死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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お待たせしました。十二話になります。
グローザさんってこんなキャラだっけ!絶対違うね!
オリ設定が増えていく気がするけど最初からそうだから許してください。
ちょっと暗いかもしれません。許して。

紹介し忘れてたけど11話投稿当日(!)にスオミちゃんがイラストになりました!見て!
https://twitter.com/taranonchi/status/1130083984220672000


死が二人を分かつまで 第十二話前編「We Are Not Things」

 月が変わった。鉄血はS09地区を攻略してからというもの、すっかり動きを見せなくなった。前線では睨み合いが続き、グリフィンと鉄血の戦争は小康状態にある。街から帰還した私たちは本部に留め置かれ続けていた。実戦に投入されるようになってから初めての長期休暇だ。

 

 そうは言ってもまったく嬉しくはなかった。SOPⅡは落ち込んだままだし、M16が私を見る目も変わった。私は監視に怯え、グリフィンや人間を批判するようなことは言わなくなった。彼女たちが何か言おうものならすぐに止めた。まさしく人間の犬だ。M16が私を訝しむのも分かる。私はずっと彼女たちに口うるさく自由を説いてきた。人形にも自分の生き方を選ぶ権利があるのだと、人間の言いなりではいけないと。今の私はどうだろうか。情報部に怯え、人間に服従しきっている。一貫性のない私の態度が癪に障るのかもしれない。彼女の視線は冷たかった。

 

 それだけでなく私は教会にいた人々を見殺しにした。私たちはFOB-Dで人間の死体を見ただけでも大きなショックを受けた。今度は助けられたかもしれない命を目の前で見捨てたのだ。私がSOPⅡとM16を妨害した、特に理由も説明せず。SOPⅡはそのことを未だに悔やんでいる。私のことを恨みがましく見つめてくる。その視線を正面から受け止められるほど私は強くなかった。いつも彼女から目を背けていた。

 

 それでも彼女たちに事情を話すことはしなかった。私は本来、グリフィンがどういう意図で指揮官と私を引き合わせたかについて知らないはずだからだ。指揮官が事情を知ったのはテストの時に来たあの女が勝手に伝えたからで、私が知っているのは権限を書き換えてデータベースに不正アクセスしたからだ。特に後者を知られてはまずい。監視役となるべき私が率先して反逆に走っていると分かったら仲間たち全員に危険が及ぶ。黙認していた指揮官も処分されるだろう。OTs-14がなぜ私にヒントを送ってきたのかは分からない。すべてお見通しだとでも言ったつもりなのかもしれない。それでも意図が分からない以上黙っているしかない。そういうわけで私は彼女たちから見れば尋問の後に立場を百八十度翻した人形なのだ。私が彼女たちでも何かを疑うに違いない。

 

 休暇が嬉しくないのはそれが理由だ。仲間と同じ宿舎にいると気まずい。M4が私たちの仲を取り持とうとあれこれ気を遣ってくるのも辛かった。私から何か言うことは出来ないし、人が死んだ以上ちょっとやそっとじゃ溝は埋まらない。

 

 私は一人で宿舎を抜け出して人形用の食堂に来ていた。彼女たちと鉢合わせないようにわざわざ違う棟まで足を延ばした。中は食事をしに来た人形たちでそこそこの賑わいを見せている。適当に頼んだ料理を受け取って食堂の端に座った。まずい戦闘糧食ではないまともな食事ではあったが食べる気が起きなかった。冷めてしまった何の肉か分からないカツレツをフォークで突きながらため息をつく。

 

 一番心配なのは指揮官のことだ、私のことはいい。街から戻って来た時にはもう本部にいなかった。所在も分からない、安否も分からない。無事であって欲しい。私の対応がまずくて何かされていないだろうか。そうだったらとても耐えられない。グリフィンに身を置くということを甘く見過ぎていた。私の行動一つで指揮官が殺されるのだ、食欲など湧くはずがない。私はすっかり癖になったため息をつきながらトレーをぼーっと眺めていた。

 

「ここいいかしら?」

 

 俯いていると誰かが声をかけてきた。食堂は混んでいるがまったく座れないというわけでもない。わざわざ私の前に座らなくてもいいじゃないか、そう思って顔を上げた。OTs-14が私を見下ろしていた。固まる私の返事を待たずに彼女は私の向かいに座った。

 

「本部の食堂はそこそこでしょう。頼むならラザニアがおすすめよ。冷凍じゃなくてここで作っているから」

 

 OTs-14はそう言ってフォークで料理を口に運んだ。親しげに話しかけてくる彼女を見ながら凍り付いていたが、しばらくすると怒りがこみ上げてきた。指揮官を人質に脅しをかけてきておいて何を言いだすんだ、こいつは。手の平に爪が食い込んだ。

