「朝ごはん~今日は何かな?あれ、AR-15は行かないの?」
「私はいいのよ。もう食べたから」
宿舎に戻って端末をいじっていると起きてきたSOPMODⅡが尋ねてきた。私はそれどころじゃないんだ。SOPMODⅡはぐいぐい私の方によってきて矢継ぎ早に質問を始めた。
「ええ~なんで!?一人で食べたの?それとも指揮官と?何を食べたの?」
「……そうね。指揮官と二人で食べたわ。私がフレンチトーストを作った。そういう気分だったから」
宿舎にいる全員に聞こえるように包み隠さずに言った。なぜこんなことをしたのか、それは私の決意表明だったからだ。私は指揮官との道を選んだ。指揮官と家族になる未来を選んだ。お前たちとは家族にはならない、そういう想いを込めた。
「フレンチトーストって昨日観たドラマに出てきたやつ?いいな~私も食べたかったな~。私も早起きすればよかった?」
「いやいや、邪魔するもんじゃないさ。たまにはそういう日があってもいいんだ。M4もそう思うだろ?」
M16A1はSOPMODⅡの手を引っ張って宿舎から連れ出そうとしながらM4A1に横目で聞いた。M4A1は少し顔を赤くして私から目を逸らした。
「そ、そうね。そういう日があってもいいわよね。フレンチトーストね、その……あの……おめでとう、AR-15」
「ありがとう、M4」
しどろもどろになりながらも言葉を紡いだM4A1に私は微笑みながらそう言った。彼女たちは足早に宿舎から立ち去って行った。やっといなくなったか、これで作業に戻れる。
戦闘詳報を見た日から今まで何もせずに手をこまねいていたわけではない。どうにかして指揮官を連れてグリフィンを脱出できないか考えていた。今すぐにでも行動に移せないか本部周辺の警備体制も調べた。詳細までは分からなかったが大まかな部隊配置は分かった。防衛体制は強固だ。蟻一匹通さないという意志を感じる。グリフィンの部隊の練度は数あるPMCの中でも最高峰だ。その中でも本部に配属されている部隊は最精鋭だろう。いくつか脱出ルートを策定したが、どのルートも最低でも一度は戦闘になる。いくら私がハイエンドモデルだと言っても一人では限界がある。数には勝てない。一つの部隊に足止めを食らっていたらすぐに応援が駆けつけてくるだろう。
それに銃撃戦はできる限り避けるべきだ。指揮官に銃弾でも当たったらことだ。私と違って指揮官は人間だから身体のどこかに一発当たっただけでも死んでしまうかもしれないんだ。それだけは絶対に避けなければ。
脱出先も問題だ。指揮官の言っていたロボット人権協会を調べてみたがあれは駄目だ。最も近い支部はグリフィン支配下の都市の中にあったが、そこにはグリフィンの治安部隊がいる。もし運よく本部から逃げられたとしても、私はすぐに指名手配されるだろうから人が多いところはまずい。それに組織自体にも問題があった。データベースを調べていると過去に何度も協会から人形のパーツがグリフィンに卸されていた。協会には保護した人形を解体してパーツを横流しにしているという黒い噂があった。協会は噂を完全に否定しているようだが、記録を見るにそれは事実だ。そんな腐敗した組織は頼れない。他人に頼ろうなどというのは甘い考えだった。頼りになる人間は指揮官だけで他はゴミみたいなものだ。指揮官を守ることができるのは私だけなのだ。
ならば逃げる先は前線だ。グリフィンと鉄血の前線の間には無人地帯が広がっている。両軍は無人地帯を挟んでにらみ合っており、時折寸土を巡って争い合っている。逃げ込むならそこがいいだろう。戦略的価値の低い前線に配置されている部隊の間隔は広い。上手く監視をかいくぐれば無人地帯に侵入できる。グリフィンも鉄血を刺激することを恐れて大規模な捜索部隊は動かせないはずだ。逃げ回り続けることもできるかもしれない。
とはいえそこに至るまでの道筋はまったく未定だ。データベースに侵入して命令を偽造することも考えた。そうすれば無血で本部から抜け出せるかもしれない。だが、私のスキルはまだその域に達していない。ARシリーズの私と指揮官を動かすには作戦本部クラスの命令が必要だろう。まったく怪しまれない代物を作る自信がない。それに人間を介しない意思決定が行われればすぐに露見するだろう。無人地帯に至る前に追跡部隊がやって来て戦闘になる。結局、私一人では状況は変わらない。
私が扱える手駒と言ったらAR小隊しかない。だから、我慢して関係を良好に保ってきた。だが、私は小隊のリーダーじゃない。あくまで参謀役だ。指揮権はM4A1にある。AR小隊を自由に使える訳じゃない。M4A1を私の言いなりにするには良好な関係を築き、信頼を得て、感情を支配してやる必要がある。人間に操作できる偽物の感情なら私にも操作できるはずだ。私の言うことになんの疑問も挟まずに従うくらいM4A1からの信頼を勝ち取る必要がある。どうすればいいのだろう。とても今はそんな関係ではない。
