死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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紹介し忘れてたけど11話投稿当日(!)にスオミちゃんがイラストになりました!見て!
https://twitter.com/taranonchi/status/1130083984220672000


死が二人を分かつまで 第十二話中編「We Are Not Things」

 ブリーフィングから三時間後、404小隊は路上にいた。すでに廃墟と化した街の中に展開している。遠くから陽動部隊と鉄血の激しい戦闘音がこだましていた。だが、404小隊はそれに加勢することもなく、ただそこにいた。

 

 416は落ち着かない様子で足を揺すっていた。今回のために装備を整えてきたのにそれが無駄に終わらないか心配だった。銃なピカピカに磨き上げられており、傷一つない。重要な部品はすべて新品に替えてある。ほとんど新しい銃と言ってもいい。ホロサイトとレーザーサイトの電池も交換済み。銃身の下にはグレネードランチャーも装着してある。弾倉は多すぎるほど持ってきており、腰のベルトがマガジンポーチで埋め尽くされている。太ももに吊るしたホルスターには拳銃が差してある。普段は持ってこない手榴弾も胸につけてきた。かなりの重装備だ。

 

 にもかかわらず、何事もなく任務が終わってしまいそうで416は焦っていた。そんな様子の416をUMP9が笑った。

 

「いいじゃん、何もせず報酬がもらえると思えば。たまには平和もいいことでしょ?」

 

「私は何も言ってないわ。することが無くてただ暇してるだけ。こんな楽な任務は初めてだから慣れないのよ」

 

「またまたぁ。大きな作戦に加わるって聞いて一番張り切ってたの416じゃん。朝から晩まで根詰めて訓練してたもんね。こっちが心配になるくらい」

 

「それに、大口叩いた割に戦果が無かったらすごい恥ずかしいものね?416ちゃん」

 

 UMP45がニヤニヤしながら416をからかった。その言葉に416は顔をしかめる。

 

「黙りなさい、45。だいたいそれはあんたのせいでしょ。あんたが言ったのよ、AR小隊の連中に喧嘩吹っ掛けてこいって。おかげで馬鹿みたいな絡み方をする羽目になったじゃない。私はあの連中と会話するのも嫌なのに。あれじゃ私が間抜けみたいじゃない、恥ずかしい。全部振りよ。私は確認しなくても自分があいつらより上だと分かってる。感情的になんてならないわ。私は完璧だもの」

 

「その割にAR-15に言い負かされた時は本気でキレてなかった?あの人形ってああいうタイプなのね、イメージと違ったわ。それにしてもおままごとは傑作ね、かわいらしいあんたにぴったり」

 

 くすくす笑うUMP45に対して416は言葉に詰まった。M16との売り言葉に買い言葉は適当に流していたが、AR-15が言ってきたことだけは我慢ならなかったのだ。416の逆鱗に触れた。つい先日、416は任務に失敗した。何でもない任務だったが、くだらないミスをしでかして台無しにした。416は醜態を晒し、404小隊がその尻拭いをした。それが彼女のプライドに深々と傷を残していた。他の奴らは知らなかったのにAR-15だけは私のことを知っていた。私のことを無能呼ばわりしやがって。あのクソ人形、いつかぶっ殺してやるわ。416は唸った。

 

 今回、神経質と呼べるほど徹底的な準備をしてきたのは名誉挽回のためだった。仲間、主に小隊長のUMP45に対して自分の価値を示そうとやってきた。だが、グリフィンから言い渡された任務は想定していたものとかなり異なっていたし、今は暇している有様だ。416は焦っていた。

 

「というか416って割と泣いてない?こないだもさ……」

 

 だぼだぼの服を着た人形、G11が地べたに座り込んでへらへらとそう言った。仲間たちは口を揃えてからかってくるのだが、416にとっては触れられたくない苦い経験だった。自分が404小隊の中で一番の役立たずであり、UMP45の温情で留め置いてもらっている、そんな気がしてならない。そう思うと惨めだったし、何よりUMP45から無能だと思われるのは我慢ならなかったのだ。あれから416は常に名誉回復の機会をうかがっていた。私は無能じゃない、完璧な人形よ。戦果をあげて必要とされる存在にならないといけない。45の慈悲に甘えていたらいつか捨てられてしまう、そんな強迫観念が416の胸にあった。

 

「……黙りなさい、あんたたち。ほら、やっと仕事よ。レーダーに反応がある。誰か前線からやって来るわよ」

 

 対人レーダーの警告に従って404小隊は臨戦態勢を取る。416が目を凝らすと前線から防衛ラインを越えようとする人影が道のずっと遠くに見えた。それに照準を合わせ、UMP45の指示を待った。

 

 人影は徐々にはっきりとした姿で見えてきた。どうやら一人ではないらしい。ぐったりとして動かない銀髪の人形を両手で抱えている。両者とも傷だらけで前線で戦っていた人形たちであることは明らかだった。416が陽動部隊の人形リストに照合すると抱えられている人形がMG4で、抱えているのがトンプソンだった。45が傍らに置いていた拡声器の電源をつける。

 

「あー、そこの人形に告げる。あなたたちは設定された戦闘区域を離れようとしている。撤退は認められない。前線に戻り、攻撃を続けよ。これ以上の後退は逃亡と見なされる。逃亡者は射殺する。戦闘に戻りなさい」

 

 UMP45の気だるげな声が辺りに響いた。やる気のなさが伝わってくる。言われる方はたまったものじゃないわね。416は内容とUMP45の口調とのギャップに思わず笑ってしまった。

 

「ふざけやがって!せめて負傷者だけでも後送させろ!どうしてそれすら許されないんだ!」

 

 トンプソンの怒号が返ってきた。通信を介さない原始的な声のやり取りだ。UMP45が面倒くさそうに返事をする。

 

「異議申し立てはグリフィンにすることね。作戦を立案したのは私じゃないし。引き返しなさい。ここがポイントオブノーリターンよ。脅しじゃなくて本当に撃つわ」

 

「どうしてこんなことをする!この作戦はおかしいぞ!あいつらもおかしくなるし、撤退すら認められない!私たちを使い捨てにする気か!私の元のボスに会わせろ!こんなこと許されるはずがない!」

 

