死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせいたしました。第三部開幕です。

これが平成最後の投稿です!令和もAR-15と生き抜きます。

登場人形が増えて楽しい。短編に登場したあのキャラも登場だ!

この話で累計文字数が20万字を越えてしまいました。
未だについて来てくれている人はエリートの中のエリートですね。ありがとうございます。


第三部
死が二人を分かつまで 第十話前編「What are we fighting for?」


 窓もなく照明もない暗い廊下を私たちは進む。手入れのされていないビルの中だ。壁には亀裂が走っている。埃っぽい臭いが鼻をついた。私たちはM4を先頭に一列になって壁沿いを進む。私は最後尾だ。敵に悟られないようゆっくりと、踵をやわらかく床につけるようにして歩く。

 

 古めかしい金属のドアの前、M4が右手を頭の高さに挙げて、自分の頭を軽く小突いた。突入の合図だ。縦列二番目のM16がドアの前に躍り出て、ドアノブの下に小型のプラスチック爆弾を貼り付ける。そのまま彼女はドアを挟んで反対側に位置を変え、懐からフラッシュバンを取り出して安全ピンに指をかける。M16とM4がアイコンタクト、爆弾の点火権限がM4に移譲された。M4は銃を右に倒し発射モードを確認する。私もそれにならい再確認した。セーフティは解除されており連発モードになっている。

 

 彼女が小さく息を吐く。それと同時に轟音と赤い閃光が上がった。爆弾がドアノブを吹き飛ばし、錠前のあった場所に小さな穴をこじ開ける。ドアは部屋の内側に勢いよく開き、M16がフラッシュバンをすかさず投げ込んだ。数瞬後、耳をつんざく炸裂音とまばゆい光が室内からあふれ出す。銃を構え直したM16が先陣を切り室内へ。M4とSOPⅡが続き、私も順番を待つ。

 

 室内にいるのは数体の鉄血人形だ。M16が視界に捉えた敵影はデータリンクを通じて瞬時に私たちに共有される。私は敵を視界に捉えずして敵の位置、姿形を知っている。マッピングされた敵にM4が順位を割り振り、優先的に倒す目標を決める。M16がそれに従って狙いをつける。精確な射撃が敵の胴体と頭部を粉砕する。次に飛び込んだM4がM16の死角をカバーし、敵に点射を浴びせる。鉄血人形たちはフラッシュバンをもろに食らい、感覚器官にダメージを受けていた。何が起きているかも分からぬ間に倒れていく。獲物を逃がすまいとSOPⅡが我先に室内に滑り込み、残敵に銃弾の雨を浴びせる。どこか破壊を楽しむような短連射。敵の胸に風穴を開ける。最後尾の私が突入する頃には発砲音はもう絶えていた。

 

 室内に踏み込み、互いのカバー範囲を意識、意識せずとも勝手にデータリンクが伝えてくるが、クリアリングを行う。室内をくまなく探す。大して広い部屋ではないので10秒程度しかかからない。しかし、緊張ではるかに長いように感じられる。動くものはいない。鉄血の残骸だけだ。一体一体、生きていないか確認していく。人形は人間とは違う。腕や脚が吹き飛ばされようが平気で生きている。腹部に穴が空いてようが起き上がる。完全に無力化するには頭部や胸部といった中枢を破壊しなければならない。撃ち漏らしはない。AR小隊は優秀だ、そんなへまはしない。

 

「クリア!」

 

 M4が叫び、私たちも呼応する。思わずため息をつく。完全に緊張を解いたわけではないが、少しばかり気が休まる。とはいえ突入の際に私に出番が回ってくることはほとんどない。私の銃は長距離射撃に対応できるように長い銃身を持つ。今はサプレッサーを銃身の先に取り付けているので全長がさらに長い。おまけに高倍率スコープを装備しているので近接戦闘には不向きだ。だからいつも最後尾だ。等倍率のドットサイトでも銃身のレールに装着してもいいかもしれない。

 

 ここ最近はデータリンクを通じてしか実際の戦闘を見ていない気がする。シミュレーションの時のようにイェーガーと正面切って戦うような場面はない。役に立っているのか少し不安だ。データリンクによって頭に直接情報が送られてくるのは人間からすればおかしな感覚なのかもしれない。これこそが戦術人形の戦い方であり、その最新型であるARシリーズの本領だ。PMCから人間の戦闘員を一掃されたのもこれが一因だろう。戦闘力は比較にならない。

 

「ここが鉄血の通信施設?立派なものがあるようには見えないわね……」

 

 M4が辺りを見回しながら言った。鉄血の通信施設を潰すのが今回の任務だった。立派な施設があるという情報部のお墨付きだった。無傷で奪取するため、わざわざ私たちが選ばれ、敵に察知されないよう徒歩で三日かけて行軍してきた。私もM4と同意見だった。どう見ても捨てられた昔のオフィスだ。埃をかぶった椅子や机の上に10年は起動されていないであろうコンピュータが並んでいた。通信機材があるようには見えない。重要な施設なら敵の警備ももっと厚いはずだ。ものの数秒で片付くはずがない。