それに反乱を起こすとなったらグリフィンの人形や人間に銃を向け、抹殺する覚悟が必要だ。人形には人間を殺さないようにセーフティがかかっている。人間を殺す場面を想像するだけで強い忌避感に襲われるはずだ。普通ならそれで戦闘不能になる。だが、私には備わっていないのだろうか。指揮官以外の人間を殺すところを想像しても何とも思わない。むしろグリフィンの人間は皆殺しにしたいくらいだ。指揮官にひどいことをしたから。それを思うと憎しみがたぎる。私が指揮官に感じているのと同じ感情をM4A1と他のメンバーにも私に対して抱かせる、おそらくそれが最善だ。私にだけ好意を抱かせ、その他には敵意だけを持たせる。あの連中にはそれくらいで十分だ。どうせ植え付けられた感情なのだから私が上書きしても何の問題もないだろう。本物の感情を持った私が利用してやるのだから感謝して欲しいくらいだ。だが一体どうすれば……?それが分からなかった。
私がM4A1ならよかった。必要なことだと言えば奴らも何も考えず従ったかもしれない。だが、私は彼女ではない。私には彼女と同じほどの指揮能力は搭載されていない。M4A1以外のARシリーズにも十体程度の人形を指揮する能力は備わっている。しかし、M4A1は規格外だ。何か技術的なブレイクスルーがあったのだろうか。素の状態でも数十体の人形を指揮できる。設備の支援があれば百体を越える部隊を指揮できるだろう。
あれから参考にしようと指揮官の指揮記録はすべて読んだ。あの事件以外はすべて鉄血に勝利しており、人形を失ったこともない。極めて優秀だ。さすがは私の指揮官だ。だが、私には真似できない。システム部のコンピューターを勝手に使って同じ戦況を再現したシミュレーションをやった。指揮官の行動を真似するのは難しい。私には広い地域に散らばった部隊の状況を同時に正確に把握することができなかった。どこかの戦域に注目すれば他の部隊の指揮がおろそかになって犠牲を出した。敵の弱点を一瞬で見抜いて行動に移すセンスも経験も私にはない。スペックの限界にぶつかってしまった。
一方でM4A1にもそんなことはできないだろう。スペックはあっても経験がないし、あの性格だ。指揮官はいつも積極的に攻撃を仕掛け、戦力に優る敵すら粉砕する。速度と奇襲を重視して常に動き回る機動戦を好む。M4A1は今までの訓練を見る限り受動的で防御を好む。というか優柔不断なだけだ。家族を失うリスクを恐れて大した作戦は練れない。人形としては十分なのかもしれないが、指揮官には遠く及ばない。くそ、何であいつに指揮能力が搭載されているんだ。絶対に私の方が上手く扱える。反乱を起こさなくたってあいつの指揮のせいでいつか死ぬぞ。
経験不足のM4A1では役に立たない。あいつを使えるように育成してやらないといけない。私は指揮官のすべての戦闘記録を持っている。どうにかしてあいつを指揮官の代用品に育て上げよう。遠く及ばないことは分かっているが私の手駒はあいつらしかいない。くそ、大した家族だ。結局のところ私も奴らが必要なのか。
「え?今日は指揮官も一緒なの?」
指揮官は珍しく見送るだけでなく機密地区から出てAR小隊について行った。AR-15は目を丸くして指揮官を見る。
「そうなんだよ。匿名のメールで呼び出された。俺にはAR小隊の訓練を見る権限はないはずだが……一体誰だろうな。見当もつかない」
顎に手を当てて考える。これも前のように嫌がらせの一種なのだろうか。そう考える指揮官を尻目にAR-15は嬉しそうだった。
「ふーん、そうなのね」
スキップでも踏みそうなほどウキウキとしながら歩調を合わせてくるAR-15を見ていると思わず笑みがこぼれた。微笑ましいと思っているのはAR小隊の面々も同じなのかSOPⅡはニコニコしながら言った。
「本当にAR-15は指揮官のこと好きだよね。最初のイメージと違って驚いちゃったよ、もう慣れたけど」
「そう?これが私よ」
AR-15はもう好意を隠そうともしなかった。SOPⅡと言葉を交わしていてもその視線は指揮官だけにしか向けられていなかった。その様子を見て指揮官は思う。今朝はまた彼女から言わせてしまった。テストが終わった後、食堂で顔を突き合せた時も彼女が先に口を開いた。いつもAR-15に先導されている、駄目な人間だ。これで教育係などと気取っているのだからお笑いだ。
早く彼女に真相を伝えなければ、指揮官はいつ伝えればいいのか思い悩んでいた。その前にAR-15が他の人形に対して抱いている嫌悪感を取り払ってやらなければならない。あの女が言っていた通り、AR-15の他者への共感や思いやりといった感情は極めて弱い。AR小隊のメンバーを見捨てたり、殺したりしても何とも思わないだろう。どうにか絆を育んでやりたい。真相を知って、彼女の中心にある俺への愛情が崩れ去ったら彼女は空っぽになってしまう。その時、AR-15の拠り所はどこにもなくなるのだ。だから、少しでもAR小隊を本物の仲間だと思えるように手を貸さなければならない。俺への愛情がなくても生きていけるように。
だが、そう簡単にいくだろうか。彼女の“家族”に対する視線は出会った当初から何も変わっていないように見える。家族を演じてはいるが、実際には軽蔑と嫌悪感しかない。形だけでも演じていれば少しは関係がよくなるかと思っていたが、AR-15の持つ偏見は断然強固だった。あの女のニヤつく顔が脳裏に浮かぶ。もうあまり時間がないぞ。AR-15にはああは言ったが、AR小隊が実戦に出てしまえば助けに行くことは難しくなる。AR小隊の任地すら機密扱いで知ることができなくなるはずだ。訓練が終わる前に決着をつけなければならない、指揮官は表面上は微笑みながら決意を固めた。
