転生者が奇妙な日記を書くのは間違ってるだろうか   作:柚子檸檬

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今回はリューさん視点


ひとりのエルフは目の前の壁を見ていた もうひとりのエルフは窓からのぞく星を見ていた その1

 こうやってマンツーマンで物事を教えるのは初めての経験かもしれない。

 少年、ジョシュア・ジョースターが『アストレア・ファミリア』の団員として相応しい、『正しさを見極められる人間』となれるように、そして冒険者としてやっていけるように稽古をつける事にした。

 

 私のようにならないように。

 

 半端な気持ちであれば根を上げるだろうと多少厳し目で叩いてみたものの、前に鍛えていた人物が良かったせいか中々どうして粘り強い。

 やり過ぎてしまう性分のせいかヒートアップしてしまう事もある。

 同僚達からも『うへえ、これもう虐めの領域ニャ』だの『あんたねえ、まだ駆け出しなんだから手加減してやりなさいよ』だの『ウへへ……はみはみしたい耳たぶ……グへへ』だの言われている。

 とりあえずクロエは後でしばいておいた方が良さそうだ。

 

「リュー、何だか最近明るくなったね」

 

「え、そうでしょうか?」

 

 シルに言われて色々思い返してみればアストレア様には胸の内を曝け出し、年甲斐も無く泣いた事もあってか少し晴れやかな気分になれた。

 とはいえ全てが解決したわけではない。

 私の罪が消え去ったわけではないのだから。

 

「そういえば、リューの後輩の子がダンジョンに潜るのって今日だっけ?」

 

「ええ、私はそう聞いてます」

 

 まさか『ロキ・ファミリア』が協力をしてくれるとは思わなかった。

 一体何処でそんなコネクションを取り付けたのか。

 

 本当であれば私が付いていくべきなのかもしれない。

 ミア母さんも元は冒険者なのだから、頼めば都合を付けてくれるだろう。

 しかし、私が目立った動きをすればそこからアストレア様に迷惑がかかる危険がある。

 不安の種を私が撒くわけにはいかない。

 シルもそれを理解した上で敢えてそれには触れないのだろう。

 

「まあ、彼なら大丈夫でしょう。ゴブリンやコボルドに遅れを取るような事は無い」

 

 後になって、私の認識が甘かった事に気づかされた。

 

 次の日、彼の動きが目に見えて悪くなっていた。

 何があったのか聞いてもただ大丈夫だとしか言わない。

 

 そしてそれは日に日に悪化していった。

 

「ふう、しばらく朝の鍛錬は休みにしましょう」

 

「えっ、何でですか!?」

 

 あなたは一度鏡か何かで自分の顔を見た方が良い。

 そんな真っ青な顔で、精細を欠いた動きで、一体何が身に付くというのか。

 それ以前に、何故そんな痩せ我慢をしているのか。

 

 冒険者がドロップアウトする理由はいくつかある。

 

 一つは身体の欠損や毒などで身体が動かなくなる事。

 ポーションには限界があるし、エリクサーは高価過ぎて普通の冒険者は手を出せない。

 手足がモンスターに喰われでもすればそれは永遠に失われるし、解毒が遅れたせいで後遺症が残って日常生活にすら支障をきたす例もある。

 

 一つは心因によるストレス障害。

 モンスターによる恐怖、親しい仲間を失った事実への絶望、モンスターとはいえ生き物を殺す事への抵抗感、それらによって精神がまいってしまい再起不能になる事。

 五体満足であればサポーターに転向するという手もあるが、多くの冒険者はそれを知っているからこそサポーターを蔑視の対象にする。

 

 おそらく彼のは心因的なものだ。

 力はあるのに心がそれについていってない。

 

 私はそれを情けないとは思わない。

 私自身シルに拾われなければあのまま虚無感に押し潰されてそのまま死んでいたのだから、まだ12歳の人間の子どもに求めるのは酷だ。

 

 そして鍛錬を休みにしてからは、彼は私のもとへ来なくなった。

 タイミングを逃したかもしれない。

 

「あの、彼は大丈夫なのですか?」

 

 私の問いに対してアストレア様は首を横に振った。

 

「あの子は真っ青な顔で自分に言い聞かせるように『大丈夫』としか言わなくなってしまいました」

 

