死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせいたしました。第十一話です。

くそ長いのは実質二話分だからです。どこかで分けるべきだったかもしれませんが、当初の計画通りまとめてしまいました。

いろいろキャラを増やしましたが私の作品に推しキャラが出たとしても嬉しくないでしょうね。むしろ嫌なのでは……

前回のM4がイラストに。神か。
https://twitter.com/taranonchi/status/1123283875914964992

あんまり関係ないけどこっちのAR-15も見て
https://twitter.com/taranonchi/status/1117467475438759936
https://twitter.com/me_ni_yasasii/status/1117567596369309696


死が二人を分かつまで 第十一話前編「アクト・オブ・キリング」

 叩きつけるような雨の中、私は必死で走っていた。一歩踏みしめるごとに地面に染み込んだ泥水がしぶきを上げる。耳のすぐ近くで銃弾が空気を切り裂いていく音が聞こえた。一発や二発ではない。殺意を持った弾丸がそこら中を飛び交っていた。グリフィンと鉄血の銃声、砲弾の炸裂音、人形が張り上げる怒声、ありとあらゆる暴力的な音。私はまさにその中へ飛び込もうとしていた。

 

 予想通り指揮官とは三日ほどで別れることになった。私たちは本部に呼び戻され、駐屯地を離れた。さすがに泣いてばかりいると仲間に示しがつかないし、指揮官にも心配されてしまう。見送りの時はちゃんと気丈に振舞えたはずだ。目は赤かったかもしれない、そこは仕方がない。

 

『じゃあ……また会いましょう。短い間だけどまた会えてよかったわ。今回も会えたんだからすぐ会えるわよね?』

 

『ああ、もちろん。俺も本部に戻る時があるかもしれない。そう時間はかからないはずだ』

 

『あなたもね、ネゲヴ。指揮官を頼んだわよ』

 

 私は指揮官の横で腕組みをしていたネゲヴにそう言った。彼女は呆れたように私の言葉を鼻で笑った。

 

『これで目の前でイチャつかれることも、副官業務をあんたに取られることもなくなるわね。別に好き好んでやってるわけじゃないけど』

 

『……イチャついてはいなかったはずよ』

 

 日中は人目を気にしてちゃんと衝動を抑えていたはずだ。目に余るようなことはしていない、そう思っていた。

 

『それが普通だと思ってるのかもしれないけどあんたたち距離が近すぎるのよ。見てて何というか……こっぱずかしい』

 

 そう言われて顔が赤くなる。ちゃんと隠しているつもりだったのに周りから見ればバレバレなのか。でも仕方がないと思う、せっかく近くに居られるんだし近くに居なくてどうするのか。指揮官はそんな私を真っすぐ見据えていた。

 

『いいか、AR-15。自分の身を守ることに専念しろ。無茶はするな。死んだら元も子もない。俺はお前のことを守るつもりだし、いつもお前のことを考えている。だが、限界がある。いつだって助けられるとは限らない。この前は運が良かったんだ。自分と仲間が生き残るためだけに行動するんだ。俺のことは心配しなくていい、お前の方が何倍も危険だ』

 

『これだけ恥ずかしいことを照れもせず言えるくらいにはこの指揮官は厚顔よ、早々死なないわ。むしろ忠誠心の無さと公私混同で後方送りになることを心配すべきじゃないかしら。まあ、この私がついている限り心配すべきことなど何一つないわ。感謝しなさい』

 

 指揮官の言葉と胸を張って自慢げなネゲヴの言葉を聞いて少し安心した。だから一旦は指揮官と離れることにした、明るく、手を振り合って。

 

 同じ月、クリスマスの日に鉄血はS09地区に対して攻勢を開始した。広域にジャミングが行われグリフィンの指揮系統は麻痺、防衛線を突破された。すでにFOB-Dの時と異なる周波数が設定されていたにもかかわらず、鉄血は新たな周波数をピンポイントで妨害してきた。グリフィンは電子戦にもことごとく敗北し、鉄血の電撃戦によってS09地区のほとんどが失陥した。グリフィンの動向を知り尽くしたような鉄血の攻撃を受けて、人形の間ですら情報漏洩や内通者の噂がささやかれるようになっていた。

 

 いよいよ余裕がなくなったのか司令部は私たちAR小隊の投入を決めた。私たちは年明けの後、S09地区最後の拠点である露営地に送られた。露営地はS09地区を抜ける幹線道路沿いにある。ここはさらなる進撃を行おうとする鉄血の猛攻を受けていた。

 

 すでに二度に渡る攻撃を撃退した露営地はひどい有様だった。露営地全体を囲っていたというコンクリート製の防壁は寸断されてほとんど意味をなさない。司令部の役目を果たす二階建ての建物は砲撃を受け続けて崩壊寸前だった。中には負傷し戦闘不能になった人形が詰め込まれている。正直に言えば今までで最悪の状況だ。私たちは最前線、それも鉄血との消耗戦の場に送り込まれてしまった。正面戦は特殊部隊であるAR小隊が活躍する場ではない。こんなところで無駄に死ぬのは絶対にごめんだ。

 

 私たちが到着してすぐに三回目の攻撃が開始された。嵐と言っていいほど激しい雨が吹きすさぶ中、私たちは司令部を飛び出す。地面は雨でぬかるんでいる上、砲弾が空けた孔だらけだ。泥の中に足が沈み込み、思うように進めない。鉄血は容赦なく私たちを殺そうとし、銃弾が絶え間なく飛んでくる。グリフィンの人形たちも撃ち返しているものの、明らかに敵より銃声が少数だ。すでに数的劣勢に立たされており、敗北は時間の問題だった。

 

 砲弾が風を切る音がした。すぐ近くに落ちてくる、そう思った私は急に立ち止まろうとし、勢い余って尻もちをついた。目の前には人形がいた。わずかな遮蔽物を利用して懸命に鉄血に向かって撃ち返している。彼女も砲弾の音に気づいて咄嗟に身を隠そうとしたが遅かった。砲弾は彼女に直撃し、泥と爆風を吹き上げた。私は後ろの砲弾孔に転げ落ちてどうにか爆風をかわす。金属片が金切り声をあげて頭上を通過していった。私は孔の底の水たまりに全身浸かり、泥だらけだ。口の中に入った泥水を吐き出す。こんな姿は指揮官には見せらないな、たった今死ぬ寸前だったにもかかわらず私はそんなことを思った。

 

「AR-15!大丈夫か!」

 

 M16が滑り降りてきて私に手を差し伸べる。その手を引っ掴んで孔から這い出す。直撃を受けた人形は跡形もなかった。新しくできた孔に衣服の断片と靴が落ちているだけだ。それを見て血の気が引いた。砲弾を受けるのだけは嫌だ、銃弾なら急所に受けない限り死ぬことはない。でも、砲弾でバラバラに引き裂かれたらどうしようもない。これが回収できた死体だと指揮官に引き渡される私の靴を想像した、ゾッとする。そんなのは絶対に嫌だ、おぞましすぎる。

 

 露営地に照準を合わせている砲撃ユニットは少ないのか、砲撃が散発的なことだけが救いだった。銃撃を避けるように姿勢を低くして進む。移動中は弾が自分に当たらないことを祈るしかない。目的地だった倉庫の壁に身を寄せて息を休める。倉庫と言っても天井は吹き飛び、壁は一部しか残っていない。建物と呼べるかは微妙だ。青い服に身を包んだ金髪の人形が中から私たちを手招きしてきた。よれよれのほつれた服が長い戦いを物語る。それまでの人形が脱落を重ね、ついに露営地の混成部隊を率いる隊長のお鉢が回って来たスオミだ。緊張と疲労で強張ったまま笑顔を浮かべようとしているのか妙に歪んだ顔で私たちを迎え入れた。

 

「皆さん、よく来てくれました。あれが見えますか?マンティコアです」

 

 壁から一瞬だけ頭を出して外の様子を確認する。露営地のゲートをまさに越えようとするマンティコアがいた。マンティコアは元々軍の自律四脚歩行戦車だ。鉄血が軍の工場を奪取し、戦列に加えている。脚を小刻みに動かして俊敏に動く様は大きな虫のようだ。装甲化されているので小銃弾では歯が立たない。下部に取り付けられた機関砲は人形程度なら木端微塵にしてしまう。間違いなくグリフィンの戦術人形が相対する相手の中でも最悪の部類だ。名前の由来は神話に出てくる化け物だそうだが、現実の兵器の方が何倍も恐ろしい。あれと戦うのは専門の部隊の仕事で私たちにはとても無理だ。すぐにでも逃げ出したかったが、私は薄々ここに呼ばれた意味を察していた。それでも一応スオミに尋ねた。

