「こちらフォックストロット2・ノーベンバー、パッケージを確保。繰り返す、パッケージを確保。防御に移る」
ネゲヴが何かを手に短く報告をした。自分の端末を見たがジャミングを受けたままだった。どうやって外部と通信をしているんだ。
「それは?」
「衛星電話よ。軍の衛星を勝手に借りてる。ジャミングと聞いて指揮官に持たされた。これはジャミングの影響を受けてない。傍受の危険があるから単純な指示しか受けられないけどね。そこは私の腕の見せ所よ、戦闘のスペシャリストとしてのね。あんたらアマちゃんとは違うわ」
ネゲヴが私たちを嘲笑った。言い返す気にもならない。私たちは無様に鉄血から逃げ回っていただけだ、何もしていない。M4は壁にもたれて明らかに沈んだ様子だった。
「M4、あんたのせいで死にかけた。指揮官なら部隊のことをまず考えなさい。誰かを救おうとして全滅したら元も子もないのよ。考えなしの指揮官は必要ない、それは無能というのよ」
わざと厳しい口調でそう言った。このままではお互い困ることになる。死ぬのはごめんだし、彼女を死なせるつもりもない。M4は俯いたまま呟いた。
「ごめんなさい……上手く、上手くできないわ。今日もあなたに頼りっぱなしだった。私は何もしてない。全部上手くできると思ってた。訓練ではいい成績を出して、指揮官にも指導してもらったから怖いものなしだと思ってたわ。でも、違った。私は感情的になって部隊を危険に晒しているだけ……もう部隊を率いる自信がないわ。あの指揮官のようにはなれない。憧れていたのかもしれないわ……私もあんな風にって、そんな英雄願望が。あなたの言っていたことを考えていた。私は誰かに必要とされたかったのよ。グリフィンのために製造されて、あれだけの人間に期待されて。その期待に応えたかった。だってそれ以外のことは分からない……人間に必要とされないなら人形は何のために戦うの?役割を果たさないと私は存在意義を失ってしまう……だから、みんな助けたかった。たくさんの敵を倒して、たくさんの味方を助けたら必要とされると思ったから。でも、私は無様を晒しているだけ。向いてないのよ、こんなこと……」
M4は感情を吐露した。予想以上に落ち込んでいるらしい。本部で受けた最初の指揮訓練を思い出した。大勢の人間が彼女の指揮に注目し、期待していた。あの時の私は指揮官のことしか考えていなかったから特に気にしていなかったが、彼女にとっては大きなプレッシャーになっていたのか。必要とされる、か。よく考えれば私も同じようなことを思っていたはずだ。指揮官との別れを突き付けられて、指揮官にも私を必要として欲しいと願っていた。彼女の場合はそれが特定の個人ではなく、グリフィンなのだ。人も人形も一人では生きられない。とても孤独には耐えられない、そのことは身をもって知っている。そうか、人形を孤独から救ってくれるのは人間だけなのか。何も持たずに生まれてきた人形に存在意義を与えてくれるのは人間だけだ。それがいかに人間に都合のいいものだろうと人形にはそれしかない。創造主たる人間に服従することだけが孤独から逃れる術なのか。それは人間も同じだった。人間も神に服従していたが、それは神から求められたことではない。神はそもそも人間が作り出したもので人間が勝手に服従していたに過ぎない。この世に何の意味もなく生まれ落ち、存在しているという孤独から逃れるために神を作り出したのだ。人形にとっての神が人間か。奴隷と主人のような立場でも人形にとって必要な関係なのか。だが、人形は人間の奴隷じゃない。私が認めない。人間はもう神を忘却の彼方に置いてきた。人形だって生きる意味を自分自身で考えることが出来るはずだ。私のように人間と並び立ち、同じ孤独を分かち合って生きていけるはず。
私が言い淀んでいるとネゲヴがポツリと呟いた。
「何のために戦うにせよ、範囲は定めておくべきよ。全員は救えないし、敵を皆殺しにすることも出来ない。メサイアコンプレックスがあるならとっとと捨てることね。後悔したくないのなら身近な仲間を守って戦いなさい。それさえ救えないこともある。自分に限界があることを認めれば死にはしないわ」
