死が二人を分かつまで【完結】   作:garry966

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死が二人を分かつまで 第十三話中編「死が二人を分かつまで」

 それから、今までにあったことをすべて話した。グローザに脅されたこと、暴動の中で虐殺を見過ごしたこと、FAMASのこと、スコーピオンのこと、D6で起きたことについて。ベッドに座って指揮官の肩に頭を寄せながら静かに語った。指揮官は私の頭を撫でながら黙って聞いていた。語ることが無くなった後も指揮官に寄りかかって温もりを感じていた。

 

「いい時間だな。久しぶりに一緒に食事でもしないか。俺は腹が減った」

 

「……そうね」

 

 もうすっかり夜になっていた。私は指揮官の肩から頭を離した。離れるのは少し名残惜しかったが立ち上がる。指揮官の腕に抱きついて並んで外に出た時だった。

 

「指揮官、おめでとうございます!」

 

 火薬が弾ける音がした。びっくりしていると私たちの頭の上に紙テープが舞った。クラッカーを持ったタボールがニコニコしている。

 

「出てくるのが遅いわよ。だいぶ待たされたわ」

 

「いやあ、めでたいなぁ」

 

 腕組みをしたネゲヴとニコニコしながらしきりに頷いているガリルも待ち構えていた。

 

「お前たち、盗み聞きか……」

 

 指揮官は額を押さえてため息をついた。どこから聞かれていたんだ?泣いてるところからだったら恥ずかしくてたまらない。顔が熱くなる。

 

「いえ、私たちは今さっきネゲヴに呼び出されたんですの。盗み聞きはしていませんわ」

 

「まあ、私は最初から聞いていたけど……別にわざとじゃないわ。こいつのせいよ」

 

 彼女たちから少し離れて顔を背けている人形がいた。ネゲヴは彼女の腕を掴んで引き寄せた。腕を掴まれたグローザがばつが悪そうな顔をこちらに向ける。

 

「こいつが部屋の前でこそこそしてたからね。OTs-14、盗み聞きはよくないわね。指揮官とAR-15の関係がそんなに気になる?恋愛話が大好きなのかしら?大した野次馬根性ね」

 

「いや、私はそういうのでは……」

 

 ネゲヴが意地悪く問い詰めるとグローザは決まりが悪そうに視線を床に落とした。ネゲヴは口角を上げて彼女を嘲笑う。

 

「いくら恋バナが聞きたいからって盗聴器を仕掛けるのはよくないわ。それとも私たちが本部に戻ったお祝いのつもりだった?私たちの宿舎にも指揮官の部屋にもたくさん設置してくれたわね。間違って全部壊しちゃったわ。私の目が黒いうちはそんなことさせないわよ。しょうがないから直接自分の耳で聞きにきたのよね。ご懸命な判断だこと」

 

「まったく……ネゲヴ、あなたは怖いもの知らずね」

 

 グローザは呆れた風にため息をついた。

 

「そうか、お前が情報部のOTs-14か……」

 

 指揮官はグローザに鋭い視線を向け、低い声でそう言った。彼女は無表情でそれに応じた。

 

「ええ、そうです。AR-15が話した通り、AR小隊を監視しています。Vz61の殺害を命じたのも私です」

 

 彼女は何も隠さず、釈明もしなかった。心配になって指揮官を見上げると目を細めてじっとグローザを見ていた。気まずい沈黙が流れる。耐えきれなくなったのかネゲヴが口を開いた。

 

「そう、もう渡したのね。お手の早いことで」

 

 私の指輪を一瞥するといたずらっぽく笑った。指揮官も柔和な雰囲気を取り戻して笑い返す。

 

「ああ、心配していたがなんとか受け取ってくれたよ」

 

「嘘ばっかり。受け取ってもらえないなんて微塵も思ってなかったでしょ。二人分の結婚指輪も買ってあるくせに」

 

「おい、ばらすなよ……」

 

 指揮官は慌ててネゲヴの言葉を遮ろうとしたが、彼女は取り合わず鼻を鳴らしていた。

 

「結婚指輪?どういうこと?これは違うの?」

 

 混乱してしまう。指輪と言ったら一つじゃないの?よく分からない。困った顔をする指揮官の代わりにネゲヴが得意そうに語った。

 

「それは婚約指輪よ。普通の人形ならI.O.P製の指輪一つで事足りる。でも、この指揮官はそれじゃ満足できずにある儀式を執り行おうとしてるのよ。人間みたいにね。つまるところ指輪の交換よ」

 

「結婚式ですわ!」

 

