たい焼き屋さんと妖怪姫   作:夜半の月

1 / 3
SFCRPGゲーム、ライブアライブの田所晃×淀君の恋愛ものです。
時間軸はオリジナル展開を迎えた先で二人が結ばれた後という唐突な設定で描いておりますので御注意ください。

pixiv様にも投稿しております。

御批判、御批評、御感想、遠慮なく頂けると嬉しいです。


たい焼き屋さんと妖怪姫

 

 

 たい焼き屋さんと妖怪姫

 

 

 

 

 暴走集団クルセイダーズとの戦い。

 

 新兵器開発に暴走しちまった陸軍総帥ヤマザキとの戦い。

 

 心を待たない科学者シンデルマンとの、手前勝手に人間は穢れていると決めつけ世界を浄化しようとした狂った坊主雲龍との。

 

 

 

 そして奴等が動かした、憎しみの集合体と化した隠呼大仏との戦い。

 

 

 

 全部……終わった。

 

 

 

 全部終わって、ようやっと平和ってやつが戻ってきた。

 

 みんなが笑顔になれる時間がよ。

 

 

 

 でも、喪ったモンは大きい。

 

 あまりにも、大きすぎる。

 

 

 

 けどよ、俺達は生きてるんだぜ。

 

 

 

 アイツの……、松の築いた。

 

 松が命を燃やして築き上げた、この平和な日常をな。

 

 

 

 だからよお、しっかり生きて行かなきゃなんねーんだ……俺達は。

 

 誰でもねえ、テメエ自身のために。

 

 

 

 テメエ自身と、そんなテメエと一つになる奴のために。

 

 液体になって溶け合うんじゃなく、心と心をつなぎ合わせてテメエの体で一つになるために。

 

 

 

 アイツはさ……松はそれをこそ願って、テメエの命張ったんだよ。

 

 

 

 それなのによ。

 

 俺達……いや、俺が。

 

 くよくよしてばっか、居らんねーだろ。

 

 

 

 なあ。

 

 

 

 そうだよな────―松。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「んっ……?」

 

 

 

 目に明るい何かを感じて反射的に開かれたのは他でもない俺自身の視界。

 

 

 

「……」

 

 

 

 出迎えてくれたのは見慣れた天上、こっちのものか? あっちのものか? そいつはわからねえが。

 

 

 

「……」

 

 

 

 なに考えてんだ俺は。

 

 わかるよな普通は此処がどこかなんてのは。

 

 

 

 やべえ。

 

 寝過ぎた所為か頭がぼんやりしてやがる。

 

 それとも……あんときの、松が死んで間もない頃の夢を見てたから混乱してんのか? 

 

 

 

 定まらない思考の中、俺を覚醒させたのだろう暖かい光は変わらぬ光度でゆらゆらと揺らめいて、自分の仕事を全うするみたいに部屋を薄明るく照らし出していた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 隙間無く閉められている松の絵の描かれた襖。

 

 梁から吊り下がる御簾。

 

 青い色の古ぼけた鏡が置いてある鏡台。

 

 敷き詰められている畳の部屋に敷かれた布団。

 

 

 

「あったけーや」

 

 

 

 微かにどころかはっきり感じる体の温もりは布団の左側を占領して、半ば重なるように俺の体に纏わり付いたまま離れない。

 

 温かい布団、温め合った布団。そこで寝ていた俺は仰向けの状態で天井を見ていた。

 

 

 

「ああここは……」

 

 

 

 あっちだったか。

 

 ん? 俺がこっちに来てるんだからこっちってことでいい? 

 

 

 

「ちっ、ややこしいぜ……ったくよお」

 

 

 

 自分の時代……いや世界というべきか。

 

 その自分の世界の自分の部屋とは大きく異なる部屋の様子が、此処が何処なのかを雄弁に物語っていた。

 

 つってもまあ、此処だって俺の部屋と言えないこともねーか。

 

 

 

 正確を期すなら“俺”じゃなくて“俺達の”だけどな。

 

 元々は俺の部屋でもねーしずいぶん勝手な言いぐさだが“そいつとそうなってからのそれ以降は俺達の部屋”で間違いないだろ。

 

 

 

 

 

 “お目覚めかえ? ”

