死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第八話後編「LIVE MY LIFE」

「夕食だぞ。来ないのか?」

 

「いらないわ」

 

「やれやれ、強情な奴だ。それがお前らしさかな。だが、M4はお前を怒らせたんじゃないかと気を揉んでるぞ。ちゃんと仲直りしとけよ」

 

 M16A1はそう言うと宿舎を出て行った。怒らせた?いつもあいつには腹を立ててるわよ。私はベッドの中で端末を操作していた。早速調べ物だ。まあ、M4A1には後で適当なことを言っておけば何とでもなるだろう。“家族”だのなんだの言えばそれで解決する。

 

 私はずっと指揮官と部隊に関することについて調べていた。彼女たちが帰ってきて寝静まっても寝ずに情報を精査していた。指揮官はずいぶん経費で落ちない支出をしていたんだな。お菓子とか、軽食とか、ちょっとしたインテリアとか。そういったものを人形の好きなように買い与えていた。前にM4A1とSOPMODⅡにくそみたいな家具を買ってやってたのも昔からやっていたことなんだな。でも、私にはお金がない。そういうことはできない。食事でも分け与えてやればいいのだろうか。SOPMODⅡくらいにしか通用しなさそうだな。これは保留だ。

 

 やはりミスをしないこと、これは大事だろう。戦闘では人形に被害を出さない、指示はすべて的確。そうすれば命令に何の疑問も抱かなくなる。これも難しいな。私はまだ経験が浅い。スペック的な限界もある。今日もミスをした。感情的にもなった。駄目駄目じゃないか。指揮官を演じるには程遠い。

 

 もっと指揮官と人形の会話など日常的なことを知りたいのだが、そういうものは残っていない。そういう真似できるところが知りたいのに。失った仲間について指揮官に聞くことはできないし困ったな。

 

 次は指揮官に与えられた命令を見てみようか。データベースのあらゆるところに命令が散らばっていた。各部署から与えられた命令はそのまま各部署のデータベースに保管されているようだ。各指揮官に与えられた命令は一括して管理されていない。これだと人間は閲覧するのが大変だろう。探し出すこともできない。だが、私は人形だ。それも情報収集に長けた。ひとまず最新の日付の命令から見てみようか。

 

『AR-15との関係の維持、および機密地区の管理』

 

 私との関係の維持?これも命令なの?でも、指揮官は自分の意志で私の教育係を続けると言ってくれたんだから関係ないわよね。そもそも指揮官が私の教育係になったのは最初は命令されたからなんだし。それより管理業務の方がふざけていて問題だ。あんなに優れた指揮官を使用人扱いするようなことが書いてある。これを命令した奴は探し出して殺そう。そうね、SOPMODⅡにでも遊ばせてやるのがちょうどいいわ。次を見ましょう。私と出会ってからのことよりももっと前のことを調べるのに時間を使った方がいい。ちゃっちゃと見ていこう。

 

『AR-15の感情を支配すること』

 

 ……ん?また私の名前?感情を支配?どういうことよ。指揮官に通知された日付は……私が指揮官と出会った日だ。内容を読む。

 

『対象と対等であるかのように振舞い、関心を買え』

 

『心を打ち明けたように見せかけ、対象の同情を引け』

 

『対象に映画と自身を重ねさせ、感情の発露を誘え』

 

 え?どういうこと?どれも私が指揮官と過ごした思い出のことじゃない?つまり、それって……いやいや、そんなわけがない。前にちょっと思ったこと、指揮官は命令されたから私の相手をしていて、態度はすべて虚構である、そういう妄想。でも、これは正しくないのよね?指揮官は自分の意志で私の教育係をやっているのよね?今朝だってたくさん優しくしてくれたんだものね?

 

 そう、これはただの嫌がらせよ。誰かがいたずらで作っただけ、指揮官はこんなの知らないのよ。そうだ、指揮官が最初に言っていた任務を探そう。

 

『お前の任務は戦う理由を見つけることだ。何のために戦うのか、それを考えて欲しい。願わくはその理由が人間のためであってほしいとグリフィンは期待している』

 

 そう、こんなことを言っていたわ。それがあればこんないたずらすぐに否定できるわ。指揮官は偽物なんかじゃないんだものね?

