魔王襲来の日から幾ばくかの時が経ち、太陽は東から西へと巡り廻る。
とはいえ、まだまだ暑いこの頃。やれ、九月に秋分があるのがおかしく感じるほどである。
ささ、ここ最近は色々とありすぎて大変であったが、あの魔王に吹き込まれたことが支えになっているのか、須賀京太郎の心は軽い。
__よし!今日も麻雀頑張るぞー!
彼は今日も今日とて麻雀を打つようだ、麻雀部員だから当たり前か。
ようやく授業の終わりを告げる鐘が鳴ると、大きな伸びをして、退屈から解放された喜びを嚙みしめる。
よく分からない古典の授業なんぞ、ただ眠たいばかりである。その気持ちはよく分かる。
やれ、助詞が云々…玉虫が云々…今日の題材は特に意味不明であった、日本語訳ですら理解ができない。
そうこう考えているうちに、特に何もないSHRが終了し、自由の時間が訪れる。
彼は颯爽と部室に向かう、人混み溢れる廊下をサッと走りぬき、友達には軽い挨拶をして、ひと気の少ない旧校舎へ。
二段飛ばしで跳ねるように階段を通り抜け、やってきました我が部室。
ガチャリと開けると、ステンドグラスに光が差して、まばゆいほどに輝いている。
__いつ見てもこの部屋すごいよなァ…
こんな零細麻雀部に与えられているのが不思議なくらいの豪華なお部屋、今となっては相応しい部屋である。
そんなことを思いつつ視線を下に戻す京太郎、すると誰かがパソコンとにらめっこをしているではないか。
あのピンク色の長い髪といったら…必然、一人である。彼が入ってきても無反応なのも彼女だからこそだ。
「おう和、またネトマか」
「!?」
そんな彼女の集中を切らさないようにそっと声をかける京太郎。
しかし逆効果だったようだ。原村和、急にイケボが聞こえてきたので体をびくりと震わせて、思わずぬいぐるみを抱きしめる。
そんな彼女を見て申し訳なく思う京太郎、どうやら集中を切らしてしまったことを悔いているようだ。そんなこと気にしなくてもいいのに。
ささ、こちらは原村和、何を思っているのだろうか?少し心を覗いてみよう。
(わ、わわわ!す、須賀君が居ます!)
うーんこの、後ろから話しかけられただけでこの有様、防御力は皆無に等しい。
まあ、彼女は男性というものに不慣れな上に、そもそも色んなとこを転々としていたので友達も少ない。
そのため、距離の測り方がよく分からないというか、初心な割には大胆なことをしたりするのである。この前のあすなろ抱きのように。
頑張って返答しようとするも、悲しい哉、情報処理が追い付かないようだ、短く
「はい、そうですね」
と答えるのみ。しかも無表情。完全なる塩対応である。岩塩のように硬い、カチカチだ。
これで脈ありと思う男性がどこにいようか?いや、いない。ナンパ野郎ですら瞬時に諦めそうな対応だ。
とはいえ相手は京太郎。彼女に対する理解はあるので、集中しているんだなァ、と思うばかりである。プラマイゼロだ。
しかし、原村和は違う。
(ああああ!!やってしまいました!!せ、せっかく二人きりですのに…)
この後悔っぷりよ、中々に錯乱している。リーチしているのにあがり牌を見逃してしまった時よりも慌てている。
まあ、最近は数少ない二人きりのチャンスを自らの行為によってふいにしたのだ。これでは生き残れない。
頭の中では混乱状態、こんなお茶目な一面を少しでも表に出せれば彼も少しはときめくと思うのだが、そんなことは彼女は知らない。
それでもパソコンの画面はたんたんと、見事な最適解を見出してサッとツモった6000オール。これで一位に浮上する。
長年にわたり鍛えてきたデジタル麻雀はそう簡単に崩れないようだ、本体がこんな感じでもしっかりと機能する。
(どうしましょう…なんだかゆーきも積極的に動いているようですし…このままでは…)
はた目からすると、カチカチと無心にクリックしているようにしか見えないが、頭の中は焦りに焦っている。
親友が何かをしているのは分かっているようだ、ただまあ、まさか頬っぺたにキスをしているとは思っていない。
因みに、咲さんと染谷先輩も中々動いているのだが、そんなことは何も知らない。デジタルの申し子なのにこの情報量の少なさよ。
