きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者   作:伝説の超三毛猫

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“きららさんのキズを癒やすために港町に泊まった日に、わたしはおいしいドーナツ屋に行きました。
 その人の話には、おどろかされました。”
 …ランプの日記帳(のちの聖典・きららファンタジア)より抜粋


第20話:ミネラ その①

「お兄さん。やっぱりあんた、いい人だよ。お母さんのために、お金を稼ぐなんて。」

 

「いえいえ。僕に働く理由を思い出させてくれたあなたほどじゃあありません。」

 

 俺は、もうちょいで30代に入りそうな、八百屋のお兄さんと握手をする。こうして働く理由を思い出させた後で、話を聞き出すことが、俺の仕事だ。そこに、おふざけはない。受けた仕事は真面目にやるのみだ。

 

 

 まぁリリィちゃんとローズちゃんにかっこいい所を見せるためにやってるんだけどね!! そうじゃなけりゃ、こんな面倒なことやってられるか。コリアンダーあたりに押しつけてるわ。

 

 

(ほら見てリリィ、やっぱりローリエさんいい人よ。疑う理由なんてないでしょう?)

 

(う~ん……なんか引っかかるのよね……何というか、仮面被ってそうというか……)

 

 百合CPの二人は、俺の仕事を後ろから見学しつつ、そんなことを小声で話し合っている。

 ローズちゃんは簡単に信じるのに対し、リリィちゃんはやっぱり鋭く、慎重だ。これなら、結婚後のローズちゃんもリリィちゃんに任せられる、か。

 

 

「ところでお兄さん、聞きたいことがあるんだけど。」

 

「なんですか?」

 

「この男、知らない? 俺は今、この人を探しているんだ。」

 

 話を改めて、俺は八百屋のお兄さんにあるものを見せた。

 

「これは……?」

 

「男の人相書きだ。」

 

 そう。人相書きである。流石に、写真はまだ浸透していない上に、流血シーンがはっきり写ってしまっているので、写真を元に男の特徴を描いて、それを見せることにしたのだ。顔ははっきり写っていなかったので、分かる範囲で特徴を描いている。ただ、

 

・身長は165~170センチ

・フード付きの黒いローブを着ていた

・ペンほどの長さほどの杖を持っている

 

 俺の記憶と組合せても、はっきり分かるのはこの程度のものだ。簡単に手がかりを掴めるとは思ってないが、これは我ながらヒントが少なすぎると思う。

 

 

「う~ん……ごめんなさい、これはちょっと分からないですね……」

 

 

 俺の予想に同意するかよのうに、お兄さんは困り顔で申し訳なさそうに答える。

 いや、俺だって申し訳ねーと思うよ? でも、ローブのせいで見た目の特徴はほぼ分からなかったし、他の特徴といえば俺のマグナムで怪我を負っているだろうことくらいだ。流石にそのことは話せない。俺がその男にトドメを刺す為に探しているみたいに聞こえたら少しマズいからな。

 

 

「…そっか。せめて、魔法の杖について何か分かれば良かったんだけど……」

 

「生憎、魔法については門外漢でして……生まれてこの方、野菜の栽培にしか携わってないもので」

 

「そうでしたか。無茶なこと聞いて悪かったよ。」

 

「いえ、こちらこそ、お力になれなくて申し訳ありません。」

 

 

 丁寧に答えてくれたお兄さんにお礼を言って、二人を伴い八百屋を後にする。この調子で町の人々を片っ端から起こしていけば、二人の信頼は得られるだろうか。

 そう思いながら次の人に声をかけようとした時。

 

「ねぇ、あんた」

 

 リリィちゃんが声をかけてきた。振り向くと、訝しげな表情を浮かべた彼女が立ち止まって俺をまっすぐ見ていた。指を銀色のショートヘアに絡み付けていて、声色も穏やかじゃない。

 

 

「いつまでこんなことを続ける気?」

 

