須賀京太郎は彼女が欲しい   作:ファンの人

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47  悪女

また二人だけになる。

違うところがあるとするなら

 

「私、京太郎くんのことあまりよく知らないから」

 

「もうちょっとだけお話したいの」

 

彼女――福路美穂子の態度であろう。

先ほどまでのおどおどした頼りない姿でもなく、かといって最初の時の固く近寄りがたい姿でもなく

朗らかな雰囲気をかもち出しつつも、どこか凛として堂々としており、年上の余裕というか包容力というのを感じさせる。

しっかりと向き合いそう告げる、優しくも強かな声色で。

 

「あ、そうですね、じゃあもうちょっとゆっくり…」

 

そんな言葉を断る理由もない。彼は快く了承する。

言葉は紡がれていく。

 

「京太郎くんって、好きな食べ物とかあるの?」

 

「エビですね、いやー、エビなら何匹食べても有り余るぐらい――」

 

「――美穂子さんはなにがお好きなんですか?」

 

「そうね、私は…カレーかしら」

 

ホントに取り留めのない会話。

別段何かをするわけでもない。グイグイ押しているわけでもない。

初対面同士がするような、少し不自然な会話。お互いの情報を把握するためのような会話。

 

「いつも部活はどんな感じなの?」

 

「ふつーですよ、六人いるから四人は卓で、残りはネトマという感じでして」

 

「そうそう、最近俺も卓につくようになって――」

 

次第にその固さはドンドンほぐれていき

 

「この合宿も実は俺のために企画してくれたらしくて――」

 

「うんうん」

 

自然な会話へと移り行く。

彼が自ずと会話を繋げる、それに促進させるために相づちを打って聞き手に回る。

心地よい雰囲気、お互いが無茶をしていない、気を使わない、楽しい時間.

時の流れを忘れてしまいそうになる。そんなひと時.

 

「今の部活がとても好きなのね」

 

「ええ、まあ、でも…」

 

「?」

 

が,訪れる綻び。

楽しそうに部活の話をする彼に投げかけた問い、いや、もはや相づちだったものが流れを止める。

 

「ちょっと最近、なんというか…距離が近いというか…」

 

頬をポリポリと掻きながらそう言う彼、頬はやや赤い.

困ったような口調に反して,その顔はまんざらでもなさそうである。

 

――どうしてだろうか、そんな彼を見ていると

 

――黒い感情が顔を出すのは。

 

「…へぇ」

 

自然と漏れ出す声。

その声が怖くならないよう、震えないよう、抑え込むのが精一杯で

 

「まあ、仲良くなれたことはいいんですけど…ははは」

 

話を続ける彼の言葉があまり頭に入ってこない。聞こえてくるのに,分からない.

背を走るゾクッとした感覚、血流が昇り、体温が上がり、冷静さを欠こうとしているのが分かる。

そして反芻してしまう後輩の声

 

『この宿に来たときの様子見ると、彼、相当モテてますが――』

『多少引かれてもグイグイ距離を詰めるべきかと…』

 

清澄の彼女たちだけではない、彼に真っ先に近づいた東横さんも、衣ちゃんも、同じ想いを抱いているのだとしたら…

そして、麻雀を通じて実感した彼女たちの強かさ、それが彼に向けられてしまえば…

 

どうなってしまうのだろうか

 

 

 

「のど渇いたでしょ?お茶でも出すわ」

 

スッと立ち上がる。

お願いします、という彼の声を背にして備え付けの冷蔵庫の戸を開く。

コップ二つに麦茶を注ぐ。なみなみにはならない程度にたっぷりと。

そして彼の前に二つの麦茶を置き

 

彼の隣に座る。

 

「え?」

 

「ふふっ…」

 

こういう時、どうすればいいのだろうか。

特定の誰かの気を引いて、グイグイと距離を詰めるためにはどうすればいいか。

誰かの興味を引いたり、笑わせたりするのは苦手だった。だから同級生とはあまり仲良くなれなかった。

どうすればいいかと考えた時、とある友人が脳裏に浮かんだ。

 

――竹井久

 

そう、彼女のように接すれば、距離を詰めて思った本心を話せば,キチンと褒めることが出来れば…

 

「京太郎くんって、綺麗な髪をしてるわ」

 

「えっ、そ、それを言うなら美穂子さんだって」

 

「そうね、同じ金色で…ちょっと嬉しくなっちゃう」

 

「あ、そ、その」

 

 

そう思うと自然と言葉が出てくる。スラスラと、まるで私じゃない誰かが喋っているかのように。

思い通りに事が進む。この場を掌握している感覚、根拠はないが、確かに、徐々に距離は詰まっている。

でも、まだ足りない、もっと、もっと詰めなければ……

 

そっと、肩が、触れ合う。

 

「体も大きくて、がっしりしていて、とても男らしいし」

 

「あ、あの、それはどういう意味…」

 

「ふふっ…事実を述べただけよ」

 

