今更すぎる気がするけど。
「まあ色々あるんだよ。今の天文部自体本来はグレーだから、文句は言えないし。……ったく、本当に何を書けばいいのやら」
そう言って俺は、グシャグシャになったプリントを広げる。まともに活動なんてしていないのに、こんなものどうやって書けばいいんだよ。
なんて文句を言ってみたって、そんなのまともに部活をしていない俺たちが悪いに決まっているわけで。
だから俺には文句を言う権利すらないのだ。自業自得ってやつだ。多分。
「そういうのって、嘘でもなんでも取り敢えず書いとけばいいんじゃない? 顧問がいないんだから、絶対に嘘ってわかるわけじゃないし」
悩む俺に対して、珍しくそんな助言を出してくれる美竹を思わず見つめてしまう。
美竹は俺たちのことをあまり良く思ってないみたいだから、そんな風に言ってくれる美竹はなんだか新鮮だった。ていうか意外と優しいんだよな、こいつは。
「……なに?」
「いや、別に」
それを言ったら、絶対に怒るだろうから言わないけど。
「嘘って言ってもなぁ。具体的にって言われたから、難しいな……。めんどうだから明日にしようかな」
「でもさ、それって明日までに出さないといけないんでしょ? だったら今日中に書いておいたほうがいいんじゃないの。今まで日菜さんが書いてたなら、本人に聞けば色々教えてくれるでしょ」
「まあそうだな……。うん、部室行って部長に色々聞いてみる。サンキュ、美竹」
「あ、ちょっと在原、その前に話が……! って、聞いてないし……」
美竹の反応を待たずに、俺は部室へと走る。今日は部長もいるだろうし、これを書く上でのアドバイスとかもらおう。多分役に立たないと思うが。
◆ ◇ ◆
「んー、そんなのテキトーに天体観測って書いてたらいいんじゃないかな?」
「いやぁ……期待はしてなかったけども、相変わらずですね。言ってることも、やってることも」
部室へやってきて早速部長に聞いてみたのだが、予想通り全く役に立たないアドバイスをもらった。それもソファに寝転び、お菓子を食べ、ゲームをしながらという態度で。
「まあまあ、そんなの後でいーからさ。一緒にゲームしようよ、直哉くん」
部長は身体を起こして座り直すと、自分の隣をぽんぽんと叩く。その仕草が少し可愛らしい。
普段なら、なんだかんだ言いつつ一緒にゲームをしてしまうのだが、今日だけは譲れない。だってこの問題を放っておくと、もう二度と部長とゲームをすることがなくなるのだから。
……それだと俺もゲームをすることが目的になってないか? いや、どっちにしろ、今は天文部そのものの危機なのだ。そんな細かいことは気にしないほうがいいか。
「ですから部長、明日までにこれを書かないとそうやってゲームをすることが出来なくなるんですよ? ちゃんと考えてくださいよ」
「えー? でも実際、天文部だったらそれくらいしか書くことないんじゃないかなー」
「普通の天文部だったらそれが許されたんでしょうね、きっと」
ここの天文部は実質ゲーム部だ。そんな嘘を書いてもすぐバレるだろう。となると、今まで部長がどんなことをこれに書いていたのかがさらに気になるが。
「天文部らしくないもんねー、あたしたち」
「そうなってるのは誰のせいですか、誰の」
「直哉くん」
「おれ!?」
「あははは! 面白いねー、直哉くんは!」
「なにがやねん!!」
本当に何が面白いんだ、全く。
……とにかく、部長はこんなんだから役に立たない。やはりここは自分で考えるしかないようだ。
そう思って俺は部屋の奥にある普通の椅子に座り真剣に考える。具体的に、と言われても正直困る。それは仮に、俺たちが普通に活動してたとしてもだ。
だってこの紙の俺が書く欄、一言分くらいしかないんだから。それなのに具体的とか言われても困る。本当に部長は今まで何を書いていたんだ……?
