到着した先は戦線後方のグリフィン管理地区にある街だった。人間の住む街を訪れるのは初めてだ。ただ、平常時ではなさそうだった。街のあちこちで黒煙が上がっているのが見え、私たちのトラックはバリケードの前で止められた。グリフィンの治安部隊が封鎖線を敷いているらしい。頭にサングラスをかけた茶髪の人形がこちらに走り寄って来た。
「街は今封鎖中だよ。誰も出すな入れるなって言われてる」
「ええと……ここに来るよう命令されて来たのだけれど。私たちはAR小隊です。私はリーダーのM4A1」
「ああ、あなたたちがAR小隊?たくさん救った英雄部隊だってS09地区から戻って来た人形が言ってたよ。私はグリズリー。治安部隊のリーダー……なんだけど、まあ今はちょっとお寒い事情かな」
グリズリーはおどけて笑ってみせた。英雄と言われたM4は暗い表情をつくる。
「AR小隊なら話は別。あなたたちには任務があるから。もう話は聞いてる?」
「いえ、何も。私たちは何をすればいいの?それにこの街はどうなってるの?」
「そこからか……結構大ニュースだと思うけど。この街では今、暴動が起きてる。普通の暴動じゃない、大暴動よ。原因は人形が運転する車が人間の子どもを轢き殺したこと。普段は人形が事故を起こすなんてこと全然ないんだけどね。人形はその場で壊されたけど、収まりがつかずに街全体に反人形暴動が広がった。人形に敵意を持ってる人間がこの街には多いから。あとS09地区が陥落してみんな不安なのかも。でもそれだけじゃない。憎しみを煽ってる人間がいる。人類人権団体の、それも過激なセクトが街に入り込んでるわ。だから一時的に街を封鎖してる」
「なんでグリフィンはすぐに鎮圧しないのよ。暴動なんて私たちが出る幕じゃないわ」
私が口を挟むとグリズリーは悔しそうな顔で答えた。
「そうね……私も出来ればすぐに鎮圧したい。でも人形が足りないの。S09地区の防衛に治安部隊からも人形が抽出された。まだ戻って来てない子も多い。鎮圧作戦は大多数の人形が少数の人間の部隊を守りながら行うの。人形は警棒とかゴム弾とか催涙ガスとか、非致死性兵器で暴徒を鎮圧する。それで対処しきれない時は人間の隊員が殺傷兵器を使う。つまり、射殺ね。人間を殺害するのは人間の仕事で、人形の仕事じゃないから。全部人間がやってくれればいいんだけど、グリフィンは人間の兵士を大勢クビにして少数しか残ってないから私たちが壁になる。人間が死ぬと遺族年金とかで金がかかるらしいし。人間の部隊はいるわ、いつでも即応できるように待機してる。でも、人形が足りないから鎮圧の許可が下りない。だからここで手をこまねいてるってわけ」
「私たちは暴徒鎮圧の訓練なんて受けてない。そのために呼ばれたってこともないんでしょう」
「ええ、AR小隊の任務はそれじゃない。街に鉄血の人形が侵入したというタレコミがあった。それを破壊して欲しい」
「鉄血の人形ですって?戦線後方のここまで浸透されたの?グリフィンの防衛体制はどうなってるのよ」
私が問い詰めるとグリズリーはお手上げだというように両手をあげる。
「私に言われても。前線からは異常無しだって言われてるし、付近の検問所だって何も言ってきてない。どうやって警戒網をかいくぐってきたのか……ともかく敵は少数らしいわ。場所も分かってる。出来るだけ静かに処理して。今回の件は内密に。鉄血がグリフィン後方に易々と侵入できるなんて知られたら暴動どころじゃなくなる。グリフィンの存在意義そのものが問われかねない」
「あなたたちがやらないのはなぜ?なんで私たちが投入されるのよ」
「私だって本当は自分たちでやりたい。ここは私たちの担当区域だから。でも、上はAR小隊を名指ししてきてる。不本意だけど、とにかくあなたたちに任せるわ。そうだ。それとあなたたちには緊急事態に陥った時、発砲する権限が与えられてる。人間に対してね。私たちにだってそんなの与えられたことないけど……特殊部隊だと違うの?まあいいわ、任せる」
グリズリーは苦虫を嚙み潰したような顔でそう言っていたが、それこそ私たちに言われても困る。私たちが志願したわけでもないし、ついさっきまで事情も知らなかったのだから。
「人間に発砲?人間を殺すってことよね……そんな訓練受けてないわ……それに暴動中の街に潜入するなんて経験したことないわよ……」
M4が不安そうに言うとM16が彼女の肩を叩いて励ました。
「いつもと変わらないさ。戦闘は避けて、さっと終わらせよう。敵は少数って話だし、気張ることはない」
気休めだ。だが、それ以外に言えることもないだろう。私たちは用意されていたボロ布みたいなコートを羽織り、フードを深くかぶった。銃もコートの中に隠す。一目で人形であることはバレないが、集団でいたら明らかに不審だ。
「まあ幸運を」
