幻想郷の冬
「やっぱり、寒い日は温かいコタツに限るわね……」
紅霧異変から約一年。
すっかり幻想郷に馴染んだ吸血鬼とその仲間と館は、何処とも敵対関係を持たない中立として認められた。
あれだけ騒いでいた妖怪たちも、こちらの紳士的な態度に反発を起こすこともなくなり、人里からの好感度も悪くなく、紫からの正式な永住も許可され、新たな妖怪として幻想郷で過ごすことになったのだ。
お姉様の目論見通り、幻想郷に移住することが出来たのだ。
「その意見には同意だわー」
霊夢の言葉に、私は無いはずの返事を返す。
「……あなた、いつの間に入ってきたのよ。私が気付かないなんて」
私は今、霊夢が伸びていたコタツに素早く滑り込み、一緒に温まっている。
本人の許可を取る前に入っているので怒られるかと思ったが、私が気付かれずに忍び込んだことが気になっているらしく、怒られはしなかった。
その答えを教えてあげよう。
「簡単だよ、このコタツの座標を確認して、転移魔法を使って、紅魔館の私の部屋から跳んだって訳」
ここの座標は既に肉眼で確認済み。
ならば魔法を使って、自分の部屋からここまで転移する事ぐらいは造作もない。
点と点を移動するだけなのだから、魔法でなくとも霊力でも同じことができるだろう。
「……取り敢えず、魔法が便利なものだということが分かったわ」
霊夢は難しい言葉が並んだからか、考えるのを諦めた。
どうやら、自分の担当している分野以外はあまり得意ではないらしい。
魔理沙と毎日と言って良いほど一緒に過ごしているので、ついてっきり魔法に関しても知っているのかと思ったが、そうではなかったようだ。
まあ、自分の持っていない力を手に入れようとする奴はなかなかいない。
霊力も魔力も操れるようになれば、誰にも負けない存在になれるだろう。
それこそ神と呼ばれる者たちと互角、いやそれ以上に圧倒する存在に。
「で?あなたは一体何の用できたのよ」
霊夢が気怠そうに口を開いた。
炬燵で寛いでいるその姿は、どう見てもダメ人間で、幻想郷最強の巫女だとは思えない。
「いやぁ、今年は雪が降る時期が長いと思ってね。異変じゃないかと思って来た」
「幻想郷だとこうなの、それに貴方はこちらに来てまだ一年も経ってないじゃない。そんなことは分かるはずがないのよ」
そらそうだ。
私だって幻想郷の冬が、どの程度でどのくらいの規模なのかを知らない。
でも外と比べて長い、いや長すぎると感じたのだ。
だからこうして霊夢のところに訪れてみたと言うわけ、まあこれが幻想郷の冬だというのなら大丈夫なんだろう。
今は三月、すでに春になっていてもおかしくはない時期なのだが、なぜか一向に雪が晴れない。
それが幻想郷に通常だと言うのなら、間違いではないのだろう。
「確かに素人が口出しすることじゃなかったね。私は帰るよ」
私はこたつを飛び出し、境内へと降り立つ。
雪風が肌を刺激し、寒さを感じた。
『生活魔法:防寒』
簡易的に魔法を唱えると、自分の体の周りに暖かいコートでも来たかのように、寒さが分断された。
「じゃあね」
「ええ、気をつけて帰るのよ」
霊夢はこたつから上半身を出して、顔だけをこっちに向けて、手をだるそうに振った。
どこまでも働く気のない巫女のようだ、噂通りの人間なのかもしれない。
時々パチュリーの図書館に本を盗みに来る魔理沙が、霊夢はお金が絡むことと幻想郷が危険な時だけしか動かないと。
私はそう思いながら、霊夢に軽く手を振り返すと、一面雪雲の空へと飛び立つ。
さて、霊夢は異変じゃないと言っていたけども。私はそうは思わない。
冬があまりにも長すぎる、それにお姉様もどこか寒がりな部分があり、外をため息をつきながら見ているのだ。
そんなお姉様を見たくはない。
私を閉じ込めていたことは許せないけども、威厳の無い姉の姿を見るほうがよっぽど嫌だ。
それにあんな様子じゃ、メイドや部下に示しがつかない。
「さてと、こんな寒さの時はあいつに聞いたほうが早いかな」
あいつと言えば、あいつ。霧の湖で元気に遊んでいる氷の妖精である。
冬の間はどこかいつもより元気に見える彼女は、どうやら力が増していて、ほかの妖精たちでも手に負えないそうだ。
この前、私がうるさかった彼女を飛ばすためにスペルカードでボコボコにしたのだが、なぜか気に入られた。
今回の異変も、まだ楽しんでいるだろうから、寒さに詳しいだろう彼女に聞きに行くことにした。
まあ、あの頭の悪さから、大したことは聞けないだろうけども。
「そうと決まれば、素早く行動しますか」
私は七色の宝石で輝く羽に魔力を通し、飛行能力を向上させ、霧の湖へと飛んだ。
このスピードなら30秒あれば着くだろう。
「スペルカード発動、《創氷「氷点下の槍」》」
スペルカードで手頃な大きさの氷の槍を生成しておく。
氷の妖精は最近、弾幕ごっこにはまっているらしく、そこらにいる妖怪や人間に片っ端から勝負を仕掛けているようなのだ。
そのおかげか、霧の湖から離れていることが多く、出会えるかわからないという情報があった。
それならば、こちらから戦いを仕掛ければ良い。
もしそのまま異変が止まるのであれば、氷の妖精が黒幕。
止まらないのであれば、黒幕ではないということだ。
私には霊夢はどの直感と洞察力はない。
なら、人海戦術とはとても言えないが、数撃てば当たる戦法でいけば良い。
「チルノ、現れるかな?」
私は、思いっきり氷の槍を湖へと飛ばした。
槍は軌道を変えることなく真っ直ぐ進み、湖へと着弾。
爆発に似た音が響き、水柱が上がる。
「誰だー!湖にいたずらした奴はー!!」
お、チルノが居たようだ。