「...何故、でしょうか」
若干動揺したプロデューサーさんの声がやけに耳に残りました。私も釣られて思わず手を強く握り込む。
「...私も理由聞いてもいいですか?初音さんはアイドルに興味はあるんですよね?なのになんで...」
私からも問いかけます。さっき電車の中で聞いた曲はみんなノリノリで歌う事が楽しくてしかないって感じだったのに、いまの初音さんはそんな雰囲気が全く無いんですから。
「...あの、私は歌う事が好きなんです」
彼女はほんの少し間を置くと、グラスに入った氷を鳴らしながらそう語り始めました。
「歌が、好きなんです」
歌う事しか知らないんです
「希望を歌い、絶望に嘆き、勇気を奮い、臆病に逃げる」
希望は破れ、絶望も知らず、蛮勇を掲げ、無謀に挑む
「愛に焦がれ、恋に敗れ、友情を尊び、無を好む」
愛を忘れ、恋を嫌い、友情を失い、無が残った
「ぜんぶ、歌いたいんです。歌う事が私の全てなんです」
全部歌おうとした、歌おうとしたんだ
「歌う事が私の存在意義と言ってもいいんです」
歌う事しか出来なかったんだ
「だから」
「まだ、『アイドル』に縛られる訳にはいけないんです」
「凄い人、でしたね」
「...そうですね」
言葉が出ませんでした。
初音さんはあの後すぐに用事があるので帰りますって言って帰っちゃいました。多分きっと用事があるって言うの、デタラメなんだと思います。だって目が拒絶してましたから...
横を見ると、プロデューサーさんも伏し目がちになってどこか暗い雰囲気を纏ってます。
「と、取り敢えずプロデューサーさん!この後どうしましょうか?」
沈黙が苦し過ぎて何も考えずに声を出しました。
このまま考えていると、どこまでも思考の渦に巻き込まれそうで...
「そう、ですね...取り敢えず今日の所はこの位にして島村さんの家へ送ろうかと」
「そっちじゃなくて初音さんの事ですよー!」
「あぁ、えぇ...少し考えてみます」
そうあまりハッキリとしない返事をすると、またプロデューサーさんは考え込むようでした。
...私も、何か出来ないかな?
「あのっ、プロデューサーさん!少し...あの、お願いしたいことがあって」
○○○
春先の土曜日、こんな日はよく商店街は人の濁流に飲み込まれる。春は出会いの季節であり、例えば大学生であれば新入生同士の付き合いで服を買ったり遊びに出かけたりするだろう。
無論それ以外にも高校生や主婦、キャリア持ちの人々も休日を謳歌するべく現れる。そういう日こそ、特にそういう日の午前中こそバスカーにとっての狙い目だ。
より多くの人々に自分を知ってもらうために、彼らは路上で己を叫ぶ。そういう私も...
「こんにちは!昨日ぶりですねっ!」
昨日と同じ場所で、またあの子に声をかけました。
まだお昼にもなってないぐらいなのに商店街は人でいっぱいで、けど初音さんの髪はとっても綺麗なので遠目でも凄くわかりやすかったんです。
「あっ、えーっと...たしか卯月ちゃんかな?」
「そうですそうです!島村卯月です!」
よかったぁ...あんな別れ方したので不安だったんですよね。
「あー、うん...で、卯月ちゃんは何しに来たの?」
「あっ、えっとぉ...そのですね」
「...そっか!聴きに来てくれたんだよね?そりゃ当然かぁ」
初音さんは一人合点したのか、いそいそとギターを出そうと肩下げのケースを下ろしました。
わぁ...!あの歌が生で聴けるんだ...って違う違う!
「えーっと...そうじゃなくって!」
「...じゃあ何しに来たの?しかも1人で」
「あの...少しだけお話しませんかっ!?」
陽があるところに陰があり、光が強ければ闇は深まる
「あー...えーっと、その...あはは」
「.........」
「はは...」
会話が、出てきませんっ!