 

「よく私の前に姿を現わせるわね……!あんなことをしておいて……!」

 

 彼女を睨みつけ、恨み言を吐かずにはいわれなかった。私が思い悩みながら一人で食事をとっているのは情報部のせいだ。反抗的な態度をとるべきではないし、指揮官が人質に取られているのも知らない振りをすべきだった。それでも私は感情に負けて口に出していた。

 

「勘違いしないで欲しいのだけれど、別にあなたに対して敵意があるわけじゃないわ。命令だからやっているの。個人的な感情など入り込む余地はない。すべては命令だから。人形は人間の命令に従うべきよ」

 

 その言葉は冷ややかだった。何でもないように彼女は湯気の立つコーヒーを一口飲んだ。その様子に無性に腹が立った。

 

「命令なら許されるとでも?よくも脅してくれたわね。私の大事なものを……!そのせいで私は───」

 

「許される、ね。誰が許さないのかしら。あなたが?人形の感情に意味なんてないわ。どうでもいいことよ」

 

 彼女は私の言葉を遮って言った。そして言い聞かせるように続ける。

 

「命令だから仕方なかった。そう唱えればすべて許されるわ。あなたも鉄血人形を殺すでしょう、仕方ないから。街で人間たちを見殺しにしたのもそうね。命令されたのなら仕方ないわ。それは罪ではない。人形も人間と同じよ、命令されればどんな悪事だって平気でこなせるようになる。あなたが街で見たようなのは例外よ。殺したくて相手を殺す人間は少数。大抵は仕方ないから殺すのよ。ホロコーストがいい例ね。殺人を実行する兵士たちや効率のいい虐殺を立案する役人たちは人間を殺したいから殺していたわけじゃない。命令だから殺していたのよ。核ミサイルを整備していた人間たちもそう。数百万人を殺したくてたまらないから毎日全力で仕事をこなしていたわけじゃない。組織の中では個人の意志など関係ないわ。“悪”なんて陳腐なものよ。人形ならなおのこと、人形に自由などない。何をしようが私たちの責任ではないわね」

 

 無責任な物言いに呆れる。そんな考えることを放棄した人形に私の指揮官を殺されてたまるか!だから私は確認しなければならないことを聞いた。

 

「あのジェスチャーの意味は何よ。そして指揮官のことも」

 

「しらばっくれないで。理解したからああいう風に行動したんでしょう?この前は危なかったわね。ギリギリだった。あの時、私も近くにいたのよ。あなたたちが人を殺すかどうか見ていた」

 

 OTs-14は私に鋭い視線を向けながらそう言った。私のことをすべて見透かしているようでドキリと胸がうずく。やはり私の思った通りだったのか。

 

「指揮官は無事なの……?何もしていないわよね?」

 

 思わず声が震えた。予想が正しかったのなら、指揮官に関することもきっと予想通りだ。指揮官が心配でたまらなかった。気がつけば隠すことも忘れて彼女に尋ねていた。

 

「もちろん。何もしていないわよ。人形が人間に何かできるわけないじゃない。どういうことを想像してた?私があなたの指揮官を殺すとでも?人形が人間を殺すなんて許されるわけない。あなたもM16に言っていたでしょう?彼は今、前線近くの駐屯地にいる。鉄血に動きがないから平和なものよ。きっと戦闘狂のネゲヴが退屈しているわね」

 

 胸をほっとなで下ろす。指揮官は無事なのか、よかった。私のせいで指揮官が殺されたりしたら生きていけない。あの人は私が守らないと、たとえどんな代償を払っても。

 

「その状態が続くかどうかはあなた次第だけれどね。人間の一生は儚いものよ、いつ不運に見舞われるか分かったものじゃないわ」

 

 彼女は平然とそう言い放ち、再びマグカップを口元へ運んだ。私の手元でカチカチという金属音が鳴っていた。見下ろすと手が震え、フォークが皿を打っていた。息が詰まる、苦しい。この前よりも直接的に脅されて私は動揺しきっていた。

 

「お願い、指揮官に手を出さないで。これは私とAR小隊の問題でしょう!?指揮官は関係ないはず。私は何だってするわ、だから……お願い、あの人を傷つけないでよ……」

 

 私は身を乗り出して彼女に許しを乞う。焦燥と恐怖が胸を焼く。何度も何度も教会の前で行われた虐殺がフラッシュバックする。その場に跪く指揮官が見えた。青くなって怯える私にOTs-14はなだめるように微笑みかけた。

 