 その質問は、彼女の不安を表していたのだろうか。それとも、理解できないから思い切ったのだろうか。少なくとも、「君達が信じてくれるまで」なんて答えないようにしなきゃな、と思いながらこっちも口を開く。

 

 

「勿論、全員に聞くつもりだ。手がかりが見つかるまでやるが、骨折り損になるかもな」

 

「無駄になるかもしれないのよ……? それに、たとえあんたが真面目にやったって、ママを元通りにするのを許す訳ないんだからね?」

 

「ちょっとリリィ――」

 

「別に構わない。本来の目的は()()()()()()からな」

 

「「!?」」

 

 

 そこでリリィちゃんも、彼女を諫めようとしたローズちゃんも、驚きの表情を見せる。俺は、言葉を続ける。

 

 

「リリィちゃん、君は『情報が得られず、無駄になるかもしれない』って言ったね? 違うよ。

 俺は『結果』を求めて動いている訳じゃあない。結果を追い求めてばっかりいると、『近道』をしたくなる。『真実』を見失ってやる気もなくなっていく。

 大切なのは『真実に向かおうとする意志』だ。それさえあれば、例え今回は収穫がなかったとしてもいつかは辿り着く。だって、真実に向かっているんだからな。」

 

 

 違うかい? と微笑みかけると、二人ともあっけにとられていたが、ローズちゃんが我に返り、俺の手を握ってきた。彼女の紫水晶(アメジスト)のような瞳が少し潤んで、光を乱反射させている。

 

 

「………流石です、ローリエさん。私は、あなたを尊敬します。ただひたすらに、真実に向かうあなたを……」

 

 ……そこまで尊敬されると困るんだけどな。

 偉そうな事を言った俺だが、毎回そう上手く行動できる訳じゃない。さっきの台詞だって、前世の漫画の知識から持ってきたものだ。

 

「そんなに持ち上げないでくれ。俺も、まだ未熟だ。感情に流されて、焦って『結果』を求めちゃうこともある。」

 

 

 人間40年(仮定)、俺でもそうして何度も失敗してきた。前世では、受験、就職、人間関係………『結果』を求めて失敗し、後悔した記憶はいくつもある。今世でも、後悔したことがないと言ったら嘘になる。

 

 例えば、ローブ野郎を排除しようとして、結局アルシーヴちゃんとソラちゃんの運命を変えられなかったあの夜。

 

 もし、俺が落ち着いて行動していたら?

 

 もし、奴を倒すことができていたら?

 

 思い出すたびに、今となっては何の意味もない「たら・れば」が頭の中を駆け巡る。非合理的だからやめようと無理矢理思考を打ち切っても、思い出せばまた再燃する後悔の念。そういう感情に苛まれる度に、「人間って面倒くさい生き物だな」と思ってしまうのだ。

 

 

「ローズ、言ったわよね? 簡単に人を信じていいのかって。」

 

「リリィ。まだローリエさんを信用できないって言うの?」

 

「そう、なのかな………うーーん……」

 

 

 最愛の女の子(暫定)に説得され悩む彼女に「無理に信じなくてもいいんだよ」とフォローしたのだが、すぐさま睨まれた俺はリリィちゃんのフォローはローズちゃんに一任しようと考え、次のだらけた人に話しかけた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 突然現れて、ママを口説こうとした男は、魔法工学教師のローリエと名乗った。彼が現れた時、せっかく得たまたとないチャンスを奪われてたまるものか、と思った。

 

 

 

 

 

 

 あたしは、少し前から「他の子たちとは違う」って自覚を持っていた。

 他の子達が好きな男のタイプについて話している時。ラブロマンスに思いを馳せている時。恋愛物語の感想を話し合っている時。あたしは、それに()()()()()()()()()()心を揺さぶられなかった。うっとりと「どんなシチュエーションがときめくか」とか「どんな男が格好いいか」とか語る同級生が理解できなかった。でも、「それの何がいいの?」なんて訊ける筈もなく、ただ隅っこで愛想笑いを浮かべる日々を送っていた。

