死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第二話「仲間」

 

「昨日のことを考えていたの」

 

 

 昼食の席でAR-15が切り出した。指揮官とAR-15は食堂にいた。長い机が3つ並べられており、20人分は椅子がある。真ん中の机の端に二人だけが座っていた。立派なキッチンはあるがコックはいない。機密地区に一般職員を立ち入らせたくないからだろう。指揮官が大きな冷蔵庫を開けると大量のレトルト食品が収められていた。二人が今食べているのはそれを温めたものだ。味は野戦糧食よりはうまかった。

 

 

「16LABの研究員が人形は人類に奉仕するために生まれたと言っていたわ。でもあなたが言うには“人類”なんて統一された共同体はないんでしょう。なら人形は何のために生み出されるの。いないもののためには戦えないわ」

 

 

 AR-15はフォークで何かの肉片を突き刺しながら言った。何の肉かはわからなかった。これはいい兆候だ、と指揮官は思った。早くもAR-15は自分の存在理由について悩みだしている。

 

 

「それが建前だからさ。I.O.Pは人類に奉仕するために人形を製造してるんじゃない。100%善意なら無料で配ってくれればいい。自社の利益のためだよ。第三次世界大戦で人間が大勢死んだから労働力の需要が生まれた。そこでI.O.Pは人形を作って利益を上げようと思いついたんだ。ビジネスだよ。市場を独占して、利益を上げ、会社の規模を拡大するために人形を製造してる。人類のためなんかじゃない」

 

 

「ふうん。私がグリフィンに購入されたら、I.O.Pが私を生み出した目的は完遂されるのかしら」

 

 

 それだけではないかもしれないな、指揮官は思った。需要と供給、AR-15が人間と同じものを食べている理由はなんだろうか。人間と同じように消費させ、需要を生み出すためかもしれない。そういえばこのレトルト食品のパッケージにはI.O.Pの文字が印字されていた。手の広い企業だ。

 

 

「まあ、つまり人間だとか人類だとか、I.O.Pがお前を生み出した意味にこだわる必要はない。自分で探し出せ。グリフィンはお前に人間のために戦って欲しいなどと言っているが、グリフィンは人間のために戦っているわけではない。I.O.Pと同じで自社のためさ。グリフィンは鉄血と戦っているが、前線では同業他社といがみ合って足の引っ張り合いをしてる。本音はグリフィンのためだけに戦って欲しいんだ。他の人間なんてどうでもいいんだ」

 

 

「グリフィンはどうしても私を人間のために戦わせたいみたいだけど、あなたは違うみたいね」

 

 

 AR-15は苦笑した。

 

 

「戦う理由ってのは誰かから押し付けられるものじゃないんだ。I.O.Pやグリフィンみたいに自分のためだけに戦うのも理由の一つになる。誰かのために戦ってる人間より自分のために戦ってる人間のが断然多いだろうしな。お前は自分のために戦えるか?」

 

 

 指揮官がそう言うとAR-15は渋い顔をする。

 

 

「難しい質問ね。自分のために戦う人形は許されるのかしら。プログラムされた自己防衛本能に従って戦うのは違うと言うんでしょう?」

 

 

「そうだな。死にたくないと思ったことは?」

 

 

 AR-15は少しうなって考え込む。その顔には迷いがあった。

 

 

「ない、と思うわ。とは言え私には死に直面した経験がないから、わからないわ。まだ、実戦に投入されたことはないし。戦闘と言えば16LABでVR訓練を受けただけよ。その中で何度か戦闘不能になったわ。実戦なら死んでいたでしょう。でも何も感じなかった。訓練ですもの」

 

 

「そうだな、実戦と訓練はまったく別のものだ。VR訓練なら死ぬ危険もないしな。まだ、この話題は早いかもしれない。まあ、死にたくないと思える理由を探してくれ。自分のためでも、他のことのためでもいい」

 

 

 それからは思いを巡らせているのかAR-15は無言になった。食器の奏でる金属音だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 その後は命令通り談話室で映画を観た。今度の映画は前世紀の戦闘を描いたものだ。特殊部隊が敵支配下の都市で作戦を行う。簡単な任務のはずだったがヘリコプターが撃墜されてしまう。兵士たちは仲間を置いていかないために激しい市街戦に突入する。その結果、大勢が死ぬ。たとえ犠牲を払っても仲間を見捨てない、そういうメッセージが込められた映画だった。