 

 

 

 

 

 そんな寝ぼけ調子のところへ不意に掛けられた声。少しずつはっきりしだした思考を遮るその声は、朝の目覚めから夜眠るとき。

 

 眠るまでの大切な時間を共に過ごす間もずっと聴いている古風で上品な言葉遣いが特徴的な、俺のよく知る、いつも隣で聴いている声だった。

 

 

 

「まあな」

 

 

 

 言葉少なに返事をした俺は体に感じる温もりを力強く抱き寄せた。

 

 

 

「どのくらい寝てた?」

 

「そうじゃな、大凡二刻といったところじゃ」

 

 

 

 二刻……約四時間ってとこか。

 

 

 

「ほんにアキラはよう眠りおる。昼も夜もなく寝ている姿ばかりが妾の脳裏に焼き付いて離れぬ」

 

 

 

 俺の左肩に載るそいつの頭。

 

 黒々とした鴉の濡れ羽色の髪は背丈を超えるほどに長く、癖も枝毛も見当たらないその真っ直ぐ伸びた美しい黒髪を膝の裏側辺りで結んでいる。

 

 

 

「あ、はは……悪い。ちょっと寝過ぎちまった」

 

 

 

 髪を結ぶ元結が黒に対する白を際立たせ、その白がまた黒髪の美しさを引き立てる。

 

 元がいいからってのもあるんだろうが“美”ってやつを上手く引き出してやがるぜ。

 

 

 

「昔からでな、ちーとばかし昼寝でもしてっといつの間にか寝入っちまって夕方になってたことなんざザラだよ。言い訳にもなってねーか」

 

「ほほほ、気にするでない。そなたの愛くるしい寝顔を見るのも妾の楽しみの一つ故にな」

 

 

 

 そいつの赤い瞳の浮かぶ切れ長の目が俺の目を射貫き。

 

 

 

「ん──」

 

 

 

 赤い紅の塗られた唇が俺の唇を塞いだ。

 

 

 

 体に押し付けられて形を変えるそいつの豊かな実りや顔に腕に脚に絡みつくように触れる艶やかな黒髪は俺を駆り立てるに十二分過ぎる魅力を放っているが、いまそうならないのはきっと見ていた夢と。

 

 そして寝る前に一つになったそいつと……その女“淀”と融け合い結ばれていたからだと思う。

 

 

 

 一つに融け合う。

 

 クソ野郎共がやった液体人間のような溶け合い方じゃない。

 

 

 

 心と体。自分と相手。

 

 お互いが向かい合い一つになる溶け合いさ。

 

 溶け合って融け合って心をひとつにすんのさ、深く深くな。

 

 

 

 それってよ、すっげー幸せなことなんだぜ。

 

 

 

 友情で結ばれ心を重ねる。

 

 家族愛で結ばれ一つになる。

 

 いま、こうして男と女の愛情で結ばれて一つになることも。

 

 全部、液体人間にならなくたって人はできるんだ。

 

 奴等が否定した肉体と心があれば人は一つになれるのさ。

 

 

 

「ん……ちゅ」

 

 

 

 軽く、でもしっかりと重ねられた唇。

 

 液体になっちまったら、こんな重なり一つもできなくなる。

 

 少なくとも俺はこっちのがいい。

 

 せっかく体持って生まれてきたんだ。

 

 一つになるためにその体を使わねーでどうするよ。

 

 体に宿る心を繋げないでどうするよ。

 

 

 

「んん──」

 

 

 

 俺はその唇を押し返すように啄みながらそいつ──淀君を、淀を抱き締める。

 

 抱き締めながら淀の背に回した手で長く美しい黒髪を撫で、髪の下に隠れた肌に触れては彼女の温もりを直に感じ二十畳はある広い部屋のど真ん中で肌と肌を重ね合う。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

 淀の手が俺の背と首へ回される。俺が彼女へそうするように俺も彼女に抱き締められる。

 

 触れるだけで居た唇はどちらがそうしようと考えるまでもなく自然に舌を絡ませ想いを込めた口付けを始め。

 

 

 

「ん……ん、ちゅっ」

 

 

 

 一つの布団の上で二人、深く融け合うほどじゃない重なりを紡いでいく。

 

 

 

