転生者が奇妙な日記を書くのは間違ってるだろうか 作:柚子檸檬
エシディシの如く泣きたい気分
「先日は申し訳ありませんでした」
「いやいや、つけられたとは言えいきなり襲撃したのは俺の方ですし。すいませんね、追跡されてるって思うと過敏になっちゃうんですよ」
謝罪をするために休日を貰い、改めて少年、ジョシュア・ジョースターに会いに来た。
彼は早朝から一人稽古をして己を研磨している。
まだ若いのに立派だと思う。
「それに、アストレア様をここまで守ってくれてありがとうございます」
「まあ、半分は俺の我儘みたいなもんですし、お礼言われると何か変な気分になりますよ」
少し話をした後、少し稽古を見させて貰ったが、基本の身体運びがしっかりと出来ている。
良く言えばしっかりと基礎が積まれていて、悪く言えばそれ以上のことは出来ない。
おそらく彼は実戦経験がほとんどないのだろう。
話に聞けば彼を鍛えた師匠であり母親は波紋とやら以外は丸一年基礎固めに専念させたらしい。
確かに、その辺のゴブリンを倒して変に自信をつけてもダンジョンでは痛い目を見る。
実際に村にやってくるゴブリンを倒して自信をつけた田舎の力自慢が冒険者になって、ダンジョンで帰らぬ身になったという話は掃いて捨てる程ある。
彼なら最悪スタンドでどうにかなるかもしれないので死ぬことはそうそうないだろうが。
「それにしてもスタンドですか……」
「スタンドがどうかしました?」
「いえ、変わった力があるものだと思いまして」
神々と彼自身以外には見えない力。
事実私には見えなかったし反応も出来なかった。
他にも種類があるそうだし、使い方によっては悪事に転用する事も容易な恐るべき力だと思う。
彼はまだ幼い。
彼が悪の道に走らないように今後しっかりと注視していった方が良いだろう。
「そういえば波紋っていったい何なんですか?」
彼の話の中に出てきた呼吸から生み出される魔力とも異なる未知のエネルギー。
武術にはそれに適した呼吸というものが存在するとはどこかで聞いた事があるが、これはあまりにも不明瞭。
私を捕らえたマフラーを自在に操る術も、今やっている半分大道芸になっているシャボン玉の放出もそれによるものだという。
というかあのシャボン玉はどういう原理で放出されているのだろうか。
「何でも神々が地上に降りてくる前にとある人間の一族が魔物と戦うために編み出した手法だって母さんが言ってました。神々が恩恵を刻むようになってからは廃れて、今いる波紋使いも俺の知る限りでは母さんと、その親類だけだとか。世界中探せばもしかしたら他にもいるかもしれませんけど」
そもそも会得するまでが割と地獄ですからねと少年は苦笑いしている。
私が思っていたよりも古代の技術で驚いた。
「そういえば、オラリオのファミリアで有名なのとかってあります? オラリオはまだきたばっかりでそんなに詳しくないんで教えて貰えると嬉しいんですけど」
「有名なファミリアですか」
話を聞けば、どうやら彼は冒険者になりにこのオラリオに来たそうだ。
冒険者になるにはまだ若くないだろうか。
有名なファミリアといえばこのオラリオで双璧をなす『ロキ・ファミリア』と『フレイヤ・ファミリア』。
その二つと違って探索よりもオラリオの治安維持や怪物祭りが主な仕事だが、一級冒険者を最も多く保有する『ガネーシャ・ファミリア』。
世界クラスの知名度を持つ鍛冶系ファミリアである『へファイストス・ファミリア』。
オラリオ一の農業系ファミリアである『デメテル・ファミリア』。
中には『ソーマ・ファミリア』や『アポロン・ファミリア』のような悪い意味で有名なファミリアもあるので、そういうのとはあまり関わり合いにならないようにと伝えておく。