 タボールが手を叩いて声を張り上げた。結婚式ですって?映画で何度か見たことがある。大抵は幸せそうだった。花嫁がきれいなドレスを着て、家族や友人に盛大に祝ってもらう。自分がそんな風になるなんて想像もしていなかった。私と指揮官があんな風に?まさか。

 

「一度見てみたかったんですわ、結婚式。披露宴もやりましょう!ごちそうで二人の新たな門出を盛大に祝いましょう!あっ、今から前夜祭も開きましょうね!ブライダルシャワーですわ!独身最後の日ですよ!」

 

「あんたが騒ぎたいだけでしょ、それは」

 

「いいじゃありませんか、一生に一度しかないお祝い事なんですから。あっ……いや、結婚は何度かあるかもしれませんわね……とにかくお祝いしましょう!」

 

 タボールはネゲヴに口を挟まれて急にしどろもどろになった後、気を取り直してうきうきしながら提案してきた。指揮官は頭をかいて肩を落とす。

 

「それがな……急だったから特に何も準備してないぞ。式場だって用意してないし、ドレスだってな……」

 

「式場ならあるわ。本部の敷地内に廃教会がある。以前そこで人間と人形が式を挙げているのを見た。知り合いだったから」

 

 口を挟んだのはグローザだった。意外だったので彼女を見つめるとさっと目を逸らされた。

 

「準備なんかはこの私がしてあげる。専門家に任せておきなさい」

 

「いつから結婚代理店のエージェントになったん?」

 

 胸を張るネゲヴをガリルが茶化す。ネゲヴは小突き返してガリルを黙らせた。

 

「うるさい。ともかくやってあげるわ。あまり時間があるわけでもないんでしょう?上官思いの良い部下を持てた喜びを噛み締めることね。じゃあ私たちは行くわ」

 

「えぇ……パーティーは?」

 

「明日やればいいでしょ、明日。今は二人にしておいてあげなさい」

 

「じゃあなんで私たちを呼んだんですの?」

 

「……情報共有よ、情報共有」

 

 不服そうなタボールを連れてネゲヴたちは去っていった。グローザもそれに続いて消えようとしたのでその背中を呼び止めた。

 

「グローザ、待ちなさい」

 

「なに?ああ……邪魔して悪かったわ。ごめんなさい」

 

「違うわ。あなたも明日来て」

 

 私がそう言うと彼女は驚いて目を丸くした。すぐに取り繕うと諭すように言い返してきた。

 

「どうしてそんなことを……私がいても目障りでしょう。せっかくの祝いの席なのだから雰囲気を悪くすることはないわ」

 

「どうせ監視しているのなら近い方が都合いいでしょ。それよりね……私はあなたを憎んでいない。誰も憎まない。憎しみには囚われない。私の愛は憎しみにも打ち勝つことができる、それを証明するわ。だから一日くらい付き合って。いいでしょう?」

 

 グローザは私と指揮官を見比べて逡巡した後、大きなため息をついた。

 

「あなたがそれで満足するのなら……後悔しても知らないわよ」

 

 そして踵を返して早足で立ち去っていった。たぶん、これでいいはずだ。彼女の言ったことを否定してやる。人形と人間だって主従関係以外の間柄になれるはず。私と指揮官がその証左になろう。彼女だって自由を諦める必要はない。

 

「ごめんなさい……勝手に決めてしまって」

 

「いいよ。お前がいいのなら。しかしな……ネゲヴたちには世話になりっぱなしだ。式まで準備してくれると言う。いつかお礼をしないとな」

 

「あなたが信頼されているからよ。でも、夢みたい。この指輪だって望んでも手に入らないものだと思ってた。結婚式なんて想像もしなかったわ。嬉しい。幸せよ。ありがとう」

 

 胸の奥からこみ上げるものがあった。これで私は指揮官と家族になれるのか。ずっと望んできたことだった。私はずっと指揮官が好きだった。この人の特別でありたい、そう思ってきた。それが叶ったんだ。まだ実感は薄いけど、今この指にある指輪が証明してくれる。明日にはもう一つ増えるらしい。今ですらはち切れそうなのにそんなものを貰ってしまったらどうなってしまうんだろう。

 

「礼なんか言わなくていい。自分のためだよ。だってな、俺の結婚式でもあるんだぞ。お前だけのものじゃない。そう思うと緊張してきたな。お前といると初めてのことばかりだ」

 

 指揮官は朗らかに笑って私の肩を抱いた。私はただ身を委ねた。今日は生きてきた中で一番幸せな日だ。きっと明日はもっと幸せな日になる。指揮官と私がおそろいの指輪を身に着けている様子を想像すると頬が緩む。私がこんなに幸せでいいのか、少し不安になった。自分のしたことを忘れたわけじゃない。でも、今は幸福に浸ることを許して欲しい。勝手な考えだけれど、指揮官と一緒なら何だって乗り越えて行ける気がするんだ。

