死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第十一話中編「アクト・オブ・キリング」

 撤収は被害なく終わった。負傷者でいっぱいの車列に私たちも飛び乗ってS09地区を離れた。翌日には鉄血の本隊が到着し、S09地区は陥落した。戦略的には大した意味はなくとも、私たちは戦術的な勝利をあげた。勝利は勝利だ。グリフィンは最終的に勝利したと公報で美談に仕立て上げることも出来たろう。指揮官の部隊に対してしたように。しかし、グリフィンはそうしなかった。

 

 本部に帰った私たちを待っていたのは拍手喝采でも、薄っぺらいプロパガンダでもなかった。私たちはすぐさま武器を取り上げられ、それぞれ引き離された。個室に放り込まれ、取り調べが始まった。情報部を名乗る人間がやってきて、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。トンプソンたちとどこで出会ったか、何を話したか、彼女たちの様子は、現地の状況はどうだったか、M4はなぜ攻撃の判断を下したか、その時私は何をしていたか、スケアクロウと何を話したか。無機質な声で聞かれ、私も包み隠さず話した。昔に受けたテストみたいだな、私は口を動かしながらそんなことを思った。

 

 時間が経つと担当者が変わり、また別の人間がやってきた。そしてまた同じことを聞かれる。それが二十四時間休みなく行われる。それが三日続いた。これは尋問だ、嘘をついていたらボロが出る。だが、今回に限っては特にやましいことはしていない。全部本当のことを話した。喋っていていささか腹が立ってくる。仕方なくグリフィンのために戦ってやったというのになぜ疑われなければならないのか、一体何を疑っているのか。おまけに部屋には武装した人形まで配置されていた。FOB-Dで会ったOTs-14だ。彼女はずっと押し黙ったまま置物みたいに動かなかった。

 

 無駄に時間はあったので理由を考えていた。まず考えられるのは情報漏洩や内通者の噂の件だ。鉄血はグリフィンの長距離通信の周波数を狙い撃ちにしてジャミングを仕掛けてきた。さらにS09地区の防衛拠点の所在を知り尽くしたように短期間でグリフィンの防衛線を粉々に粉砕した。それがS09地区失陥の原因だ。前線の人形の間ですらグリフィンにはスパイがいるという噂がささやかれるようになった。グリフィンの防諜を担う情報部のメンツは丸つぶれだというわけだ。情報戦で後手に回り、存在意義を失おうとしている。だからS09地区で戦った人形を片っ端から捕まえて尋問にかけているのかもしれない。しかし、お門違いというものだ。前線で戦う人形にとって鉄血に協力することは死に直結することだし、仲間を売るような人形は私の知る限りいなかった。そもそも人形に人間を裏切るような真似ができるのだろうか。疑うなら人間を疑うべきだ、人形よりよっぽど信頼できない。

 

 もう一つはM4が活躍したから、そういう理由だ。M4は命令以上のことをやってのけた、やってしまった。命令されてもいないのに市街地に分散していた人形たちを結集して砲塁を攻略した。被害は出たが彼女は上手くやったと思う、やりすぎた。私と指揮官が出会った理由、それはM4の反乱を防止するために私を利用するためだ。M4が反乱を起こし、鉄血のような人類に対する脅威となるのを本気で恐れている勢力がいたからだ。あのM4にそんなことができるわけがない、私に言わせればお笑いだ。しかし、おそらく情報部は本気にした勢力のうちの一つなのだ。M4が自律的に判断し部隊を指揮して戦果をあげたこと、これはそういう連中を刺激するのに十分だったのだろう。私たちは連中の妄想に付き合わされているというわけだ。目の前でロボットみたいな無表情で私に問いかける人間を罵ってやりたくなった。ここで人間に反抗的だなどと記録されては厄介なことになるので実行はしなかった。

 

 最後の尋問官が出て行ってからしばらく経っても誰も来なかったので部屋の隅にいるOTs-14に話しかけた。

 

「私は丸腰だっていうのにずいぶん心配性なのね?」

 