「ねー、直哉くーん」
「…………」
「直哉くーん?」
「…………」
部長に対して失礼だとは思うが、ここは無視する。どうせ一緒にゲームをしようという誘いだろう。いくら部長の頼みといえど、今はこの問題が最優先だ。
「直哉くん」
「…………」
「……えいっ」
「ふぇっ!!?」
「あっ、反応した」
無視を決め込んでいると、突然部長が後ろから抱きついてきた。
「ぶ、ぶちょう!? なにするんですか!?」
「直哉くんが無視するからだよー?」
「だ、だからって抱きつかなくても! 離れてください!」
「えー、嫌なの? あたしはこのままがいいなー」
「え、な、なにを言って、ぶ、部長……?」
「あはは、直哉くん動揺しすぎー!」
そう言って部長は俺から離れる。少し名残惜し……くはないが! 誰にも見られてないから良かったけど、しかし色々柔らかくて、色々危なかった……。
「直哉くんは面白いねー」
「からかわないでくださいよ、ホント……心臓に悪いですから」
「じゃあ次はゆっくり抱きつくね」
「いや、そういうことじゃ……」
次があるのか。いや、別に期待してないけど! ……でもあるんだとしたら、やっぱりいきなりはやめて欲しいな。
「……それで? どうしたんですか」
「ゲームしようよ」
「ブレないなぁ」
言いながら、部長の手からゲームを受け取る。有名な格闘ゲームだった。
「対戦しよう、対戦」
「でも部長、俺先にこれ書かないと……」
「このゲームであたしに勝ったら、あたしが書いてあげるよ。それ」
「え、マジで。……いやいや、でもこれ俺が書けって言われてて……」
「大丈夫だって。ちゃんと直哉くんの字でそれっぽいこと書くからさー。やろうよ」
「うーん」
正直、魅力的な提案ではあった。部長なら俺の字を真似ることなんて容易にできるだろうし、その辺も含めて上手いこと誤魔化してくれるだろう。
「……1回だけですよ」
「やった! それじゃ、早く早く!」
少し考えた末、その提案を受けることにした。
実際のところ、部長にやってもらうほうが早くて楽だし。部長は勝つつもりでいるんだろうが、残念ながら俺はこのゲームをかなりやり込んでいる。部長には悪いが、さっさと終わらせてこの紙を書いてもらおう。
「負けても文句は言わないでくださいよ、部長」
「案外やる気だね、直哉くん。あたしも負けないよー!」
そうしてゲームを始めて数時間──。
「──もう1回! もう1回だけ!」
「直哉くん、それ言って何回目かわかってる?」
「お願いしますって! あと1回だけですから!」
ボロ負けしていた。その事実を俺は受け入れられず、もう何度も再戦をお願いしているが、それでも全く勝てなかった。信じがたい。
「ほら直哉くん、活動報告書かなくていいの? 今なら邪魔しないよ。なんなら、あたしが書いてあげるから」
「そんなんどうでもいいんですよ! このゲームで部長に勝つことのほうが重要です!」
珍しく部長のほうが呆れているが、それでも構わず再戦を申し込む。まさか、ここまで完璧に負け続けるとは思わなかった。このゲーム、本当にやり込んでいるのに。
「でもほら、そろそろ帰らないと怒られちゃうよ?」
「あと1回出来ますって! やってあげますから、お願いします!」
「なんでちょっと直哉くんが譲歩するみたいな言い方なのかな」
確かに、そろそろ下校しないと怒られる。でもこのまま帰れば、プライドが……俺の数少ない得意なゲームなのに……。
「そんなにあたしに勝ちたいんだったら、もう違うゲームで対戦しようよ。ね?」
「俺はこのゲームで勝ちたいんですよ……」
「まあまあそう言わずに。ほらこれ。面白いんだよー」
「いやこれノベルゲーム! どうやって対戦するねん!!」
対戦以前に1人用だし。てか部長、こういうのもやるんだ。てっきりアクションゲームばっかりかと。
「……仕方ないなー。あと1回だけだよ?」
「マジですか! ありがとうございます!」
そう言って部長の優しさで、泣きの1回が始まった。結果は負けた。それも瞬殺で。今まで1番ひどい負け方だった。
「ぶちょお……」
「ほらほら、帰るよ直哉くん!」
部長に引っ張られて部室を出る。
結局活動報告は部長に書いてもらうことになって、ことなきを得た。自分が勝ったのに報告まで書いてくれて、部長の優しさが余計に辛かった。