「ですが、ジョースターさんの好きにやりたいのであれば知名度が低い零細ファミリアを探して加入するのも手だと思いますよ。特にまだ眷属がいないファミリアなら即入団できる可能性も高い。ギルドに行けばそういったファミリアの紹介もして貰えると思います」
「零細ファミリア、そういうのもあるのか。ありがとうございます。それとこれ、俺が泊ってる部屋の鍵です。渡しておきますね」
「……軽々し過ぎませんか?」
「少なくとも部屋に盗られて困るようなものはココ・ジャンボ以外ありませんし、リオンさんがアストレア様に危害を加えるとも思えません(金とか武器は『エニグマ』で仕舞ってあるし)」
確かに私がアストレア様をどうこうするつもりはないし、その資格もない。
人を信じられるというのは美徳だが、いつか馬鹿を見る事になりそうで心配だ。
彼はその後、オラリオの冒険者について調べてくると言ってそのまま何処かへ走っていった。
そして私は彼から借りた鍵を使ってあっさりと彼の泊っている部屋に入り、そしてココ・ジャンボと呼ばれている亀の背中からアストレア様のいる空間へと転移した。
ここに来るのは2度目だが、相変わらず摩訶不思議な空間だ。
まさか亀の背中が別空間に繋がっているなどと誰も思うまい。
これもスタンド能力とやらだろうか。
とりあえずアストレア様の居場所がバレる心配はまず無いと見ていい。
「あらリュー、いらっしゃい」
「おはようございます、アストレア様」
アストレア様は優雅に朝のコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
彼女の胸を借りて思いっきり泣いてしまっただけに、この前とは違った意味で顔を合わせ辛い。
それでも今後の身の振り方などを話し合わなければ。
「何か飲みますか? といっても紅茶とコーヒーくらいしかありませんけど」
「いや、あの……」
「お腹はすいてませんか? ちょっと遅いですけどこれから朝食にするのでリューも良かったらどうです?」
そういえば、いつも受け身な私を何かに誘うのはアリーゼだった。
食事しながらの方が話しやすい事もあるかもしれない。
「なら、私もコーヒーでお願いします」
朝食を食べながら私は今まであった事を話した。
そして手紙にも書いた事を、死んでいった仲間たちの代わりにこのオラリオを見守っていこうと思っている事を話した。
アストレア様は話している私を優しい目で眺めてくれている。
こうしているとかつて皆で騒ぎながら食事をしたことを思い出す。
こんなことになるのならもっと皆に心を開いておけば良かったと後悔してしまう。
そしてアストレア様も今まであった事を話された。
皆を失い私を一人オラリオに置いていって空虚だった日々にジョシュア・ジョースターと出会って自身の心に少しずつ光が差し込んだ事。
私がシルに救われたように、アストレア様も彼と出会って救われたのだろうか。
何か奇妙な『縁』というものを感じる。
「そうだ。食べ終わったら久しぶりに
「アレ?」
「『ステイタス』の更新です。もう2年ぶりくらいになるでしょう? 結構上がっているのではありませんか?」
ああ、そういうことだったか。
私が最後に『ステイタス』を更新したのはあの『悪夢』の前夜。
それ以降は私の『ステイタス』に変動はない。
朝食を終えた後、私は服を脱いでアストレア様に背を向ける。
アストレア様は私の背中に『
久しぶりの更新で指に力が入ってるのか、少しこそばゆい。
私の『ステイタス』が更新されるなどもう二度とないと思っていた。
そう考えると何やら感慨深い気分だ。
『ステイタス』の更新が終わったのか、アストレア様の手が止まった。
だというのにアストレア様は『ステイタス』を眺めながら黙っている。
何かあったのだろうか?