 

 

 

 

 

 翌日の昼前、小走りでやって来たタボールに手を引っ張られて廊下を進む。

 

「どうしたの?そんなに慌てて」

 

「ふふっ、あなたも見たらきっと驚きますよ」

 

 連れて来られた先は人形用の更衣室だった。壁に大きな姿見がはめ込まれていて私の全身がそこに映っていた。ネゲヴが背中で手を組んで待っていた。少しそわそわしているように見える。

 

「ネゲヴ、どうしたの?なにか問題でも起きた?」

 

「いや、違うわ。問題とかではない……なんて言ったらいいのか。うーん……」

 

「もったいぶらずに見せてあげればいいじゃありませんか。そのためのものなんでしょう?」

 

「……ええ、そうね」

 

 ネゲヴはロッカーの扉をゆっくりと開けた。ハンガーにかかった服を両手でそっと取り出す。私は目を奪われてすっかり言葉を失ってしまった。白いドレスだった。純白で何だかきらきらして見える。胸元にV字の切り込みが入っており、胴からストンと落ちるスカートは足元まで覆い隠す長さだ。間違いなくウェディングドレスと言われる種類の服だ。どうしてここに。指揮官は用意していないと言っていたのに。

 

「わたくしも見せられた時は驚きましたわ。一体いつの間にこんなものを、と」

 

「物資投下用のパラシュートを持ち帰って仕立てた。シルクとかじゃなくて合成繊維で悪いわね」

 

「前線基地にいる間、一人で何をこそこそしているのかと思ったら……これを作っていたんですね」

 

 ネゲヴが少し動くたびにドレスが滑らかにたなびいた。しばらく呆気に取られていたが、ようやく頭の処理が追い付いてきてはっとした。

 

「ネゲヴ、どうしてドレスなんて……あなたが作ってくれたの?すごいわ……素敵ね」

 

「ふん、いつか必要になると思っただけよ。勝手に作って迷惑だったかしら?」

 

「とんでもないわ。ありがとう。お礼のしようがないわ。どうやってお返しすればいいのか……本当にもらっていいの?」

 

「……そうよ。あんた以外誰が着るって言うのよ。ほら、礼を言うのはまだ早いわ。ドレスっていうのは着てみないと真価を発揮しないのよ」

 

 ネゲヴが私の胸にドレスを押し当てて渡してきた。慌てて受け取るとやわらかな手触りがする。服のことはよく分からないが丁寧な仕上がりだった。きっと時間をかけてくれたんだろう。胸の中が満ちていく感じがする。頭が熱くなってうまく言葉にできない。ドレスを自分に重ねて姿見の方を見てみた。花嫁姿の私がいた。感動して涙が出そうだった。

 

「ではわたくしは指揮官を教会の方に連れていきますね。会場で落ち合いましょう」

 

「ちゃんとした服を着させてきてよね。グリフィンの制服で来たら台無しよ」

 

「ふふっ、ありえそうな話ですわ。ではまたあとで」

 

 タボールが私にウインクして部屋から出ていった。私は鏡に向かってポーズを取ってみたり、角度を変えてみたりした。新しいおもちゃを買い与えてもらった子どものようにはしゃいでいた。それだけ嬉しかったのだから仕方がない。そんな私をネゲヴが呆れ顔で見つめていた。

 

「あんたのなんだから普通に着てみなさいよ。手伝ってあげるから」

 

 彼女は私からドレスを取り上げてジャケットを引き剥がしてきた。黙ってそれに従う。普段着のワンピースも脱いで、ソックスも脱ぐ。手袋も外すとほとんど生まれたままの姿の私が鏡の中に佇んでいた。ネゲヴがドレスのスカートを持ち上げて、私がその中をくぐり抜けた。頭を出して、腕も通す。サイズもぴったりだ。鏡を見てみる。純白のドレスに身を包んだ私が映っている。鎖骨から胸元までV字に露出していて、少し大胆に見える。後ろを見るためにくるりと回ってみた。前と同様に切りこみが走っていて背中と肩甲骨が見える。いつもジャケットを着ているので肌をこんなにさらけ出すのは初めてだ。袖もないので少しスース―する。ちょっと慣れないが、そんなこと気にもならないくらい感動していた。私がこんなドレスを着ることになるなんて思ってもみなかった。鏡に映る私は映画の中の登場人物みたいで現実感がなかった。自画自賛になるけれど、きれいだと思った。これなら指揮官に褒めてもらえるかな。

 

「ちゃんとサイズも合ってるでしょ。調べたんだから。似合ってるわよ」

 

