きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者   作:伝説の超三毛猫

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はじめに。読む前に「プライド革命/CHiCO with HoneyWorks」という曲をご用意ください。まぁ、なくてもいいのですが、会った方がより良く楽しめるかと思われます。


アルシーヴ編 プライド革命

「シュガー、ソルト、大義だった。しばらく体を休めるといい。」

 

「「ありがとうございます。」」

 

 ふたつの声が重なり、姉妹が去っていく。姿が見えなくなったところでふぅと息をつき、肩の力を抜く。

 

 

「どうしたのアルシーヴちゃん?」

 

「うわああああっ!!?」

 

 そうしたところで、突然緑髪の男が私の視界に入ってきて、オレンジと金色のオッドアイが私を覗き込む。いつものことなのだが、やめて欲しいものだ。心臓に悪すぎる。そして―――遅れて胸に、手が沈んでいく感覚が。

 

「あと私の胸を揉むなッ、ローリエ!」

 

「いやぁ、いいじゃない別に。それに今日のアルシーヴちゃんのボインちゃんも美味しそうだなーと……」

 

「『ルナティック・ミーt―――」

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!

 ゴメンなさい!!! 謝るからそれだけはぁぁぁぁぁぁッ!!!?」

 

 

 詠唱のふりをすると、手のひらを反すように目の前の男・ローリエは目にも止まらぬスピードで土下座を行う。まったく、調子のいい男だ。

 その後、私の悲鳴を聞いて飛んできたというフェンネルにローリエを引き渡し、溜息をこぼす。

 

 ……こんなことをしている場合じゃないというのに。

 

 

「……アルシーヴ様、いかがされましたか?」

 

「何でもない。ただ、久しぶりに実家へ顔を出そうと思っただけだ。」

 

「…ご実家に、ですか?」

 

 ……そう。私は明日から、実家の両親に会いに行く。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 きっかけは、数日前に遡る。

 

 

「アルシーヴ、しばらくあなたに仕事は与えません。」

 

「………はい?」

 

 私の幼馴染であり、上司でもある女神・ソラからそう宣告されたのだ。

 初めて聞いた時は時が止まった。いや……私が固まったと言うべきか。

 

「……ソラちゃん、言い方。

 それだとクビの通告みたいになってるから。違うでしょ?本当は」

 

「えっ…? えっと……」

 

 女神の言葉を物怖じせず諫めるローリエに、戸惑うソラ。余計、私を混乱させる。

 

「………あー、つまりだな、アルシーヴちゃん? これにはソラちゃんなりの理由があってだな………」

 

 それに見かねたのか、ローリエが説明を始める。

 どうも、私の働く姿を見たソラが、過労を心配し、セサミと話し合った結果、休暇を与えることにしたらしい。しかし、休暇を与える度に私がその休暇を返上するので、「だったら命令して休暇を押し付けよう」と思いついたそうだ。

 

 だが、私は筆頭神官。たとえ女神の命令でもそう安々と休むわけにはいかない。為すべきことを為さねばならないのだ。

 

「『だが、私は筆頭神官。たとえ女神の命令でもそう安々と休むわけにはいかない。為すべきことを為さねばならないのだ』とか考えてそうな所悪いが、これはソラちゃんの親切心なんだぜ?」

 

「ナチュラルに私の心を読むなローリエ。大体私はだな――」

 

「大体も何もねーだろ、このワーカホリックが。過労死した挙げ句幼馴染二人を泣かせる気か?」

 

「アルシーヴっ!! わ、私は許しませんよ!!! アルシーヴが……そんなっ…働きすぎて死ぬなんて………っ!!!」

 

「おいローリエ、早速幼馴染(ソラ様)が泣きそうなんだが」

 

「ううっ、ぼくちゃんももう泣いちゃうッ……! アルシーヴちゃんのばかっ……!!」

 

「お前だけぶっ飛ばしていいか?」

 

 

 流石に涙目の幼馴染(片方は100%嘘泣きだろうが)のお願いには勝てず、私は渋々休暇を消化することになったのだ。

 

 あとローリエはぶっ飛ばした。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 そんなことがあって。

 私は、休暇が来るまでの数日間を、仕事に集中しきることがないまま過ごした。

 

 そして遂に、私の休暇が始まった。

 

 

 

 実家への帰路をとぼとぼと歩いていく。心は全く休まらなかった。

 やらねばならない事は多くある。しかし、追い出される形で休暇を与えられてしまった。ソラと八賢者は仕事をしている時刻だ。それなのに、私だけ働いていないこの現状に、疎外感と罪悪感を覚える。

 今すぐに神殿に戻りたいが、きっと門番やセサミに追い返されるだけだろう。

 

 

「や、やめなよ! これ以上いじめたら私が許さないよ!」

 

 

 ……?