 そうして甘い芳香と淀の唇と唾液の味を堪能させられた俺は、離れ行く唇より静かに解放された。

 

 もちろん、腕はお互いを抱き寄せたままに離れず体の温もりを分かち合っていたが。

 

 

 

「このまま伽へ、再びの深き睦み合いへと参るのかえ?」

 

 

 

 睦み合い。男と女が体を一つにし、文字通り身も心も融け合うこと。

 

 さっきまで、寝入っちまう前まで俺は淀とそうやって一つになってた。

 

 今はもう解けちまってるけど、俺のジャケットやシャツが布団の外に放り出され。

 

 淀もいつも着こなしている緑と赤の着物を俺のズボンやらに被せる形で脱ぎ捨てていることがそうしてた何よりの証明さ。

 

 

 

「ん……、いや、やめとく」

 

 

 

 なんにも身に付けず肌を合わせて抱き締め合ってるこの瞬間がいい。

 

 お互いの殻を脱ぎ捨てて温もりを感じ幸せな気持ちに浸れる余韻の時間が。

 

 融け合っていた直後の本当の余韻に浸る間もなく寝ちまったから丁度いい代替になってんだ。

 

 

 

「お前がしたいってなら付き合うけどよ」

 

 

 

 当然淀がまた一つに融け合いたいってなら話は別さ。

 

 求めてくるのが淀なら俺は無理を通さなきゃなんねえ。

 

 コイツはそのぐれー大切な女だからな。

 

 

 

「ほほほ。妾は先ので十分じゃ。そなたを深く受け入れ幾たびにも渡り解き放たれた熱き想いを体の奥深くにて受け止めたからのう」

 

 

 

 だが自分もいまはこれでいい。そう淀は伝えてきて、ただ強く抱き締めてくれた。

 

 

 

「それにあれ程の深き伽の後……。アキラは妖ならぬ人の身じゃ。疲れもしようぞ」

 

 

 

 深く一つに。

 

 身も心も融け合わせて、俺の想いを淀の奥深くへと解き放って。

 

 収まれば二度目へ、また収まれば三度目へ。

 

 尽きてしまいそうなほどたっぷり淀に受け入れてもらってた。

 

 

 

 らしくねえ。

 

 いつもの俺なら自分のペースを崩したりしないってのに。

 

 疲れに負けて寝ちまうくれーにエンジン掛けて飛ばしてた。

 

 

 

 執拗なまでにそうしたのは、たぶん松との別れからもうすぐ一年となるからだ。

 

 チビッコ共や妹のカオリと遊んだりするにしろ、淀と融け合うにしろ“一つになってなにかする”ってことに過敏になってんだろーな。

 

 

 

「妾とアキラが夫婦(めおと)となってより早一年となるのう」

 

 

 

 そういえば、と前置いた淀が呟いたのはそんな言葉だった。

 

 まるで俺の心を読んだみてーな話に俺もはっとなる。

 

 

 

 そうだ、松だけじゃない。

 

 淀との出逢いからも同じだけの時間が流れているんだ。

 

 

 

「一年か……そっか、もうそんなになるんだな」

 

 

 

 たい焼き焼いて、チビッコハウスの再建手伝って。

 

 クルセイダーズの残党共をぶっ倒したり。

 

 こっちで竜馬やおぼろ丸の手伝いもした。

 

 色々と忙しすぎであっという間に一年が経っちまったのか。

 

 

 

「この部屋でだったよな。お前と、淀と初めて会ったの」

 

「そうじゃな。そして戦いの果てに妾とそなたが契りを交わしたのもここじゃ」

 

 

 

 戦った……か。ああ、そういえばそうだったぜ。

 

 全部終わって、液体人間にされちまった連中がブリキ大王ごと俺を取り込もうとしたとき。

 

 全霊を掛けて使った超能力の影響で時と世界を越えちまった俺が落ちたのが、この部屋だった。

 

 まだおぼろ丸や竜馬と知り合う前で、あいつらと顔を合わせたのは淀とのゴタゴタが終わった後だった。

 

 

 

 更にその後、俺はおぼろ丸と“あの世界”に連れて行かれちまったんだが……そいつはまた別の話だ。

 

 

 

