死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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 初めまして、ゲイリーです。AR-15が好きすぎて小説書き始めました。AR-15とのイチャイチャを書きたかったんですが、導入が長くなりました。
 イチャイチャは三話くらいからになりそうです。
 ちゃんと誓約まで書く予定なのでどうか読んでください。


第一部
死が二人を分かつまで 第一話「出会い」


 

 

 第三次世界大戦の結果、国家は著しく弱体化した。国家はその領域を自力で維持することができなくなり、民間軍事会社(PMC)に行政の一部を委託することを余儀なくされる。急速に台頭した大手PMCのうちの一つがG&K、グリフィン・アンド・クルーガーである。この企業は本来の業務に加え、人類に対して反旗を翻した鉄血工造の人形たちとも戦っていた。前線で戦うのは人間ではなく銃を持った自律人形、戦術人形だった。

 

 

 指揮官はこの日、作戦本部の上司に呼び出されていた。新たな任務が下される、そう聞いていたが詳細は明かされていなかった。彼はグリフィンに指揮官として雇用されていることを示す赤いジャケットを着こなし、グリフィン本部の長い廊下を歩く。上司の部屋をノックするとすぐに入れという返事が返って来た。

 

 上司に勧められるまま椅子に座り、机を挟んで向かい合う。上司は引き出しから書類を取り出すと指揮官に渡した。指揮官は今時データでないのは珍しいな、と思った。書類にさっと目を通す。指揮官への命令書だった。

 

 

「AR-15の教育ですか」

 

 

 印字された命令を口に出す。AR-15。20世紀半ばに設計され、今なお高いシェアを持つアサルトライフル。だが銃そのものではあるまい。烙印システムによって銃と同じ名を与えられ、銃を自身の半身とする戦術人形のことだろう。そのような戦術人形がグリフィンの前線部隊の中核をなしていた。指揮官はAR-15という名を与えられた戦術人形を知らなかった。

 

 

「そうだ。君は知らんだろうが、AR-15はかの16LABが作った最新鋭の戦術人形だ。グリフィンが発注する予定のARシリーズの一号機だよ。ARシリーズはそれぞれが高度な思考能力を持ち、戦闘能力もそれ以前の人形よりもはるかに高い。指揮ユニットとして設計されたM4A1は戦術級の指揮能力を持つ。その性能は人間の指揮官を上回るだろう。ARシリーズでグリフィン初の人形による完全自律部隊を編成する。こうした部隊を今後どんどん増やすつもりだ」

 

 

 上司は自慢するかのように早口で喋った。

 

 

「はぁ。ですがなぜ私が教育を?人形は製造された時点で成熟したパーソナリティを持っているはずです。教育は必要ないのでは。戦闘訓練を施すならシステム部が適任でしょう。VRシミュレーターを持っている」

 

 

 指揮官にはいまいちAR-15と自分になんのつながりがあるのかわからなかった。指揮官の任務はもっぱら前線の部隊を指揮することであり、教育や訓練とは縁がなかった。

 

 

「いや、君が一番適任だ。教育と言っても普通のことをするわけじゃない。ARシリーズの導入に反対する勢力がいる。自律部隊による反乱を懸念してるんだ。考えすぎだと思うがね。だが、鉄血による反乱はそう昔のことじゃない。反対の声は大きい。だから彼らを頷かせる材料が必要なんだよ。ARシリーズが反乱を起こさないという根拠が。そこで君の出番だ。AR-15に徹底的に教育を施し、人類側に立たせろ。機械の側ではなくてな。AR-15を緊急時にはM4A1を破壊してでも反乱を抑制するストッパーに仕立て上げるんだ」

 

 

「AR-15を人類の政治将校にしろ、と言うわけですか」

 

 

「政治将校、言い得て妙だな。その通り」

 

 

 かつてこの国を支配していた共産党は国軍による反乱を恐れ、軍の指揮系統に属さない政治将校を部隊に配置していた。彼らは軍の不穏分子を監視し、時に作戦に口を挟んだ。グリフィンはAR-15にその役割を期待しているのだ。

 

 

「特別の措置としてAR-15には基礎的なパーソナリティしか搭載していない。ほとんど白紙の状態だよ。思想教育にはうってつけの状態だな。AR-15の教育が完了するまでARシリーズは正式に発注されない。財務部が反対してるからな。ARシリーズはグリフィンにとって必要だ。迅速に教育を完了することを期待している。言っとくが君の退職届は任務が完了するまで受け取らんからな。さあ、もう行け。AR-15はもう到着してる」