 顎で彼女の持っている銃を指した。ずっと閉じ込められて不機嫌だったので皮肉っぽい口調になる。

 

「命令だから」

 

 彼女は表情を変えずに言った。情報部の奴らは人も人形も機械めいている。私と同じように感情を持っているのか疑いたくなる。

 

「なんで人形に対してこんなアナログなことをするのよ。メモリでもメンタルモデルでも何でも覗けばいいじゃない」

 

「あなたたちは機密の塊だからメモリから直接データを取り出すのが許可されていない。作戦本部と16LABに反対されてるから。情報部にできるのはこういう時間をかけた嫌がらせのような手法くらいなのよ」

 

「嫌がらせだという自覚はあるのね……」

 

 無視されるかと思ったが、まともな答えが返ってきて少し驚いた。しかし、メモリを見られなかったのは不幸中の幸いだ。私の中には不正アクセスで得た機密情報がいっぱいだ。指揮官が不正アクセスを黙認していたのもバレてしまう。もし、直接データを引きずり出すと言われていたら指揮官に迷惑がかかる前に脱走する羽目になっていた。

 

「少し聞いてもいいかしら。これは個人的質問よ。あなたの指揮官について」

 

 今度は彼女が私に聞いてきた。私の指揮官のこと?私の指揮官と言えばもちろんあの人しかいないが、直接の指揮官というわけではない。今回の戦いにもかかわっていない。ということは何かしらの事情を知っているのだろうか、様子を伺っていると彼女は勝手に喋り始めた。

 

「あなたの指揮官、元気でやっているかしら?」

 

「そうだと思うけど……面識が?」

 

「ないわ。ただ知っているというだけ。あなたの大事な人なんでしょう」

 

「……そうだけど。それが何か?」

 

「大変よね、離れ離れで。心配でしょう」

 

「……何が言いたいの?」

 

「別に。この話は終わりよ」

 

 要領を得ない。彼女の意図が分からなかった。だから彼女をじっと見ていると、OTs-14は何かを横目でちらりと見た後、私に視線を戻した。私も一瞬だけ視線の先を見た。部屋の壁に取り付けられたカメラだった。尋問の様子は全部映像と音声合わせて記録されている。彼女は壁にぴったりと張り付いているのでカメラの死角にいる。OTs-14はさっと腕を持ち上げて人差し指と中指で自分の両目をさした。そのまま手を翻して二指を私に向ける。

 

『見ているぞ』

 

 そういう意味のジェスチャーだ。私が呆気に取られていると彼女はすぐに平常時の姿勢に戻った。目線を私と合わせようともしない。どういう意図だろう。私を監視しているということ?それは今まさに尋問を受けているのだから今更じゃないか。私と指揮官の仲を知っていると言いたいの?でもそれはすでに言ってきた。わざわざ隠れてジェスチャーで伝えることじゃない。

 

 訝しんでいると彼女が口を開いた。

 

「調査は終わり、だそうよ。AR小隊用に宿舎があてがわれてる。しばらく休暇よ、たぶんね」

 

 彼女がドアを開けて私を追い出す。結局、よく分からないまま釈放された。仲間はもう解放されているのだろうか。私は指定された宿舎に向かった。

 

 

 

 

 

「私は誰にも必要とされてないのよ……私には何の価値もない……あんなことしなければよかった……」

 

 部屋には四つベッドが窮屈に配置されており、端のベッドにM4とM16が座っていた。M4は半泣きで、M16がそれを慰めているようだった。M4はどこか舌足らずという感じで、時折、両手で持ったコップに口をつけて何かを飲んでいる。床に酒瓶が何本か落ちていたので察しはついた。

 

「……何よこれ」

 

「おう、AR-15。お前も終わったか。酒は食堂でくすねてきた。ここしばらく調達できてなかったからな、手に入ってよかった。ウォッカとジュースしかないのが玉に瑕だが。贅沢は言ってられないしな」

 

「そうじゃないわよ、M4よ」

 

