さてはて、東横桃子惨殺ショーが終了してもまだまだ卓は終わらない。
「えーっと…」
須賀京太郎は卓に座り、牌を見つめて、ただ迷う。現在東三局目。
対面に座るは宮永咲、上家に座るは加治木ゆみ、下家に座るは染谷まこ、三人とも凄腕の雀士である。
緊張感が走る、一瞬でも気を抜けば射殺されそうなプレッシャー、その一挙一動が監視されているような錯覚を覚える。
そのプレッシャーのせいか、掴んだ牌を卓に叩けずにいると
「それで大丈夫だじぇ」
後ろから聞こえる舌足らずなかわいい声、それなのに圧倒的信頼を感じさせる声。
その声に従って牌を卓に叩く…静寂の後に山から牌が取られる音が響く。
__通ったか…
どうやら通ったらしい。チラッと後ろを振り向くと、どうだと言わんばかりに笑みを浮かべている片岡優希がいるではないか。
今回の指導役はこのおてんば娘の片岡優希である。見るからに感覚派な彼女、そんな彼女が指導なんて出来るのかと不安で不安でしょうがないかもしれない。
事実、この須賀京太郎も半荘が始まる前までは大丈夫かなぁ…?と思っていた。何回か彼女に教わったことはあったが途中でしどろもどろになり、終ぞや誤魔化されることが多かった。そしてわちゃわちゃ漫才が始まるのが定番のパターン。
だがしかし、いざ卓が始まるとどうだろうか、黙々と彼の打牌を見つめるばかり。活発でじっとしていられないようなあの少女が、椅子に座ってジッとしているのだ。
ボーっとしている訳でもない、彼女は彼の打牌をまるで自分の打牌のように思い真剣に考えているのだ。思考をフルに活用して、まるでインハイ決勝の如くの集中力。
ただまあ、何も言葉を発していないのでそんなことは彼には伝わるわけもなく、彼は珍しく静かだなぁと吞気に考えるのみ。
そんな風に思いつつも東一局を進めていると、麻雀ではお馴染みの押すか引くか非常に悩む場面がやってきた。この京太郎、そんな場面に対しリスクを避けようとオリようとするも…後ろの彼女が肩を叩いてくるではないか。
チラリと見てみると、首を振ってやれやれと呆れているではないか。そんな様子を見て、じゃあ押してみるかと強気の打牌をしたところ、結果的に満貫ツモ和了。
そんなこんなで二局とも和了し、現在トップ。判断に非常に迷う場面で背後の勝利の女神が答えを教えてくれるので勝っている状態である。東場限定最強雀士は伊達じゃない。
彼が緊張しているのもそのためである、この面子から二連続和了…しかも
「…!ツモ!3000、6000!」
そのどちらも満貫である。そしてこの跳満ツモで計53000点、ダントツのトップである。こんな状況は彼の麻雀人生初である。まさしく天変地異。誤差程度の一位に一瞬だけなったことは数多あれど、こんなリードは持ったことはない。
あまりのことに顔が青ざめ、手が震え、心の臓が不規則に鼓動し始める。須賀京太郎、大量リードによるプレッシャーにより重症である。心身ともに深刻な障害を抱えだした。一位アレルギーでもあるのだろうか…?
ささ、卓を囲んでいる他の三人はどうしているのかというと…
(どうやって京ちゃんを最下位にして、私が一位になろうかな…)
(こうなったら仕方あるまい、咲が一位にならんようにせんとな)
(彼が最下位にさえならなければ…私は安全なはず…)
三者三様、宮永咲は魔王らしく京ちゃんをゴッ倒して好き勝手命令しようと画策している。染谷まこは現実的に考えて咲の暴走をどうにか止めようとしている。
そして加治木ゆみ、彼女の思考だけ方向性がおかしいが…実を言うと、とある後輩と友人から脅されているだけである。
なんとなく察しが付いただろうか?…そう、これも罰ゲーム有りで行っているのだ。どおりで威圧感が半端ないわけだ。
彼女らも恋する乙女、旅行中で浮かれ気分なのに加えてこんなチャンスが湧いて来たのだから、それはそれは気合が入るものである。
比較的穏健派である染谷まこの脳内も
(調子が良けりゃあ、京太郎と一緒に周りを散歩でもしようかと思ってたんじゃがのぅ…)
ご覧のありさ…あれ?