 

 

 上司に促され部屋から立ち去る。結局、なぜ指揮官が一番適任なのかを答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 指揮官はAR-15の仕様書を歩きながら読み終えた。値段に見合うハイスペックな戦術人形だ。ARシリーズは一つのユニットとして行動することを前提に設計されている。M4A1に率いられるARシリーズは単体よりもはるかに強力になる。AR-15の部隊での役割はM4A1の補助、参謀役だ。特に情報収集能力に長けており、M4A1を情報で支援する。このような人形たちに反乱を起こされたらたまったものではない。だが、心配しすぎだろう。はなから疑ってかかれば信頼関係は生まれない。人間と人形の間にある信頼こそがグリフィンの強みではないか、指揮官はそう思った。

 

 

 AR-15はグリフィン本部の地下にある機密地区に搬入されていた。機密地区に常駐している人間は誰もいない。許可を受けた限られた人間しか入ることは許されない。指揮官は社員証をドアの読み取り機にかざす。自動ドアは横にスライドし、指揮官を通した。すでに指揮官には権限が付与されている。機密地区の廊下は無機質だった。ゴミ一つ落ちていないが何の飾り気もない。ただ白い壁が連続しているだけだ。左右には威圧的な金属製の自動ドアが並んでいる。それぞれに司令室、談話室、宿舎、食堂などとそっけなく書かれている。機密地区だからといって非人間的なデザインにする必要はないだろう、指揮官はそう思った。

 

 

 指揮官は自分の部屋に割り当てられている司令室に入った。そこにはAR-15がいた。ドアに背を向け、誰もいない机の前でピシッと立っていた。ここに連れて来られてからずっとそうしていたのかもしれない。指揮官に気づくとくるりと振り返る。きれいな人形だった。透き通るような蒼い目が指揮官を捉えた。民生品からの転用ではないのにここまでデザインに凝る必要はあるのだろうか、指揮官は疑問に思った。

 

 

「AR-15よ。16LABからグリフィンに貸し出されました。あなたが指揮官ですか?命令をお願いします」

 

 

 AR-15は淡々と言った。まるで表情機能を搭載していないかのようだ。白紙の状態というのは本当らしい。

 

 

「グリフィンの指揮官だ。お前の教育係を務めることになってる。よろしく」

 

 

 右手をAR-15に差し出す。AR-15は差し出された手をじっと見ていた。

 

 

「これは?」

 

 

「握手だよ。手を差し出されたら握り返すもんだ」

 

 

「それは知っていますけど……人形と握手を交わすことに何の意味が?」

 

 

 AR-15は慣れていないのかたどたどしく指揮官の手を握った。思ったよりも厄介な任務になるかもしれない、指揮官はAR-15を見て思う。

 

 

「それで指揮官、あなたは私に何を望むの?16LABではいつも命令があったわ。運動性能を見せろとか戦闘訓練をしろとかね。ここでは私は何をすればいいの?」

 

 

「そうだな……」

 

 

 指揮官は一瞬答えに窮した。正直に答えてもきっと今のAR-15では理解できまい。それに後々不信を抱かれるかもしれない。君たちは人間に信頼されていない、そう告げれば関係に支障をきたすかもしれない。命令書にはAR-15本人に任務を伝えよ、とは書いていなかった。

 

 

「お前の任務は戦う理由を見つけることだ。何のために戦うのか、それを考えて欲しい。願わくはその理由が人間のためであってほしいとグリフィンは期待している」

 

 

 指揮官はそうでっち上げた。人間のために戦えとただ命令したところでM4A1からの命令にかき消されるかもしれない。なら本人に人間のために戦う理由を探してもらえばいい。それが手っ取り早いだろうと思ったのだ。

 

 

「戦う理由?人間のため?よくわからないわね。戦う理由なんて必要かしら。戦術人形は兵器よ。命令されるから戦う、それだけでしょう。私は銃の延長でしかないわ。人間の代わりに引き金を引くだけ、考える必要はないわ。それにそもそも戦術人形が製造されるのは人間のためでしょう。人間が欲するから生まれ、人間が欲するから戦う。私が戦うのは最初から人間のためよ」

 

 