「大人しく前線に戻りなさい、グリフィンの人形。選択肢は二つだけ。ここで私たちに殺されるか、戦場で死ぬか。戦術人形なら戦場で死ね」

 

 UMP45が冷たくあしらってもトンプソンの歩みは止まらなかった。段々と小隊に近づいてくる。UMP45は拡声器を下ろし、舌打ちをした。

 

「はあ……聞き分けの悪い奴ね。仕方がない、グリフィンからの命令に従うとしましょう。追い返すわ。トンプソンはまだ戦えそうだけど、MG4はもう無理でしょうね。416、MG4を撃ちなさい。こちらが本気だと示す」

 

「了解」

 

 416はホロサイトの赤い照準をMG4の頭に重ねた。まったく、訳の分からない任務だ。意識のない、それもグリフィンの人形を殺したって戦果にはならない。416はうんざりした顔で発射モードを単発に切り替え、さっと引き金を引いた。カシュン、スプレー缶に穴をあけたような発砲音が響いた。銃弾はきれいに側頭部に着弾し、小さな血しぶきをあげた。辺りはしんと静まり返り、しばらく何の音もしなかった。トンプソンの絶叫が静寂を引き裂いた。

 

「なぜ……!なぜだ!なんで平気な顔で仲間を殺せるんだ!ふざけるな!私たちは物じゃないんだぞ!同じ人形同士だろう!命を何だと思ってやがる!」

 

 仲間?同じ人形同士?馬鹿らしい。私の仲間はこの場にいる404小隊のメンバーだけだ。他の人形なんてどうでもいい、鉄血の人形と大した違いはない。45が殺せと言うなら殺す、それだけだ。416には亡骸を抱えて叫ぶトンプソンの姿が滑稽に見え、心の中で嘲った。トンプソンはやがて諦めたのか前線の方に引き返していった。その姿が見えなくなるまで416はじっとにらみを利かせていた。

 

「グリフィンの人形を殺してどう?罪悪感とかある?同情した?」

 

 UMP45が416の横に並び、そう聞いた。

 

「別に。私と連中の間には隔絶がある。あいつらは人間の道具で、私は違う。それにこの私が任務に個人的な感情を挟むわけがないでしょう。私は完璧よ」

 

「ふふっ、泣き虫さんもちゃんと仕事ができて偉いわね」

 

「チッ……!言ってなさい。それより45、グリフィンの奴らどういうつもり?なんで自分たちの人形に撤退も許さないのよ。その上、私たちに射殺させるなんて。なんでわざわざ404小隊を督戦隊に雇うのか。訳が分からないわ。グリフィンの人間たちはそこまで愚かなのかしら?脳みそが腐ったの?」

 

 UMP45は首を横に振った。それから顎に手を当てて考え込む。

 

「違うわね。人形のことなんてどうとも思ってないでしょうけど、戦力を無駄にすり減らすようなことはしない。もっと狡猾よ。敵を引き付けるために死ぬ気で戦えってことかしら。それなら私たちも攻撃に参加させるでしょうけど。あの人形たちを鉄血に始末させることこそが目的なのか。トンプソンは仲間がおかしくなったとか言ってたわね。私たちのリンクも教えられていないみたいだし。捕まっても何の情報も与えられないようにしているのかしらね。まあよく分からない。トンネルに居るOTs-14の部隊とAR小隊が本命なのは間違いないわ。そしてD6とかいうところに用がある。ふうん、少し気になるわね」

 

 416は少し考えていたが、意を決して45の正面に立った。

 

「45、私を送りなさい。何が起こっているのか気になるんでしょう?私がD6に向かう。この前はしくじった、クソにも劣る役立たずだったわ。今度はそうはならない。あんたの指揮で戦えば私は完璧よ。汚名は戦果で返上する。AR小隊の居場所は分かってるんでしょう?」

 

 UMP45は416の顔をまじまじと見つめて少し黙った。いつもはしない表情だ、416はそう思った。迷いがある。作戦中の45はいつも堂々としていて判断を躊躇することはない。私の能力を不安視しているのだろうか、そう思うと416の胸は悔しさで締め付けられるようだった。UMP45はしばらく悩んだ末、いつもの余裕たっぷりの顔を作った。

 

「ま、そうね。あのクッキーにはナノマシンが混ぜてあった。ARシリーズのセキュリティにも感知されない最新式のやつよ。位置情報くらいしか送って来ないけどね。SOPMODⅡしか食べてないけど、多分一緒にいるでしょう。消化されるまでは位置が分かる」

 

「やっぱりね。変だと思ったのよ。元からそのつもりで私に喧嘩を売らせたんでしょう。姉妹揃って最悪な性格してるわ。敵には回したくないわね」

 

「416、それは言いがかりだって。私だって45姉に言われてやったんだし~」

 

 UMP9がへらへらと笑いながら訂正を求めた。こいつも特になんとも思ってないのだ、他者をどう利用しようと、他者がどうなろうと知ったことではないという性質の人形だ。それがこのチームのいいところね、416は自分がすっかり404小隊に染まっていることに気づいてニヤけた。

 

「UMP45、私に命令しなさい。今度こそ私が完璧な人形だと証明するわ。私は誰にも負けない、鉄血にも、AR小隊にも。私はあんたにとって利用価値のある人形よ。役立たずの無能じゃない。あんたが望むことを何だってしてやるわ。敵は皆殺しにする」

 

「別に証明してくれなくたっていいけどね。まあいいわ、今回はかわいい416ちゃんのために命令してあげようかな?花を持たせてあげましょう。見せつけてやりたいんでしょう、あんたを評価しなかった人間たちに活躍をね。AR小隊と同じ作戦に従事する機会なんて早々ないもの」

 

「かもね」

 

「……HK416、AR小隊を追跡しなさい。グリフィンが何を考えているのか分かるはず。指揮は私が執る、グリフィンの連中に従う必要はないわ」

 

「了解。HK416、行動開始」

 

 416は地面を蹴り上げ、飛ぶように走った。彼女は歓喜のただ中にいた。ついに来た、挽回の機会が。これで45に私の本当の力を見せつけ、私が必要だということを認めさせてやれる。45の指揮を受けていれば失敗することなどない。死地に送られるグリフィンの哀れな人形どもと私は違う。グリフィンの人間ども、AR小隊の連中、この世界のあらゆるクズども、全員の鼻を明かしてやる。45、見てなさい。この私が完璧になるところを。私を買って正解だったと心から思わせてやるわ。416は闘志をたぎらせて全力で駆けた。