「まあ、分かるだろ?」

 

 彼女たちの向かいに腰をおろした。M4はぐすぐす言いながら酒をすすっていた。確かに聞かなくても分かる。彼女もまた尋問を受けた。指揮を執った張本人なのだし、主に彼女が原因なのだから当然だ。グリフィンのためと信じて戦ったのだからショックも大きいに違いない。

 

「どうせ私は無能よ、何の役にも立たない。無様に逃げ回ってる方がお似合いなんだわ。誰も助けられない……」

 

「いやいやそんなことはない。お前は上手くやったよ。孤立してた人形たちを助けたじゃないか。負傷者たちが無事に撤退できたのはお前のおかげだ」

 

「でもM3を死なせたわ……」

 

 M16が肩に手をまわして慰めてはいるもののM4はほとんど聞く耳を持たない。

 

「……あんたは上手くやったわよ」

 

 私も一応そう言った。そう、彼女は上手くやった。指揮官並とはいかないまでも、初めて指揮する混成部隊を上手くまとめて戦果をあげた。それが問題なのだけれど。目立ち過ぎて目を付けられた。

 

 M4はコップを空にする勢いで酒を流し込んでいた。部隊でM16以外が飲酒しているところは初めて見た。大方、M16が慰めようと飲ませたのだろうが逆効果だったのではないか。ますます陰気になっている気がする。あんたは人類の脅威になると思われてるのよ、そんなことを言うわけにもいかず、なんと声をかけたらいいのか分からない。

 

 愚痴を聞くのはM16に任せて私は端末を取り出した。最初に指揮官と会った時にもらったものだ。これのせいで指揮官といろいろあったが、今の関係を築けているのはこの端末のおかげだ。指揮官から形に残る何かをもらったのはこれだけだし、私の宝物だ。唯一の私物と言える。せっかく本部に戻って来たことだし、情報収集をしておこうと思う。S09地区失陥後にグリフィンが築いた防衛線の配置、ジャミング対策に新たに建設される予定の通信施設。そういう機密情報にも本部からなら簡単にアクセスできる。ただ、これは言い訳だ。本当は指揮官の居場所を探りたかっただけだ。急にOTs-14が話題に出してきたので会いたくなってしまった。自分に言い訳するためにどうでもいい情報を探る。

 

「そんなもの見てないで付き合ってよ!」

 

 顔を赤くしたM4が立ち上がって私に酒瓶を突き付けてくる。すっかり出来上がっているようだ。

 

「いや、私はいいわ。前に飲んだ時も別においしいと感じなかったし……」

 

「私の酒が飲めないって言うの!?」

 

「あんたも面倒くさい酔い方するのね……」

 

「AR-15、今日くらい付き合ってやれよ。妹のためを思ってさ」

 

 M4が引き下がりそうになかったので渋々自分のコップを取り出す。M4がなみなみと注ごうとしたのをM16が途中で制止してオレンジジュースが足された。

 

「お子さま用だ」

 

 あんたより年上よ、そう思いつつ口をつけた。甘くて飲みやすい。多少苦味は感じるものの、以前に飲んだお酒のように舌が焼けるような感じではない。一口分すぐに飲めた。

 

「いけるだろ?M4用に飲みやすいのをと思ったんだが……逆効果だったかもしれないな」

 

 M16は肩をすくめてM4をチラリと見た。

 

「姉さん!私は全然酔ってません!だからもっと注いでください!」

 

「はいはい。その勢いだと割ってるのに酒が無くなるな……」

 

 M4はコップを高らかに掲げた。コップが満ちるとまたすぐに飲み干してしまう。

 

「なんでこんなことに……グリフィンのために頑張ったはずなのに……どうして責められないといけないのよ……」

 

 M16がまた始まったという顔をする。M4がギロリと私のことを見るので仕方なく私も杯を重ねた。案外、飲めるものね。

 