 AR-15はよどみなく言う。経験は真っ白でもよく頭の回る人形だ。これならば反乱を恐れる勢力がいるのも頷ける。既存の人形とは一線を画している。

 

 

「それじゃだめだ。それはお前が考えた理由じゃないからな。人間がお前を作った理由に過ぎない。お前は自分で理由を探す必要がある。そのためにメンタルモデルと疑似感情が搭載されてるんだ。考える必要がないのならそんなものは必要ない。人間の指示だけで戦うなら昔の戦闘機械だけで十分だ。お前たちARシリーズには優れた思考能力が備わっている。たとえ人間の指示がなくても独自に判断し、戦闘を行えるように設計されている。お前には考える必要があるんだ」

 

 

 指揮官が言い終わるとすぐにAR-15は反論した。少しムキになっているのかもしれない。

 

 

「考えるのは指揮官役のM4A1がやればいい。私はM4A1に付き従うように設計された。私の指揮、判断能力はM4A1に劣っている。私が考える必要はないでしょう?」

 

 

「お前の任務が終わるまで残りのARシリーズは発注されないことになっている。少なくとも任務が完了するまではお前は自分で考えないといけないんだ」

 

 

 AR-15はしばらく指揮官を見つめていた。反論が思いつかなかったのか、ため息をついた。AR-15は考える必要がないと言いつつ、指揮官に反論するため思考した。もし、本当に考える必要がないのなら、命令に従うだけでいい。面白い人形だ、指揮官は任務が案外楽しいものになるかもしれないと思い直した。

 

 

「わかったわ、それが任務だと言うのなら。16LABではこんなに複雑な命令は下されなかった。単純な命令ばかりだったから、戦う理由なんて考えたこともないわ。どうすればいいの?」

 

 

「そうだな……例えば失うのが怖いものを守るために戦う。これは最も単純でありふれた理由だ。何か失いたくないものはあるか?」

 

 

 AR-15は間髪入れずに即答する。

 

 

「ないわ。私は製造されて間もないから何も持っていない。私物はないわ。それに人形には所有権なんて認められていないでしょう。もし私物があったとしても、失いたくないものなんてないでしょうね。大抵のものは補充できるわ」

 

 

 指揮官はAR-15が持っている銃を指差す。長い銃身を持つカスタムされたAR-15だ。今は弾倉が取り外されている。

 

 

「銃はどうだ。戦術人形にとって銃は半身だ。失うのは嫌だろう」

 

 

 AR-15は自分の銃をしばらく眺める。きっとそのようなことを考えるのは初めてなのだろう。少し間をおいて顔を上げた。

 

 

「そうね。銃を失うのは嫌。私の身体の一部だから。でもそれは腕や脚を失うのを嫌がるのと同じこと。失うのを恐れているわけじゃない。戦闘能力が下がるのが嫌なの」

 

 

「なぜ嫌なんだ」

 

 

「戦術人形は命令に反しない限り、自己保存を追求するように作られてる。その方が効率的に戦えるから。そのプログラムに逆らうことになるから、嫌。命令以外で考えるなら私は自己を防衛するために戦うのかしら。これが私の戦う理由でしょう」

 

 

「だめだな。それはお前が考えた理由ではない。搭載されているプログラムがそう命じてるだけだ。もちろん、自分を守るために、死なないために戦うのは立派な理由だがな」

 

 

「ふうん、そういうものかしら」

 

 

 AR-15はよくわかっていないようだったが一応返事をした。

 

 

「死にたくないと自分で思えるようになるか、はたまた他の理由を見つけるか、それまでは任務は終わらない。お前も俺もここから出られないだろう。何も初日で見つけろと言ってるんじゃない。そのために俺が寄こされたんだしな。これからよろしく頼む」

 

 

「そうね、任務なんだものね」

 

 

 AR-15はまた、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 AR-15を彼女用の宿舎に案内する。案内と言ってもすぐそこだった。その宿舎は機密地区全体のデザイン同様無機質だった。壁は廊下と同じで真っ白、地下なので窓もない。簡素なベッドが等間隔に4つ並べてある。すでにARシリーズすべてを揃えたつもりらしい。指揮官にはその部屋が精神病院の相部屋のように思えて不快だった。

 

 

「ここがお前の部屋だ。ベッドは好きなのを使え。機密地区は好きに歩き回っていい。特に何もないが。それからこれを渡しておく」

 

 

 AR-15にタブレット型の端末を手渡す。

 

 