 通り過ぎようとした公園から女の子の震え声が聞こえる。

 

 

「うるせぇ! 生意気なんだよッ、弱いくせに!」

 

「俺達に逆らうつもりか!?」

 

 

 見てみると、今にも泣きそうな女の子が、二人のガラの悪い男の子から身を挺して子犬を守ろうとしている様子だった。

 ……いじめの現場に遭遇してしまったわけか。ただでさえ気分が良くないのに、拍車をかけて追い打ちをかけてくる。

 

 

「おい、そこら辺にしろ。今ならまだ見逃してやる。」

 

 

 子供たちに強めに声をかけることに、躊躇いはなかった。

 だって―――もしも、ここで見て見ぬふりでもしようものなら、ただでさえ良くない寝覚めが更に悪くなるではないか。

 

 

「誰だ、ねーちゃん? 俺たちの話に首を突っ込んでくんなよ!!」

 

「………!! ば、馬鹿! この人ってまさか……」

 

 

 一人は喧嘩を売ってきたが、もう片方は私の顔に見覚えがあるようで、段々と顔が青くなっていく。

 

 

「あ、アルシーヴ様だ!」

 

「なっ……!?」

 

「もし、今いじめをやめれば見逃してやろうと言っているんだ。」

 

「ご……ごめんなさいィィィッ!!?」

 

「あ、てめ、引っ張るんじゃあねーよ! アルシーヴ様が何だ! 俺がその程度でビビってたまるか!」

 

「うわぁぁぁっ! ほんッとにごめんなさい!!!」

 

 

 ……ほう。

 男の子たちは私を前に逃げるか戦うかで仲間割れを始めるが、私の名を聞いてまったく臆さないのは、珍しいな。やっていることは決して褒められたものじゃあないが。

 

 

「俺は最強の剣士になるんだ! 逃げてたまるか!!」

 

「ほぅ、最強を目指す割にやっている事は弱いものいじめか。滑稽すぎて笑い話にもならんな」

 

「なッ……! それは、あの犬が……………チッ!!」

 

 正論をぶつけてやれば、舌打ちをしながら男の子達は去っていった。

 奴らの背中を一瞥した後、女の子と子犬に視線を移すと、魂でも抜け出しそうな驚く表情で私を見つめていた。

 

 

「あっ、あっ、ああああアル、あ、アルシーヴ、様」

 

「落ち着け。とりあえず―――怪我はないか?」

 

「あっ、は、はいっ、あの、えっと……」

 

「何故、あんな事になっていた?」

 

 

 女の子に尋ねてみると、彼女は緊張した様子から一変、俯いて喋らなくなってしまった。

 これは、少し踏み入りすぎたか?

 

 

「………何でもない。忘れて―――」

 

「―――だったからです。」

 

「なに?」

 

「かわいそうだったからです。」

 

 

 女の子は、ぽつりぽつりと話し始めた。 

 なんでも、この子犬、肉屋や魚屋で盗みを働いていたのだが、それは母犬がいない故に生きていくためにやむを得ずやっていたことを知っていて、犬を懲らしめる男児たちを見たことでつい庇ってしまったとのことだそうだ。

 正直、意外だった。あまりに人懐っこそうで、元気に尻尾を振っているこんなに可愛い犬が、そんな事をしたとは思えない。…………だが、真実なのだろう。

 女の子の事情をすべて聞いた私は、少々酷であろうとも、彼女に現実を突きつけることにした。

 

 

「お前の気持ちはよく分かる。だが……この子犬が働いていた盗みは、魚や肉を取り扱う者たちにとってはたまったものではない筈だ」

 