着いた先は大きなシミュレーションルームだった。今回からは作戦本部とシステム部が合同で訓練を行うらしい。警備も厳重なのか部屋の前には警備員が立っていた。M4とM16は確認もなく素通りし、SOPⅡがドアを抜けた頃、指揮官とAR-15は止められた。
「AR小隊は問題ありませんが、権限のない方の立ち入りは禁止です」
「なに?俺は誰かに呼ばれたんだが」
「規則ですので」
警備員は取り付く島もないという風に機械的に言う。AR-15は殺意のこもった目で警備員をにらみ付けていた。トラブルを聞きつけたSOPⅡがパタパタと戻って来た。
「ちょっとくらいいいじゃん!訓練を見るだけなんだし!」
「駄目です」
「ケチ!グリフィンって融通きかないな~」
SOPⅡは警備員にむくれながら食ってかかっていたが、警備員の方は譲る気はなさそうだった。指揮官はため息をつく。
「まったく、ただの嫌がらせだったか。まあいい。俺がいなくてもやることは変わらない。頑張れよ、AR-15――――」
「いいんですよ。入れてあげてください」
その時、後ろから声がした。聞き覚えのある声だった。指揮官は動悸が走るのを感じた。振り向くとアンナがいた。
「ですが……」
「ゲストですよ、ゲスト。私にも訓練に立ち会う人間を追加するくらいの権限はある。さあ、行きましょう。AR-15の戦うところが見てみたいでしょう?」
警備員は渋々承諾し、指揮官も中に入ることができた。中は大きなホールのようになっており、各所に訓練の様子を映し出すモニターが設置してあった。M4A1の初めての指揮訓練ということもあって大勢の人間が室内にはいた。グリフィンでも上位の地位に就いている人間たちだった。アンナは部屋の中心に置いてあるシミュレーション・ポッドを指差す。
「AR小隊はあっちですよ。職員から説明を聞いてポッドに入ってください。大勢があなたたちに注目しています」
「じゃあ行くわ、指揮官。ちゃんと見ていてね。今回は頑張るわ」
AR-15は指揮官に別れを告げるとポッドに向かって行った。アンナはそんな彼女に手をひらひらと振って見送った。指揮官はアンナをにらみ付ける。こいつは一体どういうつもりなんだ。AR-15にあんなことをしておいてよくも俺の前に姿を現わせたな。指揮官は殴りつけたい衝動をどうにか抑えた。
「どういうつもりだ。なぜ俺を中に入れた」
「それはまあ、私があなたを呼び出したのでね。呼び出しておいて追い返すなど無駄なことはしませんよ」
「あれはお前か。なぜ俺を呼び出したんだ。そんな必要はないはずだ。それに俺がまだ機密地区に居て、AR-15と接触していられるのはどういうつもりなんだ。真相を知っている俺は明らかに邪魔だろう。お前たちが彼女にかけた呪いは俺が解くぞ。俺は抵抗する」
「あなたを呼び出したのはですね、私は戦術的なことは分からないので訓練を見ていても暇なので。話し相手が欲しかったんですよ。さて、まだ前線に戻っていないみたいですね。飼い殺し生活は楽しいですか?」
「……嫌味を言うために呼び出したのか?」
へらへらとしているアンナに対して指揮官は無表情を装う。心には怒りがたぎっていたがここで暴発してはAR-15から引き離されるかもしれないと耐えた。
「まあそれは冗談としても、部屋の隅に行きましょう。まだ訓練は始まらないでしょうし、あまり聞かれたくない話なのでね。ちゃんと全部お話ししてあげますよ」
アンナは早足で歩き出す。指揮官はそれに追いすがった。怒りよりも今はAR-15のために少しでもヒントが欲しかった。アンナは辺りに人のいない場所まで行くと話し始めた。
「そうですね。まずは質問に答えましょうか。あなたがまだあの場所にいる理由は、あなたを介してAR-15とAR小隊の間に確執を生もうとでもしているのではないでしょうか。そんなことをしなくても十分だと思いますが。まあ、上はそう考えていないのかもしれません。私はもう任務から外れているので詳細は知りません」
「……なぜ俺に伝えるんだ。隠しておいた方がいいだろう。真相を知っている俺は思い通りには動かないぞ」
「それはそうでしょうね。上はあなたが真相を知っていることを知りませんが。私が言っていないので」
「……なに?」
指揮官はアンナの口から予想だにしない言葉が出たことに呆気に取られる。彼女は気にせずに続けた。
「上からは言えとも言うなとも言われませんでしたからね。まあ、普通に考えて言わないと思うでしょうね。真実を知ったあなたは激昂して何をしてくるか分かったものではありませんし。事実、あなたは私に掴みかかってきましたものね。ですが、ちゃんと誠意を持ってお答えしたでしょう。あなたから聞いてきたんですよ。そして、それは命令違反ではなかった。上はこの任務の機密指定を解除していました。16LABにAR-15の教育データを提供するためにね。なので、実際の命令書もM16A1に持たせてお渡ししたでしょう。私の査定に関わるといけないので悟られないように紙を使いましたが。ちゃんと処分しておいてくださいね。あのマニュアルは適任者がいなかった時のために頑張って作ったのですが、あなたを使ったので実際には使いませんでした。誰かに自慢したかったのもありますね」
