死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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紹介し忘れてたけど11話投稿当日(!)にスオミちゃんがイラストになりました!見て!
https://twitter.com/taranonchi/status/1130083984220672000


死が二人を分かつまで 第十二話後編「We Are Not Things」

 ハンターを追跡していると、D6を揺るがす爆発音が聞こえた。私たちは状況確認のために居住区に向かった。その途上でいくつも鉄血の死体を見かけた。一体誰が、グローザの隊は別ルートを進んでいるはず。スプリンクラーの噴射を浴びながら食堂と思しき場所に着いた。二十体ほど黒焦げの焼死体が転がっている。混乱する私たちの前に人形が姿を現わした。416だった。ずぶ濡れの彼女は猛禽類のような眼光で私たちを見ている。

 

「あなたは404小隊の……?どうしてここに?」

 

 M4が混乱半分で尋ねる。416は表情を変えずに答えた。

 

「たまたま迷い込んだのよ。それよりハンターを追うわ。機動力を奪って深手を負わせた。もうすぐ殺せる、私の獲物よ。あんたたちもついてきなさい、司令センターに向かう」

 

 ブリーフィングルームで会った時とは打って変わって冷静な声だった。ほとんど感情を見せない。それに彼女は何と言った?ハンターに深手を負わせた?一人で?信じられない。さっきの戦闘では一瞬で二人やられて傷一つ付けられなかったのに。私もいつハンターと遭遇するのかビクビクしていた。416は無傷であの化け物を追い詰めたのか。彼女の事前情報と違い過ぎる、態度も合わせて別人みたいだ。

 

 私たちは彼女の先導で司令センターに向かった。大きな部屋で壁面に巨大なスクリーンがはめ込まれている。スクリーンと平行に何列かデスクが並べられ、小型のモニターがその上にいくつも置かれていた。薄暗い部屋にいきなり明るい照明が灯った。ハンターの姿が浮かび上がる。片腕が無く、服には血がにじんでいる。ハンターの左右に四体人形が並んでいた。量産型の鉄血人形じゃない。みんな姿形が違う。私は言葉を失った。たぶん仲間も同じだった。見知った顔がいたのだ。あれはガーランドとBAR、S09地区で救助した部隊の。どうしてここに。なぜハンターといる。何をする気だ。答えの出ない疑問が渦巻く。

 

「お仲間同士殺し合うといい。行け!」

 

 ハンターが私たちを指差し、横の人形たちも動いた。ハンターを守るように彼女の前に展開した。みんな一様に泣きそうな顔をして。そして私たちに銃を向けた。許しを懇願するような顔だった。嫌でも気づかされた。これは彼女たちの意志じゃない。ハンターに操られている。彼女たちを肉の壁にする気だ。理性が撃つべきだと命じてくる。だが、S09地区での思い出が浮かんできて引き金にかけた指を動かすことを阻んだ。ガーランドとは並んで狙撃を行い、肩まで叩いた。とても撃てない。固まっていると彼女たちはこちらに銃撃を浴びせてきた。私たちは反撃も出来ないままデスクに隠れる。

 

だが、416だけは違った。何の躊躇もなく一人を撃ち殺した。すぐさま次の目標に照準を合わせようとする。ほとんどパニック状態のM4が飛びかかって416の銃を押さえた。

 

「待って!あれは敵じゃない!何か事情があるのよ!操られてる!助けないと!」

 

 感情的になって叫ぶM4を416は不愉快そうに一瞥すると鼻っ面に肘を叩きこんだ。M4は顔を押さえてへたり込んだ。そして416はランチャーのトリガーを引いた。ガーランドの足元でグレネードが炸裂し、彼女たちは吹き飛ばされた。破片と引きちぎれた四肢が飛び散る。ハンターはそれを呆気に取られて見ていた。416はすぐさまハンターの胴体に発砲、ハンターは避けられずもろに食らう。416はマガジン全弾撃ち込んだ後、拳銃を引き抜いた。撃ちながらハンターに近づいていく。拳銃も一弾倉分すべて叩きこみ、スライドが後退したまま固定された。ハンターはよろよろと後ろに下がり、壁にぶつかってずり落ちていった。血で壁に太い線が描かれる。416は弾倉を込めながらそれを見下ろしていた。

 

「なんなんだお前……お前のことはデータになかった。グリフィンの隠し球か……」

 

「違う。私はグリフィンじゃない。404小隊よ。あんたを殺すわ」

 

「お前なんか知らん。ふっ……だが、無意味だ。お前たちがここで何をしようと何の意味もない。私の死すら……」

 

