__むむ、清澄の部長さんの調子が良さげっすね…
こちらの少女は東横桃子、現在京太郎もとい景品を賭けた麻雀をしている。正確には、最下位が一位に言うこと聞くというものなのだが…まあ、実質的に京太郎が景品である。
現在は三局終わった時点で二位、しかし一位との点差は二万点近く離されている。このままでは悪待ち少女に彼を独占されてしまう。
しかしながらこの少女、ただの少女ではない。影が薄いという体質を利用してステルス状態になることが可能である。自分の捨て牌も認識の外へ、チート級の能力である。
__勝負はこっからっす!
そんな彼女であれば、二万点差をひっくり返すことなんてそこまで難しいものではないだろう。ささ、そのご自慢のオカルトをふんだんに利用して卓上から消え去る。彼女を見える人などどこにもいない…はずだった。
どういうわけか、どういうオカルトか、その原理は誰も本人すらも分からないが須賀京太郎はどうやら彼女を認識できているらしい。ジッと彼女の方を見つめている。そう、彼女の顔を真っ直ぐ見つめているではないか。
集中している東横桃子はしばらくはそのことに気がつかなかったが、ふと顔を上げて周りの様子を伺うと、彼がこちらをずっと見ているではないか。今までの経験上こんなことはほぼない、なぜならオカルトを完全に発揮した彼女を視認するなど至難の業なのだから。
そんな状況に陥った東横桃子、さあ何を思うのか
__わわっ!京太郎さんがこっち見てるっす!
…自分のオカルトが見破られているとかは全く考えず、彼がこちらを見つめていることに驚いているというか、なんか嬉しがっているというか、そんな感じである。
このステルス少女、そんな彼の顔をお返しと言わんばかりにジッと見つめ返し、やっぱカッコイイなぁなどと思い始める。思わず顔がほころび、思考が軽く桃色に染まりながら牌を切る。
__…あっ、やっちまったっす!
そんな集中を欠いた状態で牌を切ったからであろう、単純な切りミスをするステルス少女。彼女はオカルト雀士であるが切り方自体はデジタル雀士。しっかりと思考しつつ打牌していかないとどうなるか
__うぅ…あれを切ってなかったら…
やはり裏目ってしまったようだ。彼女があそこで間違えていなければ、今ごろはメンタンピン三色ドラの聴牌で意気揚々と牌を曲げていただろう。一位の竹井に大きく近づける一歩となりえたはずだったが、そんな事実が彼女をさらに落ち込ませる。
そうこうしていると…
「…!ツモ!2000、4000!」
対面の彼のツモあがり、親は悪待ち部長だったので一位との差は縮まったが本当にほんの少しである。ささ、このステルス少女は落ち込んで…
__アガった時の京太郎さんもカッコイイっす!
なんだこいつ、全く落ち込んでないというか、むしろ彼のそんな姿を真正面から見れて役得だとか思っているではないか。もう、彼女の脳内はピンク色に染まってしまったらしい、思考が完全に乙女モードである。
次の局に移っても彼女の興奮は冷めやらぬ、彼がこっちを見ていることに興奮し、脈拍高く、鼻息荒くして妄想にふける。
__こうやって見つめられて、『好きだ』って言われて告白されたりなんて…きゃー!
言っておくが対局中である、だけども彼女の頭の中ではなんかお高いレストランで指輪と共に結婚しようといわれてそのままプロポーズを受け入れるところまで行っている。どうやらトリップしたまま帰ってこれないようである。そのまま新婚旅行に行ってしまった。
…というか、妄想とはいえ既に結婚まで行っているのがなんともまあ乙女チックというか、愛が重いというか…ま、まあ、そこは置いておこう。
こんな感じでこのステルス少女はポンコツ少女に退化してまるで働かなくなったので、カマボコ少女とそこの少年がアガっていって点差はフラットに…?