 

 

 

 

 

 私たちは長い間ずっと地下鉄のホームにいた。目標の特定が終わらないのか、進撃の許可が下りないのか、それは分からないがグローザとM1887が少し離れたところで話し合っている。情報部の人形たちは暇を持て余して円になって座り込んでいた。誰かがサイリウムを灯して円の中心に置いていた。青いぼんやりとした光が真っ暗闇の中で輝いている。私はFAMASのことが気になったのでその円の中に割り込んでいた。

 

「じゃあ前の指揮官のことは何も覚えていないのね?」

 

「ええ、おぼろげながら頼りになる人がいたのは覚えているんですが……それ以外は特に」

 

「……そう」

 

 悲しかった。指揮官が私を受け入れてくれたのはFAMASがいたからだ。彼女が指揮官のことを想っていたから。その彼女の好意は無残に消え去ってしまった。バックアップで蘇った人形はこうなってしまうのか。元のFAMASとは断絶した別人に。私は抱えた膝に顔を埋めた。

 

「分からないことは何でも聞きなさい!この私が教えてあげる!ちゃんと部隊になじめるように指導してあげるから。この部隊は変な人形ばっかりだけど慣れればいいとこよ。あとPKPにいじめられたらすぐに言ってね」

 

 先ほどヴィーフリと名乗った金髪の人形が胸を張って言った。大きな機関銃を抱えた人形がムッとして彼女を睨みつける。

 

「そんな無駄なことはしない。大体お前の格好が一番変だろ」

 

 そう言ってヴィーフリの帽子についたウサ耳のような飾りを指差した。ヴィーフリは手でウサ耳を覆い隠すとムキになって反論した。

 

「これはいいでしょ!人の趣味に口出さないで!格好の話じゃないわよ。あんたもPKももっと愛想よくしなさいって、二人が怖がるでしょ。新しい仲間と親睦を深めなさい」

 

 彼女たちの部隊に補充された人形はFAMASだけではないらしい。茶髪を二つにまとめたM14という人形がニコニコしている。

 

「馴れ合いに興味はないわ。私の仕事は敵を殲滅することだけ」

 

 同じく機関銃を持った長身の人形、PKが淡々とそう言った。PKPもそれに頷く。

 

「ふん、その通りだ。ワタシの足を引っ張るなよ。新人と仲良くしたっていつまで生きていることやら。ティスやドラグノフ並みに使えるなら名前を覚えてやる」

 

 棘のある物言いにヴィーフリは苦笑いし、補充された二人に作り笑顔を向けた。

 

「いやごめんね、こんな奴らで。でも、PKPは復元されたのが元の二人じゃなかったから拗ねてるだけなのよ。二人とも長い付き合いの友達だったから。S09地区の戦いで死んだの」

 

「そんなんじゃない。死んだ奴は死んだ奴だ。復元されたからって元のあいつらが生き返るわけじゃない。死ぬのが悪いんだ。ただ……仇はとってやる。S09では二人死に、FOB-Dでは八人死んだ。ウェルロッドもまだ起きてない。今回で敗北に終止符を打つ。不届き者を皆殺しにしてやる。それまでは他のことはどうでもいい。任務に集中しろ」

 

「まったく素直じゃないんだから。まあ、今回も人形がたくさん死ぬ。復元待ちの列に加わらないように頑張りましょ」

 

 ヴィーフリが他人事みたいにそう言うのでぎょっとした。そんなに被害の大きい作戦だと想定しているのだろうか。ますます嫌になる。ふと見るとM1887はグローザとの話を終わらせてAR小隊に話しかけていた。情報部の人形たちとばかり話しているとますます孤立が深まるな、そう思って仲間のもとに戻った。

 

「D6の特定は終わったの?」

 

 私はM1887にそう聞いた。彼女は不敵に笑う。

 

「私の仕事は終わったわ。あとはルート策定を待つだけ。とりあえず、あなたたちにお礼を言っておきたかったのよ。あなたたちが集めた鉄血の死体、あれが私の開発につながった。私の生みの親というわけよ。今回が私の初舞台、一緒できて嬉しいわ。仲良くやりましょう」

 

 そう言って彼女は自分のジャケットを指差した。鉄血工造のロゴの上に赤いバツ印が描かれている。そう言えばスコーピオンを救出するまでの長い間、私たちが仕留めた鉄血人形を16LABが回収するとかいうそんな任務に就いていたんだった。M4がそんなことを言っていた気がする。だからM1887はさっき動く死体だのと冗談を言っていたのか。

 

「あなたの生まれてきた理由は鉄血を殺すことだと?」

 

「まあそうね。そういう風に作られた。ただ、戦う理由は自分で決める。誰かに与えられた役割を果たすだけが人形じゃないわ。運命なんてものはない、未来は自分で作るものよ。あなたもそういう人形なんでしょう?ところでAR-15、あなたは映画が好きだって聞いたけど。知ってる?このセリフ……」

 

「いやまあ知ってるけど……」

 

 M1887は得意げに銃をくるりと回してそう聞いてきた。古い映画のセリフだ。だが、今の私には共感できなかった。彼女の所属する情報部に脅されて自由を剥奪されているのだから。

 

「おしゃべりは終わりよ。これよりD6に向かう。戦闘指揮は私が執る、AR小隊も従いなさい。二列縦隊で直進するわ」

 

 グローザが号令をかけると情報部の人形たちはパッと立ち上がり、線路に飛び降りた。私たちもそれに続く。M1887を先頭にM16、SOPⅡ、M4、私が並び、後ろにPKPがついた。KSGの縦隊も私たちと肩が触れ合う距離で並ぶ。

 

 前回はまともな暗視装備が無かったが今回は準備してきた。暗視ゴーグルを装着する。広い視界を確保するために四つ目の非人間的デザインをしている。照準を容易にするため赤外線レーザーサイトも銃の側面に取り付けた。AR小隊も情報部の人形たちも夜間戦闘用のフル装備だ。

 

「死にたくなければちゃんとついてきなさい」

 