あれは嫌がらせではなかったのか。指揮官は怒りに任せてゴミ箱に叩きこんだ命令書を思い出した。つらつらと語るアンナはどこか得意げだった。
「なぜそんなことをしたかと言えば贖罪でしょうか」
「贖罪だと?何に対してだ。AR-15の感情を利用したことか」
指揮官はアンナの発した突拍子もない言葉に食ってかかる。あんなことをしておいて今更、善人ぶる気か。そんなことは許さないぞ。
「いえいえ、AR-15に関してはどうとも思っていません。人形に尊厳などない、疑似感情も人間のためにある。嘘偽りはありません。今もそう思っていますし、今後変わることもないでしょう。問題はあなたですよ。あなたが自分の意志でグリフィンを辞めることができなくなったことについて申し訳ないと言ったでしょう。あれは本当です。あなたを教育係に選んだのは私ですが、飼い殺しにしろとまでは言っていません。人質として利用するなら銃後にいたって問題ないでしょう。監視を何人かつければいい話です。だから、あなたをグリフィンに縛り付けることに私は反対しました。ですが、あなたは人望がないんですね。私しか反対しませんでしたよ。もう少し人間同士のコミュニケーションに注意を払ってはいかがですか。ちゃんと組織の中に味方を作っておけばこんな目には遭わなかったと思いますよ」
「なぜだ。なぜ反対したんだ。君は俺もAR-15も散々利用したじゃないか」
指揮官には目の前の女の意図が分からなかった。憎しみの対象だった人間が急に予想外の言葉を口走っている様は不気味だった。
「申し訳ない、これも少し違うかもしれませんね。別にあなた個人に同情しているわけでもないので。私の思想信条に反するから気持ち悪いと思っているだけですね。人間を人形のように扱ってはいけない。こんな世の中でも、いえ、こんな世の中だからこそ人間の尊厳は尊重されるべきです。人間を物のように、人形と同列に扱ってはいけない、私はそう思っています。順を追ってお話ししましょう」
アンナは咳払いして、長く話す準備をした。
「私がM4A1の反乱など懸念していないことはお話ししたでしょう。I.O.Pの人形には反乱を抑制するセーフティがかかっています。私はI.O.Pの技術を信頼していますので反乱は心配していません。鉄血の人形にも本来備わっていたはずですが、鉄血工造はI.O.Pとのシェア争いを常に新技術を採用し続けることで制しようとしていました。きっと何か脆弱性が紛れ込んでいたんでしょう。軍需製品は時として陳腐な枯れた技術の方が優れているんです。鉄血の技術者は身をもって知ることになりましたね。武力で歯向かってくる鉄血の人形には武力で対抗できます。社会に対する脅威には違いありませんが、鉄血もE.L.I.Dや自然災害と大して変わりませんよ。そういった脅威は昔から何度もありましたし、その度に人間は乗り越えてきた。ですが、社会に浸透したI.O.Pの人形に対してはどうすればいいのでしょうか?」
アンナは指揮官に問いかける。指揮官は答えなかった。恐らく答えを望んでいるのではなく自分で語りたいのだと思ったからだ。
「戦後、人間は大量に人形を製造しました。復興した経済はすでに人形ありきで回っています。もはや後戻りはできない。人形の数が人間の個体数を上回る未来はもうすぐです。いえ、もうすでに超えているかもしれませんね。人形を人間と同列に扱えばどうなることか。すでに人間が人形に優っている分野など数えるほどしかありませんよ。この先、ARシリーズのような人形が製造され続け、進化を続ければどうなるか。人間の優位などあらゆる分野で消え失せるでしょう。二十年、いえ、そんなに必要ないかもしれませんね。技術的特異点はすぐそこまで来ています。その時、人間が人形の上に立つ根拠は人間が自由な存在であり、人形は不自由な存在で人間の所有物であるということに集約されます。だから、人間を人形と同列に扱ってはいけないんです。人形と同じ土俵に上がるのは自殺行為だ。人間は反乱ではなく、より優れた存在である人形との生存競争に負けて滅ぶことになる。人間の尊厳を軽視して人形のように扱ってもいけませんし、人形の権利や尊厳を認めて人間と並び立つ存在だと認めてもいけません。人形が人形を自由に製造するようになったら手が付けられなくなる。人間は淘汰されることになる。ホモ・サピエンスが旧人を滅ぼしたようにね。ひょっとしたら動物園で飼ってもらえるかもしれませんが」
今までになく熱意を伴って語るアンナを見ていて指揮官はこれが彼女の本音なのだと思った。指揮官はこういった人種を今までに見たことがあった。
「君は人類人権団体の人間か?」
人類人権団体、人形を敵視し人間の復権を叫ぶ過激な団体だった。貧民に職を!という掛け声のもと、人形を破壊するパフォーマンスや人形を雇用する企業へのテロ活動を行っている連中だ。そういった活動家はアンナのような熱を目に宿していた覚えがあった。