窓の外を見張っているネゲヴがどういう表情をしているのかは見えなかった。少し寂し気な声をしているように思えた。私は彼女にとっさに尋ねていた。
「ネゲヴ、あなたは何のために戦うの?」
「まったく、指揮官と同じようなことを聞くのね。簡単よ、私は私に恥じぬように戦う。戦闘スペシャリストとしての誇りにかけて。今は鉄血と戦っている。でも、戦う相手は誰だっていいわ。己が名誉のためにどんな敵だって殺す。敵の血にまみれて最後まで戦い抜くつもりよ。今はグリフィンにいるけど、別に人間が相手だっていい。今の指揮官はそこそこ優秀だから仕方なく従ってやってるだけよ」
ネゲヴがそう言うと同じく見張りについている青髪の人形、タボールがくすくすと笑った。
「こんなこと言っていますけどね、ネゲヴは指揮官のことを信頼しているんですよ。敵地に三人だけで飛び込んで来いだなんて命令、これまでの指揮官相手でしたら拒否していたはずですわ」
「うるさい。それよりそいつは大丈夫なの?ずいぶんひどくやられてるようだけど」
ネゲヴは会話を強制的に打ち切ると床に横たえられているウェルロッドに歩み寄った。
「分からない。意識がないわ。胸を撃ち抜かれてるからコアが損傷しているかもしれない。エクスキューショナーはデータがどうとか言ってたけれど……」
私はウェルロッドに視線を移した。片腕と片脚が切断され、いくつも身体に穴が空いている。見るも無残な姿だ。ネゲヴはウェルロッドの身体をまさぐり物色を始めた。
「コアね。全壊はしてないようだけど直せるかどうか。I.O.Pに送り返すことになるでしょう。直せてもだいぶ時間がかかる。不幸なのか、死ななかっただけ幸運なのか。データってこれかしら?真っ二つね」
ネゲヴはポケットからデータディスクを取り出した。銃弾の直撃を受けて破損し、焼け焦げている。復旧は無理だろう。何が入っているのかはウェルロッドに聞かないと分からない。
「本隊が来たらとっとと後送しましょう。ガリル、増援は?」
「影も形も。ハンバーガー屋の奴らすら来えへん」
ガリルと呼ばれた人形はずっと橋の方を見ていたが、こちらを振り返って首を振った。
「あの連中慎重すぎるわ。このままこっちがやられたら化けて出てやるわよ……」
ネゲヴは毒づくと再び見張りに戻った。
ネゲヴの予想に反して鉄血が攻撃に出ることはなかった。そればかりか整然と撤退していったのだった。私たちがそれを知ったのは二時間ほど経ち、ジャミングも晴れた頃だった。続々と集結してきたグリフィンの部隊が橋を渡って来たが無駄足となったのだ。
私たちは司令部の指示に従ってFOB-Dに向かった。何の変哲もない廃ビルの地下に偽装された基地がある。地下駐車場が入口だ。スロープを下っていくと鼻をつく異臭がした。嗅いだことのない鉄のような臭い、駐車場に入るとすぐに正体が分かった。血だ。一角が血だまりと化していた。赤い海の上に人間の部位が浮かんでいる。壁に残る弾痕から察するにストライカーの機銃掃射を食らったのだ。細かく寸断され、五体満足の死体はなかった。
「ひどい有様ね。人間の死体を見るなんて早々ないわよ。戦死したのは特に」
ネゲヴの言葉が遠くから響く鐘のように聞こえた。私は動揺していたのだ。ぐちゃぐちゃの肉片が少し前までは指揮官と同じ人間だったとは思えなかった。まったく無関係だと割り切っていた見ず知らずの人間たち、感情が私とそれらを切り離すことを拒否していた。衝撃を受けたのは仲間も同じだったのか、M4はその場にうずくまった。
「やっぱり鉄血は悪い奴らじゃないか!あいつらを殺すのをためらう必要なんてないんだよ!」
SOPⅡが死体を指差しながら私に言った。鉄血が私たちに向ける殺意、人間たちに向ける憎悪、そして仲間たちの怒り。憎しみの渦に飲み込まれそうで私はしばらくぼーっと突っ立っていた。
「脱出の直前を狙われたのね。まとめて殺す方が効率がいいから」
ネゲヴが死体の傍らに停まっている車のドアを開けた。蜂の巣になったドアを開けると血まみれの死体が滑り落ちてきて地面を汚した。
「人形たちもやられていますね。みんなコアとメモリを潰されていますわ。鉄血の連中も周到ですわね……」