 彼はアストレア様の事をとても慕っているように見えた。

 だから情けない姿を見せたくないのだろうか。

 

「まだ……早かったのでしょうか……」

 

 現状はあまりよろしくない。

 このままでは他でもない『アストレア・ファミリア』があの子を押し潰してしまう。

 

 アリーゼやシルであればもっと早く対処出来たのだろうか。

 ここに来て自分が他者とのコミュニケーションを疎かにしていた事が悔やまれる。

 皆にもっと心を開けば良かったと悔いたばかりなのに、やはりそう直ぐには変われないのだろうか。

 

「ジョジョは、あなたを冒険者に戻して欲しいとウラノスに進言していたんです」

 

「は?」 

 

「あ、私がリューにばらしたって内緒にしてくださいね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか!」

 

 ファミリア再興の話でギルドに行った事は聞いていたが、そんな話は聞いていない。

 そもそも現状、私がこうしていられるのはギルドからの恩情とミア母さんに匿われているからというのが大きい。

 これ以上は無理だろう。 

 

「あの子は……」

 

「ジョジョは私達に情けない姿を見せたくないんでしょうね」

 

 男とはそういう生き物なのだろうか?

 女所帯だっただけに男性とあまり関わらなかったからよく分からない。

 

「ですが、人は自分の許容を超える事を続けていれば遅かれ早かれ壊れる」

 

「手遅れになる前にやめさせます」

 

 アストレア様もあの子を壊してでもファミリアを再興したいわけでは無いようで安心した。

 同時に少し残念でもある。

 

「頼って貰えないというのは主神として辛いですね」

 

 同感だ。 

 

 

 

 次に彼が私に会いに来たのは二日後だった。

 落ち込んでいるようだったが、前のように真っ青な顔で無理をしているのに比べればまだマシだろう。

 

「リオンさん、すいませんでした」

 

 彼の口から真っ先に出たのは謝罪の言葉だった。

 

「お姉さんやリオンさんを自由にしてあげたいのに、だからもっと強くならなきゃいけないのに……。大口叩いたんだから結果を出さなきゃいけないのに……いつになるのか分からなくて」

 

「少し落ち着きなさい」

 

 まだ心の整理がついていないからか若干早口になって聴き取り辛い。

 しかし、何が言いたいのかは何となく分かった。

 

「アストレア様にはもう言いましたか?」

 

「はい。怒られました」

 

「当たり前でしょう。悩んでいるのを隠せてないのに、その癖一人で抱え込んで、挙句アストレア様を心配させたのだから」

 

「うっ……」

 

 自分で言っておいて何だが、どの口が言ってるんだろうと思ってしまった。

  

「そもそも、何故もっと早く話そうとしなかったのですか? 自分一人だけの問題だとでも思っていたのですか? ファミリアの団員になったのならその自覚を持ちなさい。特に今の団員はあなただけなんですから」

 

「だから頑張らなきゃいけないと……」

 

「かつて私達11人が背負っていたものをあなた一人でどうこう出来るとでも? それはただの思い上がりです」

 

「ううっ……」

 

 彼は思いっきり凹んでしまった。

 少し言い過ぎたかもしれない。

 

「まあ、もっと早く聞き出そうとしなかった私にも非が無いわけではありませんが」

 

「え、いや……そんな事は……」

 

「同伴者には何か言われましたか?」 

  

「ラウルさんにはそんなに焦らなくて良いとか、無理してこんなところで潰れたら勿体ないとか言われて……」

 

 ラウル……確か『ロキ・ファミリア』の『超凡夫』のラウル・ノールドだったか。

 ファミリアの主神であるロキが『豊穣の女主人』を気に入っているのもあってか遠征の打ち上げで何度か目にしている。

 彼の口ぶりから察するに『超凡夫』に諭されたからこそ私の元に謝りにきたのだろう。

 

 不覚にも少し嫉妬してしまった。

 

「思い悩んだのでしたら少しくらい相談してください。後輩の一人くらい気に掛ける余裕はありますから」

 

 とても照れくさい気分だ。

 

「うっ、ううっ……」

 

 彼は何故か涙目になっていた。

 

「な、何で泣いてるんですか!?」

 

「す、すいません。後輩って言われて何だか感動しちゃって……」

 

「ああもう、そんな事で泣かないでください!」 

 