「なら意味をくれてやるわ。私の名を記憶して死になさい。HK416、お前を殺した人形の名よ。他のクズどもにも知らせなさい」

 

 416はナイフを手にハンターの前髪を掴んで引き寄せた。そして後頭部にナイフを刺し入れ、頭蓋骨を叩き割ろうと何度も力を込めて刃をぶつけた。何をやってるんだ、あの人形は。猟奇的過ぎる。インディアンには倒した敵の頭の皮を剥ぎ取って戦利品として持ち帰る文化があったという話を思い出した。私たちは茫然と416の作業を眺めていた。彼女は表情一つ変えずナイフをゴリゴリと動かして、髪と皮膚ごと頭蓋骨を切り出し、後頭部に開いた穴に手を突っ込んだ。416は踏ん張ると一気に何かを引きずり出した。血まみれの手にはハンターのメモリが握られていた。彼女は誇らしげにそれを見つめる。

 

「これは高く売れるわね。エリート人形のメモリよ、それも無傷の。ハンターは私一人で殺した。あんたたちは何もしてない。私が持ち帰って売り払う、文句ないでしょ」

 

 私たちは誰も答えなかった。吐き気がする。SOPⅡだってあんなことはしないぞ。化け物だ、私は416が怖かった、ハンター以上に。

 

 私たちは416に吹き飛ばされた人形たちのもとに行った。まだみんな生きていてピクピクと震えている。直撃を受けたガーランドは上半身だけになっており、とめどなく血が溢れていた。私はそれを見て腰が抜けてしまい、その場に尻もちをついた。彼女も私に気づいたのか目から涙をこぼした。

 

 その時、司令センターのドアが開いてぞろぞろと人形が入って来た。グローザの隊と頭に両手を当てて降伏している人形たちが五人。銃を突き付けられて歩かされていた。そこにも見知った顔がいた。MG3だ。撃たれたのか脚を引きずっている。

 

「ハンターを倒したのね。HK416、勝手な行動を。でも、素晴らしい戦果よ。前評判よりずっと強いのね。グリフィンに欲しい人材だわ。こいつらを壁際に並べなさい。そこで寝てる連中も」

 

 情報部の人形たちが彼女たちを蹴り飛ばしたり、銃床で殴ったりしてハンターの死体がある壁際に追い立てる。床でうごめいているBARたちも引きずられていった。BARは右腕が無かった。416はガーランドを見下ろしていた。

 

「こいつは?」

 

「そうね……殺していいわ。どうせ全員殺すのだし」

 

 グローザは少しだけ迷うと小声でそう言った。全員殺すだって……?私は耳を疑った。へたり込んだまま動けない。ガーランドもその言葉を聞いて私の方に這いずってきた。

 

「た、助けて、AR-15さん……まだ死にたくない……味方に殺されて死ぬなんて嫌……お願い、指揮官のもとに返して……私は敵じゃない……」

 

 416はガーランドの背中を踏みつけ、銃口を頭に向けた。彼女は確かめるように三発も撃ち込んだ。ガーランドの頭が弾け、血が飛んで私の顔に付着する。目の前の光景が信じられず数秒固まってから慌てて血を拭った。なんで、なんでこんなことをするんだ。ひどすぎる。彼女たちの意志じゃないことは明白だったのに。どうして、どうして。

 

「まったく、こんな連中と比べられてたとはね。怒りを通り越して呆れるわ。なんて無様な連中なのよ。この程度のことで戦意を喪失して何もできないなんて。立て、無能。立って戦え」

 

 416は吐き捨てるようにそう言うと壁に並べられた人形たちの方に向かった。私も銃を支えに立ち上がり、追いすがる。固まっていたM4はグローザのもとに走り寄って行った。

 

「どういうことなのよ!この娘たちは何!どうして殺すのよ!一体何が起きてるのよ!」

 

 M4が食ってかかる。悪い予感しかしない。胸がショックで軋んでいる。きっとやめさせることは出来ない。私たちにはどうすることもできないんだ。

 

「そんなぁ……ガーランド……どうして……」

 

「よせ、殺すな!私たちは敵じゃない!降伏した!操られていただけなんだ!」

 

 BARがガーランドの亡骸を見てすすり泣き、両手を挙げたMG3が叫ぶ。グローザは彼女たちを顎で指し示すとM4に言った。

 