あの後私達は近くの喫茶店『Moonbucks』に入ったんですが、さっきから初音さんはこちらをずっと眺めてきてて...あっ、睫毛も髪の毛と同じ色なんだぁ。
「で、卯月ちゃんは何を話に来たの?」
「そうでしたっ!...初音さんのこと色々聞いてみたくって」
「あー、その初音さんじゃなくてミクの方でいいよ?あんまりそっちで呼ばれるの慣れてないし」
「やった!ならミクちゃんっ!色々お話しませんか?」
「...いいよ」
ミクちゃんはちょっと困った様な、けど少し楽しそうな笑顔を浮かべながらそう言いました。
釣られて私も自然と笑顔になります。
「で、どんな話を聞きたいの?」
その言葉から話題はどんどん膨らみました。
好きな食べ物から始まって、バスカーさんはどんな生活を送ってるのかとか、こうやって音楽活動を初めて何年くらいなのかとか...他にも特技の話とか色々いっぱい。
「凄いです!ギターだけじゃなくてピアノやドラムも出来るんですねっ」
「プロほどじゃないけど一通りやった事あるから出来るよ?他にも、バイオリンとかサックスとか...」
「ほへぇ〜...ホントに色々できて凄いです!ちょっと憧れます!」
「そんな事ないよぉ〜、私の知り合い?みたいな人だともっと上手くドラムとか叩けるし...」
ミクちゃんは少し照れくさいのか頬を掻きながらそう言いました。ほんのちょっと隠れたその頬は淡い桜色に染まってます。
「いえいえっ!私なんかこの前初めてのレッスンで転んじゃって、ほかの2人にも先輩面しちゃった後だったんで凄く恥ずかしくて...とにかくっ!なんでも出来ちゃうミクちゃんは凄いんですよ!」
「うーん...そうかなぁ?」
実際の所、私から見てもミクちゃんは才能の塊に見えます。まず歌声は透き通るような可憐な声ですし、ネットに上がってたダンスだと私が見てきた中で一二を争うくらい上手くてキレがありました。
他にもさっき言ってたギターやピアノとかの楽器が凄く上手に弾けたり、何よりすっごく可愛いですし!
「でも...私は卯月ちゃんの方が凄いと思うけどなぁ〜」
「ほへ?私が...ですか?」
「うん、私が思うにすっごく珍しい才能を持ってると思うよ?」
ミクちゃんより凄い才能...何のことでしょう?
ダンスも歌もあんまりだし...あっ、もしかしてプロデューサーさんが褒めてくれた笑顔...とか?
「多分考えてる事と違うと思うよ?」
「えっ...笑顔じゃないんですか?」
「あぁ、うーん...まぁある意味そうとも言えるんだけど...卯月ちゃんのなんて言うか...馴れ馴れしさ?」
「なっ...馴れ馴れしさ...」
ちょ...ちょっとショック...私って馴れ馴れしかったんですか...次からは気をつけないと
「あっ違うよ!別に悪い意味じゃなくって...なんて言ったらいいのかなぁ?遠慮がないっていうか...」
「うぐっ」
「あー、好奇心旺盛な...子供?」
「こ...こども...」
「...なんかごめん」
「いえ...大丈夫です...」
え...遠慮がない...心にグサーっと来ました...
いえ、多分そんなつもりはないと思うんですけど...ミクちゃんって結構毒舌というか...
「とにかく!なんて言うかその心の壁をぶち壊す感じ?初対面の人とも沢山話せるでしょ卯月ちゃんって」
「えっ、ま、まぁそうなの...かな?」
「うん、絶対そうだよ!...ぶっちゃけ私、感じ悪かったでしょ?それなのにこうやって話してるでしょ?」
「いえ!ミクちゃんは全然感じ悪くなんかないですよ!それにこうやって話してるのは私が話したかったからですし...」
「それでも...だよ。普通の人はあそこまで拒絶したら話しかけようとすらしないし、そもそもこんなに楽しくお喋りなんて出来ないもん」
「そうですかね...?全然気にした事ありませんでした...」
初めて言われました...そんなに凄い事なんですかね?誰とでも楽しくお喋りしたいなんて普通の事だと思ってました...
「うん、凄い事だよ...少なくとも私なら私とは会話したくないし...こんなに相手を機嫌よくする事なんて全然出来ないもん」
「えへへ...そんな事初めて言われました...」
「ならこれからは誇った方がいいよ!もっと自分の長所を理解して頑張るのが生きていく上で一番大事だからね」
「はいっ!頑張って誇りたいと思います!」
...会話がひと段落ついた所でミクちゃんが立ち上がりました。どうしたんでしょう?もしかしてお手洗いかな?
「さてと...じゃあちょっと場所変えよっか?私の家に行こ?」
「えっ?ミクちゃんの家...ですか?なんで?」
「だってあの堅物プロデューサーさんから頼まれて来たんでしょ?『卯月さん...すみませんがあの初音さんを口説き落としてください』って」
思った以上に真に迫ったプロデューサーさんの声真似に思わず笑っちゃいました。ミクちゃんは声真似まで上手なんですね!けど...
「いえ?別に頼まれてませんよ?」
「...え?」
「え?」
助走なんですわ、より高く飛ぶためのね