しなだれかかり、肩に首を預ける。

彼の肩はちょっとごつごつしていて、固く、枕としては落第点であるものの、心地よい。

突然枕にされ、困惑する彼にいたずらっぽい笑みを返す。少し意地悪な答えを添えて。

 

困っている彼が更に困るのを見て、何故だか楽しくなってきてしまって

更に困らせてあげたくなる。

 

「ねぇ、京太郎くん」

 

「は、はい!」

 

「私はどうかしら?」

 

「へ?」

 

顔がかぁっと熱くなるのが分かる、はしたないことを言っている自覚はある。

でも、制御を失った想いは止まらなくなり

 

「京太郎くんは、見たり、触ったり、したでしょ?」

 

「!!?」

 

まるで絵本に出てきた魔女のように、小説に出てくる悪女のように、目の前の彼を搦めとろうとする。

普段の私じゃ言わないようなこと、そんな言葉が飛び出してきて、更に彼は困惑する。真っ赤になりつつもころころと表情を変えて。

 

「みみみ美穂子さんおちつい…」

 

「思った通りに言ってほしいの、その…」

 

そんな彼の頬に手を添える。真っ赤になった頬は、思ったよりも熱くなく、そこで漸く私も真っ赤になってることに気がつく。

この言葉の続きは…ちょっと下品な話になってしまう。が、長らくそれを抑圧していたせいか、いざ破るとなったとき、どうしても昂ってしまう。

 

この背徳感を孕んだ快楽は

 

「柔らかかったとか…興奮した…とか、そういったことを」

 

「あ、あわ、あわわわわ」

 

私を更に後押しする。

 

「ねぇ、正直に教えて」

 

「京太郎くんのこと、もっと知りたいの」

 

無意識的に両目を開けていた。

彼の表情、呼吸、視線、手癖、その一挙一動が目に入り、彼が慌てているのがよく分かる。

それに加え、彼が…彼がまんざらでもないということも、本気で困っているわけではないことも。

視線は宙をさまよい、顔は真っ赤であるのに、突き放そう、離れようという仕草は全くない。

 

だからこそ、余計に後押ししてしまう。

まんざらでもないということもそうだが

 

――脆い

 

彼の脆弱さに気づいてしまって。

こんな私が少しグイグイ押しただけで、こうも簡単に流されそうになっている。

もし、これが他の彼女たちであったとしても……彼はこんな風になっていただろう。

そんな予測が、私の中の黒い感情を――執着心を膨らませる。

 

ならば先に縛ってしまおう。彼の責任感の強さ、一途さ、優しさにつけ込んで。

そんな感情が心を占めてしまう。いけない方向に行ってるのは分かっている、でも、やめたくない。

 

――きっかけなんて大したものじゃないわ

――その後が良ければ,その後の彼を幸せに出来ればいいのよ

 

誰かが、そう、囁いた,気がした。

 

まず手に入れなければ始まらない.始まりなんて終わりから見れば些細なことである.

そんな思考が渦巻く。誠実とは言えない、悪女のような考え。自分が自分でないような奇妙な感覚に襲われる。

彼の良心に付け入ってきっかけを作ってしまおうだなんて,普段の私じゃ考えもしなかっただろう。

 

でも今は悪魔の囁きが聞こえてしまい

 

恐ろしくも素晴らしい考えに、頭の中を支配される。

 

「もし正直に言ってくれたら」

 

言ってくれたら、言ってくれるなら、言ってくれたのなら

 

 

なにを――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタンと大きな音を立ててドアが開く!!

 

「「!?」」

 

「おねーさん!」

「覗きは京太郎のせいじゃなくて私のせいなんだじぇ!!だから京太郎をゆる……」

 

勢いよく現れたのはこのタコス――片岡優希である。

ドアを開けるや否や、大きな声で京太郎を擁護し始める。が

目に入るのは、真っ赤になって隣り合っている仲つつまじい男女。

その女、男の頬に手を添え、顔を間近に近づけており、今にもキスできてしまいそうである。

 

「京太郎……なんなんだこれは?」

 

「ああいやそのこれはそのあれだあれあれ」

 

「そ、その、別にいかがわしいことを…」

 

「痴女は黙るんだじぇ!!」

 

「!!?」

「お、おまっ、美穂子さんに何を…!?」

 

問い詰める少女、バグる少年

弁解するキャプテンを暴言で一蹴する清澄の先鋒。

 

「ち、痴女……わたしちじょ……」

 

「し、しっかりしてください!」

 

「うるさいうるさい!!そこに直れーー!!」

 

マインドクラッシュによって茫然自失となった痴女。困惑しっぱなしの京太郎。怒号で場を収めようとする片岡優希。

まさしく阿鼻叫喚である。

 

次に続く




いつも感想等ありがとうございます.
長らくお待たせしました美穂子改めて痴女です.

基本的にこの京ちゃんはヘタレなので,襲われることはあっても,襲うことはなさそうです.
完全に被捕食者である.
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