「……面接試験なんて聞いてません! 私の時代にそんなのなかったし、いっ君が持ってた受験日程にもそんなの一切書かれていませんでした!」
貧乏暇なしが取り柄の事務所に小さな悲鳴が上がる。既に事務所の主の息子は試験の為に三度雄英高校へと向かっている最中なのだが、それよりも前から彼女の気は動転していた。
事務所へと届いた雄英高校から封筒。
女は雄英高校ヒーロー科出身故に知っていた、合格者の封筒には小型の投影機が梱包されており、不合格には丁寧な言葉遣いで『一昨日来やがれ』と書かれている1枚の紙切れしかない事を。
彼女は少年が合格すると信じ切っていた。少年の努力を身近で見続けた彼女は彼ならば必ず合格するだろうと高を括っていた。
だが、封筒を開けどあるのは1枚の薄っぺらな紙切れのみ。まさか……と思い内容を確認すれば『面接試験のお知らせ』から始まり、日時と場所を指定している紙切れのみ。
しかも日時は届いたその日当日、準備する暇もないときたもんだ。少年は至って変わらずに平然と朝を過ごしていたが彼女は気が気ではなかった。
「……落ち着け、お前は仕事をしろ」
事務所の主は何時ものように変わらず平然と職務の一つである書類仕事をこなしている。時計の針は既に面接が始まっているであろう時間を指しており、それを見た彼女は顔を蒼白とさせた。
「あぁ! もう始まっちゃっています! 取り敢えず私のプリティウーマンパワーをいっ君に送るしかありません! 届け私のプリティパワー! 」
しかめっ面で両手を組み、時折変な声を出しながら祈り始めたサイドキックの雇用主である事務所の主は『お前のプリティパワーなんぞ送られたら合格出来なくなりそうだな』と。心の中で呟き、彼女が貯金箱に大切に仕舞っているお金と同じようにデスクの奥深くに仕舞い込み、溜まりに溜まった書類を無造作に取り出し、唸り続けるその頭上へと叩き付けた。
「働け」
「はい」
デステゴロ事務所は今日も平和である。
──プリティウーマンの怪電波が雄英高校のとある一室へと放射されている中、面接試験を行っていたオールマイトは眼前で対峙する少年を図りかねていた。
「──それじゃあ次の質問だ。無道少年、君だけが持つ強みはあるかい? 」
「……いえ、持ち合わせておりません。私は自分の夢の為に成すべき事を続けてきただけであり。私が今、為せる事は誰もが努力を重ねれば実現可能な範疇であると判断しています。故に、自分だけの強みという物がこの世に存在するならば、私はまだそれを持ち合わせておりません」
「(……自己評価が余りにも低過ぎるぞ無道少年! 君みたいな事を誰もが出来る訳がないじゃないか! 誰でも出来たらヒーローなんていらないよ! )」
オールマイトから見て無道一夜の第一印象は自己評価と実力が噛み合っていない、チグハグな少年であった。
一目見るだけで分かるほど鍛え抜かれた肉体。歩く姿には重心のブレが微塵と存在せず、肉体だけではなくそれを扱う技術も同様に、常人が鍛えようとして鍛えられる範疇ではないと理解した。
本来、そこまで鍛えているのならば自己評価が低くなる事は無い。
己の武術に絶対の自信がある武闘家が自身の技を侮辱をされようとも決して揺るがぬように、鍛えるという課程には必ず自己肯定感が産まれる筈なのだ。
無道一夜は自分が出来た事なんて誰でも出来ると言い切った。それは彼が成した功績と全く釣り合わない、高層ビルを片手で粉砕する鉄の巨人を誰でも倒せる訳がないし、普通は立ち向かおうとしない。
その後も何度か質問をするが、その答えも全て彼自身の実力と釣り合わないチグハグな回答ばかり、オールマイトは次で質問を終えようと判断した。
「(自己評価の低さはヒーローになってから苦労する。ましてや無個性だ、自分に絶対の自信がなければ必ず何処かで崩壊する)」
故に不合格、ヒーローの器として相応しくない。
「……それじゃあ最後の質問だ。 君はどんなヒーローになりたいんだい? 」
──最後まで取っておいた質問、彼の目指す、弛まぬ鍛錬の果てに目指すそのヒーローの姿とは一体何なのか。
──それを聞いた瞬間、世界が変わった。
無道一夜の存在感が一気に変化した、今までチグハグだった何かが全て合致したと、オールマイトは感じた。
