きららファンタジア 魔法工学教師は八賢者   作:伝説の超三毛猫

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“生きていれば、それでいいの?”
 …祠堂 圭


第27話:転がる石(ローリング・ストーン)黄金の意志(ゴールデン・マインド)

 カルダモンさんが去ってしまった後、私はただ、クリエケージと呼ばれていた檻の中で、暇を持て余していた。

 

「………。」

 

「…………。」

 

 一応、ローリエさんがいて、例の盗賊が再び襲ってこないように守ってやると言われたが、敵と話すつもりもなく、だからといって檻から出ようとするとクロモンと呼ばれる二足歩行で帽子をかぶった黒い子猫のような生き物がくーくーと警告してくるため、動くこともできない。

 

 誰かが話してくるわけでもない、ローリエさんがしているであろう、何かの作業音以外のない、静寂が支配した空間。そんな雰囲気は久しぶりだった。

 

 二人っきりでいるのも、こうして一人で考えるのも、久しぶりだ。

 

 

 

 

 

 先輩たち、大丈夫かな。

 カルダモンさんの話だと、まだ見つかってないみたいだけど……

 

 

 もし、ここに連れてこられたのが私だけだったら、どうしてたんだろう。

 

 

 

『元の世界に戻って何になる。』

 

『このままあたしの元にいればいい。』

 

 

 

 カルダモンさんの言葉が蘇る。

 

 檻の中にいればお腹も空かない。

 備えるようにして寝なくてもいい………

 

 

 ……でも、それでいいのかな。

 私は……」

 

 

「確かに、クリエケージはそこだけが欠点だよな。」

 

「!!?」

 

 ローリエさんにいきなり話しかけられ、思わず身構える。元の世界では、圭と二人きりになって以降、男の人と出会わなかったから警戒してしまう。

 

 

「あ、あの……」

 

「……! あぁ、ゴメン。

 一言声をかけてからの方が良かったかな。途中から声に出てたもんだから……」

 

「あ…………す、すみません……」

 

「気にしないで。……まぁ、男が二人っきりの状況で『気にするな』ってのもなんだけどさ。」

 

 

 さっきまでの考えが口に出ていたとは知らず、顔が熱くなってしまう。

 

 

「……今の君にはきっと、進むべき二つの道がある。」

 

 ローリエさんが、手元の何かを作りながらいきなりそう始めた。

 

「進むべき……二つの道?」

 

「そう。一つは、『全員で元の世界に帰る』道。さもなくば―――『全員でここに残る』道……。」

 

 

 それは、カルダモンさんからの提案を受けて、どうすべきか迷う私が決めるべき選択肢を、簡単にまとめているようだった。

 

「全員で、って所は確定なんですね。」

 

「違うのかい?」

 

 気になったところを尋ね、返ってきた答えは、あたかも「私達ならその選択肢以外はありえない」と言葉なくして語っているかのようで、しかし温かい表情だからか威圧感も感じなかった。

 

 

「……カルダモンさんは先輩たちを捕まえるために、探しに行ったんですよね。」

 

「……ああ、そうだ。」

 

「なら、私たちが取るべき道は一つです。

 私は、行かなきゃならない。先輩たちのところへ。

 ここにいたら、ダメなんです。ただ、ここで生きているだけじゃあダメなんです!」

 

 

 カルダモンさんとローリエさんについて、確かな事が一つだけある。

 

 それは、サルモネラとかいう盗賊から私を守ってくれたこと。

 

 この場所はとてもやさしい場所だ。

 

 食事や寝る場所で困ることは無いし、手足を伸ばして入れるお風呂だってある。

 

 こんな日々を過ごすのは、元の世界では当分難しいかもしれない。

 

 でも――――――

 

 

「―――()()()()()()?」

 

「え?」

 

 

 突然、ローリエさんの目が険しくなった。

 カルダモンさんがしていた、興味と好奇心の目じゃない。ヒトを試すかのような挑発的なそれに見えた。おそらく彼はそのつもりなんだろう。

 

 

「ルネサンス芸術の頂点の一角として歴史に名を残したかのミケランジェロが言った言葉がある……」

 

「!!?」

 