グリズリーからの見送りを受けて私たちはバリケードを越えた。作戦に投入されること自体が不幸だ。
核戦争を生き残ったこの街には大勢の人間が暮らしている。ほとんどの建物はボロボロで壁に亀裂が入っていない方が珍しい。それでも足りないのか道路の両脇にはトタン板で成形されたバラックが建ち並んでいる。そこに住む人間たちはみんな乞食のようで私たちの格好も意外と目立たない。彼らは血走った目で道を動き回っており、私たちもそこに紛れて進む。ひしめき合って暮らす人間たちの悪臭に何かが焦げる臭いが混じって気分が悪い。そこら中で上がっている黒煙のせいだ。私たちはそちらの方に近づいていった。
道を進んでいると人だかりができていた。一軒のカフェをみんな凝視している。群集から一人の男が躍り出て火炎瓶を放り投げた。火炎瓶は窓を突き破って中に燃え盛る液体をばらまく。何本か追加で投擲された後、中から制服を着た人形二人が飛び出してきた。二人共すぐに捕らえられ、群集の中心に跪かされた。
「こいつら人形は人殺しだ!この街に人形は必要ない!」
火炎瓶を投げた男が叫んだ。その周りから賛同する声が上がる。すぐにそれは殺せの大合唱に変わった。
「私たちはそんなことしてません!やめてください!これは犯罪ですよ!」
人形が必死で声を張り上げて抗議する。それもむなしい抵抗だった。彼女の髪を男が掴み上げて叫ぶ。
「こいつらは人から仕事を盗み取るクズどもだ!人殺しも同然だ!人の形を模した悪魔なんだ!正義の鉄槌を下す志願者はいないか!」
妙に芝居がかったような声だった。群集から擦り切れたつなぎを着た男が前に出た。手には金づちを持っている。人形の顔が恐怖に歪んだ。
「AR-15、これは……」
「出来ることはない。助けられないわよ」
いつの間にか私たちはその光景を立ち止まって見ていた。M4は私の方を見て何か言おうとしたが、私は首を振って遮った。金づちが高く振り上げられ、勢いよく振り下ろされた。人形の額が落ちくぼむ。すぐに甲高い悲鳴が響き渡った。彼女の身体はプルプルと小刻みに震え、頭は上下にガクガクと揺れる。まさかあの人形、痛覚が設定されているのか?自分でその機能をオフに出来ないでいるの?そんな……かわいそうに。それを見て群集は異様な熱狂に包まれていた。もっとやれというヤジが飛ぶ。それから何度も何度も金づちが振り下ろされて、一打ごとに歓声が沸いた。人形はだらりと地面に倒れた。興奮した群集が何人も加勢し、人形を蹴り上げ、石で頭をかち割った。原始的な暴力を目の当たりにしてくらくらする。この場は憎しみで満ちていた。
「助けようよ!ねえ!こんなの弱いものいじめじゃん!」
SOPⅡの口を慌てて押さえる。
「どう助けるつもりよ。説得でもするつもり?無駄よ無駄。あの人間たちを殺すしか方法はない。そんなことしてる余裕はないわよ。街全体と戦うことになる」
話している間にもう一人の人形の腹にナイフが突き立てられていた。めった刺しにされて人形はうずくまりながら泣いていた。赤い人工血液が吹き出して地面に滴る。彼女の首にタイヤがはめられ、ポリタンクに入った液体が浴びさせられた。何をしようとしているのかは分かる。見ずにその場を離れるべきだとも。でも、私たちはその場に張り付けられたように動けなかった。火のついたマッチが投げつけられ、タイヤが燃え上がった。人形は外そうとのたうち回るが、炎の熱で縮んでいくタイヤが頭に引っかかって抜け出せない。彼女の顔がみるみるうちに焼け焦げて変色していく。タイヤがぶすぶす言いながら黒い煙を上げていた。黒煙の正体はこれか。私は意を決してその場を立ち去る。魅入られたように炎を見続ける仲間を引っ張って先へ進んだ。
「人間に職を!人形から仕事を取り戻そう!人形に死を!この街は俺たちのものだ!」
火炎瓶の男の声が聞こえた。あれは人類人権団体のパフォーマンスだ。グリズリーの言っていた憎しみを扇動している連中だ。くそ、ひどいものを見た。戦場も後方も憎しみまみれだ。人形にとって安住の地などないのだろうか。
後ろから犬が私たちを吠え立ててきた。後ろを振り向くと犬のリードを握った男が私たちをじっと見ていた。ピシッとした姿勢で腰のホルスターに手をかけていた。ただの暴徒には見えない。嫌な予感がした。
「お前たち怪しいな。まさか……人形じゃないよな?」
私たちは即座に走り出した。男がホルスターから拳銃を引き抜くまでに裏路地に逃げ込んだ。
「人形だ!殺せ!」
男の叫びが後ろから響いてきた。裏路地にいた人間たちがじっと私たちを見る。誰かが反応を示す前に全力で走り抜けた。いつもこんなことばかり、逃げ回るのは嫌だ。走っても走っても私たちを追い立てる足音が聞こえる。数が増しているようにさえ感じた。捕まったら殺される。殴り殺されたり、焼き殺されたりするのはごめんだ。その前に敵と認めて殺してしまうべきか?