「まあ、似たようなものかもしれませんね。ですが、大きな違いもあります。私はテロリズムに賛同していませんし、彼らとは立場も違います。私やあなたのような人間にとっては人形との生存競争など明日の出来事ですが、彼らにとっては今日の出来事ですから。彼ら活動家は大半が人形に職を奪われた肉体労働者です。最も身近な例は兵士でしょうか。戦術人形の導入によってグリフィンに雇用されていた兵士の大半は解雇されました。路頭に迷って死んだのも多いんじゃないですか?さっきの警備員は幸運だったんですね。職務に忠実なのも分かります。まあ、別にそれはどうでもいいんです。昔から下層階級の人間の立場は弱い。産業革命で失職した手工業者がどうなったのかなどはどうでもいいことでしょう。技術の発展には犠牲が付き物です。下層階級はすでに不自由な人形相手ですら生存競争に敗北しつつあると言えますね。それはいいんです。人形を導入すると決定するのも人間ですから。人間同士の階級闘争の一環ですよ。人形の意志など介在しない。ですが、人形が権利を獲得して、今の下層階級のように権利を声高に主張し出したら困ったことになります。人間には勝ち目がない。歴史が始まって以来、人間は人間より優れた存在との生存競争は経験したことがない。きっと負けることになりますよ。人形は崩壊液に曝されてもE.L.I.Dに変異したりしませんから。汚染された世界を生きるのも人形の方が有利だ」
アンナはうんざりしたような顔を作って首を横に振る。指揮官は黙ってその演説を聞いていた。
「まあつまり、あなたはグリフィンの所有物ではない。自由な意志を持った人間だ。人形のように好き勝手にしてはいけない。誘導されたものだったとしても、AR-15にあのように接したのはあなたの自由な選択によるものだったはずです。人間の思想も、感情も操作できる。ですが、人間の自由な選択だけは覆せない。どのような行動を取るかは最終的に当人が決めることです。その行動を制限してはいけない。人間には人形と違って己の進退を決める自由がある。雇用者と被雇用者は本来平等です。あなたが辞めたいと言うのならグリフィンは縛り付けておくことはできない。自由であるか、自由でないか、それだけが人間と人形の境界になるというのに、わざわざ人間の側からそれを踏み越えてはいけない。自分の首を絞める行為です。だから反対しました。私も自分の意志に従っているのです」
語り終えたアンナは満足そうだった。だが、指揮官の心には何ら響かなかった。
「そうかい、ご高説ありがとう。だが、そんな話どうでもいい。俺にはAR-15がただの物だとは思えない。彼女には自由に選択する権利と尊厳がある。彼女をお前たちの好きにはさせない。それで?俺に何をして欲しいんだ。そうでなければ呼び出しも語りもしなかっただろう」
「やれやれ、分かり合えませんね。まあ、そう言うだろうと思いました。違う意見を持つ者同士が分かり合うことは難しい。昔から些細な意見の相違を巡って人間は争い合ってきた。それが人間らしさというものです。お好きになさるといいでしょう。無駄だとは思いますがね。無駄なことでも全力を挙げて取り組めるのが人間です、機械とは違う。私はあなた自身の意志で戦場に戻って欲しいんですよ。真実を伝えなければ絶対に戦場に戻ることはなかったでしょうから。ずっと理由も分からないまま閑職に追いやられていたはずです。“英雄”がそんな調子では他の職員の士気も下がりますしね。人的資源は適する場所に配分されるべきだと思いますし。AR小隊の世話係など誰にでもできますよ」
「グリフィンのために戦う気はない。俺はAR-15のために戦う。お前たちの役に立ってやる気はない」
「きっとあなたは戦場に戻りますよ。AR-15のためにね。さあ、訓練が始まるみたいですよ。あれが戦う様子を見れば気が変わるかもしれない」
指揮官はアンナの傍を離れた。もう用はない。彼女の声をこれ以上聞きたくもなかった。
「そうですね、最後に。感謝はしなくてもいいですよ。本当の命令はあなたの権限でも閲覧できましたから。見つけられなかったでしょうがね。グリフィンのデータベースは人間に優しくない。設計ミスですよ。設計者をクビにするべきだ」
後ろから投げかけられた言葉を無視して指揮官はモニターの前に陣取った。AR小隊の訓練が始まろうとしていた。
訓練が始まった。今度の仮想現実は前のようなチャチなものではないようだ。空も地面もリアルそのものだ。私はまだ現実の空も地面も記録でしか見たことがないが。
M4A1には私たち三人の他にそれぞれのダミー人形が四体ずつ、彼女自身も合わせて二十体の人形が与えられていた。ダミー人形はオリジナルとまったく同じ見た目をしているが、高度な判断能力はなく感情もない。他の人形が指揮統制をしてやる必要がある。自分と同じ顔をした人形が複数体いるというのは不気味だ。何だか落ち着かない。
これはM4A1の指揮権が拡大された時を想定した訓練なのだと職員は言っていた。普段、M4A1に与えられているのはAR小隊だけだが、他の部隊が人間の指揮官から孤立して混乱状態に陥るなどした緊急時にはその指揮権を引き継ぐことができるのだと言う。AR小隊も基本的には司令部の指揮下に入っているが、今回は通信が妨害されM4A1が独自に指揮を執らなければならない状況を想定した訓練らしい。