「『私は大理石を彫刻する時、着想をもたない………「石」自体がすでに彫るべき形の限界を定めているからだ……………わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』と」

 

「え……ろ、ローリエさん……!?」

 

 

 突然ローリエさんから語られた、こちらの歴史の―――()()()()()()()()()()()()()は、私を混乱させるのには十分だった。

 なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな疑問の前には、ミケランジェロはそんなことを言っていたのか、という新たな豆知識の開拓など些細な事にすぎなかった。

 

 

「ミケランジェロは『究極の形』は考えてから彫るのではなく、すでに石の中に運命として『内在している』と言ったんだ。彼は彫りながら運命を見ることができた芸術家といってもいいだろう」

 

「………なにが、言いたいんですか?」

 

 

 次に出てきた疑問は、その一点に尽きた。彼が一体何を考えているのかが分からなくて、ちょっと声が震えてしまったかもしれない。

 

 

「あー……つまりだな? えーーっと……帰ったところで運命は変わらん、ってこった。

 みー…直樹さんは運命を信じるかい?」

 

「………。」

 

 

 ローリエさんの答えが、未だに要領を得なくて、沈黙してしまう。

 いきなり運命とか、そんな話をされても困ってしまう。

 

 

「うーん、何て言えば伝わるかな………俺は聖典について、ここに住む人よりもよく知っている。

 だから、この先君達の身に何が起こり、それに対して君達がどう行動するかも知っている。」

 

「!?」

 

 

 にわかには信じがたい話だった。

 おそらく、事前に二人から「聖典」の話を聞いていなければ取り合うことすらもしなかっただろう。

 

 

「詳しくは言わないし、知りたくもないだろうからアレだけど……生存者同士で争うこともあるだろう。君達を騙そうとする輩も現れるし、全員の生存が絶望的って状況にも陥るかもしれない。」

 

 

 次々と告げられるのは、きっと私達に待ち受けるであろう未来のことなのだろう。「聖典」を実物で見て、それで……

 だんだんと考えがまとまらなくなる。未来のことを抽象的とはいえ淡々と宣告されて、戸惑うなって方が無理な話だ。彼の言葉を遮りたいのに、止めなきゃならないのに、制止の声が出ない。変わらず真剣で、だが試すような表情をしているからだろうか。

 

 

「だからこれは……千載一遇のチャンスと取ることもできる。

 ここにいれば、確実にその運命を変えることができる。」

 

「………!!」

 

 

 その言葉でやっと、ローリエさんの言わんとしている事が理解できた。

 

 

「ゾンビに襲われることも、生存者同士の醜い争いに巻き込まれることも、子供数人ではどうしようもない組織が悪意をもって近づいてくることも、まず回避できないだろう………それも、別世界に転移でもしない限り。」

 

「………それが、運命だとでも言うんですか?」

 

「運命のようではあるがね。ただまぁ……俺の言う事に間違いがないのは断言できる。」

 

 

 私達の未来を知るという者から突然提示されたその誘惑は、カルダモンさんの提案とまったく同じ筈なのに、惹かれそうな甘さを感じた。

 まるで、「帰っても辛い事が待っているだけだ」と諭し、「辛い目に遭ったのなら逃げても良いのだ」と甘やかそうとしているかのようだ。

 

 でも、仮に彼が言っているような未来が待っていたとしても……私は間違っていたとは思わないし、曲げるつもりもない。私は―――

 

 

「あなたの言いたいことは分かりました。

 きっと、あなたの知っている私達は……元の世界で辛い目に遭う。その運命を、ここに移住すれば変えられる。

 そう言いたいんですよね?」

 

「………その通りだ。」

 

 

 

 

 

 

 

「……それは、逃げているのと変わらないじゃあないですか。」

 

「……!」

 

 

 私は、もう逃げたくない。

 

 あの日、モールで声が聞こえた時、思わず追いかけていた。

 

 もし、あの声に気づかなかったのなら。今もあの扉の内側にいたのなら―――

 

 ―――きっと、私はここに残ることを選んでいるだろう。ただ逃げて、生き残るために。

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 あの日―――私は先輩たちに助けられたのだ。そして、たくさんのものを貰った。