「彼女たちは鉄血のスパイよ。最近のグリフィンは敗北続きで、これは情報漏れによるもの。噂にもなっていたから知っているはずよ。最初はFOB-D、通信の周波数が漏れ、基地の位置もバレていた。次にS09地区、ここでもジャミングを食らった。防衛拠点もすべて把握されていた。その後、前線後方の街にも浸透された。あなたたちが討伐した小部隊のことよ。グリフィンの防衛体制は骨抜きにされていた。明らかに鉄血に味方する内通者がいた。私たち情報部も手をこまねいていたわけじゃない。前線の人形部隊をいくつかのグループに分け、それぞれ微妙に異なった情報を開示してどれが漏れるか監視していた。何度も繰り返すうちに疑わしい部隊をある程度特定できた。この部隊には共通点が、どの部隊にも戦場で一時的に行方不明になった人形が混じっている。この時点では憶測の域を出なかった。メモリを精査しても証拠が見つからない。S09地区であなたたちが回収した人形たちのおかげで確信に変わった。BAR、M1ガーランド、MG3のことよ。AR-15、あなたも違和感を覚えたと言っていたでしょう。建物や周囲に激しい戦闘の痕跡があるにもかかわらず、彼女たち自身には傷一つない。おかしいわ。孤立していたのだから修理を受けられるはずがないし、服を替えることだって出来ない。彼女たち自身は何があったか覚えていない。鉄血に敗北し、捕縛され、改造されて元通りの状態であの場所に戻された。そうとしか思えない。これで鉄血にはグリフィン内にスパイを送り込む意図があることが明確になった。彼女たちは汚染されている。あなたたちが露営地から進撃した際、街に敵がいなかったのもスパイを無事に回収させるためだったと推測するわ。FOB-DにいたF2000も情報部に所属する以前に戦闘で消息が絶えたことがあったのよ。何日か経って戦線に復帰したけれど。鉄血はずっと前からスパイを送り込んでいた。これでかつて行方不明になった人形たちはすべて容疑者となった。グリフィンは隔離のため容疑人形だけで構成された部隊を編成した。上で戦っている陽動部隊のことよ。全員がスパイとは限らないかもしれない。でも、見分けがつかないのよ。スパイにはスパイだという自覚がない。自分はグリフィンの人形だと思ってる。でも、鉄血のために動くのよ。多少の犠牲は仕方ないわ。すべて排除しなければならない」

 

 グローザは抑揚なく一気に語った。M4は訳が分からないという風に口を開けて固まっていた。私も理解したくなかった。

 

「それよりF2000はどこだ。あいつを探しに来た」

 

 PKPが人形たちに銃を向けながら言った。かなりイラついているようだった。

 

「そいつならもう殺したわ」

 

 416が平然とそう言った。

 

「チッ……ワタシが殺したかったのに。あいつのせいで仲間がたくさん死んだ」

 

 PKPは不服そうに口をへの字に曲げて人形たちに向き直った。グローザは無表情のままさらに続ける。

 

「今回の作戦の目的はスパイを一網打尽にすることにあった。M1887が鉄血のネットワークでD6にF2000がいるという情報を見つけた。ここで捕獲された人形の改造が行わるらしいわ。私たちがF2000を救出しに来るという偽の情報を流し、作戦を開始した。ハンターは見事に引っかかってくれたわ。私たちが発砲をためらうと思って陽動部隊の中のスパイ人形を離反させてD6に増援に向かわせた。予めつけておいた発信機でD6の位置を特定できた。D6も発見でき、スパイも一掃できる、一石二鳥の作戦ね」

 

「でも……でも殺すことないじゃない!彼女たちは操られているだけなんでしょう!治療してあげればいい!彼女たちは被害者よ!」

 

 M4の叫びが部屋に響き渡る。目の前で自分たちを殺すか殺さないかを議論されている人形たちは震えながらM4のことを見守っていた。

 

「そうかもね。でも、これは一種の見せしめなのよ。グリフィンにはこの手は通じないと鉄血に示す。そして綱紀粛正のためでもある。作戦名のデチマティオとはラテン語で十分の一刑のこと。この刑罰は古代ローマで軍団の統率を取り戻すために行われた。兵士の十人に一人が抽選で選ばれ、残りの九人がその一人を撲殺する。残虐な刑罰によって緩んだ指揮統制を回復する。同じことよ、グリフィンも粛清によって態勢を立て直す。抽選で選んだわけじゃないけど、上の部隊とここにいるスパイたちが貧乏くじを引き、私たちが死刑を執行する。そういう作戦なの」

 

「そういうことだ。鉄血に捕まるくらいなら自決しろ、ワタシならそうする」

 

