たい焼き屋さんと妖怪姫   作:夜半の月

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淀君の甘味

 

 

 

 淀君の甘味

 

 

 

 

 ――ピキィィィィィ――

 

 

『へ、どうせ無期懲役。上手く行きゃあ有期刑だろうぜ。マタンゴだってやってきたし、それこそ精神鑑定が通れば無罪だってあり得る。最高だぜ少年法はよォ』

 

 髪を逆立てイカしてキメた少年。田所アキラ。

 

 彼は拘置所の被告人が居る位置までを範囲とした、人の心を読む能力、“テレパシー”を発動させていた。

 

 かつては狭い範囲のみを読み取れていたこの能力も、魔王オディオとの戦いを経た現在、能力値が上がり、広範囲を読み取れるようになっていた。

 

 そんな彼がこのテレパシー能力を使い心を読んでいる相手は、暴走集団クルセイダーズと繋がりのあった少年犯罪者。

 

 実に13人の人を殺し、金品を奪ってきながら少年法を盾にして反省の色も見せていない少年であった。

 

『娑婆に出たら暫くは大人しくしなくっちゃなぁ。遺族のクソ共もギャーギャーうるせーし、ちょっとは反省した振りをして。何たってオレ様は死刑にゃ出来ねー少年様だからよ――』

 

 アキラはそこで少年の思考を読むのを止めた。あまりにもゲスな思考をこれ以上読む気にならなかったのだ。

 

 変わってこの場に居る別の人物、もう一人の人物へとテレパシーで知った内容を伝える。

 

「ギルティorノットギルティで言や、こいつはギルティだぜ――淀。腐りきってやがる。13人も殺しておいて一遍も悔いてねーどころか、また同じ事やりかねねー程の屑だ」

 

 淀。そう呼ばれたのはあまりにも美しい女であった。

 

 烏の濡れ羽色という表現をそのままとする、腰の辺りで紙の緒“元結”により結ばれた、地に着く長い黒髪は目を引く美しさ。

 

 着崩された赤い着物と緑の着物姿が特徴的ながら。着崩されているため、豊かで大きな胸が多少見えかかっているところは注意処。

 

 赤く紅の塗られた唇は蠱惑的。妖しく光る赤い瞳を持つ目はつり上がり気味で冷酷さを表わす。

 

 戦国大名の姫という出で立ちのこの女性、名を淀君。遙か昔、幕末の世に生きる。生きているはずの女性であった。

 

 妖怪化しているが、歴史を辿れば四百余年もの昔に亡くなった豊臣家の淀君の亡霊であり、今は田所アキラの妻なのだ。

 

 そんな淀君を、全てを以てして言葉に出来るのは、絶世の美であった。

 

 その絶世の美女はアキラの言葉を受け、アキラにしなだれかかる。

 

「そうかえ――では、当初の通りに妾が魂を頂いてしまっても良いのじゃな?」

 

 アキラを見る淀の瞳は冷たいながらも温かい。冷たさの中に温かさがある。彼女がこの瞳を向けるのはこの世で唯一人、アキラにだけだ。

 

「どうしようもない屑。シンデルマンやヤマザキ達と同類の屑を相手に容赦は要らねー。その方が被害者遺族の慰めにもなるだろーぜ……ほんと、やるせねーよなこの世の中」

 

「アキラ……妾はそうは思わぬ。アキラの行動。妾の行動が、不可能を現実にする。ショウネンホウなる法により守られし殺人鬼より殺められた者達の家族とその魂を救える。それは一つの救いなのではないのかえ? 妾達はただその切っ掛けを作るだけに過ぎぬ」

 

「そう、か……確かに、な……」

 

 アキラは澱んだ空の下で息を吐き出すと。

 

「淀。後は頼んだ」

 

「ホホホホ。若く新鮮な魂を食らえるのは妾に取っても嬉しきこと。……行ってくるぞえ」

 

 淀君はアキラの頬に唇を落とす。

 

「こ、こら、おめーンなこと外でっ」

 