「人類最後の無個性になりたいです」
「……人類最後の『無個性』? 」
理解出来ない言葉にオールマイトは首を傾げた。現状、世界人口の2割は無個性だといわれているが、それが淘汰され全ての人類が個性持ちになるのはまだ遠い未来の話だと言われている。少なくとも彼が最後になる事はない、今、この瞬間にも無個性の子どもは産まれているのだ。
説明を求めるように視線を送ると、無道はそれを汲み取ったのか、ゆっくりと語り出す。
「……先ず最初に、この世界に無個性なんて存在しません」
──そんな理解出来ない言葉を皮切りとして無道一夜という少年は変化する。チグハグな少年ではない、彼の本質。
「強者なんていないし弱者なんていない。人類全てが同じなんです」
無道一夜は語り始める、彼自身の根底にある全てを。
「無個性だからと虐められ、個性があるからと無個性を虐める。所謂無個性虐めという物をご存知でしょうか? 」
「あぁ……良く知っているし、唾棄すべき風習だと思っている。力がない、ただそれだけの理由で無個性を虐めるのは、それは余りにも悲しい行為だ」
無個性虐め。それは個性社会となった現代に於いて誰も触れない闇の一つ。無個性には力がない、弱者とは庇護される対象であり淘汰される対象でもある。産まれながらの弱者故に誰でも格上となれ、簡単に優越感に浸る事が出来る行為。それ故に無個性がいなくなるその時まで絶対に消える事の無い悪習の一つだ。
「本当にそうでしょうか? 」
「なに……? 」
オールマイトの耳に理解出来ない言葉がまた届いた。誰もが触れないだけで無個性虐めは唾棄すべき風習、それは間違い筈だ。
なのに。何故、目の前の少年はそれを確認した?
「無個性だから虐めてはならないと誰が決めたのですか? ならば個性を持っている者同士ならば良いのですか? 」
「何を……虐めは唾棄すべき風習。例え、それは個性云々の話ではない筈だ」
「……それはその通りです。僕だってそんな行為を許す訳にはいけません」
ですが、と前置きを入れて無道は語り続ける。
「第一、何が個性で何が無個性なんでしょうか? 基準なんて3歳までに医者から言われるだけで、無個性だけど実は個性を持っていたなんていう事が多々あるらしいです。個性届の『無個性』と書かれてある部分は変更届で直ぐに変えられます。
無個性が嫌なら直ぐにでも変えられます。個性届けに適当な事を書けば良い、それだけの事で個性は手に入ります」
「それは違う……ッ! 例え個性届に書けば個性を持っていると言えるようになるが、本当は持っていない! それで個性が手に入ったとは言えないだろう!? 」
無茶苦茶な論法だった。確かに届けを出せば誰だって個性を持っている事にはなる。が、それは全て虚実だ。本当の自分には何の力もない。
「そこです。私……僕は、世界に蔓延しているその考えを変えたい、だからその為にヒーローになる。
力は誰だって持ってるんです。ただ出していないだけ、自分を変える事は自分しか出来ない……だから僕はその後押しがしたいんです」
完全に理解が出来なかった。『そこ』が何を指しているのか理解が出来ないし、力が何なのかも理解出来ない。その後押しとは一体何をしたいのかも、オールマイトには理解が出来なかった。
「……すまないが、言葉遊びは止めて本題に入ろう。もう一度聞かせて貰う、君はどんなヒーローになりたいんだい?」
禅問答のような会話を切り捨て、オールマイトは再び同じ質問をする。それに対する返答は先程とは同じ物ではなかった。
「……人類最後の無個性に、誰もが自分自身に自信を持つ事が出来れば『個性』の有無で苦しむ事はなくなります。その時、真の意味での『無個性』がいなくなるんです。
その為には、誰かが偉業を成し遂げなければいけません。無個性である誰かが、未だ誰にも成し遂げてない事を。それを成し遂げた時こそ、僕は初めてスタートラインに立てるんです」
なんだこれは
身体の奥底から震えを感じた。無道の出す雰囲気が変化していたのだ。今までがチグハグな普通の少年ならば、今の彼は人間ではない。
その目の奥に光輝く超新星を幻視した。決して絶える事の無い、宇宙の果てからでも届きうる光。