「お前の端末だ。渡すように命令された。その端末からグリフィンのデータベースにアクセスできるようになっている。指で操作してもいいし、自分と直接繋いでもいい。後者の方が早いだろうな。とりあえず今日は以上だ。明日まで待機だ、おやすみ」

 

 

「おやすみなさい、指揮官」

 

 

 AR-15は機械的にそう返した。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、指揮官は宿舎に向かった。AR-15はベッドに座って天井を眺めていた。端末をいじった形跡はない。この宿舎には何もなさ過ぎて照明を見ているくらいしかやることはないだろう。指揮官は気の毒に思った。

 

 

「おはよう」

 

 

 挨拶をするとAR-15も顔をこちらに向ける。

 

 

「おはよう、指揮官。今日の指示は何?」

 

 

 AR-15は機械的に挨拶を返す。

 

 

「模様替えさ」

 

 

 指揮官は丸めて持ってきた壁紙を見せる。やわらかなクリーム色をした壁紙だ。昨晩、グリフィン本部倉庫のデータベースから検索し、届けさせた。経費では落ちないらしく自腹で払った。

 

 

「模様替え?する必要を感じないけど。私はこの部屋に不満はないわ」

 

 

 AR-15は疑問を口にする。この部屋は今のAR-15と同様、白紙の状態だ。だがそれではいけない。AR-15にはこの部屋に不満を持つように育ってもらわなければならない。そう、人間らしく。

 

 

「お前がよくても俺は嫌なのさ。どうせすることもないんだから手伝え。これも任務だ」

 

 

「そう。わかったわ」

 

 

 そう言うとAR-15は立ち上がる。壁紙の裏面にはテープが貼られており、はがすとのり面が露出する。壁紙の端と端を指揮官とAR-15が持って壁に貼り付ける。天井まで背が足りないのでベッドに乗った。未使用のベッドに足を踏み入れるのは多少申し訳ない気がした。

 

 

「指揮官の側が2cmずれてるわよ」

 

 

「そうか?いや、そうだろうな。こういう作業は絶対に人形の方が得意だ。人形より人間が優れている分野など数えるほどしかない……」

 

 

 AR-15は指揮官の言葉を聞き流した。これが初めての共同作業というわけだ、指揮官は心の中でつぶやく。これからAR-15が最も接触する人間は指揮官となる。もし、彼女を人間のために戦わせたいというならまず指揮官が彼女の信頼を得なければならないだろう。指揮官にはあまり自信がなかった。

 

 

「昨晩、任務について考えていたの。私の戦う理由を見つけたわ」

 

 

 作業を続ける中、AR-15が突然切り出した。

 

 

「もうか?」

 

 

「私が生み出された理由は指揮ユニットであるM4A1の補助でしょう。私はM4A1と常にチームを組んで戦うことを前提に設計されている。M4A1を守り、M4A1の目となり耳となり支援する、それが私の戦う理由。私はM4A1のために戦うわ。これでいいでしょう。任務は終わりよ」

 

 

 どうやらAR-15は一晩中、戦う意味について考えていたようだった。それが任務だからだ。

 

 

「それではだめだ」

 

 

「なぜ?人間のためではないから?M4A1は人間の命令で人間のために戦うでしょうから、私も人間のために戦うことになるわ。同じことよ」

 

 

 AR-15は明らかに不服そうだった。考えるなどという厄介な任務を早く終わらせたいのかもしれない。

 

 

「そうじゃない。何のために戦うかについて俺は文句は言わん。自分で考えろと言ったしな。だが、お前の言ったことはお前が考えたものじゃない。16LABがお前を作った理由だよ。違うものだ」

 

 

「違うの?」

 

 

 AR-15は首をかしげる。いつの間にか作業は止まっていた。本来、M4A1のために戦うという理由ではいけない。AR-15はM4A1が反乱を起こした時、それを止められなくてはいけない。M4A1のために戦う戦士では役に立たない。だが指揮官はそれを否定する気にはならなかった。

 

 

「違うさ。16LABは神様じゃない。連中の決めたことに必ずしも従う理由はない。人間の親子みたいなものだ。16LABは親で、お前は子どもだ。親は子どもに何かしらの期待をして、産み、育てる。こういう風に育って欲しいとね。だが、子どもはそれに従う必要はない。親は所詮、他人だからだ。子どもには自分で自分の生きる道を選択する権利がある。親の決めた道を歩く必要はない。お前も同じだ。自分の生き方は自分で決めろ。お前が自らM4A1のために戦うと決めるならいいがね」