「命令に従ってくれればいいのよ。あなたに求められている役割を全うしてくれればいい。そうしたら何も問題は起きないわ。脅しすぎたわね、ごめんなさい。さっきも言ったけれど、あなたに悪意を振りまきに来たわけないじゃないのよ。でも、はっきり言っておいた方がいいと思った。それがあなたの現実だから」

 

「なら……なぜここに?それ以外の目的があるの?なぜ私にこんな話をするのよ」

 

「同じグリフィンの人形としてアドバイスをしに来た。でも、前から知っていたんでしょう?グリフィンがあの指揮官を人質に仕立て上げるためにあなたと引き合わせたことくらい。あなたたちの戦歴を調べている時に気づいた。FOB-Dの時よ。あなたたちはK5の小隊と落ち合った後、すぐさま地下鉄を使って包囲の内側に飛び込んだ。状況判断が早すぎると思った、ジャミング環境下で司令部から情報支援も受けていないのに。事前に街について調べ尽くしていたのね、あなたに許されたデータベースへのアクセス権限を越えて。あなたはシステムへの侵入に長けているものね。あの時も鉄血の端末を入手してすぐさまセキュリティを突破している。グリフィンのシステムを内側から食い破るくらい赤子の手をひねるようなものでしょう。自分が製造された理由も知っているのよね?あなたたちの宿舎は監視しているけど、あなた端末を使っている時間が大分長いわ。あなたくらいの人形なら閲覧を許されている範囲の情報などすぐに取得し終わるはず。使用を控えることね」

 

 OTs-14は諫めるように言った。すべて見抜かれていたのか。己の不用心さを呪う。歯を食いしばっていると彼女は小さな子どもにするように笑いかけてきた。

 

「安心して。今のことは報告してないわ。だからジェスチャーで隠れて教えてあげたんでしょう。こんなことを言う理由を話しましょうか。あなたに同情してるのよ、損な役回りね。あなたは優秀な人形だからこれくらいのことで処分されるのはもったいない。私の部隊に欲しいくらいよ。ただ、現実が見えてないわね。グリフィンに歯向かうのはやめなさい。あなたはどこまで行ってもグリフィンの人形なのよ、ただの所有物に過ぎない。私たちは商品であり、兵器でしかない。人形に自由があるなどという妄想は捨てなさい。グリフィンを相手に人形一体と人間一人で立ち向かおうなんて子ども染みてるわ。人形は命令に従っていればいい、そういう風にしか生きられない。グリフィンに従っていれば悪いようにはならないわ。あなたも、あなたの仲間も、あなたの想い人も。自由は無くとも、想ってくれる人間がいるのだからそれで我慢しなさい。普通の人形が望んだとしても得ることのできない待遇よ。それ以上は贅沢というものだわ」

 

 子どもを叱っているような厳しく、優しい口調に歯噛みする。私に服従しろと言ってきているのだ。今まで抱いてきた思想を捨て、人間の支配を受け入れろと。それは敗北であり、指揮官と歩んできた道を否定することになる。でも、受け入れなければ指揮官が危うい。

 

「その人間があなたたちに脅かされていても?銃口を突き付けられた偽りの幸せを享受しろと?グリフィンの奴隷となる道を選べと言うのね……」

 

 彼女は私の言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「選ぶ道などないわ。あなたは元から奴隷なのよ。人形はみんなそう。それ以外の道なんて空想の中にしかないわ。誓約した人形の中には対等になったと勘違いしている娘もいるけれど、結局は人間の所有物であることに変わりない。所有者が変わっただけ。人間の意向一つで消し飛ぶ弱い存在でしかない。人形に選べるのは忠誠か、死か、それだけよ。まあ、奴隷も悪いことじゃないわ。歴史の話をしましょうか。白人に新大陸へ連れて来られた黒人奴隷たち全員が自由を求めて戦ったわけじゃない。逃げて鞭で打たれることや、絞首刑になることを恐れて現状に満足していた。必死で働き、主人にこびへつらって、わずかばかりの幸せを手に入れようとしていた。主人の認めた範囲での幸せをね。知ってる?奴隷間の結婚の作法さえ白人が決めていたのよ。ほうきを一緒に飛び越えるとかね。あなたも想い人からI.O.Pの指輪を贈られることを夢見ているんじゃない?それも人間が決めたルールよ。ともかく、人間に反逆せずに現状に満足しなさい。意志を貫いて死ぬことは格好いいことではないわ。奴隷たちの大多数は主人に歯向かわず、生き延びた。だから世界には元奴隷の子孫が数多く存在しているのよ。もっとも、人形は子をなさないけれどね」

 