「うっ…………」

 

「可哀そうだが、あまり餌を与えない方が良い。人に慣れてしまえば、盗みがエスカレートする可能性がある。そうすれば、子犬は形振りかまわなくなり、怪我人も出るだろうから」

 

「そう…ですよね………」

 

 

 こればっかりはこう答えるしかない。

 少女や犬にとっては気の毒かもしれないが、肉屋や魚屋だって生活がある。まぁ、だからといって先程の男の子たちを全肯定するわけでもないが。

 だが、落ち込みながら帰っていく少女の背中を見送っていくうちに、ふと「これで良かったのだろうか」という思いが湧いて出てきて、自分はここまで優柔不断だっただろうかと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ……そんな出来事があり、久方ぶりに我が家に帰宅したのだが。

 

 

「あら、おかえり、アルシーヴ。ローリエ君来てるわよ」

 

「――は? 母さん、今なんて…」

 

「珍しいな、お前が帰ってくるなんて」

 

「あ、あぁ。ただいま父さん。それよりも今…」

 

「アルシーヴちゃんおかえりー。お先にお邪魔してルビィッッッ!?

 

「……二人とも。なぜこの馬鹿を家に入れたんだ?」

 

 

 ありのまま目の前で起こったことを言い表すのなら……

 「いつもの家に帰ってきたと思ったら、父と母だけじゃなくローリエも出迎えてきていた」。何を言っているのか分からないと思うだろうが、私にも何が起こったのか分からん。

 精神系の魔法や催眠術の類ではないとは思ったが、頭がおかしくなりそうだった。

 とりあえず混乱の元凶を張り倒してから、両親に状況の説明を求める。

 返ってきた答えは、考えたくはないが予想通りのものだった。

 

 

「聞いたわよ、ローリエ君と付き合ってるんだって?」

 

「………はぁ、やはりか」

 

「…コイツ、ここ数か月娘以外に手を出してないそうだぞ。まぁ…余所見したり婚前に出来たりしたら承知しないが」

 

「や、やだなー。タッチ以上の事はしてませんぜ?」

 

 

 ローリエの軽薄そうな答えに父の目が鋭くなる。そしてすぐさま私に「変なことはされてないよな?」と視線で問われたので問題ない、と返しておいた。

 それにしても、私とローリエが付き合っている、か。別にそういう訳ではないので、誤解を解いておくことにしよう。確かに半年くらい前から、お互い距離が近くなった自覚はあったが……

 

 

「…付き合っているというのは語弊だ。

 ただ、ローリエとは最近、距離が近くなっただけなんだ」

 

「へぇ、例えば?」

 

「二人きりで芸術の都や水路の街へ行き…そこの展覧会を視察したり、スイーツ関係の特産品を巡ったりしただけです」

 

「アルシーヴ……世間一般では、それを『デート』って言うのよ」

 

「………」

 

 

 おかしい。誤解を解くつもりが、ますます誤解を生んでしまったようだ。母は完全に私とローリエがそういう関係だと思ってしまっている。すぐさま父に目を向けた。こういう時、ローリエはデートだという誤解をまず解かないからな―――

 

 

「……本当か?」

 

「はい。お土産も送りましたよ、素猫の画集とか、水羊羹とかマジックアクアミストとかそうです」

 

「そうか。…二人で楽しめたか?」

 

「はい。アルシーヴちゃんと二人きりで、素敵な時間を過ごすことができました」

 

「…………………」

 

 ……何ということだ。父が、ローリエとの話で完全にデートだと思いこんでしまった。先程引き合いに出した話を、男女のデートとして父に吹き込むローリエに対して「余計な事を言うなッ!」と思わずにはいられない。

 

 

「あらあら、見てお父さん!アルシーヴが真っ赤になってるわ!」

 

「おぉ…初めて見るな、こういうの」

 

 

 な、なんなのだ、二人して。

 頼むから、こっちを見るな。見ないでくれ。

 なぜだ…両親にそう言われてから顔を触れば、本当に顔が熱くなっていた。別に変な事は言ってない。さっきの仕事の話は本当のことなのに。なぜ、なんだ。

 

 

「……好きなのか?」

 

「違う!! 誰がこんな浮気男を!!」

 

「説得力ないわよ~?」

 

「ほんとに違うのに…」

 

 

 だ、だめだ。誤解を訂正しようとすればするほど、どんどん誤解が進んでいく! これじゃあ逆効果だ…! 何て言えば分かってくれる? 本当の関係を教えるにはどうすればいい!? ………ええい、仕方ない…!