「アストレア様?」
「……リュー、おめでとう。ランクアップ可能になってますよ」
アストレア様の祝福の言葉に思わず息を飲んだ。
ランクアップの条件は基礎アビリティのどれかがDに到達している事、そして偉業を成し遂げる事の二つ。
私が成し遂げた偉業とはヤツを倒した事か、それとも
どちらにしろ嬉しいという感情は浮かんでこない。
今の私にあるのは『遅すぎる』という嘆きだけ。
喜びを分かち合える仲間たちはもういないのだから。
もしあの時の私にこの力があればもっと犠牲者が減らせたかもしれない。
もしかしたら死ぬのは私一人で済んだかもしれないというのに。
「リュー、あまり思い詰めてはいけませんよ。貴女は未来を見るのではなかったのですか?」
アストレア様の言葉ではっと我に返った。
そうだ、終わった事を悔やんだところで死んだ者たちが帰ってくるわけではない。
ならせめて残ったものだけでも命を懸けて守り通す。
「アストレア様、ランクアップをお願いします。私はもう後悔したくない」
「はい」
―――――――――――――――――
リュー・リオン
Lv.5
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
狩人:G
耐異常:E
魔防:I
《魔法》
ルミノス・ウィンド
ノア・ヒール
《スキル》
―――――――――――――――――
『ステイタス』が書き写された紙を手に、静かに目を閉じた。
アリーゼ、とうとう貴女を抜いてしまいましたね。
貴女がもしいたら何と言うでしょうか。
きっと悔しがりながらも祝福してくれるでしょうか。
「発展アビリティや新しいスキルは無し。ですが『耐異常』が上がってますね」
アストレア様に言われてはじめて気づいた。
確かに『耐異常』がGからEに上がっている。
「変わった状態異常を付与するモンスターとでも戦いましたか?」
少なくともそんなモンスターと戦った覚えはない。
ここしばらく18階層より下には行っていないし、18階層までに『耐異常』が上がるような特殊なモンスターはいないし、強化種とも遭遇はしていない。
「あっ」
モンスターではないがあった。
先日の彼からくらった小型化なら十分変わった状態異常と説明できる。
人の身体は骨が折れればより丈夫に生まれ変わるし、一度耐えた毒や病気に対しては抗体が出来ると言われている。
もし私に刻まれた『神の恩恵』があの小型化に対応するために強化されたのだとしたら、それがこの結果なのかもしれない。
「何か思い当たる事でもありましたか?」
「はい……」
私の早とちりによって引き起こされた黒歴史と言える産物なので、進んで話そうとは思えなかった。
もしかしたら彼経由で既に話されてるかもしれないが、その前だったら忘れるように後で言っておかなくては。
私は話題を切り替えるために元々気になっていた話題を切り出した。
「そういえば手紙には今後の事について話し合いたいと書かれてましたが」
「リュー」
先程まで優しく朗らかだったアストレア様の顔は真剣なものへと変わる。
「リュー、私がもしファミリアを再興したいと言ったら、貴女はついてきてくれますか?」
私は耳を疑った。
『アストレア・ファミリア』の再興と聞いた私自身には複雑な想いがあった。
再興できるのであればしたい、アリーゼたちが築き上げたものを取り戻したい。
でも、その理想は現実によって押しつぶされる。
一から始めるのと一からやり直すのでは大きく違ってくる。
私はもう冒険者としてやっていけない以上、表立って力を貸す事が出来ない。
それに、かつて治安維持をしていた『アストレア・ファミリア』をよく思ってないアウトローの連中がその再興を知って何を仕出かすかなど分かり切っている。
「本気なのですか……本気でファミリアを再興するつもりなのですか?」
そう言った私にアストレア様は無言で数枚の紙束を渡してきた。
それに目を通すと書かれていたのは私が壊滅させたはずの『ルドラ・ファミリア』のメンバーに関する情報だった。
「まさか、残党がいたのですかッ!?」
「はい、その残党は私を襲いに来ました。どうやらジョジョを人質にして私を捕らえようとしていたようですが……」
あれだけやったというのに討ち漏らしがあった事に歯噛みする。
しかし、アストレア様が無事にここにいるという事はだ。
「逆に彼に返り討ちにあったということですか」
恩恵を失ったゴロツキ数人程度に遅れを取るほどアストレア様は軟ではない。