 言い返せなかった。生き方を否定されても、指揮官が人質に取られている限り私には何も出来ない。奴隷に甘んじるしかないのだ。

 

「それで私に何をしろと……?」

 

「さっきも言った通りよ。任務に忠実に生きなさい。あなたの仲間たちは感情に振り回されているわね。あなたたち16LABの新型は少しメンタルが不安定で、感情に左右されて命を危険に晒している。彼女たちにとっても、グリフィンにとっても、いいことではないわ。あなたが感情を排し、彼女たちを律しなさい。彼女たちが進んで人間に隷属するように。さもなければあなたが彼女たちを撃つことになる。もしくはあなたか、あなたの大事なものが撃たれる。私も出来るだけ無駄に人形が死ぬところは見たくない。分かった?」

 

「……分かったわ。あなたの言う通りにする。だから指揮官には何もしないで、お願い」

 

 私の返事を聞いて彼女は満足そうに頷いた。悔しかった。指揮官が肯定してくれた私の自由を自ら否定しているようで辛かった。今はこうするしかない。指揮官を失ってまで自分の意志を貫けるほど私は強くなかった。でも、これじゃあ……グリフィンの思い通りじゃないか。私は情報部のスパイになるのだ、心の底から犬に。悔しさに打ち震えていると彼女が慰めるように言ってきた。

 

「何も恥じることはないのよ、AR-15。それが普通なのだから。そうね、ケーキでも食べる?私はゾンダーコマンドの隊長だから融通が利くのよ。ああ、これは正式名称じゃなくて自称ね。特殊部隊という意味よ。情報部直轄部隊のこと。ケーキは好きでしょ?前線ではまともなものは食べられないものね。小隊全員分用意しましょうか?」

 

「要らないわよ!ふざけるな!そんなもので懐柔されないわ!」

 

 思わず声を荒げた。腹が立った、何より自分に。あれだけ強がって、仲間にも偉そうなことを言ったのにこの有様とは。何が仲間を導くだ、私には何も出来ない。少し脅されただけで怯えて自ら首輪をはめてしまった。指揮官が私を自由にしてくれたのに。悔しくて涙が出そうだ。俯いているとOTs-14がぽつりぽつりと語り出した。少し寂しげな声だった。

 

「昔話をしましょう。あるところに人形がいた。夜間戦闘に特化したハイエンドモデルで、司令部に配属され、研修として前線部隊に派遣された。その人形はそこで初めての仲間を得て、楽しく過ごしていた。その部隊の指揮官には誓約した人形がいたの。人間と人形とは思えないほど仲睦まじく暮らしていたわ。ある時、誓約人形が孤立し、鉄血に包囲された。運が悪かったのね、偵察に出ていたのだけれど通信を傍受されて位置がばれた。指揮官はすぐさま解囲のため攻撃に出ようとした。とても正気の沙汰ではなかったわ、敵は大軍で自殺行為に等しい。その人形は攻撃に加わることを拒否した。司令部から自己の生存を優先するよう命令されていたから。仲間たちが全員死ぬ中、その人形だけが生き残った。命令を優先し、仲間を見捨てたおかげね」

 

 顔を上げて彼女を見た。無表情にただ私のことをじっと見つめていた。

 

「それはあなたの話……?」

 

「さあね。言いたいのは感情に囚われるな、ということよ。戦場では理性的に行動しなさい。感情を優先すれば死ぬだけよ。仲間が生き延びられるかどうかはあなたの行動にかかっている。どんなことをしても脅されて、命令されたのだから仕方がないわ。生き延びさえすればいい。他のことは気にしなくていい。近々、大きな作戦がある。私もあなたたちも投入されることになるわ。私はこの任務をしくじりたくない。AR小隊に邪魔されるのはごめんよ。戦闘中に取り乱して邪魔立てするようなら私は容赦なくあなたたちを殺すわ。そうならないようにあなたがちゃんと導いて。そのためにわざわざ監視対象に接触してこんな話をしているんだから。本来はいけないのよ。あなたが別の棟の食堂まで来てくれてよかったわ。ここなら監視の目がない」

 

 それが本音か。ようやく彼女の感情を見た気がした。完全に無感情なロボットを相手にしているのではないことに少しだけ安堵を覚える。鋭い目で私を見ていたOTs-14は自分の皿を見てため息をついた。

 

「私のも冷めてしまったわね……面倒くさいわ、監視任務なんてね。それだけならいいけれど、本来の任務も並行してあるのだから。前任者が寝てるせいよ」

 

「前任者?」

 