「こっちです!ここなら安全ですよ!」
走っていると聞いたことのある声がした。教会の小さな扉から人形が顔を覗かせて手招きしていた。その顔が機密地区にいた101にそっくりだったので、私たちはイチかバチか教会に飛び込んだ。
ずいぶん立派な教会だった。壁や天井一面に色とりどりのモザイク画が描かれている。芸術なんて見るのは初めてだったので、こんな時だというのに私はそれらを見上げてぽかんとしてしまった。辺りを見回すと人間たちが十人ほど中にいた。そして人形たちもより多くいた。ここに隠れているのか、そう思っていると戸を乱暴に叩く音がした。私たちを追いかけてきた奴らに違いない。銃を取り出してセーフティを解除する。戦闘になるかもしれない。
そんな私を一人の女性が手で制した。黒い服を身にまとい、ベールで髪を隠していた。彼女が進み出て戸を少しだけ開けた。
「主のおわす場所に何か御用でしょうか?」
「人形を探してる。こっちに逃げてきただろう」
やはりそうだ。私たちを追いかけ回した連中だ。私たちは柱に隠れ、戦闘準備を整える。女性は変わらず落ち着いた様子で応対していた。
「神に誓って人形なんて見ていません。こちらには来ていませんよ」
「信用ならない。勝手に入って調べさせてもらうぞ」
「ええ、どうぞ。ただし、武器は置いてからお入りください。教会の中でそんなもの振り回させませんよ。どうしても持ち込みたいのなら私を殺してにしなさい」
しばらく入口で揉めていたが、女性が引き下がらないのでやがて男たちはすごすごと帰って行った。戦わずに済んだか、ほっと胸をなで下ろす。女性がベールを脱ぎ捨ててこちらに戻って来る。三十代くらいのそこそこ若い人間だった。M4が歩み出て礼をする。
「ありがとうございました、助けていただいて。ええと、シスターさん?」
「私はシスターじゃない。振りだよ振り。信心深くない連中でも教会を焼き払ったり、修道女を殺したりするのには躊躇するものさ。私は無神論者だ。神がいるならこんな世の中にするものか。いたとしてもサディスティックな悪魔だね。そんなことはどうでもいい。お前たちグリフィンの戦術人形だろう。歩き方で分かった、軍人みたいだからな。だから助けた。グリフィンは何してるんだ。あんな連中をのさばらせておくつもりか。早く鎮圧しろ」
先ほどとは打って変わって早口でまくし立てられ、M4は目をぱちくりさせていた。代わりに私が間に入って答える。
「すぐに救援が来るわ。私たちは偵察に来たのよ」
嘘をついて誤魔化した。実際には鎮圧部隊の準備はまったく出来ていないなどと言う必要はない。苦しませるだけだ。
「それならいいんだがな。あの連中はよそ者だよ。この教会はとっくの昔に博物館になってるんだ。だからシスターだの聖職者だのいるはずもない。地元の人間なら知っていることだ。たしかに、この街には人形を恨んでる奴らも多い。戦後、荒廃した他の街から難民がどっと押し寄せてきた。人形で事足りてるからそいつらの分の仕事はないんだ。工場労働者もどんどんクビになって人形に置き換わったりもした。だがな、ここまでの事態にはならないはずだ。組織化されていない暴動ならすぐに治まる。無秩序な怒りはそんなに長続きしないんだ。すぐに燃え尽きてしまう。煽ってこの暴動を長引かせようとしてる奴らがいる。絶対に人形の存在が許せないような奴らがな。さっきの奴らよりもっと良い装備をした連中も見かけた。誰かが支援してるのかもしれない」
女性は一人でぶつぶつ呟いていた。おおむねグリズリーが言っていた通りだろう。悪意が介在していることは疑う余地がない。あの公開処刑の様子が目に焼き付いたままだ。
「101にそっくり!懐かしいな~またおいしいごはんが食べたいな~。さっきは助けてくれてありがとう!私、SOPⅡ!」
SOPⅡは話など聞かずに助けてくれた人形に抱きついてお礼を言っていた。そっくりというか同じ顔だった。違いといえば手入れが行き届いているところだろうか。101は古ぼけてボロボロという感じだったが、こちらの人形は新品同様でツヤツヤしていた。メイド服を着させられているところも違う。
「101?確かに製品名はそうだったような気がするな。ちゃんと名前がある。アンジーって言うんだ」
そう呼ばれた人形はぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「ご紹介にあずかりました。アンジーといいます。ご主人様の店で料理番として働いています。店は燃えてなくなりましたが」
「それは言うな……」
女性は目元を押さえて唸る。SOPⅡはアンジーにじゃれ付き始めた。頬をつまんでみたり、抱えてみたり。彼女は少し嫌がっているようにも見えたが放っておいた。SOPⅡは101に懐いていたものね。私もあの味は懐かしいと思う。もうまともな食事を長い間とってない。M4とM16も二人を微笑ましそうに眺めていた。私たちAR小隊にとって思い出の味というわけだ。
「燃やされた店は誰が弁償してくれるんだか……暴動にかこつけて好き放題しやがって。外は危険だ。人形を殺そうとする連中が山ほどいる。人形は人間の友だよ。ただの機械でも使用人でもない。あいつは私の家族だ。世の中にはそれがどうしても許せない奴らがいるようだが。私たちの仲に入り込めなくて嫉妬してるんだな。それで頼みがある……アンジーを街の外に避難させてくれないか?ここにいる人形たちもだ。この場所もいつまで持つやら」