 M1887がそう言い、駆け足で前進を始めた。隣のKSGの縦列と歩幅を合わせて進む。緑色の視界の中に仲間がはっきりと見える。ゴーグルがわずかな光源を何百倍にも増幅してくれる。真っ暗闇のトンネルが鮮やかに見えた。これなら怖くない。ただ、このトンネルの一本道で戦闘になるというのはあまり考えたくない。逃げ隠れる場所がない。銃火に晒されながらの正面突破だ、嫌になる。これが終われば指揮官に会える、それだけを頼りに恐怖を抑える。

 

 入り組んだ地下トンネルを進み続ける。いくつもの分岐を越え、地下迷宮の奥深くへ進んで行く。進むにつれて段々と道幅が狭くなり、天井も近くなっていく。ここは正規の路線じゃないな、データの中にある路線図と照らし合わせると分かった。軍の秘密施設だったというD6、それは核シェルターとしても利用できる地下トンネルの中に隠されていたのだ。一体どうやって侵入ルートを特定したのだろうか。誰か偵察に出たのだろうか。グローザは秘密主義なのかブリーフィングでは多くを語らなかった。私たちは知る必要がないということか。

 

 さらに分岐を越え、真っすぐに伸びるトンネルに入った。その先で微かに明かりが見えた。グローザが手を挙げて部隊を停止させる。

 

「敵よ。あの先が目的地。攻撃陣形、突破する」

 

 M1887が腕に装着した耐弾装甲を前方に展開する。KSGの腰に搭載された同様のシステムも駆動音をあげて展開した。彼女たちは普通の人形には搭載されていない装甲ユニットを装備している。小銃弾程度なら弾き返す、らしい。先頭に立つ彼女たちの役割は私たちの盾になること。さながら歩兵を守る戦車だ。と言っても火砲は搭載していないし、鉄血のマンティコアに比べると大分見劣りする。私たちの代わりに集中攻撃を受け止めてくれるのだから文句は言えないけれど。

 

 盾からはみ出さないように互いの間隔を狭める。私も前のM4の肩に手を置き、ぴったりと密着した。ゆっくりと進む隊列は電車ごっこみたいに見える。身をかがめて歩調を合わせる。前方にバリケードが見えた。トンネルの下半分を埋めるように廃材が積み上げられている。

 

 急にトンネルの先で光が弾けた。緑に輝く曳光弾の束が闇を裂く。化け物の唸り声のような発砲音がトンネルにこだました。ストライカーだ、バリケードの上から撃ってきている。見つかった。思わずM4の背中に顔を埋める。見上げるとM1887のシールドに当たって跳ね返る曳光弾が見えた。甲高い音を立てながら跳弾した銃弾がそこら中を跳ね回る。シールドを掠めた弾丸が私の横を通り過ぎ、風圧で髪が揺れる。ストライカーのガトリングから放たれる銃弾の量は普通の機関銃の比ではない。三本の銃身がぐるぐる回転しながら私たちに向けて鉛の嵐を吐き出す。M1887の装甲は大丈夫だろうか、シールドがバチバチと火花をあげるのを見て不安になった。あれが貫かれたら私たちは蜂の巣だ。原型も残らないほどズタズタにされてしまう。

 

「SOPMODⅡ、FAMAS、グレネード。バリケードを潰しなさい」

 

 グローザの指示で隊列は一旦停止、FAMASが銃身にライフルグレネードを差し込む。SOPⅡと合わせてグレネードが山なりに発射された。シールドを飛び越えて数瞬後、まばゆい閃光と共にバリケードが吹き飛んだ。逃げ場のない爆音が反響して耳が潰れそうになる。その瞬間だけは銃撃が止んだ。だが、すぐに再開した。崩れたバリケードの後ろからイェーガーやその他の鉄血人形が姿を現わす。

 

「PK、PKP、左右に展開。制圧射撃。AR-15とM14はイェーガーを潰せ」

 

 グローザの鋭い声と同時に最後尾の機関銃手たちが盾の後ろから飛び出した。転がり込むようにトンネルの壁ぎりぎりに伏せる。そしてすぐさま射撃を開始した。今度はこちらから曳光弾の束が飛ぶ。間断ない支援射撃の下、縦隊も敵陣ににじり寄る。機関銃手の視界を通じてグローザが重要標的にマークを割り振る。これらのターゲットをこの順番で倒せとすぐに指令が飛んできた。

 

私はイェーガーの位置をリンクで確かめ、覚悟を決めた。身体を反らして上半身だけ盾から出すと同時に発砲した。銃口のすぐ脇から照射される赤外線レーザーが真っすぐイェーガーに伸びる。弾丸はイェーガーの銃のスコープごと彼女の頭を貫いた。他のイェーガーが私を捉える前に次の標的に発砲する。幸いなことに敵は機関銃の制圧射撃で怯んでいた。十字砲火の中にいる敵は動作が鈍いし狙いも甘い。反撃は明後日の方角に飛んでいくかシールドに弾き返されていた。M14と合わせてマークされた目標に次々と弾丸を叩きこむ。

 

「陣形変更、くさび形陣形に。フォーメーション!」

 

 敵の火力が弱まったと判断したグローザが陣形を変えるよう言う。私たちは盾の後ろから飛び出し、M1887とKSGを頂点とする三角の陣形を作る。私たちは左右に階段状に広がり、その末端を追いついてきた機関銃手たちが構成する。狭いトンネル内では横隊を組むことは出来ないが、縦に伸びた三角形をとることで全員が火力を前方に投射できる。私たちはゆっくり歩きながら残敵を掃討した。

 

暗視ゴーグルをつけているので味方の照射する赤外線レーザーが視界内をビュンビュン動き回っているのが分かった。レーザー兵器が飛び交う昔のSF映画の画面みたいだ、私は発砲しながらそんなことを思った。もちろん、飛び交っているのは昔ながらの鉛玉だ。でも、緑色の視界の中でレーザーが白くきらめいて、機関銃が吐き出す曳光弾がキラキラ輝いて跳ね回る、それはなんだか現実離れした光景だった。殺し合いの中だというのに幻想的だと思った。今までの戦いも全部夢だったらいいのに。起きたら指揮官の腕の中、怖い夢を見たと慰めてもらって、一緒に笑い合う。引き金を引きながら現実逃避じみた空想に浸った。