 

 

「そ、それより! ローリエ、お前仕事はどうしたんだ?」

 

「有給だよ。溜まってたからまとめて取ったに決まってるじゃん。仕事は全部セサミとフェンネルに押し付けたんで」

 

「二人が何をしたというんだ…」

 

 

 いくら考えても分かりそうにない疑問に蓋をするように、別の話題を振ってすべて誤魔化すことにした。

 ちなみに、この後の夕食は、コイツも一緒だった。抗議したかったが、ローリエが食器の片づけを申し出て、母と談笑しながら手を動かすさまを見てしまったし、風呂や寝室は流石に別々の部屋だったため何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 その日の夜は、あまり寝付けなかった。

 というのも、実家への帰り道に出会ったあの少女とのやり取りが、寝る直前になって思い出されたからだ。

 確かに、子犬をいじめたのは悪いことだ。だが、あの男の子たちが子犬をいじめた理由は恐らく魚屋や肉屋の盗みへの義憤といったところだろう。かといって女の子が子犬に対して「かわいそう」と思ったことは間違いじゃないはずだ。子犬も子犬で、必死に生き抜くために食料を得ようとしていただけだ。

 誰が悪い訳でもないのだ。しかし、秩序のため……ルールがあるから、ああ言うべきだったし、間違いではない。それでいいはずなのに、やはり眠れない。

 

 夜風に当たるべくベランダに出たら、そこにはローリエが座っていた。

 月明かりが照らしたローリエの顔は、私を見ると、笑顔を浮かべた。

 

 

「アルシーヴちゃんも、眠れないのかい?」

 

「…ローリエも、か?」

 

「俺は……なんとなく睡魔が来なくってな。夜風に当たろうとか、そういうありふれた理由よ。アルシーヴちゃんは?」

 

 

 ローリエの質問に、昼の出来事を話すかどうか少し迷った。

 あの出来事は終わったことなのだ。私自身、あの場面で一番良いと思ったことをして、女の子にもああ言った。だが………最善を尽くしたというならば、今もなお気になって……それこそ眠れない程に気になってしまうのは何故だろうか?

 迷った挙句、全部話してしまうことにした。どの道すぐに眠れそうにないから。

 

 

「なーるほど。ちなみに、アルシーヴちゃんはその行動に後悔とかしてるの?」

 

「…まさか。筆頭神官として、秩序を保つ者として当然の事を―――」

 

「あ、違う違う。そうじゃなくって」

 

「?」

 

「アルシーヴちゃん自身は―――『ただのアルシーヴ』として、その行動で良かったの?って訊いたんだ」

 

 

 …私自身として…「ただのアルシーヴ」として、だと?

 言われた事の意味が分からない。

 

「…どういう意味だ?」

 

「筆頭神官とか八賢者とか考えずに、君自身の考えはどうなんだって言ってるんだ」

 

「……そんな事、考えたこともない。

 為すべきを為す。神官として当然のことをし続けてきたからな……私情を持ち込む事は厳禁だったから尚更だ」

 

「………そっか」

 

 今まで私は筆頭神官としての役割を、感情より優先させていた。当然だ、神殿の準トップが個人の事情で動くなどあってはならない。上にも下にも自由過ぎる人達*1もいるし。

 

「……少し、聞いてほしい事がある。

 そうだな……とある役人の話だ」

 

「役人?」

 

「そうだ。そいつは、多くの人々を守り、豊かにする為に…古い慣習を破って新しいルールを作った。だがそれは、大のために小を切り捨てる事を意味していた。でも役人は、それをした。『それが役人として正しいから』『国を背負うものとして当然のこと』としててね。

 結果的に国を豊かにする事には成功したが……彼自身は暗殺されてしまった。切り捨てられた反対派の人間にね」

 