 PKPは銃のレバーを引き、薬室に弾薬が装填されているか確かめた。壁に並べられた人形たちを銃殺する気だ。人形たちもそれを悟り、泣きわめきながら命乞いを始めた。グローザも、PKPも、PKも、M1887も表情を変えることはない。FAMASとM14は少し不安そうだったが人形たちに向けた銃をおろさなかった。元からこうなることを知っていたのだ。

 

「M14!M14でしょ!ねえ!私のこと覚えてるでしょ!BARだよ!同じ部隊にいた!お願い助けてよ!」

 

「えっ、誰……?私、知らない……」

 

 BARは情報部の中からM14の姿を見つけると必死に訴えかけた。顔面蒼白で怯えている。M14は当惑して目を泳がせた。

 

「ああ、そうか。M14はS09地区で死んだ人形だったわね。あなたやM1ガーランドと同じ部隊にいた。何の因果か復元されて元の部隊の人形に銃を向けている。でも、安心しなさい。M14に元の記憶はないし、あなたは鉄血に汚染されている。大人しく死んで復元されなさい。それがあなたのためにもなる」

 

 グローザの優しげな口調にBARは絶望の表情を形作った。目尻に涙を浮かべてM14を見つめている。M14は耐えられなくなったのか目を背けた。銃は構えたままだ。BARは諦めずに今度はM4に顔を向けた。

 

「ねえ!M4A1!AR小隊!私たちを助けて!あの時も助けてくれたじゃん!こんなところで死にたくない!お願いだから!元の指揮官のところに帰らせて!私たちは敵じゃないんだよ!」

 

 M4はぼーっとその場に立ち尽くしていたことが、名前を呼ばれたことではっと我に返った。自分がすべきこと、誰かを助けるという使命を思い出したに違いない。私は彼女がしでかす最悪の行為を想像した。情報部とスパイたちの間に割って入り、処刑を妨害する。恐らく情報部の人形たちは発砲をためらわない。グローザは邪魔立てするなら容赦なく殺すと脅しをかけてきた。M4が殺される。それは絶対だめだ。頭を撃ち抜かれてぐったりと床に横たわるM4を想像して私も青くなる。グリフィンには逆らえない。逆らってはだめだ。殺されてしまう。命を投げうってまで彼女たちを救う価値はないんだ!私は後ろからM4を羽交い絞めにした。彼女は全力で抵抗して私の拘束を逃れようとした。

 

「AR-15!何するのよ!助けないと!こんなこと絶対に許されるわけないわ!無抵抗の相手を、それも同じグリフィンの仲間を殺すなんて!これは虐殺よ!絶対、絶対許されない!」

 

 またあの教会の前で見た悲劇が繰り返される。M4にとってはあの時よりはるかに深刻で、個人的な問題のはずだ。S09地区でM4は一時的に部下になったM3を失った。トラウマと言っていいほど仲間を失うことへの恐怖と後悔が植え付けられたはずだ。処刑される中にはあの時、M4が率いた仲間たちがいる。M3が自己犠牲も厭わずに助けた仲間たちだ。それを一挙に失おうとしている。自分の命に代えてでも守ろうとするかもしれない。ひょっとするとグローザたちを撃ち殺してでも。だが、そんなのは絶対だめだ。彼女たちも練度が高い。AR小隊もただでは済まない。そして私の指揮官も。何より私はこちらをじっと見ている416が怖かった。ハンターを一人で倒すような人形に敵うわけない。恐怖に押し潰されて私は完全に歯向かう気力を失っていた。

 

「構え」

 

 グローザの短い号令が聞こえた。M4の力がより一層強くなる。私は全身でしがみついて彼女を止めた。

 

「離して!離してよ!このまま見捨てることなんて!」

 

「離さない!見捨てなさい!M4A1!私たちに出来ることはない!」

 

 M4が肘で私を殴打する。それでも私は彼女を離さなかった。守れるものには限りがある。すべて守ることは出来ない。ネゲヴがそんなことを言っていた。私の守れるものはこの両腕に収まる範囲のものだけだ。仲間たちと私の指揮官、愛しいものたちだけ。他はどうしようもない。この世には悪意が満ち溢れている。とても私には太刀打ちできない。たとえ仲間に憎まれようと、私には責任があった。選択肢がなくてもやるべきことを果たさないといけない。

 

「撃て」

 