「訓練の時に私をほめてくれた人たちはどこに行ったのよ……みんな本当は私に期待なんかしていなかったのね。これが真実なのよ。私はほめてもらいたかっただけ……認めてもらいたかっただけ……そんな不純な動機でM3を殺してしまった。どうしようもないグズよ。AR-15の言う通り、あそこで撤退しておけば……」

 

「そうしたら撤退中に負傷者がやられたでしょうね。あんたが言ったんでしょ。いろいろ選択肢がある中で選べる道は一つだけ、それが常に最善の道よ。過去を悔やんだって仕方がない。次につなげればいい。それにね、あんたは大勢救ったのよ。孤立してた連中も救ったし、負傷者たちも救った。あんたにしかできないことをやってのけたのよ。私にはできないことを」

 

 流石にいたたまれなくなってきたので彼女を慰める。今回の件は別にM4が悪いわけではない。犠牲者を出したのは確かだが、戦争なのだから致し方ないことだ。みんな指揮官みたいに上手くやれるわけではない。M4を責められる者などいるだろうか、これだけ悔いているのだし。ただ、ここで立ち止まってもらっては困る。これで自信を完全に喪失されると、これからもM4の指揮で戦う私たちは大変だ。

 

「グリフィンはそういう風に思ってないわ。人形の命なんてどうでもいいのよ。代わりのある消耗品よ。人形なんて生きていても死んでいても同じなんだわ……私たちは必要とされてない。私はただの厄介者で、人間の言うことだけ聞いているべきなのよ……勝手なことをするべきじゃなかった。人形は人間に求められた役割を全うするべきで、そこから逸脱すべきじゃない」

 

「人間のために生きるのならね、ただの道具として。それならそれでいいでしょう。でも違うわ、私たちは道具じゃない。価値判断を全部人間に依拠するのはやめなさい。生きる理由は自分で決めるものよ。それに、命の重さは人間も人形も同じはず。一度失われたら戻らない。だからみんな死なないように必死で戦う、本当の戦う理由が分からなくてもね」

 

「失われたら戻らない……そうよね、戻らないのよね。あそこで死んだM3は戻ってこないのよね」

 

 地雷を踏んだ気がした。M16が半ば呆れたような目で私を責める。仕方ないじゃない、慰められたことはあっても誰かを慰めたことなんてないんだから。

 

 結局、M4は落ち込んだままだった。悪酔いしている彼女にしばらく付き合わされた。何杯も何杯も、こんなに飲まされるとは思わなかった。顔が熱い。アルコールが回っている。飲みやすいからといってペース配分を間違えた。もっとゆっくり飲めばよかった。視点がぐらつく。M4はというと真っ赤になってM16にしがみついていた。声にならない声でぶつぶつとうわごとを繰り返している。

 

「いろいろ持ってきたよ~ちょっと時間かかっちゃったけど!」

 

 SOPⅡがドアを蹴り開けて部屋に入ってきた。両手にたくさんのお菓子や食べ物の包みを持っている。どこで手に入れたのかはもはや問うまい。盗みの技術ばかり上がる小隊だ。

 

「でかしたぞ。酒にはやっぱりつまみがなくちゃな」

 

「まだ飲む気なの?私はもう付き合わないから」

 

「お前はもういいよ、顔が赤い。M4もようやく潰れたしな」

 

「つぶれてません……まだいけますから」

 

 M4はM16の腕に頬を押し付けてへろへろの抗議の声をあげる。自己批判もしなくなったし、まあこれでいいのか。簡単ではないだろうが、乗り越えられるはずだ。指揮官だって辛い過去を糧に先へ進んでいるのだから。酔っぱらって感情が高ぶりそうだ。指揮官に会いたい。OTs-14に指揮官が元気かどうか聞かれたが、むしろ私の方が聞きたい。

 

「そういえば食堂のキッチンにネゲヴがいたよ。気づかれないようにしたけど、指揮官もここにいるってことなんじゃない?」

 

「なんですって!?」

 

 飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がり、SOPⅡに詰め寄る。急に立ったので頭がくらくらする。今まさに指揮官がここにいる?急いで端末を拾い上げて調べた。本部のフロアマップを見てみると特に機密指定もされずに指揮官の名前が割り振られた個室が載っていた。くそう、無駄な時間を過ごした。次の瞬間にはもう部屋を飛び出していた。後ろから私と指揮官どっちが大事なのよ、というM4のかすれた声が聞こえてきたが無視して進む。ふらふらしてまっすぐ歩けない。廊下が長いな。指揮官、待っていて。私が会いに行くんだから。壁に肩をこすりつけながらゆっくりと進んだ。

 

 

 

 

 

「指揮官!」

 

 部屋のドアを叩き破るような勢いで開け、中に転がり込んだ。中にはパソコンに向かって座っている指揮官の姿があった。私はお酒と指揮官に会えるのだという喜びですっかり興奮し切っていた。そんな私を指揮官は目を丸くして見ていた。

 

「AR-15……そうか、同じ場所にいたのか。気づかなかった」

 

 また指揮官に会えたのが嬉しくて、また指揮官の声を聞けたのがたまらなくて、私は指揮官に飛びついていた。それはもう顔が緩んでいることだろう、そろそろ自分を客観視する私も消えそうだった。頭がぼんやりとしていて自制心が働かない。その割に指揮官がパソコンで見ていた何かを慌てて切り替えて隠したのには気づいた。

 

「ちょっと!何を隠したのよ!隠し事は無しだって言ったでしょ!見せなさいよ!」

 

「何でもないよ、ただの仕事だ。AR-15、お前酔ってるな?酒の匂いがするぞ。珍しい。M16にあてられたか?」

 

 指揮官が苦笑いしながら誤魔化したのは分かったが、思考のまとまらない頭は追求しろとは言ってこなかった。私は膝の上に指揮官の顔と対面する形で座り込んだ。いつぞやのSOPⅡみたいに指揮官に頬ずりしながら抱きついた。

 

「そうよ。M4に付き合って飲んだのよ。あの娘はいつも思い悩んでるから。だから慰めてあげようと思って。あんまり上手くいかなかったけど……そんなことはいいのよ。M4より他に話すことがあるでしょう。私のことよ。あなたにずっと会いたかったんだから……」

 

 指揮官の首に手を回してぎゅっと抱き締める。普段なら絶対こんな風にはしないのだが、自制心も羞恥心も機能を停止していたのでちょうどよかった。なんでいつもはしていなかったんだっけ?わからない。もったいないじゃないか、好きを隠すことなんかない。

 

「まったく、お前がそんなことを恥ずかしげもなく言うようになるとはな。初めて会った時は想像もしなかった」

 

「あなたがそういう風に育てたんでしょ!全部あなたのせいよ!責任取りなさいよ!」

 

「それは語弊があるような気がするが……」

 

「うるさい!私があなたのことを好きなのはあなたのせいよ!そうよ、私はあなたのことすごい好きなんだから……誰にも負けないわ、戦場にいたってあなたのことを考えているくらいなんだから……」

 

 指揮官の胸に頭を擦りながら口から言葉を垂れ流す。すると指揮官が頭を撫でてくれた。心地よかったのでしばらくそうしていた。

 

「もっといろいろ上手くやりたいわ……今回だって死んでいたのはM4かもしれない。もっと私の言うことを聞いてくれるように努力しないと。仲間が死んだら耐えられないわ。はぁ……あなたがいてくれたからいいのに。無駄に頭を悩ませずに済むわ。強がってはいるけどあなたと離れ離れになるのは辛い。本当はもっと近くにいたいし、毎日一緒にいたって足りないくらいよ。だってあなたのことが好きだし……愛してると何度も言ったわよね。だってしょうがないじゃない。本当のことなんだから。あなたのことを愛してるもの」

 

 見上げると指揮官は顔を赤くして頬をかいていた。

 

「あなたは違うの?私に会えて嬉しくないの?私は嬉しいわよ。SOPⅡに教えてもらってここまで走り込んできたんだから……」

 

