月になる物語   作:オティンティン大明神

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恐怖 継承 中学時代の終わり

 

──現実とは酷く残酷であり無情なものだ。ある男にとって現実とは、平行線が未来永劫続くような平坦なものだった。

幼い頃の夢は現実の壁に叩き付けられ崩壊し、現実的で誰もが歩む未来を手に取った。

 

夢見がちな過去を捨て、手に取った未来は教師という仕事。男にとってこの仕事は天職とは言えないが嫌いではなかった。希望に満ちる青少年達に現実の辛さと厳しさを教え、自分と同じように夢を諦めさせる。『夢を見るのも良いけど、君ももうすぐ高校生。大人になる時が来たんだよ』と言えば大体の子どもは夢を諦め無難な道を選び、稀に反骨精神に溢れる者がいるが、そんな者達には世間の厳しさを少し見せてやれば誰もが夢を諦めていった。

 

自分の中の偽善がこの行為の悪辣さを叫ぶ事が稀にあったが。大体はまた一人、夢見がちな子どもを大人したという満足感という感情の波の中に飲み込まれていった。

 

──夢を見るには才能という切符が何枚も必要不可欠だ。幼い頃に夢見た仕事は誰もが憧れる『ヒーロー』

男に個性はあった。個性しかなかった。個性以外で自分を誇れる所がなかったのだ。勉学は人並み、運動神経は人並み以下、人付き合いは普通、強個性と世間一般的に呼ばれる力を持っていたが、大人になれば個性だけでは生きていけない事を知った。

 

──子どもの頃は個性の強さだけで天下を取れたが、大人になれば個性以外で人間には必要な事が山ほど存在する事に気付いた。

 

──子どもの頃は個性の強さだけで色んな人達から王様扱いされたが、大人になれば『使えない無能の癖に強固性、豚に真珠だな』と鼻で笑われる事もあった。

 

夢を叶える為には才能という切符が必要である。それこそ『ヒーロー』を目指すとなれば必要なの切符は1枚では済まない。人間として誰よりも秀でた部分を何枚も用意しなければならないのだ。

 

『個性』『勉学』『運動神経』『人間性』『向上心』上げればキリがない程の切符の数、男は切符を1枚しか持ってなかった。

 

だから諦めた。そして、分不相応にも切符を揃えていない癖にヒーローを目指す者に現実を教えてあげていた。大人として経験、理想だけでは成し遂げられない残酷で無情な『才能』という現実を。

 

そうしてきた筈だった。

 

「──なぁ無道……先生はなんっども言わなかったか? 『無個性じゃヒーローは勤まらんと』」

 

──その少年は天に愛されていた。3年間で築き上げた功績、嘗ての自分では想像だに出来ない程の偉業を成し遂げ、超然とした態度で存在する『強者』誰もが少年に挑もうともしなかった。

だが、少年が大人になる際に選んだ道は『ヒーロー』男は初めて少年を嘲笑出来た。

 

『無個性のお前ではなれない』

『現実を見ろ。無個性のヒーローが何処にいる』

『社会は学校よりも辛く厳しい。お前みたいな夢見がちな子どもが成ろうとして成れる訳じゃないんだ』

『お前にヒーローは無理だよ』

 

どれだけ嘲笑しようが現実を教えようとしようが少年は一切揺るがなかった、そこで男は嘲笑を止めた。

 

──無個性ではヒーローになれない。それがこの世界の常識、夢見がちな『強者』には唯一、神に愛されていない部分があった。

少年は『無個性』だった。

その切符は、ヒーローになる為の切符で最も重要不可欠な1枚。それがなければ始める事も出来ない大切な切符だ。

 

──夢敗れた愚者を壊れるまでいたぶってやろう、そんな事を考えていた男の耳に届いた報告は耳を疑う物だった。

 

「親のコネでも使ったか? 父親がプロヒーローだから使えるコネもあるだろうしな」

 

「……父さんは一切関わってません。これは僕が自分の力で成し遂げた事です」

 

そうやって平然とした態度で言葉を返してくる少年の姿に殺意が湧いた。もしもここが暗闇で自分と少年しかいない場所ならば、ここで死体が一つ転がっていただろう。それほど迄に少年の存在そのものが許し難くなっていた。