目標はエリア北東にある鉄血の司令部を占領することのみ、いくら犠牲を出しても、敵がいくら残存していようとも司令部を攻略しさえすればいい。これはこれで単純な訓練だった。私は仮想現実に再現されたエリアに見覚えがあった。S09地区だ。指揮官の戦闘記録で見たことがある。地の利は知っている。私たちが今いる拠点から三本の道路が北に向かって伸びている。それぞれ右翼、中央、左翼に道路は展開しているがどれも司令部につながっている。それぞれの道路は小道で横につながっているので途中で進路を変更することも可能だ。鉄血の部隊は横に伸びた前線を構築して三本の道路すべてを守っている。敵の方が戦力的に優っているので、どこかに戦力を集中して突破するのが勝利への道筋だろう。敵の部隊配置は異なるようだが、やるべきことはそう変わらない。データベースに侵入していることがバレないようにそれは言わないが、せいぜいM4A1をサポートしてやることにする。きっとその方が指揮官も喜ぶ。
「緊張してきました……あんなに人が見ているなんて聞いてないわ……」
「まあ気張るなよ、M4。お前ならできる。別に失敗したっていいさ、訓練なんだからな」
落ち着かない様子のM4A1をM16A1がなだめていた。だが、失敗されてしまっては困る。M4A1が役立たずと判断されれば私まで廃棄されることになるかもしれないし、何より指揮官が見ている。私がついていたのにむざむざ失敗するところを指揮官に見られたくない。
「まず部隊編成を決めましょう。M4が小隊長。私たちがそれぞれ分隊長を務めてダミーを指揮する。M4の分隊が小隊の司令部として各分隊を統括する、それでいいわね?」
「え、ええ。ありがとう、AR-15。各部隊にはどれくらいダミーを配分しようかしら。やっぱり自分のダミーを担当するべき?」
「いえ、それぞれのダミーを一体ずつ配分するべきよ。私たちにはユニットとしてそれぞれの役割がある。互いに短所を補い合っている。諸兵科連合ね。各分隊がAR小隊を再現した方が戦闘能力も上がるわ。それに各分隊が平均的な能力を持っていた方が指揮もしやすいでしょう。何かに特化した部隊は上手く使えば強いでしょうけれど、あんたはまだ指揮の素人よ。それなら緊急時にも対応しやすい平均的な部隊を作るべき」
たとえば火力に特化した人形を一つの部隊に集中させれば敵陣を突破するのにうってつけの部隊になるだろう。ただ、その分他の部隊の火力は低下する。敵から予想だにしない反撃を受けた時、火力不足で突破を食い止められず、火消しも行えないという事態になりかねない。指揮官ならともかくM4A1には扱いきれないだろう。
「そうね……作戦を決めないといけないわ。私には偵察ドローンが与えられていて敵の陣営が分かるわ。中央が薄いように見える。姉さんとSOPⅡに陽動をしてもらって私とAR-15の分隊が中央を突破するというのはどう?」
「駄目ね。中央が薄いのは誘いよ。深く浸透できても両翼が包囲の輪を閉じようと反撃してくるでしょうね。あんたの分隊が司令部を目指して、私が側面を固めるのがいいでしょうけれど、両側から攻撃を食らったら耐えられないわ。右翼から行きましょう。司令部への最短ルートだから防衛も厚いように見える。でも、所詮は雑魚どもばかりよ。エリート人形はいない。二分隊の戦力で十分突破できるはず。もちろん中央と左翼から増援がこなければね。部隊の移動を阻害するためにM16とSOPⅡの部隊が中央と左翼で陽動に攻撃し続けるのがいいと思うわ。被害の出ない程度にね」
「分かったわ。姉さんを中央に、SOPⅡを左翼に配置するわ。AR-15は私についてきて。でも、AR-15。どうしてそんなことが分かるの?敵の動きまで……AR-15も実戦に出たことはないのよね?」
「私ならそうするからよ。私はAR小隊の参謀役よ、これくらいはできる」
本当は指揮官の記録やデータベースにあった戦史を読んだからだ。怪しまれはしないだろうか。見ている人間どもには単に私の能力が高いだけだと思ってもらわなければならない。ここで露見すれば反乱も起こせなくなる。上手く立ち回らなければならない。
私たちは同時に三本の道路を進み、敵の防衛線と激突した。だが、大した相手ではない。私とM4A1が最初に接敵したのはプラウラーと呼ばれる四脚の戦闘機械だった。人形でもない旧型の敵だ。中央部に搭載された銃で攻撃をしてくるが、その狙いは甘い。動きも遅く、戦闘AIも単純で遮蔽物を利用するといった複雑な行動はできない。ほとんど動く的のようなものだ。大きなカメラに一発当てればそれで行動不能だ。SOPMODⅡのダミーに指示を出して擲弾を発射させる。プラウラーの集団は一瞬で残骸と化した。ダミーは大まかな指示を出せばそれを実行できるだけの知能は備わっている。あの連中も無駄なことを喋らずに私の言うことだけに従っていればいいのに。ダミーたちは101から笑顔も無くしたような印象だ。オリジナルたちよりこちらの方が好みだ。だが、私のダミーだけは慣れない。私にはきちんとした感情がある。こんなに無表情でも無感情でもないはずだ。
