無個性を根幹にしてるストーリーなので……こう……ね?
分かって? (妖怪保険かけおじさん)
朝。
漆黒に包まれた世界の中で世界を優しく抱きしめていた月は既に眠りに付き、世界を煌々と照らし出す太陽が目覚める時間が訪れた。
何時ものように目覚める。それと同時にもう少しだけいても良いんだよ。と自己主張の激しい布団から離れ、毎朝の仕事を始める。名残惜しい布団を畳み、ひんやりとした廊下を素足で早足で進み玄関を開ける。赤白い空にはまだ太陽が登り切っていないが、半刻も経てば世界は目覚め街は動き出すだろう。
今日のスケジュールを思い出しながらポストに無造作に差し込まれた新聞紙を取り、毎朝変わらない時間に家の前を通る少年へと朝の挨拶を行う。
「おはよう。 今日も元気ねぇ」
「おはようございます! 」
快活な笑顔を見せながら元気よく挨拶する少年に返事を返す。手を振れば少年は走りながらも此方へと手が千切れる程大きく振り返してきた。
「さて、今日も頑張りましょうか 」
変わらない日常、変わらない朝の数十秒間、何処にでもいる女性の1日が始まった。
変わらない日常、誰もが朝を迎え日常の中を歩き出す。それは一夜も変わらない。何時ものようにランニングを終わらせ、事務所の訓練場にてやるべき事を粛々とこなしていた。その内容に至極完結に説明すると、筋肉を酷使しつつ拳を振り蹴りを放つ、ただそれだけ。
『個性』を持たぬ一夜にとって自分が鍛えられるのは己が肉体ただ一つ、強力な個性の前には無力で無意味なちっぽけな力だ。
『個性』
それは人類が持つ超常の力。物理法則すら凌駕し過去、物語の中でしか起こりえなかった力の総称、力の大小はあるが現在の世界人口の8割が個性を持っている。
残りの2割は『無個性』と呼ばれ、個性を持つ者からすれば『力なき者』であり『無力な存在』即ち『弱者』だ。
嘗て、人間が巨人化し怪物と戦う物語があった。
人類を超越した筋力で敵を倒す物語があった。
氷や炎を操り敵を倒す物語があった。
空想は個性という超常の力で現実となり誰もが英雄になれる時代が訪れた。怪物が人間の皮を被った時代であり、人類の最後の時代だと卑屈な歴史学者は今の時代をそう揶揄した。殆どの人間が超常の力を持った世界、そんな世界で『無個性』とはどんな扱いを受けるのか。
答えは簡単だ、歴史を紐解けば良い。太古の昔から弱者と強者の関係は決して変わらない。
「──シッ! 」
虚空へと拳を振るう。
何度も、何度も、何度も。
身体が限界を示すように悲鳴をあげる。
虚空へと蹴りを放つ。
何度も、何度も、何度も。
筋繊維が千切れる前兆を激痛によって一夜へと知らせた。
「──ハァッ! ハァッ……ハァッ…… 」
全身から滝の如く流れ落ちる汗。疲れ果て、その場崩れ落ちたい疲労感を味わいながら一夜は笑う。彼はこの時間が好きだ、日頃のルーティンの中で一番好んでいる。
辛くて、苦しくて、今やっている全てを投げ出したくなる瞬間に1歩を踏み出す。それだけでそれら全てが達成感で掻き消され、また頑張ろうと思えるのだ。
「……そろそろ時間、これで最後にしよう」
片手を背中に付け、もう片方の手の親指だけを支点にして地面から足を離す。全体重を1本の親指に集中させ、まるで虚空に地面があるような体勢を取り、顎を地面スレスレまで近付ける為に腕を曲げた。
額から顎まで滴り、地面に落下し飛散する。地面に接する直前の距離で体勢を維持しし続ける。長時間その体勢を維持した後は、力を込めながらゆっくりと腕を伸ばす。その後は、また少しずつ腕を曲げ……
「おはようございまーす! この事務所の可愛くてプリティウーマンなエースが早出出勤しました! いっ君! ご飯食べたいです! 」
そんな陽気な声と共に朝のルーティンが終わりを告げた、事務所の玄関から聞こえてくる快活な声に一夜は笑い、朝食の準備をする為に訓練場を後にした。
「はーい! ご飯は大盛りで良いよね? 」
「やったぁ! 私、大盛りだーい好き! 」
ランニングから既に一刻以上の時間が経っており、その間に太陽は空を登り、街はその光によって目覚め出す。都会のタフな鳥達も共に鳴り響く生活音と共に愉快な演奏会を合図として、街の一日が始まる。
朝。
それはとある少年にとって忌み嫌う概念だ。自分の命を対価に朝が訪れなくなるなら一考の価値があるかもしれない、そう思う程に少年は朝を嫌っていた。
朝は始まりの時間、誰もが行くべき場所に向かわなくてはならない。未成年は就学の為に学校へ、社会人は勤めている職場へ、少年の向かうべき場所は就学の為の学校。
少年は学校が嫌いだ、学校には少年が忌避してやまない物に溢れている。
教室に入れば騒がしかった筈の教室が一瞬だけ静まり返り、また何事もなかったように騒ぎ始める。
教師は、少年を良く槍玉にあげ笑い者にする。少年はそれが心底嫌いだった。槍玉に上げられた時は教師が惨たらしく死ねば良いと思う程に、だ。
そんな少年には、それらを差し置いて一番忌み嫌う存在がある。それと必ず出会うのが朝なのが、少年が朝を忌み嫌う理由の半分以上を閉めているのかもしれない。
少年の通う学校は、毎朝挨拶運動を行っている。生徒会、もしくは風紀委員会が門の前に立ち生徒に挨拶をしているのだ。それになんの意味があるのか少年には皆目検討もつかないが、兎に角学校はそれをやらすのが趣味なのか、何時も生徒会か風紀委員会の誰かが立っている。