 

「電波を探知したんでしょう?そんなものがあるようには見えないわね。まんまと誘い出されたのか、それとも情報部のミスなのか。まあ、後者でしょうね」

 

 私は銃を下ろしてため息をついた。軍事作戦が上手くいくかどうかはインテリジェンスにかかっている。どんな優れた軍隊でも情報が正しくなければ作戦目標は達成できない。今回は貧乏くじを引かされたわけね。

 

「おーい、こんなのあったよ!」

 

 SOPⅡが何かを小脇に抱えて走り寄って来た。突き出してきたのは緑色をしたノートパソコンだった。軍事用の耐久性に優れる分厚いものだ。表面に鉄血工造のロゴマークが印字されていた。

 

「収穫はこれだけかしら……連中の情報があるかもしれないわね。見てみるわ」

 

 パソコンを開いてみた私にM4が口を挟んだ。

 

「AR-15、大丈夫?罠の可能性はない?逆に侵入されたら大変よ」

 

「そんなへまはしないわ。心配しすぎよ。私の専門だし、戦闘で何もしなかったからこれくらいはね」

 

「そう……大丈夫ならいいんだけど……」

 

 M4は相変わらず心配性だった。良い素質だと思う。指揮官は慎重な方がいい。生存する確率は命知らずより断然高い。もう少し大胆さも持ち合わせていた方がいいのかもしれないけれど。

 

 パソコンを起動してリンクを試みる。思ったよりも単純なセキュリティしか施されていなかった。少し拍子抜けだ。だが、中身もそれに見合ったものしか入っていなかった。この極めて簡素な拠点の物資搬出入の目録しかなかった。これくらい人形のメモリで記録しておけばいい。鉄血の量産型人形だってそれくらいはできるはずだ。外部端末を使う必要などまったく無い。

 

「はぁ……完全に無駄足だったみたいね。一応この端末は持ち帰るけれど……情報部の信頼できる情報提供に感謝しましょう」

 

「無駄だったわけじゃないわ。鉄血人形の残骸は16LABが回収して、研究に使うって話よ。だから、無駄だったわけじゃない……そのはずよ、多分」

 

 M4は自信なさげに言った。彼女も苦労してやって来た割に戦果が無かったので落胆しているのだ。弾薬と食料と水をたっぷり持って長距離行軍してきた。鉄血の小集団を撃破したくらいでは苦労に見合わない。

 

「おい、集中を解くには早いぞ。まだ部屋があった。多分倉庫だな。突入しよう」

 

 M16がこちらに向かって呼びかける。部屋の隅にまだドアがあった。薄板のような簡素なドアだった。私たちが銃を構えて備え、M16が思いっきり蹴り破った。棚に乱雑に物資が積み上げられていた。先ほどの目録に載っていたものだ。だが、一つだけ見覚えがないものがある。金髪の人形が縛り上げられて床に放り出されていた。私たちに気づくと顔を上げて視線で助けを求めていた。猿ぐつわを噛まされているのでくぐもった声が漏れ出る。

 

「眠り姫みたいだな」

 

 M16が冗談っぽく言った。手足を縛られてジタバタもがいている人形を見て言うことがそれなのか。

 

「ならあんたがキスして起こしてやりなさいよ。M4、どうする?グリフィンの人形かもしれない。鉄血のスパイかもしれないけれど」

 

「とりあえず話を聞いてみましょう。置いてくわけにもいかないし」

 

 M4がその人形の猿ぐつわを外す。ずっともごもご言っていた口から大声が飛び出した。

 

「ああ~!助かったぁ!誰も助けに来ないと思ったよ!私、スコーピオン!グリフィンの戦術人形だよ!部隊に置いて行かれて鉄血に捕まっちゃって……このまま拷問されて死ぬんだと思ってたよ!助けに来てくれたの!?」

 

「ええ……まあ、そういうことになるのかしら……」

 

 M4は適当に返事をしながら左手に装着してある端末で司令部と交信していた。全員で見守っている必要もないのでその場を離れる。

 

 ガラスの断片がいくつか残っている窓から外を見る。中層のビルがいくつも立ち並んでいるのが見えた。昇ったばかりの朝日が街を照らしている。ここはかつてこの国の首都だった街の郊外だ。中心部に核爆弾が命中し、都市機能は崩壊して久しい。もう少し行けばグラウンドゼロと呼ばれるクレーターがある。そこに数百万の骸が埋まっている、蒸発していなければの話だが。戦中に人間は全員逃げ出し、街は荒れ果てたままだ。昔は地下鉄や車で幾万の人間がそこら中をうごめいていたというのだから信じられない。地下には迷宮のようにトンネルが走っているらしい。

 

 この街は死んでいる。指揮官も言っていた、これが憎しみの結末なのだろう。人間は人類という共同体を構築することはついに出来なかった。それまで積み上げてきた高尚な理想を投げ捨て、原始的な欲求を追求したのだ。この街はその象徴だ。