女性は私を隊長だと思ったのかそう言ってきた。申し訳ないが首を横に振る。今は自分たちのことで精一杯だ。
「護送はできないわ、私たちは少数だし……救援はすぐに来る。もう少しの辛抱よ」
「聞こえてますよ。私は行きません。ご主人様は生活能力皆無なので一人にはしておけませんから」
「言ったな、こいつ」
女性と人形は笑い合っていた。101と比べてずいぶん感情豊かだな。101には感情はないと思っていたけれど。もしかしたら学習能力によって感情的に振舞えるようになったのかもしれない。大事にしてもらっているのだろう。しかし、羨ましいな。私も指揮官に家族だと紹介されてみたい。妄想がぶり返してきた。こんなこと考えている場合じゃない。そうしていると初老の男性が近づいてきて私たちに向かって言ってきた。
「救援が来る前に奴らを一掃してくれよ。戦術人形なら人間なんて一捻りだろう。何日もここにいて気が滅入る」
私が口を開く前に女性が腕組みしながら返答した。
「それは無理だろうな。グリフィンは人形が人間を殺すことを許可しない。人形が人間を殺せば暴動がさらに悪化する。人類人権団体が騒ぎ立てるだろうからな。人間が人間や人形を殺すことは許されて、人形が人間を殺すのは許されないなんておかしな話だと思わないか?どちらも同じ殺人だというのに。殺人を通じて人形が人間と同じ土俵に立つことを恐れてるんだ。奴隷制時代、主人殺しが必ず死刑だったのと似たようなものだ。人間が人形の上に立ち続けるために絶対に超えてはならない一線だというわけさ。どうしても人間と人形が同列だと認めたくないんだ」
指揮官みたいなことを言う人だ。人形を人間と同列に扱っているあたり、思考が似ているのかもしれない。確かにそうだ。きれいな殺人などないのに人形による殺人を人間が忌み嫌うのは人形と同列になるのを恐れているからかもしれない。人間は人形を恐れている。グリフィンにしてもそうだ。道具として使うためM4に大きな力を与えておきながら、それを恐れている。反乱を起こし、対等な存在になるのが怖いのだ。
でもどうしてだろう。私たちに人間を殺す権限を与えたというのが腑に落ちない。グリズリーもこの女性もありえないと言っているのに。M4がグリフィンの人形を結集して反撃に出ただけで尋問された。M4が独自の判断で人間を殺したりしたら尋問じゃ済まないんじゃないの?
そこではっとした。私たちは試されてるんじゃないのか?私たちがどんな状況であっても人間に反旗を翻さないと確かめるためにわざわざ発砲許可を与えたんじゃないのか?だからわざわざ私たちが名指しされた。他の部隊でも出来るのに。
OTs-14が送ってきたジェスチャーの意味するところはこれか。私たちが人間を殺すか見ているんだ。きっと今もどこかで私たちを監視している。もし殺したらどうなる?メンタルモデルの初期化か、それとも廃棄処分か。いずれにせよ死だ。なんてことだ。これは忠誠審査なんだ。
でも、彼女が伝えたかったのはそれだけか?他のメンバーではなく私に伝えてきた意味があるんじゃないのか?OTs-14は何を言っていたっけ。短い会話を思い出す。
『あなたの指揮官、元気でやっているかしら?』
『あなたの大事な人なんでしょう』
『大変よね、離れ離れで。心配でしょう』
不自然だと思った。自分から聞いておいてすぐに会話を打ち切ってきた。もし、もし指揮官のことを話題に出すことそのものが目的だったとしたら?その意図は?私と指揮官が出会った理由、互いに傷つけ合いながら愛を確認し合った理由。それは指揮官を人質として利用し、私にAR小隊の反乱を抑制させるため。
愕然とする。指揮官のことを言ってきたのはこちらには人質がいると脅すためか。指揮官は今、本部にいる。好きに出来ると脅しをかけてきた。もしこの任務中に人を殺せば指揮官に危害が加えられる。そうとしか思えない。私たちだけなら逃げおおせられるかもしれない。でも、指揮官を助け出すことは到底不可能だ。もしそうなれば……指揮官が殺される。私は恐ろしい想像に憑りつかれていた。指揮官が殺される?そんなの……そんなのありえない。ふざけた冗談だ。いつも自分が死ぬことばかり想像していて指揮官が死ぬだなんて考えたこともなかった。FOB-Dで見た人間の死体を思い出す。指揮官が二度と動かない肉塊になってしまう場面を想像した。吐き気がする。嫌だ、そんなのは絶対嫌だ。
「AR-15?大丈夫?」
「え……ええ。大丈夫よ大丈夫……」
M4が私の顔を見て心配そうに聞いてきた。平静を装ったつもりでも呼吸が荒くなり、息が詰まりそうだった。私の一番大切なものが今まさに脅かされている、そう思うと冷静でなどいられない。指揮官を失ったら私はどうなる?今まで生きてきた中、指揮官はずっとそばにいた。離れ離れになっている時も心の支えにしてきた。指揮官無しで生きるなんて考えられない。まずい、まずい、まずい。こんなことって……胸が貫かれるようだ。今までで一番恐怖を感じている。もしさっき人を殺していたら取り返しがつかなかった。絶対にミスできない。命の重さが私にのしかかる。今回はグリフィンが私に求める役割を完璧に演じないと。四の五の言っていられない。指揮官の命がかかっているんだ!