 

 

 この映画の兵士たちは人形と同じだ。自分たちとは関係のない戦争を命令されるから戦っている。だが、兵士たちは戦う意味を見出している。ともに戦う仲間たちのためだ。指揮官にはこの映画を指定してきた上の意図がよくわからなかった。AR-15の場合、ともに戦う仲間はM4A1やほかのARシリーズだ。AR-15を監視役にしたいのなら、仲間のために戦わせてはいけないのではないか。それとも、グリフィンの人間たちを仲間と思わせろということだろうか。指揮官は判断しかねた。

 

 

 AR-15は映画を観ている間は反応を示さない。無表情に画面を眺めていた。おそらく任務だから集中して観ているのだ。グリフィンが自分に何を望んでいるか必死に考えているに違いない。

 

 

「AR-15、この映画から何を感じ取った」

 

 

 エンドロールの最中、AR-15に問いかけた。彼女は特に悩んだ風でもなく答えた。

 

 

「戦う理由の一つを私に例示しているんでしょう。昨日のが人類のためなら今日のは仲間のためね。人類、仲間、国家、組織、どれもピンとこないわ。私は人間とはあなたとしか接してないし、他の人形には会ったことがない。私には仲間はいない。だから、仲間のために戦えと言われても無理よ」

 

 

 指揮官の勘違いでなければ、仲間について話す彼女は少し寂しげだった。彼女は無意識のうちに孤独を感じているのかもしれない。

 

 

「M4A1やM16A1、SOPMODⅡは仲間とは思えないか」

 

 

「まだ製造されていないのだからね。データとして存在はしているけど。私たちは一つのユニットとして戦うよう設計されている。彼女たちは私にとって重要だけれども、仲間ではない。映画を観る限り、互いに認め合わなければ仲間ではないでしょう?もし、私が勝手に仲間だと思っていても、それは仲間とは言わないわ」

 

 

 AR-15は彼女なりに仲間というものを定義してみせた。経験が浅くとも彼女は情報を与えてやれば独自に判断できるのだ。

 

 

「では、仲間に会うために戦うというのはどうだ。お前の任務が終わらなければ仲間は生まれてこない。会うこともできない。この任務も戦いみたいなもんさ、銃は使わないけどな。彼女たちに会いたいか?」

 

 

「それは……わからない。彼女たちと組むことで私の真価が発揮されるなら、会ってみたいかもしれない。でも……私は彼女たちと仲間になってみたいのかしら?わからないわ、他の人形に会ったことないもの」

 

 

 AR-15は自分に問いかけていた。指揮官の仕事は答えを提示することではない。彼女自身に考えさせることだ。そういうことにした。立ち上がってモニターの電源を消す。

 

 

 同じシリーズや同じ会社で製造された銃を持つ戦術人形は深い絆でつながれている。仲間や姉妹、その関係性は様々だ。姉妹になる人形は製造される前からその関係をインプットされている。もう一方が製造前であったとしても、強い親愛の情を抱いているはずだ。AR-15も本来はARシリーズと姉妹の関係になるはずだったのではないか。上司は基礎的なパーソナリティしか搭載していないのは特別な措置だと言っていた。ARシリーズはきっと姉妹の関係で結ばれている。妹たちはAR-15に家族として接するだろうが、AR-15はまだ仲間だとも思っていない。AR-15はおそらく齟齬に直面することになるだろう。彼女たちが製造される前にAR-15をできる限り助けてやろう、指揮官はそう決めた。

 

 

モニターを消して、これからどうしようかと考えていた指揮官にAR-15が話しかけてきた。

 

 

「指揮官、人形の死に価値があると思う?」

 

 

「なに?」

 

 

 いきなりの問いに面食らった。急に人生哲学に目覚めたのだろうか。

 

 

「昼に話したことと映画で見たことについて考えてたのよ。あなたは私に死にたくないか聞いたし、私もそれに答えた。でもそれは人形の死に価値があるということを前提にしていないかしら。死、というのも比喩でしょう。人形は機械なんだから機能停止するだけ。完全に破壊されてもバックアップがある。人間は死んだら終わりでしょうけど、人形はバックアップから復元できる。死ぬことはない、実質的に不死よ。だから、私が死にたくない理由を探すのは無意味じゃないかしら。仲間についてもそう。仲間の人形だってバックアップから復元できるのだから、仲間を守るために戦うこともないでしょう。映画のように犠牲を払ってまで仲間を助ける意味はあるかしら?私はそう思うわ」