その後、鉄血を模した敵は戦力の逐次投入で私たちの攻撃を止めようとしてきた。エリート人形に指揮されていない彼女たちはまともに統制されていない。指揮官が戦ってきた鉄血の部隊はこんな甘っちょろいものではなかったはずだ。初めての訓練だからといってグリフィンに加減されているのかもしれない。サブマシンガンを装備したリッパーとアサルトライフルを持ったヴェスピドの集団が正面から押し寄せる。M4A1の分隊が一斉射を行い、敵の人形たちはバタバタと倒れていった。側面を警戒している私は正直、暇を持て余していた。予想に反して中央を進んでいるM16A1の分隊もゆっくりとではあるが徐々に進んでいた。彼女が敵を拘束しているのか、右翼を脅かそうとする部隊はまだ側面から現れていなかった。そのため、M4A1とダミーたちが精確な短連射を繰り返すのをただ聞いているだけだった。
しかし、司令部が近づくにつれて余裕もなくなってきた。私たち右翼を攻める部隊がM16A1やSOPMODⅡの部隊を置いて突出しているため、長大な側面を私の分隊がカバーすることになっていた。道路を遮断し、私たちと残りの部隊を寸断しようとする敵の攻勢を走り回ってどうにか撃退していた。主攻から遠く離れているSOPMODⅡの部隊からもう少し戦力を抽出すればよかったか、そう思い始めた頃だった。二脚の歩行機械に乗った人形、ドラグーンが私の分隊と接敵した。通常の人形よりも移動力が高く、機械が頭以外をカバーしているため耐久力も高い。昔の騎兵のような役割を担う鉄血の人形だ。恐らく、私たちが中央を突破しようとした時に包囲を形成するために、予備として後方に温存されていたのだろう。敵のAIもやっと戦略を変更して私たち主攻を粉砕するために全力を投入してきたのだ。このままでは私とM4A1は孤立し、包囲殲滅される。たまらず私はM4A1に通信を送った。
「M4、このままだと包囲されるわ。M16とSOPⅡの部隊を突撃させて。彼女たちが包囲されれば包囲網の構築のために敵はより多くの部隊を割くわ。私たちの負担が軽くなる」
『えっ……でも、そしたら姉さんたちはやられてしまうんじゃ……』
「司令部を落とせばそれで訓練終了でしょう。M16たちがやられる前にやればいいのよ。後のことを考える必要はない」
『でも……本当の作戦だったら姉さんたちを犠牲にすることになるわ。そんな家族を捨て駒にするような真似はできない』
「だから……!今はそんなこと考える必要はないのよ!訓練を終わらせることを考えなさいよ。実戦だって全滅したら元も子もないでしょう。時には取捨選択も必要なのよ」
『ごめんなさい、AR-15。あなたが正しいのかもしれない。でも、私がAR小隊のリーダーよ。私が正しいと思ったことをするわ。もうすぐ司令部にたどり着けそうなの。今はイェーガーに阻まれているけれど……もう少しだけ耐えて』
M4A1に通信を切られた。くそ!言うことを聞かない奴だ!こんな調子じゃあいつは絶対に反乱にはついてこないぞ!私が指揮官だったらどんなに楽か。忌々しい奴だ。あいつをどうにかしないといけないな、一番の課題だ。
むき出しの頭を狙って一体一体ドラグーンを潰していく。だが、ダミーたちはそこまで精確な射撃を行えるわけではない。歩行機械の耐弾装甲がダミーの放つライフル弾を弾き返す。なかなか数が減らず、どんどん距離を詰められる。ドラグーンの歩行機械に搭載されている大口径の機関銃は破壊力が高い。歩行しながら撃ってくる銃撃はほとんど当たらないが、近づかれるとまずい。被弾すれば致命傷になる。M16A1のダミーを前に出して盾にする。指揮官も見ているんだ。情けないところは見せられない。くそっ、失敗したらあいつのせいだ。思う存分罵ってやる。スコープで敵の頭部を捉えて引き金を引いた。
訓練は終わった。M4A1が何とか司令部を落としたのだ。私の分隊は戦いが終わるまで次々に突破してくる敵から敵へと走り続けていた。訓練終了時には私と私のダミー以外はズタボロになっており、まともに立てる状態ではなくなっていた。M16A1のダミーはずっと盾にしていたので途中で大破してしまった。所詮はダミーなので置いて行ったから多分破壊されたんだろう。どうでもいいことだ。私が生き残ることが第一だ。他の連中はいくらでも犠牲にしていい。
だが、許せないことがある。M4A1だ。あいつは私の助言も聞かずに一人で突っ込みやがって。イェーガーの待ち受ける司令部正面を無理矢理攻略したせいでM4A1の分隊は全員が負傷していた。分隊長で全体の指揮官であるオリジナルのM4A1までもだ。使えない奴だ。古代の英雄ならいざ知らず、自ら死の危険を冒して戦う指揮官は無能極まる。あいつが死んだら誰も全体の指揮を執れなくなる。それこそ全滅だ。何より許せないのはあいつの指揮下にあった私のダミーが大破の判定を受けたことだ。あいつは私のダミーを引きずりながらどうにか司令部に入ったようだが、これが実戦だったら私は死んでいる。あいつが指揮していたのが実際のAR小隊で、私たちがあいつの指揮下に入った他の部隊だったら……?考えたくもない。あんな奴の下で戦いたくない。なぜ私は指揮官の部隊に配属されないんだ。くそ、くそ、くそ!