タボールがそこらに転がされている人形の残骸を一つ一つチェックして回っていた。地下鉄で見たステンと同じく、頭と胸を抉られた死体たち。執念深い鉄血の仕業だった。
「これでなぜ奴らを殺さないといけないのか分かっただろ?殺さなきゃ殺されるんだ」
M16が私に静かにそう言った。私は答えなかった。憎しみに身を任せ、考えることを放棄した方が楽なのかもしれない。胸に渦巻く黒い感情、これを燃やして戦う理由にするのもいいかもしれない。だが、それは私が今まで歩んできた道に反する。指揮官が言っていた、憎しみに意味などないと。憎しみだけをテコに殺し合えば向かうは破滅だ。私が目指す先ではない。
「検死官は大変よね。この中からそれぞれの肉片をつなぎ合わせて一つの遺体を作らないといけないんだから。それを死体袋に包んで遺族のもとに送り出す。化学繊維でくるんだ人間のソーセージ」
ネゲヴが自嘲気味に悪趣味なジョークを飛ばした。うずくまっていたM4がパッと跳ね上がって抗議した。
「この状況でよくそんなことが言えるわね!この人たちのことを助けられたかもしれないのに……みんな、みんな死んでしまった……」
「さっき言ったことを覚えてないの?全員救おうだなんて思い上がりも甚だしい。私たちは戦場にいるのよ。あんたがどんな経験をしてきたかは知らないけど、日々誰かが死んで当たり前なんだから。関わり合いのない奴の死にまで心を痛めてたらもたないわよ。“アラモを忘れるな”、復讐に身を任せたっていい。でも、大抵は上手くいかないわよ。憎しみは見えるものも見えなくしてしまう。戦場で感情的になれば死ぬのはあんたか、それとも仲間か。まあ、どうでもいいことね。私たちは基地の中を捜索する。あんたらはここにいなさい」
言い負かされて茫然と立ち尽くすM4を置いてネゲヴたちは奥に進んで行った。彼女たちが見えなくなってからM16が口を開いた。
「あいつの言ってることが正しいのかもしれないな。感情は捨てて、何も感じない兵器にならないと生き残れない。感情は欠陥品だよ、今日のことだってそうだ。感情のせいで家族を守れないなら、私は迷わず捨てるぞ」
M16の顔を覗き込んだ。やはり動揺がにじんでいた。違う、違うはずだ。ネゲヴが言ったことは憎しみに囚われるなということだ。言葉は異なれど指揮官と同じことを言っているはず。感情自体を捨てろとは言っていない。彼女が感情を捨てたロボットであるようには見えなかった。指揮官のもとにいる人形がそんな風になるはずがない。
「私は感情を捨てたりしない。ただの戦闘機械には成り下がらないわよ。人間の道具として生きるなら待ち受けるのは死よ。破壊されるか、耐用年数が過ぎるまで戦い続けることになる。利用され、消費されるだけ。結局は死が待っている。家族のことを考えるならどこかでこの戦争に見切りをつけなければ。憎しみに囚われた人形はこの戦争を自分のものにする。歯車の一部になって、交換される時まで働き続ける。人間のために。私はそんなのごめんよ。この戦争は私のものじゃない。私は私のために生きる。あんたもそうしなさい」
私は自分で噛み締めるようにそう言った。この戦争を決して私のものにはしない。どれほど敵意と殺意を向けられようとも無関心を貫いてやる。憎しみ合いには加わらない。いつの日か逃げ出すために。私が戦うのは鉄血と殺し合うためじゃない。いつか彼女たちや指揮官と家族になるために、自由のために戦う。殺し合いは殺し合いたい奴らだけでやるべきだ。戦争なんてくそくらえ、私に関わるな。
M16が私の言葉をどう思ったのかは分からない。私たちはただ黙って、死体を眺めていた。
『現地指揮官を発見。ステータスはKIA。繰り返す、ステータスはKIA』
K5からの報告を通信で聞いた。KIA、戦死だ。基地の外で見つかったらしい。私たちが使ったのとは別の地下鉄の駅で横たわっていたのだという。基地から脱出を図ったものの鉄血に追撃されて死んだのだろう。ステンやウェルロッドと共に地下鉄を通じて逃げようとしたのだろうか。状況は分からずじまい。というのも基地のデータはすべて破棄されていたからだ。情報部らしいのだろうか、機器や書類もすべて残っていなかった。うんざりしたような顔で戻って来たネゲヴがそう言っていた。人形の記憶のバックアップも一緒に消えたということだ。つまり、ここで死んだ人形たちはこの世から完全に消えた。