ん?竹井部長はどうしたかって?あれはこれと正反対に見えて似ているところも多いんだ。あっちの方がやや積極的ではあるが。
さてさて、云々唸っている原村和は置いといて、渦中の須賀京太郎はどこに居るのだろうか?ソファーで教本を読んでいるのか、ベッドで仮眠を取っているのか。
__あー、そこはそうやって切るのか…打点の期待値的にはそっちの方がいいのか…
実はそのどちらでもない。彼女の後ろに佇んで、彼女の打牌をじっと見ているのだ。その切り方と自分の答えを照らし合わせてお勉強中である。
確かに、彼女に関してはよっぽどのことがない限り正解を常に示し続けるので、何切る問題のように利用できるのである。
ただまあ、それは彼女が絶対的に正しいと思わなければ出来ないのだが
彼は彼女に対して、デジタル麻雀においては全幅の信頼を置いているので、このように素直に和が合っていると思えるのである。
(…早く終わらせてしまいましょう)
そんなこととはいざ知らず、さっさとこの卓を終わらせて愛しの彼に絡みに行こうと考える原村和。
後ろを見てみろ、そこにいるぞ。
ささ、早めに役牌を鳴いて、さっと安手で局を終わらせ半荘終了。勿論、彼女がトップである。
(さて、須賀君はどこに…)
「やっぱ和はすごいなぁ」
ピシリと何かにひびが入る音がする、吃驚しすぎて心が耐え切れなかったようだ。
硬直する原村和、ソフトが破壊されたのでハードが動かなくなったようだ、現在修復中である。
「あのさ、南二局のところで聞きたいのがあるんだけど、牌譜確認してもいいか?」
そんなことは何も知らない京太郎、純粋に気になるところがあったようだ、パソコンを指差しそう尋ねる。
フリーズしている原村コンピュータではあるが、彼の頼みならばとなんとか動作して、南二局の牌譜を表示する。
ちなみに無言である。クリック音だけが響き渡る。
「ここなんだけどさ…~」
そんなことは気にも留めず、彼は自分の答えと違ったところを質問し始める。その目は真剣であり、集中していることがありありと伝わる。
よかったなのどっち、彼が器の大きい人間で。こんな対応でも少しも気にせずに話しかけてくれるではないか、こんな男はそうそういないぞ。
(…はっ!早く須賀君とお話ししましょう!)
修復できたのはいいものの、なんかズレてないか原村さん?
「そうですね、確かに須賀君の切り方もありですが、こちらを切った場合と比較して…~」
「ふむふむ」
おやおや、どうやら大丈夫そうだ。突然、関係ない雑談をし始めるのではないかと心配したが杞憂であった。
彼女の説明は理路整然としていて、分かりやすく対照して教えてくれる。これもあらゆる確率計算を一瞬にして出来る彼女の特権だ。
そんな説明を彼を頷きながら聞き、分からないところは説明を止めてもらって質問し、理解をさらに深めていく。
これぞ麻雀部のあるべき姿だ!この前のようなキャバクラ状態などあってはならない!健全な高校生のあるべき形である。
ささ、彼女は彼に恋しているみたいだが、そういう分別は出来ているようだ。他の部員のように私利私欲には…
(ちゃんと須賀君とお話しできてますね、これで一歩進みました!)
何を言ってるんだこいつ、馬鹿なのか?
あろうことかこのピンク、会話というか部活内でのやり取りをしただけで満足していないか?
それをアプローチだと思っているのか?いや、間違ってはいないが、当たり前というかなんというか…
確かに一歩進んでるかもしれない、しかしお前がそうこうしている内に他の人は全力疾走しているぞ?いいのか?
「~ということです」
「おお、なるほどな!俺もこれからは意識しないとな!」
説明を終えてやり切った感を出しているのはこのピンク、微笑みながら彼の様子を眺めている。
彼も喜んでくれているし、この調子なら…という希望的すぎる観測をしている。これはヤバい!負ける!
数話前の異常な程のスキンシップをしていた原村和さんは何処に行ったのだ!?
次に続く
前話の魔王咲さんからのこの落差よ、安心した?
いつもお気に入り登録や感想等ありがとうございます。
咲さんの話は人気だったんですかね?特に感想が多い気がしました、ありがとうございます!