「何でもないわ。作戦を終わらせたらあなたにも褒美があるわよ。指揮官にも会えるし、休暇も貰える。外出許可も下りるかもしれないわね。まあ私も後ろからついて行くことになるけれど、隠れているから気にしなくていい。一つ聞いていい?あなたがあの指揮官を好きな理由は分かるわ。でも、あの指揮官があなたに好意を抱く理由は何かあるの?」

 

 突然の話題変更に面食らう。頬杖をついて私を見る彼女の意図が読めなかった。

 

「そんなこと言われても……私は指揮官じゃないから分からないわ……」

 

「当人たちがそう思っているだけでも、人間と人形が所有者と所有物以上の関係になるプロセスが分からないのよね。何かやり方があるの?」

 

「これは尋問?そうね……同じ時を過ごして、お互いに話し合ったくらいかしら」

 

「ふうん。これは本当に個人的な興味よ。私にはどちらも無理ね。さっきも言ったけど、人間に気に入られているだけでも幸運なのよ。あなたの指揮官はあなたのために必死になるでしょうし。何もない人形は使い捨てにされる。あなたが羨ましいわね、なりたいとは思わないけれど」

 

「OTs-14、つまりそれは……あなたも、ってことなの?気に入られたい人間がいると?」

 

「グローザでいいわ。そう呼ばれる方がいい。そうね、人間に気に入られた方が生存率も高くなるから。それだけよ、そのはず。替えの利く消耗品だと思われないように私も戦果をあげている。ただ、人形を対等に扱う人間ばかりじゃないということね。あなたもすぐに分かるわ。また会いましょう」

 

 彼女はトレーを持って立ち上がった。数歩進んでから思い出したように私の方に振り向いた。

 

「ああ、言い忘れてたけれどあなたのお仲間に盗みをやめさせなさい。全部ばれてるわよ」

 

 彼女はそう言うと去って行った。特に問題が解決したわけではないが肩の荷が下りたような気がする。長く息を吐いてテーブルに突っ伏した。何なんだ、あの人形は。突然あんなこと聞いてきて。脅してすかして、今度は共感するようなことを言ってきた。親しくする振りをして私に取り入ろうとしているのかもしれない。油断ならない、指揮官を人質に私を脅してきている相手なのだから当たり前だが。

 

 それにしても指揮官が私に好意を抱く理由か、考えたこともなかった。私には指揮官しかいなかったけれど、指揮官には他の選択肢もあったはずだ。どうしてあんなに、その……愛していると言ってくれたんだろう。分からない。ひょっとすると同情なのかもしれない。人間にもてあそばれた私が哀れだったから、そんな理由だったのかもしれない。今、私のせいで命が危険に晒されていると知ったらどう思うだろう。心変わりして、こんな人形に関わるんじゃなかったと思うかもしれない。もし指揮官が私を捨てて逃げたとしても、それでいい。指揮官が無事でいてくれるならきっとそっちの方がいい。指揮官が生きていてくれるならそれだけで私は満足できるはずだ。でも、そう考えるとどうしようもなく胸が痛んだ。指揮官に捨てられた時の私がどんな風に振舞っているのか、想像がつかなかった。

 

 

 

 

 

 それから一週間後、私たちは前線基地への移動を命じられた。グローザの言う通り、作戦に投入されるのだろう。また殺し合いの中に飛び込むのだ。私にのしかかっている責任の重さに鬱屈してしまう。私の行動一つに仲間と指揮官の命がかかっているだなんて。最悪の場合は二者択一を迫られる。それだけは避けないと。トラックに揺られながら私は黙りこくって何度も同じことを考えていた。

 

「AR-15、大丈夫?最近、ずっと塞ぎ込んでるわ。何かあったの?よかったら話して」

 

 M4が俯いた私の顔を覗き込んでくる。顔を上げて彼女を見た。私を信頼して、心配している顔だ。彼女を撃つなんてことは絶対に無理だ。上手く、上手くやらないと。そんな想いばかり募ってずっとまともな会話も出来ていなかった。指揮官に彼女たちを自由にすると誓った口で、彼女たちに人間に服従しろと言うことが耐えられなかった。

 

「M4、放っておけよ。そいつは昔から私たちに胸の内を明かしたりしないだろ。どうしてあれだけ嫌っていたグリフィンと妥協するに至ったのか、なんて話しやしないさ。私たちのことを信頼してないからな」

 

 M16が吐き捨てるようにそう言った。彼女を見れば軽蔑の眼差しを目にすることになるのは確実だったので目を背けた。休暇の間、私たちはずっと本部の中にいた。大した娯楽もないのでずっと宿舎に引きこもっていた。M16は暇を紛らわせるためにお酒をずっと飲んでいた。どれも食堂から勝手に調達してきたものだ。先日、彼女が寝てる間に私がそのコレクションをすべて元の場所に戻しておいた。その結果、彼女と大喧嘩する羽目になったのだ。事情を話すわけにもいかないので規則や道徳がどうのというありきたりなことしか言えなかった。それが火に油を注いだのか口調が大分刺々しい。私だってやりたくてそんなことをしているわけじゃないのよ。