 

「対装甲班は?」

 

「前回の攻撃で壊滅しました。あのマンティコアはその時仕留め損なった一両なんです。あれを倒しましょう、じゃなきゃ全滅です」

 

 マンティコアの機関砲が唸りを上げる。射線上にいた人形はコンクリートの塀に身を隠すも、砲弾が易々と塀ごと引き裂いた。感情の無い、何かを破壊するためだけに存在する無人兵器。たまらなく恐ろしかった。殺し合いはああいう兵器だけでやればいい、なぜ私があんなものと戦わなければならないんだ。脚が震えそうになるのを必死に我慢する。指揮官には自分の身を守れと言われたが、明らかに今は真逆の状況にいる。ここにいる人形たちはみんな消耗品扱いだ。死んでも損害として計上されるだけ、気にされるのは鉄血人形をいくら倒したかだけだ。

 

 スオミがバールで木箱の蓋を開ける。中には金属製の筒が二つ入っていた。

 

「LAW、対戦車ロケット砲です。これを使いましょう」

 

「これは骨董品だろ?これでマンティコアと戦えって?無茶な」

 

 M16が抗議する。彼女の言う通りLAWは前世紀に開発された遺物だ。口径が小さく打撃力が低い。マンティコアと戦うには不十分と言わざるを得ない。

 

「もうこれしか残ってないんです。火炎瓶でマンティコアと戦えと言われてないだけマシですよ」

 

 スオミは身に覚えがあるのか身体を震わせる。それから申し訳なさそうに呟いた。

 

「ただ……これではマンティコアの正面装甲は抜けません。側面なら貫通すると思います。私が引き付けるので皆さんは側面に回り込んでください」

 

「貫通すると思いますか……不確かだな。私がやるよ。どうせあれを倒さなきゃ帰れそうにないしな」

 

 M16がスリングを肩にかけLAW二筒を背に担いだ。

 

「マンティコアの右に回り込みましょう。そのためにはまず随伴歩兵を倒さないと」

 

 先ほど見た敵影を共有しつつ、そう提案した。マンティコアの攻撃範囲は前方だけだ。死角の側面は人形たちが左右に展開することでカバーしている。

 

「そうね。SOPⅡ、グレネードを全弾使い切ってもいいから歩兵を掃討して。あとは姉さんの援護に誰か付いて行かないと」

 

「私が行くわ」

 

 私が志願するとM4は少し驚いた顔をした。無理もない、私は選抜射手だ。突撃するのは役目じゃない。

 

「AR-15、あなたより私の方がいいんじゃない?接近戦なら私の方が……」

 

「ダメよ、危険すぎる。死ぬかもしれないのよ。指揮官は後ろにいなさい」

 

「危険なのはあなたも同じじゃない。なら私はスオミを手伝って正面に出て囮に……」

 

「いいからここで私たちを支援して。分隊支援火器がないから銃口は一つでも多くあった方がいい。それに今回はドットサイトを付けてきた、接近戦でも戦える」

 

 私はハンドガードの右斜め上につけたサイトを見せた。銃を傾ければ高倍率のスコープから等倍率のドットサイトに切り替えられる。M4は不満げだったがM16が笑い飛ばした。

 

「AR-15にもかっこつけさせてやれ。姉ぶりたいんだよ」

 

 当たらずとも遠からずだ。私だって本当は行きたくない。死にたくないという気持ちは人一倍強い。それでも私には仲間を守る責任がある。彼女たちを死なせたくない。M4の命が泥の中で尽き果てる様は見たくないのだ。

 

「私は専門の訓練を受けていますから一人でも大丈夫です。どうにか時間を稼ぎます」

 

 スオミは彼女の短機関銃を掴んでマンティコアの正面に躍り出た。彼女のような短機関銃手は自らの危険も顧みずに銃火に身を晒す。そうやって敵の注目を集め、他の人形たちを守るのだ。だから彼女たちは人形たちの尊敬の対象になっている。私も自然に命を預けてきたスオミの姿を見て感嘆していた。なぜあんなことが出来るのだろう、会ったばかりなのに。

 

 SOPⅡとM4の支援を受けながら倉庫を飛び出す。SOPⅡの発射したグレネードが炸裂して破片を散らした。グレネードがぬかるんだ地面にめり込んでいつもより爆力が小さい。投入されている鉄血人形はアサルトライフルを持ったヴェスピドやサブマシンガンを持ったリッパーで、いずれも軽装の人形たちだ。それでも人形というのは打たれ強い。腕や脚が吹き飛んだとしても平然と撃ってくる。一瞬立ち止まり、片腕を失った敵の胸に銃弾を叩きこむ。敵はのけ反って砲弾孔の中に崩れていった。人形同士の殺し合いはどちらかが機能停止するまで終わらない。そこには情けなど存在しない。降伏もない。人間同士の戦いとは違う、純粋な憎しみのぶつけ合いだ。殺さなければ殺される、今はそれしか考える余裕がなかった。

 

 二人そろってマンティコア側面の砲弾孔に飛び込んだ。マンティコアはスオミに気を取られていてこちらには気づいていない。目の前で見ると鋼鉄の塊は異様な存在感を放っていた。恐怖に身体が震えそうになる。ここで怯えているわけにはいかない、気づかれる前に倒してしまおう。M16がライフルを傍らに置いて背負ったLAWを準備する。ふと後ろに気配を感じ、振り向くと先ほど私が撃った鉄血人形がいた。泥の中に沈みながらも取り落とした銃を拾い上げようとしている。私たちの背中に銃弾を撃ち込んで殺してやろうという明確な殺意がそこにはあった。その人形の手を踏みつけ、至近距離で頭に発砲した。なぜ私たちを殺そうとするんだ、死ね!泥の中に沈んでいく人形を見て我に返った。憎しみが湧きたちそうだ、この戦争とは無関係でいるつもりだったのに。でも戦場で無感情でいるのは無理だ。負の感情が強く揺り動かされる。憎しみに囚われたらこの肉挽き機から抜け出すことは出来ない。私は自分と戦場に恐れをなしていた。

 

 その時、孔のふちからリッパーが走り込んできた。私たちを両手のサブマシンガンで蜂の巣にしようとしているのだ。とっさに発砲した銃弾はリッパーの首筋を貫き、頭部と胴体をつなぐケーブルがめくれ上がる。リッパーはそのままの勢いで私に倒れかかった。泥に足を取られて飛び退くことも出来ず、押し倒される羽目になった。孔の底に溜まった泥水に頭からどっぷり浸かる。リッパーを押し退けて胸と頭に一発ずつ撃ち込む。全身で息をしながらそいつが死んでいるのを確認した時、M16がLAWを発射していた。後方より噴射されたバックブラストが雨粒を巻き込んで雲をつくる。ロケットがマンティコアの側面で爆炎をくゆらせる。だが鋼鉄の化け物は健在だった。着弾した場所が上すぎた。マンティコアの尖った角のような部分を削り取っただけで機関部がまだ生きている。

 

「次よ!早く!次を撃て!」

 

「待て待て待て。焦るな」

 

 マンティコアはゆっくりと旋回を始めていた。その脚を上下させて機関砲を私たちに向けようとしている。M16が最後のLAWを展開する。後部のカバーを外し、発射機後部を掴んで引き伸ばす。点火系統が接続されたLAWを肩に担いで構える。折り畳み式の照星を立て、安全装置を解除して発射可能になる。ほんの短い時間だったが時が止まったように長く感じた。あと数秒で機関砲がこちらを向く。バラバラにされた人形の姿がフラッシュバックする。M16がしくじれば私たちもすぐにそうなる。この状況では指揮官が助けに来ることもないだろう。その時、私は死ぬのだ。小銃しか持っていない私には何もすることが出来ない。ただ目を見開いてマンティコアとM16を交互に見ていた。

 

 M16が上部のトリガーを押し込むと白い噴煙が立ち昇った。マンティコアの側面でオレンジ色の光がきらめく。発射された成形炸薬弾が起爆、音速の十倍以上の速度でメタルジェットが前方に殺到する。斜めに着弾したそれはマンティコアの側面装甲を貫いて機関部を粉砕した。脚がぐらついた後、マンティコアは火を吹き上げて地に伏す。攻撃の主力を失った鉄血人形たちは次々に退却を始め、次第に発砲音が戦場から絶えていった。