 

「……そうでもしないならどうやって『無個性』のお前が雄英に合格出来るって言うんだ? 『無個性』のお前が」

 

「出来る事を成しただけです。研鑽は決して嘘をつきません」

 

学校に雄英高校から電話が届いたのはこの日の朝の事であった。この学校からヒーロー科、合格者が出た。職員室の殆どの教師がそれを喜び、その名前を聞いて納得したように何度も頷いていた。

 

『無道かぁ! あの子は真面目で後輩思いでなんでもやってきたからなぁ!文武両道、彼こそ我が校の誇り! 元担任としても鼻が高い! 』

 

『無個性での合格者は史上初! それも入試第1位ですって! やっぱあの子は凄いのねぇ。今のうちにサインでも貰っておこうかしら! 』

 

その光景に吐き気がした。なんだこれは? 何故、あれが合格している? 『無個性』はヒーローになれない、その筈ではなかったのか。

 

『いやぁ……○○! 良くあの子に雄英高校を進めてくれた! お前のお陰であの子は今、誰も成し遂げられなかった偉業を果たしたんだ! 』

 

進めていないと言えなかった。その時の男では、ぎこちなく笑い曖昧な返事を返す事しか出来なかった。

 

『個性』がないとヒーローは出来ない。そしてヒーローになるには『個性』以外の物も必要不可欠。

 

幼い頃の男には『個性』しかなかった。

少年は『個性』以外の全てを持っていた。

 

道理で考えるなら両方ヒーローになれない筈なのだ。だが、運命の神は少年を愛していたのか前人未到の偉業と共に少年に『ヒーロー』の道を与えた。

 

男には微笑みかける事すらしなかったのに、だ。

 

──なんというご都合主義だろうか、まるで世界が彼を中心に回っているようだと言わんばかりの出来事の連続。

 

「『無個性』のお前に何が出来る? 」

 

男の腕が怪しく光る。個性『腕刀』腕を刀の如く鋭くする力、大体の物なら切れる。

 

それこそ、少年の首程度なら簡単に。

 

「……お前ら無個性は『弱者』だ。こうやって個性を振るわれたら何も出来ない」

 

少年の首元に腕を添えながら男は話す。意気揚々と、まるで楽団を指揮する指揮者の如く口を歪ませ、少年の怯えているであろう顔を見ようとして

 

「……それでも、誰かがやらなきゃ駄目なんです。だから僕は行かなきゃならないんです」

 

決して揺るがない瞳を男へと向ける少年の姿をそこに見た。添えているだけの腕を逆に自分の方へと寄せ、首筋の薄皮が切り裂かれる。

 

怯えさせるだけで薄皮1枚であろうが切り裂くつもりはなかった男に驚愕が走る。思わず少年から離れようとするも、身動き一つ取る事が出来ない。

少年は。自身が持つ力を駆使し、男をその場から動かさんとしていた。

 

「……僕の目を見てください」

 

全てを見透かすような目をしていた。

 

「大丈夫です、何があってもきっと何時かは前を向けます。自分を信じて下さい、自分を信じれば何でも出来ます」

 

真摯な言葉だった。相手を信頼し切っているからこそ出せる声、相手を信じ抜いているからこそ出せる声色。自分に個性を使い、脅そうとした者への反応では決してない。

 

「自分にもっと自信を持ってください。そうすれば誰かに当たる必要はなくなりますから」

 

男の全身に怖気が走る。今まで少年の事を強者だと思っていたが、眼前の存在はそんな奴ではない。

 

「……狂ってる」

そこからの事を男は良く覚えていない。無我夢中でその場を後にし、そしてまた次の日少年と出会った。少年のクラス担任故に出会うのは当然なのだが、その日から男は、少年に見詰められている気がしていたが必死に無視した。

 

存在すら見ない事にした。卒業するその時までもう近寄りたくない、幸い少年は生徒会と風紀委員会を纏めている立場故に学校内では常に多忙そのもの。

此方から声を掛けなければ問題は無い。

 

そうして、男は少年から逃げ出した。

理解出来ない恐怖から逃げるように。

 