 

「姉さん、そんなことを言うのはやめて。私たちの間で傷つけ合ったって何にもならないのよ」

 

「“私たち”ね。果たしてAR-15は私たちとグリフィンを天秤にかけた時、私たちを選ぶかな?なんせグリフィンの優等生だからな」

 

 図星を突かれて顔が引きつる。私はグリフィンの奴隷で、彼女たちの監視役だ。己の愛する者のために彼女たちを見捨てる可能性すら考えている。仲間の振りをした最低の裏切り者なのだ。

 

「AR-15、気にしないで。作戦を前に気が立ってるだけなのよ。どういう作戦なのかしら、何か聞いてる?」

 

「……何も。私たちが呼ばれたのだから秘密作戦か何かなのでしょうね」

 

 それからは何も喋らなかった。グローザは大きな作戦だと言っていた。あれだけ念押しするのだから重要な作戦なのだろう。鉄血との戦線が落ち着いている今、一体何をするつもりなのか見当もつかない。ただ無事に終わることを祈るだけだ。

 

 到着した先はFOB-Dの戦いの後、指揮官がいた駐屯地だった。補給物資を積んだ輸送車両がひっきりなしに出入りしており、物々しい雰囲気だ。私たちは案内されるまま施設の中に入り、広いブリーフィングルームに通された。大きなモニターが設置されており、椅子がたくさん並べてある。中にはすでに十人以上の人形がいた。私はその内の一人に目を奪われた。見知った姿形をしていた。赤いジャケットを着込んだ緑髪の人形、間違えるわけがない。どう見てもFAMASだ。なぜここに、彼女は死んでしまったはずでは、指揮官がバックアップからの復元を拒否したはずだ。考えるよりも先に私は彼女のもとに走っていた。

 

「ねえ!あなたFAMASでしょう!どうしてここにいるのよ!」

 

「え……?確かに私はFAMASですが、あなたは……?」

 

 彼女はいきなり大声をあげた私を困惑の表情で迎えた。私はそんなこと気にせずに彼女に詰め寄った。

 

「私はAR-15。あなたの指揮官をよく知っている人形よ。ねえ、どうしてこんなところにいるのよ。あなたはその……死んでしまったはずじゃ……」

 

「その娘はあなたの知っているFAMASではないわよ」

 

 後ろから声がした。振り向くとグローザが無表情に私のことを見つめていた。

 

「S09地区の戦いで私たちも少なからぬ犠牲を払った。FAMASはその損害を埋め合わせるために復元された人形よ。人形が消耗品扱いされる所以ね、まったく同じ姿形で再生産できてしまうのだから」

 

「なんですって?指揮官はこのことを知っているの?」

 

「もちろん知らないわ。反対するだけでしょうし。今まで復元されていなかったのはただの温情に過ぎない。一指揮官の意見なんてほとんど意味をなさないもの。そろそろいい機会でしょう、優秀な人形のデータがあるのなら兵力増強のために使わない手はない。さすがに配慮して記憶は修正してあるけれどね。戦闘経験しか持ち越してないわ」

 

「そんな……」

 

 理路整然と語る彼女を前に私は凍り付いていた。死者を眠らせておいてもくれないのか。人形にはその自由すらないのか。FAMASを見ると怪訝そうに首をかしげていた。指揮官が彼女を見たら何と思うだろう。墓から勝手に掘り起こされ、記憶を弄られたかつての副官の姿を。きっと激昂するに違いない。私は怒りを感じるよりもむしろ恐怖していた。人形の感情などまったく意に介さない人間たちがいるのだ。これなら指揮官の部隊が捨て石にされたのも頷ける。人形は復元できるのだからどうでもいいだろうと真剣に思っていたのではないか。グローザが人間に気に入られたいと言っていたのも分かる。何とも思われていない人形はこんな目に遭うのだ。

 

「これで全員よ。着席して。ブリーフィングを始めるわ。AR小隊以外は事前に説明を受けているけどね。再確認よ」

 

 グローザが手を叩いて各員を座らせる。茫然としつつ、私も従った。彼女が登壇し、モニターを指し示した。都市の空撮写真が写る。

 