 

私たちは金属製の大きなゲートの前に到着した。行き止まりだ、どうするのか。私は情報部の人形たちがまだ息のある鉄血人形にとどめを刺していくのを眺めていた。

 

「M1887、ゲートを開けて。この先がD6よ」

 

 グローザがゲート近くの操作盤を指差してM1887にそう言った。鉄血規格の機器を操作できると言っていたが、このために連れてきたのだろうか。情報部の人形たちを見まわす。グローザはもとより、彼女たちも練度が高い。射撃も精確で判断も的確だった。彼女たちと敵対するのは避けなければ。一人じゃ勝ち目がないし、AR小隊全員で当たっても勝てるかどうか。被害が出るのは確実だ。それに今の関係では私と指揮官のために仲間が戦ってくれるとも思えない。直接対決は絶対にだめだ。今は従う他ない。

 

 ゲート上の赤い回転灯が灯り、地響きを立てながら鋼鉄の扉がゆっくりと左右に開きだす。陣形を崩していた私たちは思い思いの場所で構えていた。徐々に開いていくゲートの中心に人影が見えた。白い髪、黒いジャケット。両手に拳銃を持ち、胸の前で腕をクロスさせていた。ぶるりと身体が震えた。あれはハンターだ、またエリート人形。重要な施設ならば指揮官がいるのも当然だ。考えるよりも先に身体が動き、彼女に照準を合わせる。

 

 全員が一斉に射撃を開始した。発砲炎がカメラのフラッシュを焚いたようにトンネルを照らす。ハンターはそれよりも先に地面を蹴って跳躍した。天井まで達すると身体を翻して天井を蹴って跳ね返った。そして私たちの中に割って入るとKSGの隣に着地した。目にもとまらぬ早業で誰も照準が追い付いていない。スコープを覗いていた私は彼女の姿を完全にロストし、捉えなおした時にはハンターはもう発砲していた。ハンターの銃口から緑色の光が流れ出る。KSGはとっさにシールドをそちらに向けて防御しようとした。だが、緑にぼーっと光る線がシールドも容易く貫いた。スケアクロウのビットが放つ光線よりも太い。シールドの着弾した部分はドロドロにとろけ、KSGの左腕がこそぎ取られていた。

 

「このクソ!」

 

 KSGの近くにいたヴィーフリが叫びながら発砲する。私たちもハンターに照準を合わせているが撃てなかった。懐に飛び込まれたことで射線に味方が被る。グローザが素早く互いの射界を計算し、射線上に味方のいないヴィーフリに射撃指示を出したのだ。ハンターはほんの少し身体を反らしただけで全弾回避し、ヴィーフリに銃口を向けた。光線が彼女の銃のマガジンとグリップを指と手首ごと溶かした。もう片方の拳銃も火を噴き、ヴィーフリの腹部を撃ち抜いた。

 

 その間に私たちは散開し、ハンターへの射撃を再開した。ハンターは横っ飛びでそれを回避するとゲートへ向かって突っ走った。早すぎて視界に収められない。次の瞬間にはもうハンターはゲートを飛び越え、闇の中に消えていた。

 

「中に入ってこい、グリフィンのゴミ共。地獄を見せてやる」

 

 ハンターの声が響き渡る。闇の中からこだましたその声はまさに地獄からの呼び声のようで、私はすっかり震えあがっていた。私たちの銃弾が一発も当たっていなかった、あんなのと戦うのか、無理だ。ポテンシャルが違いすぎる。銃弾を避ける人形なんてグリフィンには居やしない。まさかあの人形は銃弾より早く動けるのか?そうだったら私たちに勝ち目なんてない。あれを深追いするのは自殺行為だ。殺されてしまう。逃げないと。

 

「ひいいいいい!私のお腹が!溶けてる!死にたくない!誰か助けてよお!」

 

 仰向けに倒れたヴィーフリが悲鳴を上げていた。彼女の傷を見て血の気が引いた。皮膚と内蔵が熱線に溶かされてとろみのついたスープのようになっている。露出した骨格に皮膚が焦げ付いて凄惨極まる。彼女は傷口を抑えた手のひらに自分の溶けた皮膚がへばりついているのを見てパニックになっていた。グローザが彼女にスタスタと近づくとトンネルに響く勢いで平手打ちを食らわせた。

 

「慌てるな。人形はそれくらいじゃ死なないわ。別に痛みを感じてるわけでもないでしょう。KSG、ヴィーフリを後送しなさい」

 

「りょ、了解」

 

 KSGも肘から先を溶かされてショックを受けているようだったが、淡々と命令するグローザの声で我に返り返事をした。そしてヴィーフリの襟を片手で掴んで引きずり始めた。

 

「これよりD6に進撃する。ハンターを仕留めるわ。大所帯だと閉所ではかえって的になる。AR小隊と私たちに隊を分けるわ。中にいるものはすべて射殺すること。ハンターを見つけたらすぐ報告して」

 

「……正気?あれに勝つつもりでいるの?」

 

 思わず考えが声に出た。あのエリート人形と、しかも閉所でやり合うなんて正気の沙汰じゃない。勝てるわけない。怖気づいた私はどうしても中に行きたくなかった。グローザは冷たい視線を私に投げかける。

 

「もちろん。それが命令だから。あなたに抗命の権利はないわよ。人形は人間に命令されたらどんなことだってやり遂げないといけない。忠誠か死か、異論はないわね?出発する」

 

 有無を言わせない彼女の口調に頷くしか出来なかった。そして私たちは闇の中に足を踏み入れたのだった。恐怖と戦いながら。

 

 

 

 

 

 D6の内部は無機質で人間味を感じられないデザインをしていた。灰色の壁で構成された迷路のようで直角の曲がり角ばかりだ。丸みを帯びたものなど存在しないように見える。赤い薄明かりがぼんやりと内部の輪郭を映し出す。人間がいれば潜水艦の中にいるような錯覚を覚えるだろう。天井にはめ込まれていた通風孔の蓋が落下し、鈍い音を立てた。ダクトを這いずってきた416が着地する。

 

「45、侵入したわ。AR小隊の先回りをする形になったわね」

 