「あんときは参ったぜマジでよ。助けた相手が魂を喰っちまおうとしてくるとかざけんなって感じだった」

 

 

 

 助けた相手ってのは淀のことだ。

 

 

 

「わけわかんねえとこ飛ばされたと思ったらいきなり黒ずくめの忍者共に取り囲まれたお姫様っぽいのが居てさ、んで当然助けるべく忍者を倒したらその姫は人間じゃなく」

 

「妖(あやかし)であった。ほほほほ、妾の奸計も中々のものであったろう?」

 

 

 

 細い眉と口角を釣り上げて淀が笑う。

 

 

 

「しかしそなたはいとも容易く見破りおったな妾の正体を」

 

「そりゃな。あんなあからさまに怪しく迫られたらなんかあるって普通考えるぜ?」

 

 

 

 あの時、淀は俺に惚れたと言って契りたいと申し出てきた。

 

 一目惚れなんてのもあるし否定はしないが、だがそれにも増して怪しさの方が勝っていた。

 

 

 

「人間って奴の裏側を嫌ってほど見てきた俺にあの手はあんま通用しねーしさ、とっておきの裏技もあるし活用しない手はねえよ」

 

 

 

 裏技、そいつぁ俺の超能力のことだ。

 

 これで俺は淀の企みを見破った。

 

 それが一年前のことさ。

 

 

 

「心を読む……ほほほほ。まこと、そのような方法で妾の変化の術を無意味にするなど」

 

 

 

 妖艶っていうんだろうな。とんでもねえ美女がこんな妖しい笑い方すると普通は不審感よりも魅力が先に来る。

 

 今なら俺は淀を魅力的な女だと思うが、その妖しい魅力は人間じゃないからか? 

 

 

 

 ──んなわけねーよ。

 

 

 

 魔性の美ってのはあるんだろーが、生まれ育った気質なんかもあんだろ。

 

 

 

 人間とか妖怪とか、そんなの関係ねー。

 

 これが淀の個性なんだ。有りの侭の姿だ。

 

 みんなそれぞれ違いがあるのさ。違いがあって、それでも一つにはなれんだよ。

 

 俺と淀もそんな星の数ほど居る一つになった連中の中の一組ってだけだ。

 

 偶然の巡り合わせでそうなっただけのな。

 

 

 

「ほほ、しかし妾も驚かされたわ。よもや城へ潜り込んだ炎魔の忍びではなく、そなたのような童(わらし)と相対し破れようとは」

 

「そりゃあな、俺だって魂喰われるなんざゴメンだから相手が女だろうとそこは容赦しねーよ」

 

 

 

 実際、本気で女を殴ったり女に攻撃用の能力を使ったのは初めてだった。

 

 ってより童ってなんだよ。小坊中坊じゃあるまいし舐めてんなよ? 

 

 

 

「しかしアキラ、そなたは容赦しないと嘯きながらも妾を殺めようとはしなかった……、とどめを刺さぬばかりか、そなたとの戦いで傷を負った妾をそなたは癒しの力を用い助けたではないか」

 

 

 

 俺を抱き締める淀の手に一層力が入る。

 

 

 

「当たり前だろーがそんなもん。俺はおぼろ丸みてーな使命を持った忍びでも竜馬みてーな国の行く末ってのを考える大物でもねー。手の届く範囲で大切なモン守りたいだけの一介のたい焼き屋さんなんだぜ? いくら妖怪だっていっても女の命まで奪えねーよ」

 

 

 

 本当は俺だって本気でぶち殺したいと思った奴等は居る。

 

 ヤマザキ、シンデルマン、雲龍。

 

 あいつらみたいな人間の姿をした怪物共相手ならいくらだってやってやるさ。

 

 もしも奴等が女であったとしても、越えちゃなんねえ一線を越えちまった奴等に掛ける情けもありゃしねえ。

 

 

 

 ただ淀はそうじゃなかったってだけだ。

 

 

 

「魂を喰らうってのが目的の妖怪なんざ俺が知ってる怪物共と比べりゃ可愛いモンだぜ。あんときだって来るなら何度でも来いよっつったろ? アレは嘘でも何でもねー。やれるもんならやってみやがれ、そのたびにぶっ飛ばすって意味で言ったのさ」