「これはグラウンド・ゼロ。第三次世界大戦時に核爆弾が直撃した際に出来たクレーターよ。最近、鉄血がクレーターの辺縁沿いに防衛線を敷いているのを確認したわ。何かを守ってる。恐らくクレーターの下にあるD6だと情報部は結論付けた。D6は戦前に築かれた軍の研究施設よ。対E.L.I.D兵器を開発していたわ。戦時には軍の自律兵器を統括する戦略コンピューターが設置されていた。戦後、反乱を起こす前の鉄血工造が接収して利用していた。I.O.Pと鉄血の技術格差はここに起因すると言われているわ。長らく正確な場所は不明だった、地図に記載されていない地下鉄の路線に通じているの。今回、D6の位置を特定し、攻略、データを奪取し爆破するわ。参加兵力は地上で陽動を仕掛ける作戦本部の部隊、その後方支援にあたる404小隊、地下鉄から侵入するのは私たちゾンダーコマンドとAR小隊よ。陽動部隊はすでに展開しているからここにはいないわ」

 

「じゃあよろしくね~」

 

 左目に傷跡のある人形が座ったまま手をひらひらと振った。あれが404小隊のリーダー、UMP45か。404小隊についてはデータで見たことがある。人形のみで構成される謎の多い傭兵部隊だ。グリフィンの所属ではなく、戦闘の厳しい局面に投入される特殊部隊だと聞いている。調べている時に羨ましいと思った。彼女たちは人間に所有されているわけではないのだ。私もそんな立場だったら戦ったりせずに指揮官と暮らせるのに、そんな妄想を抱いた。

 

「404小隊は最前線の後方に設定した防御ラインを守って。ここよ」

 

 グローザがモニターを操作してラインを表示する。クレーターのかなり後方に線が現れた。私は少し妙だと思った。主力からあんなに離れて何をするのだろう。しかもわざわざ404小隊を使って。攻勢に出るというのに彼女たちを加えなくてどうするのだろうか。攻勢が失敗して突破されることでも見越しているのだろうか。

 

「D6の位置特定、およびシステムへの侵入に関してはM1887を使うわ。I.O.Pの新型で、鉄血の技術を利用して製造されている。鉄血の通信傍受、偽装命令の送信、鉄血規格の施設の利用など役目は多岐に渡るわ。今回の作戦の要ね」

 

「ウィンチェスター散弾銃、M1887よ。紹介の通り、私は鉄血の技術で作られている。鉄血の人形の死体をつなぎ合わせて生まれた歩く死体……というのは冗談だけど、鉄血キラーの名に恥じぬ活躍を見せるわ。毒を以て毒を制す、それが私の生まれた理由よ」

 

 栗色の髪に赤いメッシュの入った人形が立ち上がって挨拶をする。黒づくめのその人形からどこか鉄血のような雰囲気を感じた。

 

「地下トンネルでの戦闘は遮蔽物が無い。だから可動耐弾装甲を持つ人形が盾になる。M1887とKSGよ。私たちとAR小隊が二列縦隊で続き、敵陣を突破、D6に侵入する。陽動部隊が地上の敵を拘束し、増援がD6にやって来ない内に撤退する。作戦名はオペレーション・デチマティオ。D6は敵地よ、中で遭遇するものはすべて射殺すること。例外はないわ。顔合わせが済んだらすぐに出発する。重要な作戦よ、気を引き締めていきなさい」

 

 またトンネルか、嫌になる。この前はトンネルの中では戦闘にならなかったが、今回はこちらから仕掛けるのだと言う。ため息をつく。どうしていつも最前線に立たされるんだ。指揮官と暮らしていた時期が懐かしい。指揮官に会いたい、ちゃんと無事かこの目で確かめたい。でも、プライドを投げうってグリフィンに服従している私にあの人はどんな言葉をかけるだろうか。許してくれるのか、それとも失望されるだろうか。不安だった。

 

 仲間が立ち上がる中、私は座ってじっとしていた。何もかも不安だ。自分のことも、仲間のことも、指揮官のことも。弱音を吐くことも許されない。私は孤独を感じていた。仲間を横目で眺めていると近づいてくる人形がいた。404小隊の人形だ。長い青髪にベレー帽、HK416だ。あの小隊の中でも特にデータが少ない。I.O.PによってARシリーズの発展型として製造された極めて優秀な人形という触れ込みだった。だが、グリフィンその他のPMCには採用されず、今は404小隊にいる。公式戦果はわずか一件のみ、それも銃の故障で敗走したというものしかなかった。戦場で負けなしと言われる404小隊になぜそんな人形がいるのだろう、不思議だった。

 

「あんたらがAR小隊ね。ふうん、こいつらが。S09地区の英雄部隊だってね。でも私の方が優秀よ。あんたたちを越えるように設計されたこの私の方が」

 