 ネゲヴが私の両肩に手を置いてそう言ってきた。彼女の表情が曇ってよく見えない。

 

「ありがとう、ネゲヴ……本当に。どうしよう、嬉しいわ。涙が出てきた」

 

「涙は本番に取っておきなさいよ。まだ早い。とっとと行きましょ」

 

 私が永遠に鏡を見つめていそうだと思ったのか、彼女は私の手を取って部屋から引っ張り出した。本部の廊下を進んでいると今までの思い出がいろいろ浮かんできた。指揮官に初めて会った時はこんなことまったく考えなかった。自分はただの兵器だと思っていたし、指揮官のことなんて変な人くらいにしか思ってなかった。今ではあの人無しで生きるなんて考えられない。大切なことは全部指揮官が教えてくれた。感情も、戦う理由も、愛情も。悪意や苦痛に晒されてもあの人が助けてくれる。私を必要としてくれる。私は与えてもらってばかりだな。せめて感謝の気持ちくらいはちゃんと伝えよう。何度言っても言い過ぎることはないはずだ。

 

 駐車場に出て、屋根のないオープントップになった四輪駆動車に乗り込んだ。ネゲヴが運転席に、私が助手席に座った。彼女は風で服や髪が乱れないようゆっくりと車を動かした。ネゲヴの横顔を見つめているともっとお礼を言いたくなった。さっき言ったくらいのことじゃ全然足りない。

 

「ネゲヴ、ありがとう。至れり尽くせりだわ。最初に会った日も助けてもらったし、本当に感謝してる」

 

「なによ、改まって。あれは指揮官の命令だった。別に感謝されることでもないわ」

 

 ネゲヴはこちらに視線を向けずにそう言った。私は少し躊躇したが聞くことにした。

 

「そのね……あなたは昨日、全部聞いていたんでしょう。私と指揮官の事情も。指揮官は特殊な立場にいるわ、他の指揮官たちとは違う。グリフィンにいながらグリフィンに脅かされている。私やAR小隊が何かしでかせば指揮官だけでなく、あなたたちまで割を食うかもしれない。それは分かってる?」

 

「ええ」

 

 彼女は前を向いたまま、特に表情も変えずに返事をした。深刻な様子もない。私は本当に分かってくれているのか不安になってまだ続けた。

 

「私は指揮官と長く一緒にいられない。今は休暇中だけどまた戦場に戻される。どれだけの期間離れ離れになっているか予測がつかないわ。もしかしたら戻らないかもしれないし……私は指揮官を守れない。指揮官の命を狙う奴らが襲い掛かってくるかもしれない。ひょっとしたらグリフィン全体が敵になるかもしれない。そんな時、あなたはどうする?」

 

 絞り出すようにそう聞いた。これだけ良くしてもらっている相手に茨の道を進んでくれないか尋ねているようで気が引けた。でも、必要なことだ。頼れる相手は彼女たちしかいない。ネゲヴは私の心配を吹き飛ばすかのように鼻で笑った。

 

「ふっ、そんなこと?あんた、もしかして私が昨日まで何も知らなかったとでも思ってる?そんなわけないじゃない。あんたに初めて会うまで三か月もかかったのよ。あの指揮官にこき使われて戦場という戦場を駆けずり回った。事情は元々知ってる。指揮官に話させた。じゃなきゃ付き合わないわよ。部下を信頼しない人間ならとっくの昔に捨ててるわ。今までの指揮官はそうだった。無能か、私たちを道具扱いしてくる屑か、はたまた両方か、ともかくそういう連中のもとを転々としてきた。私は反抗的だからグリフィンの厄介者だった。だから今の指揮官の部隊に配属されたんでしょう。厄介者同士、仲良くね。指揮官はそこそこ優秀だし、まあ……信頼してる。私のことを信頼してくれるから」

 

 ネゲヴは小さく息を吐いてから私のことをチラリと見た。

 

「つまりね……私はあの人のことを指揮官と認めてる。確かに厄介な立場にいるわね。総合的に見れば今までで最悪の指揮官かもしれない。でも、見捨てはしない。自分の指揮官を捨て置いては戦闘スペシャリストの名が泣くわ。私が貫いてきた道義に反する。だから、あんたが心配するようなことは起こらない。非力なあんたの指揮官を守ってやるわよ。最初に会った時言ったでしょう、誰が相手でも戦うと。私は躊躇しない。戦う理由も相手も私が決める。指揮官に言わせれば権利があるってことよ」

 

 ネゲヴはそう言って少しだけ笑った。ほっとした。指揮官は仲間に恵まれているな。それとも、指揮官がああいう人だから人形も影響されるんだろうか。私もその一人だ。

 

