都市の世俗的な明かりがいつもの様に暗闇を掻き消すように街を照らし出す。空は晴れているのだが、幾つか点在するように輝く少しの星々が散見するように見受けられるだけだ。
だが、それでも月だけは都市の光に負けない力強さを見せ付けくっきりと世界を照らし出す。月は誰がなんと言おうが、どれだけの時間が経とうとも変わらずそこに有る。宙に浮かぶ月へと目を凝らせば、月から差し込んだ光が都会の鼠色山々の隙間を照らしあげ奇妙であり、不可思議な影の形を作り出していた。
──良い天気だ。と、少年は空を見上げながら笑みを零す。育ての親が寝静まった深夜になると、徐に寝床から這い出ては屋根に登り空を見上げる。
月は、少年にとってどれだけ時が経とうとも決して変わらない位置で自分を見守ってくれる存在だと思っている。
「ヒュー、フヒュー 」
ピューヒュー、と殆ど音になっていない笛の音が夜の静寂の中へと吸い込まれる。夜に笛を吹けば蛇が来ると言われるがそれは瞞しだ、少なくとも十年近くこうやって夜な夜な殆ど音になっていない笛の音を鳴らしているのだから、少年は確信を持って断言出来る。
ゴロンと屋根に寝転がり空を見上げる。雲一つない空。まばらに一等星達、淡く光る星々と、それらをまとめて抱き抱えるように夜を照らし上げる月の光。太陽が出ている間では見る事が出来ない幻想的な世界。まるで世界に自分だけしか存在しない、そう思ってしまう程に美しい物が彼の視界には広がっている。
「……またやってるのか」
少年だけの筈の世界に新たな住人が現れた。その声の主は呆れたようでありながらも慈しむような声色でそう少年へと声を掛けると、寝転がる少年の隣へにドッカリと座り込み少年と同じように空を見上げた。
「寝れないのか? 」
その言葉に少年は首を縦に振ることで肯定の意を示す。そんな姿を見て『だろうな』と笑みを浮かべ徐に少年の頭を撫でた。無骨で傷まみれな掌、力加減なんて考えずただ髪の毛をもみくちゃにする撫で方だが、少年はそれが大好きだ。
幼い頃からずっと変わらない撫で方だからだろうか、少年にとってこれは大切な日常の一つ。夜な夜な屋根の上で月を見上げるのと同じように、もみくちゃにするように頭を撫でられるのが、少年は気に入っている。
「サイドキックの奴らも何故かソワソワしてやがったな。ったく、テメェらは人の子どもの事で一喜一憂するよりも先にさっさと独立しろってんだ。俺みたいな新人に追い越され続ける歳だけ重ねた男の下にいてもロクな事がねぇってのに」
鳴かず飛ばずのコブシだけが取り柄のデステゴロ。閑古鳥だけがいつも元気で、新人共は立身出世の大街道を突き進むってな。と声の主は自嘲するように笑う。
「父さんは凄い人だよ」
確信と自信に満ち溢れた声色で、少年はハッキリと言い張る。その言葉を聞き、父と呼ばれた男は笑いながら更に撫でる力を強くした。
「頑張れよ」
何がとは、何をとは言わなかった。言う必要もないしそれを問う必要も無い。2人の会話はそれだけで完結する。父と子の会話なんてこんなもので良いのだ。
「うん! 」
それを最後に父は少年から手を離し屋根から降りていく。少年はその背中を眺めた後、また1人で空を見上げる。
月光が街の光すら飲み込み、世界を照らしあげる。そうして屋根からまた1人住人が消え月の光は変わらずに誰もいない屋根を照らしあげた。
そうして夜は更け、天で輝く月は姿を消し燦々と輝く太陽が悠然と空へと昇る時間が訪れた。街が目覚める前、都会のタフな小鳥達が仕事を始めるよりも早い時間に少年は目覚めた。
「……んんっ 」