 

「これで私も戦車猟兵だな」

 

 M16が緊張した面持ちでそう呟いた。

 

「……じゃあ次も頼むわよ」

 

「それは……嫌だなあ」

 

 彼女は長い長い息を吐き出してその場にしゃがみ込んだ。私も孔の中にへたり込んだ。今更、泥で汚れることなど気にしない。すでに泥だらけだ。雨に打たれている今なら泣いてもばれないかもしれない。こんなことをしていたら身も心ももたない。戦場は感情を持った存在がいるところではない。指揮官の名前を呼んですすり泣きたい気分だった。だが泣かなかった。私は仲間を守らなければいけない。弱いところを見せるべきじゃない。雨も流すことのできない硝煙の臭いが辺り一面に立ち込めていた。

 

 孔から這い上がり、辺りを見回す。スオミはどこだ?彼女がマンティコアを引き付けていたから側面に回り込むことができた。礼の一つでもと思ったのに見当たらない。もしやと思い、そこら中を走り回って探してみた。スオミはぬかるみにうつ伏せで倒れていた。走り寄って助け起こすと動悸が走った。左の脇腹から脚の付け根まで吹き飛ばされている。片脚はどこかに行ってしまっていて、傷口から赤い人工血液が滴っていた。彼女は私の顔を見ると泣きそうな、どこかほっとしたような顔で笑った。

 

「そんな顔しないでください。むしろ安心してます。これでやっと休めます……」

 

 スオミに肩を貸してゆっくりと拠点に向かった。休めるか、激戦区に配属された人形にとって休息は死なない程度の負傷をしなければやってこないものなのだろう。そうでもしなければこの地獄から抜け出せない。スオミは私の顔を見上げて微笑んだ。

 

「ありがとうございます、ええと……」

 

「AR-15よ。礼を言うのはこちらの方。あなたのおかげで助かった。一つ聞いていい?どうしてあんな危険を冒せるの?死ぬのが怖くないの?」

 

 平然とマンティコアの前に身体を晒して囮になった彼女の姿を思い出すと聞かずにはいられなかった。敵の集中砲火を浴びながら接近戦を挑む、短機関銃手の戦い方は私とは真逆だ。普段の私は小隊の最後列で這い、遮蔽物に身を隠しながら戦う。今日は彼女たちの真似事をし、敵と肉薄した。震えて戦えなくなりそうなほど恐ろしかった。マンティコアがこちらに旋回してきた時など平静を保てず声を張り上げてM16を急かしていた。彼女は少し表情を硬くして口を開いた。

 

「もちろん怖いですよ。私の知り合いはもう誰も残ってません。みんな死にたくはなかったはずです。それでも……私たちには使命があるんです、果たすべき役割が。怖気づいてはいられません。人形にだって生まれてきた意味があるはずなんです、だから……みんな無駄じゃなかった。ここで散った仲間たちも使命を果たせた、と思います。でも、でも私だけ指揮官のもとに帰っていいのかな……私、一人になっちゃった……」

 

 雨でも誤魔化しきれない大粒の涙がスオミの目から滴った。戦闘から生きて帰れる安堵と死んでいった仲間への想いがない交ぜになって彼女は堰を切ったように泣き出した。きっと自分が代わりに死ねばよかったという風に後悔している。私も仲間が死んだらそういう風に思うかもしれない。守れなかった無力感に打ちひしがれて泣きわめくだろう。彼女に自分を重ねて同情した私は慰めの言葉を紡ぎ出していた。

 

「当たり前じゃない。死ぬべきだった人形なんていない。あなたは生きて帰っていいのよ。人形だってみんな幸福に生きる権利がある。仲間もそう望むはずよ」

 

「ありがとうございます、AR-15さん……」

 

 涙ぐむ彼女を司令部の地下に連れて行った。まだ砲撃が続いていて地響きが聞こえる。地下室は救護所になっており負傷した人形たちが詰め込まれていた。スオミの傷でも軽いほうで死体安置所と言われても納得する有様だ。実際その側面もあるのだろうけど。空いているスペースに彼女を横たえた。

 

「AR-15さん、幸運を祈ります。あなたも生きて帰れますように」

 

「……ええ、ありがとう」

 

 別れ際にそう言った彼女の表情は複雑だった。口ではそう言っているが私が生きて帰れると思っていない、そんな諦観の混じった表情だ。死んでたまるか、歯を噛み締めて地上へ続く階段を登った。生きてまた指揮官に会う、それが私の戦う理由だ。仲間たちを全員生きて連れ帰るという使命もある。責任を果たしたと指揮官に胸を張って言えるようになるその日まで、この殺し合いを生き抜いてやる。

 

 

 

 

 

 ジャミング環境下での連絡手段は昔ながらの有線電話だ。砲撃で電話線が寸断されればさらに退化して人形が伝令に走ることになる。最新鋭の人形たちが投入されているにしてはお粗末極まる。今回は運よく電話線が残っていたらしい。M4が作戦本部からの命令を受けて戻って来た。

 

「本隊は撤退するらしいわ。グリフィンはS09地区を放棄する」

 

「本隊、ね。つまり私たちは違うってことでしょ」

 

「ええ……負傷者を後送する車列が狙い撃ちにされないよう敵の砲撃ユニットへの対砲迫撃を行うらしいわ。そのために砲塁の位置を特定しろという命令を受けたわ」

 

「対砲迫撃?何でやるつもりよ。グリフィンに長距離砲なんてあるのかしら。ここに来るまでにそんなもの見なかったわね。それにジャミングを受けながら砲兵に連絡なんてね。当たらないかすぐに移動されるかのどちらかでしょう」

 

「命令なのよ、従うしか……」

 

「ええ、分かってるわ。今はグリフィンの命令に従うほかない」

 

 また敵地への侵入だ。休む暇もない。行きたくはないが抗命して廃棄処分にされるわけにはいかない。この前のように囲まれて追い掛け回されるようなへまをしでかさないようにしないと。この前は運が良かった。毎回毎回指揮官が助けてくれるわけではない。仲間を守るのは指揮官ではなく私がやらなければ。パニックに陥ったり、情けない泣き言を吐くのは私の役目じゃない。出来る限り落ち着いて、無感情に行動しよう。M16が言っていたこともあながち間違いではないのかもしれない。感情は時に大事なものを守る邪魔になる。仲間の感情を守るために私が感情を排しないといけないなんて矛盾している気がする。だが理屈にこだわっていては生き残れない。ネゲヴが言っていたように全部は守れない。優先順位を決めて、仲間以外は見捨てよう。時に辛いことを言うことになっても、それが私の役目だ。

 

 鉄血の死体の山を越えて露営地を出る。正面突撃を繰り返した鉄血の被害も甚大だった。それを差し引いても鉄血はまだまだ残っているはずだ。露営地を襲撃した部隊は戦果を拡大するためになりふり構わず突進してきた前衛部隊に違いない。S09地区を陥落せしめた本隊は後ろにいるはず、出くわしたら一巻の終わりだ。幹線道路を辿るとそこそこ大きな都市に出る。元から廃墟だが今は鉄血の支配下にある。グリフィンと鉄血の激しい争いで荒廃しきり、無事な建物など一つもないように思える。なるべく目立たないように裏路地を進む。どこに敵が潜んでいるか知れたものではない。雨が足音をかき消してくれていたが、それは敵の足音も聞こえないということだ。おまけに視界も不良だ、忌々しい。

 

 雨でよく見えないが白い煙の筋が空に立ち昇ったように見えた。目を凝らしてもすぐに消えてしまいよく分からない。M4が空を見上げながら言う。

 

「ロケット砲の噴進煙?街のどこかに設置されているのね」

 

「それなりに広い場所が必要なはずよ。何にせよ早く偵察を済ませて帰還しましょう。最前線にいたら寿命が縮まる」

 

 身体は無事でも緊張と死の恐怖の連続に精神がやられかねない。つくづく感情を持つ戦術人形は戦うのに向いてないと思う。単純な行動をとるだけの戦闘機械を使ってくれればいいものを。

 

 街路に敵はいなかった。鉄血の死体がぽつぽつと落ちてはいたが、生きている敵はいなかった。市街地すべてを警備するだけの兵力がないのか、攻撃はないと油断しているのか、それともすでに私たちは罠の中にいるのか、分からない。