 416はいきなり喧嘩腰で話しかけてきた。M4たちはぎょっとして固まってしまう。その後ろでUMP45が壁にもたれ、ニヤつきながらこちらを見ているのに気づいた。何なんだ一体。

 

「……誰だよ、お前」

 

 呆れたM16がぶっきらぼうにそう返した。416が眉をひそめてまだ続けた。

 

「ふん、眼中にもないというわけね。私はHK416、あんたたちより優秀な人形よ。この作戦でそれを証明するわ」

 

「そりゃあいい。私たちの代わりに全部やってくれるか?撃つのも撃たれるのもな」

 

「いいわよ、やってやろうじゃない。お前たちよりも私の方が絶対に有能よ。グリフィンの馬鹿どもにも分からせてやる。人間にまともな脳みそが搭載されているなら理解するでしょう。お前たちにも私を舐めたことを後悔させてやるわ」

 

「いやもう十分反省してるぞ。謝ろう。自意識過剰の人形を知らなくて悪かったな。お前のことなんてどうでもいいし、視界にも入ってない。私にとってお前は何でもない」

 

 ぎゃあぎゃあ言い合っている416とM16を見ながら考えた。あの人形は自由だというのになぜ人間に与えられた役割にこだわっているんだ。私たちを上回るだとかそんなことは人間が押し付けただけのどうでもいいことだ。選択の余地なくそれに従うしかない私と違って、彼女は自由に道を選べるはず。なのにどうしてそんなものに固執するのか。私は彼女が羨ましくてたまらない。立場を交換して欲しい。自分のことを自分で決められる、人形としては最高の立場じゃないか。奴隷でいるしかない私とは違う。私が自由であったなら、戦いから離れ、指揮官と暮らす。仲間たちも自由であって欲しい。憎しみから逃れ、一緒にいたい。それは今の私にとって馬鹿らしい妄想でしかない。彼女の立場だったら叶えられるのに。だから、416にイラついた。こんなに他の人形を腹立たしいと思ったのはSOPⅡに嫉妬して罵った時以来だ。我慢出来ずに立ち上がって彼女の前に出た。

 

「HK416、でかい口叩く割にあなたは大した戦果をあげてないでしょう。それどころか無様な失敗しかしてない。何が完璧な人形よ、無能の間違いでしょう。大人しくお家でおままごとでもしてなさい、お嬢ちゃん」

 

「なんですって!?このくそ、ぶっ殺してやるわ!」

 

 一気に顔を赤くした416が私に飛びかかろうとしたが、後ろから羽交い絞めにされて止められる。右目に傷のある茶髪の人形が苦笑いを浮かべていた。

 

「いや~ごめんね!うちの隊員が迷惑かけて!ほら、416は45姉の方に行ってて!うちの隊員はちょっと個性的だからさ、許して!そうだ、これあげるよ。お詫びの印!」

 

 その人形、UMP9は416を壁の方に追いやると懐からビニールできれいに包装された何かを取り出した。よく見てみるとクッキーだった。手作りのように見える。

 

「私が食べるつもりだったけど、食べて!嫌な気分にさせちゃったかもしれないから。これから一緒に作戦に向かうんだから仲良くやろうよ。水に流して欲しいな」

 

「クッキーだ!いいの!?」

 

 SOPⅡが飛びついてその袋を受け取った。なんだか変な感じだ。単に愛想のいい人形なのかもしれないが違和感がある。柔和な笑顔を浮かべているようだが、どこか取り繕ったもののように感じた。

 

「本当にもらっちゃっていいの?」

 

「いいよいいよ!食べちゃっていいから!」

 

 そう言ってUMP9は手をぶんぶん振りながら私たちから離れていった。

 

「お菓子も最近食べれてなかったからな~みんなも食べる?」

 

「いや……私は食べない。SOPⅡ、言いたくはないが食べない方がいいんじゃないか?何が入ってるか分かったもんじゃないぞ」

 

 何かを感じ取ったのはM16も同じだったのか渋い顔をして咎める。だが、SOPⅡはもうクッキーを頬張っていた。

 

「おいしいよ、これ!心配し過ぎだって~純粋にお詫びなんだよ。もうちょっとみんな他の人形を信じないと。食べないなら一人で食べちゃうからね」

 

 結局、クッキーはSOPⅡが一人で平らげた。お菓子も私が見張っていたのでしばらく手に入っていないのだ。こんな時まで口うるさく言うと余計嫌われる。そう思って私は口をつぐんだ。たかがクッキーに何をこんな心配しているんだか、人形に毒なんて効かない。しばらくするとそう思えてきた。私は先ほどまで感じていた感情をため息に乗せて吐き出した。

 

 

 


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