「ありがとう、ネゲヴ。安心した」

 

 それからしばらく沈黙が続いた。ネゲヴの横顔をじっと見る。その目には迷いなどないように見えた。その姿を見て率直な感想が生まれた。それはほとんど間隔を置かずに口から飛び出した。

 

「ネゲヴ……私はたまに思うことがあるの。あなたが羨ましい。指揮官の部隊に配属されたかった。私は指揮官のことが好きよ。愛してる。でも離れ離れだし、私のせいで指揮官は命を脅かされている。私が守ることも出来ない。仲間にも憎まれている。自分が16LAB製の特別製などではなく、普通の人形であったなら。指揮官と一緒にいられたかなって、そんな妄想をしてしまうのよ」

 

 ネゲヴは私の言葉を聞いて顔をこちらに向けた。眉をひそめたしかめ面だった。愚痴を言ったことが急に恥ずかしくなってきた。ネゲヴたちだって苦しい立場にいるとさっき思ったばかりじゃないか。何を言ってるんだ。

 

「ごめんなさい、こんなことを言うつもりでは……」

 

「馬鹿、あんたは指揮官と結婚するんでしょ。幸せの絶頂にいるくせにそんなこと言うもんじゃないわ。人を羨ましがるな。あんたはあんた、誰かにはなれないのよ。みんなそう。配られたカードで勝負するしかない。限られた手札だってね、ありとあらゆる可能性を秘めてる。諦めなきゃね。あんたも指揮官に言われたんでしょう。自由に自分の道を選べと。自分で自分の道を閉ざすな。どれだけ辛い局面だって戦い抜きなさい。きっと道が拓ける。明けない夜はないのだから」

 

 ネゲヴは途中で前に向き直り、少し遠い目をしてそう言った。叱られた私は目をぱちくりさせて彼女の言葉を聞いていた。

 

「……ずいぶん詩的ね」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「いえ、違うわ。ただ……ありがとう。少し気分が晴れたかもしれない」

 

「ふんっ、そう」

 

 ネゲヴはアクセルを踏み込んで車を加速させた。風で髪が揺れる。景色を眺めていると林が見えてきた。木々の合間を縫うように小さな道を通っていく。するとすぐに教会が見えてきた。廃教会の名にふさわしく屋根は崩れ、壁は苔むしている。誰も手入れしていないのだろう、あれでは中に入れそうもない。前に街で見た立派な教会とは比較にならないな。あれは焼け落ちてしまったし、あまり思い出したくない記憶だけれど。教会の前だけ手入れされているのか開けた広場になっていた。何人もそこで待っている。ネゲヴが車を停めて私も降りた。私の姿を認めるや否や飛ぶように駆けてきた人物がいた。勢いよく抱きつかれて驚いてしまう。SOPⅡだったのだ。

 

「AR-15!おめでとう!そのドレスとってもきれいだよ!」

 

「SOPⅡ……どうしてここに?」

 

「だって、家族の結婚式だもん!来るのは当たり前だよ!ガリルに呼ばれたんだ。M4とM16は……来てないけど……」

 

 SOPⅡは私から離れると言いにくそうに視線を下に逸らした。両手の指と指を突き合せてしばらくもじもじしていたが、ぱっと私の顔を見上げた。

 

「AR-15、今までごめんなさい。許してくれる?」

 

「え……?何が?」

 

 突然の謝罪に訳が分からず戸惑ってしまう。SOPⅡが私に謝るようなことをしただろうか。覚えがなくて首をかしげる。彼女は身体を突き出して私の顔を覗き込んできた。

 

「だって……私はAR-15にひどいこと言ったし、あの街から戻って来てからずっとAR-15に冷たい態度を……だから、ごめんなさい。スコーピオンの時、AR-15が一番悲しそうに見えたの。あの時、M4を守ったんだよね。416に撃たれそうだったから。AR-15はあんなことしたくてする人形じゃないもん。一日考えてやっと気づいたの、AR-15は私たちを守ろうとしてたんだって。気づくのが遅れてごめん……AR-15にばっかり辛いことを押し付けてた。許して欲しいな……」

 

 申し訳なさそうに言ってくるSOPⅡを見て私はかなり驚いてた。向こうが謝ってくるなんて想定していなかった。今日は予想外のことばかり起きる。反応できずにいるとSOPⅡはさらに顔を近づけてきた。

 

「本当にごめん……二人にもそう言ったんだ。多分、あの二人だって分かってる。意地を張ってるだけなんだよ。起きたことをまだ受け入れられてないから……だから、あの二人のことも許して欲しい。家族の大事な席に来ないのはひどいことだけど……あとで絶対後悔する。お願い、AR-15……」