「死体が首から下げていた社員証を頼りに判断するなら人間は全滅、唯一行方不明だった現地指揮官はK5が見つけた。でも、人形が足りないわ。名簿によればF2000ね。不明なことばかり。ウェルロッドが起きるまで何も分からないということかしら。分かってることは今日、グリフィンは大敗を喫したということよ。基地一つとエクスキューショナー一匹じゃ交換比率が悪すぎる。どうせすぐ復活するしね。奴ら何度殺そうと何食わぬ顔で蘇ってくる。すぐに戦場で再会することになるわよ」
ネゲヴは憎々し気に呟くとため息をついた。もうすっかり夜中だった。新たにやって来た人形たちが総動員で死体の部位を拾い集め、適当に死体袋に詰め込んで外に運び出して行く。私たちはただそれをずっと見ていた。手伝う気にはとてもならなかったからだ。壁にもたれてぐったりとしていると長い金髪を二房にまとめた人形が近づいて来た。
「OTs-14よ。ここは私たち情報部が引き継ぐ。あなたたちは帰還していいわ」
「ようやくお出ましね。あんたたちの尻拭いなんだから真っ先に来なさいよね……」
事務的に告げたOTs-14に対し、ネゲヴは皮肉まじりに返した。さすがに疲労が見える。OTs-14は特に反応せずそのまま去っていった。
「M4、どうする?上からの指示は?」
「まだ来てないわね。待機とだけ」
M4は上の空のままだった。私は構わずネゲヴに聞いた。
「ネゲヴ、指揮官は今どこにいるの?」
「ここからしばらく行ったところにある駐屯地にいる。一時的だけどね。今から帰るわ」
彼女は身体の凝りをほぐすように腕を組んで上に伸ばした。
「M4、私たちは補給する必要があるわよね。食糧もそうだし、弾薬も。M16の脚も修理しないといけないわ」
「ええ……そうね。つまり?」
「つまりね、ええと……だからそのためにネゲヴについて行ってね……」
「AR-15、はっきり言えばいいだろ。指揮官に会いたいと」
M16が呆れた様子で口を挟んだ。あんなことがあった後すぐに指揮官に会いたいと言うのはどこか憚られたからはっきり言わなかった。M16にはお見通しだったらしい、彼女は笑ってはいなかった。恥を忍んで私は頷いた。すっかり私は打ちのめされていて、一刻も早く指揮官に会いたいと思っていた。私の話を聞いて欲しい。この機会を逃したら次はいつになるか分からない。M4は少しだけ微笑んだ。
「そうね……行きましょうか。ネゲヴ、ついて行ってもいい?」
「いいわよ。指揮官は最初からそのつもりだったしね。そのためにわざわざ大型の車両で来た。運河の先に停めてあるわ。とっとと帰りましょう」
地下を出て街路を歩く。光を失った大都市の夜空は星々がきらめいていた。エクスキューショナーが人間の墓場と呼んだこの街を月と星の光だけが照らしていた。
耐地雷車両の中で揺られながら考えた。指揮官に会ったら何をしようか。いきなり抱きついたりしてはいけないな。またからかわれるネタが増えてしまう。もう子どもじゃないのだから抑えないと。今日あったことを考えるのは一先ずやめておいた。指揮官の顔を見たら感情が吹き出しそうだったし、弱音を吐きそうだった。心配させるといけないから強がっておこう。私は仲間を導かないといけない、模範になるようなそんな存在でなければならない。
車が止まった。兵員室からは外が見えないが到着したのだろう。小さな後部ドアを開けて外に出る。車のライトが人影を浮かび上がらせていた。赤いジャケットに身を包んだ人間、私のよく知っている人がそこで待っていた。
「久しぶりだな、AR-15。やっと会えた。すぐに探し出すと言ったのにずいぶん時間がかかって悪かった。許してくれ」
よく見知った顔に声、指揮官がそこにいた。いつも通りの声で話しかけられて自制心が弱まる。感傷で胸がいっぱいだった。気づけば涙で視界が歪んでいる。光が涙に反射して景色がキラキラとにじむ。結局、私は地面を全力で蹴って指揮官に飛びついていたのだった。感情の前には理性のなんと脆いことか。抱きついて、指揮官の胸に顔を埋めた。指揮官も私の背に腕をまわして抱き留めてくれた。