 

 生きていて良かったのだと、今の私なら答えられる。

 

 

 

「もう、すごく昔のことに思えちゃうんですけど、『あの時』、私は友達と一緒にいたんです。

 ………私達のことを知っているんなら、圭のことも知っていますよね。」

 

「……ああ、知っているとも。

 でも……君の口から、聞かせてくれないか?」

 

 

 もとよりそのつもりだった言葉を聞き、私は今も離れ離れになっている親友について話し始めた。

 

 祠堂(しどう)(けい)。私の、大切な友達の話を。

 

 

「圭は……クラスメートで調子が良くて、元気な子で……今は離れ離れになっちゃってるんですけどね。圭と別れた時に聞かれたんです。『生きてればそれでいいの?』って。

 

 何も答えられなくて、止めることもできなくて………それで、カルダモンさんに聞かれて考えてました。

 たとえば……別の世界に行っても、生きてればそれでいいのかって。」

 

 

 あの言葉は、一度は私を抉り、圭との別れにおいて、忘れられない言葉となった。

 でも、モールでゆき先輩たちと出会い、学園生活部に入って数々の思い出を得るきっかけとなった。

 

 そして――――――今。その言葉は、私に絡みつこうとする、甘い誘惑を跳ねのけてくれる。

 

 

「『生きてればそれでいいのか』………か。

 散々邪魔した俺が言うのもなんだけど………答えは出たかい?」

 

「はい。ローリエさんの話で、自信が持てました。

 たとえ私達の運命が、『ピエタ』や『ダヴィデ像』に掘られる運命にある大理石のように、定まっているものだとしても………

 ―――私には帰るべき場所が、きっと待ってくれてる人たちがいますから。」

 

 

 

 きっと、圭と別れたばかりの私だったら、危ないからってこの世界に残っていたと思う。

 

 でも、今は―――

 

 

 

 

 

「今の私は―――先輩たちと一緒に、生きたいんです。」

 

「……そうか。だったら、俺から言えることは一つだけだ。」

 

 

 私の決意を聞いたローリエさんの表情には、もう挑発的な感情も試すような態度も残っていなかった。

 

 

 

「俺は君と、学園生活部の諸君に敬意を表する」

 

 

 

 さっきまでとは打って変わって、爽やかに口角を上げる彼の、豹変した態度に面食らってしまった。

 

 

「あの………私を説得するつもりだったのでは?」

 

「はて……? そんなこと言ったかなぁ?

 俺が頼まれたのは君の護衛とバイ菌野郎の排除だけだった気がするぜ!!」

 

 

 わかりやすくしらばっくれるローリエさんに、ため息が出て、肩の力が抜けてしまう。

 そんな私に目もくれず、荷物をまとめて彼は教会の入口へと向かった。

 

 

「とぼけないでください。さっきまで私を試すような口ぶりをしていたくせに。

 あと、なんでミケランジェロのことを知ってたんですか」

 

「俺はエトワリアで教師をしているんだ。聖典の研究は欠かせないさ。

 ……まぁ君たちのめぐねぇ(先生)程、生徒に寄り添える人じゃあないがね」

 

「……先生、だったんですね。」

 

 

 私の言葉ににそっけなく、しかしまっすぐこっちを見て頷くと入り口の扉を開けて、外に出て行ってしまった。おそらく、件の盗賊と戦うためだろう。

 

 ―――それにしても、不思議な人だった。

 私をここに残らせようとしたカルダモンさんとは違い、彼は「先輩たちと一緒に生きる」と決めた私の決断を喜んでいるみたいだった。

 かといって、どこかに嘘があったという訳でもない。

 迷う私に、道を示した言葉も、私を試したかのような鋭い眼差しも、「敬意を表する」と言った時の笑顔にも、悪意も敵意も感じなかった。

 

 目的は分からないけれど、クリエを集める道具ではなく、一人の生きている人として接してくれた、不思議な人だった。

 

 

「……行かないと。」

 

 

 とにかく、私も行かなければ。

 今もどこかで、先輩たちが探してるはずだから。

 

 ローリエさんに話した決意を、カルダモンさんにも伝えなければ。

 