「『無個性』だから出来ないなんて事は決してない。諦めるのは自分の歩みを止めるのと同義、僕という前例が産まれれば『無個性』だろうがなんだろうが、そんなのは理由にならなくなる。大切なのは歩みを止めないこと。だから、僕がそれを成します。
誰だって本当は強い。僕が出来ることを他の人が出来ない道理なんて存在しません」
チグハグだった理由が漸く理解出来た。
彼は信じているのだ。人の強さを『無個性』だから弱い訳ではない、人は強い。ただその強さを出せないだけ。その強さを出せない理由が『無個性』ならば、自分がその理由を破りさろうと。
彼がしたい事はただ一つ。自分が出来たのだから皆も出来る、それを身体を張って成し遂げようとしているだけだけ。言葉にすれば簡単だが、それがどれ程なまで辛く険しい道なのかはオールマイト自身が理解している。
「……生徒会と風紀委員会をまとめあげ学校の皆に思いを説いたこともあります。その為に、声を届ける為になんだってやりました。ボランティア活動、全国模試3年間通算1位、なんだってやりました。
ですが……その程度では学校の皆にすら僕の思いは届きませんでした。
僕にはもっと偉業が必要なんです」
「無道少年……」
オールマイトは彼の経歴に書かれてあった事柄を思い出していた。確かに華々しい事ばかりだった。これなら何処でも通用する、そう思える程に彼は優秀だった。
その全てには理由があった、成し遂げたい思いがそこにあったのだ。血反吐を吐きながら戦い続けたのだろう、諦めたくなる時だってあったのだろう。
だが。それら全てを諦めず、彼は自分の理想の為に歩みを止めなかったのだ。
「雄英高校ヒーロー科、未だに無個性での入学者は0名。倍率300倍越えの名門中の名門、それを無個性が合格する。ヒーローとしての始まりには丁度良いんです」
自己評価が低い? 冗談じゃない。自分に出来る事は皆にも出来るという期待、むしろ周りの評価が異常に高いのだ。
「……先ずは雄英体育祭、嘗てのオリンピックと同等の力を持つあの祭典で無個性が優勝すれば、僕の言葉は今より少しは届くようになる筈なんです。母校一つ変えられない自分でも、そうすれば……きっと」
届かぬ理想へと手を伸ばし歩みを一切止めないその姿、それは正しく。
「(彼は私だ……嘗て平和の象徴になると決意し走り出した私と同じだ)」
嘗ての自分そのものじゃないか。
「個性の有無なんていう括りは存在しない方が良いんです『無個性だから』無理なんだと、自分自身が決めつけるから歩みを止めるし。周りもそれに増長して叩き始める、誰もが自分自身に自信を持てたら『無個性だから』といって諦める人はいなくなります。そうなれば皆平等です」
「しかし……現実問題『個性』を持っている者と持っていない者では差が大きくある。それをどう考えているんだい? 」
意地悪な質問だと理解していた。だが、聞きたかった。彼がそれについてどう思っているのかを。
その言葉を聞き、無道は当然と言わんばかりに笑い答えを返す。
「そんなの当たり前じゃないですか。人には個人差があるんです、それがちょっとだけ表に出ただけでしょう。誤差の範疇ですよ、誤差。個性は才能ですが、無くても別に死にはしませんから。
『無個性虐め』だってそうなんです。『無個性』を虐めるなんて駄目だ。彼等は弱者なんだと言わんばかり……全く気に食わない、そんな考えが『無個性』云々の問題を悪化させていると何故気付かないのか『無個性だから可哀想』だなんて、その言葉が何よりの……」
「ハハ……誤差……誤差か……」
オールマイトの口から乾いた笑い声が零れた。長年誰もが触れなかった話題、個性社会の闇とも呼べる部分がこうも簡単に切り捨てられたら最早笑うしかない。
「……誰もが自分に自信が持てたら『無個性』はいなくなります、だから僕は『無個性』なんです。最後の一人が『無個性』だからではなく、自分自身に自信を持てるようになるその時まで、僕は『無個性』なんです
……それが僕の夢。人類最後の『無個性』になりたいんです」
彼がヒーローに相応しくない? さっきまでの自分を全力で殴ってやりたい。
誰かの為にと自身を犠牲にして走り続ける。そんな高潔な精神を持つ者がヒーローに相応しくない?
