ここは何の変哲もない旅館、そんな旅館の一角にある雀卓のある部屋、普段ならば宿泊客が和気藹々と麻雀を打っているのだが今日はなんだか雰囲気が違う。
具体的に言うと、なんか空気が澱んでいるというか、魔界への扉が開こうとしているというか、プレッシャーが半端ないというか、和気藹々からはほど遠い。
どうしてこんなことになっているのか、そのプレッシャーの発生源である雀卓では清澄の部長、ステルス娘、カマボコ、そこのお前、彼の後ろには加治木ゆみが座っている。
この卓、そばにいるだけでピリピリと緊張が伝わってくる。主にこの二人、竹井久と東横桃子の表情はまさに修羅、もの凄い形相になっている。
ただ麻雀をするだけなのにこうなっているのはなぜなのか、それはそこのカマボコが注いだ油が原因だ。
「じゃ、とりあえず半荘やって、一位の人は最下位の人に一つだけ命令できるって感じでやるぞー、ワハハー」
定番の罰ゲーム、普段であれば微笑ましいものであるが、今は事情が大きく違う。この卓で最下位になりそうなのは必然…
「変なことは無しですからね」
「ま、要するに一位になればいいんでしょ」
「頑張るっす!」
須賀京太郎、彼である。ステルス少女に全国優勝校の部長、そこのワハハも中々な手練れである。純粋な実力では彼が圧倒的に遅れを取っているであろう。
彼は罰ゲームと言っても微笑ましいものだろうと思っているが、そこに居るのはお前を狙っている肉食獣なのだ。何を言い出すかは分からない。その気になればちょっとアレなことも命令して…ってな感じにもなる。
たとえ罰ゲームと云ってそういうことをやったとしても、彼は最終的には受け入れてしまうだろう、恥ずかしいという思いはあったとしても、嫌っていうわけではない。むしろ役得と思うぐらいである。
しかし、今回は後ろに加治木ゆみがついている。彼女の奮闘次第では彼を最下位から回避させることも可能なのだ。かなり奮闘しないときびしそうではあるが…
では、現在の各人の目的を見てみようではないか。
竹井久、須賀京太郎を最下位にして自分が一位になる。東横桃子が一位になることは最悪。
東横桃子、上に同じ。竹井久だけは一位にしてはいけない。
蒲原智美、なんでもいい、好き勝手引っ搔き回す。
須賀京太郎、最下位にはなりたくないなと思っている。もし一位になったら何しようかなとか考えている。
加治木ゆみ、須賀京太郎に最下位を回避させ、竹井久と東横桃子のどちらともアクションを起こせない状況にするのがベスト。
蒲原智美はホントにただの傍観者である。だからこそ突飛な策を実行に移せるのだが…この修羅場をどうする気だ!?
須賀京太郎も渦中の人物であるのに楽しみだなーとかしか思っていない。まさか罰ゲームで彼女らが好き勝手命令しようと画策しているなんて思ってもいない。
それもそのはず、竹井久と東横桃子からの恋愛感情的な好意をぶつけられていないのだ。
たしかに二人ともアプローチはしている、しているのだが、この男、鈍感である。鈍感というか、麻雀少女は基本的に麻雀強い人が好きという誤った情報を信じているため、そのアプローチを自分の勘違いだろで済ませてしまうのだ。
ああなんというか、恥ずかしがり屋の少女からするとなんて酷な話なのだろうか。好きです、と言葉でハッキリと伝えないとダメだなんて…それが出来れば苦労しない。
しかし、今回のこの罰ゲーム、これをうまく使えば彼に急接近してあわよくば…ぐへへ…ってことも可能なのだ!そんな妄想を脳内で繰り広げている二人の恋する乙女たち、そんな思いは不敵な笑みとして表面に出てしまっている。
おい、そこの乙女たちよ、愛しの彼が少し引いてるぞ、なんか怖いなぁって思われてるぞ。少なくとも乙女がしていい顔ではない。
「とりあえず、普通に打ってみてくれ」
「分かりました!」
ささ、そんなことは置いといてサイコロ回して始めようではないか。加治木ゆみはとりあえず彼の後ろで見学して、指導の方針を固めるつもりだ。たとえ教える相手が誰であろうと、教えるといった以上はしっかりと全力で指導しようとするところが彼女らしい。
で、問題はこの二人
(ステルスモモ発動っす!)