やはり清澄の良心とも言われる彼女の清らかさは一味違ったようである。この年相応の初々しさ、ほのぼのラブコメに相応しいヒロインの思考回路である。
ん?ジジ臭い…?それも彼女の良さの一つだ!
ささ、そんな彼女は次局の手牌を確認すると
「さて、本気で行こうかのぅ」
眼鏡にスッと手を伸ばし、綺麗に折りたたんで卓に置く。清澄高校麻雀部次期部長染谷、全力勝負の合図である。どういう手が入ったかは本人のみ知る。
それに負けじと魔王、
「んしょ」
かわいらしい声を出しつつスッと靴下を脱ぎ始める。彼女の本気の合図である。いや、第二形態とでもいうべきか。
ささ、ここに修羅が二人顕在す。下馬評通りならば宮永咲の圧倒的有利であるが、この染谷まこ、経験則に基づいた打ち手であり、この魔王とは部活で嫌と言うほど対峙している。その差は周囲が思うほど大きくはない。
そんな修羅場、その渦中の人物である須賀京太郎はと言うと
__やっぱ眼鏡外すと可愛らしく見えるなァ…
吞気。
久々に眼鏡を外した染谷まこの素顔を見て、そんなことを思っている。そりゃまあ、眼鏡外すと年相応な幼さが表面上に出てきて、美人というよか可愛いという印象になるからそんな感想を抱くのは当たり前ではあるが
この状況、この威圧感、この緊迫感、それを感じれないのかお前はぁ!?というかさっきまで死にかけていただろうがぁ!
