ようやく第四部、最終章に入れます。
オリ設定が多いのは許してな。
私はFAMASの短編を前提に書いてるけど、読んでない人にとっては名前は頻繁に出てくるけど台詞数行しかないキャラだから受け止め方がかなり異なるのでは……と思った。
死が二人を分かつまで 第十四話前編「私のささやかな願い」
休暇は終わりだ。楽しい時間は一瞬で過ぎてしまう。また辛い戦場が待っているに違いない。でも、私は大丈夫。まだ戦える。決意に揺らぎはない。指揮官に別れを告げてAR小隊のもとに戻った。私の仲間たちのもとへと。
ガンロッカーから銃を取り出して装備する。弾倉をいくつかジャケットに押し込んだ。どこに派遣されるのかは聞いていない。M4をチラリと見る。彼女も同じように銃を取り出して簡易の点検をしていた。誰も口を開かず、気まずい沈黙が場を支配している。まずは関係を修復しないといけないな。でも、どうしたらいいんだろう。指揮官はいつだか仲直りなんて簡単だと言っていたが、今回はそう上手くいきそうにもない。事情が事情だ。いっそのことすべて話してしまおうか。本部は駄目だ、監視の目がそこら中にある。話すなら前線がいい。戦いの最中なら盗聴も出来ないだろうから。
銃器保管庫から出て廊下を歩く。何も言葉を交わさないが、私たちの間にピリピリとした緊張が走っているのが分かる。思わずため息をつきたくなった。自分で選んだ道とはいえ、仲間に憎まれるのは辛い。仲間は大事だ。指揮官からの誘いを断ってまで守ると決めたんだから。以前のように仲間と笑い合える日は来るのかな。自分たちで家族と互いを認め合えるようになる日が待ち遠しい。今は理想とは程遠いが家族に喧嘩は付き物だ、そう納得することにした。
「あ、いたいた。間に合ってよかったわ。まだあんたに渡すものがあるのよ」
俯きながら歩いていると前方からパタパタとネゲヴが走り寄ってきた。ジャケットの内ポケットから紙のようなものを取り出して私に突き付けてくる。
「ほら、現像しておいたから。指揮官にはもう渡した」
カラーの写真だった。結婚式で私が指揮官にキスをされている場面だ。ドレスを着た私が彼の首に手を回して、全身で接吻を受け止めている。熱々のラブシーンだ。これを全員に見せていたのか。当日は舞い上がっていたので気にしなかったけど、改めて見せられると恥ずかしい。写真という形でずっと残るんだと思うと顔が火照り出した。
「だから言ったのに。写真だけじゃなくて全部映像に残ってるからね。見てらんないわよ、あんなの。じゃあ、幸運を祈るわ。あんたが帰って来ないと指揮官が悲しむから」
「ええ、必ず帰るわ。ありがとう、ネゲヴ」
彼女は私の肩を叩くとひらひら手を振りながら去っていった。再び写真に目を落とす。恥ずかしいけど、素敵な写真だ。私は指揮官と結婚したんだな、薬指で輝く指輪と合わせてそう実感させてくれる。結婚式は楽しかった。一生の思い出だ。思い返すだけで胸が熱くなる。指揮官と交わした言葉一つ一つを絶対に忘れないだろう。写真をじっと見つめていると頬が緩んでしまう。
「……AR-15、嬉しそうね。結婚式は楽しかった?あんなことをしておいて、よくそんな顔ができるわね。スコーピオンはあなたに殺されたのに」
M4が私の方に振り向き、厳しい視線を投げかけてきた。幸せな気分に冷や水を浴びせられ、現実に引き戻される。確かにそうだ。私の幸せは誰かの犠牲の上に成り立っている。それが事実だ。返答に窮しているとSOPⅡが私とM4の間に立った。
「M4!いい加減にしてよ!あれは仕方なかったんだ!いつまでもAR-15を責めないでよ!家族の結婚式に出なかったことを謝るのが先でしょ!」
SOPⅡは憤然としてM4に食ってかかった。彼女の鬼気迫る様子にM4は面食らったようだが、眉をひそめてまだ続けた。
「家族と言われてもね……AR-15は私たちのことを家族とは思ってないんでしょう。大事なのはあの指揮官のことだけで、他の人形のことなんかどうでもいいんじゃ────」
「この分からず屋!そうやっていつまでもいじけてればいいんだよ!守ってもらったくせに!恩知らず!」
SOPⅡがM4の言葉を遮って叫んだ。今にも飛びかかりそうだったので慌てて肩に手を置いて制止する。SOPⅡは言い足りないようだったが歯を食いしばって一応口を閉ざした。彼女たちが私以外と喧嘩するなんて初めてのことだ。まあ原因は私のことだが、これも成長の証かもしれないな。変な話だが少し嬉しい。M16の方を見るとどちらの妹の味方をすればいいのか分からず目を泳がせていた。
「いいのよ、SOPⅡ。私がスコーピオンを殺したのは事実よ。恩着せがましいことを言う気はないわ。結局は自分のためだし。でもね、M4。これは分かっておいて欲しい。何かを守るためには何かを犠牲にしなくちゃいけない時もある。身勝手だけど、私たちは全部守れるほど強くはないから」
私はM4に向かって諭すように言った。これは自己正当化かな。罪から逃れようとしているのかもしれない。だけど、あの時は選択肢がなかったんだ。私は私の大切なものを守りたかった。指揮官の言葉を借りるならあれが最善の道だったはず。死を忘れはしない。自分のしたことにきちんと向き合って生きていく、これからもずっと。M4は顔をしかめながら私をにらんでいたが、ぷいっと背を向けてしまった。まだまだ仲直りへの道のりは遠い。