(悪いけど本気で行くわ、ごめんね須賀君)
手加減など毛ほどもする気がない、全力で点棒を毟りにいくつもりである。どちらもかなり特殊な打ち手で対策が極めて難しいからタチが悪い。全国トップクラスの曲者二人である。
おっと、そんなこと言ってると、さっそく彼がイーピンを捨てて…
「ロン、3900ね」
「ええっ!?シャボ待ち…」
上家の部長が悪待ちを発揮する、性格の悪いことにわざわざシャボに受けてスジであるイーピンを待ちにしている。これに京太郎は見事に引っかかり、さっそく点棒を失ってしまう。
しかもリャンメンで受けてリーチしていれば満貫確定であったのに…原村和が見ていれば怒ってそうな案件である。
「今のは…」
「あれは事故みたいなものだ、気にしないでいこう」
さっそく後ろの師匠に教えを乞うも、何でもかんでも対処できるわけではない。今のは回避不可ということで次に切り替えろと言ってくる。まあ、あんなの回避できるのは姫松の面白い顔の人ぐらいであろう。
さ、気持ちを切り替えて次の局に移る。この局では特に何事もなく聴牌まで持っていくことができ、しかも
__よし、揃った!
手牌は萬子で染まっている。鳴きも無し、ダマでも跳ねるので牌を曲げずにそのまま出す。そして当たり牌が出るまで牌を切っていく…が
「ロン、8000っす」
「え、あれ…おかしいなぁ…」
特に危険とも思わず切った牌が当たってしまう。しかし河を見てみると普通に危険牌である。そんなことに気がつかなかったことに対し不思議に思う。そんな彼に対して彼女は
「あー、モモは見えなくなるからこういうのがあるんだ、気を付けろ…って言っても厳しいか」
「見えなくなるって、どうすればいいんですか?」
「…頑張れ」
「そ、そんな…」
助言しようとするも、どうしようもないことに気が付き、言葉に詰まった挙句、投げだしてしまう。それも仕方ない、本人が対策を知りたいぐらいなのだから。
さて、こんな感じで二局終わった時点で既に点棒を半分近くまで削られてしまう。このペースで削られると南場に入るぐらいでハコ割れしてしまう。
「ふふんっす!」
「…」
(ワハハー、空気が重いぞー)
そしてこのままいくと、彼が最下位になってしまい、景品としてあんなことやこんなことをされてしまう…あれ、おかしいな、そういうのはヒロインの役目では…?
と、とりあえず、このままでは良くない!どうにかして彼の補助をして、何としてでも最下位を回避させなければ…
「ツモ!6000オール!」
ダメみたいですね、まさに為すすべ無し。手加減のての字もないこいつらに太刀打ちできるわけもない。しかも気合の入りようはインハイ予選以上である。調子もかなり良さげだ。
これには加治木ゆみも頭を抱えてしまう、たとえ自分が打ったとしてもプラスで終われる自信がない。いや、ハコ割れを危惧しないといけないレベルである。この二人軽く覚醒していないか?これが愛の力というものか、なんともまあ欲望に忠実である。
(このまま須賀君を飛ばせば…あんなことやこんなことが…きゃー!)