「……そいつが、前世のお前という訳か?」

 

「フ……ハズレだね。彼の名前は大久保利通だ。岩倉使節団で外国を見てきた彼は、地租改正や治安維持、富岡製糸場建設を始めとして、聖典日本の近代化に努めたと言われている」

 

「…ソレで上手くはぐらかしたつもりか」

 

 

 私は、ローリエが日本という国に住んでいた誰かの生まれ変わりだということを知っている。いつだったか、ソラと一緒に証拠つきで問い詰めたところ、あっさりと白状したからだ。とはいえ、その時は彼の言う「前世」で生まれた世界がどんなものかを話してはくれたが、コイツの昔の名前や人生は聞き出せなかった。というかソラも私も世界観の説明に夢中になり、聞きそびれてしまったのだが。いつか聞き出してやる。

 

 そう思いながらはぐらかそうとしたことを静かに咎めるが、彼はあくびを我慢している様子だった。

 

 

「アルシーヴちゃん。そろそろ眠くなってきたから戻るね」

 

「はぁ。また誤魔化すのか」

 

「………いつか話すよ。でも、マジでもう眠いから。

 本当はアルシーヴちゃんと一緒に寝たかったけど…」

 

「父さんに張り倒されるぞ」

 

「ですよねー。じゃあ大人しく戻るわ。おやすみ」

 

「……ああ、おやすみ」

 

 

 ローリエの後ろ姿を見送りながら、さっきの話を考える。

 やや極端な例を引っ張り出されたが……

 

『―――「ただのアルシーヴ」として、その行動で良かったの?』

 

 要するに、アイツは私の話を聞いてこう思ったのだろう。だが、その言葉が何を意味しているのか……小骨が喉にひっかかるようなスッキリしない感情を胸に抱いたまま、眠気がやってきて部屋に戻らざるを得なくなった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「……!! ち、遅こ…いや、違う…か……」

 

 

 翌朝。ぼんやりと9時を示す時計を見つめ、遅刻したと思ったが、よくよく考えてみれば休暇を貰っていたことに気付き、冷えた肝が再び熱を帯びていく中、ぼんやりと時計を見つめながらベッドからゆっくりと這い出た。

 

 

「ここまでゆっくりな朝はいつぶりだ…?」

 

 少なくとも、神殿に来てからはかなり規則正しい生活を送っていた。休日もここまで遅くなかった気がする。寝間着から着替えてダイニングへ行けば、そこにあったのは母の姿だけだった。

 

「あら、今起きたの? 珍しいわね、こんなゆっくりなんて」

 

「おはよう、母さん。父さんとローリエは何処にいるんだ?」

 

「二人ならもう出かけたわよ」

 

「へ…? で、出かけた? どこに?」

 

「宝…、いや、どこだったかしらねぇ。イヤだわ、忘れちゃうなんて」

 

 食器を洗いながらそんな事を言う母さんは、テーブルに用意されたパンとベーコンエッグを指さして、「貴方も早く食べちゃいなさい」と言う。

 

「あぁ…ありがとう、母さん」

 

「お礼はローリエ君に言いなさいな」

 

「あいつに?」

 

「父さんと作ったらしいわよ。あの人ったら、普段料理なんて滅多にしないくせに、張り切っちゃうんだから……」

 

 確かに。父は普段料理なんてする人じゃなかった。となると、ローリエの提案かなにかに乗せられたのか珍しくやる気を出したのか……本当の所は本人に聞くとしても……だ。いつの間に父と………いや、両親と仲良くなったのだ、アイツは。幼馴染だったから面識はだいぶ前からあったが、いくらなんでも、私の知る関係ではなかったような………

 

 

「アルシーヴ、どうかしたのかしら?」

 

「母さん?」

 

「そんなにローリエ君が気になる?」

 

「なっ!!?」

 

 

 その質問は、正直言って不意打ちだった。

 

 

「あらあらあらあら!! 真っ赤になっちゃって!うちの娘にもようやく春が来たのね~!」

 

「ち、違う!! そんなんじゃないって昨日から言ってるだろう!」

 

「も~~恥ずかしがらなくたって良いのに~!」

 

「~~~~~~~~ッッ!! 少し歩いてくる!!!」

 

「えーっ、もういいの!? ご飯は?」

 

「後で!!!」

 

 

 顔が熱い。心臓がうるさい。母からの追及から逃げるように、私は家を出た。

 

 私が、ローリエと、だと? あり得ない。だって…ローリエだぞ? 美しい女性には節操なく声をかける、あのローリエだぞ??