 

 初めてローズに会ったのは2年前のこと。

 

 海辺の砂浜に座っていた、薔薇(バラ)のような深紅の髪と紫水晶(アメジスト)のような色の瞳、それを一層引き立てる白いワンピース。ハイビスカスの花に誘われる蝶のごとく、彼女に近づいてみると、彼女の方から声をかけられた。

 

 

「なーに?何か用?」

 

「えっ!? えっ、えーっと……

 ………か、可愛い子だなって、思って………

 

 

 突然のことに戸惑った勢いで、そんなことを言ってしまっていた。

 

 この直後、なんとか誤魔化して友達になったんだけど、後に聞いたことには、ローズはこの時、いきなり告白されたことに驚いて、惚れてしまったそう。当時のことをあまりにどストレートに言うもんだから、恥ずかしくなって照れ隠しにつねっちゃったけど。

 かくいうあたしも、この時にローズに一目惚れした。

 

 それと同時に、理解した。

 

 

 

 あたしは、()()()()()()()()()()()()()って。

 

 

 それが、周りと違う理由だと知った時、あたしは更に他の子達と距離を置こうとした。自分だけの秘密を、冷凍庫の奥にしまうように、凍らせておこうとした。もし、この秘密が皆にバレちゃったら……そう思うと、怖くて仕方なかった。

 

 その時、あたしのそばにいてくれたのも、ローズだった。

 

 

『どうしたの、リリィ?』

 

『ローズ、だったっけ?』

 

『そうだよ! 覚えてよ! ちょっと泣きそうなんだけど?』

 

『ご、ごめんなさい! 覚える! 覚えるから、泣かないで……ね?』

 

『友達………だよね?』

 

『う、うん! あたしたちは友達!!』

 

『えへへー、やったー! 友達、友達ー!』

 

 

 泣きそうだった彼女は嘘のように飛び跳ねて喜んだ。

 

 それ以降も友達として過ごしていく内に、ローズという少女の人間像がだんだんわかってきた。

 ローズは、人の幸福を願い、人の不幸を悲しみ、人の願いを応援し、人と愛や友情を分かち合える子だ。そう思った。少なくともあたしはそうだと信じている。

 

 だからだろうか。彼女に「あたしの秘密を話してもいい」と思えるほど、彼女を信頼したのは。

 

 

 

 

『あたしね、おかしいの。女の子なのに、女の子を好きになるの。』

『………っ』

 

 彼女と「友達」になってから1年ほどたった冬の日。あたしは「大切な話がある」とローズを二人っきりになれる場所でそう告げた。

 覚悟はしていたつもりだった。でも、秘密を話した直後のローズの目を見開いて絶句していた姿が、あたしの絶望感を掻き立てた。

 ああ、きっとこの子も同じだと。あたしが理解できるはずの友達が、理解できなくなっていく。届いていたはずの手が届かなくなっていく。全身から血が引き、冷えていく感覚に耐えながら独り、ぽつりぽつりと話していく。

 

 

『だからね……っ、これ以上、あたしと、一緒に………』

 

 

 言葉が喉につっかえてスムーズに出てこない。「一緒にいちゃいけない」と言うだけなのに言えなくて、ローズを離せなくて、気が付いたら下を向いていて、涙がボロボロ(こぼ)れて、頬を冷たく濡らした、その時。

 

 

 

 

 

 

『大丈夫だよ』

 

 

 

 

 

 

 温かいものが今にも凍えそうな両頬を包んだ。

 

 

 

 

『例えどんな子を好きになっても、リリィはリリィだよ』

 

 

 

 

 その言葉に、顔を上げる。滲んだ視界には、ローズだけが映っていた。表情は分からない。でも、確かに驚いたけどね、という彼女の声色は優しかった。

 視界の全てが、虹色に色づき始めた。さっきまでの、氷河のような涙が、温かく、清らかで、春の小川のようなものに変わったことに気が付くのに時間がかかった。

 