この部長、既に妄想の世界に入っている。勝ちを確信するにはまだ早くないか?しかし打ち筋は全くもって乱れず、脳内の桃色妄想を現実にすべく力強く牌を切っている。これでは慢心からの逆転なんてものも望めない。
東横桃子はさらに存在感を薄めに薄め、終ぞや卓上から消えてしまったと錯覚してしまうレベルに達してしまった。カブトムシどころかアリんこ並みの存在感である。
こんな卓で最下位になるなと言う方が難しい、しかも二人とも京太郎を狙い撃ち。いじめっていうレベルではない。一方的なリンチである。金属バットで二人がかりでボコボコにしているようなものだ。ガードのしようも何もない。
加治木ゆみは思わず天を仰ぐ、神様よ、どうしてこんな試練を与えるのですか、などと思っている。長野県決勝卓よりと同じぐらい参っているようだ。
しかし、そんな絶望的な状況であってもあろうことかこの男
「ゆみさん」
「ん、なんだ?」
「ゆみさんならこういう卓に入った場合ってどうしてるのですか?」
目から光を失っていない、卓上の牌を真っ直ぐ見つめて、どうにかして反撃の糸口はないかと必死に思考しているではないか。
これには少し驚く加治木ゆみ、こんな状況でも投げやりにならず冷静に対応しようとしているその姿は正しく勇敢であった。
__そうだな、ここで私が諦めたらダメじゃないか
そんな彼の姿を見て自分を恥じ、気合を入れ直して何とかしようと策を練る。自分がこんな状況に陥ったらどうするか、何をするかを考えて
「…私なら、読むことに徹する」
「読むことに徹する?」
「今狙われているのは君だ、正攻法でやっていったら速度で勝たない限りは放銃してしまうだろう」
「だから、相手が何で待っているかを予想するんだ、自他の捨て牌、ツモの動作、視線の動き、理牌のクセ…ありとあらゆる情報を利用する」
「では、東横さんはどうすれば…?」
「…君はどこまでモモが見えるんだ?」
「え…そこに居るのは分かりますけど…」
「なら、かなり見えている方だな、そうだな…」
彼にしっかりと伝えていくが、とても初心者向けのアドバイスとは言い難い。実を言うと相手の待ち牌を読むというのはかなり難しい、普通はスジなどからこの待ちは無いとして消去法でいくのだが…それの裏をかくのが得意なのが相手なので、待ち牌を特定せざるを得ないのだ。
彼にそれをやれと言うのはかなり酷な話である。しかし、この卓で勝ちに行くにはそこまでしないといけない。そこまでして、ようやくスタートラインに立てると言っても良い。なぜなら竹井久という雀士は悪待ちでも平然とツモれるのだ。放銃警戒したからと言って、彼女のスピードが落ちるわけではない。
そして東横桃子の対策は、幸運なことに彼はかなり見えている人間のようである。ま、道端で困っているステルスモモに声をかけられるのだから彼もなにか特殊な力があるのかもしれない。
っと、それは置いといて…見えているのであれば対策の仕様はあるなと思い、思案する。
__あ、これなら何かしらの効果はありそうだが…
すると、何か思いついたようだ。そうして彼女は顔を上げて彼に向かうものの、どうしたのだろうか?一向に口から言葉が紡がれない。
キョトンとする京太郎、そんな彼の姿を見て、なぜか睨みつけてくる加治木ゆみ。これには彼も困惑する。そりゃ急に睨まれたら怖いものだ。
彼女は睨みつけたまま、大きく一息ついて、そして
「…モモはどうにかできる策がある、耳を貸せ」
何やらひそひそ話し始めた。
次に続く
暫くは不定期投稿になりそうです。
あと、京照短編を投下しました、暇でしたらそちらもどうぞ。
いつもお気に入り登録等ありがとうございます!
最近、どこもSSがあまり投下されないからエネルギー不足…妄想でもなんでもいいから誰か書いて…
この卓、ガード不可攻撃してくる奴らばかりだから守るのは大変そう
頑張って火力かスピードで押し切るのが一番かなぁ…