 

 

 

 あのクソッタレな怪物共と戦ったばかりの俺には魂喰らいの妖怪の方がよっぽど人間らしく見えたんだ。

 

 魂を喰う……聞くだけならおぞましく感じられるがそれってよ、結局メシ喰うのと同じなんだよ。

 

 人間だって肉や魚、野菜も食う。そいつはみんな生きてる命あるものだ。

 

 他の生き物の命を糧に俺たち人は生きてる。妖怪が人の魂を喰ってもそれは人間と同じことしてるだけの話だってこと。

 

 魂を喰わなくても生きては行けるって話だが、淀達妖怪に取って人の魂は栄養豊富で美味いんだろう。

 

 そいつをあっさり認めちまうのは人としてどうかって疑問に思わないでもないが、だったら選別させればいいだけなんじゃねーのかなってな。

 

 例えばシンデルマンの魂を淀が喰ったところで喜ぶ奴はいても批難する奴なんぞいやしねえ。

 

 どうしようもない悪党ってのは探せば幾らでも見つかるもんさ。

 

 俺ら人が食するのと同じ食事だけじゃ物足りねー魂だって喰らいてーってならそういう連中の魂を喰らえばいい。

 

 

 

「豪気よのう……、常々申しておるが、妾を相手にそのような戯れ言を申せるのはそなたくらいのものであろう」

 

「戯れ言でも何でもねーよ。マジでそう思ってんだからさ」

 

 

 

 魂喰らいの妖怪が生きる糧としてのみ魂を喰らうならばそれは俺たち人と同じ。

 

 その上で喰らう相手を選別して喰らうなら共存だって可能さ。

 

 

 

「淀は普通の人(妖怪)ってやつだ。俺は最初っからそう思ってる。生きてく糧として魂を喰うのは別に悪いことじゃねーし仕方ねーよ」

 

 

 

 人にとっての悪がイコール妖怪なんじゃねえ。

 

 無意味に、不必要に、無差別に、ただ欲のままに。

 

 そんな命の奪い方をする奴らこそが本当の悪ってやつなんじゃねーかな。

 

 善悪の二元論なんて大嫌いだが、少なくとも俺はヤマザキ達を善人だとは思ってねー。それどころか真性の悪党だって思ってる。

 

 淀の仕えてた尾手院王は竜馬の話を聞く限りじゃどうも相当な悪党らしいが面識はねーし、淀が俺に付いてくなんて言ってくれた以上今更どうこう言うこっちゃねえ。

 

 

 

 俺に取っての看過できねーライン……命を奪う事さえ厭わないデッドラインは、たぶんあの時にヤマザキ達とそれ以外で区別できるくらい明確に線引きされたんだろ。

 

 お陰で心の声が聞こえるが故の人間不信もちったあマシになったがな……。

 

 要するに世の中悪党も多いが、それ以上に善人や普通のやつのが多かったってこった。

 

 

 

「いまやってるみてーに更正不可能なくらい醜悪な悪党の魂だけを喰らってれば誰にも迷惑かからねーんじゃねーかな。まだまだ世の中にはごまんと居るぜそういう連中は」

 

 

 

 笑いかけると淀は益々俺に全身で絡みついてくる。

 

 大切なもの掻き抱くように。

 

 

 

「アキラ……そなたはいつもそうじゃな……。妾を蔑まず妾の在り方を認め、そして人の身でありながら妖たる妾を受け入れてくれる……」

 

「んな大層なモンじゃねーよ。惚れた女が妖怪だったってだけのことで、俺はただ好きなそいつと共存できる道を探してるだけだ」

 

 

 

 抱き締めて脚を絡ませながら上半身を……その膨らみを押し付け、体全体で擦り寄ってきながら。

 

 

 

「初やつ、初やつじゃアキラ……、妾はそなたが愛おしい……」

 

「淀……」

 

 

 

 絡め取られた脚は膝を中心に擦り合わされ、自分の匂いを擦り付けるように頬を擦り寄せては舌を差し出し舐めてくる。

 

 ちろちろって、まるでアイスバーでも舐めるみたいに俺の頬やら目やらを。

 

 

 

「ば、馬鹿、こそばゆいだろ」

 

 

 