 

 

 

『……例え、それが……ローズ…あなた、でも?』

 

 自然に出たあたしの言葉に、赤面して面食らいながらも、ぼやけたローズは答えた。

 

『………………うそ、まさかの両想い……!?』

 

 

 

 その言葉はあまりにも拍子抜けしていたが、暖炉の中の炎が凍えた体を温めるかのように、あたしの中で凍り付いていた想いが一気に溶けた気がした。溶けだした想いが両目から溢れ出して、拭っても拭っても止まらなかった。

 

 

 

『……っ、そう…だよ、ローズ………好きだよ……ローズ………』

『私も………リリィが好きっ、大好き……!!』

 

 こうして、あたし、リリィとローズは恋人になった。

 

 

 

 

 

 でも、あたしはママにそのことを報告できずにいた。

 

 パパが5年前に亡くなってからというもの、ドーナツ屋の店主として休まず働いているのだ。きっと……いや、絶対反対されるに決まっている。このことは、ローズにも相談した。複雑な顔をしたが、一応はあたしの意思を尊重してあたし達の関係は秘密にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時に起こったのが大人の怠惰化である。

 

 仕事に熱心なママでさえ、「仕事したくない」って言ってだらけてしまっているのだ。おまけに、強盗(?)に押し入られた時に投げやりになっていたのも確認済みだ。普通ならピンチだけど、あたしが考えたのはそれだけじゃない。

 今なら、あたしとローズのお付き合いを認めてくれるかもしれない。もしそれが駄目でも、駆け落ちの為のお金も「面倒くさいから好きにすればー」とか言って調達できるだろう。

 

 だから―――今、ママを元通りにされるのは困る!

 

 

 

 現在、目の前でだらけきっている宝石商に話しかけている男も、昨日ママを元通りにしようとした。彼の妥協案で聞き込みに付き合わされているが、ママを元通りにされる展開だけは避けなければ。

 でも、今帰るとローズとローリエが二人っきりになってしまう。それはもっとマズい。

 一体、どうすれば………!?

 

 

「なぁ、あなたが働く理由は何だい? やっぱりお金かな?」

 

う~~~ん……

 

「……違うか。なら、あなたの仕事で喜ぶ人でもいるのか?」

 

 

 ローリエがそう宝石商に言うも反応はない。金も人の笑顔も彼の働く理由ではないと判断したのか、仕事の後の一杯はとか、結婚の為かとか様々な理由を試している。

 何人にも同じことをしたためか、手際がいい。この調子でママまで復活させられるとこっちが困るんだけど……

 

 

「ねえ、リリィ?」

 

「っ! なに、ローズ?」

 

「そろそろ信じてあげたら?」

 

「……どうして彼の肩を持つの?」

 

 

 声をかけてきたローズのそこがまだ分からない。今日、会ってから半日も経ってない筈なのに、何故なのかが妙にモヤモヤする。

 

 

「……一生懸命だからかな?」

 

「一生懸命?」

 

「そう。あの人は、初めて会った人達、見ず知らずの他人であるはずの人達に親身になって話しかけている。誰にもできることじゃあないわ。」

 

「無茶苦茶な……それに、そういうのって、慣れなんじゃあないかしら」

 

「リリィは私以外に友達を作ろうとしなかったのに?」

 

 う、と答えに困ってしまう。確かに、あたしはローズ以外に親友と呼べる存在がいない(厳密に言うと、ローズは恋人なのだから、ローズのように親しくしようとした人がいないと言うべきなんだろうけど)。

 

 

「『最初に私達の町の人々に声をかける』ってことをしなければ、慣れることすらないわよ?」

 

 ローズの言葉はきっと、的を射ているのかもしれない。あたしは嫌われること(『結果』)を恐れて、他の人々の輪の中に入らなかった。さっきのローリエが言っていたこと(『真実に向かおうとする意志』とやら)も含めて、すぐに反論が見つからず苛立ちばかりが増していく。

 