『分かった。向こうもD6の中に入ったみたいね。それほど離れてないわ』

 

「一つ聞くけどあんたは地上にいるのよね?なんで私と普通に通信できてるのよ」

 

『地下鉄の通信網が生きてたのよ。戦前の携帯電話用の回線を再起動して使ってる。SOPMODⅡの位置情報もこれで送らせてるわ』

 

「それ、グリフィンの連中には言ってやらなかったのね」

 

『聞かれなかったからね。聞かれてもそれは別料金よ。言ってやればよかった?あんたにも助け合いの精神が芽生えたのかしら』

 

「んなわけないでしょ。安心してるのよ、自分の指揮官が金に汚いくそったれって分かったから」

 

 軽口を叩きながら416は周囲を警戒する。敵影はなく、物音もしない。416はAR小隊を隠れて付け回し、別の侵入ルートを発見した。狭いダクトを這いずりながら闘志はメラメラと燃え上がっていた。この大舞台のために生まれてきたような気さえした。頭の中はAR小隊を出し抜いて、彼女たちより自分が優れているところをUMP45に見せつけることでいっぱいだった。

 

『416、施設のシステムに侵入できる操作パネルを探して。乗っ取れるかもしれない』

 

「あんたと違って私には電子戦能力はないわよ。そんなものなくても完璧だから。鉄血規格への侵入は出来ない」

 

『あんたにやってもらおうとしてるわけじゃないわ。私がやる。あんたの中に仕込んだ私のダミープログラムを操作して勝手にやるから』

 

「ちょっと……!いつの間にそんなもの入れたのよ」

 

『あんたを小隊に加えた時から。敵地にいるんだから黙って仕事しなさい。夜泣きとかしないでね、子どもをあやすとかしたことないから』

 

「最初からじゃない……ぶっ殺すわよ、この……」

 

 416は口では文句を言いつつ言う通りにした。45の指示に従って失敗したことはないし、きっと必要なことなんだろう。すぐ納得すると手近な操作パネルを見つけて接続を開始した。I.O.Pと鉄血の技術体系はまったく異なる。I.O.P製の普通の人形には鉄血のシステムへの侵入能力などない。だが、416は特に気にしなかった。UMP45の手腕を疑うことを知らなかったのでどうでもいいことだった。

 

『侵入した。いつも通りウイルスだらけね。あんたのシステムを書き換えたり、メンタルを焼き切ったりしてくるようなトラップばかりよ。経験のない人形はまんまと罠に引っかかるのよね。どう?私に命を預けてる気分は』

 

「どうでもいいから早く終わらせなさいよ」

 

『416ちゃんに信頼してもらえて嬉しいわ。もう終わった。施設の監視カメラを覗き見れる。あんたも敵に見られてる』

 

「じゃあぶっ壊しておいた方がいいんじゃないの?」

 

『待ちなさい、まだ使えると思うわ。敵はAR小隊とOTs-14の隊を排除するために向こうに主力を差し向けてる。でも、あんたの方にも少し来るわよ。角から二体』

 

「舐められたものね、叩き潰す。敵の本拠地はどこ?」

 

『司令センターだと思うわ。適宜案内する』

 

 416はパネルから離れて銃を構えた。サイトを覗きながら早足で前進する。走り込んでくる足音が聞こえた。曲がり角からリッパーが姿を現わす。それと同時に赤い血が壁に飛び散る。リッパーは頭を撃ち抜かれて勢いよく床に這いずった。二体目は照準を合わせずに銃撃しながら角を飛び出した。それも額に穴をあけられて一瞬で絶命した。416は死体の胸に確かめるように銃弾を撃ち込むと無造作にまたいで前進した。

 

 416の胸には怒りも憎しみも恐怖もなく、無感情な冷徹さだけがあった。ひとたび戦闘に入ればそれは揺るぎない。彼女は感情を切り離して戦闘機械に徹する能力があった。完璧であるためにはそれが必要だと思っていた。

 

 次の曲がり角に到着した時、敵の足音を感じ取った。416は壁に張り付いて角の際で待機する。敵は角の向こうをゆっくり歩いていた。敵は警戒するようにそっと角から銃身を出す。銃が半分以上露出した瞬間、416は思いっきりそれを蹴飛ばした。敵はバランスを崩して銃を取り落としそうになる。416は前のめりになったその脳天を撃ち抜こうとしたが、敵は銃を捨てて416に掴みかかった。銃身を掴み、416の胸に銃のレシーバーを押し付ける。416は銃を奪い返そうと敵を壁に叩きつけた。もうろうとする相手にさらに頭突きをお見舞いすると銃を掴んだ手が緩んだ。もう一体鉄血人形が角から飛び出して416を狙う。だが、416が敵を盾にすると彼女は発砲をためらった。416はすぐさま拳銃を引き抜き、腕は伸ばさず手首の動きだけで狙いを合わせて発砲した。弾丸は二体目の目を貫いた。彼女が崩れ落ちるまでの間に416はもつれ合っている相手の膝を撃ち抜いた。416の銃から手を離して跪いた敵のこめかみに拳銃を当て、頭を吹き飛ばした。倒した相手に一発ずつ撃ち込むと拳銃をホルスターにしまい込んだ。416は何事もなかったかのようにライフルを構え直すとさらに前進した。

 

『鉄血もあんたのことが気になりだしたみたいね。左の角から五体来る』

 

 UMP45の声を聞いて416はすぐに手榴弾を手に取った。耳を澄ませて敵の靴が床を打つ音を聞く。シミュレートした最適距離まで敵が来るとピンを外した。二秒待ってから身を乗り出さずに手榴弾を放った。壁に当たって跳ね返った手榴弾は敵の一団の頭上に飛んだ。時限信管が四秒きっかりで炸薬に点火、破片が敵に降り注いだ。破片は四肢を引き裂き、身体を貫いた。416は血まみれで横たわる人形たちの頭を流れ作業のように撃ち抜くと一瞥もせずに先に進んだ。

 

 入り組んだ通路を越えて416は居住区画と書かれた場所に場所に出た。今までより多少広々としているが廊下は相変わらず無機質だった。

 

『あんた大人気ね。鉄血の主力が引き返してくる。大集団よ、あんたを挟み撃ちにして殺すつもり』

 