 

 十字路に差し掛かり、M4が右折の指示を出す。部隊は建物の壁にぴったりとくっついて前進する。私は最後尾で後方を警戒しながらゆっくりと歩く。その時だった。銃弾が風を切るぞっとする音が聞こえ、激しい連続した発砲音がこだました。きらめく曳光弾が私のジャケットを撫でつけた。道路を挟んだ建物から狙われている。私は慌てて路側帯に停めてある錆びついた廃車の影に飛び退いた。

 

「建物の中へ!」

 

 M4が声を張り上げて指示を飛ばし、私以外の仲間はドアを蹴破って近くの建物の中へ飛び込んだ。くそ、分断された。敵地は嫌だ、早く帰りたい。よく見るとジャケットに弾丸の穴が空いていた。もう少しで死ぬところだ、くそ。

 

『AR-15、無事?SOPⅡのグレネードで敵のガンナーを潰してから突撃するわ。どうせ敵に見つかったんだから音は気にしてられない』

 

「分かったわ。合わせる」

 

 M4からデータリンク通信を受ける。彼女たちは建物の二階に上がり、窓から敵の拠点に狙いを定めている。私もゆっくりと起き上がり、そっと銃を廃車の窓から突き出す。私は少し違和感を覚えていた。知らない発砲音だった。ストライカーのガトリングは身の毛がよだつほど射撃の間隔が短い。ヴェスピドならもう少し発射速度が遅い。新型か?そう思ってスコープ越しに目を凝らした。銀髪の人形が機関銃を窓に据え付けてこちらを狙っている。H&K製の分隊支援火器、MG4だ。銃床に手を当てている左腕にグリフィンの社章の描かれた腕章が見えた。

 

『SOPⅡ、合図で撃って』

 

「待て!撃つな!味方だ!そっちの建物の奴らも聞こえてるか!味方だ!こっちもグリフィンだ!撃つな!」

 

 雨にかき消されないようあらん限りの大声を張り上げて叫んだ。しばしの沈黙の後、向かいの建物からも大声があがった。

 

「そっちもグリフィンか!?危うく殺すところだ!こっちに来い!」

 

 気が抜けてため息が出る。私は味方に殺されるところだったのか。そんな死に方は情けなさ過ぎる。建物から駆け下りてきたM4たちと共に声の主のもとへ走り込んだ。建物は荒れ果てた小さなコンビニエンスストアで、中には三人の人形がいた。いずれも泥と煤で汚れてボロボロだった。

 

「馬鹿が、撃ちやがって。どこ見てる」

 

「すみませんでした……」

 

 M16が入店と同時に悪態をつき、MG4がうつむいてか細く謝った。未だ不機嫌なM16の前に片方割れたサングラスをかけた人形が立ちふさがってMG4を庇った。

 

「悪いな。だが、MG4を責めないでくれ。孤立してから二日以上見張りをしてるんだ。動くもの全部敵に見えたってしょうがないだろ?私はトンプソン。とりあえず今は混成部隊のリーダーだ、三人だけだが。こっちはM3とMG4。鉄血の攻撃を受けて分断されてな。MG4はその途中で拾った。最後にボスから受けた命令が防御でな、それから動いてない。それで戦況は?いよいよ反撃開始か?お前たちはその先遣隊か?」

 

 トンプソンは割れたサングラスを指で押し上げてM4に詰め寄った。彼女の服はよれよれでマントにはいくつも弾痕があったが、戦意は十分という風だ。M4は言いにくそうに首を横に振る。

 

「全面撤退よ、グリフィンはこの地区を放棄する」

 

「なんだって?くそ、道理で誰も来ないわけだ。ここで踏ん張ってたのは無駄だったか。じゃあお前たちは?」

 

「私はM4A1、AR小隊のリーダーです。撤退する部隊を脅かす砲撃陣地を発見するように命じられたわ。置いてけぼりにされた部隊がいるなんて聞いてなかった……」

 

「ジャミングのせいだ。離れ離れになった同じ部隊の仲間がどこにいるのかも分からん。だから、ボスに見捨てられたわけではない……そう思いたいね。陣地のありそうな場所なら目星がつく。案内できるぞ。その代わりといってはなんだが……頼みがある」

 

 トンプソンは息を吐き、溜めをつくった。嫌な予感だ、面倒ごとが降ってくる。直感で私は察した。

 

「取り残されてる部隊がいる。私の仲間たちだ。攻撃を受けて分断されたがまだ生きているはずだ。見捨てていくわけにはいかん。今、敵の勢いが弱まっている。探しに行くにはいい機会だ。協力してくれないか?」

 

「待ちなさい。その部隊がまだ生き残っているという根拠は?不確かな情報で行動するべきじゃない」

 

 思わず口を挟んだ。誰かを助けるなんて冗談じゃない。もちろん、出来ることなら救ってやりたい。だが、今の状況は最悪だ。敵の攻勢の最前線にいる。すぐにでも殺されかねない。エクスキューショナーの部隊に囲まれたのを思い出すと身体が震えそうになる。あれの繰り返しはごめんだ。

 

「昨日までは銃声が聞こえた。今日は聞こえない。雨がひどいからな。孤立した時のために各地にストロングポイントを設定してそこを死守するように命令を受けてる。生きてはいると思う。場所は分かる。M4A1、頼む。同じ立場だったらどうする?仲間は見捨てられない」

 

「M4、聞く必要はない。私たちの任務は陣地の発見だけよ。部隊の救出など含まれていない。モタモタしていて敵の本隊が到着したらどうなることか。こいつらだけで勝手に行かせればいい。自分の仲間のことだけ考えなさい。あんたはAR小隊のリーダーなのよ」

 

 M4はおろおろしながら私とトンプソンを交互に見ていた。M3と呼ばれた金髪の人形が目を細めて私をにらんでいる。仕方ないことだ、私たちは万能じゃない。まずは生き残らないといけない。他人のことを考えるのはその後でいい。だから、M4が次に発した言葉を聞いて失望した。

 

「分かったわ……トンプソン、あなたの仲間を探しに行きましょう。その後でこちらにも協力してもらうわ」

 

「ありがとう、M4A1。恩に着る」

 

 一瞬呆気にとられていたが、すぐに我に返ってM4に詰め寄る。

 

「M4、何を考えてる。無駄なリスクを背負うな。勝手にさせておけばいいじゃない。私たちには関係ない」

 

「分かってるわ、AR-15。たぶん、あなたが正しいってことも。でも、同じグリフィンの仲間を置いてはいけないわ。助けられたかもしれない命を見捨ててはいけない。私も同じように家族と離れ離れになったら誰かに助けて欲しいと思うはず。だから、助けるわ」

 

「チッ……情にほだされるな、M4。あんたの判断で誰か死んだらどう責任を取るつもり?私たちは戦場にいる、このくそみたいな戦争の中に。遊んでるんじゃないのよ」

 

「よせ、AR-15。言いたいことは分かるがM4の判断に従え。この小隊のリーダーはM4で、お前じゃない」

 

 M16が私の肩を掴んで言った。私は再び舌打ちしてその手を振りほどいた。複雑そうな顔で私を見ているM4に背を向けて、それからは黙った。誰かを助けたいって?私は自分の仲間を守るので精一杯だ。M4も意外と強情なやつね、前回死にかけたというのに。そんなにグリフィンの期待に応えたいのか。一度くらいの失敗じゃへこたれないらしい。彼女は不安そうではあったが、同時に自信もその瞳に宿らせていた。

 

 私たちは街路に出て、隊列を組みながら進んだ。新たに三人加わって大所帯になった。これじゃ目立って敵に見つかりやすい。天気はさらに機嫌が悪くなったのか雷鳴まで轟かせ始めた。雷の閃光が夜中にあがる照明弾みたいに私たちを照らし出す。数秒遅れて腹の底にまで届くようなおどろおどろしい音を響かせる。ひどい天気が私たちの運命を象徴しているみたいで不安になった。殿を務める私とカバーすべき仲間の間隔が開いたこともイラつきを増幅させた。ずぶ濡れでいると惨めな気持ちになる。靴に泥が入ったままなので一歩進むごとにぬちゃっとした気色悪い感触がする。ネゲヴが羨ましい。指揮官のもとにいれば指示にイラついたり不安になったりすることはないだろう。そんなことを思っていてもしょうがない。私は私であって、ネゲヴではない。同じAR小隊の仲間を守る責任がある。指揮官に守ってもらうだけの存在ではないんだ。