「まぁ、どれだけリリィが友達を作っても、『特別』は私だけだもんね?」

 

「もう、恥ずかしい事言わないでよ……」

 

 そんな感情を読み取ったのか、柔らかく温かい薔薇色が、あたしの腕の中に飛び込んできた。それがあたしの大切な人だと分かるとつい受け止めてしまったが、人の目があるところでするのはやめて欲しい。ローリエは宝石商と何か言い合っていて、こっちを見てないからいいが、他の誰かが見てるかもしれないのに……

 

「こういう状況って興奮しない?」

 

「しないよ!!」

 

 こんな時にローズは何を考えてるの!!

 

「でもリリィ、まんざらでもなさそう。」

 

「そ、そんなこと……」

 

 ない、と言葉が続かない。そこで初めて顔が熱いことに気づいた。

 その熱が頭にまで回ってきて、まともな判断ができなくなりそうだ。

 ローズがあたしを覗き込む。紫水晶(アメジスト)の瞳があたしを捉え、近づいてくる。

 これから唇にやってくるであろう柔らかく甘い感触を予見しつつ、目を閉じた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、オホン!」

 

 

 

「ひゃああああ!!?」

 

 

 

 

 その時、宝石商と会話をしていたはずの彼から声がかかった。

 すぐさまローズから離れる。あたしから離れたローズはにやにやしていた。

 

 

 ―――ま、まさか、気付いていて尚ローリエに見せつけていたというの……!?

 

 

「二度もお楽しみを邪魔して悪いが、聞きたい事ができた」

 

 

 心臓がバクバクと煩い中、もう宝石商を元通りにしたの、と言う前に発してきた彼の質問に―――

 

 

 

「ミネラさん、って知ってるか?」

 

 

 

 ―――あたしは時が止まった感覚を覚えた。

 ミネラ。その名前は知っている。あたしの、ママの名前だ。でも……

 

「なんで、その名前が出てくるの!?」

 

「ちょ、リリィ!?」

 

 自覚はなかったが、声を荒げていたんだろう。ローズはあたしを心配そうに見つめ、ローリエもすぐに取り乱したかのように弁解しだした。

 

「あぁ、待て待て! さっきの宝石商から聞いたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って聞いてさ」

 

 それは、一体どういうことなの?

 あたしのママと、ローリエが探してるという、男と何の関係があるのだろう?

 そう呆けるあたしとローズをよそに、ローリエは説明しだした。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 俺は、目の前の真夏日にアスファルトの道路に落としたアイスクリームみたいになっている宝石商を相手に、手詰まりになっていた。

 

 お金も駄目、人も駄目、酒も駄目。言い方を変えても効果なし。そうなった場合のコイツの働く目的に検討がつかなかったからだ。

 

 人間、ボランティアで働くには限界がある。前世(日本)でもよく言われてきたことだ。宝石商の彼にも、必ず何かしら働く理由があるはずだ。

 

 

 考えろ……必ず、何かあるはずだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はえっと……えっと……この橋が完成したら、約束通り幼なじみと結婚できますよ!』

 

『そんなゲームやフィクションやあらへんのやから……』

 

『ベタすぎない?』

 

『……狙ってるんじゃなくて……

 きららさんが……純粋なだけかも……?』

 

 

 突如蘇ったのは、俺が「きららファンタジア」をやっていた時の記憶。2章で、橋の職人にきららちゃんがかけた言葉。そして、死亡フラグの常套句。

 思い出した。確か、そんなやりとりがあったはずだ。

 

『そうだ!

 俺、この仕事が終わったら、結婚するんだ……!』

 

『正解しとるけど、それ死亡フラグやぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 CV竹尾○美さんの迫真のツッコミが脳内に響き渡る。

 そう。戦争の物語などにおいて、「俺、帰ったら結婚するんだ……!」みたいな事を言った奴は、必ずといっていいほど帰ってこれない。

 その人物が死亡するための『条件』。それが死亡フラグだ。

 

 ……まさか、この宝石商にも、そういう事情があったりするのか……?