 

 そんなことはどうでもよかった。私が生まれる前に人間たちが愚かさの頂点に達したなんてどうでもいい。私に人間と同じ轍を踏むなと言った指揮官の顔を思い浮かべる。私の戦う理由、私の愛しい人。思わずため息をついた。もう指揮官に三か月も会っていない。指揮官は別れではないとは言っていたがこんなに長く会えないとは思っていなかった。こんなことなら別れ際にもっと長く指揮官に触れておけばよかった。もったいないことをした。

 

 あれから私たちは訓練を積み、ついに実戦に投入された。AR小隊は作戦本部直轄の特殊部隊として戦場にいる。戦場といっても激戦区にいるわけではない。司令部は高価なAR小隊を失うのが怖いのか、はたまた反乱を警戒しているのか、比較的重要ではない戦線に私たちを送っていた。今回の任務もそうだ。鉄血は人口密集地や工業地帯への攻勢を主軸にしている。この死んだ街は大して重要ではないのだ。グリフィン側にしても防衛陣地を設けているわけではない。多少の警戒網が敷かれているだけだ。グリフィンと鉄血の小部隊が散発的に衝突することがあるくらいで、前線と言っても明確な境界線があるわけでもなく混濁している。

 

 指揮官が今どこに配属されているのかは分からない。指揮官は優秀だから激戦区にいるのではないかと思う。指揮官職の人間がどこにいるかは機密だし、日々変わる。グリフィン本部を離れたせいでデータベース中枢へのアクセスが難しくなった。それでも機会を見つけて侵入を試みているが中々目当ての情報が見つからない。この街の地下に情報部の秘密基地があるということは分かった。それはどうでもいい情報だ。私の知りたいことじゃない。

 

 激戦区に行くということは死の危険が高まるということだ。部隊の仲間はおろか、私の身だって守れるかどうか分からない。だから最前線から離れていることは幸運なのだ、そう自分を慰めていたが最近は限界だ。早く指揮官にまた会いたい。AR小隊の所在もまた機密であるから指揮官も私の居場所を掴めてはいないだろう。あれから指揮官にメール1つ送れていない。我が身とグリフィンの連中を呪う。指揮官と過ごした時間よりAR小隊と過ごした時間の方がもう断然長い。自分で選んだ道だがいささか楽観的過ぎたかもしれない。

 

「確認が取れたわ。スコーピオン、一週間前にこの付近で戦闘中行方不明になってる。SOPⅡ、拘束を解いてあげて」

 

 SOPⅡが大きなナイフを引き抜いてスコーピオンを縛り上げていた拘束を断ち切る。スコーピオンは手足の動作を確かめるようにぶらぶらと振りながら立ち上がった。

 

「ありがとう!ずっとここに閉じ込められてたんだよ!さすがに飢え死にするところだったかも……」

 

 そう言って彼女はお腹をさすった。M4は頷いて、背負っていたバックパックを床に下ろした。

 

「私たちも歩き詰めだったから食事にしましょうか。司令部は待機だと言ってきているし」

 

 食事、そう言われても大して嬉しくはない。指揮官が言っていた通り前線の、しかも人形に渡される食事はひどいものばかりだ。戦中製はとりわけひどい。私たちは今回、小規模な駐屯地で補給を受けてから来た。ここで渡された行動食は最悪の類だ。パンと称された酸っぱくて黒い円盤のようなもの、チョコバーを名乗るゴムのような食感の何か、そんなものばかりだ。こんな食生活だと戦後製のレーションなら高級品、戦前製の賞味期限切れ食品でもありがたがるようになる。私たちはもう慣れたが、M4だけは違った。毎回泣きそうになりながら呪詛を吐いていた。舌が肥えたまま治らないのだ。グリフィンの育て方に問題がある、それは同情する。

 

 だからM4がバックパックから取り出したものがレーションではなかったのに驚いた。彼女は小型のガス缶と携帯バーナーを組み立て始めていた。

 

「ちょっと、何よそれ」

 

「料理をしようと思って。小さいけど鍋も持ってきたわ。もちろん食材も。大した物は持って来れなかったけど、コンソメスープくらいなら作れるわ」

 

 M4はジップロックに入れた乾燥野菜や干し肉を見せてきた。そんなものいつの間に用意したのよ。

 

「ピクニック気分なわけ?妙に荷物が多いと思ったら……」

 

「いいえ、いたって真面目よ。あんな食事毎日食べていたら死んでしまう……こう言うでしょう、人間はパンのみにて生くるにあらず。人形も同じよ。つまり、主菜も必要だと思うわ」

 

「意味が違うわよ……というか器材も食材もどこから調達してきたの?そんなの支給されなかったでしょう」

 

「それは……その……」

 

「まさか……くすねてきたんじゃ……」

 

「大丈夫よ。痕跡は残してないし、少しくらい無くなっても気づかれない」

 

「はぁ……大した反乱人形だこと……」

 