 濡れた舌が頬をなぞる。

 

 こそばゆくて、生温かくて、気持ちいい。

 

 淀はよくこうした愛情表現をしてくるんだ。

 

 なら、お返しだ。

 

 

 

「こんなことされたら、こそばゆいって」

 

「んっ」

 

 

 

 俺も淀の上気して紅く染まった頬を舐めてやった。

 

 

 

「んふぅ……ほんに、こそばゆい……、ん、んんっ……アキラ、そなた妾の肌を舐め取ってしまうのかえ……?」

 

「舐め取るってなんだよそれアイスじゃねえんだから……。まあいくら舐めたって美味しいけどな、淀の肌は」

 

「あふぅ……や、やめよ、くすぐったいではないか……」

 

「お前から始めておいてなに言ってんだ」

 

 

 

 頬と、俺の顔に掛かる淀の前髪も舌で味わいながら愛撫してやる。

 

 

 

「こんだけ長いと手入れも大変だ」

 

 

 

 背丈よりも長い黒髪はくすみも枝毛も無しの真っ直ぐな髪。

 

 平安時代や戦国時代ではごく普通だった上流階級の女の長い黒髪ってのは今時あまりお目に掛かれねえ。

 

 脱色していたり染めていたり。そもそもこんなに長く伸ばしてるやつなんてまず居ない。

 

 所謂時代の流れってやつなんだろうが、俺はそれでいいと思う。

 

 ずっと変わらない世はない、明けない夜はないのと同じで世の中は移り変わってくもんなんだから。

 

 ただ、俺はこの淀の長い黒髪が好きだけどな。

 

 

 

「手入れ大変なのにいつも綺麗で艶々してる……いい手触りだ、匂いも」

 

 

 

 背に回した手で撫でてやりながら頭頂部の黒い絹糸の中に鼻を埋めると甘く擽る芳香が鼻腔の奥まで入ってくる。

 

 特別な洗髪剤なんか付けてないのになんでこんないい香りがするのかマジで謎だぜ。

 

 

 

「以前にも申したであろう、髪は女の命ゆえ手入れは欠かさぬと」

 

「そうだな……俺も手伝ったりするし。いつも綺麗で触り心地良く保たせる努力を自然としてんのかもな」

 

「無礼を申すでない、妾はきちんとしておるわ。そしてそなたは無自覚にしておる。今のように触れておるのも手入れに繋がっているのじゃぞ? そなたはいつも妾の髪をその手指を用いて丁寧に梳いてくれおるからのう」

 

「はははっそいつぁいいや。好き勝手触ってるのが手入れに繋がってるならもっと触ってやるよ」

 

 

 

 淀は妖怪だからか髪あんまし痛まないみてえだし、いざとなりゃ自分の体に青白い炎を纏わせて綺麗にしちまう。

 

 実はそっちの方が手っ取り早いのか知れねーが、俺が手や櫛で梳いてやると凄く嬉しそうなんだ。いまも心を読んでみると。

 

 

 

 “アキラの手が妾の髪を緩く手引き櫛を通されるたびに心地良い感じがする”

 

 

 

 なんて考えてる。

 

 

 

「いま妾の心を読まなかったかえ?」

 

「おおっ鋭いな。俺に髪触られて気持ちいいってんだろ?」

 

「むう、半分は戯れで申したと言うに本当であったとはなんと失礼なやつじゃ。如何に夫婦と云えどもおなごの心を読むなど」

 

「悪い悪い。でもさ、淀がなにを考えてるかってのが気になるんだよ。好きな女だからこそなに考えてるかは知りたいモンなんだって」

 

「はぐらかしおってからに…………まあ、よい。しかしわかっておるのならそのままに梳きあれ」

 

「あたぼー。俺だって淀の髪を触るの好きなんだから言われなくたってやってやるさ」

 

 

 

 俺だってそうさ。大切な女の髪を触りたいって思うのは大体どんな野郎でも共通してることだぜ。

 

 

 

「丁寧にじゃぞ?」

 

「こんな綺麗な黒髪にそれ以外の触り方なんざできねー」

 

「ふむ、よい返事じゃ……。さすが妾のアキラよ」

 

「ただこの体勢じゃ精々やれて腰の下まで手が届くかどうかだな」

 