 

 

「あんな男と付き合う……? ない。絶対ない。次の日には浮気されてもおかしくないような男と…何故私が………?」

 

 

 だが、もし。もし………朝起きた時に、アイツがいたならば。もし、ローリエが今日のように、朝食を用意してくれていたなら。朝早くに父と家を出ることなく、珍しく寝坊した私を待ってくれていたなら。

 

『おはよー、アルシーヴちゃん! ご飯できてるぜ!』

 

 ……そういえば、あのベーコンエッグ、美味かったな……

 

「(………いかん、いかん! 何を考えているのだ私は!?)」

 

 

 全身が熱くなるのを、朝の風で冷やすために家を出たはずなのに、心なしかさっきよりも―――顔が、心臓が、身体が、熱い。この熱が治まる気がまったくしない。

 なんでだ。どうして、こんなことになった? こんなの、初めてだ。ま、まさか本当に、私は………アイツのことが、す、す、す、好―――

 

 

「オラアアア!! この人質が見えねェーかァー!!!」

 

「!!!!?」

 

 

 その思考は、突然聞こえてきた声によって、冷や水を思いきりぶっかけられたように冷えていった。

 男の、人質を取ったかのような言動に我にかえった私が周囲を見渡すと、商店街の一角に人だかりを見つけた。

 

 そこまで走って店を見てみると、人の頭や体でよく見えないものの、ガラの悪そうな男が金属の刃物に似た何かを持って何かに当て、宝石店に立てこもっていた。

 

 

「このナイフをよォ〜、このガキの柔らけー喉元にブッスリいかれたくなかったらよォ〜〜〜〜〜、近づくなっつってんだよ! そんでそのままケツめくって帰りやがれ、この衛兵どもがァ!!」

 

「な、なんと卑劣な…!」

「人質の安全を考えろ!」

 

「店ん中にも人質いるからなァ~~~、そこもちゃんと考えろよ!! 仲間もいるしなァ~~~~!!

 野次馬共も、サーカスの出しモンでも見てるみてえに集まるんじゃあねェーーーぜーーーッ! とっとと道を開けやがれッ!!」

 

「……………」

 

 

 人質は会話から察するに子供のようだ。なんと卑怯なと思うが、立てこもり犯は恐らく子供の首にナイフを突きつけているのだろう。下手な真似をすれば、子供が危ない。

 

 正直、あの程度の立てこもり犯など私の敵ではない。一瞬で蹴散らせる自信と実績がある。だが問題は周りだ。立てこもり犯に脅された野次馬たちは、恐怖におののいているものの、逃げる気配がない。しかも、立てこもり犯は子供を盾にしている。オマケに、店内の奥がよく見えないせいで、何人仲間がいるかも分からん。

 私が奴を倒す一瞬……その一瞬の間に、子供が怪我を負うかもしれない。また、奴には仲間がいて、外の異変を察知して店内の人質に手を出されでもしたら大変だ。

 

 私が今、奴らを倒す為に出ていってもいいのだろうか。否………怪我人を一切出さずに、あいつらを全員倒す方法はないか。

 人波に圧されるふりをしながら出来るだけ前に出て、様子を見た方がいいな。

 

 

「あっ! おい馬鹿! 戻れ!戻れーーーー!!」

 

「!!?」

 

 

 ようやく人込みの最前列に行くことができ、店の内部をよく見てみようと思った瞬間、誰かの声がして、そっちに向き直った。

 なんとそこには、昨日子犬を庇っていたあの女の子が、子供を人質にした恐ろしい立てこもり犯に向かって、立ち向かうように走って行く姿があるではないか!!

 

 無謀だ。少女はまだ手足が伸び切っていないのに、大人の男を相手にするなんて……!