 

 

AR-15はすらすらと言い切る。その様子はどこか得意げだった。自身のスペックをフルに使ってはじき出したのだろう。指揮官も感心した。だが。

 

 

「それは違う」

 

 

 指揮官は否定した。思わず語気が強くなる。指揮官がそのように言うのは初めてだったので、AR-15は少し驚いたようだった。

 

 

「人形には確かにバックアップがある。記憶のな。だがメンタルモデルのバックアップはない。メンタルモデルは複雑で、容量も大きい。生きたデータなんだ。経験を積んで常に進化する。どのように変化したかをたどることは設計者にだって難しい。どのメンタルモデルも唯一無二なんだ、代わりはない。だからバックアップは作れない。完全に破壊されれば復元は不可能だ。バックアップとして別の素体に同じ記憶をインストールすることはある。だが、それは記憶を埋め込まれただけで別人だ。同じ記憶を持つが人格が異なるんだ。メンタルモデルを破壊されたときが人形にとっての死だ。映画を観たこと、何を感じたかは記憶としてバックアップに受け継がれる。でも、実際に経験したお前は消えるんだ。だから、みんな仲間のために戦う。仲間を死なせないために。お前も死んでもいいなんて思うなよ」

 

 

 いつの間にか指揮官はAR-15に詰め寄っていた。AR-15は気迫に押されてたじろぐ。

 

 

「そうなの?あなたはずいぶん人形に入れ込んでるのね。指揮官は人形を道具と割り切った方がいいんじゃないの?」

 

 

 指揮官は頭を横に振って否定する。

 

 

「そうでもない。人間と人形の信頼が重要なんだ。人形を見捨てるような指揮官では部隊は全力を発揮できない。指揮官は人形から信頼されなくてはならない」

 

 

 指揮官はAR-15からゆっくりと離れる。その言葉はAR-15に向けたのではなく、自分に言い聞かせるような調子だった。

 

「そういえば聞いていなかったわね。指揮官、あなたは何のために戦うの?指揮官というんだから、人形を率いて戦っていたこともあったんでしょう?ずっと人形の雑談相手を務めていたわけではないはずよ」

 

 

 AR-15は指揮官個人に対して初めて興味を示した。指揮官がこの話題に過敏に反応した理由が気になったのだ。指揮官はふう、と息を吐いて呼吸を整える。

 

 

「俺の戦う理由か。そうだな……昔は国家のために戦っていた。みんなそうしていたし、国家は尽くす価値のあるものだと思っていた。だが戦争が終わってある時気づいたんだ。国家なんてクソだ、守る価値なんてないとね。それからは仲間のために戦った。同じ部隊の人間たちだ。肩を並べて、命を預け合うもの同士な。ちょうどさっきの映画のように。グリフィンに入ってからは率いることになった人形たちのためだ。みんな大事な仲間だった」

 

 

「人形が人間と仲間になれるの?」

 

 

 AR-15は訝しむ。

 

 

「なれるさ。人形も人間も大して変わらない。俺は人間と同じように喋り、笑い、泣く人形をただの機械だと割り切れるほど冷徹にはなれなかったからな。部下を死なせないように必死で戦った。戦ったと言っても安全な場所から指揮をしていただけだがね。それが俺の戦う理由だった。今は……わからないな。俺は今、部隊を持っていないから仲間はいない。考えてみればお前と同じかもしれない」

 

 

 指揮官はあごに手を当てて考え込む。そして何か思いついたように顔を上げた。

 

 

「一つあった。金のためだ。お前は知らないかもしれないが、グリフィン本部勤務の指揮官というのは高給取りなんだよ。みんなうらやむエリート様さ」

 

 

 指揮官はわざとおどけて言ってみせる。そんな指揮官を見てAR-15は頬を緩ませる。

 

 

「高給もらって私と映画を観ているわけね」

 

 

「そうさ。お前は厄介な人形だから俺くらいじゃないと相手は務まらない。給料泥棒なわけじゃない。お前は高級な人形だからその話し相手が高給をもらうのは当然だ」

 

 

 AR-15はくすくすと笑った。指揮官もつられて笑う。彼女の柔和な顔を見る。心を通わせることができただろうか、と思う。相変わらずAR-15の笑顔は眩しかった。

 

 


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