 

 

 いまは仰向けの俺に淀が上から乗っかる体勢だ。

 

 かぶさり触れる全身や絡まされた脚なんかにも纏わりつく髪は重ねてになるが淀の背丈分よりまだ長いくらいで髪を束ねる元結までも到底手が届かない。

 

 

 

「元結で結んだ位置がもう膝なんだからこんなふうに抱き合ってちゃ下までしっかり梳いてやれねえよ」

 

「ほほほ、構わぬよ。そなたの手の届く範囲でよい。妾はそれで十分」

 

 

 

 前髪から後ろへ梳いていき首へ下し背中から腰へ指に絡めて撫で下しながら手触りを楽しむ。

 

 伸びきった手はやっぱし淀の腰の辺りまでしか届かずにそれ以上は梳いてやれないのがちーっとばかし残念だぜ。

 

 その辺察したんだろうな。

 

 

 

「………………いや、六分じゃ」

 

 

 

 十分って言ってたのを修正してきやがった。

 

 

 

「六分かよっ」

 

「髪を結う元結までの間くらいは梳いてほしいのう」

 

「無理言うな届かん」

 

「ほほほっ無理を押し通すのがそなたであろうに。そのようなことでは硬派なる男の名が泣くぞえ?」

 

「つっても腕伸びるわけねーし物理的に無理だっつーの」

 

 

 

 そうやって他愛ない話に興じながら好きな女の髪を梳いてやってると。

 

 

 

「アキラ、妾を愛してたもれ」

 

 

 

 いきなりの求愛を受けちまった。

 

 

 

「唐突だなおい、いまはいいって言ってたじゃねーか」

 

 

 

 擦り寄る淀の背中を覆う長い黒髪に指を通し、艶と手触りを確かめるように撫でながら俺は言葉とは裏腹に彼女を離さない。

 

 

 

「そのようないじわるを申すでない。先刻もそなたのたい焼き屋の手伝いをしてやったではないか」

 

 

 

 悪い女って言葉が似合いそうなほど妖艶な美貌の女が頬を膨らませる。

 

 

 

「いまの顔かわいいぜ。もう一回やってみろよぷーって」

 

 

 

 普段とのギャップで偶にこういう顔をされると常以上の可愛さを感じさせられるんだ。

 

 

 

「い・や・じゃ!」

 

 

 

 こんなのも含めて魔性の女なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

「でもま、店の手伝いか」

 

 

 

 やってくれている。忙しいときなどには材料の下地作りを彼女が。

 

 この幕末の世界でも、俺の世界でも。

 

 

 

 死ぬほどの思いで覚えたテレポートの発展系、時空間転移の能力でこことあっちを行き来して暮らしてる俺にとってはかなりの助けになっている。

 

 開国を主導する竜馬が拠点として使っているこの城、尾手城に前と変わらずに住まうことを許された旧尾手藩の住民やら侍。

 

 この淀みたいに尾手と袂を分った妖怪達も皆同じ待遇らしいが、この一年淀は俺に付いてまわり俺と同じで世界間を行ったり来たりで定住はしてなかったりする。

 

 休まらない日々は松のたい焼きを一人でも多くの人に食べて貰いたいって俺の我が儘が原因だ。

 

 行き来可能だからこそ材料だって持ってこれるこっちでもたい焼き屋を始めたってわけさ。

 

 

 

 そんなわけで俺はいま旧尾手藩と俺の世界の公園とで店を開いてる。

 

 此処に居るときは淀の部屋。俺の世界に居るときは藤兵衛のとこで生活しながら。

 

 一週間のうち四日が公園で二日が此処といった具合でな。

 

 

 

 付いてきてくれる淀はチビッコハウスの子供の相手をしてくれたり、たい焼き屋を手伝ってくれたり。

 

 偶に凶悪な殺人犯なんかの悪党の魂を喰らってたりと、まあ色々やってる。

 

 

 

『妻である妾は常に夫の傍で控えておらねばならぬ』

 

 

 

 そういって付き合ってくれてるだけでも心強いんだけどよ。

 

 だがな、手伝いより何より──

 

 

 