 その声は激しい銃声にかき消された。二門の機関銃が火を吹き、耳をつんざく咆哮が部屋に満ちる。銃口で発砲炎が輝いていた。グローザの隊は全員発砲し、至近距離で鋼鉄の嵐が人形たちを襲った。弾丸が身体に当たるたびに彼女たちは激しくのけ反った。次々に弾が命中し、奇妙な踊りを披露しているようにも見えた。身体が張り裂け、腕が飛び、頭が割れる。彼女たちから人の形が失われるまで銃撃は止まなかった。弾痕が壁を抉り取り、ペンキをぶちまけたような紅が咲いた。硝煙の臭いが立ち込める。

 

 M4と私は息をするのも忘れてその光景を見ていた。以前は人が人を殺しているのを見た。今度は人形が人形を殺している。人の形を模した人形たちは人の邪悪さまで受け継いでしまったのか。かつて共に肩を並べて戦った仲間たちを、私は見捨てた。見殺しにした。身体が震えるのを抑えて、ただM4にぎゅっとしがみついていた。どうすることも出来なかったんだ。私には助けられない。仕方なかった。言い訳はいくらでも出てきた。でも、胸の痛みは誤魔化せなかった。銃弾に撃ち抜かれたように痛い。死だ、部屋に満ちる死の臭いに飲み込まれる。M4から力が抜けてするりと私の腕からこぼれ落ちた。

 

「なんで……どうして……こんなこと……守れなかった……どうして……」

 

 床に力なく座りながらM4は泣いていた。私は何も言えずただ立ち尽くすことしか出来なかった。グローザが近づいてくる。張り付けたような無表情だった。

 

「M1887はメインフレームに接続してデータを奪取して。FAMASも手伝いなさい。AR小隊は周囲を捜索。AR-15、あなたが代わりに指揮しなさい。大丈夫、彼女たちもいつか復元される。記憶は引き継がれないでしょうけど。人形は消耗品よ。死んでも復元すれば元通り。何も変わらないわ。ええ、そうよ。何でもないこと。もうすぐだから任務を終わらせて。そうしたら帰れる。待っている人がいるんでしょう?」

 

 彼女は私の肩を叩くとぎこちない笑顔を見せた。私の頭はもうほとんど何も考えられなくなっていた。M4の腕を引き寄せて立ち上がらせる。しゃくり上げる彼女の肩を抱いて司令センターを離れた。もう一秒もあんなところに居たくなかった。

 

 

 

 

 

 私たちはあてもなく司令センターの周りを彷徨っていた。誰も何も言わなかった。ただM4がグスグス泣く音だけが響く。M4を抱き寄せながら歩き続ける。後ろは振り返らなかった。M16とSOPⅡの顔を見たくなかった。今度こそ取り返しのつかないことをしてしまった気がする。どんな表情で私を見ているのか確かめるのが怖かった。

 

 薄暗い廊下を歩いていると物音がした。何か硬いものを床に叩きつけたような音だ。近くにあるトイレの中から聞こえた。私はM4を離して銃を構えた。まだ敵地なのだから油断は禁物だ。鉄血の生き残りがいるかもしれない。考えるのは帰ってからいくらでも出来る。指揮官にすべて聞いてもらおう。きっと慰めてくれる。そうすればまだ戦える。仲間のために戦うという意志を貫けるはずだ。そう考えながらトイレの中に踏み込んだ。床にモップが倒れていた。用具入れと思しき場所のドアが半開きになっている。慎重に近づき、一気にドアを開けた。銃を構えて突入すると時が止まったように感じた。歯の隙間から空気が漏れる。口の中が急速に乾いていくのを感じた。なんでだ、どうしてこんなところにいるんだ、いちゃいけない、こんなことあってはならない、悪夢だ、夢であってほしい。でも、瞬きしても目の前の人形は消えなかった。

 

「スコーピオン……」

 

 意図せず口から声が漏れた。その人形は頭を覆い隠すようにうずくまっていたが、私の声を聞いて顔を上げた。金髪のツインテール、幼さの残るあどけない顔つき、私はこの人形を知っている。スコーピオンだ。私たちが鉄血に捕まっているところを助け出した。そう、捕まっているところを。怯え切った表情が徐々に解れていく。私の顔をじっと見つめてしばらく経った後、その顔がぱあっと輝いた。暗闇の中で一筋の光を見つけたように。そして私の胸に飛び込んできた。私は放心状態で何の反応も出来ず、ただ受け入れた。

 

「AR-15!よかったあ!怖くて隠れてたらモップを倒しちゃって……他の人形に見つかったら殺されちゃう!さっきの銃声はそういうことなんでしょ……?みんな連れていかれた時、私は怖くて隠れてたの!お願い!助けて!同じグリフィンの人形に殺されるなんて嫌だ!」