 こういうのは私のイメージじゃあない、こうやって子どもを慰めたりするのはシルやアストレア様の役だ。

 

「なーかしたーなーかしたー」

 

「とうとうやったわねあいつ……」

 

「じゅるり……涙目もなかなかそそるニャ~」

 

 後方からくる三馬鹿の視線が痛い。

 そして最後の一匹はいい加減痛い目見た方が良い。

 

 次の日から、彼は無理をしなくなった。

 というより自分の中で折り合いを付けられるようになったという方が正しいか。

 冒険者として、本当の意味でスタートラインに立つ事が出来たと祝おう。

 

 

 

 

 彼が冒険者を始めて一月が経つ頃、『ロキ・ファミリア』が遠征に行くことが決まったらしい。

 当然それにはレベル3の『超凡夫』もついていくだろう。

 遠征が終わるまで彼はしばらく一人でダンジョンへ行く事になる。

 

 彼も冒険者を始めて一か月、それにギルドや『超凡夫』には4階層より下には行かないように言われているそうだ。

 彼の実力であれば4階層程度なら一人でも問題はないし、この期に及んで勝手に無茶はしないだろう。

 

「なんかラウルさんが戻ってくるまで限定で別の人とパーティ組むことになりました」

 

「また突然ですね」

 

 ある日、私のもとを訪ねてきた彼が鍛錬の最中にそんな事を言い出した。

 『ロキ・ファミリア』から代理で誰か派遣されたのだろうか。

 

「誰ですか?」

 

「『白巫女』のフィルヴィス・シャリアさんです」

 

 また意外な人物が出てきた。

 どうも、ダンジョンに潜ってた最中に他の冒険者達に絡まれていたのを助けて貰ったのが始まりらしい。

 彼女とは現役時代に仕事で何度か顔を合わせた事はあれど、親しくはなく必要以上に会話をした記憶はない。

 

「とりあえずファミリアに関してはぼかしましたけど、何かマズかったですか?」

 

「……いえ、よっぽどの事でもない限りパーティメンバーに口出しはしません。ただ、エルフは――」

 

「はい、気難しいんですよね」

 

 知っていますと言わんばかりに私を見て苦笑いしている。

 この子も言うようになった。

 

 反応から察するに『27階層の悪夢』も『白巫女』の悪評も知らないようだ。

 悪評と言っても別に『白巫女』が悪事を働いている訳ではない。

 

 『白巫女』と組んだパーティメンバーは死亡している。

 それも一度や二度ではない、『27階層の悪夢』以降に彼女が組んだパーティ全てだ。

 そうしてついたもう一つの異名が『死妖精(バンシー)』。

   

 パーティメンバーが死んだ事に何かしら理由があるわけではない。

 ただ運が悪かっただけ、そしてそれが何度も続いてしまっただけなのだろう。

 しかし、ダンジョンでは常に死と隣り合わせ。

 生きて帰るために験を担ぐ事もままある。

 だから彼女は不幸の象徴として同じファミリア内のメンバーからさえ忌避されるようになってしまった。

 

 それでもなお冒険者を続けているのは……いや止そう。

 ただの予想で何一つ確信はない。

 

 何事もなければいい、それだけを願いながら時間は過ぎた。

 経過を聞いている限り、『怪物の宴(モンスター・パーティ)』だの上層で滅多に出現しない強化種だの問題は多々あれど、一応上手くはやれているようだ。

 そして思った通り、『白巫女』は彼に対して必要以上に干渉してこない。

 

 変に情が湧けば何かあった時に余計な禍根が出来る。

 

 数日後、彼から『白巫女』が来なくなった事を相談された。

 彼女の拠点に行っても留守にしていて会う事が出来ないらしい。

 ファミリア内に自分の居場所が無いからと拠点に戻っていない可能性はある。

 

「どうしましょう。諦めた方が良いんでしょうか?」

 

「質問に質問を返すようですいませんが、あなたはどうしたいのですか?」

 

「え……? まあ、またパーティ組んでくれるんなら嬉しいですし、駄目なら……縁が無かったって諦めるしかないんじゃあないでしょうか」

 

「何ですかそのどっちつかずな返答は」

 

「だって、俺一人でどうにか出来るような浅い問題じゃあ無いと思うんですよ」  

 