寝起きに即座にストレッチ、一日の始まりとして彼が毎日のように行っているルーティンの一つ。例えどんな日であろうとも同じ時間に起き、そしてストレッチを始める。身体を解し頭を起こす、そして部屋着からジャージへと着替えると 、太陽が少し顔を出した快晴の空の中に少年は駆け出していく。
「──ハッ、ハッ、ハッ、ハッ 」
走る。走る。走る。
アスファルトで整備された鼠色の道路は、どれだけ踏み締めようとも変わらない安定感を走る者へと与え、草原を駆け抜ける一頭の馬の如く、少年は鼠色の道を走り続ける。
「あら。今日もやってるわねぇ」
「おはようございます! 」
「はい、おはよう」
鼠色の草原を走り続ける少年に1人の女性が声を掛けた。彼女は少年の身内でもなければ、何らかの深い仲にあるという訳でもない唯の隣人。世間一般的に言うご近所さんという物だ。ただ少年の走る時間帯と女性が新聞を取りに外へ出る時間が同じ、ただそれだけの間柄に過ぎない。挨拶を軽く交わした後、少年はまた走り出し女性は新聞を持ちイソイソと玄関へと向かった。
変わらない日常の中での数十秒顔を会わせる仲、2人の関係はそんなものだ。劇的な展開は起きないし驚愕の事実なんてものはない。
だが、少年はそんな小さな時間が大好きだ。誰かと顔を合わせ少挨拶を交わす、それも少年にとって大切な日常のルーティンの一つなのだ。
そうして朝のランニングをつつがなく終わらせ、少年は自宅兼父の事務所でもある家へと戻った。
「──疾ッ! 」
疾風怒濤、その光景を一言で例えるならばそれが最も適切な言葉だった。
デステゴロ事務所のトレーニングルームに設置されているサンドバックが絶え間なく襲い掛かる殴打にミチミチと小さな鳴を上げる。
始まりは中央へのボディブロー、その衝撃にサンドバックが動くよりも先に何発もの拳が襲い掛かる。
大波の如く襲い掛かるジャブを避ける事が出来ないサンドバックは哀れにもその衝撃を受け続けるしかない。
どれだけ殴られ続けだろうか。少年は殴る手を止め、深く腰を入れ拳を引いた。
普通のボクサーはそのパンチでサンドバックを赤子を載せたのゆりかご如く動かせるという。が、鍛え抜かれたボクサーの一撃はたった1発の拳で重いサンドバックを真上へとぶち上げられる事が出来ると。
昔、黎明期と呼ばれた時代の少し前に存在したボクサーが残した言葉だ。個性発現により形骸化したボクシングと呼ばれる競技、鍛え抜いた己の肢体を持って頂点を決める争い。父から聞かされたその競技は、少年が自分を鍛えるのに最高のものであった。
「──ふっ! 」
一閃、閃光の如く放たれた拳はサンドバックの中心を穿つ。衝撃は瞬間的に全体へと行き渡り、中心から亀裂が走り出す。ビビビ、と布が破れる音と共にサンドバックは中に入ってあったウレタンが洪水のように溢れ出した。
辺り一面がウレタンの海に包まれた中で、少年はまたやってしまった。と言わんばかりに頭を抱え後片付けを始める。
「はー早出ほんま糞……おっ いっ君! 今日もやって……あぁ。またやっちゃったのね」
「……ごめんなさい」
父のサイドキックである女性が職場へと訪れ、少年が作り出した光景を見て笑う。顔を俯かせ落ち込む姿を見てサイドキックは笑い、優しく少年の頭を撫で回した。
「いーよいーよ! サンドバックなんていっ君以外基本使わないし好きにすると良いよ! 社長が殴れば一撃で粉砕するし、私達は基本サポ専だから殴る蹴るはしないし、そうなると使うのはいっ君に限られるしね! 」
「それに……今日が受験当日だろ? 頑張ってね! きっと合格出来る! 」
受験当日の朝にここまでやるのは君くらいだよ、とサイドキックは愉快げに笑う。その言葉に顔を朱色に染め上げた少年は未だに頭を撫で続けるその手から逃れようとする。が、魔の手は少年の身体へと絡み付き、少年は身動きが取れなくなる。