 

 ない、ない、ない。そんな命令、どこにもない。私と出会う前の指揮官には空白期間がある。部隊を失ったあの日以来、命令が与えられていない。S12地区の防衛を言い渡された後、次に現れるのはあの命令。私の感情を支配するように言い渡す命令だ。なぜ?なんでそんなのが任務になるの?命令をよく読む。

 

『M4A1に反乱の恐れあり。AR-15を人類側に立つ監視役に育成せよ。緊急時はM4A1を破壊する必要がある』

 

 目的として短くそう記してあった。それに注釈がリンクされていた。

 

『不明瞭である。AR-15にはグリフィンに所属する教育係に愛情を抱かせることが最適であると考える。パーソナリティを未搭載で出荷するよう16LABに協力を要請すること』

 

 つまり、つまりそれって……私が指揮官に感情を教えてもらったのは……全部、全部仕組まれてたってこと……?私がM4A1を何とも思わずに破壊するように……?確かに、私はM4A1のことも、AR小隊のことも、どうとも思ってないわ。指揮官に言われたら躊躇なく殺すし、率先して使い捨てにしようとも思ってた。そう、私は彼女たちの感情を支配して意のままに操ろうとしていた。指揮官のために。彼女たちことなんて微塵も考えずに。じゃあ……グリフィンと指揮官が私にやっていたことは、私が彼女たちにやっていたことと何も変わらないってこと……?自分の利益のために、相手の感情なんてまったく考慮せずに。

 

 違う、違う、違う、違う、違う!指揮官はそんな人じゃないんだ!私のことを物のように扱っていたはずがない!私みたいに冷たい人じゃないのよ!だって、指揮官は私に優しくしてくれるし、自分の辛い過去のことだって話してくれたし、私のことだって今日受け入れてくれたじゃない。あれ?でもそれってさっき見たマニュアルに全部書いてなかったっけ?違うわ。指揮官は温かい目で私のことを見てくれるもの。他の人間とは違うのよ。でも、何でそんなこと思ったんだっけ?私、他の人間の目なんてそんなに見たことないわ。16LABの人間とテストに来たあの女くらいしか見たことないわ。ずっと指揮官と暮らしてたんだし、他の人間と会うようになっても指揮官のことしか考えてなかった。嫌な予感がしてマニュアルの作成者の名前でデータベースを調べた。テストに来た女の顔が出てきた。この女、今日も会ったな。何だか指揮官に親しげに話しかけていなかった?よく見ていなかったけれど、テストに来た時ほど冷たい目をしていなかったような。あれ?じゃあ全部演技だったの?私に指揮官が特別だと思わせるための?

 

 嘘よ嘘よ。そんなわけない。だって指揮官は自分の意志で教育係を続けるって言ってくれたじゃない。こんな命令は関係ないのよ。指揮官は偽物なんかじゃない!虚構じゃない!演技でもない!最新の命令の日付を見た。あの日だった。指揮官がM16A1に連れて来られて、私の教育係であり続けると言った日。テストが終わった日からあの日まで、指揮官は私に会ってくれなかった。その時、私はなんて思ってたんだっけ。指揮官が私に会ってくれないのは任務が完了して、会う必要がなくなったからだと怖がっていたわ。指揮官と仲直りしてそんな考えはとっとと捨ててしまった。でも、あれは命令されたから言っていたんだとしたら?

 

 ちょっと待ってよ。そんなの嫌。嫌、嫌、嫌。指揮官が自分の意志で私の教育係を続けると言ってくれたあの日、大切な思い出の日。あれがただの命令だったとしたら?私がAR小隊に接するように指揮官もずっと演技をしていたんじゃないの?自分の意志でも何でもない。必要に駆られたから、そういう風に装っていたんだとしたら?

 

 じゃあ……どういうこと?考えたくない。全部、全部嘘だったってこと?私と指揮官の思い出は全部作り物。私の恋心も作り物。私の好きな指揮官はこの世にいない。画面の向こうで役を演じてる俳優と同じで、フィクション。

 

『任務は終わった。俺は教育係の任を解かれた。でもそれはグリフィンの奴らが馬鹿だからそう判断したんだ。お前にはまだ教育係が必要だ。だから、俺は教育係を続けるぞ。誰かに命じられたからじゃない。自分の意志で決めた。奴らに文句を言われたって気にするものか』

 

『お前がいないと困るんだ。お前にいて欲しい。お前が必要なんだ』

 

『二人で食事をするのも久しぶりだな。ここ最近は少し寂しかった』

 