『そなたが尊崇の念を抱く松なる男が作りたもうた味は実に美味じゃ、それを昇華し更なる高みを目指さんとするアキラのたい焼きは妾も格別なる想いを抱き馳走になっておる』

 

 

 

 その一言が俺には嬉しかった。

 

 

 

 松の味は時代や世界も越えて通用するんだって、以前にも増してやる気と勇気が湧いてくる言葉をくれたのが嫁さんなんだからそりゃ嬉しさも一入だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

「妾はそなたが恋しいのじゃ……、この寝所での邂逅に思いを馳せて居るとこの身に深き愛を受けとうなる……、お願いじゃアキラ……妾を愛してたもれ」

 

「薮蛇だったか。あんときの話題を振ったのは」

 

 

 

 俺は懇願してきた淀を抱き締める。

 

 出逢ったあの日に契りとかって迫られて、流されるままに一つに融け合いお互いを知った大切な嫁さんを。

 

 

 

 ふぅ、一年前まではこんな積極的に行けるようになれるとは思いもしなかった……

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ぜ……? 

 

 

 

「…………!」

 

 

 

 あ……、ああ~~違う。

 

 

 

 よくよく考えたらそうでもねーわ。

 

 前にワタナベのやつに『妙子のパンツ』盗って来させたりしてたもんな俺って。

 

 でもって妙子のパンチ喰らってぶっ飛ばされたんだった……。

 

 

 

 しかしそうなってくると俺は結構女に積極的? 

 

 別に妙子がどうとかそんな感情持ってたわけじゃねーけど、女のパンツ盗ってこさせるような男が奥手とも言いにくいよーな……。

 

 

 

「アキラ?」

 

 

 

 いやいや、でも男ってそんなもんじゃねーのか? 

 

 本気の恋愛とかは色事はまったく別の話だよな。

 

 

 

「アキラどうしたのじゃ黙り込みおって。妾を無視するでない」

 

「っと、すまねえな。昔のこと思い出しちまってたんだ」

 

「昔とな?」

 

「ああ、ま、気にすんな。大したことじゃねーし」

 

 

 

 余計なこと口走って機嫌損ねられたらたまんねーよな。

 

 出逢う前とはいえ他の女のパンツをこっそり盗ったなんて教えられたら淀も気分悪いだろ。

 

 

 

「気になるのう……」

 

「だから気にするようなことじゃねーんだって」

 

 

 

 知りたいオーラを出し始めた淀を抱き締める腕に力を入れて頬を擦り寄せてやりながらその心を読む。

 

 

 

 “む、このあからさまな誤魔化しよう……。こやつ……、なにか妾に対し隠し事をしておるな? ”

 

 

 

 ブラボー、当たりだよ。

 

 

 

「淀~、ちょっとごめんよー」

 

 

 

 “ちゅ”

 

 

 

「んっ?」

 

 

 

 擦り寄せた頬に唇を落として余計な考えに思考を奪われないよう試みる。

 

 変に追求されても答えに詰まっちまう。

 

 

 

「んっ……なんじゃアキラ」

 

「なにって、ほっぺにちゅーだよ」

 

「たわけ。わかっておるわそのようなこと。妾が申したのは──」

 

 

 

 まだめげずに聞き出そうとしてくる淀に俺は先手を打つ。

 

 

 

「よし、それじゃこのまま融け合うか? 俺もちっとばかし体力戻ってきたし」

 

「う、む……」

 

 

 

 疑問封じの意味合いもあったが、話してる内に淀を抱きたいって気持ちになってきたのも本当だ。

 

 心と心で繋がって。

 

 

 

「ん……妾の申し出を受け入れてくれるのかえ?」

 

「ああ、夫婦だしな……。いつだって受け入れるさ。想いも願いもなんだって」

 

 

 

 愛情って名の尊い絆で一つになる。

 

 

 

「ああっ……アキラ……」

 

「淀……愛してる」

 

 

 

 幸せだぜ。

 

 俺には帰る場所があって。

 

 苦楽を共にした仲間達がいて。

 

 

 

 そして愛すべき女もいる。

 

 

 

 こういう平和な毎日が続いて行けばいい。

 

 

 

 ずっと変わることなく……な。

 

 

 

 

 

 




御批判、御批評、御感想、遠慮なく頂けると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。