 

 

「それは難しいわね。まだM4A1は製造されてないから会ったこともない。私の中にデータとして存在しているだけ。会ったこともない人形のために戦うと自ら決めることは難しいわ。しかし、権利、権利ね。面白いことを言うのね、指揮官。人形に権利なんてものがあると?人形が権利なんて主張し出したら人間社会は成り立たないでしょう。グリフィンもね。組織として崩壊するわ。人形は考えない道具であった方が戦闘効率もいいでしょう」

 

 

 AR-15は猛然と反論する。では、人間である指揮官に考えて噛みついている彼女は何なのだろうか。

 

 

「そうでもないさ。最近は人形をないがしろにすると世間がうるさいんだ。人形を捨て駒にしたりはできない。ロボット人権運動が活発になってるからな。そう考えている人間は少なくない。それにお前は特別製だよ。上がお前に考える権利を直々に認めてるんだ」

 

 

「ふうん」

 

 

 AR-15は納得がいっていないようだったが、それ以上は言わなかった。また、作業に戻る。

 

 

「つまりだ。お前は今、この作業に何の意義も感じていないだろう。ただ命令されたからやっているだけだ。それじゃだめなんだ。いつか壁紙を変えた意味がわかるようになって欲しい」

 

 

「意味ねえ、わからないわ」

 

 

 AR-15は頭を振った。

 

 

「いつかわかるさ。何か家具が欲しくなったら言ってくれ。注文してやる」

 

 

 AR-15は答えなかった。

 

 

 

 

 

 

「お前に教育ビデオを見せてやる」

 

 

 作業が終わった後、AR-15を談話室に連れて行った。いくつかの椅子と机が並べてある。部屋の端には大きなモニターが備え付けてあり、その前には白いソファーが置いてあった。機密地区の部屋の中では一番人間味のあるところだった。AR-15をソファーに座らせる。

 

 

 命令には教育の一環として映画を見せろと書いてあった。ご丁寧に何を見せるかの順序まで決まっている。すべて戦前の映画だった。人類は芸術に傾ける余力を失った。長編の大作映画など20年は作られていないだろう。

 

 

 指揮官はモニターの画面を操作して映画フォルダを呼び出す。映画はあらかじめモニターにインストールされていた。指定された映画の再生を開始すると指揮官もAR-15の隣に座った。

 

 

 映画は地球に侵略してきたエイリアンと人類が戦うという話だった。圧倒的な力を持つエイリアンに人類は追い詰められる。それに対し人類は一致団結して戦う。最後はエイリアンの船にコンピューターウイルスを注入して勝利するという荒唐無稽な物語だった。AR-15は最後まで黙って観ていた。指揮官には上がこの映画を指定してきた意味がわかった。人類がいかに素晴らしい存在で、守るべき存在かAR-15に刷り込もうというのだろう。だが、この状態のAR-15に見せても意味はないのではないだろうか。俺にそれを言い聞かせろということか、指揮官は気づいた。

 

 

「AR-15、どう思った」

 

 

「どう、と言われてもね。これを見せて私に人間のために戦う気にさせたいんでしょう。それはわかったわ。私はそんなことしなくても人間のために戦うと言っているのにね。こんなことをしてまで私に考えて欲しいの?」

 

 

 AR-15も上の意図に気づいていた。さすがに頭のいい人形だ、指揮官は舌を巻く。

 

 

「お見通しか、さすがだな。そう、グリフィンはお前に考えて欲しいんだ。それで?人間のために戦いたくなったか?」

 

 

「戦いたいかと言われると、違うわね。命令だから戦うの。それに映画というのは作り物なんでしょう?映画の中で何が起きても私には関係ないわ。M4A1やほかのARシリーズの人形と同じ。データとして私の中に存在するけど、実際には会ったことがない。私がまともに接した人間はあなただけ。16LABの研究員たちとはほとんど顔を合わせたことがないから。それなのに人間全体のために戦え、考えろと言われても無理よ」

 

 

 そう言ってAR-15はため息をついた。この人形は賢い、情報を与えれば勝手に考えるだろう、指揮官の直観がそう告げていた。

 

 