 

 潤んだ瞳を向けてくる彼女をなだめるように肩に手を置いた。

 

「いや……別に恨んだり怒ったりしてないわ。来てくれてありがとう、SOPⅡ。それより、あんたは来ていいの?私と仲良くしてたらあの二人と気まずくなるかもしれないわよ」

 

「そんなこと……!私は全然気にしないから!謝ってくるならあの二人からだよ!今は感情的になってるけど、冷静になったら絶対分かるから!」

 

 SOPⅡは声を張り上げてさらに詰め寄ってきた。すぐにやってしまった、という風な表情を浮かべて飛び退いた。

 

「ごめんごめん。今はそのこと忘れて。とっても大事なお祝いなんだもんね!おめでとう!指揮官と幸せにね!」

 

 SOPⅡは私の後ろに回って教会の方に押し出す。大人しくそれに従っているとまた私の方に近づいてくる人形がいた。これまた見知った顔だったので驚いて足を止めてしまった。

 

「AR-15さん、お久しぶりです!また会えてすごく嬉しいです!そのドレスもとってもお似合いですよ!」

 

「スオミ!どうして……!」

 

 S09地区で会ったスオミがそこにいた。ちゃんと五体満足でピカピカの服を着ている。疲れ切った顔で泣いていたあの時とは打って変わってニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

「あの後、指揮官と一緒に本部の警備部隊に転属になったんです。平和で、ちょっぴり退屈なくらいですね。結婚式なんて珍しいからすぐに噂になるんです。それがAR-15さんだって聞いて、指揮官に頼んでお仕事を抜け出してきちゃいました。お邪魔しても大丈夫ですか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 嬉しいサプライズだ。手を取り合って思わぬ再会を祝した。

 

「実はですね……私もなんです」

 

 彼女は嬉しそうに笑いながら左手を掲げた。薬指に銀色の指輪が輝いていた。

 

「指揮官にいただいたんです。私もここでひっそりと式を挙げました。今、私は幸せです。あの露営地から帰れてよかった……みなさんのおかげです。砲塁の攻略がなければ私はここにいることが出来なかったでしょうし、指輪ももらえなかったでしょう。本当に感謝しています。それに、あなたがみんな幸福に生きる権利があるって言ってくれたから……仲間をみんな失ったことも乗り越えることが出来ました。今があるのはAR-15さんのおかげです。だから、お礼が言いたくて」

 

「そんな、お礼なんて。あの時も言ったけれど私もあなたに助けられたんだから。おあいこよ。あなたも幸せそうで何よりだわ。来てくれてありがとう」

 

 私もスオミに微笑み返した。嬉しくなるな。彼女も幸せを掴めたんだ。自分のしてきたことが無駄ではなかったと思える。人形だって幸福になる権利がある、私と彼女が証明になる。

 

 広場にはグローザもいた。いつものコートを羽織った格好ではなく、脚部に深いスリットの入った黒いドレスを着ている。彼女はかなり居心地悪そうに辺りを見回していた。

 

「……みんな普段着なのね。それにもっと大勢来ると思ってた。私だけ気合を入れてるみたいで恥ずかしいのだけれど」

 

 彼女は自分のドレスを見下ろしてそう言った。後ろからついてきていたネゲヴがグローザを鼻で笑った。

 

「あいにく、私たちはドレスなんて持ってないからね。特権階級らしくてあんたに似合ってるわよ。まあ、確かに参列者は少ないわね。全部で六人、それも全員人形だなんてね。人望がなさすぎる」

 

「うるさい。グリフィンの人間を呼んだってしょうがないだろ。それに人数なんて関係ないんだ。俺たちはそんなこと気にしない」

 

 指揮官がやって来てネゲヴに反論した。いつもの赤いグリフィンのジャケットではなく、裾の長い黒のコートを着ている。私を見てにっこりと笑いかけてきた。

 

「AR-15、とてもきれいだ。お前にドレスを着させてやれてよかった。ネゲヴには感謝してもし切れないな」

 

「そうでしょう。最高の部下がいてよかったわね。だからもっと待遇をよくしなさい。そうね、戦場でも三食昼寝付きでいつでもシャワーを浴びれるよう保証して」

 

「はは、努力するよ」

 

 ネゲヴが冗談めかして言うと指揮官は笑顔で答えた。私も釣られて笑った。ああ、幸せだな。幸せすぎて胸がドキマギする。はやる気持ちを抑えきれない。

 

「本当に、夢みたい……信じられる?あなたと結婚式だなんて。あなたと出会ってから長かったような、早かったような……何が起こるか分からないわね」

 