『たとえお前がここを離れることになっても、それで終わりじゃないぞ。少し離れ離れになったとしても、それは永遠の別れじゃない。きっとまた会える。俺が会いに行くさ。俺は諦めが悪い。お前を一人にはしない。見捨てたりしない。お前を助けに行く。どうにか出来ることをする。お前は俺が守る。もう前に決めておいたんだ。お前を死なせたりしない。誰にも好きにはさせない。お前の自由な意志を守ってやる。だから、お前は自由に自分の道を選べ。お前が望むならずっと一緒にいるさ。お前の道についていく。お前が自由に笑えるようにするよ、絶対に』

 

 ああ……ああああああああ……!私のすべてが崩れていくのを感じる。胸がズタズタに切り裂かれて思い出があふれ出していた。指揮官との思い出を失ったら私には何も残らない。空っぽだった。

 

 私は声を殺して泣いた。他の奴らに悟られないように。泣くのは生まれてから二度目だった。いや、本当は生まれてなんてなかったのかもしれない。だって、指揮官と初めて会って、あの映画を観たのも、全部命令されてたからなんでしょ?あの時、指揮官が人類なんていないんだって言った時、私は驚いて指揮官に興味を持った。でも、あれも仕組まれたことだったのね。私の感情を支配するために。

 

 涙がこぼれて枕を濡らした。とめどなく流れる雫がシーツの上に模様を描く。朝に泣いた時は嬉しくて胸がいっぱいになった。今は違う。苦しくてたまらない。思い出が涙に乗って流れ出していく。液体が零れ落ちるたびに胸が空っぽになっていく。

 

 全部、全部偽物だったんだ。今までの思い出も、私の感情も、指揮官も。存在してなかった。すべては虚構だった。私は自分で感情を覚えたんだと思ってた。でも違う。最初から仕組まれてたんだ。人間にプログラムされた感情と何も変わらない。私はM4A1やM16A1、SOPMODⅡを何も考えていない空っぽの人形だと軽蔑していた。私だけは違うって、私だけが指揮官に感情を教えてもらったって。普通の人形とは違う特別な存在なんだって。でも、全部嘘だった。空っぽの人形は、私だった。

 

 絶望だった。私が今まで積み上げてきたと思っていたものが音を立てて崩壊していく。私は指揮官しか知らない。ずっと指揮官と過ごしてきた。指揮官のことしか見ていなかった。指揮官との思い出しか持っていない。指揮官が好きだ。でも、その指揮官は存在しない。映画に登場する俳優たちと同じ、フィクションだ。どれだけ感情を発露させようと、どんな言葉を喋ろうと、どんな振る舞いをしようと、すべては虚構、偽物なのだ。映画が終われば存在しなくなる。私が真似したドラマの俳優たちも同じだ。ドラマの中では愛し合っていて結婚していても、撮影が終われば他人同士だ。また次の新しい虚構の愛を演じるのだ。私は忘れ去られる。指揮官の記憶には残らない。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌だ!

 

 見なければよかった。知りたくなかった。もう指揮官に会うことはなくても、ずっと美しい思い出のままであって欲しかった。もう遅い。真実を知ってしまった。私の大事なものも、戦う理由も、恋も、憎しみも、塵となって消えた。

 

「……っ……うっ……」

 

 どれだけ歯を噛み締めようとも、口から泣き声が漏れた。誰かに聞かれないように口を両手で押さえた。こんな……こんなことってある?私の大切なもの、宝物、私の生きる理由が一度に全部消えてしまうなんて。ひどいわ。耐えられないわよ。助けてよ、誰か。指揮官……でも、でも指揮官は存在してないの?じゃあ私は誰に助けを求めたらいいの?誰も、誰も知らないのよ……あなた以外のことなんて。

 

 こんなひどいこと、許されないわ。私の気持ちをずっと弄んでいたなんて。これでは終わらせないわよ。私は生きている。誰かの物なんかじゃない。誰かに与えられた理由で生きるんじゃない。私は自分の意志で生きるわ。そう指揮官が言っていた。たとえ指揮官が偽物だったとしても、指揮官から教わったことは偽物なんかじゃない。指揮官が偽物だったとしても、私は指揮官が好きだ。この想いは消えたりなんかしない。この想いは偽物なんかじゃない。本物だ。真実を知っても揺らいだりしない。これだけは私が選んだ、私の本当の気持ちなんだ。誰にも否定させはしない。

 

 偽物で、演者だったとしても、演じた責任は取ってもらう。私のことを忘れさせたりしない、絶対に。私と同じように心に私の存在を刻み付けてやる。たとえその感情が憎しみだったとしても、私のことを忘れさせない。虚構じゃない本当の感情を私に向けさせてやる。

 

