多分きっと、その夢は泥沼なのだろう
ーーーシンデレラプロジェクトーーー
それは日本全国に埋没する数多くの個性溢れる少女質を発掘し、プロデュースするという一大企画の事である。
この企画を発表したことで今迄に無い程の多くの応募があった為、毎日毎日残業して履歴書に目を通し、選考するのが彼、武内プロデューサーの最近の日課であった。
本来なら彼は最終選考に残る少女達を見る立場にある為、この様な言ってしまえば雑務を行う立場では無い。
が、彼たっての希望とアイドル部門の人員の少なさ故に、事務員である千川ちひろと共に深夜0時直前になっても履歴書とにらめっこしている。
「んぅ〜!終わりましたね武内くん!」
然しながら今日は普段と違う日だった。
もちろん晴れ時々槍なんていう珍妙な天気だった訳でもなく、ただ単純に今日の仕事は0時までかからず定時退社が出来そうなだけの普通の日だった。
「えぇ、お疲れ様です千川さん...では私は少し外回りへ」
彼女に手伝ってもらった感謝をしつつ私は立ち上がる。
手早くデスクの上の資料を纏め、簡単な荷物と名刺がある事を確認して事務所の扉へ歩みを向けた。
「...あれ?今から外回りですか?」
「えぇ、まだ最後のメンバーを探す必要がありますので...」
先日、島村さんの手助けもありシンデレラガールズメンバーは遂に14人となった。
然しながらメンバーの定員は『15人』であり、このままでは1人足りていないのが現状ではある...しかし私自身しっくりくる人を見つけられていない為、こうやって渋谷さんの時と同じように街頭でスカウトするつもりであった。
「確かに外で探してみるのも大事ですね...」
理由に納得したのか彼女は頷くが、そのまま続けて
「けどあんまり無理はしないでくださいね?タダでさえ最近武内くんは無理して頑張ってるんですから!」
そう釘を指してきた。
確かにここ数週間のうちの殆どは残業を行っており、充分な休息が取れていないのは事実ではあったが、それでもまだ自分自身としては体力に余裕があると感じていた。
「分かりました、善処します」
「...ホントに無理だけはしないでくださいね?」
私は後ろから聞こえる呟きを受けながら、事務所の外へ繰り出した。
○○○
さて、外にいきなり出たとしても普通の住宅街などで探していては見つからないのが落ちだということはわかっている。
実際の所、最近では場所を選ばずにスカウトすると警察のお世話になる事も分かっている。だが、ここで諦める選択肢はない。
日もすっかり傾き、夕暮色に染まるいつもの街。
丁度下校をしている学生や定時退社のサラリーマンが比較的明るく帰宅を急いでいるというのに、何でこんなにも寂しく感じるのか...と感傷に浸りつつ目的地へ歩く。
目的地は駅近くから続く商店街の中だ。この時間帯は人通りが多い。それを狙っているのか相応にバンドメンバーやシンガーソングライター...所謂バスカーに分類される人々が数多く存在するその道の者にとっては激戦区であった。
だが今日は珍しく、そのバスカー達が少なく見えた。
無論全く居ないという訳では無いが、直線の見える範囲だけで2人か3人ほどしか居なかったのだ。
(珍しいですね...いつもなら10人程は居るのですが...)
取り敢えず気にしても仕方がない、プロジェクトメンバーの残り1人を探す為に歩みを進める。
何の気なしにすれ違う人々を眺めるが、その人達もいつもより少なく見えた。
ふと、商店街から大通りに出る細い路地が目に入った。
空は相変わらず茜色に染まっていたが、ポツリポツリとアスファルトに水滴が落ちる音が聞こえ始めていた...雨だ。
「なるほど...夕方から雨でしたか」
忙しくて天気予報すら見ていなかったなと自覚する。雨ならば目的となるスカウトすべき人もなかなか居ないだろうし、そもそとこれは本格的に降りそうだが自分は傘を持っていなかった。
一旦大通りに出てコンビニの傘でも買おうと思い、小雨の降る夕暮れの路地を駆ける。
「...ねぇ、そこのズブ濡れのお兄さん?」
鈴のなる音が聞こえた。
淡い水色とも緑ともつかぬ輝く髪が目の前を翻る。
比較的華奢な体は儚さすら感じるが、細い路地と廃店と閉まったシャッター、そして大きなクラッシックギター...これらが不思議と調和した非常に美しい少女がそこに居た。
「傘を持って来忘れた仲間同士、1曲聞いてみませんか?」
一見すると高校生程だろうか?非常に大人びた雰囲気を纏っているためもしかしたら大学生かもしれない...そんな不思議な少女が先ほどの声掛けと変わらない鈴の音をコロコロと響かせる。
本来ならば何ともない日常に含まれるであろう光景、彼らが歌い私はそれを聞き流すなんの特別性もない1幕。
「...では、1曲お願いします」
ほんの少しも悩まずに決めた、この出会いは何となくだが私の心の奥底から待ち望んでいた必然のようにすら感じたからだ。
「...! ありがとうございますっ!」
一瞬間が空いたがパッと花開くような笑顔を見せた少女。
島村さんを思い起こすような素敵な笑顔を持ったその少女の話を聞くと、どうやらここの近辺でバスカーを始めて長いが立ち止まる人はとても少なかったと言う。
「まぁ私自身、歌う曲がオリジナルなのも理由の一つかも...」
「オリジナル...もしかして作詞作曲はご自身で?」
「あっ...はい、一応自分自身の曲になります」
人が止まらないのも必然と思うと同時に、非常に稀有な才能を持った人だと感じた。
作詞作曲を全て自分1人で行うというのは非常に難しい、高校生ほどの頃であれば尚更...然しながら彼女は自分自身で作詞と作曲を行い、それをここで弾き語りしているという。
しかし聞き慣れた有名曲ではなくオリジナルの歌を歌うと言うのは、まず作詞作曲の面で認められる必要がある。
「まぁ...そこまでしてでも歌うのが好きなのもあります」
彼女は伏し目がちにそう呟いた。
思った以上に話し込んでしまったようだ。夕焼けは更に強まり、東の空は既に闇へと沈み始める。
降り始めた雨は静かな雨音を響かせながら、時折近くを通る車の音がやけに耳に残った。
「あっ...じゃあそろそろ弾きますね!お待たせしてすみません!」
こうやって話している途中で準備が出来たのか、改めて彼女がその大きなギターを持ち直す。
淡い水色のマニキュアが塗られた白魚のような指が、ギターの弦をポロロンと弾く。
「何かこんな雰囲気の曲がいい...とかリクエストありますか?」
「そう、ですね...では今の天気に合う曲を1曲」
「...夕暮れ時の小雨にですか?それなら丁度いい曲が一つ」
彼女は軽く足でリズムを確認すると、一つ咳をして改まり曲名を告げた。
「では歌います、『いつもより泣き虫な空』」
私はそこに『歌姫』を見た
続かない