「私の個性ってさぁ……腕伸びるだけだから日常で便利ってだけで、あんま役に立たないんだよね」
でも、サンドバック壊しちゃった子のお仕置きには役に立つよ。と、サイドキックは愉快げに小さく笑う。
「ご、」
「ご? 」
「ごめんなさぁぁぁいっ! 」
羞恥に満ちた悲鳴がトレーニングルームに谺響した。
「──んで、お前がやりすぎて悲鳴をあげたと。そんで俺は息子の悲鳴に叩き起されたのか? 」
寝不足で心底不機嫌だと言わんばかりに眉根を寄せる父の言葉を聞き、サイドキックは何を今更とその言葉を一蹴する。
「駄目ですか? 糞みたいな早出をしてるんですからこれくらいはセーフでしょ。あっ、いっ君。ご飯お代わりお願いします」
「大盛りー? 」
炊飯器を開け問いかける少年の言葉を聞き、サイドキックは満面の笑みで返事を返す。その姿に父は呆れ果てたような顔をして新聞紙に目を落とした。
「大盛りで! 」
「大盛り! じゃねぇよ。お前は飯要求する前に仕事しろ」
「えー……早出してサンドバックの残骸片付けを手伝ったんですよ? これくらいのご褒美があっても良かったりしません? 」
「……今日の早出分の手当は出さんぞ」
呻くように零した言葉を聞き、サイドキックは山脈の如く米が盛られたお椀を受け取り笑顔で毒のある言葉を返した。
「どーせ出せないでしょ! うちは万年閑古鳥が鳴いてるんですから! 貧乏暇なし、あーあ! 社長がメディア受けする人だったらなぁ! 」
「ぐっ……それを言うか? 」
「言いますよ! あー今日もご飯が美味しい! あっ 明日も早出しますから! 」
苦虫を100匹同時に噛み潰したような顔をする父とは正反対に、心なしか肌のツヤが良くなったように見えるサイドキックの姿から視線を外すと、少年は食べ終えた食器と共に洗い場へと向かう。
「大体ですねー社長はぶっきらぼう過ぎるんですよ。子どもたちからなんて呼ばれるか知ってますか? 『不機嫌鬼おじさん』ですよ! これもう駄目でしょ! 幾ら私がプリティウーマンだとしてもこの悪評はどうしようもありません! 」
「……プリティだかプリンだが知らんが米粒を飛ばすな。良い年の女が……情けない」
「あー! そんな事言います!? こっちにはいっ君という強い味方がいるんですからね! ねっいっ君……ん? 」
「……一夜なら食器を洗ってたぞ」
後ろから聞こえてくる賑やかな声を聴き、少年は今日の受験の為の準備を始める。着ていく服装は受験の関係上、ある程度の自由が効く、それと同じく持ち込む物もある程度の自由が効く。
愛用のメリケンサックと鉄骨が埋め込まれたブーツ、そして父のお古として渡された黒と黄色の額当て、それらを用意し、少年は家を出る準備を整えた。
「……準備良し。行ってきます! 」
後ろから聞こえてくる声を背に少年は事務所の扉を開ける。
「緊張したらヒッヒッフーですよ! ヒッヒッフーです! 」
「……それは出産時の呼吸法だろうが」
どんな日であろうとも変わらない態度の人達の言葉に少年は笑い、駆け出していく。目的地は雄英高校、今日はヒーロー科の一般入試当日だ。
これは緑谷出久が最高のヒーローになる為の物語ではない。
この物語はプロヒーローデステゴロに育てられた少年、無道一夜が己の夢の為に突き進む物語である。
設定その一
主人公くん 無道一夜君
・マトモ(当社比)
・家族好き
・物理で解決する
父親 プロヒーローデステゴロ
・名前が原作で出てないので苗字は勝手に無道にしました()
・年齢も分かんないのでついでに子どもをぶち込みました ()
・ツッコミ役
サイドキック① 女性
・個性『伸腕』腕が伸びる
・煽り役
・人の食卓に上がり込むヤベー奴
・プリティウーマン()