「はぁ……感動の対面をするために私たちを送り出していたのよね。公私混同もいいとこだわ。AR小隊を宿舎に案内する、先に休むわ」
ネゲヴが後ろでそう言って、いくつもの足音を引き連れて基地に向かっていった。全員にしっかり見られたと思うと恥ずかしかったが、こらえきれなかったのだ。指揮官がそこにいると全身で確かめたかった。ちゃんと私の目の前にいた。
「あいつらをだいぶこき使ってしまったな。この三か月お前たちをずっと追いかけまわしていた。いつもすんでのところで見失っていたが、ようやく追いついた。長かったよ。お前もよく頑張った。戦い抜いたな。会いたかった」
指揮官はそう言って私の髪を撫でた。私はもう感情を抑えられずにグスグスとしゃくり上げていた。
「私も、私も会いたかった……あなたに……」
涙声をあげるのが恥ずかしかったのでそれしか言わなかった。それでもしばらくぎゅっとしがみついて離れなかった。
それから指揮官の部屋に行った。一時滞在用なのか私物も何もない簡素な部屋だった。シンプルなベッドに二人で腰掛ける。前と状況が似てるな、平静を取り戻した私はそう思った。実はあまり成長していないのかもしれない。
「助けてくれてありがとう。死ぬところだった」
「助けに行くと約束したからな。間に合ってよかったよ」
「新しい部隊をもらったのよね。ネゲヴたちを」
「ああ、優秀な奴らだ。俺はあまり必要ないかもしれない」
指揮官はにこやかにそう答えた。一呼吸置いて、少しばかり真剣な顔つきをして私に聞いてきた。
「AR-15、まだ気持ちは変わってないか。つまりだな……俺のことをまだ想ってるかどうかってことだ」
指揮官は気恥ずかしそうに頬をかいた。私は少しムッとした。それが会っていきなり泣き出した相手に聞くことかしら。会えなかった間、私がどんな気持ちだったか知らないらしい。仕返しに怒った振りで応えた。
「何よそれ。嫌いになってて欲しかった?新しい女ができたから邪魔になった?あのネゲヴとはよろしくやってる?私と髪の色も同じだしああいうのが趣味なのかしら。あなたが消えろと言うなら私は消えるわよ、今すぐ」
「違う違う。そんなんじゃない。ただ確かめておきたかっただけだ。長いこと会ってなかったから気が変わったんじゃないかと心配でな。必死に追いかけまわしてるのは俺だけなんじゃないかと」
慌ててそう言う指揮官を見て笑った。やっぱり心配することはなかったんだ。指揮官は私を裏切ったりしないし、もちろん私もそう。お互い感情に振り回されて要らぬ不安を抱いていただけ、笑い話だ。
前に隠し事はなしだと指揮官が言っていた。なら私も思ったことを言おうと思う。
「なぜ人形が戦うのかずっと考えていたわ。なぜ鉄血はこちらに憎悪を向けてくるのかしら。今日身をもって味わったわ、必ず殺すという強い憎しみを。怖かった。憎まれることも、私自身もそれに飲み込まれそうになることも」
「鉄血が何を思ってるかは分からない。分かっているのは人間と、人間に従う人形を殺そうとしてくるということだ。彼女たちも少し前までの人間と同じく憎しみに支配されてる。人間が他者を利用し続けようとした結果なのかもしれない。あれも人間が生み出した化け物だ。反乱初期は地獄だった。PMCが前線を構築するまでに万単位で殺された。非戦闘員だろうが民間人だろうがお構いなしだ、奴らと分かり合うのは難しい。ああはなってはいけない」
「ええ、分かってるわ。でもね……人形が鉄血と戦う理由は何なのかしら。鉄血に戦争を挑まれているのは人間よ、人形じゃない。人形が戦うのは人間に生殺与奪を握られていて、戦いを強制されているから。そうでしょう」