「で?どうすればいいの。考えがあるんでしょ」

 

『連中は監視カメラを頼りにあんたの位置を把握してる。映像に細工するわ。偽のあんたを追い詰めたと思ったところをボン!名案でしょ?場所は……そうね。食堂がいいかな』

 

「単純ね。分かった、すぐに準備する」

 

 物々しい自動ドアを越え、416は食堂に入った。開けた空間に飾り気のないテーブルとイスが並んでいた。416はカウンターを飛び越えてキッチンに走った。使われなくなって久しいのか埃被った調理器具が並んでいる。416が確認したのはガスキャビネット、一度に大量の料理を作るために多くのコンロが設置されている。つまみを捻ると火がついた。まだガスが供給されている。416はほくそ笑むとキャビネットをこじ開けて、ガス供給管を怪力で引きちぎった。

 

「45、ガスの供給量を操作できる?ここに充満させたい」

 

『そこまでしろとは言ってないけど……まあ出来るわ』

 

 パイプからガスが漏れる音が聞こえ始めた。シューシューと音が次第に強くなる。416はその場を離れ、近くの部屋に入った。仮眠室と素っ気なく書かれたその部屋は広く、何十ものベッドが並べられていた。416はハンドガード下のグレネードランチャーをチェックする。砲身を左にスイングさせて薬室を見た。中には40mmグレネードが収められている。砲身を戻し、安全装置を再確認。左側面に取り付けられたランチャー用の照準を立てる。

 

『416、敵が来た。二十体以上いるわね。二部隊が食堂前で合流、中に入っていくわ……全員中よ』

 

 416は即座に部屋を出て食堂に走った。自動ドアを開けると鉄血人形たちがひしめいていた。明かりに群がる羽虫のように416の幻影に引き寄せられてここまでやってきたのだ。みな一様にキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「燃え尽きなさい、最後の一呼吸が終わるまで」

 

 ランチャーのトリガーを引いた416はすぐにドアから飛び退く。炸裂音の後にD6全体を揺るがす地響きがした。炎が噴流となってドアをぶち破る。熱風と風圧に416も思わず顔を腕で覆った。噴き出した炎によって廊下の温度は急上昇し、オーブンの中にいるようだった。少しやりすぎたかも、416は顔を歪める。爆炎が躍っていたのはほんの数秒で、失った空気を取り戻すように食堂に向けて吹き返しの風が吹く。416の髪が吸い寄せられるようにたなびいた。

 

 火災報知器のサイレンが鳴り響き、スプリンクラーが水を噴射し始めた。ずぶ濡れになって顔に髪を張り付かせた416が食堂の中に入る。中には黒焦げになった鉄血人形の死体がそこら中に散らばっていた。水を浴びてブスブスと黒い煙を上げる。遮蔽物に身を隠すか、仲間の人形を盾にした何人かはまだビクビクと震えていた。416は一体一体頭に弾丸を叩きこんで処理する。最後の一体に差し掛かろうとした時、手を止めた。

 

「こいつ鉄血人形じゃないわね。見たことない。I.O.P製?何でこんなところに。45、照会できる?」

 

 丸焦げの死体の下からその人形が引きずり出される。かろうじて爆炎の直撃を避けられたのか焼け死んではいない。服は黒焦げ、皮膚は火傷まみれで痛々しい。真っ黒になった髪に一部だけ金色が混じり、元々の髪色を想像させた。416は死体を蹴り飛ばし、その人形の銃を拾い上げた。曲線を多用した未来的なデザインのブルパップ式のアサルトライフルだ。

 

『そいつはF2000、グリフィンの戦術人形よ。陽動部隊のリストにはないわね。グリフィンの人形が鉄血と何をしてるのかしら。裏切り?』

 

「本人に聞けば分かることよ。起きなさい」

 

 416は銃床で思いっきりF2000の頬を殴りつけた。衝撃にF2000はかっと目を見開く。焼け焦げた部屋と銃口を彼女に向ける416を見て状況を悟ったのか慌てて声を発した。

 

「げほっ!げほっ……!お願い、撃たないでください……違うんです、私はグリフィンの敵じゃない……」

 

「ならどうして鉄血と一緒にいたのよ。あんたグリフィンを裏切ったの?それともガワを似せてるだけで中身は鉄血人形なのかしら?」

 

 416がさらに銃を突き付けるとF2000は首をぶんぶん振って泣きそうになりながら叫んだ。

 

「違うんです!私は裏切ってなんかない!みんなを殺したくもなかった!でも……でも、逆らえないの……鉄血に何かされたんです。私のせいじゃない……絶対何かされたんです、絶対そうだ……命令が送られてくると実行してしまうんです、私の意志に反して。だから、ビーコンを起動してしまったんです。基地の場所を鉄血に教えてしまった……それでみんな死んじゃった……仲間も指揮官も……私のせいで……」

 

 急に泣き出したF2000を前に416は訳が分からず眉をひそめた。

 

『ははぁ、読めてきたわよ。こいつはFOB-Dの生き残りね』

 

「FOB-D?何のことよ」

 

『鉄血に襲撃されて全滅したグリフィンの前線基地よ。最近グリフィンの指揮官が死んだところと言えばあそこしかない。その基地の人形が一体行方不明のままだって噂で聞いた。そいつがそうなんでしょうね。なるほどね、基地の中に鉄血のスパイがいたのか。分かってきたわ、なぜグリフィンが陽動部隊の撤退を許さず、私たちに撃たせるのか。仲間がおかしくなったというトンプソンの言葉も』

 

「ふん、今はどうでもいいことよ。こいつはどうする?連れて帰るべき?」

 

『OTs-14が言っていた、中で遭遇したものはすべて射殺しろと。このためだったのね。グリフィンの目的はそいつの救出ではなさそう。命令通り殺しなさい。それと416、あんたの方にハンターが向かってきてるわ。ずいぶん怒ってるみたいよ』

 

「そういうことは早く言いなさいよね、まったく。じゃあ、悪いけどここで死んでくれる?」

 

 UMP45と話している間はころころ表情を変えていた416の顔が無表情に戻る。F2000に銃口を向けたまま引き金に指をかけた。F2000は顔を青くして必死に懇願する。

 