 彼は渋い顔をしながら空を仰いでいた。

 何処かで『白巫女』の悪評を知ってしまったのだろうか。

 

「『白巫女』について誰かから聞きましたか?」

 

「ええ、チンピラ連中が絡んできた時にちょっと。で、昔に『何か』があってその『何か』のせいでシャリアさんがファミリアで孤立したって」

 

 ざっくりとしてるが、別に詳しく知らなくてもいいのだから問題ない。

 その上で先程の返答だったのだろうか。

 何の根拠もなく「何とかして見せる」と大口叩くよりはいいだろう。

 

「俺に出来るのって『態度と認識を変えない』くらいなんですよね」 

 

 自分に出来るのはそれくらいしかないと歯痒い気持ちもあるのだろう。

 彼は溜息を一つついて一人でダンジョンへと向かった。

 

「いつまで隠れているつもりですか?」

 

 彼が見えなくなったのを確認して声を上げた。

 途中から感じた妙な気配。

 敵意が無いからと放っておいたが、念のための確認は必要だ。

 

「気づいていたのか『疾風』」

 

 観念したように出てきたのは、『白巫女』フィルヴィス・シャリアだった。

  

「私に何か用ですか?」 

 

「ああ……いや……」

 

 歯切れの悪そうな態度で何となく理解した。

 用があったのは私ではなく『彼』なのだろう。

 

「彼はあなたが来ないと言って困っていましたよ」

 

「……」

 

 彼女は無言で目を逸らした。

 何も言わず、勝手にすっぽかした事への罪悪感はあるのだろう。

 だからこそここに来た。

 

「『闇派閥』が私達に残した爪痕は大きい……」

 

「ッ!?」

 

 私の言葉で『白巫女』はビクリと震えた。

 私も彼女も『闇派閥』のせいで大切な仲間達を失った。

 その傷は未だに癒えていない。

 もう、その怒りをぶつけるための相手も存在しない。

 

「『白巫女』、あなたはダンジョンに死に場所を求めているのですか?」

 

「そう……なのかもしれないな」

 

 かつての私だ。

 シルに出会う前の私が目の前にいた。

 

「私の自殺に未来のあるあの子を巻き込むわけにはいかない。私といれば呪いがあの子を殺す」

 

「他でもないあなた自身が偶然(それ)を呪いと言ってしまえばおしまいだ」

 

「なら私はどうすればいい! 今までの仲間達のようにあの子が死ぬのを見届ければいいとでもいうのか!?」

 

「死なせなければいい。ただ、それだけの事です」

 

 そう、ただ死なせなければいいだけだ。

 何十人も守るわけじゃあない、いるのは彼一人だ。

 深層に行くわけじゃあ無い、彼が行くのは4階層までだ。

 あの子はただのレベル1じゃあない、これから『アストレア・ファミリア』を背負って立つ私の後輩だ。

 

「あなたは過去から逃げ続けますか? それとも向き合ってみますか?」

 

 それを決めるのは彼女自身だ。

 過去に向き合うのが恐ろしい事だというのは私自身よく知っている。

 だから強要は出来ない。

 

「お前は、向き合えたのか……?」 

 

「私がどうだったかを知っても意味はありません。私の問題は私の問題で、あなたの問題はあなたの問題だ」

 

 それに私の場合は過去の方から突然やって来たのだから参考になるわけがない。 

 

「逃げるか、向き合ってみるか……か」

 

 彼女は自分に言い聞かせるかのように私の言葉を反芻する。

 最終的には彼女次第だ。

 

「すまなかった……醜態を見せた」

 

「気にしないで下さい。それに、大した事はしていない」

 

「その、つかぬ事を聞くが、彼の所属しているファミリアはまさかア――――」

 

 その言葉は言わせない。

 その意を込めて『白巫女』を威圧した。

 

「――――ッ!?」

 

「それは、あなたが知らなくていい事です。あなたの心にだけ留めておいてください」

 

「そ、そうか。失礼した」

 

 そのまま『白巫女』は私から逃げるように走り去った。

 威圧はやり過ぎだっただろうか。

 

 そして彼女が去った先にあるのはダンジョン。

 

 少しは先輩らしい事が出来たのだと思いたい。

 

 




次回、もう一人のエルフ視点

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