いやまて、悪待ち少女はどうしたのだろうか?ステルス少女がこんな状態になったからといって点棒を削られるなんておかしい、彼女は守備面でも優秀なのだが…
ちょっとばかし心を覗いてみよう
__あー、何よ、ずっと東横さんの方向いちゃってさ
この竹井久、嫉妬している。それはそれは念じて殺そうとしているのではないかと思うぐらい嫉妬している。途轍もなくイラついている。そんなイラつきからか、指で卓をトントンと叩いている。
そうである、この少女は彼がずっとステルス少女の方を向いているので勝手に嫉妬しているのだ。そのため精彩を欠き、普段ではしないような放銃やミスをしてしまっている。そのことがさらに彼女をイラつかせ、またミスをするという悪循環。
彼女もそんなことには気が付いている、それで何回も心を落ち着かせようとしているのだが…
__東横さんのあの表情…なんかムカついてくるわね
東横桃子がだらしなく顔をほころばせているのを見ると心の底から怒りが沸々と湧いてくる。まあ、たしかにあの表情はムカつく。アホ面さらしながら牌を切っているのを見るとイラついてくるのは分かる。
そんなこんなでちょこちょこ放銃していると…未だに一位ではあるが、二位との点差はわずか四千点。とても安全圏とは言い難い。
この現実にハッとする竹井久、
__あ、私のバカ!一位になれれば須賀君を好き勝手できるのに…
自分の愚行に後悔するも過ぎてしまったものはしょうがない。どうにかしてこの点差で逃げ切らなければならないのである。とはいえ幸いなことに南四局、このオーラスさえ凌げばなんとかなるのだ。
そして、どういうわけだがステルス少女はステルスしていないただの少女になっている。そのマヌケ面を他の皆に晒していることには気づいているのだろうか?いや、気づいていないであろう。
これなら行ける!唯一の不安要素が無い今であれば、この局に全力注げば間違いなく逃げ切れる!そう思うは竹井久、メンタルさえぶれなければ全国屈指の雀士である。そう思い必死に卓を見て集中すると…
__きた!
あれよあれよと牌が埋まっていくではないか、わずか四巡にしてイーシャンテン、なかなかの良形になりそうだ。アガれば何でもいい今の状況では最高の形である。
そのまま五巡目の牌をスッと引くと…なんと聴牌になるではないか!これには竹井久も心の中で大はしゃぎ、今にも踊り出したい気分である。
ささ、そこで要らない牌を切って変則三面張で待てば…
__うーん、やっぱ私はこっちね
この部長、あろうことか三面張を捨て、単騎待ちに変え
「リーチ!」
堂々と宣言して牌を曲げる、まさに意味不明、単騎待ちにしなければリーチすら必要なかったのだが…常人には考えられない発想である。原村和が発狂しそうな打牌だ。
この宣言にビクッとする三人、東横桃子はようやく現実に戻ってきたのだろう、現在の状況を把握してアタフタするも時すでに遅し。一位の竹井久はリーチをかけている。
彼女がこんな意味不明な打牌でリーチをかけたということは…つまり
__ぬるりと来たわ!
彼女は引いた牌の感触を指で確認するやいなや勝ちを確信し、その牌をスッと親指の上に持っていく。
そして牌を上にはじいて、宙で引いて
「ツモ!1000、2000!」
その牌を卓に叩きつける!大胆なツモ宣言、完全なるマナー違反である。
まあ、一位を確定させるアガリなので嬉しいのは分かるが…自動卓が故障しないかが心配だ。
さ、一位になった少女は喜びと興奮のあまり子供のようにはしゃぎまわる。それもそのはず、最下位には何でも命令できるのだ。彼女はさっそく何を命令しようか、どこまで攻めていいものか、などと思案し始める。
しかし
「じゃ、ヒッサ、最下位になった私に何でも命令してくれ、ワハハー」
「分かってるわ、ちょっとまって…って、え?」
隣の蒲原智美が何やら聞き捨てならないことを言っているではないか。
最下位は私?彼ではなくて?どういうことだと卓上の点数を見てみると…
ああなんということだろうか、親被りの僅かな分で須賀京太郎と蒲原智美の順位が逆転しているではないか。そんな単純な把握ミスをしてしまった竹井久、あまりの誤算に思わず硬直する。
「あー、くそー!惜しかったなぁ」
「そうだな、久が素直に白を切ってくれていたら逆転一位になれていたな、それでもよくやった」
そんな言葉が彼の方から聞こえてきたので、スッと彼の手牌を覗いてみると…白単騎のメンホンドラ3という大物手を抱えていたではないか、あのまま白を切っていたら一位から転落していた。
そんな事実に一瞬だけホッとするが、すぐさまハッとして
__あ、あれ…白を切ってたら、私が最下位で須賀君が一位に…
そんな事実に気が付いてしまう。なんというか、運命とは残酷なものである。麻雀や日常生活に於いては便利な悪待ちであるが、どうやら恋愛だけは真っ直ぐいかないと上手くいかないようである。
やるせなさを感じ、途方に暮れる竹井久、そんな彼女に蒲原智美は
「で、何にするんだー?」
能天気にそんなことを聞いてくる。そんな彼女に理不尽なイラつきを感じ、思わず声を荒げてしまうそうになるものの、ぐっとこらえて
「…ろ、ロビーの自販機でジュースを買ってきて」
「分かったぞー」
他愛ない罰ゲームを命令する。気の抜けた返事と共に走り去っていく彼女の後ろ姿を眺めて、この悪待ち少女はため息をついた。
次に続く