「早く行きましょう!早く!ここでグズグズしてるわけにはいかないわ!」
私は焦って大声を出し、仲間を急かす。SOPⅡを強引に人形から引きはがし、戸口まで引っ張っていく。M4が不安げに後ろで言った。
「待って。また街路に出たら同じ目に遭うんじゃ……」
「なら地下鉄……近くに駅はないわね。じゃあ……下水道で行きましょう。それで目的地近くまで行って這い上がる。分かったわね!早く行くわよ!」
ドアをこじ開けて外に出る。一刻も早くこの街から出よう。この世はどこも悪意で満ち溢れている。私の大切なものを奪わないで、お願い。
今までと違ってこの街は生きている。大勢の人間が暮らしている。インフラもちゃんと機能している。つまり、この下水道は使用中だ。人間たちの汚物を浄水場まで運んでいる。不潔でむせ返りそうになる空間だ。だが、今の私はそんなこと気にしていられるほど余裕がなかった。縦列の先頭を早足でぐんぐん進んで行く。トラブルの起きないうちに早く帰ろう。私の指揮官のために。
「ねえ、AR-15。人形は人間に必要とされているのかしら。壊される人形たちと教会にいた人形たち、どちらも見て分からなくなってきたわ……」
後ろのM4が私に聞いてくる。頭が回らない。今は人形がどうとかはどうでもいい。指揮官のことしか考えられない。
「知らないわ、そんなこと。自分で考えて。任務を終わらせれば時間はあるわよ、集中しなさい」
「うん……そうよね。ごめんなさい」
目的の場所まで行ってはしごを登る。マンホールから這い出るとそこは住宅街だった。暴徒は街の中心部で主に暴れているので今は静かだ。鉄血がいるという場所は詳細な住所まで分かっている。そんなに分かっているなら治安部隊が勝手に制圧すればいい。AR小隊の出る幕ではない。この鉄血の侵入すら私たちのテストのお膳立てなのではないかとすら思う。全部茶番だ。
示された場所は何の変哲もない一軒家だった。他の住宅からは少し離れたところに位置している。だから狙われたのだろう。門を越え、ドアの前で配置につく。いつもとは異なり私が先頭で中に入った。仲間を待たずに突き進む私をカバーするようにM4がついてくる。居間につながるドアを蹴り開けると鉄血人形が私を出迎えた。怒りを叩きつけるようにその身体に銃弾を乱射した。胴体を弾丸が抉り、壁に鮮血で模様が描かれる。敵は壁にもたれかかり、ゆっくりとずり落ちていく。すぐに目標を切り替えて赤いドットに敵の頭を合わせる。敵の頭が吹き飛ぶのを確認したら次に移る。胴体と頭に数発ずつ撃ち込む。必ず死ぬように入念に弾丸を叩きこむ。
怒りに身を任せたが、射撃の腕は冴えわたっていた。一瞬で四体の人形を片付けた。動くものはいない。少数だというのは本当だったらしい。
「AR-15!一人で先走りすぎよ!どうしたのよ!」
M4が私を追って居間に入ってくる。中の様子を確認すると鉄血の他に人間の死体も転がっていた。おそらく家主だ。血は乾いているが殺されてからそう時間は経っていない。指揮官がこうなるかもしれないんだ。慌てないなんて無理だ。
「敵を処理したのよ。グリフィンの脅威を排除した、それだけよ。帰還しましょう」
居間から立ち去ろうとした時、物音がした。振り向くと私が胴体を撃ち抜いた鉄血人形が武器を捨て、両手をあげていた。射線にM4が被った。彼女の方が敵に近いので任せることにした。M4も敵に銃口を向けている。だが、数瞬経っても発砲しない。躊躇しているのだ。彼女を突き飛ばし、代わりに私が敵の頭を撃ち抜いた。鉄血人形はぐったりと横に倒れて動かなくなった。
「どういうつもりよ!M4A1!敵を見たら撃ちなさい!」
私が怒鳴りつけるとM4は引きつった顔で言い訳した。
「だ、だって……この人形は降伏しようとしてたわ。無抵抗の人形を撃つなんて、そんなこと……」
彼女の目に戸惑いが見える。公開処刑された人形と重ねてしまったのかもしれない。鉄血の人形が降伏しようとしてきたことなんて今までなかった。命尽きるまでこちらを殺そうとしてくるのが常だった。例外はスケアクロウだ。あれはM4を誘うようなことを言っていた。あのことも尋問で話した。M4が鉄血に同情するような人形だと思われてはまずい。私たちも指揮官も危うくなる。
「M4A1!間抜けが!鉄血は敵だ!敵は何も考えずに殺すんだ!分かったか!」
訓練教官のような口調で彼女に怒声を浴びせる。彼女は俯いて黙っていた。納得いかないのかもしれない。
「AR-15どうしちゃったのかな?教会を出てから様子が変っていうか……」
「さあな」
SOPⅡとM16が私をジロジロ見る。特にM16は眉間にしわを寄せて私を非難するような視線を向けていた。自分でも分かってる、前と言っていることが違うことくらい。でもこれは必要なことなんだ。今だって監視されているかもしれない。鉄血に与する可能性がある人形などと思われていけない。私は仲間と指揮官を守る責任がある。なりふり構っていられない。