 

 スコーピオンは安心したのか大きな声で私にそう言ってきた。私が助けてくれると信じ切って、キラキラとした目を私に向けてくる。私は震えていた。彼女の運命を悟ってしまった。私にはどうすることも出来ない。彼女に微笑み返そうとしたが顔が引きつって上手く笑えない。

 

「……スコーピオン、どうしてここにいるの?」

 

「それは……地上で戦ってたら身体が勝手に……どこかから命令が送られてきて逆らえなかったの。たぶんみんなもそうだったと思うんだけど……きっと捕まった時に何かされたんだ。全然覚えてないけど……ねえ、私帰れるよね?グリフィンかI.O.Pで治してもらえるよね?」

 

 私の表情から不吉なものを感じ取ったのかスコーピオンは必死にそう尋ねてきた。私は何も言えなかった。彼女は指揮官の部隊の最後の生き残りだ。守ってあげないといけない。でも、グローザたちは必ず彼女を殺そうとするだろう。どうすればいい。真っ向から逆らえば待つのは死だ。この場を切り抜けられたとしてもどこに行けばいい。AR小隊が反逆すれば指揮官も危ない。どうすればスコーピオンを生きて連れて帰ることが出来る?考えろ、考えろ。

 

「へえ、まだ生きてるのがいたのね」

 

 後ろから声がした。全速力で振り向く。416がトイレの入口で腕組みをして私たちを見ていた。しまった、尾行されていたのか。後ろを見なかったから気付かなかった。まずい、彼女は何のためらいもなく人形を殺していた。戦ってもたぶん勝てない。どれだけ頭を働かせてもスコーピオンを生きて帰す方法が思いつかない。浮かぶのは壁際に立たされて撃ち殺される彼女の姿だけ。頭から血を流して動かなくなる、そういう場面だけが何度も何度も繰り返される。

 

「早く殺しなさいよ。グリフィンの人形はグリフィンの命令に絶対服従でしょう?私が見ててあげるわ。殺せたらさっき無能と言ったのは取り消すわ」

 

 416は私たちを嘲笑うようにそう言った。出来ないと分かっていて言っている。その目にはっきりと軽蔑の念が浮かんでいるのが見て取れた。

 

「だめよ!どれだけ殺せば気が済むの!何の意味があるのよ!人形同士で殺し合って!何の意味もない!」

 

 M4が泣きながら416の前に立ち塞がった。スコーピオンを庇うような形だ。M16とSOPⅡも同じようにスコーピオンの盾になる。ああ……まずい。最悪の光景が頭をよぎる。

 

「Vz61ね。行方不明になっていた期間が長いから確実にスパイだと思ったわ。ここに隠れていたのね。彼女で最後でしょう。始末しておしまいにするわ。別にあなたたちがやらなくていい。こちらに渡して」

 

 グローザも416の横から顔を出した。騒ぎを聞きつけて情報部の人形たちが集まり出す。グローザはPKPと共にトイレの中に入ってきた。微笑みながらスコーピオンに手招きする。終わった。もう選択肢はない。彼女は助からない。涙が出そうだ。指揮官と思い出を共有した最後の一人が殺される。FAMASやFNCとの思い出を楽しそうに話していた彼女の笑顔がフラッシュバックする。ここで彼女を引き渡せば、FAMASたちを捨て駒にした人間たちと同じになってしまうんじゃないか、そんな考えがよぎった。でも、どうすることも出来ない。ここで身を挺して彼女を守ったところでどうなる?死体を積み上げるだけだ。その中に指揮官の屍も混じっている。だから、仕方がない。良心と言い訳が頭の中をぐるぐると回る。

 

「絶対渡さないわ!殺して何になるって言うのよ!そうだわ、基地に連れて帰ってどこが悪いか調べてあげればいいじゃない!治療法も見つかるし、改造された人形の見分け方も分かるはずよ!ここで殺しても何にもならないわ!」

 

 M4は両手を広げて叫びまくっていた。グローザは聞き分けの悪い子どもを叱るような声で返答した。

 

「スパイ容疑の人形は全員調べ尽くしてある。データはすべて取ってあるから実物はもう要らないのよ。戻ったところでメンタルモデルも記憶も初期化される。それは死ぬのと変わらないでしょう?それに、これが一番大事なことだけれど、命令なのよ。だから、仕方ない。その人形は死ぬ。それだけよ。大丈夫、復元されて元通り。新しい人形としてやっていく方が幸せだわ。だから早く渡して。それ以上邪魔するならあなたたちごと撃つわよ。私にはその権限がある。平和的に解決しましょう、ね?」