「良いではないか。妾とアキラは夫婦(めおと)なのじゃからのう」

 

 夫婦。確かに夫婦だ。誰憚ること無く夫婦と宣告できるくらいに二人の夫婦仲は熱い。

 

 だが、男いや漢であるアキラにとって淀君のアプローチは些か過剰気味なのだ。

 

 蕩ける接吻は甘く酸っぱく深く、冷たい手は夏でも冷やっこい手を背や肌に触れさせられて、えんようの黒髪は身体に巻き付けられて肌触りが良い。

 

 とにかく淀君は身体での接触が多く、外でもそれは変わらずで、男、漢たるものとしては思うところもあるのだ。

 

 幕末の世にしても、この近未来の世にしても。それは淀君がアキラを愛しているからこそだというのは分かっているが、こそばゆい。

 

「さて、それではじゃれあうのもこれまでじゃ……行くぞえ」

 

 拘置所の壁の中に消えていく淀君。

 

 アキラはテレパシー能力を発現させる。

 

『へへへっ、ほとぼりが冷めたら今度はちびっ子ハウスとかいう孤児院でも襲ってやるかぁ』

 

 強力となったこの能力は複数対象者の心も読める。心処か生の声さえも聞こえるのだ。

 

『ホホホホ。失礼するぞえ』

 

『うわぁっ、な、なんだテメーっっ。ど、どこから』

 

『その様なことはどうでも良いでは無いか……。ところでそなた、妾と契りたくは無いかえ?』

 

『ごくっ……こ、この美女何処から?い、いや、んなこたあどうでもいいぜ……ち、契るって、ヤるって事だよな?』

 

 いつもながら気分が悪い。

 

 アキラは心の声を聞きながら思うところを心に出した。

 

 自身の嫁が振りとは言えクズヤロー相手に契りたいかと聞いている。これはいつもながら精神衛生上宜しくない。

 

『ま、マジでやらせてくれんのか?』

 

『ホホ。そなたの望みのままに……』

 

『何だか知らねえし何者かもしらねーが、あんたみたいな美女がやらせてくれるってんなら、へへっやってやるぜ』

 

 終わったな。

 

 アキラは思う。それでも気分は最悪だ。愛する妻に屑の薄汚い視線を向けられて気分の良い夫は居はしない。

 

 アキラ個人としては、淀君に一刻も早く事を終わらせて戻ってきて貰いたかった。

 

『さ、近う……』

 

『へ、へへへへっ、へ?』

 

 少年の意識はそこで途切れた。最早彼が立ち上がることは二度と無い。

 

 彼の身体からは青白い炎が沸き立ち、身体は崩れ落ち、やがて炎は手の平サイズの青い玉となって淀君の手に収まった。

 

『無礼者めが。妾の肌をじろじろと舐めまわす様に見遣りおって。妾の全てはアキラの物だというに。全く以て汚らわしや』

 

 不機嫌な声。淀君の肌はアキラの物。自分でも現金な物だが嫁にそう言われるとやはり男として気分が良い。

 

 暫く待っていると拘置所の壁をすり抜け、地に着く長すぎる黒髪に着物姿の美女、淀君が姿を現した。

 

「待たせたのう」

 

「いや、それより事は」

 

「ほれ、この通りじゃ」

 

 淀君の手には青白い玉が握られている。人間の生き餌。魂だ。

 

「汚い心ながら魂だけは若く新鮮とは。これを良きりさいくるというのかのう」

 

 少しばかり発音の間違った現代語を使いそう言い、早速その魂を口許に運び、口を開けて呑み込んだ淀君。

 

 魂を抜かれた瞬間にはもう死んでいた少年だが、本当の意味で死んだ瞬間は、淀君に魂を食べられたこの瞬間だったのだろう。

 

「美味いか?」

 

 魂の味など知らないアキラが聞く。

 

「美味じゃ。若く新鮮で欲望に塗れておる分ほんに美味じゃな。あのごろつきも妾に食らわれて満足じゃろうてホホホホ」

 