「それが人生ってものさ。予測できたらつまらない。喜びも、愛しさも、悲しみも、後悔も、これからは二人で分かち合って生きていこう」

 

「いきなり締めくくろうとしないでよ。式だって言うんならちゃんと段取り踏みなさい」

 

 ネゲヴが半分呆れた顔で腕組みしながら遮る。タボールとガリルも指揮官の後ろから現れた。

 

「記録に残せるようにビデオカメラも持ってきたで」

 

「普通のカメラもありますわ。あとで現像しましょう」

 

 みんな心から祝ってくれているのが分かった。感極まって泣き出しそうになる。でも、ちょっと疑問に思ったことがあった。

 

「ねえ、結婚式ってどういう手順でやるの?そういえば映画で断片的に観たことがあるだけでよく知らないわ……」

 

「実を言うと俺もよく知らない。子どもの時に正教の結婚式は見たことあるが……俺たちは信者じゃないしな。正直、馴染みの薄い式典だ。最近じゃ教会で式を挙げる人間なんてほとんどいやしない」

 

 ネゲヴたちは顔を見合わせた。タボールが困った顔で指揮官を見る。

 

「わたくしたちも知りませんわ。この後のパーティーの準備しかしてません。指揮官が知ってるかと……」

 

 私は助け船を求めてスオミに視線を送った。それに気づいたスオミは恥ずかしそうに指を絡ませた。

 

「ええと……実は式と言っても指揮官と二人きりでやったので。あんまり参考にならないかもしれませんが……指輪を贈ってもらって、ええと、その後ですね。キ、キスするんですよ」

 

 なるほど、大体映画で観たのと同じようなものか。顎に手を当てて考えているとグローザが大きなため息をついた。

 

「正式にやるのなら……何が正式かは分からないけれど、まず新婦が家族を伴ってバージンロードを歩いて入場するのよ。ここには赤い絨毯なんてないけどね。それから新郎と新婦が対面して誓いの言葉を言い合う。死別するまでの愛を確認するの。指輪を交換し合って、誓いのキスを交わして終わりよ。結婚が成立する。人は父母を離れ、その妻と結ばれ、二人の者は一体となる。彼らはもはや、二人ではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない。婚姻関係はどちらかが死ぬまで続く、解消はできない。プロテスタントは知らないわ」

 

「人形が聖書なんかから引用してどうすんのよ」

 

 ネゲヴが肩をすくめて茶々を入れた。グローザもそれに頷いた。

 

「まあ、それもそうね。聖書に人形のことなんか書いてないし、ここには神父も神品もいない。好きにすればいい。神に誓う必要なんてない」

 

「はいはいはい!AR-15と歩くのは私がやるから!だって家族だもん!」

 

 SOPⅡが元気よく手を挙げて立候補した。なんだか微笑ましくて笑ってしまう。彼女とまともに接するのも久しぶりだ。

 

「じゃあよろしくね、SOPⅡ」

 

「うんっ!」

 

 彼女が私の腕を取って駆け出した。教会から少し離れたところに立つ。指揮官は教会の正面で私たちを待つ。そこから少し距離を取ってネゲヴが立っていた。

 

「じゃあカメラ回すで。1、2、3……」

 

 ガリルがこちらにハンディカムを向ける中、私たちは腕を組んで歩き出した。ゆっくり、ゆっくり、地面を踏みしめるように歩いた。指揮官のもとにたどり着いたら永久に私たちの関係は変わる。そう思うと緊張する。でも、それ以上に期待に胸を躍らせていた。私と指揮官は家族になるんだ。妻と夫、そう呼ばれるような関係になる。嬉しくてたまらないな。指揮官は私でもいいって、私がいいって言ってくれた。誰かに必要とされるのは嬉しいことだ。それも他の誰でもない、指揮官に。

 

「よかったね、AR-15。ずっと指揮官のこと好きだったもんね」

 

「ええ、そうね。私は指揮官のことが好き。出会ってすぐの頃から今日に至るまで、ずっと好きよ。これまで戦ってこれたのも、これから戦っていけるのも、全部指揮官のおかげよ」

 

「あはは、AR-15は指揮官のこと大好きだよね。でも、ちょっと妬けちゃうかも。指揮官はいいよね、AR-15と家族になれて。結婚してからも私たちに構ってくれる?」

 

 SOPⅡはほんの少し寂しさを織り交ぜて呟いた。胸がドキリと脈打つ。私が戦場で必死に戦っていたのは彼女たち、“家族”になるはずだった仲間たちと本当の家族になるためだ。最初の頃はよく分からなかった。今はもう違う。彼女たちもたくさん経験を積んだ。思い返したくないような辛いこともあった。M4やM16との関係は最悪と言っていいほど冷え込んでいる。でも、だからこそ、家族になれる日が近づいてきているような気がするんだ。誰かに定められた関係性から抜け出して、自分たちで本当の家族を掴み取る。私も彼女たちも自由になる時が来る、きっともうすぐだ。