 

 

 

「……なぁ。あんた、故郷に許嫁か出産を控えた嫁さんでもいるのか?」

 

「……!

 そうだ……いる。私には、出産間近の妻がいる……!」

 

 

 おいやめろ。いきなりフラグを建てるんじゃあない。

 

「帰る頃には父親になってるだろうな……」

 

 だからやめろや! 何で連続してフラグを建てたがるの!!?

 

「子供が産まれたら、宝石商(この仕事)はやめにしようと思うんです。今回の仕事を最後に何か別の仕事に転職して……」

 

「それ以上マズい発言すんじゃねーよ!

 最()じゃなくて最()の仕事になっちまうぞ!!?」

 

 なんなの? エトワリアには死亡フラグを仕事の理由にしたがる習慣でもあるの? それ絶対長生きできねーぞ!?

 

「家族三人になったら故郷でアツアツのピザも食べたいな。ナラの木の薪で焼いた本格的なマルガリータだ。妻が大好きなボルチーニ茸も乗っけて貰おう……!」

 

「今それを言うな!! 帰れなくなるぞ!」

 

「大丈夫ですよ。わたしは死なないから」

 

「死ぬから! そういう事言う奴に限って真っ先に死ぬから!!」

 

「もう何も怖くn」

「クドいわ! 口を開く度に死亡フラグを喋ってんじゃあねーよ!!」

 

 このままでは埒があかない。さっさと本題に移って、質問に答えてもらうほうがいいだろう。

 

 

「な、なあ、嫁さんの出産はめでたい事だけどよ、ちょっとダンナに聞きたい事があるんだ。いいかな?」

 

「? ああ、質問に答えるのはいいが………別にアレを倒してしまってm」

「あの!! この人相書きに心当たりはないかな?」

 

 何を倒すつもりだったんだよこの男は。

 隙さえあれば死亡フラグをぶちこもうとしてくる既婚者の言葉を遮って、例の人相書きを見せる。

 彼は流石に死亡フラグをぶっこむのをやめ、手渡された人相書きを穴が開くかのように見つめる。

 

 時間にして数十秒ほどだろう。だが、俺には数分かのように感じた。

 

 長かった時間はようやく過ぎて、人相書きを返してきた宝石商は、神妙な顔をしながらこう言った。

 

 

 

 

 

「……杖について、心当たりがある」

 

「本当か!?」

 

 つい大声が出てしまった。

 やっと手がかりが見つかったとなれば、仕方のないことなんだろう。

 

「『ペンほどの長さの杖』………これは、山奥の魔法使いが使っていると聞いたことがある」

 

「山奥……!」

 

「わたしはこれくらいのことしか知らないが、あっちの地方から港町(ここ)に嫁いできたという彼女なら、もっと詳しく知っているかもしれない」

 

 

 

 手がかりにしては、意外に良い収穫だ。俺は、宝石商に「詳しく知っているその彼女って誰の事なんですか」と尋ねる。

 すると、宝石商は、思い出すかのように数拍置いてから、その人物の名前を口に出した。

 

 

 

「――――――ミネラ。昨日、リリィとかいう娘の為とウチで買い物をした女性だ」

 

 耳にしたことのある名前に覚えのあった俺は、手短にお礼を言うと、すぐさま確認の為に百合CPに目を向けたのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 事情を説明し終わり、「なにか質問は?」と聞いても、ローズちゃんもリリィちゃんも言葉を発せずにいた。

 

 まぁ無理もないだろう。親の結婚事情なんて本人に尋ねでもしない限り知り得ないだろうからね。しかも、リリィちゃんの親子関係は良くない。こういうことを聞くのは初めてなんだろうな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「「死亡フラグって…なに……?」」

 

「いやそっちかいぃぃぃ!!」

 

 

 この後、死亡フラグについて5分動画の塾講師のように教えたのだった。

 