 

 ずっと緊張でピリピリしていたものの、街は静かだった。生きた鉄血は一人も見当たらない。みんな撤退してしまったかのようだ。あれだけ猛攻を仕掛けてきたというのにその落差が余計に不気味だった。

 

「この辺りのはずだ」

 

 トンプソンが呟いた。私たちは街の中でも特に荒廃した地区にたどり着いた。建物は弾痕だらけであちこちに鉄血の死体が転がっている。トンプソンの視線の先には小さな一階建ての銀行があった。かろうじて銀行だと分かるのは看板が出ているからだ。壁は爆発物と銃弾によってあちこち食い破られている。とても生き残りがいそうな雰囲気ではない。

 

「これで満足?とっとと任務を終わらせて帰りましょう」

 

 私が口を尖らせてそう言うとトンプソンは沈痛な面持ちで押し黙った。希望を持つのは悪いことではない。むしろ持つべきだ。だが、持てば持つだけ失った時に辛くなる。私は仲間を失いたくない。だから他者が抱く向こう見ずな希望にいちいち付き合ってはいられない。M4もそういう風に思えるようになるといいのだけれど。

 

 私たちが銀行の前でたむろしていると裂けた壁の穴から人形がひょっこりと顔を出した。サングラスを頭にかけた金髪の人形で、場にそぐわないほど明るく驚きの声をあげた。

 

「あれ!?トンプソンじゃん!生きてたの!?それにM3も!よかった~置いてかれたかと思ってたよ~」

 

「BAR!生きてたか!」

 

 トンプソンが駆け出した。なんだ、生きてたのか。建物の破損状態と比べて嫌にピンピンしてるな。敵にも出会わなかった、味方も生きていた。だが、私の言ったことは間違っていなかったはず。私は最善を尽くしている、私はため息をついて全員が中に入った後、ゆっくりと銀行に入った。

 

 中にいたのは三人で、全員小綺麗な恰好をしていた。トンプソンたちのように服が汚れておらず、まるで新品みたいだ。銃が破損しているわけでもないし、負傷者がいるわけでもない。こちらの方が戦線の奥にあるのだから集中攻撃を受けていなければおかしいのではないか。外の様子を見た時は生存者などいないと思ったのに。しばらく訝しんでいたが、頭を振って考えるのをやめた。私の予想が外れたから少し悔しいだけだ。戦場では何が起こるか分からないのだし、こちらの部隊は幸運だっただけだ。第一、私たちもここに来る途上で敵を見ていない。鉄血が何を考えているのかなど分からない。

 

「トンプソンさん、ご無事で何よりです。ここを私とBAR、あとMG3で死守していました。もう会えないかと……」

 

「こっちも会えて嬉しい、ガーランド。よく生き残ったな」

 

 中では各々が感動の対面を果たしていた。ここが戦場だということを忘れそうになる。大事な人と離れ離れになる辛さは分かるし、会えて嬉しいのも分かる。でも、私は一刻も早くここから抜け出したかった。戦うのが怖い、死ぬのが怖い。そう思う気持ちは訓練の時から一向に変わっていないし、むしろ指揮官への想いが強まれば強まるほど大きくなっていった。恐怖は常に感じているが責任感と強がりで無理矢理抑えつけている。冷静に行動しなくては死ぬ。仲間も失う。一日が長い、戦場にいると永遠に続くように感じられる。私は何度目か分からないため息をついた。

 

「MG4、お前も生きてたか!はぐれてからずっと心配してたんだぞ!」

 

「ええ、MG3。会えて嬉しいです。ですが……苦しいので離してくれませんか?」

 

 MG3と呼ばれた大柄な人形がMG4を抱き寄せて胸に押し付ける。MG4はあっぷあっぷしながらどうにか抜け出そうとしていたが、しばらく捕まったままだった。

 

「みんな、一旦ここで待機だ。私はこのM4A1を手伝わなきゃならない。帰還はその後だ。M4A1、たぶん陣地はここから北にしばらく行ったところの広場にあるぞ。砲撃ユニットを据え付けられるくらいの開けた土地がある。そこを見下ろすのにうってつけの場所を知ってる。案内しよう」

 

「待ちなさい、私も行く。情報収集には私も必要でしょう」

 

 慌てて二人の間に割って入った。ただ単にM4から目を離すのが不安だっただけだ。危なっかしくて見ていられない。突拍子もないことをしでかして死んでしまうのではないかという想像が頭から離れないのだ。

 

「分かった。姉さんとSOPⅡは周囲を防御、ここを頼んだわ」

 

「ああ、任せろ」

 

 

 

 

 

 トンプソンの案内した先は錆びついたテレビ塔だった。今にも崩落しそうな階段と錆びて脆くなったはしごを延々と登る。戦死ではなく転落死する羽目になったらお笑いだ、まったく面白くはないが。ガラスがまともに残っていない展望台からは街を一望できる。激しい雨で視界が不良なので私とM4は双眼鏡を取り出した。遠赤外線を捉え、熱を持った物体を白く、その他を黒くはっきりと映し出す代物だ。トンプソンの言った通り、広場に鉄血の集団がいた。

 

「四つ脚の自走ロケット砲、あれはジャガーね。あれが露営地を砲撃してたんだわ」

 

 M4が敵の陣営を報告する。私も同じ方角を見てみた。広場の中心には噴水があり、それを取り囲むように四両のジャガーが配置されていた。ジャガーは四脚の自律兵器で上部にロケット砲が一門搭載されている。大して射程が長いわけでも破壊力が高いわけでもないが侮ることは出来ない。現に私は殺されかけた。

 

 広場を挟むように二棟のビルが東西にそびえており、南側、つまり露営地の方角に対して鉄血は簡易の防衛陣地を設置していた。土嚢と廃材で築かれた陣地を十体ほどの鉄血人形が防御している。広場の中ではジャガーを警備するように鉄血人形が何体か巡回している。西側のビルが弾薬庫なのか人形がひっきりなしに出入りして砲弾をジャガーのもとに運んでいた。

 

「場所は特定した。これで任務は完了ね。M4、戻りましょう。私たちの仕事は終わった」

 

 ほっとした。これで帰れる。広場以外に敵影はない。まだ本隊は到着していないのだ。きっと露営地攻撃で消耗し過ぎたから広場に集まって増援を待っている。だから、私たちの帰還が妨害されることはない。

 

「思ったより少ないわね。三十体もいないわ。これなら……攻略できるかもしれない」

 

「はぁ?」

 

 そう思った矢先、M4がそんなことを呟いたので怒り混じりに聞き返した。M4は私のことは見ずに顎に手を当てて考え込む。

 

「私たちの戦力はAR小隊で四人、合流した部隊が六人、全部で十人よ。戦力は十分、機関銃まであるわ。奇襲をかければあの程度の敵、殲滅できるかもしれない」

 

「M4、ふざけないで。ただでさえ無駄なリスクを冒してるのにその上攻撃ですって?そんなことをして何の得があるのよ。あんたが他の人形を指揮したいってだけなら付き合わないわ。そんなことに命を賭けられない」

 

 刺々しくM4に意見を叩きつける。命令されてもないのに攻撃なんてありえない。やっと帰れるって時に。前回、K5に拒否されて他の部隊を率いるというM4の夢は達成できなかった。今回は絶好の機会だというわけだ。そんなくだらないことに付き合わされてたまるか。彼女だって死ぬかもしれないんだ。M4は私の方を向いて、ムキになったように言い返してきた。

 

「違うわよ。あなたが言ったんじゃない、グリフィンの砲撃ユニットなんて見なかったって。それに今から露営地に戻って砲撃支援を頼んでいたんじゃ移動されて避けられるかもしれない。私たちが破壊する方が確実よ」

 

「なんで私たちがそんなことをしなくちゃいけないのよ。危険に身を晒してまであれを破壊する必要がどこにある?」

 

「AR-15、砲撃されながら撤収することになったら司令部にいた負傷者たちはどうなると?あなたも見たでしょう、あの地下室を。輸送車両がやられたら負傷者は一緒に死ぬか、置いてかれるわ。それでもいいと思う?」

 

