パソコンを起動し、ブラウザを開いて、お気に入りからネトマのアドレスをクリックする。
何やら荘厳な感じのホームページにたどり着き、ログインのところに行ってから、入れるパスワードは京太郎のもの。
さ、彼のページにようやく着いた。わずか数分の道のり、されどとても長く感じた。
__やべえ、緊張するな…
それもそのはず、京太郎の後ろにはデジタルの申し子、ネトマ界最強、公式チート、そんな渾名を冠する少女、原村和がお行儀よくちょこんと座っているのである。
しかもその少女、容姿端麗、才色兼備、純情可憐、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、そんな容貌をしているのだ。
こんな女性と二人きり、緊張しない男性がいるだろうか?いや、いない!女性慣れしてない男子高校生ならすでにショック死だ。
彼は、単純にネトマの達人とも言える人物が真後ろで自分の打牌を見ることと、絶世の美女が真後ろにいるというダブルパンチによって、もう息も絶え絶えである。
「さ、始める前に、まずは牌譜を少し確認しましょうか」
鈴を転がしたかのような声が聞こえる。一瞬頭の中でラグが発生するが、慌てて牌譜のところをクリックする。
「あー、どれがいいかな?」
「そうですね…これとか見てもいいですか?」
ズラッと並ぶ牌譜の数々、最近は調子がいいので高順位のものが多い。その中でも、ギリギリ一位になった牌譜を指差す彼女。
後ろからスッと出てきた指は白く、細く、儚げに感じたが、機械のような力強さと精密さをも感じさせた。
寸分の震えもなく、ジッとピタリと指をさす。恐ろしいほどである。
「おっけー、これな」
そんな思いは少しも出さずに、ただカチカチとマウスを押す。すると、全ての牌が開かれた一局が始まる。
偶には使っていた機能ではあるが、慣れてはいない。相変わらずの情報量の多さにどれを見ればいいのか混乱していると
「少しいいですか?」
これに短く返答すると、彼女は椅子を真横に移動させ、マウスに手を添え、この一局を物凄い速さで回していく。
驚きのあまり、思わず彼女の顔を覗くと、頬は赤みがかっているものの全くの無表情で、目だけがせわしなく動いている。
__まじか…やっぱ流石だな
再び画面に目を移すと、相変わらずのスピード感、テトリスレベル99を彷彿とさせる。
この速さで卓を回しても情報を処理しきれるというのは物凄いを通り越して一種の才能である。
彼女にオカルトはないかもしれない、しかしながら、この情報処理能力はそれに匹敵、いや凌駕するかもしれないほどである。
彼はそういうところも分かっている、彼がどんなに努力してもここまでになるのは厳しいと、しかしそれに近いものは欲しいのだ。
ささ、そうこう考えているうちにもう南四局だ。彼もざっくりとは見れたので、どんな闘牌だったかは思い出せた。
__これは結構放銃とかもしてたけど、積極的にアガリを目指せてたなぁ、その結果なんとか一位取れてよかった
かなりのシーソーゲームだった。連荘も多く、ネトマの半荘にしてはかなり時間がかかったのを覚えてるし、最後でまくったときの興奮は今でも忘れられない。
さて、彼女は牌譜を一通り見終わったようだ。さて、どんな言葉が飛んでくるかと背筋を伸ばして待っていると
「そうですね…基本的な部分はかなり固まってきているのが分かります」
「この半荘はアガることをとても重視したのもよく伝わってきますし、点数も高めになるように動いていたのも分かります」
もっと厳しい言葉が飛び出してくるかと思っていたがこれには拍子抜けである。なかなかなお褒めの言葉だ。
「そうなんだよ!しっかりと牌効率だけでなく打点も意識することが出来たし、積極的にリーチかけれたのも自分でも良かったかなぁって」
心の中で防御態勢を取っていたが、このお褒めの言葉に気分を良くし、心がほぐされて、ガードを解いて話し始める。
その顔はニコニコしていて、まるで良い点をとって褒められた子供のようにはしゃいでいる。
「そうですね、そこはとても良かったです」