 ――ミネラさんについて色々聞くつもりだったんだけどなぁ……

 

 まぁいい。この講義(?)が終わったらすぐにでもドーナツ屋へ向かおう。

 

 

 リリィちゃん。もしかしたら、君のお母さんは―――

 

 ―――――意外と、君のことを思っているのかもしれない。

 

 

 




キャラクター紹介&解説

ローリエ
 ソラ襲撃事件の手がかりを追いつつ、百合CPに『真実へ向かおうとする意志』や死亡フラグについて教えた魔法工学教師(兼八賢者)。エトワリア人ローリエとしては二十代なのに、二十代らしからぬ言動をするように心掛けた。人間40年とか言ってるけど、彼自身前世の享年は知らないので感覚である。

リリィ
 拙作オリジナルキャラにして百合CPの片割れ。慎重で疑り深く、しかし反抗的かつ短絡的な考えをしてしまう……そんな子供っぽさが抜けない中学生を意識して書いたキャラクターだと思う。自身の特殊な恋に自信を持てず、迷い続ける時期が思春期にはあると思うの。

ローズ
 拙作オリジナルキャラにして百合CPの片割れ。積極的で人懐っこく、リリィとは違った子供っぽさを書き出した。その過程で、露出系に傾きかけているが、そこまでキワモノにするつもりはないのでご安心を。まぁ、桜Trickの春香×優も授業(体育のダンス)中にキスするくらいしてるし、それ以上にならなければ恐らく大丈夫。


真実へ向かおうとする意志
 『ジョジョの奇妙な冒険・第五部』にて言及されていた、同作のテーマともいうべき意志・魂。目先の結果や偽りのゴールに惑わされることなく、真実を探求する志とされている。詳しい事は、前述した作品を読み、『心』で理解してほしい。

死亡フラグ
 死を予感させる言動のまとめ。「帰ったら結婚するんだ」というテンプレの他、亜種の「アツアツのピッツァも食いてえ!」や「私は死なないわ」、「もう何も怖くない」や「別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」にも御出張願った。
 死亡フラグとして有名すぎる「俺、この戦争が終わったら、この娘と結婚するんだ……」は映画『プラトーン』が元祖で、物語冒頭にこのセリフを言った主人公の同期の兵士は10分後に死亡した。
 ちなみに、死亡フラグの歴史は相当に古く、三国志演義や古代ギリシア叙事詩にもそれらしい描写が多数見受けられる。トロイア戦争を題材とした叙事詩「イリアス」の主人公アキレウスなどもその一つだが、そもそも古代ギリシアでは『神様の息子=生まれつき過酷な運命を背負っている=不幸・死亡フラグ』というテンプレが存在していたようだ。
 また、日本史にもそれらしい逸話があり、有名なのが上杉謙信の「死なんと戦へば生き、生きんと戦へば必ず死すものなり。家を出ずるより帰らじと思えばまた帰る、帰ると思えばぜひ帰らぬものなり」という言葉である。これは武士の心得であり、『必死の覚悟で家には二度と帰るまいと思って戦えば生き残り、生きて勝利を味わい、必ず帰ろうと思って戦えば帰らぬ人となるものだ』という意味があるのだが、死亡フラグに通ずるものもある。




△▼△▼△▼
ローリエ「遂にミネラさんと会うことになった俺! でも、リリィちゃんはまだ納得がいかないみたい。
 仕方ないから俺が譲歩しよう。ズバリ、『元通りにするチャンスは一度だけ』!」
ローズ「だ、大丈夫なんですか……?」
ローリエ「ああ。人間たるもの、自分の子供を愛さないやつはまずいないからな……!」

次回『ミネラ その②』
ローズ「絶対に見てくださいっ!」
▲▽▲▽▲▽

きららファンタジアに登場する作品群の中の、次の作品の中で、最も皆様が好きな作品は?

  • あんハピ♪
  • 三者三葉
  • スロウスタート
  • ゆるキャン△
  • こみっくがーるず

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