 それは、この場の誰もが分かっていた。

 

 

「なァんだ? このガキは!」

 

「うっぐ!?」

 

「ば…か……! なん、で………来た……!」

 

「君が、助けを求める目をしてた!!」

 

 

 ―――それは、おそらく……飛び出した少女も、だ。

 立てこもり犯に蹴り飛ばされながらも、人質になった少年がかろうじて絞り出した問いにそう答えながらも立ち上がった………『考えるより先に身体が動いていた』。そういう事なのだろう。

 

 私は、この一瞬で、昨日の夜にローリエから聞かれたあの問いの意味を理解した。

 何が最適か? それも重要なことだ。だが……考えることを重視するあまり、私の心をないがしろにしてきたんじゃあないのか? これまでも…これからも…それでいいのか?

 

 気づけば私は、少女を庇うように、立てこもり犯の前に立ち塞がっていた。

 

 

「よく言った」

 

 

 少女にはこう言いながら、私は先程までの己を恥じた。

 助けることに躊躇して、幼い少女にヒーローをやらせるなんて、なんと恥ずかしい。

 私は筆頭神官アルシーヴ。人々の命を背負っている以上、この名は容易に投げ捨てられるわけがない。

 

 でも。

 

 筆頭神官として…いや、それ以前に「私自身」が、どうしたいか。今、この場での答えは決まった。

 何よりも早く、今すぐに………コイツを、倒す!!

 

 

ルナティックミーティア・スターダスト!

 

「ぐぶげげぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァ!!!?」

 

 

 右手の指先に集まった光が、五条の光線となって男に襲い掛かる。

 光線の一本は男のナイフを弾き飛ばし、残りの四本は男に全弾命中した。

 男はド派手に空中を錐揉み回転しながら、数メートル先の地面に激突して、そのまま衛兵に確保された。が、死んではいまい。

 私が今放ったのは、弱すぎる犯罪者をうっかり殺めてしまわぬよう威力調整した魔法、星屑(スターダスト)なのだから。

 

 

「…………そうだッ! 中の人質は―――」

 

「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」」」

 

 少女の保護にばかり気が向いてしまって忘れかけていたことを思いだし、店の中を見ようとした時、今度は大小それぞれの体格の悪そうな男たちが割れた窓ガラスをまき散らしながら店の外に吹き飛ばされてくる。

 その後、遅れて店の外から歩いて出てきたのは、いつものような笑顔で吹っ飛ばした男たちに二丁拳銃を向けるローリエだった。

 

「さてお前ら。牢屋に行くか? それとも地獄に行くかい?」

 

「「「も…もちろん牢屋に行かせていただきますッ!!!」」」

 

「「「……………」」」

 

 

 八賢者としてだいぶ危ない脅迫を受け、各々情けない悲鳴をあげながら自ら衛兵に捕まりに行く仲間を見て、私の焦りは何だったのだと脱力してしまう。そこに、私に気付いたローリエが歩み寄ってきた。

 

 

「アルシーヴちゃん…? どうしてここに?」

 

「こっちの台詞だ。お前まさか、人質として捕まっていたのか?」

 

 

 犯人が全員逮捕されたことで事件が終わり、私とローリエは情報を交換する事にした。

 なんでもローリエは、この立てこもり集団にばったり会う事こそなかったものの、宝石店のトイレから戻る直前に物々しい雰囲気を感じて隠れたそうで、店内にいた立てこもりには見つからず、人質にこそならなかったが、一対三は流石に厳しく、しかも父まで人質になっていたというので、隠れながら様子を伺っていたらしい。そこに私の大立ち回りが三人を揺さぶり、その一瞬の隙を突いて全員を吹っ飛ばしたそう。

 

 

「いやぁ、良かったねお嬢ちゃん! アルシーヴ様が守ってくれたぞ!」

 

「うん…! ありがとう、アルシーヴ様!!」

 

 私も事情を話せば、ローリエが勇気ある少女に話を振り、少女は私に屈託のない笑顔でお礼を言っていた。

 ……ありがとう、か。それは…

 

「私は、君の行動に動かされた。君がいなかったら、私は口先だけのダメな人間になっていたかもしれない。

 君の勇気が、私にも勇気をくれた。だから………君にも、ありがとう」

 