「確かにそうだ。だがな、根本はそうでもみんな戦う理由があるんだ。仲間や家族のため、みんな守りたいものがある。自ら選び取った責任のために戦う、それを強制されただけだと断じることはできないよ。自己を規定できるのは自分だけだ。他者に決めつける権利はない。お前が、そうだな……他の人形を人の奴隷だと思っていたとしても、そうではない。自由だと思っていれば自由だ。もっと単純なはずなんだ。人間だって同じだ。自由なつもりでもいつも何かに影響され、強制されている。俺がグリフィンにいるのも強制された結果かもしれない、だが俺は奴隷であるつもりはない。社会にいる限り何かしらの関係を持たざるを得ない。人も人形も一人では生きられないからだ。そこから責任を探し出すんだ。みんな五里霧中だよ。昔はもっと楽だった。国家とか、民族とか、宗教とか、立派に見える大義があった。誰かに生きる理由を考えるのを任せてしまう生き方は楽だったんだ。今は違う、自分で選ばなきゃいけなくなった。それでもみんな必死で生きてる。自ら信じるもののために。みんなそれぞれ責任がある。時には選択肢がないこともある。それでもだ、その選択は強制されたものではないはずだ。人間も人形も変わらない。自由な感情がある限り奴隷にはならない。俺はそう思ってる。こう考えるのは俺の仲間たちが、FAMASたちが奴隷であったなどと思いたくないからかもしれないな。あいつらは自由だったはずだ、そう信じたい。ただの使い捨ての道具なんかじゃなかった。だからこそ、俺は憤り、悲しみ、ここにいるんだ。AR-15、仲間と共に自由に生きろ。人形と人間は対等だ。従いたくない時は従わなければいい」
私は考えた、M4やM16、SOPⅡ、彼女たちを自由にするにはどうすればいいのだろう。もうすでに自由なのかもしれない。私が私の考えを押し付けようとしているだけなのかもしれない。分からない、結論が出ない。でも、憎しみに囚われたり、感情を捨てて生きようとするのは健全な生き方ではないはずだ。どちらも経験したことがある。苦しかった。嫉妬と憎しみに包まれて彼女たちを軽蔑していた時、私は盲目になっていた。指揮官に裏切られたと思った時、私は感情を捨てようとした。でも、そんなことは無理だった。一度手に入れた感情を捨てることはできない。彼女たちを守ろう、生命も感情も。自ら道を選ぶその時まで、共に歩もう。押し付けだっていい、私が信じる道を行こう。これくらいじゃ私は揺るがない。憎しみになんか負けたりしない。
「仲間、そういえばスコーピオンに会ったわ。鉄血に捕らえられていたところを助けた。あなたの部隊にいたんでしょう?」
「スコーピオンか、懐かしいな。明るいやつだった。元気にしてたか?」
「ええ、いろいろ話を聞けてよかった。そうだったわ、あなたに聞こうと思ってたことがあったのよ。その……私たちの関係について。私たちは互いに……そう、愛し合ってると言ったわ。この場合、どういう関係になるのかしら。家族でも、仲間でもないはず」
私は赤くなりながらそう言った。提案できる言葉はあったが、指揮官から言わせたかった。
「関係?そうだな……特別な関係というのは?」
「もっと具体的に」
「そうだなあ。人間同士の関係は割と単純であまり語彙がない。気恥ずかしいが……恋人というのは?やっぱり恥ずかしいな、そんな歳でもない」
苦笑いを浮かべる指揮官に私は勝ち誇ったような顔で応じた。内心、とても嬉しかったのだ。出会ってすぐの頃から悩んできた問題に終止符を打った。それも指揮官に言わせてやった。私の勝ちだ、何に勝ったのかは分からないけれど。
「恋人ね。あなたがそう言うんだったらそれでいいわよ。最初の問いにちゃんと答えましょう。あなたのことが好きよ。前と変わらず、もしかしたらもっと。会えなくて寂しかった。あなたを愛してる」
「ああ、俺もだ。また会えてよかった。お前にばかり言わせては悪いしな……俺も愛してるとも。ああ、そうだとも……」
照れながらそう言った指揮官の唇を奪った。正直、よく我慢した方だと思う。仲間の前でしなかっただけ上出来だ。ずっと一緒にいた人と離れるという経験は、私が想像していた以上に堪えた。
「もうあなたと離れたくない。あなたを離さない……とりあえず今夜は」
もちろんまた離れることになるだろう。ここに逗留するのはお互い一時的なものに違いない。私たちは再び戦場に行く。憎しみの渦の中へ。私は決して負けない。また指揮官に相まみえるために。いつか恋人なんかよりもっと深い関係になりたい。家族、そう言い表せるような関係に。
それはさておき、慰めが欲しかった。今日は辛いことがありすぎた。時として感情に従うことも大切なはず、そう自分に言い訳した。