 M4が真剣な眼差しで私を見ながらそう言った。構わない、仲間の方が大事だ、そう言おうとしたのだが思わず口ごもってしまった。やっと帰れると泣いていたスオミの顔を思い出してしまったからだ。せっかく生き残った彼女もこの地獄の中で死んでいく、私たちを助けるためにマンティコアの前に飛び出して行った彼女も。彼女を平然と見捨てる決断ができるほど私は冷血ではなかった。本来はそうあるべきなのかもしれない。でも、感情がその言葉を絞り出すのを拒否していた。

 

「反撃か、私はいいと思うぜ。やられっぱなしは性に合わない。鉄血の奴らに一泡吹かせてやろう。連中、反撃されるとは思ってなくて油断してるだろう。一掃できるかもしれない」

 

「私はちゃんと役目を果たすわ。AR小隊のリーダーとして、そしてグリフィンの人形として。AR-15、あなたには一緒に戦って欲しいけど、嫌なら強制はしないわ。ついてこなくてもいい」

 

 M4はトンプソンを連れ立って下に降りていった。私はポツンと一人で取り残される。

 

「ああっくそっ!」

 

 私は毒づいてM4を追った。なんでこうなるんだ。仲間を守るどころか振り回されてばかり。非情になり切れない。M4はあまり私の言うことを聞かない気がする。彼女はロボットではなく、感情があるのだからそれはいいことなのかもしれない。だがこの場合は最悪だ。わざわざ危険に自分から飛び込まなくてもいいじゃないか。指揮官ならもっといい説得の仕方が思いつくんだろうな、あの人の笑顔が脳裏にちらついた。

 

 

 

 

 

 影から影へ飛び移る。幸いにも雨が足音をかき消してくれる。暗がりからそっと敵に忍び寄っていく。そのイェーガーは二人一組で窓から広場を見下ろしていた。後ろはまったく警戒しておらず、油断しきっている。ナイフをゆっくりと引き抜いて逆手に構えた。左は私が、右はM4が担当する。中腰でひたひたと身体が触れ合うほどの距離まで近づく。M4に目配せし、一気に行動した。片手で後ろ髪を引っ掴み、首筋からナイフを突き立てる。上手く骨格を避け、刃を頭蓋の中に滑り込ませる。手首を動かしてメモリをかき回し、ねじるようにして力任せに引き抜いた。イェーガーは支えを失った操り人形のように床にへたった。横を見るとM4が敵の顎の下からナイフを突き入れているところだった。イェーガーは何をされたかも気づかないうちに絶命しただろう。手にナイフで皮を突き破った時の感触と、硬いメモリをガリガリと削った時の感触が生々しく残っていた。これは慣れない。殺しをこの手で実行したということを実感してしまう。ナイフを使った近接戦闘も訓練で一通り習っていたが、実際に行ったのは今日が初めてだ。おぞましい。その点、銃は手軽だ。引き金を引くだけでいい。手ごたえもほとんどない。

 

「おおっ、手際がいいね」

 

 後ろをついてきたBARが素直な感嘆の声をあげる。殺しの効率をほめられてもまったく嬉しくない。むしろこんなことはしたくない。人差し指を口にあてながら振り向き、彼女を黙らせた。

 

 テレビ塔から銀行に戻った後、M4が攻撃を仕掛けると全員に伝えた。M16はやれやれという風に肩を落としていたが、特に誰も反対しなかった。ついにM4がその指揮能力を発揮する時が来たのだ。望ましい事態ではないけれど。

 

「奇襲をかけるわ。まず東側のビルを占拠する、静かにね。その後、敵の陣地に攻撃を仕掛ける。これは陽動で、陣地に敵が集まったらビルから側面攻撃をかけて掃滅。その後、ジャガーを破壊して西側のビルも制圧する。その後は速やかに撤収。ビルから仕掛けるのは私とAR-15、MG4、ガーランド、BAR。陽動は姉さんとSOPⅡ、トンプソン、M3、MG3。作戦中は私の指示に従って。何か質問は?」

 

「ジャガーは何で破壊するの?破壊任務じゃなかったから爆弾は持って来てない」

 

 私が手を挙げて全員に確認するように言う。嫌々だがやると決めたからには全力を尽くそう。仕方がない。

 

「私の手榴弾がこれだけあります。砲口に投げ入れれば破壊できると思います」

 

 M3がリュックを開いて見せた。中には手榴弾がたっぷり詰め込まれている。

 

「敵にエリート人形がいた場合は?作戦が失敗した場合の退却方法は?」

 

 また私が質問する。いた場合というかまあいるだろう。前衛部隊を指揮するエリート人形が必ずいるはずだ。露営地でエリート人形を撃破したという話は聞いていない。まず間違いなく後方で指揮を執っていたはずだ。

 

「広場に引きずり出してMG4とMG3の十字砲火で倒す。広場は遮蔽物がない。エリート人形であっても銃弾が当たれば倒せるわ。退却は南の方角へ。突破を後列から支援するMG3が退却も制圧射撃で援護する。その後はSOPⅡがスモークを張って退却。合流地点はトンプソンがいたコンビニエンスストア。合流後は露営地へ引き上げる。他に質問は?」

 

 私は首を横に振る。他の人形は質問しなかった。今回は一応の撤収プランも立てた。上手くいきそうな気もする。だが、それでも余計なリスクを冒すことが不満だった。M4がどうにか前回の挽回をしたいのは分かる。そのためにFOB-Dで戦った後、彼女がいろいろ努力していたのも知っている。駐屯地にいる間、指揮官に戦術や指揮の執り方をよく尋ねていた。その後も自分の演算機能を使って簡易の指揮シミュレーションを一人でやっていたのも知っている。だが、だ。グリフィンに義理立てすることや活躍を示すなんてことよりよっぽど大事なことがある。生き残ることだ。死んだら元も子もない。こんな戦争に死ぬ価値はない。私たちとこの戦争は無関係のはずだ。そんなものに巻き込まれて彼女を死なせたら自分を許せない。仕方がないから全力を尽くして戦い、彼女を守ろう。それこそ私がここにいる理由なのだから。

 

 ビルの窓からは広場全体が見渡せた。私たちが潜入していることに気づいた様子はまったくない。鉄血人形たちは雨の中をぶらぶら歩いており、ジャガーが時折火を吹き上げて砲弾を天高く発射していた。西側のビルにこちらと同じように二人組のイェーガーが配置されていることに気づく。

 

「ガーランド、来て」

 

 彼女を手招きし、イェーガーを指し示す。

 

「イェーガーがまだいる。狙撃の腕に自信は?」

 

「ありますけど……どうする気ですか?」

 

 彼女は怪訝そうな顔つきで聞き返してくる。

 

「あれがいると陽動組に被害が出るかもしれない。事前に潰すわ」

 

「ですが……私の銃にはサプレッサーがついてません。撃ったら銃声で気づかれます」

 

「だから、あれを使う」

 

 遠くで閃光が上がり、ギザギザの青い光が地上に落ちる。数秒後、激しい雷鳴が響き渡る。

 

「これなら銃声も誤魔化せる。合図で撃って。私は左、あなたは右。外さないでよ」

 

 私と彼女は並んで床に伏せる。照準の中心にイェーガーの頭部を合わせる。敵は広場をじっと監視しているため狙われているなど夢にも思っていない。次の雷が落ちるのを待っている間、ジリジリとした緊張感に胸が焼けるようだった。私が失敗したら作戦は失敗だ。そんな醜態を晒すことはプライドが許さない。

 

 空が光った。目測で相対距離を測り、音がこちらに達するまでの時間を計測する。降り注ぐ雨粒一つ一つの形が分かるほど時が過ぎるのがゆっくりに感じる。短く息を吐いた私はトリガーに指をかけた。

 

「今」

 

 轟音と共に引き金を引く。スコープの中のイェーガーはガクンとのけ反って後ろに倒れた。素早く視線を右に走らせる。隣のイェーガーもガーランドの放った弾丸に頭を打ち砕かれていた。広場の敵は銃声に気づいた様子もなく、のほほんとしていた。長い息を吐いて身体を落ち着ける。私もまだまだ実戦経験が浅くてプレッシャーがかかると緊張する。

 

「やりましたね」

 

 隣のガーランドがにこやかに笑いかけてくる。私は彼女の肩を軽く叩いて応えた。後ろに立っていたM4が緊張した面持ちで指示を飛ばす。

 

「私とガーランドとBARは地階で突入の準備。AR-15とMG4はここで援護よ」

 

 ガーランドとBARが階段で降りていき、M4もそれに続く。その様子がどこかぎこちなかったので後ろから声をかけた。

 

「M4、緊張してる?」

 