 右手で口元を隠す淀君のしぐさが、戦国の姫その物を表し、様になって居るが。

 

「オレは気分悪い」

 

 美しい彼女のしぐさを見ても、アキラの気分は悪かった。

 

 知らない男とは言え、その男の魂を食べて美味しいと言われたのだ。夫としては気分の良い物では無い。

 

「なんじゃアキラ。嫉妬しておるのかえ? 初いやつよのう。妾はそんな初いアキラを心から好いておる。接吻してたもれ」

 

 かと思えば、こちらの心を見透かしたかのように気分を上げてくれる美しき妻、淀君。彼女も彼女で心を読めるアキラのテレパシー能力を、上手く利用しているのかもしれない。

 

 アキラと淀君が夫婦(めおと)となってそれなりになる。要するに淀君もアキラへの対応を覚えてきたという事だ。

 

 そうして、淀君、愛する妻より気分の良いことを言われたかと思えば、いきなりキスしてくれ。この流れにはアキラも付いていけない。

 

「い、いや、よォ、こんな、とこで、ちょっと、まて、うちでなら」

 

 だが淀君はそれを許さない。彼女は下賤な者の魂を食べたばかりなので口直しが欲しいのだ。

 

 口直しとは当然の事、アキラの唇。アキラとの口付け。接吻である。

 

「では勝手をさせて貰おうぞ」

 

 蕩ける接吻。態々技を使う必要は無い物の、アキラとの接吻は、より深く、より甘くを求める彼女の意気込みである。

 

「んっんんっン――あむっ、ン、アキ、ラァっ。わらわ、わらわは……んんっン」

 

 強烈な口付けであった。まだ拘置所の外だというのに。こんな場所で接吻も何も無いだろう。だが一方でアキラには断れるほどの男気は無い。むしろこれを受け入れてやってこそ男という物だろうという気概があった。

 

「淀、んっふ、あむぅっ、よ、ど、オレは、オレ……は、お前を、愛して、くちゅ、ふううっ」

 

 淀君の舌がアキラの口内に入り込み、歯並びの良い歯を、その歯を支える歯茎を。そして彼の舌に絡みつき、しっかりと味わうように、彼を蕩けさせていく。

 

 だが、蕩けさせられるだけの漢、田所アキラでは無い。嫁にやられっぱなしでは男が廃る。

 

「よ、ど。あむっン……くちゅっ、れる、淀っ」

 

「ふううっれる、くちゅ、アキ、ラっンン!」

 

 逆襲。淀君の舌を押していき、彼女の舌を彼女の口内にまで押し戻すと。

 

 今度はアキラが淀君の口内に舌を入れて、彼女の歯茎を、彼女の内頬を、口内全体を犯していき。最後には彼女の舌を舐め上げて。ゆっくりと確実に絡みつかせ、逃がさないようにロックし。

 

 アキラは淀君と舌を絡ませ合わせた。舌を絡ませながら、淀君の背に回した手で彼女の地に着く長い黒髪を撫でられる範囲で撫でる。しっかりと確実に指を絡ませながら撫で梳くのだ。

 

 艶やかな淀君の長い黒髪にアキラの手指が絡まり、しっかりとした髪への愛撫は為されていく。それは先ほど淀君が食らった少年の残滓をその手で梳き落としているかのよう。

 

 少なくともアキラは、淀君の黒髪に、十三人もの罪も無い者を殺害しておいて反省もせず、無罪まで勝ち取ろうとしていたクズヤローの息が掛かったかも知れないと思うと、居ても経っても居られず、淀君の美しい黒髪をその手で愛撫し、汚れた物を落としてしまいたいという一念で、彼女の髪を撫で梳いた。

 

 アキラの淀君の髪への愛撫と共に、まるで終わりの無い接吻は三分、五分、と過ぎていき。十分を超える頃。どちらともが名残惜しくも唇を離す形で終わりを告げた。

 