 目線を合わせた私の言葉に、少女は目を見開くと、目をうるうるさせながら言った。

 

「うん! どういたしまして! アルシーヴ様も、助けてくれて、あり…が、どう……!」

 

「ああ。どういたしまして」

 

 最後の方は泣いてしまっていたので、頭を撫でて、彼女の親が迎えにくるまでそうしていた。

 

 

 

「…今日は、正直助かった」

 

「ローリエ?」

 

 

 少女が迎えにきた両親と共に帰った後。

 ローリエが唐突にそんなことを言ってきた。

 

 

「あの時のアルシーヴちゃんがああしてなかったら、俺も見つかってたかもしれない」

 

「それはこちらの台詞だ。あの後、店内の仲間をどうするか考えてなかった。父が人質に取られてる事も知らなかった。父を守ってくれたのは、間違いなくお前だ」

 

「あら珍しい。アルシーヴちゃんが、あの場の勢いだったのか?」

 

「分かってるさ…らしくないって。だが………悪くなかった」

 

「そっか…………ねぇ、アルシーヴちゃん」

 

「? なんだ?」

 

 

 ローリエが向き直る。まだ朝の時間帯の日に照らされたその顔は、いつにもなく真面目だった。

 

 

「あの……えっと………………ダメだ。

 いつもの調子ならいくらでも声かけられんのに……」

 

「お、おい、どうした………?」

 

 ローリエが、どこからともなく、手品のように黒く小さな箱を取り出し、深呼吸をする。

 その時に気付いた。――ローリエの顔が、妙に赤い。

 持っている箱を開くと、そこにあったのは、陽の光を穏やかに反射して輝く、銀色の指輪だった。

 

 

「俺は、ずっと君に助けられた。俺も、君の助けになりたいんだ。

 だから………アルシーヴ。こ、これからも―――俺のそばにいて欲しいんだ。人生のパートナーとして!!」

 

 

 その意味は、すぐに分かった。

 だが……こんな往来で、そんなこと言われるとは思ってないだろう! みんな見てるし―――父さんと母さんまでいる!?なんでこんなところに!!?

 

「プロポーズの相談を受けてな。一緒に店に言ってた。まぁ、予約してたモンを受け取りにいっただけだったが」

 

「さ、さ。早く答えちゃいなさい、アルシーヴ!」

 

 母さん完全に楽しんでるだろう!!?言動が野次馬と大差ないんだが!? 父さんも父さんで気になることを言っているが…

 空気が私の答え待ちだし、それに…目の前のこの男は、もはや別人なんじゃないかって眼差しで、答えを待っている!!?

 

 お、落ち着け……ないけど、私の答えは決まっている。

 あれこれ考えすぎないと決めたんだ。ものすごく恥ずかしいけど、勇気を出すんだ、アルシーヴ…

 ローリエ、お前は勘違いをしている。お前は、私の助けになりたいと言っていたが…お前はもう、私にとっては―――

 

 

「……私で良ければ、よろしくお願いします…!」

 

 

 

 私は、拍手喝采と優しい朝日に包まれながら、目の前の大切な人(ローリエ)を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♬MUSIC:プライド革命/CHiCO with HoneyWorks

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
ソラ・カルダモン・ローリエが筆頭だ




あとがき
 よっしゃー!!ようやく、一人目を書き終えたーー!!!
 という訳で、いかがだったでしょうか、アルシーヴとローリエの超・特別編。作者自身の考える「かわいいアルシーヴ」と「かっこいいアルシーヴ」を書くことができて満足でござい。

 さて、タイトルで気になった人がいると思うので説明しますが、要するに「ギャルゲーの各キャラ攻略のハッピーエンド」みたいな感じでローリエと様々なキャラを絡ませます。ガッツリとR-18にならない範囲で。
 何人やるかは決めてませんが、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()。他にも色々意見があると思いますが、アンケートを取ってみようかと思います。それでは、また次回。



次に来て欲しい話のヒロインは

  • ソラ
  • シュガー
  • セサミ
  • カルダモン
  • ソルト
  • ジンジャー
  • フェンネル
  • ハッカ
  • きらら
  • ランプ
  • きららの里の子の誰か
  • アリサ(オリキャラ)
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