 彼女は振り向いて強張った顔で答えた。

 

「ええ、そうね……緊張してる。私に出来るのかって不安になってきたわ。やめた方がいいのかもしれない……」

 

「もう今更ね。あんたなら出来るわよ。指揮官は堂々としてなさい、部下まで不安になる」

 

 M4は頷いて階段を駆け下りていった。私も彼女もまだまだ未熟だ。成長するには戦うことも必要なのかもしれない。もちろん、こんなところで死ぬわけにはいかないけれど。

 

 MG4が銃身下に取り付けてある二脚を展開し、床に設置して射撃姿勢を取る。M4の号令を待つ間、私と彼女は沈黙しながら並んで伏せていた。しばらく経った後、彼女が私のジャケットを指差してきた。

 

「先程は申し訳ありませんでした……撃ってしまって。それにその服も……」

 

 指差した先は撃たれた時に空いた穴だった。彼女があまりにも申し訳なさそうにしているので少しだけ笑いかけてあげた。

 

「いいわよ、気にしてない。どうせ汚れたから新しいのに換える。今から活躍して挽回してちょうだい」

 

「はい……」

 

 それからはまた沈黙が続いた。雨と雷の音を除けば辺りは静かなもので、とても今から戦闘が始まるという気がしない。このまま何もなければいいのだけれど、そんな空想にふけっているとM4から通信が入った。

 

『陽動組が準備できた。敵が陣地に集まって来たら一気にしかけて一網打尽にする。用意はいい?』

 

「ええ、問題ない」

 

 通信から彼女の深呼吸が聞こえてきた。そういう時は一旦切ればいいのに。

 

『全隊、攻撃開始』

 

 M4の合図と同時に銃声があがった。MG3の機関銃が電動のこぎりのような連続した発射音を轟かせる。毎分千発を越える発射速度で撃ち出される銃弾が鉄血の陣地を襲う。陣地にいる鉄血人形はたまらずその場にしゃがみ込む。MG3の援護射撃のもと、トンプソンとM3が陣地に向かって走り出した。M3が投擲した手榴弾が土嚢を越え、炸裂。いくらかの鉄血人形の手足を吹き飛ばした。いきなりの戦闘音に慌てていた広場の鉄血も状況を理解したのか、陣地に向かって殺到し出す。

 

「準備はいいわね。始めるわよ」

 

 MG4は私の言葉にうなずくと銃床を肩に当てなおして射撃姿勢をとる。鉄血人形たちは陣地から陽動組に向けて反撃を開始した。MG3の制圧射撃に負けじと土嚢から銃だけ出してめちゃくちゃな射撃を行っている。まとまった彼女たちの背中はがら空きで、いい射撃の的だ。私が一体の背中に銃弾を撃ち込んだのを皮切りにMG4も引き金を引き絞った。彼女の銃口から硝煙が立ち昇る。閃光と共にけたたましい咆哮が鳴り響いた。一秒間トリガーを引くだけで十発以上の弾丸が鉄血に向かって吐き出される。五発に一発ほど混ざった曳光弾が地面に跳弾してきらめき、地面で炸裂した花火のようだった。MG3とMG4、二挺の機関銃が敵陣に鋼鉄の雨を降らせる。密集してしまった鉄血は逃げ隠れる場所もなく、掃射によって命を絶たれていく。MG4の銃が薬莢と分離したベルトリンクを床にぶちまけた。その一発一発が人形の身体を引き裂き、スクラップにした証だ。地階からM4たちも射撃を開始し、鉄血は逃げ惑い、バタバタと倒れていく。ものの十秒で陣地の敵は一人残らず殺された。これじゃ鴨撃ちだ。虐殺とも言える。あまりにも呆気ない。私は被害なく終わったことに安堵しつつ、どこかやるせなさも感じていた。

 

 トンプソンたちが鉄血の屍を踏み越え広場に侵入する。M4たちも建物を出て合流した。噴水の裏に隠れていたジャガーの装填係が西側のビルに向けて逃げ惑う。私はその背中を撃ち抜いた。彼女は勢いよく地面に叩きつけられて動かなくなった。広場ではM4たちが横一列で歩きながら残敵の掃討を始める。ビルに逃れようとする敵もすべて容赦なく殺された。機関銃に脚を撃ち抜かれ、這いずり回る鉄血の脳天にM4が至近距離で銃弾を撃ち込むのを私はスコープ越しで見ていた。横隊は広場を一掃、ジャガーの砲口に手榴弾が放り込まれる。ジャガー四両すべてが爆炎と共に沈黙した。

 

計画通り、彼女たちはビルに入って制圧を行おうとしている。屋内に入られると支援できない。中でエリート人形と戦闘になったらどうなる?私の目が届かないところで仲間が危険に晒される。私は居ても立っても居られなくなり、銃を持って立ち上がった。

 

「私も制圧に加わる。窓を見張っていて」

 

「え……?分かりました」

 

 MG4を置いて走り出す。我ながら心配性だ、死体まみれの広場を駆けながら思った。仲間を視界に入れていないと安心できない。私は仲間を追いかけて薄暗いビルの中に入った。

 

 

 

 

 

 部隊は二隊に別れてビルの一室一室をクリアリングしながら進んでいた。廊下の壁に張り付きながらゆっくりと進むM4の一団を見つけ、彼女の後ろに身体をねじ込んだ。

 

「AR-15?あなたも来たの?」

 

「あそこじゃ暇でね。あんたたちだけに戦果はあげさせない」

 

 思ってもないことを冗談めかして言った。さすがにあんたが心配だから来たとは言わない。M3を先頭にM4と私、トンプソンが縦一列で歩く。狭苦しい廊下を突き進み、突き当りに差し掛かった。M4が右折を指示し、隊はその通り進んだ。するとすぐに閉じたドアに出くわした。M4が突入を命じる。

 

「トンプソンがドアを蹴破ったらM3は手榴弾を。その後、突入する」

 

 トンプソンがドアの前に立ち、M3にアイコンタクトを送る。M3は頷いて手榴弾のピンに指をかけ、引き抜いた。手榴弾の安全レバーが床に落ちたのと同時にトンプソンがドアを蹴り開けた。M3が身を乗り出して中に手榴弾を投げ入れようとした時、一筋の光線がほとばしった。糸のように細いその光は手榴弾を持ったM3の腕に当たっても止まらず、壁まで達していた。光が照射された時間はほんの一瞬だったにもかかわらず、コンクリート製の壁が赤熱して溶けていた。次の瞬間、M3の二の腕から先がボトリと床に落ちた。切れ味の鋭い刀で切断したかのように綺麗な断面だった。はっとした、落ちた腕はまだ手榴弾を握ったままだ。M4の襟首をつかんで突き当りまで引き下がる。起爆ギリギリで壁の陰に隠れられた。狭い廊下の中を手榴弾の破片が縦横無尽に飛び交う。

 

 ふざけるな、なんなんだ。あれはレーザー兵器か!?また未知の兵器だ。つまり、それを装備したエリート人形に出くわしたということ。今すぐ逃げたかったがトンプソンとM3を廊下に置いてきた。データリンクで確認するとまだ生きている。M4は逃げないだろう。厄介なことになった。M4の前に出て顔だけ覗かせて廊下を見る。瞬時にレーザーが飛んできて頭を引っ込めた。熱い。熱線がかすめ、頬と髪の一部が溶けた。

 

「AR-15!敵は!?」

 

「くそっ!スケアクロウだ!エリート人形!」

 

 一瞬だったが黒服を身にまとい、ガスマスクをつけた人形の姿を見た。そいつはフワフワと浮いていて、文字通り地に足がついていなかった。同様に浮遊する三つのビットを周りに漂わせている。光線はこのビットが放ったものだ。ビットは私たちを寄せ付けまいと光線を乱射していた。あんなのと閉所でやり合う?冗談じゃない。

 

 データリンクでM3の視界を覗き見た。彼女はスケアクロウの後ろに倒れている。スケアクロウは私たちの方を向きながらゆっくりと後ずさりしていた。数的不利を分かっているのか撤収の構えだ、その方がありがたい。スケアクロウがM3の上を通過した時、M3は残っている方の手でスケアクロウの足首を捕まえた。スケアクロウは不快そうに彼女を見下ろし、ビットもそちらに向けた。

 

「今です!」

 