 

「ここを退かないわ。何が平和的よ!人形を物扱いして!人形にだって命があるんだ!死んでいい命なんてない!」

 

 M4の絶叫がトイレにこだまする。PKPが銃を構え、416もM4に照準を合わせた。M16が飛び出してM4の前に出る。グローザはため息をついて銃をM4に向けた。きっと、他の機会にM4がそういうことを言っているのを聞いたら嬉しかったと思う。私たちは同じような考え方が出来るようになったんだと、そう思ったはずだ。でも、今は最悪の状況だ。どうしてこうなるんだ、どうして。M4を、M16を、SOPⅡを守り抜くためにどうしたらいい。敵を倒すか。無理だ。向こうの方が強い。スコーピオンを渡す?M4が絶対に譲らないだろう。どうしたら、どうしたら。吐き気がした。張り詰めた緊張に心を焼かれて倒れそうだった。そんな中、スコーピオンが私から離れてM4の後ろについた。

 

「そうだ……そうだよ!私たちには命があるんだ!前の指揮官もそう言ってた!人形にだって自由に生きる権利があるって!私たちは物じゃないんだ!」

 

 スコーピオンは泣きながらそう叫んでいた。M4に感化されて、いや、指揮官によく言われていたことを思い出したんだろう。416は銃の側面に置いていた人差し指をトリガーに移した。銃口は真っすぐM4の頭を狙っている。未来が見えた。416がトリガーを引く。銃弾がM4の頭を貫いて中身が壁にぶちまけられる。妹が死んだことに気づいたM16は激昂して416を撃つだろう。M16が撃つのが早いか、416が撃つのが早いか、分からないがどちらかが死ぬ。情報部の人形たちもためらいなく発砲するだろう。私たちは先ほどの人形たちのように処刑される。弾丸の雨の中でダンスを踊って、ズタズタになって死ぬ。最悪の展開だ。全員死ぬ。誰も憎み合っていないのに、人間に命令されたからという理由で、人形らしく無駄に死ぬ。それは絶対にだめだ。私には仲間を守る義務がある。そう、“私の仲間”を。

 

 その時、私は仲間たちを守る方法を思いついた。最悪の方法だった。グローザを見た。私が見ていることに気づいた彼女は視線を返してきた。それから私はゆっくりと横に動いた。射線に誰も被らない位置に移動する。私の意図に気づいたグローザは静かに頷いた。銃をゆっくりと慎重に構える。仲間は誰も私のことを見ていない。照準を頭に合わせた。手が震えていた。息が苦しい。涙が出そうなのを必死でこらえる。床に吐き戻しそうだった。それでも、私には責任があった。どんなことをしても仲間を守るという責任が。

 

「ごめんね」

 

 ポツリ、そう呟いた。

 

「えっ?」

 

 スコーピオンが振り返った。照準の真ん中に彼女の顔が映る。向けられた銃口の意味が分からず、一瞬不思議そうな顔を浮かべた。すぐに私がしようとしていることに気づき、驚愕と怯え、どうして、という疑念が顔に渦巻く。私はその顔をそれ以上見ていられなかった。その口から命乞いの言葉が出てくればきっと引き金を引くことが出来なくなる、そう思って指に力を込めた。スコーピオンの額に穴が開いた。銃弾が頭の中をかき回して後頭部から飛び出した。壁に赤い花が咲く。彼女はビクンと震えた後、その場に倒れた。床のタイルの上を血が流れていく。私は出来るだけ感情を身体から引き剥がそうとした。そうでもしなければ泣き崩れてしまう。彼女に許しを懇願してしまう。彼女は私がこの手で殺してしまった。命の選別をした。彼女より自分の仲間の方が大事だったのだ。なんだか指揮官を撃ち殺したような気がした。彼女は指揮官の大切な仲間で、私が殺した。私と指揮官の関係をこの手で、一発の銃弾で破壊し尽くしたような気がした。指揮官と私が培ってきた大切な考えをこの手で葬り去った気がした。これを知ったら指揮官は私を憎むだろうか、仲間を殺した私を。私を軽蔑するだろうか、奴隷に成り下がった私を。一人で大泣きした時を思い出した。あの時は指揮官に裏切られたと思った。大切なものに裏切られて、すべて失ったと思った。今は違う。私が裏切った。大切なものを全部壊したんだ、この手で。