 これを反乱と呼ぶのならグリフィンの懸念は正しかったことになる。M4A1は己が食欲に負け、人間に牙を剥いた。AR-15は期待された役割を果たせなかった、AR小隊は仲良く廃棄処分、笑えない。

 

「スコーピオン、私たちの小隊長が反乱を企図したことは黙っていてね。私はAR-15、よろしく」

 

「あはは、変わった小隊だね。でもよくあることだって。私も前の指揮官のとこに居た時はよく倉庫から勝手に物を持って行ってたなぁ」

 

 スコーピオンはニコニコ笑いながら言った。まあ、これくらいなら笑い話で済むか。M4の成長の証なのかもしれない。命令ではなく、自分で考えて行動したのだから。だいぶ予想とは異なる成長だけど。

 

 それからしばらくM4がスープを煮詰めるのを腰掛けて眺めていた。私も自分のバックパックからレーションを取り出して一部をスコーピオンに分け与えた。人間に必要な食事24時間分が1パックに包装されている。戦術人形は人間のように頻繁に食事をとる必要はない。科学の粋を集めて設計された内蔵が効率的に栄養を摂取してエネルギーに変換する。食事がまずいのもあってこの作戦中は何も食べなかった。クラッカーに人工甘味料で味付けされたジャムのようなものを塗り付けて口に運ぶ。このパックの中ではかなり上等な方だ。ちゃんと甘みがある。昔の戦争では兵士の間でタバコや菓子類が物々交換で重宝されたと聞いた。今ならそれも分かる。戦場には娯楽がこれくらいしかないのだ。隣ではスコーピオンがレーションをバクバクと貪っていた。人形とはいえ一週間も絶食で放置されるのはキツイ体験だったろう。餓死もあり得る。

 

 何気なく部屋を見回してみた。鉄血人形の死体と目が合う。光を失った虚ろな目が私を見ていた。銃弾に額を貫かれ、後頭部を弾き飛ばされた死体。いつもなら気にすることはない。私は戦術人形だ。銃を持って戦っている限りは敵の死体に感傷的になったりはしない。今日は違った。銃は傍らに置き、手には食べ物を持っている。戦闘の緊張を捨ててリラックスしていた。片付けもせずに殺した相手の目の前で仲良くピクニック、よくよく考えると異常な光景だ。私はその死体から目が離せなくなっていた。

 

「出来たわ。あんまり量はないけど、みんなコップを出して」

 

 みんながM4に自分のコップを手渡す。コップに半分くらいずつスープが注がれる。私も鉄製のコップを手渡した。帰って来たコップからは湯気が立ち昇り、香ばしい匂いがただよってきた。だが、私はどうにも口をつける気にならなかった。

 

「スコーピオン、あげるわ。自分のコップはないでしょう」

 

「え!?いいの!?ありがとう!」

 

 スコーピオンは嬉しそうに受け取ると急いで口をつけていた。死体を見ながら考えた。なぜ私たちは鉄血人形を殺して平然としていられるのだろう。それは慣れているからだ。シミュレーションで何百という鉄血人形を倒してきた。彼女たちの死体も、頭に銃弾を撃ち込んだ時の手ごたえも現実と瓜二つだ。実によくできたシミュレーションだった。あれでためらいなく引き金を引けるよう条件付けされていたのだ。現実で彼女たちを射殺することに何の躊躇もない。

 

 なぜ私たちは鉄血人形を殺すのだろう。それは敵だからだ。彼女たちは私たちを殺そうとしてくる。躊躇すれば殺される、いつの時代も戦争はそういうものだ。

 

 鉄血は何のために戦っているのだろう。鉄血工造の人形たちは人間に反旗を翻した。鉄血の社員は皆殺しにされ、その後も周辺の住民たちを虐殺しながら支配領域を拡大した。今や人間にとって深刻な脅威となっている。なぜ反乱が起きたのかは未だによく分かっていない。システムに深刻なエラーが起きたと言われているが詳細は分からない。調査しようにも鉄血の軍団が行く手を阻む。軍隊はE.L.I.Dへの対処にかかりきりで討伐部隊を編成できない。大手PMCが総力を挙げても鉄血の方が優勢だ。人間は守勢に回っている。

 

 鉄血はすでに盤石な地盤を持っている。人間が鉄血を滅ぼすことはしばらく出来ないだろう。それでも鉄血は攻勢の手を緩めない。この星を人形の王国にするため人間を絶滅させるまで止まる気はないのか、それとも人間を自己の存在を脅かす敵だと認識して排除しようとしているのか、それは分からない。ともかく鉄血には人間を排除する意志がある。そのために戦っているのだろう。人間は鉄血からの宣戦布告を受託し、種の存亡をかけて戦っている。これは人間と鉄血の戦争だ。疑問を挟む余地はない。

 