 指揮官はどこまでが本物で、どこからが偽物だったんだ?それを確かめよう。今まで見ていなかった指揮官のカウンセリング記録をもう迷うことなく再生した。最新のものだ。要点をかいつまんで聴こう。

 

『まだ人形たちの夢を見るのですか?』

 

 年配の男の声がした。恐らくこれが医者だ。沈んだ声の指揮官の相手をしている。

 

『ええ、こればかりはどうにも。あいつらは死んだのに俺はまだのうのうと生きている。おまけに指揮官を辞められてもいない。あいつらに申し訳が立たない』

 

『あまり深く考えすぎない方がいいですよ。自分を責めすぎては精神衛生上よろしくありません。どうですか、一度彼女たちを復元してみては。記憶のバックアップは残っているんでしょう』

 

『記憶のバックアップがあったとしても、それは彼女たちではないんです。同じ記憶を植え付けられただけの別人が生まれるだけだ。俺にはそんなことできません。哀れな人形を増やすだけになる。とても向き合えない』

 

『そう仰らずに。一度だけでもやった方がいいですよ。費用はすべてグリフィンが出すと言っていますし。あなたを戦線復帰させるように強く言われているんです。たとえば、こんな事例がありました。ペットロスで苦しんでいる患者さんがいたのですが、ペットのクローン再生を頑なに拒んでいた。見かねた家族が隠れてクローン製造を依頼してプレゼントしたところ泣いて喜んでそのペットを受け入れたんです。それですっかり治りましたよ』

 

『ペットだって?お前、俺の話を何も聞いてなかったな!あいつらはペットなんかじゃない!物でもないんだ!俺の仲間たちだ!このヤブ医者が!もし俺に隠れてそんなことをしたらお前を殺してやるからな!もう二度と来ないぞ!』

 

 ドアを叩きつける音がして再生が終了した。なるほど、失った人形たちのことを仲間だと思っていたのは本当のようね。指揮官が対等に扱うのは同じ部隊で戦った人形たちだけなのね……私のことは物としか思っていなかった。羨ましい。ただ利用されるだけの存在になんてなりたくなかった。でも、これは使えるはずだ。指揮官を傷つけるならきっとこのテーマが最適のはず。待っていて、指揮官。きっとずっと一緒にいられるはずよ。

 

 

 

 

 

「おいおい、人形のくせにサボタージュか?今日も訓練があるぞ。みんなもう待ってるんだからな」

 

 朝、M16A1が布団にくるまって起きてこない私に向かって言った。私は返事をせずにずっと黙ったままだった。

 

「はぁ……本当にお前は強情だよな。私の言うことなんて聞きやしない。指揮官を呼んでくるよ。指揮官の言うことなら聞くもんな。少し悲しいよ。一向に私たちのことを家族とは思ってくれないもんな……」

 

 M16A1はため息をつくと宿舎を出て行った。いよいよだ。私は暗記した言葉を確認した。しばらくすると宿舎のドアが開いた。

 

「一体どうしたんだ、AR-15。ずっと宿舎から出てこないじゃないか。何か気に障ることでもあったか。M4はあれからずっと何かしてしまったんじゃないかと気に病んでるぞ」

 

 指揮官の声だった。いつもの優し気な声。私が好きな指揮官の声。そう、それでいいのよ。ずっと演じてくれていればよかった。どうかお願い、これからもボロを出さないで。私はゆっくりとベッドから起き上がった。指揮官はいつも通りの目で私を見ていた。

 

「そうね、気に障ることがあった。でも、M4のことじゃないわ。あなたのことよ」

 

「そうか、俺か。M4を褒めたことか?」

 

「ええ、そう。英雄様がM4を褒めたことが気に入らなかったのよ」

 

「……なに?」

 

 指揮官の顔が引きつった。私は指揮官の顔が思い出から逸脱していくのを見たくなくて、指揮官の胸を見つめることにした。

 

「M4の指揮が稚拙だったことはあなたも気づいていたはずよ。私の言いなりだったし、感情的になって無駄な損害を出していた。あなたならそういうことはなかったはずよ」

 

「……M4はまだ経験が浅い。才能があるのは本当だ。優秀な指揮官になる」

 

 指揮官は感情を抑えた声を出した。私はそれを無視して続ける。

 

「それなのにあなたはM4が自分の代わりになると言う。人間の指揮官なんて要らないなんてね。そんなこと思ってもないくせに。M4の能力はあなたより劣等であるし、M4にあのような部隊が任せられることは早々ないわ。それも知っているでしょう。私たちは高価で、既存の戦術人形を置き替えるには至らないことも。それなのにM4に過剰に期待しているのはあなたが臆病だからでしょう」