そんな心身の異常も忘れ、ぽけーっと彼女の変貌に見惚れていると
「おい」
肩甲骨にかけて痛みが走る。鈍痛、ゴキッというような鈍く重い一撃。
これには涙目になりつつ文句の一つでも言ってやろうと振り返ろうとするも
「おい優希、いきなりなんだ…」
「集中しろ」
「あっ、ハイ」
淡々とそう告げられる。いつもは表情豊かな彼女が無表情で見つめてくるのはなかなかにホラーチックである。
さてさて、気を取り直して牌に向かうものの…
「ポン」
下家の染谷、發を鳴く。そうしてスッと出した東を
「カン」
対面の魔王、大明槓。普通であれば考えられないような打牌。しかし、カンドラをめくると…その北の文字が浮かび出る。満貫確定。
そして三索を切ると
「ポン」
また染谷、鳴いて西を切る。すると
「カン」
またまた魔王、大明槓。そしてカンドラの表示牌は…またもや北。倍満確定。
ささっ、ようやく回ってきた彼の番。しばらくドッジボールが行われたので久々のツモである。その牌を引き、そして…
__うっわ…
悩む、を通り越して胃が痛む。
この男、何かが憑いているのではないかと思うほどついている。今回もノーミスで面前清一色のテンパイまでありつけたものの
__これ…まこさんはもしかして緑一色…まではいかなくても清一色はあり得るよな
__で、咲は倍満確定だし…そしてこの牌は…
余った牌がよりによって八索である。場には一枚も出てない。緑一色の危険性が極めて高いし…そうでなくとも魔王のカン材になっている可能性も高い。
でも京太郎よ、彼女の鳴いてるのは發だ、清一色はない、混一色だ。大きな勘違いを起こしているぞ。
ささ、そんなことにも気づかずに、これはもはやここまでか…そう諦念し、テンパイを崩そうとスッと手を伸ばすものの、またもや肩を叩かれる。
えっ、と思いつつチラリと後ろを振り向くと、デジャヴだろうか、片岡優希は呆れたようにわざとらしくため息一つ。
そんなバカなと思いつつ、八索に手を伸ばすと…目をキラキラと輝かせ、しかも牌を曲げろとジェスチャーしてくるではないか。
__バカなのか?
この無謀とも言える行為は、たとえ勝利の女神等しく扱っていた彼女の進言といえどもそう容易く受け入れられるわけはない。
これには首を振り、無理だろ無理無理!という意志をなんとか伝えようとするが、そんな動作には目もくれず、いいから捨てーい!と大きく腕を振り回すのみ。
この自信はどっから出てくるものなのだと困惑しつつも、彼女は俺に見えない何かが見えているのかとも思ってしまい、それでも流石にこれを捨てるのは理論的におかしいのではないかとも思い、そんな思考がぐるぐると駆け巡り
__…えーい!やっちゃえパッソ!
どうやら頭がおかしくなってしまったのだろう、ド危険牌を勢いよく横に捨てる。因みにパッソは日産ではない、トヨタである。
こんな愚行を犯したら、そりゃ下家の染谷が牌を倒して…
「…」
「…」
「ん…!?」
倒さない!いや、倒すメリットがないと言おうか、すでに八索は三枚持っている。そして対面の魔王もかすりもしない牌であるのでスルーするしかないのである。
この狂った八索、その牌を無表情に見つめる二人、内心はものすごいことになっているのだろう。残る一人はこの暴牌を認識しきれず思わずむせる。
これには困惑する須賀京太郎、てっきり死ぬもんだと思っていたのに生きているとは不思議なものよ。そうして次巡、自分のツモを引くと…
「えっ」
三萬、もう一度見直すも三萬、思わず手牌を確認する、待ちはペン三萬、メンチンイッツーリーチ一発ツモ。
何度見直しても三萬である、面子が全部揃ってしまう、手が出来上がってしまった。
「つ、ツモ!裏は…あ…二枚!16000オール!!」
手牌を倒し震える手で裏をめくると…そりゃあんなにカンされたらのってしまう、ドラ二枚、数え役満である。
このアガリには他の三人も目を丸くして
「は、はぁ!!?」
「う、うっそぉ!!?」
「な、なんだそれは!?」
驚くしかないのである。無表情を貫いていた宮永咲と染谷まこも、流石にあの暴牌からの一発ツモ数え役満には声を上げて驚愕するのみ。
因みに…染谷まこは六索単騎の緑一色、宮永咲はカン材を抱えて嶺上開花三槓子東西ドラ8の数え役満狙いである。
致命傷…までとはいかないが、どちらも一撃で盤面をひっくり返す大物手。倒されなければ1000未満といえども、それはあくまで結果論。
八索を切るだけではなく、役満濃厚な相手に対してリーチとかいう選択、常人では思いつきもしない。しかし、そのリーチとかいう狂った選択によって倍満がさらに倍にドン!
地雷原でタップダンスするどころか、ブレイクダンスをしていたのだ。一歩間違えれば四肢が吹き飛んでもおかしくない。いや、吹き飛ぶのが普通である。
正気の沙汰ではないこのアガリ、そんなアガリを指し示した張本人である片岡優希はどうしているのかというと
「どうだ!」
薄い胸を精一杯張って満足気にしているではないか。これには京太郎、
__優希ってヤバいんだな…
もはやドン引きである。あの場面で一片の迷いもなくあの選択をするだなんて、彼の脳みそでは到底理解不能である。
いや、理解できてしまったらもはや人ではないのかもしれない。
そんな内心はいざ知らず、どうだどうだ褒めろ褒めろと言わんばかりにベタベタと彼にひっつく片岡優希、彼はただ茫然とそれに揺らされる。
卓に残された三人、空っぽになった点棒入れを眺めるしか出来ず。
次に続く
いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
思いつくがままに書いてみたら大変なことになったよ!
というかこれ…十万点超えてる…?わずか四局で75000点…?この面子相手に?
やはり優希さんは東場最強ということで…京太郎?彼は触媒みたいなものでしょう…多分。