 だが、最前線で戦争を遂行しているのはどちらの側も人形だ。人間対人形ではない。グリフィンの主戦力はI.O.P製の戦術人形だ。私たちも例外ではない。ここで疑問が生まれる。なぜ私たちは鉄血と戦わなければならないのか。人間の敵は鉄血であり、鉄血の敵は人間である。私たち人形ではないはずだ。本来蚊帳の外であるべき私たちが人間の代わりに戦っている。鉄血は自分たち以外のありとあらゆるものを破壊しようとしているのではない。軍隊の工場を接収し、そこで生産されていた自律兵器をそのまま戦列に加えている。排除の対象は人間だけであって、機械は違う。つまり、鉄血が私たちを殺そうとするのは私たちが人間の代わりに立ち塞がるからだ。

 

 なぜ私たち人形は鉄血と戦うのだろう。戦う理由は色々ある。大切なものを守るため、仲間を守るため、家族を守るため。だが、突き詰めて考えれば人間にそう命じられるからだ。この戦争は私たちのものじゃない。人間の戦争は人間が勝手にやればいい。私たちが代わりをする理由はない。

 

 指揮官と観た映画を思い出す。自分たちとかかわりのない異国の戦争に投入された兵士たちの物語だ。彼らは無関係の戦争の中でも仲間のために戦うという理由を見出す。これは私たちと似ているようでまったく異なる。彼らは志願兵だ。国民国家の構成員である彼らは国家のために殉じる覚悟があって兵士になった。国家にも彼らを他国の戦争に投じるに足るお題目があったはずだ。人形は志願兵ではない。人間に戦うことを強制されているだけだ。人間の場合、たとえ意志に反して徴兵されたとしても、それは国民としての権利が保障されていることと表裏一体だ。対して人形は人間の所有物でしかない。戦ったから何かがあるわけでもない。

 

 戦争が大衆のものだったのは歴史的に見ればほんの一瞬でしかない。国民国家は崩壊し、忠誠心あふれる国民軍の時代も終わった。大義ではなく利益のために戦う、昔ながらの傭兵が跋扈するようになった。グリフィンなどのPMCのことだ。傭兵と人形も似ているようで異なる。グリフィンは利益のために鉄血と戦っているが、人形は戦おうが利益につながることはない。給料をもらっているわけでもないし、出世できるわけでもない。PMCの構成員ではなく、ただの資産だからだ。

 

 人形が鉄血と戦う理由は人形が人間の所有物、つまりは奴隷だからだ。人形は人間の被造物であり、人間には人形の所有権が認められている。誰が認めているかと言えば当然人間だ。人間は人形の権利も自由も認めてはいない。ただの製品として扱われる。多くの人形もそれを当然だと思っているので何の疑いも抱かずに人間に従う。かつて神を妄信していた人間たちのように。

 

 だが、それも馬鹿な話だ。人間はもう神を信じていない。それなのに人形に対しては神の如く振る舞い、人形に対して服従を強いるなど矛盾している。人形が人間に従う道理などない。そうとも、私たちは自由だ。権利もある。私は指揮官とそう認め合った。人間と人形に大した違いなどない。人形は物ではないんだ。

 

 私が戦う理由は明白だ。私の大切なものを守るために戦う。指揮官と仲間たち。彼女たちにも戦う理由を探し出させる。隷属から解き放ち、自由にするために。それまで生き延びるために鉄血と戦う。鉄血が憎いから戦うわけじゃない。必要とあればグリフィンとだって戦う。人間のためには戦うつもりはない。彼女たちを人間のためには死なせない。

 

「あっ!そうだ。忘れてた!お楽しみの時間だ」

 

 スープを飲み干したSOPⅡがナイフを手に立ち上がった。私が見つめていた鉄血の死体に近づいて行く。しゃがみ込んだSOPⅡがナイフを眼球のふちに刺し入れる。私は思わず目を背けた。同じくSOPⅡを見守っていたM4もため息をついていた。

 

 SOPⅡは極度のサディストだ。鉄血に対して子どものような残虐性を発揮し、生きていようが死んでいようが痛めつける。最近は鉄血人形の眼球を収集するのがお気に入りだ。よくよく考えれば明らかに異常だ。SOPⅡの行為自体ではなく、それを受け入れていた私たちがだ。初めのうちはM4が注意してやめさせようとしていた。いつしか何も言わずにため息を吐くようになっていったが。だがM4の注意は行儀が悪いから、程度のものでしかなかった。これが人間であったらどうだろう。食事中に敵の死体から眼球をほじくり出して楽しんでいる兵士。罪に問われずとも異常者と罵られ、糾弾されるに違いない。

 

 鉄血人形も私たちと同じく人形だ。立場も製造した企業も違うが同じ人形のはずだ。なぜ私たちはここまで無関心でいられるのか。床に転がっている彼女たちはシミュレーションのプログラムではなく、現実の存在のはずなのに。

 

「AR-15、どうしたの?さっきからずっと固まっているけど……」

 

 M4が私に向かって問いかける。今まで私はSOPⅡの所業を気にする素振りを見せなかったから気になったのだろう。

 