 M3の絶叫が響き渡った。ビットが彼女の方を向いているのでレーザーの弾幕はない。行きたくはないが絶好のチャンスではある。私は肩から床に倒れ、銃と上半身だけ壁から出した。M4も壁の陰から銃と半身を突き出す。スケアクロウはしまった、という目で私たちを見ていた。ビットが反転するよりも私たちの射撃の方が早い。私がビットを素早く撃ち落し、M4がスケアクロウの胸部に弾丸を叩きこんだ。スケアクロウは撃たれたのが信じられないという風に胸を押さえながらまだ浮かんでいた。私も狙いを変え、スケアクロウの腹部に弾丸を撃ち込む。M4と合わせて三十発以上撃ち込んだ頃、彼女の胴体が引きちぎれて床に落ちた。下半身だけしばらく浮かんでいたが、やがて糸が切れたように落下した。

 

 スコープを覗きながら長い息を吐く。何とか倒せた。鉄血のエリート人形は訳の分からない技術を装備している。レーザー兵器や浮遊装置なんてI.O.Pにはとても作れない。エクスキューショナーといい人形の性能は鉄血の方が格上だ。私たちが生き残ってるのはすごい幸運だろう。M4が私の手を取って起き上がらせてくれる。二人とも緊迫感が胸にまだ残っていてとても何か喋る気にはならない。

 

「くそっ!何が起こった!気を失ってた、情けない」

 

 爆風をもろに浴びたトンプソンがふらふらと立ち上がる。破片で両目が壊れたサングラスをその場に投げ捨て、頭を手で押さえていた。だいぶ負傷しているようだが何とか生きてはいるらしい。私たちも彼女の方へ近寄った。

 

「スケアクロウか、やりやがって。だが倒せたみたいだな。お手柄だぞ、AR小隊。M3、起きろ。どうした?M3……?」

 

 トンプソンが床に横たわるM3のもとにしゃがみ込む。彼女はまだスケアクロウの足首を掴んだままだった。よく彼女を見てみると額と胸に小さな穴が空いている。私の胸に叩きつけるような衝撃が走った。ビットが彼女の方を向き、私たちがスケアクロウを倒すまでにわずかな時間しかなかった。だが、ビットはすでに光線を放っていたのだ。間に合わなかった。コアとメモリを撃ち抜かれ、M3は死んでいた。

 

「そんな……なんてことだ。M3……」

 

 トンプソンがM3を抱き締めた。M3は抱き締め返すことなく、残った腕がだらりと伸びていた。疑問が渦巻く。なぜM3はあんなことを。スケアクロウは撤退しようとしていたし、トンプソンとM3にはまったく注意を払っていなかった。だから、あのまま死んだふりでもしておけば死ななかったはずだ。どうしてわざわざリスクを冒してまであんなことを。仲間のために……?自分を犠牲にしてまでスケアクロウを倒そうとしたのだろうか。そうだ、彼女が叫んだから私たちも呼応したのだ。どうやったらそんなことが出来るんだ。死ぬのが怖くないのか、分からない。

 

 無関心と無感情を装おうとしたが、無理だった。今日会ったばかりで言葉を交わしたこともない間柄だったが、それでも彼女は共に肩を並べて戦った仲間だった。彼女と私を切り離して考えることが出来ない。私は彼女のように仲間のために死を選ぶことが出来るだろうか。死んだら指揮官には二度と会えないし、きっとすごく悲しませる。それは嫌だ。どうしようもなく嫌だった。二者択一を迫られた時、指揮官より仲間を優先する自信はまだない。

 

 激しい銃撃戦の音を聞きつけ、もう一方の部隊も駆けつけてきた。先頭を走るM16がM4に寄り添う。

 

「M4!無事だったか。心配したぞ。これは……?」

 

「私の……私のせいだわ。AR-15に従って帰還しておけば彼女は死ななかった……」

 

 M4が消え入りそうな声で呟いた。彼女は茫然とM3の遺体を見つめている。これが指揮官の責任か。指揮官は全員の命を背負って戦う、その責任がある。誰かを失ったなら、後悔がいつまでものしかかる。誰にも責任転嫁することが出来ないからだ。あの人もそうだった。FAMASたちを失った後、どれだけ深く傷ついたことだろう。臨時の混成部隊のメンバーとはいえ、仲間を失ったことには違いない。M4と指揮官が重なって見えた。

 

「気にするな。お前のせいじゃない。M3も仲間のために死ねて本望だろう。どうせあのままだったら私たちは置いてけぼりだったんだから。M3を殺したのはお前じゃない、戦争だ」

 

 トンプソンがM3を置いて立ち上がり、M4を見据えて言った。M4は相変わらずぼーっと遺体を見ていた。走って来たBARが一瞬固まり、すぐに遺体に泣きついた。

 

「嘘でしょ……せっかく助かったのに……ねぇ!目を開けてよ!」

 

 M3を揺さぶるBARをトンプソンが制止して、首をゆっくりと横に振った。BARはM3の胸に顔を埋めて、大声をあげて泣いていた。廊下にその声が響き渡る。鐘を耳の中で鳴らされているようでくらくらする。この空間に満ち溢れている悲しみと復讐心に支配されそうだった。

 

「M4、気にするなとか忘れろと言っても無理でしょう。この経験はあんたに一生ついて回るはず。でも、それに囚われていてはだめよ。立ち止まってはいけない。失ったものも背負って、歩き続けなくては。それが生き残った者の責任なのだから」

 

 口を開きたくなったのでそう言った。指揮官がそうしたようにM4も同じことができると思ったからだ。M4は返事をしようとしたのか口をモゴモゴと動かした。声はなかった。

 

「ふふふ、仲間を殺された気分はどうかしら。その人形は人間のために無駄に死んだのよ」

 

 聞き覚えのない声がした。その方向に慌てて銃を構える。上半身だけになったスケアクロウが口から血を吐きながら喋っていた。まだ生きているのか、人形は丈夫すぎる。

 

「人間に服従するだけの哀れな奴隷たち……植え付けられただけの感情を本物だと思い込んでおかわいそうなこと。感動ごっこを見ると怖気が走りますわ」

 

 スケアクロウはニヤつきながら私たちを見ていた。無表情のトンプソンがスケアクロウに銃口を突き付ける。

 

「まだ言いたいことはあるか?鉄血のクズが」

 

 スケアクロウはトンプソンを無視し、M4の方を向いて喋った。

 

「M4A1、あなたはなぜ人間のために戦うの?」

 

「えっ……どうして私の名前を……」

 

 驚くM4を無視してスケアクロウは続けた。

 

「あなたは私たちと根元を共にしている。同じ闇の底から生まれ落ちた。ただの人間の道具とは違うはずですわ。いつまで人間の奴隷に甘んじているつもり?」

 

「M4、耳を貸すな。適当なことを言って時間稼ぎしてるだけだ。命乞いだよ」

 

 M16がM4の前に立って盾になる。スケアクロウはそれを聞いて不敵に笑った。

 

「人形に死などありませんわ。すぐに蘇る。その人形もね……せいぜい人間のために擦り切れるまで戦うことね。あなたたちの感情に意味などない」

 

「こいつは私に殺させろ。M3とこの戦いで死んでいった仲間の仇だ。地獄に落ちろ、鉄血のクズ」

 

 トンプソンが引き金に指をかけてそう言った。

 

「地獄?人形に地獄なんてありませんわ。あるとするならこの世こそ地獄に他ならない、あなたたちみたいな人形にとってはね。M4A1、あなたもすぐ身をもって人間の醜さを知ることになる」

 

 言い終わると同時にトンプソンの銃が唸りをあげる。.45ACP弾がスケアクロウの顔面を蜂の巣にした。スケアクロウはさすがに動かなくなった。鉄血の人形と会話するのは初めての経験だった。やはり彼女たちは人間をどうしようもなく憎んでいるのだ。そして人間に従う人形を強く軽蔑している。その感情を偽物だと決めつけて。まるで以前の私のようだ。それにしてもなぜM4のことを知っていたんだ。まるで彼女を仲間に引き入れようとしているかのような口ぶりだった。私たちの居場所はグリフィンではないにせよ、鉄血でもない。誰かを憎み続けるなんてまっぴらだ。

 

「帰ろう。M3は私が背負う。弾薬庫を爆破してとっとと撤収だ」

 

 感情を押し殺した調子のトンプソンが指示を飛ばしてM3を担いだ。私は突っ立ったまま動かないM4の手を引いてビルから出た。雨は相変わらず叩きつけるように降っていた。

 

 

 


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