 

無道一夜の一日は多忙を極める。校内で彼が休まる時間など存在せず、生徒会ひいては風紀委員会に属する者達はそれを他の誰よりも良く理解していた。

 

茜色の空が生徒会室の硝子窓を突き破り部屋の中をその一色で染め上げる。その世界の中では、机の上に山のように置かれた書類を片付けている生徒会長、同じように書類を片付けている副会長である少年がいた。

 

少年は生徒会長である無道一夜を尊敬していた。学校初の生徒会長兼風紀委員会長 全国模試3年間1位継続 成し遂げた事をあげればキリがないが自分では到底出来ない事ばかりであり、それをなんて事のない顔で実践する無道を尊敬し、その手伝いをしようと必死に彼の背中を追い続けている。

今日も一人残り作業をする無道の手伝いをする為に、夕暮れ時まで一緒に残って作業をしていた。

 

「──僕の後を継いでみない? 」

 

そんな中。無道は少年に向かって何気なく、そんな事を言った。突然の言葉に困惑する少年に向かって無道は言葉を続けていく。

 

「……もうすぐ僕は卒業する。当然の事なんだけど、僕はこの学校に手出し出来なくなる。殆ど僕の独断で生徒会と風紀委員会を合同メンバーで構成させてるけど、直ぐにそれは解散し普通の学校に戻る」

 

そう言えば、と。少年は生徒会のメンバーを思い出していた。生徒会のメンバーの半分以上は風紀委員会を兼任しており、その人達は生徒会長である無道が選んでいた筈だったと。

 

「……学校っていうのは小さな社会だと思うんだ。社会故に立場の違いが必ず存在し、どんな場所であれ必ず虐めや暴力は発生する。どんなに手を費やしても、バレないように狡猾に、残忍にね」

 

それを何とかしようと思って、僕はこの2つの組織を合同化させたんだよ。と無道は笑い、言葉を続けていく。

 

「……僕がどれだけ示そうとも、この学校から『無個性だから』という考えは消える事はなかった。風紀委員会と生徒会、この2つを合わせ、協力体制を簡単に取れるようにした。問題が起きれば話し合い、案を出し実行。毎日がそれの繰り返しと言っても過言じゃなかった」

 

そのお陰で僕が入学してきた時よりは虐めも少しずつ減ってきた筈だ。と、無道は昔を懐かしむように呟き、話を続けていく。

 

「でも……時々思うんだ。もしも僕が卒業した後、この学校はどうなるんだろうって。僕が消えて生徒会と風紀委員会は2つに分断された後、校内に蔓延る問題は増える一方になるんじゃないかって」

 

──だから君だ。

そう無道は少年を指差しゆっくりと語り続ける。少年は無道の目から視線を外す事が出来なくなり、思わず生唾を飲み込み言葉を待った。

 

「……僕の姿をずっと後ろで見続けた君だからこそ、僕の思いを託せる。僕は今季の生徒会役員選挙を辞退して君を推薦しようと思ってる。他のメンバーも君なら悪い感情を思わない筈、だから」

 

「ちょっちょっちょ! ちょっと待ってください! なんで僕なんですか!? 僕なんかよりも相応しい人は沢山いる筈です! 僕が会長の代わりだなんて無理ですよ! 絶対に失敗します! いっぱい失敗します! 」

 

話を続けようとする無道の言葉を遮るように少年は声を荒らげ待ったを掛けた。確かに、少年は無道一夜を尊敬している。尊敬しているが、自分がその代わりを務められるとは到底思えなかったのだ。

無道と自分を比べ思わず萎縮し、到底自分では出来ないと悲鳴をあげた。

 

「……失敗しても良い、僕だって失敗ばっかりだ。大丈夫、仲間を頼れば良い。ドンドン失敗してドンドン成長すれば良いと思う」

 

それに……と。一旦間を置き、無道は安心させるように笑いかけながら言葉を続けた。

 

「僕が君じゃないと駄目だと思ったんだ」

 

「僕じゃ……なきゃ……駄目? 」

 

噛み締めるように先程の言葉を繰り返す少年へと無道は言葉を掛ける。

 