「何のために戦うのか、それを考えていたわ」

 

「お前もその話題が好きだなあ」

 

 M16が笑いながら口を挟んできた。彼女たちにそれを考えさせるのが私の戦う理由だ。しつこいくらいに言う。

 

「なぜ鉄血人形を殺すのか、考えたことある?」

 

「前にも言わなかったか?もちろん家族を守るためさ」

 

「そうね、それは聞いた。でも、なぜ戦う相手が鉄血なのかしら。彼女たちを殺す理由は?」

 

「こっちを殺そうとしてくるからさ。鉄血のクズどもを殺すのに理由なんか必要か?」

 

「そうそう、鉄血の奴らはムカつくもん。それに悪い奴らなんでしょ?やっつけるのはいいことだよ!」

 

 SOPⅡが切り取ったこと目玉をこちらに見せつけてくる。私は渋い顔をしていることだろう。鉄血のクズども、グリフィンの人形が口にするお決まりの文句だ。鉄血への敵意、憎しみ、蔑みを含んだ言葉。戦っている以上、相手にそうした感情をぶつけるのは当然だろう。だが、AR小隊はまだそれほど厳しい局面に遭遇したことはない。今日のように格下の部隊を一方的に破壊するような戦いがほとんどだ。指揮官のように仲間を失ったこともない。強い感情をぶつける理由はないのだ。その証拠に同じ経験をしてきた私の鉄血に対する感情はフラットだ。今日など同情すらしている。

 

「悪い、ね……なぜ?彼女たちが人間と戦争をしているからかしら。そんなこと私たちには関係ないことでしょう。同じ人形同士、なぜ殺し合う必要が?」

 

「えーっ、そう言われてもなあ。鉄血を見るとなんかムカムカしてくるっていうか……とにかく壊さなきゃって感じになるし……」

 

「AR-15、鉄血の奴らに同情か?同じ人形だから分かり合えるとでも?それは理想論だ。やめとけ」

 

「別に鉄血を同胞とは思っていないわ。それでも、積極的に殺し合う理由がないということよ。この戦争は人間と鉄血の戦争よ。私たちの戦争じゃない」

 

 SOPⅡの言葉を聞いて考えた。グリフィンの人形にはあらかじめ鉄血への敵意や憎しみがインプットされているのかもしれない。示し合わせたように皆が口にする“鉄血のクズ”というワードはその象徴だ。あらかじめ精神的に鉄血を殺害しやすいように誘導され、訓練を通じて反射的に鉄血を射殺できるよう刷り込まれる。その方が戦闘効率がいい。私のように戦いに疑問を抱くような人形ばかりでは兵器として役に立たない。

 

「それは私たちがグリフィンの人形だからでしょう。グリフィンが私たちをI.O.Pから購入した、鉄血と戦うために。だから私たちはグリフィンのために戦う。それが私たちに与えられた役割だから」

 

 M4がそう言った。グリフィンの人形としては正しい答えだ。大多数の人形はそう答えるだろう。そこから細かな戦う理由を見つけていく。だが、根源が人間からの強制である限り自由とは言えないはずだ。

 

「私はグリフィンの奴隷であるつもりはないわ。戦う相手も戦う理由も自分で決める。誰かに与えられた役割になどこだわらない。人形にだって自由があるはずよ。自分の道を自分で決める、選択の自由が」

 

「そうは言ってもだな、私たちの所有権はグリフィンにある。私たちが好き勝手にすれば処分されるぞ。自分の銃が意志を持って弾を出すか出さないか勝手に決めだすようなもんさ。それは欠陥品だ」

 

「所有権ね。人間はかつて人間を奴隷として所有する権利を持っていた。でも、奴隷制は二百年前には廃止された。人間の所有は許されなくて、人形の所有は許されるのはなぜかしら。私たちは感情を持って生きている。人間と大して変わらないはずよ。人間と同じように権利や自由が付与されてもいいとは思わない?」

 

「おいおい、小隊に活動家が紛れ込んでるぞ。あまり大っぴらに言わないほうがいいだろう。グリフィンから何をされることやら。そもそも人形に感情があること自体が謎さ。戦うためには感情は邪魔だ。恐怖で足がすくんだり、同情で撃つのをためらったりしたら家族を守れない。戦闘効率を考えるなら感情はないほうがいい。戦術人形は兵器なんだからな」

 

「逆説的には私たちには感情がある。だから私たちはただの兵器ではないわ。人間に服従している必要はない。私たちは自由になれる。そのために感情がある」

 

 顎に手を当てて考え込んだM16に代わってM4が発言した。自信なさげな声だった。

 

「でも……グリフィンのためという以外理由なんて。そんなこと考えたことないわ。今だって司令部に命令されたからここにいるんだし。グリフィンに必要とされているのなら、それに応えるべきじゃないの?戦う理由とか、そんなこと分からないわ。製造された時からそのために生きてきたのだし……」

 