「そりゃあ嬉しいが……まだ仕事中だぞ、一応な」

 

「仕事なんてどうでもいいでしょ。私のためにここにいるんじゃないの?」

 

「まあ、そうなんだが……クビになったらお前のことも守れない」

 

「いいわよ、別に……自分のことは自分で守る。それより私を甘やかしてよ、今はそうして欲しい……」

 

 指揮官の腕に頭を載せて全体重を預けてしまう。もうほとんど頭は機能していない。欲するがままに行動し、感情をすべて口に出していた。見上げると指揮官の顔が視界内に一杯に広がる。凝視していると頭がふわふわしてきた。

 

「あなたは愛してるとは言ってくれないの?あの時はあんなに連呼してくれたのに……」

 

 指揮官は困り顔で笑っていた。何がおかしいのよ、頭が回らない。

 

「確かにたくさん言ったが……そう言われると恥ずかしくてな。もうそこまで若くないよ。お前も酒の勢いだし……」

 

「ならあなたもお酒飲めばいいじゃない」

 

「職務中に飲んだらそれこそクビだな……」

 

「どうせクビにならないわよ。それより、言いたいことがあるわ。あなたからキスしてくれたことない。いつも私からしてばかり、不公平でしょう。あなたが私を愛してるというなら行動で示すべきよ」

 

 そう言って私は唇を差し出して目をつむった。中々指揮官がしてくれないのでムッとしているとドアが開く音がした。

 

「指揮官、少し時間いい?ちょっと来て欲し……何でAR-15がここにいるのよ?」

 

 鼻腔を甘い匂いがくすぐった気がして目をそちらに向けた。ネゲヴがいた。非難の目を指揮官に向けていたのですかさず反論する。

 

「いちゃ悪い?私の本来の居場所はここよ。誰にも明け渡すつもりはないわ」

 

「はぁ……指揮官以外には愛想の悪い奴だこと。昼間っからイチャついてんじゃないわよ」

 

 これ見よがしに指揮官の胸に頬を擦りつけていると彼女はため息を吐いて腕組みした。

 

「悪い、ネゲヴ。今こいつは酔っててな」

 

「この時間から酒?そりゃあいいわね。あなたも、酔った人形侍らせていいご身分だこと」

 

「これは俺がやらせてるわけではなく……まあいい。それでどうした?何か緊急の用事か?」

 

 ネゲヴに言い訳をする指揮官を見ていると腹が立った。私がここにいて恥ずかしいことなんかないでしょう。AR小隊の前で膝に私をのせて映画を観たこともあるんだし。それに私がいるのに他の人形を見ないでよ。指揮官の顎をつかんで私の方を向かせた。

 

「私だけ見ていて。私以外の人形を視界に入れないで。今くらいあなたを独り占めさせて」

 

「私を当て馬にしてイチャつくな。もういい、出てくから勝手にしなさい」

 

 こちらに背を向けるネゲヴを指揮官が呼び止めた。

 

「これは本当に悪いと思ってる。何の用事だったか言ってくれ」

 

「あー、戦闘報告書が書き上がったって報告よ。言ってなかったわよね?」

 

「それはさっき聞いたが……」

 

「忘れてたのよ。邪魔して悪かったわね」

 

 彼女はパッパと去って行った。そんな彼女を見ていて思ったことがあった。

 

「ネゲヴが羨ましい。あなたと一緒にいられるんだもの。私もあなたの部隊にいたいわ。離れ離れは嫌、寂しい。戦いたくないわ……死にたくもない。せめてあなたの指揮で戦えれば死ぬ心配はしないでいいのに。あんなところに行きたくない。みんな無駄に死んでいく。殺して、殺されて。全部無駄だわ。私はまだ死にたくない……彼女たちと家族になるまで、死ぬわけにはいかないのよ。彼女たちも死なせない。そして……あなたとも家族になりたいわ。本当は恋人くらいじゃ満足してないのよ。指輪とかそういう……そういう関係になりたい……」

 

「AR-15……」

 