「ですが、捨て牌もちゃんと牌効率の計算に入れないといけませんし、リスク管理も曖昧だと思いました」
「あがれてもたったの2000点ぐらいしかないのに押したり、リーチする場面も何個かおかしなところがありました」
とはいえ流石に完璧とは言い難い、スラスラと反省点が口から出てくる。京太郎、自身が気づかなかったようなとこにも気づいているようだ。
彼女はいそいそとマウスをいじると、そのおかしな場面場面の解説を始める。
やれ、ここはリーチしても打点が上がる確率は低いのでダマで待ってもよかったし、逆にここは即リーチの方がいいだとか、ここは捨て牌見るとこれが切れてるからこっちの方が効率がいいだとか、etc…
そんな説明をしっかりと聞きつつ、教本でもそうだったなと思いだしつつ、自分の中で咀嚼して、しっかりと血肉として昇華する。
彼女の素晴らしい解説を聞いているとふと思う。
__スラスラと色んな場面の解説をしてるけど、これって…
気づいてしまったようだ。そう、彼女はあの速さで牌譜を確認しつつ、どこでどうミスっていたかを全て覚えているのだ。
だからこそ、一瞬の滞りすらなく、機械のように淡々と、尚且つ理路整然とした解説を構築しているのである。
思わず背筋が凍る、住んでる世界が違う。そんな彼女ですら頂上ではないのだ。頂上付近に居るだけなのだ。
ただ、そのことがなんとも、なぜかとても嬉しく感じてしまった。
「やっぱ凄いな」
思わず言葉が零れる、そんな言葉にキョトンと首を傾げる和、あどけない子供のようでとても可愛らしい。
「何がですか?」
彼女は聞き返す。ただ解説していただけの彼女からすると、普通のことかもしれない。だが、こっちにとっては凄いことだ。
「いやだって、あんなに速く牌譜を確認して、それでいて完璧な解説をするだなんて…凄いぜ!流石だな!」
そんな気持ちを真っ直ぐ伝える、他人を褒めて悪いことなんて何もない、気恥ずかしさなんて少しもない。
純粋に感心し、語彙力はそこまで良くないので単調な言葉ではあるが、ありったけの想いを伝えるべく抑揚をはっきりさせる。
「いえ」
しかし、短く否定される。
「いつもあんなことが出来るわけではありません」
彼女は凛とした声ではっきりとそう述べる。
「そうなのか?」
「ええそうです」
どういうことかよく分からない、いつも出来るわけではないのに、じゃあ何故今は出来たのか。
その疑問はすぐに氷解することになる。
「だって」
なぜなら
「須賀君のためを想っていたから、こんなに集中できたのです」
彼女がこんな言葉とともに微笑みかけたのだから。
麗しいとはこのことだろうか、そんな彼女の言葉によって心は暖まり、奥底から喜びが湧き上がる。
__や、やばい、にやけてしまう
そんな喜びを隠しきれず、表情筋は勝手に動き、にやけ顔になってしまう。
そんな顔を誤魔化そうと、口元を手で隠して、一言
「そ、そうか、ありがとう」
こう言う。変な風に思われないだろうか、どもっていないだろうか、そんなことばかり気になってしまう。
彼女はそんなことを分かっているのだろうか、いないのだろうか、どっちなのかは白黒つけ難いが
「ふふふ、どういたしまして」
こんな風に返されてしまう。クスクスと微笑みつつ、真っ直ぐ顔を見据えられる。
恐らくバレているのだろう。余計に気恥ずかしさがまして、顔をさらに隠さなければならなくなる。
そんな彼の様子を見て、何を思ったのか、天然なのか
「どうして顔を隠すのですか?こちらをしっかり見てください」
そんな言葉とともに京太郎の手首をそっと握り、グッと強い力で押しのけられる。
そんな彼女の行動に抵抗できず、いや抵抗する気が起きず、顔が露わになってしまう。
彼女の瞳がジッとこちらを見つめる、すぅっと透き通っていて、そしてその奥では磨き忘れた真珠のような、いや、違う、そんな綺麗なものでは…
なぜだろうか、鼓動が速まる、息が、肺が、苦しいような錯覚を感じる。
「じゃあ、反省をしましたし、早速打ちましょうか」
しかし、彼女はそんな彼の顔をしばらく見つめた後に、何でもなかったかのように手をマウスに乗せ、予約のボタンをクリックした。
次に続く