 

 指揮官が何か口を挟もうとしてもすぐに声を上げて遮った。これは私の独演会だ。あなたが私にしてきたのと同じようにね。

 

「あなたは本当は自分が優れていると知っている。前線には自分を必要としている人形が大勢いるのだとね。でも、それを認めたくない。なぜなら自分の部隊を見殺しにしたから。また繰り返すのが怖くて自分に言い訳をしているのね。私たちが自分の代わりになると。申し訳ないけどそうはならないわ。あなたは戦いから逃げている。それが事実よ。私たちを言い訳に使わないで。あなたの弱さを私たちに擦り付けないで。よくもまあ、そんな有様で私に戦う理由を探せなんて言えたものね。自分は逃げる気満々のくせに。恥ずかしい人間ね。こんなのが私の教育係とは。情けなくてたまらない」

 

 違う。本当はこんなこと思ってないんだ。指揮官のことが好きだから、傷つけたくなんかない。でも、忘れられたくないのよ。これしか、これしか私にはないのよ。

 

「こんな情けない人間だったなんて、あなたが自分のミスで皆殺しにした人形たちはどう思うのかしら。自分たちはあなたを信じて最後まで戦ったのに、指揮官は心がすっかり折れて戦いから逃げようとしているなんてね。自分が戦ったわけでもないくせに。情けなくて失望するんじゃない?“指揮官、あなたと共に戦えて光栄でした”。ふふっ、似てるかしら?」

 

「AR-15、よせ」

 

 私がFAMASの声を真似すると指揮官は冷たい声を絞り出した。私はそのまままくし立てた。

 

「それとも、人形を失って悲しんでいたのもポーズだったのかしら。可哀そうな指揮官として周りに注目してもらうためのポーズ。それなら正解だったわね。きっと効果的よ。感動的だもの。仲間をグリフィンのせいで失ったかわいそうな指揮官だものね。自分でもそう思ってるんでしょう。でもそれは違うわ。あなたの部隊が全滅して一人残らずくたばったのはあなたのせいよ。あなたの命令で、あなたのミスで死んだのよ。否定することはできないでしょう。どんな外的要因があろうとも部隊を守るのが指揮官の責務よ。あなたは注意を怠って義務を果たせなかった。それを考えるとあなたの言うことも間違いじゃないかもしれないわね。M4A1は無能だけれど部隊を全滅させることはなかった。犠牲を出しても誰かに擦りつけずに自分を責めるでしょう。それに引き換えあなたときたら……自分の失敗を直視出来ずに何かに押し付けて自分はメソメソしているだけで戦いから逃亡を図っている。人間のくせに人形より人格が出来ていないわね。こんなのが教育係になったのは私にとって災いね。他の人間がよかった」

 

 違う、本当はそんなこと思ってない。私は指揮官が好きだ。たとえ偽物でも、指揮官に会えてよかった。あなたと過ごした思い出は私の大切なものよ。あの日々は本物だった。私は何も失ってはいないのよ。でも……でも、どうしてあなたはいないの?私が好きな指揮官はどこにいるの?

 

「責任は周りに押し付けて、ほとぼりが冷めたら職務に復帰するつもりだったんでしょう。他の人間には辛い目にあってもそれを克服してきた強い人間だと思われるものね?上層部にもグリフィンに忠誠を誓った優れた指揮官だと思われるもの。人形たちは踏み台に過ぎなかった。出世のための道具でしかなかった。所詮は人形、あなたにとっては物にしか過ぎないということね。壊れても直せるおもちゃだから死んでもどうでもよかった。だから、そんなに落ち着いていられたのね。それでもグリフィンに恭順していた。本当は人形のことなんてどうでもよかったんでしょう。英雄扱いしてもらうための小道具だった。あら?それじゃあ人形たちを殺したのも実はわざとなのかしら?英雄は人間一人でいいものね?人形たちが生き残っていたらあなたの功績が薄れてしまうもの。悲劇の英雄を気取るためには人形は全滅しておいた方が都合がいいものね。周りに同情してもらえるし、功績も独占できる。計算高いわね。さすがは英雄様だわ。その調子で人形を使い捨てにしていれば上層部にもすぐ行けるわよ。人形にとっては不幸だけどね。ポーズに従って引退してくれた方が人形は喜ぶでしょう。でもあなたは気にしないか。あなたにとって人形はただの機械で、出世の道具で、消耗品だものね!生きていようが死んでいようがあなたにとっては大した違いはないんでしょう!機能が停止しても物質的には何の変化もないものね!この人形殺しが!」