 まぶたが落ちてくる。そういえば戦場にいる時から一睡もしてないな。意識が遠のいていく。ふわりとした浮遊感を味わった。指揮官に抱きかかえられている。指揮官に全部委ねてしまう心地よさに思考が混ざって溶けていった。

 

 

 

 

 

 翌朝、指揮官のベッドにいるとこをM16に叩き起こされた。寝ぼけまなこで何事かと聞くと任務だという。指揮官はというと同じ部屋のソファで寝ていた。同じベッドで寝てくれてよかったのに。ここは指揮官の部屋なんだし。それをM16に見られていたら一生分からかわれただろうからよかったのかもしれないけれど。指揮官にろくなお別れもできないまま引きずられて部屋を後にした。OTs-14め、何がしばらく休暇だ。一日もないじゃないか。

 

 行先も告げられず、私たちはトラックの荷台で揺られていた。だんだん頭が冴えてきて後悔が募る。一体私は何をやってるんだ。せっかく指揮官に会えたのにまくし立てるだけまくし立ててすぐ寝てしまった。仕事中に押しかけて指揮官を大分困らせた。言った内容も全部忘れていれば恥ずかしくないのに、お酒の勢いで言ったことははっきりと覚えていた。

 

 私は頭を抱える。指揮官に心配をかけさすまいと必死で強がっていたのにすべてぶちまけてしまった。本当のことではあるが言ってもどうしようもないことはある。そもそも私がAR小隊を守ると言ったのだから、離れ離れになっているのは指揮官のせいではない。恥ずかしい。甘えすぎだ。子どもじゃないと自称しつつあれじゃ子どもだ。

 

 極めつけは家族になりたいと言ってしまったこと、あれじゃプロポーズみたいじゃない。あの時、指揮官がどんな顔をしていたのか覚えていないが困っていなかっただろうか。でも指揮官だって似たようなことを言っていたし、あれくらい許されるでしょう。

 

 ただ……思うことがある。人形と人間が本当に家族になどなれるのだろうか。人形と人間はまったく異なる存在だ。いつだか指揮官はなれると言っていたが、実際に見たことがない。それに私は同じ部隊の人形たちとでさえ家族になれていない。私が勝手にそう思っているだけだけれど。まあ、家族とはお互いの了承のもとに構築される関係だということだ。私が勝手に指揮官と家族になりたいと思っていても、指揮官から求めてもらわないと話にならない。

 

 人と人が家族になるのは何のためだろう。人間も動物だからつがいになるのは子孫を残すためだ。次世代に自らの遺伝子をつないでいくために。人形は子孫なんて作れない。当たり前だ、機械なのだから。私は指揮官の子どもを身籠ったりはできない。映画に出てくるような普通の家庭は作れない。人形との恋愛とか結婚だなんてごっこ遊びに過ぎないのかもしれない。だって人形は人間の作った機械だから。そこはどう足掻いても変えられない。

 

人形には老化はない。指揮官と共に老いていくこともできない。そもそも私は今日死ぬかもしれない。私と指揮官は離れ離れでわずかな期間しか会うことが出来ない。しかも私はいつも戦場にいる。それなのに家族だなんて無理な話かもしれない。共に過ごす生活がない。私は望みすぎなんだ。今だって十分恵まれている。指揮官が受け入れてくれるからつけ上がっているがこの辺りでやめておいた方がいいのかもしれない。これ以上指揮官を困らせる前に。そう自分に言い聞かせたが、少し胸が痛んだ。

 

「お前たち辛気臭いぞ!考えすぎるな。感情に飲み込まれるなよ」

 

 M16が叫んだ。俯いていた顔を上げて仲間の顔を見まわす。M4はもう泣いてはいなかったが、どこか違う場所を見ているかのような遠い目をしていた。個人的なことで悩んでいる暇はない。私は仲間を守らないと。じゃなきゃここにいる意味がない。私は真っすぐ前を見て、出来るだけ余計なことを考えないようにした。

 

 

 

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