「映画はデータに過ぎないか、そうだな。なら俺が人間について話してやろう。データじゃない、本物の人間の声さ。まず言おう。人間はエイリアンが攻めてきたって団結したりはしない。人間は最後の一人になるまで自分の組織や民族に固執しているはずだ」

 

 

 指揮官は自分がこれから話そうとしていることが任務に反していることに気づいていた。だが、なんとなくAR-15に率直に話してやろうという気になった。AR-15も映画を観ている時よりは興味を示しているように見えた。

 

 

「実際にそうだった。崩壊液が世界にまき散らされた時、俺は子どもだった。崩壊液で世界中が汚染されて住める土地が大きく減った。俺の住んでいた街は運よく汚染されなかった。住む場所を失った難民が大量に押し寄せたよ。最初は優しく接していた街の連中もすぐに冷たく接するようになった。家にも入れないし、食べ物だって与えなくなった。最初の一年で難民の大半は凍死するか餓死した。同じ国民だったのにな。おまけにE.L.I.Dまで現れた。崩壊液に汚染された人間だ。そいつらは生き残った人間に襲い掛かって来た。まさに絶望だ。人間は絶滅の瀬戸際にいた」

 

 

 そこで指揮官は一息いれた。AR-15は真っすぐ指揮官を見ていた。

 

 

「だが人類が団結したかと言うと、NOだ。同じ国民にも優しくできないんだからよその連中になんて無理さ。食料、土地、資源、ありとあらゆるもののためにそれぞれの国が争いだした。第三次世界大戦だ。そして、とうとう核まで使った。その後も互いを滅ぼさんばかりに戦い合った。結果として人間の生息域も個体数も戦前よりはるかに少なくなったのさ。それはなぜかといえば“人類”なんて最初からいなかったからだ。誰も“人類”なんていう共同体に属しているつもりはなかったし、その共同体を率いれるだけのリーダーもいなかった。みんな、国家、宗教、民族、組織、そういった小さなもののために戦っていた。人間は映画に描かれるほど賢い種族じゃないんだ」

 

 

 言い終わると指揮官はふうと息を吐いた。AR-15はそんな指揮官を見ながら考えこんでいたが、やがて口を開いた。

 

 

「あなたは……私に何を望んでいるの?私に何のために戦って欲しいの?今の話を聞いても、人間のために戦おう、という気にははならないはずよ、誰だってね」

 

 

 AR-15は疑問をそのまま口にする。指揮官の話を聞いて混乱しているようだった。指揮官はその理由に気づく。

 

 

「俺はグリフィンがお前に人間のために戦ってくれるよう期待してると言ったが、俺がそう思ってるわけではない。まあ、組織に属する人間としてはだめなんだが、さっきも言った通り人間は愚かな種族でね。同じ組織に属していても統率が取れないのさ。俺がお前に期待することは、お前が自分で理由を見つけ出すことだ。理由は何だっていいよ。俺はお前に情報を与えるから、お前が自分で考えろ」

 

 

 指揮官はそう言い切った。嘘はなかった。これは明らかに命令違反だな、そう思うと笑みがこぼれた。

 

 

「なにそれ、変な人ね」

 

 

 そんな指揮官につられてAR-15も笑った。AR-15がここに来て初めて浮かべる人間的で温かい表情だった。指揮官はその表情を見て、きれいだなと思った。彼女のそんな表情をもっと見たい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 その夜、指揮官は報告書をタイプしていた。AR-15の教育に関するものだ。彼女とどんな会話を交わしたか、どのような反応を示したかをまとめる。指揮官は思わず笑ってしまった。命令とは完全に違うことをしている。人間を称えるどころか、人間は愚かだとぼろくそにけなしている。任務を外されるか、クビにされるかもしれないな、指揮官は口元を押さえながら思った。

 

 

 だが、それでもいい。指揮官の職にもグリフィンにも未練はない。退職金がもらえないのは少し残念だが微々たるものだ。それよりもAR-15を成長させたい。イデオロギーを押し付けるのではなく、彼女の自由に任せる。自分で考えるAR-15を見てみたかった。彼女は頭がいい。グリフィンは彼女に手を焼くことになるだろう。そんな彼女を消すにはメンタルモデルの初期化しかない。だが、上司はARシリーズの導入に焦っているようだった。きっと教育をやり直すような時間はない。グリフィンを引っ掻き回すAR-15を想像すると愉快だった。クビになるまでせいぜいグリフィンに抵抗してやろう、指揮官はほくそ笑むのだった。

 

 


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