ロキ、ガネーシャ、フレイヤと並んでオラリオの治安を守った程の女神だし、彼女自身にも武術の心得はある。
それを警戒して人質という手段を採ったが、取った人質が悪かったという事か。
「それはジョジョが下手人を捕らえた際に抜き取った情報を私なりにまとめたものです。下手人はジョジョがセーフティーロックとやらをかけた上で村の憲兵に突き出しました。今頃は塀の中でしょうし、仮に釈放されても悪事は出来ないでしょう」
「彼のスタンドはそんな事も出来るのですか」
「条件が厳しいからまだ使い辛いって嘆いてましたけどね。人間が本になったのを見た時には驚いてしまいました」
「本!?」
彼の今後を考えて、スタンドについてもう少し詳しく聞いておいた方が良いかもしれない。
この紙束から分かるのは、『ルドラ・ファミリア』の残党が何者かに金で雇われてアストレア様を攫いに来た事。
問題は残党共を雇った連中の方だ。
隠れていた闇派閥が力を蓄えて動き出したのか、それとも都市外にいる混沌を望む神々がオラリオ進出を企んでいるのか。
「それに対抗するためのファミリア再興という事ですか? ですが、それであれば『ロキ・ファミリア』や『ガネーシャ・ファミリア』に情報を流せば……」
「他の神に押し付けて自分は安全なところで守られていろと? それではあの日貴女をオラリオに置いていったのと何も変わりません」
「ですが現実的ではない! 第一団員はどうするつもりですか。あの子を貴女の眷属にするにしても、彼一人では荷が重すぎる!」
何となくではあったが、彼が『他のファミリアに興味が無いのでは?』という予感はあった。
あの少年はアストレア様を『信用』しているし『信頼』している。
間違いであって欲しいと零細ファミリアの加入を勧めてみたが、どうやら社交辞令で返されてしまったらしい。
「あの子一人に全てを押し付けるつもりはありません。私だって動くつもりです。ウラノスにもいくつか貸しがありますから、まずはそこから当たって……」
「貴女という神は……何故……」
嬉しく思う反面、何故アストレア様がこうもやる気になったのかが分からない。
あんな悲劇を迎えて私以外の全てを失って、何故また再起しようという気になれたのか。
「もったいないって言われたんです」
「え?」
目の前の女神はまるで大切な宝物を眺めるかのようにはにかみながら笑った。
「あの子は私と色々話して『お姉さんは色んなことを知ってて凄いんだから、こんなところでボーっとしてたらもったいない』って、そう言われたんです」
―――私達のために戦ってくれてありがとう。
シルのあの言葉が脳内で思い起こされる。
「そしたら急に私の中に熱が灯った。死んでいた心が叫ぶようになったんです。『このままでいい訳が無い』『こんな最後は嫌だ』って」
「だから、ファミリア再興を……」
「はい、無謀というのは分かっています。ですが、何もせず何もなくそのまま終わっていくくらいなら、もう一度0からでもいいから歩き始めたい」
アストレア様から意地でも引く気はない鋼鉄の意思を感じる。
困ってしまった。
気軽な気分で何となくとかであれば諦めるように説得できただろうが、これは彼女の強い願いだ。
それに私とて心の底から望んでいないわけでも無いのだから説得は困難だ。
仮に諦めるように説得するのであればアストレア様に熱を灯したあの少年の方だろう。
「ただいま戻りましたー!」
突如聞こえた声に思わず驚いた。
思っていた以上に話し込んでいたようだ。
亀の中は魔石光のランプのお陰で明るいせいか時間の流れが分かりづらい。
そして帰ってきた当の少年は何やらウンザリした顔つきで戻っていた。
気分よく出て行ったというのに一体何があったのか。
「あれ? もしかしてお邪魔でした?」
「いえ、そういうわけじゃあ……」
「そうそう、聞いてジョジョ。リューがレベル5になったんですよ」
「へーッ、おめでとうございます団長」
「だ、団長ッ!?」
思いもよらぬ呼ばれ方をされて思わず声が引きつってしまった。
「へ? だってリオンさんが一番古参だしレベル5なんだからリオンさんが団長では?」
「言ってませんでしたが、私は冒険者の資格を剥奪されている。だから団長には……」
「別に団長やるのに冒険者である必要はないのでは?」
「それは屁理屈でしょう!?」
アストレア様はそんな私達の遣り取りを微笑ましそうに眺めていた。
色んな意味で前途多難だ。
次回からは日記形式に戻ります
書き溜め?
そんなもの、ウチにはないよ……