 舌と舌が互いの口内を静かに抜け出ていく。舌に絡まる唾液を引いて、舌は抜けていく。それはアキラの舌であり、それは淀君の舌であった。

 

 名残惜しげに唇を繋ぐ銀色の糸も伸びて、接吻の激しさを物語っていた。糸は伸び、唇の間に垂れていく。

 

「……のう、アキラ……、妾、これでは足らぬぞ?」

 

 落ちていく糸は二人の間を未だ繋いでいる。どれだけ深い接吻だったのだろうか。

 

「これで、足りねえとか……なあ、淀、淀君よォ……お前はどうしてえの?」

 

 もう充分だろう。落ちていった糸は切れたが、お互いの唾液は、お互いの口の中にある。これを呑み込めば唾液を飲ませ合った形だ。

 

「ホホ……、アキラ……あのように熱き接吻を受け、優しく髪まで愛撫されたのじゃ……おなごとしてこれで終わりとはあまりにもむごい……のう、アキラ……、妾は、妾は伽を申し奉る。そなたとの熱き伽をこの身とそなたに受けさせたい……、のう、アキラ……妾を抱いてたもれ」

 

 伽、とぎ、それはあれだ、現代で言うところのセック―――ってか抱けって――。

 

「ま、まだ昼だろ!」

 

「時間など関係なかろう。明かりが気になるというなら幕末の世界の妾の部屋へ飛べば良い。あそこならば明かりは蝋燭しかない。伽をする雰囲気も出ておろう……のう、アキラぁ、妾はぁ、アキラと伽がしたいのじゃ……いかぬか?」

 

「だ、駄目って事はねえけど、でも、昼間っからてのはよお……」

 

 アキラはたじたじ。淀君は迫る。割と見られる風景かも知れない二人は、とても仲の良い夫婦であった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 結局、折衷案として、アキラの鯛焼き屋さんで淀君が鯛焼き作りの練習をしてから。という事となった。

 

「ほれ、どうじゃアキラ。これが妾のミサワ焼きじゃ!」

 

 着物が落ちにくいようにと両腕にたすきを掛け、地に着く長い黒髪は輪状に巻いて背中で束ねた淀君は。

 

 胸を張って焼いたばかりの甘味を最高位のミサワ焼きだと宣言した。

 

 確かにそれなりの物だった。立派な焼き菓子だった。しかし。

 

 これをいつもの服装、格好、髪型のアキラが否定する。

 

「ちっげーよ! こんなんミサワ焼きじゃねーっ! 普通の鯛焼きだっ!」

 

「ホホホホっ、引っ掛かったのうアキラよ。妾はミサワ焼きと称して最初から鯛焼きを作っておったのじゃ!」

 

 餌に引っ掛かったアキラに、輪状に巻いて束ねた長い黒髪を揺らしながら、淀君はしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「マジか?! つーかオレマジで引っ掛かったわ!」

 

 そんな夫婦漫才をしているところへ、子供が淀君の鯛焼きを買いに来た。

 

「くーださーいな! あれ今日はすっごい綺麗なおねーさんが店番してるー!」

 

「よう来たのうわらしよ。淀君の鯛焼き屋さんへようこそ一匹100円じゃ」

 

「わーっ、やすーい! ありがとーっ、お姉ちゃーん!!」

 

「違うからなっ! ここ田所アキラの鯛焼き屋さんだからなっ!」

 

「ホホホホ、此度は淀君の鯛焼き屋さんじゃ!」

 

 どちらの鯛焼き屋さんだと言い合いを始めた夫婦。

 

 ただ、この日はアキラよりも、戦国大名の姫という姿をしながら、たすきを掛けて、地に着く長い黒髪を輪状にして背中で束ねている、アキラよりも目立った女店主の出現に、いつも以上に客で大賑わい。

 

 しっかりと売り上げは上がるあたり。二人の鯛焼き屋さんはいつも通り大人気なのであった。

 

 

 そしてこの日より、淀君は、密かにミサワ焼きを焼く練習をしていたりするのであった。

 

 

 

 

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