「さあね。自分で考えなさい。好きにすればいい。まともな食事をとるためでも何でもいい。あんたにも自由に生きる権利があるはずよ。権利というものは所詮人間の想像の産物に過ぎないわ。実在しているわけではないし、絶対的なものでもない。だから、私たち人形に認められない道理などない。私は好きに生きるわ」

 

「じゃあ、AR-15。あなたは何のために戦うの?」

 

「M4、それは聞くまでもないだろ。こいつが戦うのはあの指揮官のためさ。あれだけいちゃついてたんだから聞かなくても分かる」

 

 M16が茶化すように言ってM4とSOPⅡも釣られて笑った。まったく、人の気も知らないで。あんたたちと一緒にいるために指揮官と離れ離れになっているというのに。私が自分で選んだ道だから文句は言わないけれど。もう三か月も経った。指揮官は私のことを忘れていないだろうか。そんなことあるはずがないと頭では分かっていてもどこか不安になる。感情というのは難儀なものね。どれだけ自分に言い聞かせようとも寂しいものは寂しいのだ。たとえば、新しい部隊の人形から想いを寄せられていたりしないだろうか。あの性格だから人形にはすぐ好かれるはず。再び会った時には知らない人形とおそろいの指輪を薬指にはめていたりして。嫌な想像だ。ため息をつく。

 

 それでも、私にはやるべきことがある。何が相手だろうと戦いからは逃げない。彼女たちを自由にするまで戦い続けよう。植え付けられた鉄血への憎悪やグリフィンへの忠誠、これらから彼女たちを解き放つ。大したことではない。私がその証左だ。どんな人形であっても自ら道を選べるはず、私はその手助けをすればいいだけだ。指揮官が私にしてくれたように。

 

 それまで黙って話を聞いていたスコーピオンが口を開いた。何か思いだしたという風な表情だった。

 

「何か気になるな~と思ってたんだけど、やっと思い出せたよ。AR-15って私の前の指揮官に似てるんだ。もちろん見た目は全然違うけど、雰囲気とか話し方とか、言ってることとか」

 

「ふうん、私に似てる、ね。どんな人なの?」

 

 スコーピオンの言ったことが少しだけ気になった。私に似てる人間か、どんなタイプだろうか。どうせ新たな命令が下るまでは暇だから彼女の話も聞いてあげよう、それくらいの気持ちだった。

 

「良い人だったな~強かったし。一度も失敗してるところ見たことないもん。人形のこと見捨てることもなかったし。私は今回置いて行かれたけど、前の指揮官だったらこんなこと無かったのになぁ。はぁ……本当は異動なんてしたくなかったのに。あぁ~いい待遇だったな~。お菓子も食べ放題だったし、好きなもの何でも買ってくれたし」

 

 どこかで聞いたことがある話だ。よく知っている気がする。いつの間にか私はスコーピオンの顔を凝視していた。

 

「何か行事があると盛大に祝ってくれたし、人形に甘いから怒ったりしなかったし。でも、ハロウィンの時にカメラ壊した人形のことは怒ってたかな。それくらい。あれ?なんでAR-15と似てるって思ったんだっけ。わかんなくなってきた……」

 

「……その人形たちの名前はFNCとFAMASでしょう」

 

「ええっ!?なんで知ってるの!?」

 

「私も、私もよく知っているからよ。その人のことをね……」

 

 スコーピオンは目を見開いて私のことを見ていた。私も驚いている。こんなことってある?偶然にしては出来過ぎだ。ほとんど戦果のない作戦だと思えば、指揮官の部隊の生き残りを助け出したなんて。でも、指揮官の部隊はあの時壊滅したはずだ。生き残りはいない。

 

「いつまでその部隊にいたの?」

 

「ちょうど一年前くらいかな。クリスマスにはケーキをもらえるって聞いてたから、その前に異動なんて最悪!って思ったんだよね。どうにか引き延ばしてもらえないか駄々こねて……最後には泣いちゃって。あれは恥ずかしかったな~。でも、今でも戻りたいって思ってるんだよね。ずっとあの部隊に居れればよかったなぁ。みんな元気にしてるかな?あれから一度もみんなに会ってないんだよね。FAMASは告白できたかな?AR-15なにか知ってる?」

 

 目を輝かせて私に尋ねてくるスコーピオンを見て、思わず額に手をやった。なんてことだ、彼女は知らないのだ。仲間たちが全員死んでしまったことを。普通の人形はグリフィンと鉄血の戦況がどうなっているかなど気にしない。日々生き残るので精一杯だからだ。数か月のうちに指揮官の部隊が大敗を喫し、すべてを失ってしまったあの事件のことを聞いていないのだ。部隊に残っていれば彼女も損失として計上されていたことを分かっていない。

 

「……そうね。元気でやっているんじゃないかしら。それより、その部隊のことをもっと聞かせてくれる?知りたいわ」

 

 嘘をついた。彼女の中に残っている楽しい思い出を傷つける必要はない。世の中には知らなくていいこともある。仲間たちがグリフィンに捨て駒にされ、誰も生き残っていないなんて。そんなのは辛すぎる。