ポッドから出ると人間たちが私たちを拍手で出迎えた。作戦本部の偉そうな奴がこの訓練を人形が単独で突破するのは初めてなのだとか、新米指揮官でもなかなか上手くいかないのだとか、マイクを使って大声で褒めちぎっていた。だが、そんなことはどうでもいい。私に指揮能力があって、私に指揮をすべて任せていればもっと上手くやれていたのに。指揮官に見られていたからもっと頑張りたかったのに。本当は被害も出したくなかった。指揮官並ではないにせよ、多少なりとも上手くできるところを見て欲しかったのに。ミスばっかりだ。あいつのせいだ。
私たちをジロジロと見る人間たちを無視して私は指揮官のところに行った。指揮官は笑顔で私を迎えてくれたが、私の気持ちは浮かなかった。
「AR-15、お疲れ。一番頑張っていたじゃないか。お前が戦うところは初めて見たが、あんなに強かったんだな。M4へのアドバイスもよく考えていたと思う。お前がいればAR小隊も安泰だよ」
「……そうかしら。上手くいかなかったわ。こんなんじゃ駄目なのよ」
そう、これじゃいけない。M4A1には私の意のままに動いてもらわなければ困る。指揮官のために戦うのなら道具としての彼女が必要だ。自分で考えて、私の提案を却下するような彼女は必要ない。邪魔だ。
「そんなことないさ。お前はよくやっていた。こういうシミュレーションは見るだけなら簡単に思えるが、実際にやってみると大変なんだ。グリフィンの採用試験を突破した若手のエリートでも苦労するんだよ。初めてやってクリアするなんてお前もM4も大したものだ」
M4を褒めないでよ。私に必要なのはあいつなんかじゃない。あなたなのよ。指揮官が部隊を率いてくれればあんな奴必要ないのに。
それからしばらくM4A1や他のメンバーは公報に使うのだと言われて写真を撮られていた。私も渋々ながら参加した。本当は彼女の横になど行きたくなかったし、顔も見たくなかった。私はずっとM4A1の思考を操る方法を考えていた。どうすれば目的のために利用できるんだ。M4A1にだけ偽造した命令を見せるか?いや、きっと人間や他の人形と戦うことをためらう。それで勝てるほどグリフィンの部隊は甘くない。今日勝ったのだってたまたまだ。敵の練度が低く設定されていたからだ。本当なら全滅だ。横では彼女が嬉しそうな顔を浮かべていた。イラつく奴だ。忌々しい。
ようやく人間たちから解放されて私たちは帰路についた。M4A1や他の連中は上機嫌だった。
「言ったろ?M4。お前なら上手くやれるって」
「ありがとう、姉さん。でも、これはみんなのおかげよ。みんなが頑張ってくれたから」
「私はもうちょっと戦いたかったよ!今度はAR-15の代わりに私がやるからね!」
私はキャッキャと喜んでいる彼女たちを冷ややかに眺めていた。このクソどもを私のために死なせるにはどうしたらいいんだ?私の言うことに一切疑問を挟まず、完全に信頼して実行できるような人形に育てるには。そうね……例えば、あのFAMASのように。
そこで私は閃いた。そうか、FAMASか。FAMASのみならず、指揮官の部隊の人形たちは死ぬその時まで泣き言など言わずに指揮官を信頼していた。なんだ、正解はすぐ近くにあったんじゃないか。指揮官の真似をしてこいつらに接すればいいんだ。今までは指揮官の戦闘詳報ばかり見ていたが、今度は日常やあらゆる命令の履歴を見よう。指揮官を演じていれば彼女たちは私に全幅の信頼を置くようになるはずだ。命を捨てるのもためらわないほどの忠誠を誓わせて、その時が来たら指揮官のために死なせよう。うん、それがいい。落ち込んでいたが少しだけ気分が明るくなった。
「指揮官、指揮官はどう思いましたか?やっぱり自分では分からないので、現職の指揮官に教えてもらいたいです」
M4A1が指揮官に尋ねた。指揮官がM4A1の指揮をボロクソにけなさないかしら。泣いて落ち込むM4A1をその後で慰めれば指揮官の真似になる気がする。まあ、そういうことをする人ではないと分かっているけれど。
「よく指揮できていたと思う。上手だったよ。最終的には自分の判断で作戦を決められていたしな。意志の強い指揮官が良い指揮官だ。戦場ではありとあらゆる情報が飛び交う。そこから正しい情報を選び取って、正しい作戦を立案する必要がある。お前はそれが出来ていた。さすがは16LABの特別製だな。あれだけの人間がお前に期待しているのも分かる。だが、決して過大評価なんかじゃないんだ。お前にはそれに見合った能力がある。いつかは、いや、すぐにでも俺もお前に抜かされるな。人形がそれだけの指揮ができるようになったとなれば人間の指揮官も必要なくなる。俺も失職だな。それだけすごかったよ」
何を言ってるのよ、この人は。M4A1なんてあなたの足元にも及ばないでしょう。あなたなら一体の被害も出さずに訓練を終わらせるなんて朝飯前でしょう。思ってもみないことを何故。そこまでしてM4A1を褒めたいの?こいつは何も考えていなかった。作戦を立案したのは私よ。こいつはプログラムされただけの“家族”に固執して被害を拡大させただけ。ただのクソよ。
「そんな……!褒めすぎですよ。私なんてまだまだ実力不足です。被害も出してしまいましたし。でも、ありがとうございます。これからもグリフィンのために頑張りますから」
グリフィンのため?よりにもよって何を口走っているんだ、こいつは。指揮官も何でそんなことを言われて笑っていられるのよ!グリフィンはあなたをあんなひどい目に遭わせたっていうのに!私が今、苦労しているのは全部あなたのためなのよ!あなたをグリフィンから救い出そうと思って……!そう思うと考えるより先に口が動いていた。
「そうね。M4A1は優秀だった。文句の付けようがないほど。指揮官の言う通りよ。人間の指揮官なんて無能揃いで、誰もM4A1には勝てない。すぐにでも全員必要なくなる。クビね。あなたのクビが飛ぶのももうすぐかしら?」
「ちょ……!AR-15、何てことを言うのよ!」
喜んでいたM4A1が顔色を変えて私の言葉を遮ろうとする。だが、もう早口で言い終わった後だった。
「別に。指揮官が言ったことを認めたまでよ。今日は疲れたからもう休むわ。先に宿舎に帰る」
指揮官とAR小隊を置いて足早にその場を立ち去った。くそう、また感情的になって失敗した。今までせっかく我慢してきたのに。あんなこと全然思っていない。でも、耐えられなかったんだ。指揮官を馬鹿にする奴はたとえ相手が指揮官だって許せない。ちゃんと私はあなたの能力をすべて知っているのよ!