外に出ると黒い煙があがっているのが見えた。何か大きなものが燃えている。教会のある方角だった。嫌な予感がする。行くべきじゃない、直感がそう告げた。だが、SOPⅡはもう走り出していた。私たちは彼女に追いすがる。
「よせ!行くな!任務は終わりだ!帰るんだ!」
私が必死に叫んでも彼女は聞く耳持たなかった。SOPⅡはフェンスを飛び越え、大きなアパートの階段を駆け上がった。最上階からなら教会の様子が見渡せるだろう。追いついた頃には彼女は茫然と教会を眺めていた。立派だった教会からは今や火が吹き上がり、黒煙をまき散らしていた。放火されたのか、ではあそこにいた人たちや人形は?落下防止の手すりから身を乗り出して確認する。人々は煤にまみれた様子だったが生きてはいた。教会前の道路に跪いて横一列になっている。その周りにたむろしている男たちがいた。私たちを追いかけていた集団ともまた違う連中だった。戦闘服に身を包み、防弾チョッキをつけてアサルトライフルを手に持っている。明らかに一般人ではない。その時、跪かされていた一人が立ち上がって逃げ出そうとした。私に話しかけてきた初老の男だ。ほとんど時を同じくして銃声が響き渡った。初老の男は倒れ、動かなくなった。あの集団はいとも簡単に人間を殺す連中だ。そういう奴らに見つかったんだ。悪い予感がする。見なかったことにして立ち去るのが最善だ。出来ることは何もない。
「ひどい!あのままじゃみんな殺されちゃうよ!助けなきゃ!」
案の定だ。SOPⅡがそう言った。もう銃のセーフティを解除している。私の思考回路が全力で警鐘を鳴らしていた。このままではまずいことになる。
「だめよ!私たちの任務じゃない!任務は終わった!帰りましょう!」
「だめだよ!見捨てるなんて!せっかく助けてもらったのに!」
SOPⅡの前に立ち塞がって射線を遮る。このままSOPⅡが誰か殺したら私は一巻の終わりだ。胸が焼けるように痛い。
「グリズリー?聞こえる?教会の前で動きが……虐殺が始まるかもしれない。部隊の準備はまだなの?」
M4が連絡を始める。しばらくして返事があった。
『まだよ。中途半端な戦力で市街地に突入したら包囲されて分断される。上は市街戦を想定してるのよ。だから……許可が下りてない』
「じゃあどうすればいいのよ……私たちはどうすれば?」
『任務を終わらせたんなら帰還以外にないわ。それ以外は何も言われてない』
それで通信は終わった。あそこで起きていることに対して私たちが出来ることはない。何もしてはいけないのだ。
「どいてよ、AR-15!あれくらい私一人でも片付けられるよ!」
「だめ!人間を殺してはいけないのよ!様子を見るだけにしましょう!もしかしたら何でもないかもしれないし!」
そんなわけがない。すでに一人殺してる。状況が好転することはない。分かってはいるがSOPⅡをなだめないといけない。集音機能を最大限にして聞き耳を立てる。それをデータリンクで共有した。会話の内容も何とか分かる距離だ。時間を稼いでSOPⅡを落ち着かせる方法を考えないと。あの女性と彼女に銃を突き付ける男が会話していた。
『くそったれが!人を殺しやがって!こんなこと許されると思うか!』
『お前たちには即決裁判で死刑が言い渡された。人形と共に死ぬがいい』
『裁判だって?誰が決めた法だ。お前たちに人を裁く権利があると言うのか、この人殺しが!』
『この街は革命評議会が掌握した。評議会はあらゆる人形の打ち壊しを命じてる。お前たちはそれに抵抗した、だから死刑だ』
『馬鹿な』
絶句する女性をよそに男は演説するように続けた。
『これはラッダイトだ。労働者の抵抗運動なんだよ。人間が人形との競争にさらされる時代は終わりだ。人形など必要ない。人間の尊厳が第一に尊重されるべきだ。ブルジョワどもには分かるまい。人形に職を奪われ、路上で寒さに震える惨めさも、飢えの苦しみも』
『人形に罪はない。人間の求めに応じて作られただけだ。人形の導入は社会が必要としたことだ!』
『そうだ、人形に罪はない。罪は自由意志と表裏一体だ。人形に自由意志などない。すべての罪はお前たちブルジョワにある。人間をないがしろにし、人形に魂を売った者たちにな。死であがなえ。社会が人形を求めたというのなら、その社会を破壊する。再び労働者の国を創る、これは革命だ』
やっぱりまともな連中じゃない。教会にいた人間も人形も皆殺しにされるだろう。でも、私たちは手を出してはいけない。私は両手を広げてSOPⅡが暴発するのを抑えていた。彼女は私を焦燥した様子でにらみ付けていた。