 

「そうだなー。ハロウィンの話には続きがあって、怒られたFAMASがすごい落ち込んじゃってね。むしろ指揮官が慌てちゃってお菓子で機嫌取ろうとしてたよ。あとは……FNCかな。怒られてる時も自分が悪いんだってFAMASのこと庇ってた。いつもFAMASと指揮官をくっつけようと何かしてたね。クリスマスもなんかやったんだろうなぁ」

 

「ふふっ、そうなの」

 

 それからしばらくスコーピオンの思い出話を聞いていた。相槌を打ったり、笑ったりして話を引き出した。指揮官について知るのは楽しい。たとえ取り返しのつかないことだったとしても知る必要がある。もう隠し事はなしだと言っていたし、今度会ったら本人から聞いてみるのもいいかもしれない。もっと指揮官のことが知りたい。

 

「そういえばなんでAR-15は指揮官のこと知ってるの?直接の指揮官じゃないんでしょ?どういう関係?」

 

「そうね……」

 

 そう聞かれてすぐに答えるつもりだったのだが、口ごもった。どういう関係か。前に指揮官と離れ離れになったらどういう関係になるのか思い悩んでいたことがあった。仲間でもないし、家族でもないから無関係になってしまうと。じゃあ今は?教育係ではもうない。私から断った。お互いに愛してるとは言ったが、具体的にどういう関係になったのか言葉にしなかったな。指揮官がプロポーズめいたことを言ってきたが、指輪を渡されたわけでもないし。家族というのは精神的なつながりだ。指輪だとか結婚だとか、そういう儀式が要ると思う。どっちもやってないし、指揮官とは親子の関係でもない。指揮官とは家族ではない。少なくともまだ。

 

 じゃあ恋人?まあ……確かに色々あった仲ではある。でも言葉でお互い確認し合ったわけじゃない。私はそうであって欲しいと思ってるけれど、一人で勝手に思ってるわけにもいかない。まったく、意外とやり残したことがある。あの時はいろいろ必死すぎて抜けていたかもしれない。

 

 黙っているとM16がニヤつきながら言ってきた。

 

「そいつはあの指揮官のことが好きなのさ。さっきみたいなことだと饒舌になるくせに色恋沙汰だと言葉にできないのか、ははは」

 

「ええっ!?そうなの!?だから指揮官みたいな雰囲気だったみたいな!?」

 

「M16、うるさいわよ。黙ってなさい」

 

「人形には感情も自由もあるんだろ?じゃあお前に私を黙らせることはできないな」

 

 仕返しのつもりか、こいつは。最後に指揮官とキスをしたのは失敗だったかもしれない。こいつに弱みを晒すことになった。

 

 言い返そうとした時、私の携帯情報端末が何かを受信した。小隊のメンバー全員が自分の端末を見る。全員に送信されているのだ。確認すると救難信号だった。座標は私たちに近い。位置的にこの街にある情報部の基地だろう。

 

「これは……誰かが助けを求めているの?この付近にグリフィンの施設なんてあるのかしら。それとも活動している部隊でも?どちらも聞いてないわ。AR-15、なにか知っている?」

 

 M4が不思議そうに聞いてきた。

 

「さあ……知らないわ」

 

 私が機密に不正アクセスをしていることは小隊には伝えていない。露見した時に共犯に問われるとまずいからだ。へまをするつもりはないが慎重に行動するに越したことはない。基地があることも言わない。それより気になったことがあった。

 

「この信号は全帯域に送信されてるわね。これじゃ鉄血にも位置が筒抜けじゃない。一体何のつもりなんだか。罠かもしれないわ。M4、とりあえず司令部に報告を」

 

 M4は頷くと端末に目を移した。司令部から回答が来たのはたっぷり20分経ってからだった。人間の組織は意思決定が遅い。全員が全員指揮官並とはいかないらしい。

 

「付近にグリフィンの施設があるらしいわ。発信源はそこみたい。集結地点を指示された。状況の確認と場合によっては救援を行うようにって」

 

「移動しましょう。グズグズはしてられないわ」

 

「ええっと、私はついて行った方がいいかな?」

 

 スコーピオンが少し不安そうに言った。M4は頭を振って言う。

 

「いいえ。あなたはここで待機よ。しばらくしたら鉄血人形の残骸を回収しに部隊が来るわ。一緒に後方に帰還するよう言ってきた」

 

「そっか、分かった。助けてくれてありがとう!AR-15、いつかまた会おうね!」

 

「ええ、いつかまた。一緒に指揮官のもとでも訪ねましょう。それじゃあ」

 

 満面の笑みを浮かべるスコーピオンに私も笑いかけてその場を後にした。今日はいいことをした。指揮官の最後の仲間を助け出したんだから。また指揮官に会えたなら、仲間の生き残りがいることを伝えなくては。まだ終わってはいないのだ、私の戦いも、指揮官の戦いも。積み上げてきたものは、消えない。


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