論外。彼の否定は過去の己の否定に等しい、ここまで走り続けた自分自身を否定するのと同じだ。
「……無道少年! 君ならなれる! 人類最後の『無個性』に! 」
「……オールマイト、貴方と話せて良かった。僕の理想と貴方の在り方は違いますが、それでも貴方の偉業と高潔な在り方を尊敬しています」
「HAHAHA! 泣かせる事を言ってくれるじゃないか! 君のような子がいるだけで私の全ては無駄ではなかった! そう思えるよ! 」
流れ出しそうな涙を堪え、優しく抱擁する。無駄じゃなかった、自分が走り続けた道の後に誰が着いてこれる者がいるのかと心配し、その思いを振り切り走り続けた。
──ここにいた。自分よりも険しい道を歩もうとしている益荒男がここにいたのだ。無個性だからこそ偉業を成し遂げ、誰もが持つ可能性を伝えたいと願う少年が。
私の進んできた道に間違いは決してなかった。
「……これから君が歩む道は今までよりもずっと過酷な道だ。それを理解してるかい? 」
「そうでなければ始まりません。覚悟ならしています」
当然そう返すだろうと理解していた。だから私が伝える言葉はただ一つ。
「……頑張れよ! 無道少年! 」
「はい! 」
願わくば、その苦難の道の果てに彼の理想となる世界があらんことを。
───
蝶ネクタイを締め、彼自身のテーマカラーとも呼べる黄色と黒が入り交じった上品な光沢を放つスーツを身に纏う、彼の眼前では、テレビ撮影で使うような大掛かりなカメラのレンズがキラリと輝いていた。
「それじゃあオールマイト! これから合否発表の録画の準備を始めるけど、誰から撮りたい? 」
身の丈に合わないカメラを自由自在に操る鼠に言葉を掛けられ、オールマイトと呼ばれた男性は何時もと変わらない笑みを浮かべ言葉を続ける。
「……それでは、無道少年からお願い出来ますでしょうか? 」
無道、その名を聞き鼠は不思議そうに頭を傾げ疑問を発する。鼠が想定していた人物は彼の弟子であり力を託した少年で、それは決して無道一夜ではなかったからだ。
「……緑谷君じゃなくて良かったのかい? 君が今、一番合格を伝えてあげたいのは彼だろう? 」
「……お恥ずかしながら、この場を持って彼に伝えてあげたい言葉がありまして……」
申し訳なさそうに断りを入れてくる筋骨隆々な男の態度に、鼠は快活な笑い声を上げカメラを回す準備を始める。
「それじゃあ、用意……アクション! 」
録画が開始されたと同時にオールマイトは、どんな時でも変わらないヒーロースマイルと共に声を上げる。
「私が投影された! 無道少年! まどろっこしい事は抜きで言わせてもらうよ! 合格、それも入試第1位! 君の偉業の始まりには丁度良いんじゃないかな? HAHAHA! 話は以上だ。早く来いよ、君の夢を叶える為の登竜門! 」
ここが君のヒーローアカデミアだ
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主人公
・正体を現したメンタルお化け。「がんばれ♡がんばれ♡」を全人類にしたがってるヤベー奴
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鼠
・テレビ局が使ってるようなデカいカメラだって使えちゃう。そう『ハイスペック』ならね