「うん。君じゃないと駄目だ」

 

その言葉が最後だった、それを聞き少年は何度も頷き声を上げる。決意を固めた顔を見せ、任してください、僕がやります。と無道の顔を見ながらハッキリとそう言い切って見せる。

 

その瞬間。無道は堰を切ったように机に突っ伏すと心底安心したような顔をして言葉をこぼした。

 

「ほんっ……とーにありがとう。僕にはもう時間が無くてね、君に断られてたらどうしようかと思ってたんだ。これで安心して君に全部任せられるよ」

 

「え……? 」

 

無道の言葉が理解できないのか、口をポカンと開ける少年に向かって無道は言葉を続けていく。

 

「これはまだ皆に内緒だけど……僕、雄英高校ヒーロー科に合格したんだ」

 

「えっ……えぇっ!? あの雄英高校ヒーロー科ですか!? 倍率300倍で無個性の合格者未だ0人の最難関も最難関! 日本が誇る天下のヒーロー学科であるあの雄英に!? 」

 

突然教えられた驚愕の事実に今までで一番の大きな声を上げる少年。そんな少年の姿を見て、無道は笑いながら言葉を続けた。

 

「うん。その雄英……僕にはやらなきゃいけない事があるから、君にもう全権を託して自分の事に集中したいんだ」

 

「えっ……!? いや困りますよ会長! せめて今季だけはいてもらわないと! それに集中ってなんの為に! 」

 

ぐうの音も出ない程の正論を言われ無道は苦笑しながら言葉を続けていく。

 

「雄英体育祭。僕はアレで優勝しなくちゃならないんだ……この学校で成したことではみんなに声が届かなかった。だから、雄英体育祭で無個性の僕があの大会で優勝すれば……きっと今までより少しだけでも僕の声が届くようになると思う」

 

その為に。これからは自分の肉体と技術を鍛える為に時間を使っていきたいと、無道は言葉を纏めた。

 

その言葉に少年は、何度も何度も唸りながら頭を抱えやがて1つの結論を叩き出す。

 

「うーん……分かりました! 条件が一つだけありますが、今日限りで全権をお預かります! 皆には会長からも御説明お願いしますね! 」

 

条件は、会長なら簡単です。と前置き入れ少年は無道を指差し大声で言い放った。

 

「ぜっっったいに優勝して下さい! 僕は会長が負ける姿なんてぜっっったいに見たくないですからね! 約束ですよ! 」

 

 

──そして、時は流れる。

桜の並木が窓の外から見える時期となったが、そんな事など知らんと言わんばかりにデステゴロ事務所は今日も平常運転であった。

 

「あー! 私のイワシー!? いっくーん! 社長が私のイワシを食べました! これはもう許さるべき事案です。憎き老け顔社長に引導を渡すその時が遂に! 」

 

「……俺の皿にあったイワシなんだが? 」

 

どんな時でも変わらない日常の会話を背で聞きながら無道は笑い、新しく着る制服の着心地を確かめ家を出る準備を始める。その姿を見てかサイドキックは先程よりも大きな声を上げその姿を揶揄し始めた。

 

「やー……懐かしい制服ですねぇ、私の時代から一切変わってません。いっくんに白はぜんっぜん似合いませんけど、今日から3年間それに袖を通すんですかぁ……ほんっとうに似合いませんね!? 黒ないんですか黒! いっ君! 雄英は自由が売りなんでイザとなったら制服なんて黒く染め上げちゃってください! 」

 

そんな言葉を聴き、事務所の扉を開けようとする無道の耳に何時もと変わらない父の声が届いた。

 

「気張ってこい」

 

「……行ってきます! 」

 

扉を開き、桜並木が広がる街道の中。舞い落ちる花びらが1枚、また1枚と落下し地面に桃色の絨毯を広げ、その上を無道は走り抜け、街の中へとその姿を消す。

 

今日は雄英高校ヒーロー科 入学式だ。

 




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副会長(少年)・緑谷役
教員・模範的クズ(この世界でも駄目すぎる大人代表格)
サイドキック・お前のイワシは私のもの
デステゴロ・お前人のイワシを

主人公・雄英体育祭頑張らなきゃ
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