「やめてください!私は裏切ってません!敵じゃないんです!鉄血に操られていただけで……!グリフィンで治療してもらえばきっと治るはずなんです!だから殺さないで────」

 

 416は命乞いを最後まで聞く意味がないことに気づき、引き金を引いた。弾丸に頭を貫かれたF2000はぐったりとして動かなくなった。貫通した銃創から血が染み渡る。スプリンクラーのまく水が血だまりを薄めて広げていった。416はグレネードを再装填すると食堂を出た。

 

『416、もうすぐハンターが来る。鉄血のエリート人形は手強い。逃げてもいいわ。あんたの判断に任せる』

 

 UMP45がトーンを変えてそう言った。いつものニヤついた顔ではなく、真剣な表情をした彼女を想像して416は首をひねった。なんでそんなことを、いつもはあれしろこれしろと有無を言わせずに命令してくるくせに。こっちの判断に任せてくるなんて珍しい。どういうつもりよ。まさか私の能力を疑ってる?私がハンターに勝てないと踏んでるのか。416は思わず歯噛みした。私を見損なうな、45。私は完璧よ、不可能なんてない。誰が相手でも打ち倒す。あんたに見せてやる、私の力を。

 

「ハンターを倒すわ。私は逃げない。完全無欠よ、敵う相手なんていないわ」

 

『そう。ハンターの脅威は機動力よ。普通にやったら銃弾は当たらない』

 

 UMP45の声を聞きながら416はマガジンを弾き飛ばし、新しいものに交換した。ホロサイトを覗いて待ち構える。スプリンクラーは相変わらず水を噴射し続けており、廊下は濃霧に包まれているようだった。

 

「やってくれたな、グリフィンのクズが。おかげで計画が台無しだ。好き放題やりやがって。スクラップにしてやる」

 

 ハンターが声と共に角から姿を現わした。416は言い終わらない内に発砲した。ハンターはわずかに身体を反らして回避する。力を誇示するように一歩一歩ゆっくりと416に近づく。416が狙いを変えて小刻みにバースト射撃をすると最小の動きで弾丸を避ける。416は舌打ちし、フルオートで弾丸を薙ぎ払うようにばら撒いた。ハンターは地面を背に飛び上がり、弾丸の一閃をかわす。飛びながら416に対して拳銃を向けた。その弾道を予測した416は横に転がってすんでのところで逃れる。銃撃が意味をなさないことをすぐに悟った416はハンターの真下に向けてグレネードを発射、ハンターはバク宙して引き下がり飛び散る破片を避ける。416はハンターに背中を向けて全力で後退、先ほど隠れていた仮眠室に飛び込んだ。

 

『416、どういうつもり?逃げるにしても閉所に入るのはやめなさい。退路がないわ』

 

 UMP45の声に焦りが混じる。敵と対峙してるのは私だというのに何であんたが焦ってるのよ、416は不思議に思った。

 

「逃げてないわよ。ハンターはこっちの銃口を見て回避行動を取ってる。私と同じね。運動性能が少し高いだけで、銃弾より早く動けるわけじゃない。ならやりようはある」

 

 仮眠室の中はスプリンクラーが起動しておらず乾いたままだった。縦横に白いベッドが敷き詰められている。416は部屋の中心にあるベッドを目指した。ぐっしょり濡れた靴がコンクリート製の床に足跡を残す。縦列を真っすぐ歩いて目的のベッドに達した後、ランチャーから空薬莢を取り出してその場に落とし、新しい弾を装填する。それからつけた足跡とぴったり重なるように後ろ歩きでベッド二つ分引き返した。跡を残さないように一瞬でベッドの下にもぐる。

 

『止め足ね。古典的だこと』

 

 UMP45のため息が聞こえた。止め足は野生動物の技術で、追跡された動物が自分の足跡を踏みながら後退し、足跡のつかない藪などに跳躍して別方向に逃げることだ。追っ手は足跡が突然消えたように錯覚する。416の意図は自分の位置をハンターに誤認させることだった。足跡と空薬莢から二つ先のベッドに隠れているとハンターは思い込むはず、416はそれに賭けた。

 

「臭うぞ、臆病者の臭いだ。かくれんぼのつもりか、情けない奴め。出てこい」

 

 ハンターがドアを開けて部屋に入ってくる。ひたりひたりと416の足跡を辿っていた。416は息を潜め、近づいてくるハンターを待った。ハンターは足跡の途絶えた場所を見ると失笑し、歩きながらそのベッドを撃ち抜いた。何発か撃ち込まれて煙を上げるベッドに死体を確認するため近づいていく。すでに獲物を仕留めたと思ったのか油断し切っていた。周囲を警戒していない。ついに416の横に通りかかる。416はその足首に狙いをつけて撃ち砕いた。片足首を失ったハンターはガクンとのけ反る。反応される前に416はベッドを持ち上げてハンターに叩きつけた。ハンターはとっさに両手でベッドを受け止める。416は無防備なハンターに対して発砲、弾丸は易々とベッドを貫く。予想外の反撃にハンターはベッドを捨てて飛び退いた。片脚では上手く飛べないのか転がり込むような形でドアに向かっていく。416は続けざまにトリガーを引く。ハンターの背中や腕に何発も着弾した。四つん這いになったハンターはそれでも俊敏に動き、ドアを抜けて廊下に出た。視界から消えそうになったハンターに対して416はグレネードを発射、爆風がハンターを包んで見えなくなった。マガジン交換とグレネードの再装填をしながら慎重にハンターの血痕を辿る。ベッドを貫いた弾はしっかり命中していたようで飛び散った血が他のベッドも汚していた。廊下にはハンターの左腕が千切れて転がっていた。追跡する416の行く手を阻んだのは防火扉だった。自動で廊下を封鎖し出している。

 

「チッ……あいつ逃げやがったわ。45、この扉開けられない?」

 

『ハンターに動作系を破壊されたわ。操作できない。あいつはたぶん司令センターに向かった。迂回路を指示する』

 

「絶対に仕留めるわ。エリート人形も私の敵じゃない。大物狩りよ」

 

 416は胸をワクワクさせてニヤリと口角を上げた。これで私の価値を証明できる、45にも人間どもにも。ついに私は必要とされる存在になるのよ、416は褒め称えられる自分の姿を思い描いた。

 

 

 

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