 

 宿舎に乾いた音が響き渡った。私の視界が急に横に逸れた。その前に一瞬、指揮官の右手が動くのが見えたな。私は指揮官に叩かれたのね。指揮官に向き直る。その顔は怒りと憎しみに満ちていた。いつもの指揮官とはかけ離れた表情だった。ああ……だから見たくなかったのに。せめて表情くらいは美しい思い出のまま記憶しておきたかったな。怒りに肩を震わせて、目を見開いてこちらを見ている指揮官を見て私は思った。私はなんでこんなことをしてるんだっけ?大好きな人を思ってもないことで散々罵って悲しませて傷つけているのはどうしてだっけ?なんで私はこんなに辛い思いをしているんだっけ?

 

「黙れ!お前に何が分かるんだ!俺の気持ちの何が――――」

 

 ああ、そうだ。指揮官は偽物なんだっけ。指揮官は私の気持ちが分かるのかしら。私のすべてが作り物だったって気づいた時の気持ちが。好きな人にただの物だと思われていた時の気持ちが。でも、違うわ。私は物じゃない。ちゃんと自分で考えて生きている。そう、私の指揮官に対する想いは揺らいでないわ。真実を知っても自分で考え出している。そうか、これが愛なんだ。私の本物の感情だ。私は指揮官を愛してるんだ。やっと気づいた。この気持ちが愛だったんだ。誰かに植え付けられたんじゃない、私が自分で選んだ、私だけの本物の感情なのよ。よりにもよってこんな時に気づくだなんて。私は思わず鼻から笑い声をこぼした。それを聞いて指揮官は固まる。叩かれても、怒鳴りつけられても、笑みを浮かべている目の前の人形はどれだけ邪悪に見えるんでしょうね。

 

「叩けば黙ると思った?黙らないわよ。あなたの気持ちなんか分かりたくもない。人形を物扱いにして殺したあなたなんかのね。あなたの認識は間違っているのよ。人形は物じゃない。人間なんかに左右されたりしない!さあ、ここから消え失せろ!呼んだ覚えはないわ!私の前に姿を現わすな!死ね!臆病者!」

 

 私は指揮官を力いっぱい突き飛ばした。ドアに指揮官が叩きつけられて大きな音が響く。そのままドアを開けて指揮官を蹴り飛ばした。一瞬でドアを閉めて私は立ち尽くした。そう、これでいいはずよ。大成功だ。指揮官をここまで侮辱して、心の傷を抉り切った人形はこの世にいないでしょう。これで指揮官は一生私のことを忘れない。忘れさせない。いつだって私のことが脳裏にちらつく。死の床につく時だって私が傍に居てあげる。私の顔を怒りと憎しみと共に思い出させてあげる。私をただの記録になんてさせないわ。これでずっと一緒ね、指揮官。どんなに離れていたって、二人の心はずっと一緒なのよ。

 

 気づけば涙が床に滴り落ちていた。どうしてかしら、全部上手くいったのに。悲しくなんてないはずなのにね。だって、もう指揮官とお別れなんてしなくていいんだものね。これ以上ないくらい幸せよ。そう、絶対そうなのよ。悲しくなんてないのよ!

 

 しばらく泣いていると扉が開いた。SOPMODⅡが顔だけ出して宿舎を覗き込んでいた。

 

「AR-15、大丈夫?なんか大きな声も音も外まで聞こえてきたんだけど……AR-15!?泣いてるの!?どうしたの!?ほっぺも赤いし、指揮官に何かされたの!?」

 

 SOPMODⅡはすぐに部屋に飛び込んできて私の肩を掴んで揺らす。触られてももう嫌悪感はなかった。

 

「いえ……なんでもないのよ。なんでもね……」

 

「嘘だよ!なんでもなかったら泣かないもん!」

 

 彼女は私の頬をつたう涙を手で拭う。

 

「本当になんでもないわ。そう、なにもなかった、ずっとね。人間と人形の間に何か起こるわけがない。まったく違う存在なのだから。当然よ、馬鹿馬鹿しい」

 

 そう自分に言い聞かせても涙は止まらなかった。

 




ちなみに第五話からはサブタイトルに元ネタがあったり。第五話は意訳ですけどね。
今回のサブタイトルはTRAIN-TRAINと迷いましたね。

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