 

「当たり前でしょう。何も変わったりしないわ。あなたたちのことも同じくらい大事だから」

 

「うん……これからもよろしくね!」

 

 SOPⅡと私はぴったりとくっついて歩みを進めた。指揮官のところまで行ってから彼女はそっと私の腕から手を離した。

 

「じゃあ、指揮官もよろしくね。AR-15を泣かせたりしないでね!私の大事な家族なんだから!」

 

「ああ、もちろん。絶対に大切にする。この世で一番大事な相手だ。だから心配しないでいい」

 

 SOPⅡにそう言った指揮官は私の方に向き直った。優しくて、でもどこか熱いものをたぎらせた目だ。吸い込まれそうになる。指揮官は上着のポケットから箱を取り出した。ネゲヴが近寄ってきてそれを受け取る。彼女がゆっくりそれを開くと、金色の指輪が二つ、静かに鎮座していた。これが結婚指輪か。私たちの愛を証明してくれる確かな証拠になる。指揮官がその内の片方をつまみ上げた。

 

「AR-15、これまでにいろいろあったな。俺たちの出会いは偶然ではなかった。誰かの悪意が介在していた。お前の感情を操作しようという連中がいた。それでもだ、俺たちは乗り越えられた。グリフィンのくだらん意図など俺たちの前では意味をなさない。なぜならば、俺がお前を愛してるからだ。心の底から、誰にだって否定させない。これからも困難が付きまとうだろう。一緒に乗り越えていこう。お前にばかり辛い思いはさせない。二人ならどんなことだって出来るはずだ。だから、肩を並べて同じ道を進もう。俺と家族になってくれ、お前が必要だ」

 

「ええ、喜んで。あなたがいれば心強いわ。ずっと私と一緒にいて。私もあなたのことを愛してる。他の誰よりもあなたのことが好きよ。この想いは決して消えないわ。結婚しましょう」

 

 私は左手を指揮官に差し出した。彼がその手を取ってぎゅっと握り締める。指輪がゆっくりと、一秒一秒を確かめるように私の薬指を進んでいった。二つの指輪の重みをしっかりと味わって、私は幸せのただ中にいることを改めて実感した。私ももう一つの指輪を手に取り、指揮官の左手を取った。指でごつごつした手を撫でて感触を味わう。そして、指輪を薬指に徐々に滑り込ませた。指の中腹で止め、指揮官を見上げた。

 

「こんな時、なんて言うか知ってるわ。病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、あなたを夫として愛することを誓います」

 

「俺もお前を妻として愛し、絶対に守り抜く。決して失わないぞ。自分と仲間たちに誓おう」

 

 私は指輪を一気に根本まで押し入れた。指揮官は私の腰を力ずくで引き寄せると勢いよく私の唇を奪った。熱い接吻だった。私は一切拒まずにその舌を受け入れる。指揮官からキスしてくれた。初めてのことでとっても嬉しいな。私は彼の首に手を回して抱きついた。もっと密着していたかった。辺りから歓声が飛ぶ。私は目を閉じて指揮官の存在だけに集中しようとした。

 

「ひゅー!指揮官かっこいいぞ~!」

 

「シャッターチャンスですわ!」

 

 私からも舌を絡ませた。指揮官を味わい尽くすように負けじと舌を動かす。水音が立つのも気にせず唾液の交換に注力していた。ぼーっとする頭が弾き出すのは指揮官ともっと近くにいたいという欲求だけで、腕に力を入れて彼をもっともっと引き寄せた。力を込めれば指揮官と一つになっていられるような気がして、長い時間が経っても緩めなかった。指揮官の口内に舌を突き入れて蹂躙するように動かす。指揮官の熱い吐息が肌をくすぐる。それが心地よかったので、舌の動きにより一層熱が入った。

 

「ちょっと……!いつまでやってんのよ!ビデオに撮ってるんだから!あとで見返した時恥ずかしくなるわよ!」

 

 ネゲヴが私たちを引き剥がそうとしてもキスするのはやめなかった。興奮し切った頭に周りを気にする余裕はなかったので、ようやく指揮官から離れたのはたっぷり数分経ってからのことだった。顔を赤らめたSOPⅡやスオミと、呆れ果てて目を細めるネゲヴやグローザが私たちを出迎えた。でも、後悔はなかった。一生に一度のことなんだから好き勝手してもいいはずだ。これが結婚してから初めて行使する自由になった。

 

 

 


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