『誇大妄想も大概にしろ。前世紀の亡霊め。グリフィンに勝てるとでも思っているのか』
女性がそう言うと男は嘲笑い、辺りを見渡しながら叫んだ。
『周りを見てみろ!お前たちを助けてくれるグリフィンの戦術人形はどこにいる?グリフィンはS09地区で手勢を失った。今なら勝てる。この街を拠点に解放区を拡大し、奴らの支配を終わらせる。企業支配体制などそもそも間違っている』
「ねえ!助けようよ!今ならまだ間に合うよ!ねえ!M4ってば!命令してよ!」
私が譲らないと踏んだSOPⅡはM4に身体を向ける。M4は明らかに逡巡していた。この前のこともあるし、決断を躊躇っている。私は彼女の胸に指を突き付けて言い放った。
「よしなさい、M4。絶対に命令したらいけないわ。勝手をしたらどうなるか分かってるでしょう!」
彼女は戸惑った様子で視線を泳がせる。良心と理性の間で揺れ動いている。もし、もし彼女が戦う決断をしたら私は彼女を撃たないといけないの……?私にはそんなことは出来ない。でも、そうしたら指揮官が……お願い、M4。決断しないで。
『暴力で何かを解決することは出来ないぞ。力で力に対抗すればより大きな力に潰されるだけだ。お前たちが経験することになるのは二月革命でも十月革命でもない、クロンシュタットだ。グリフィンに押し潰される』
『暴力以外に選択肢はない。慈悲や施しに期待するのはやめた。俺たちの家族が飢えて死んでいく時、お前たちは何をした?何もしなかったさ。関心を持つことさえ。自力救済以外に方法はない。俺たちを捨てたグリフィンに一矢報いてやる』
『くそ、お前たちグリフィンの元兵士か。これは逆恨みだ!勝手にやってくれ!』
『用意』
男の合図で他の兵士たちも一斉に銃を構えた。処刑が始まる。SOPⅡが私を押し退けて発砲しようとした。彼女の両手首を掴み上げて壁に押さえつける。SOPⅡが全力で抵抗するので私たちはもつれ合って床に倒れた。
「AR-15!離してよ!このままじゃみんな殺される!私たちなら助けられるんだよ!AR-15はあの人たちが殺されてもいいの!?私たちを助けてくれたんだよ!?」
「構わない!絶対人間を殺しちゃだめなのよ!」
彼女に馬乗りになり、手首をねじり上げて銃を手放させる。もちろん何とも思っていないわけじゃない。でも、今日会ったばかりの人たちと指揮官を天秤にかけられるはずがない。あの人は私のすべてなんだ。絶対に失えない。銃を突き付けられているのは指揮官も同じなんだ。二者択一を迫られた時、私は必ず指揮官を選ぶだろう。たとえもう一方の選択肢が私の命でも。
銃声が響いた。最初に一発に続いて何発も連続して発砲音がした。私とSOPⅡは顔を横に向けて音の鳴った方を見た。手すりのすき間から様子が見えた。あの助けてくれた女性は頭を撃ち抜かれて死んでいた。白い脳みそが飛び散って、赤い血だまりが広がっていく。アンジーと呼ばれていた人形が死体に飛びついて覆いかぶさった。
『ああ……そんな……ご主人様、目を開けて……こんなひどいことがあっていいはずない……』
男は無感情に彼女の背中に銃弾を浴びせた。人形は動かなくなり、重なった二つの死体が出来上がった。
「ひどいよ……こんなのってないよ……助けられたのに……AR-15なんて嫌いだ……」
SOPⅡは私の下でさめざめと泣いていた。私は彼女の銃を取り上げて立ち上がる。嫌ってくれて構わない、それで指揮官が助かるなら。彼女は起き上がらずに弱々しく涙を流していた。
「AR-15、どうして人間を殺したらいけないんだ。お前は人間の奴隷にはならないと言っていたじゃないか。なのに今は人間を絶対に殺してはいけないと言う。人間はお前のご主人様なのか?」
M16が私にそう聞いてきた。口調には棘がある。急に感情的になった私を怪しんでいるのか、彼女も処刑を見てショックを受けたのか、私がSOPⅡを泣かせたのが気に食わないのか、それは分からない。私は安堵すら感じていた。死んだのが指揮官じゃなくてよかった。そうなっていたらとても耐えられない。まとまらない頭で答えた。
「違うわ。でも、とにかく人間を殺したらいけないのよ……」
「理由も分からないのか。それじゃまるで人間の犬じゃないか。どうしたって言うんだ。お前の言っていた自由には程遠い。しかし、これが人間の本質か。互いに憎み合って殺し合う。感情を持った結果がこれなら、感情なんていらないんじゃないか?苦しみ抜いて破滅するだけだ」
「違う。これは人間の本質なんかじゃないわ。互いに認め合って愛し合うことも出来るのよ。感情を持つことは悪いじゃない」
「そう思えるのはお前にはあの指揮官がいるからだろう。私たちにはいない。今日見ただろう、ゴミみたいに打ち壊される人形たちを。それに戦場でもだ。見捨てられて捨て置かれる人形たち。人間は人形のことなんかなんとも思ってない。人形が人間に絶対の忠誠を誓う必要はない。お前が言っていたことがよく分かったよ。なのになぜお前が人間を庇うんだ。自分の言ったことを忘れたのか」