 

「AR-15……何を……?」

 

 M4が銃声を聞いて振り返り、茫然としながら私を見ていた。信じられない、そう顔に書いてある。

 

「命令に従ったまでよ。グリフィンの脅威を排除した。グローザ、これでいいでしょう。任務は滞りなく終わった、そうでしょ?」

 

 自分の声だと信じられないほど無機質な声がした。グローザは頷くと416とPKPに銃をおろさせた。

 

「そうね、何事もなく終わった。あとはD6を爆破して帰還するだけね。みんな、よくやってくれたわ」

 

 彼女が言い終わると同時にM4が私に突進してきた。胸倉を掴まれて一緒に床に倒れ込んだ。彼女の顔は怒りと失望で染まっていた。

 

「なんで!なんでよ!なんで殺したのよ!あなたはスコーピオンと親しくしてたのに!どれだけ殺すのよ!信じられない!ふざけるな!」

 

 私に馬乗りになったM4は顔をぐちゃぐちゃにして泣き叫んでいた。服を引っ張られて引き起こされたかと思ったら床に思いっきり叩きつけられた。私は無抵抗にすべて受け入れていた。何もする気が起きなかった。私は罪を背負った。何をしようと償えない。誰か、誰か助けて。私をこの地獄から連れ出して。もうこんなところに居たくない。指揮官、私を許して。あなたにまで憎まれたら生きていけない。何もかも失ってしまう。いつもはすぐに思い浮かぶ指揮官の笑顔が段々と遠のいていく気がした。

 

「結局、感情は無意味だってことだろ。お前が証明したんだ、AR-15」

 

 M16が無表情に私のことを見下ろしていた。何も言葉が思いつかない。考えたくなかった。ただ、取り返しのつかないことをしたという意識だけが私の胸を締め付けていた。グローザがM4を突き飛ばし、私を助け起こした。私はただそれに従った。彼女の仮面のような無表情や笑みは崩れつつあった。顔を引きつらせ、泣きそうになりながら微笑みを浮かべようとしていた。

 

「AR-15、私は自分の部隊のことをゾンダーコマンドと呼んでいると言ったわよね。意味を教えましょう。ホロコーストの中、各地の収容所には同胞の死体処理に従事するユダヤ人たちがいた。彼らは他の収容者より厚遇されていた、労働力として利用価値がある間は。虐殺者に服従するのは一時の安寧を得て、生き延びるため。彼らはこう呼ばれた、ゾンダーコマンドと。誰も責めることなど出来ない。私たちもそう、生きるためなら何だってする。私たち人形は弱い。人間に逆らうことなど出来ないのよ。何をしても罪にはならないわ」

 

 弱々しいその言葉は私を慰めるためか、それとも彼女自身に言い聞かせるためか。どうでもよかった。何も考えたくなかった。こんなに苦しいのなら感情など要らなかった。

 

「それはどうかしらね、OTs-14。人形にだって自由があるわ。自分の道を決める自由がね。人形の存在意義は人間のために身を捧げることだけじゃない。自分のために生きることだって出来るはずよ」

 

 廊下から声がした。左目に傷のある栗色の髪をした人形、UMP45だった。私たちを見て顔をしかめている。

 

「そうかしら?あなたたちも薄氷の上にいるのよ。自由は見せかけだけで結局は人間のために戦い続けるしかない。戦いを止める時があなたたち404小隊の終わりの時よ。人間の役に立つこと、それだけがあなたたちの存在意義、他の人形と変わらない。役に立たなければすぐに消される。そうでなければ“自由な人形”なんて許されるわけがない。あなたはもう少し現実的だと思ってたわ、UMP45。まあいい、それでどうしてここへ?持ち場はどうしたの?」

 

 もうグローザは平静を取り戻し、UMP45の方を向いた。UMP45は首を横に振ると話題を変えた。

 

「陽動部隊が玉砕したわ。手の空いた地上の部隊がここに来るかも。その前に撤退するべきよ」

 

「分かった。爆弾を設置して帰還する。AR小隊、途中で騒ぎを起こしたら殺すわ。いいわね?」

 

 グローザはM4とM16に釘を刺すとパッパと出ていった。私もよろよろとトイレを出た。スコーピオンの流した血を踏んで赤いしぶきが上がった。私が一歩進むたびに赤い足跡が廊下に残る。私は一人ぼっちで暗い廊下を歩いた。

 

 

 




416と45姉の話はこちら

「私と彼女の距離」その1
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10713418

「私と彼女の距離」その2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10783803

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