──誰かとは語弊がある、一人だけは確定で毎朝挨拶をしているのだ。生徒会長であり風紀委員長を務めている存在が毎朝そこに必ずいる。
少年にとって最も心底憎たらしく、忌避すべき存在。
「おはよう! 今日も良い天気だね! 」
無道一夜、それが少年が忌み嫌う存在の名だ。
無道一夜、その名を少年の学校で聞けば様々な答えが返ってくる。
曰く 文武両道の鉄人であると。
曰く 学校初の生徒会長兼風紀委員長であると。
上げ続ければキリがない。だが、一度聞いた者に他にはないかと尋ねれば皆、口を揃えてこう答える。
曰く 無道一夜は無個性だ、と。
無個性、それは学校生活を送る中で誰もが避けては通れぬ話題だ。多感な学生時代。殆どの子供たちは、自分と誰かを比べたがる。テスト、運動神経、容姿、ありとあらゆる全てを比べ合い自分と相手、どっちが上かを決めたがるものだ。
精神が成熟し良識ある大人になれば、個性の有無だけで全ては決まらないと理解するようになるが、学生時代はそれが違う。
頭が悪くても、運動神経が悪くても、容姿が悪くても、誰よりも派手で強力な個性を持つだけ、それだけで全てを凌駕するステータスとなるのだ。
少年も無個性という言葉に振り回され続けた人生を送ってきた。無個性だからと、嘲笑され馬鹿にされる。個性が使えないから反撃されても痛くも痒くもないと相手に高を括られ、暴行を受ける事だってあった。
幼い頃は明るい性格だった少年も、無個性という言葉に振り回され続け、卑屈で暗い性格に変わってしまった。
馬鹿にされ、虐められた小学校時代。
中学校に進学し、小学校の頃の事は全部忘れて1からやり直そう。と思っていた時にソレと出会った。
初めて見たのは中学校での入学式、在校生代表として現れたソレの姿を見た。
『皆さん、御入学おめでとうございます! 私は二年の無道一夜と言います』
始めは至って普通だった。誰もが普通の話だなと思い退屈に感じていた、そんな中でソレは姿を変え始めた。
『……次に言わなければならない事があります。良く聞いて下さい』
何を言うのだろうか。と何気なく考えていると、ソレは何気なく、息を吐くように言った。
『私は無個性です』
自分が無個性だと。突然の事に誰もが困惑し、少年は混乱の極みの中にいた。
無個性、それは弱者の総称。一度それが露呈すれば虐められる。少年に、無個性の子供たちにとって禁忌の言葉。それをこんな公衆の面々で何故話せると。
『そんなに無個性が可笑しい事でしょうか? 』
心臓を握られた気がした。心を読まれた気がした。
『あぁ……多分皆さんの中で私と同じ無個性の人がいたら思う事に対して返答を返しただけです。それでは無個性の方に言わなければならない事があります。個性を持ってる方は数十秒の間寝てても構いません』
体育館にドッと笑いが起こる、大多数の者達は個性を持っている。故に殆どの者達はこれから言われる言葉に関係ない。
ただ一人、少年を除いて。
『もっと自信を持って下さい』
言っている事が理解出来なかった。
『私達は皆、母が腹を痛めて産んでくれた子どもです。そこに違いはありません』
言葉を聞くだけで吐き気がした。
『個性とは生まれ持って授かった才能だと言います。ですが、なら無個性は何も授かってないんでしょうか? いえ、授かっています』
一言一言に虫酸が走った。
『良く言われませんか? お父さんに顔がよく似ていると、本が好きなのはお母さん似だと、それも才能なんです。そして、無個性もまた才能なんです』
そして、理解した。
『超常の力が使えない個性。 個性は扱い方を謝れば自分も、他人の生命すら奪う事が有り得ます。この学校にもそんな個性を持っている人はいます。個性を制御しなければ生活すらままならないなんて事だってあるらしいです』
コイツは、
『私も自分自身が個性がない事に嘆いた事もあります。ですが……違うのです』
コイツは、
『無個性に対する見方を少しだけ変えるだけで良いんです。足の指の関節が1本多いのがなんなのでしょうか? それも個性です。個性なんてなんでもありなんですから、自分らしく生きていきましょう』
コイツは強者だ。ただ無個性だからという理由で虐げられた事のない強者、そうに違いない。そうじゃないとこんな事を言える訳がない。
自分とは決して分かり合えない存在、今まで自分を虐めた存在よりもタチが悪い。
『自分を肯定して下さい、そうすればきっと誰とだって仲良くなれるはずです。ここにいる私が証拠です』
自分を無個性(弱者)だと思って此方に仲間意識を持っている精神障害者だ。
「……〇〇君、だよね? 大丈夫? 」
「え……? 」
気付けば、眼前にあの男が立っていた。どうやら物思いにふけすぎていたらしい、吐き気のする声を受け流し校門を潜ろうとする。
「……大丈夫? 立ち竦みなら危ないし……保健室まで運ぼうか? 」
心配するフリをして同情しようとしているのを隠さない言葉に殺意を覚えるが、必死に隠して早足で先に進む。
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしてただけなんで」
「そっか……何かあったら何時でも生徒会室か風紀委員室に来てね! お茶くらいなら出すから! 」
死ね。