 

 先輩たち3人と一緒に、生きるために。

 

 




キャラクター紹介&解説

直樹美紀
 ローリエとの対話の先に、『学園生活部全員で一緒に生きる』ことを決意したみーくん。彼が語った「ミケランジェロの彫刻論」や「自分たちの未来の話」で精神的大ダメージを受けてもなお、「運命を変える=その運命から逃げる」という解釈に目をつけて、最終的には原作と変わらない結論を導き出せた。また、親友の圭が言っていた「あの言葉」の役割や功績がきらファン原作ストーリーよりも大きい。

ローリエ
 「がっこうぐらし!」を読破&アニメ視聴済の転生者たる八賢者兼魔法工学教師。その記憶を利用すれば、みーくんにピンポイントなフォローも致命的な誘惑もできた。彼がみーくんに大ダメージを与えた二つの話も、「直樹美紀は逃げることを良しとせず、学園生活部の仲間を何よりも大切にする」ことを知っていたから話せたようなものである。しかし、下手をしたら結果が正反対になっていたかもしれないので、内心冷や汗ダラダラでもある。

祠堂圭
 図らずして親友を救った、未だ行方不明中のみーくんの友達。彼女は出ていく準備をしていたことから、自殺の意図はなく、「がっこうぐらし!」において誰よりも早く「生きる」よりも「よく生きる」ことを優先することを体現した『黄金の意志』を見せたのではないだろうか。冒頭に書いた彼女の言葉が、みーくんとゆき達を巡り合わせ、そして拙作のエトワリアではローリエの甘美な誘惑を振り払った。こうして見ると、圭の『黄金の意志』は、みーくんに受け継がれているとも見ることができる。

佐倉恵
 学園生活部を導いた、巡が丘学院高校の教師。めぐねえ。ゆき達の心を守るために学園生活部の設立を提案し、自分の亡き後も学園生活部が生き残れるように手を回していた(実写版ではそれが顕著に見られる)。ゾンビからゆき、くるみ、りーさんを庇い、この世を去る。しかし、物語の中では、主にゆきを守っている保護者ポジション。原作者の海法氏曰く、「人間的にボンクラだけど、生徒目線に立ってくれる先生」。誰かの裏の努力が見られるとはいえ、作者は彼女もまた、『黄金の意志』なるものを持っていたと考察する。それが誰に受け継がれたかは、ここに記すまでもないだろう。


ミケランジェロの彫刻論
 作中の発言の元ネタは『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』のスコリッピ。彼自身のスタンド『ローリング・ストーンズ』の能力を説明する時に用いた歴史の逸話である。この発言・彫刻論は、19世紀のロマン派美術美学研究者、ウォルター・ペイターの「ルネッサンス」という書物などに記述があり、そこにはミケランジェロの言葉として「大理石の中には天使が見える。彫刻家は彼を自由にさせてあげるまで彫るのだ」とある。この件はいろいろな形で引用されており、また様々な言葉に翻訳されているため、諸説ある。

『生きてれば、それでいいの?』
 モールの部屋に閉じこもっていたみーくんに対し、外に出る圭が告げた言葉。ゾンビパンデミックが起こり、滅んだ世界において、外で生きる事はゾンビに襲われる危険が伴う。だが、それに怯えて部屋に引きこもることを圭は良しとしなかった。この言葉はみーくんの心の迷いを突き、後に学園生活部に救出されるきっかけとなる。



△▼△▼△▼
ローリエ「みーくんは、示してくれた。彼女なりの答えを……」
美紀「だから、みーくんじゃありません」
ローリエ「だから、次は俺が男を見せる番だ。気高く生きる彼女達を、邪魔させはしない………学園生活部を狙う奴を逃しはしない。必ず、再起不能になってもらう。」

次回『気高き少女を守れ』
カルダモン「見ないと置いてっちゃうよ?」
▲▽▲▽▲▽

きららファンタジアに登場する作品群の中の、次の作品の中で、最も皆様が好きな作品は?

  • あんハピ♪
  • 三者三葉
  • スロウスタート
  • ゆるキャン△
  • こみっくがーるず

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