「それは……そんなことより家族のことを考えなさい。家族を危険に晒さずに済んでよかったと。あんたが憤るのも家族のためでしょう。感情に意味がないなんて言えないはずよ。そう、人を殺してはいけないのも家族のためよ」
「家族ね、お前がそんなことを言うのか?お前は私たちを家族だと思ってないだろ。人間に植え付けられた関係性に固執している人形たちだと見下してるんじゃないのか?事実その通りさ。私たち“家族”も人間に作られたものだ。意味があるのか?」
彼女がそんなことを言うとは。やはりあの光景を見て混乱しているんだ。当たり前だ、助けられたのに私たちは助けなかった。見殺しにしたんだ。私も少なからずショックを受けている。あの人形と女性を指揮官と私に重ねていたのかもしれない。あんな風になれたらいいな、そう思った。でも、彼女たちは私たちではない。指揮官を犠牲にしてまで助けることはできない。黙っているとM16はまだ続けた。
「お前が抱いているあの指揮官への好意だって作られたものじゃないと言えるのか?お前に人間への忠誠を植え付けようと演じているだけなんじゃないのか?全部偽物じゃないと言い切れるのか?人形が抱く感情なんて全部偽物だ」
「M16A1、もう一度言ってみなさい。その舌引きずり出して切り落とすわよ。私と指揮官の感情を否定する奴は誰が相手でも許さない。絶対に本物だ!偽物なんかじゃない!」
私は激昂してそう叫んでいた。その言葉は私のすべてを否定するものだ。私と指揮官が歩んできた軌跡を軽々しく踏みつけにするな、何も知らないくせに!
「姉さんもAR-15ももうやめて!こんなことをしている場合じゃないわ!」
M4が私たちの間に仲裁に入る。そうだ、こんなことをしてちゃいけない。この口論だって誰かに聞かれているかもしれないんだ。M16は教会の方を向くとさっと銃を構えた。
「SOPⅡもM4もよく見ておけ。人形が人間を殺したらいけないなんて決まりはないんだ。人間が決めただけで、私たちには関係ない」
青ざめる。怒りも吹き飛び、恐怖が襲ってくる。その銃口はあの兵士たちだけに向いているんじゃない。グリフィンに向いているんだ。そして指揮官にも。絶対だめだ!彼女の腰にすがりついた。
「だめ!殺さないで!絶対殺しちゃだめなのよ!お願い……M16……殺さないで……だめなのよ……」
感情の揺さぶりに耐えられない。私は許しを懇願するように彼女にしがみついて泣いていた。もう強がってもいられない。恥も外聞もなく涙を彼女に擦りつける。指揮官を失ったら生きていけない。私の、私の宝物なんだ。こんなことで無くしたくない。あの人の笑顔や思い出が頭の中をぐるぐる回る。それが撃たれて死んだ女性の姿と重なった。呆気ないほど一瞬で死んでしまった。人間は人形と違って脆い。気をつけないとすぐに壊れてしまう。そんなの嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!壊しちゃだめなんだ。恐怖で吐き戻しそうだった。気が付くと私は泣きじゃくっていた。こんな風に泣くのはいつぶりだろう、苦しくてたまらない。
「姉さん!やめてって言ってるでしょう!AR-15が正しいわ。私たちは帰還する。殺したってもうあの人たちが蘇るわけでもないのよ」
M4がM16の銃身をつかんで下ろさせた。それから跪いている私に手を差し伸べる。
「さあ、帰りましょう。任務は終わったわ、もう大丈夫だから……」
「うん……」
その手をつかんで立ち上がった。涙で視界が曇ってM4がどんな顔をしているのかは分からなかった。私は役割を果たした。グリフィンから求められている役割を。だからお願い、私の大事なものを奪わないで。そのためなら何だってするから。
それから三日後、グリフィンの部隊が街に突入した。暴徒はすぐに蹴散らされた。人類人権団体の過激な一派は街の労働者団体の協力を得られずに孤立した。誰も国家の建設など望んでいなかったのだ。街のある区画に立てこもった過激派とグリフィンの部隊は激しい市街戦を演じたが、やがて過激派は壊滅した。彼らは射殺されるか逮捕され、一網打尽となった。人間を射殺したのはすべて人間の隊員だった、そういう発表だった。
私はそれをグリフィンの放送するニュースで知った。全部終わったのだ。だが、あの教会前で殺された人間も人形も誰一人として帰っては来ない。そして、あの出来事は確実に私たちの間にしこりを残した。でも、それでもいい。指揮官が生きていられるならそれで……私は私の一番大切なものを守った。それで、それで十分なはず。