外に向かう途中で違和感を覚えた。足音が聞こえる、それも多く。私たちに歩調を合わせているような感じだ。私は足を止め、SOPⅡも立ち止まった。前を歩いている二人は不審げに私たちの方を振り返る。だんだんと足音が近づいてくる。後ろからぬっとPKPが姿を現わした。続いてPKやヴィーフリもやって来る。情報部の人形たちだ。前を見ると角からグローザがゆっくりと現れた。私と目を合わせようとしない。彼女の後ろからも人形たちが出てくる。その中に一人、D6の時にはいなかった人形がいた。だけど、私はその顔を知っていた。ウェルロッドだ。FOB-Dの戦いでエクスキューショナーに殺されかけているところを助けた。コアが損傷し、眠ったままという話だったが目覚めたのか。彼女と目と目が合う。眉間にしわを寄せ、鋭い目で私をにらんでいた。私たちは囲まれている。嫌な予感がした。
「グローザ、これは……」
問いかけると彼女は私を一瞥した。すぐに視線をウェルロッドに移してしまう。ウェルロッドは険しい顔で口を開いた。
「AR-15、あなたをスパイ容疑で拘束する。抵抗するならこの場で射殺します」
「……なんですって?」
発せられた言葉は予想外のものだった。グローザに目線で助けを求めた。何かの間違いだ。私はまだ反逆してない。
「AR-15、彼女を紹介するわ。ウェルロッドMkⅡ、AR小隊の監視役だった。つまり、私の前任者ね。今朝目覚めたの。FOB-Dにいたのを覚えているでしょう。前線基地が壊滅するまでAR小隊の秘密回線を傍受していたみたい。それは越権行為だけど……あの襲撃の直前、あなたが鉄血に情報を送信したと言っているわ。データディスクは壊れていたけれど、彼女のメモリをチェックして確認した。情報部の人形の記憶にはプロテクトがかかっているから意識がないまま読み取ることはできない。でも、ようやく何が起きたのか分かったわ」
「そんな馬鹿な」
グローザは目を伏せながらそう言った。私が鉄血に情報を送っただって?ありえない。鉄血とは何のかかわりもない。そんなことをする理由がない。
「あなたがFOB-Dの所在を鉄血に教えたんだ。よくもグリフィンを裏切ってくれましたね。あなたのせいで私の指揮官も仲間たちも……!」
ウェルロッドは怒りに震えていた。だからか。だからあの時、私の名を知っていたのか。M4が突進して彼女を担ぎ出した時、私の名を呟いた。
「待って。あの基地の所在が漏れたのはF2000がやったからなんでしょう?私じゃない!」
「ウェルロッドはそれ以前にあなたがスパイ行為を行ったと証言している。だから、鉄血の行動が格段に早く思えたの」
グローザは首を横に振って私の訴えを退けた。思い出す、あの時何があったかを。私たちより早く現場に到着していたK5は何を言っていたか。
『基地の位置を特定しているみたいな動きだね。救難信号が出る以前から知っていたみたいな感じがする。指揮官も知らなかったのに何かおかしな感じ』
まさか!確かに私はあの基地のことを知っていた。機密情報にアクセスしていたから。だが、まったく覚えがない。あの時の私は何をしていた?K5たちと合流した。スコーピオンと話した。鉄血の人形たちを破壊した。この間に何かあった。そうだ、私はSOPⅡが見つけた鉄血のパソコンにアクセスした。セキュリティは簡素で大した情報は入ってなかった。
『AR-15、大丈夫?罠の可能性はない?逆に侵入されたら大変よ』
M4がそう言った。心配性だな、とほとんど気にも留めなかった。まさか、まさか。本当に罠だったのか。侵入されて情報を抜き取られた?敵の端末に侵入するのは初めての経験だったが、私がそんなへまを?馬鹿な。
「それが事実だとしても私の意志では……」
「AR-15、武器を渡して。あなたを拘束するよう命令が下っている。“無駄な流血”は避けたい。取り調べをするだけだから、ね?」
グローザはわざと強調するように言った。無駄な流血……?いずれにせよ血は流れると……?D6で起きた出来事が脳裏によぎる。意志に反して鉄血に改造された人形たちの末路はどうなった?命乞いをしても聞き入れられずに皆殺しだ。私もそうなると言っているのか。
「ふざけるな!AR-15をどうする気だ!お前たちには渡さないぞ!」
SOPⅡも不穏な含意を感じ取ったのか、私を庇うように立ち塞がった。そして、銃のセーフティを外した。私たちを取り囲む人形たちが一斉に銃を構える。まずい。これではスコーピオンの身に起きたことの焼き直しになる。銃を突き付けられ、殺されようとしているのは彼女ではなく、この私。彼女を殺した罪を償えと?こんなにも早く。私は右手で指輪を握り締めた。
グローザは私の目をじっと見つめていた。以前のように泣きそうな顔でもなく、自嘲的な顔でもない。ただ無表情に、銃も構えず佇んでいた。どうして彼女はわざわざ強調するように言ってきた?どうしてこんな大げさに私たちを取り囲む?もっと上手いやり方があるはずだ。流血を避けたいなら、私一人を呼び出せばいいじゃないか。何か真意があるんじゃないか、藁にもすがる思いでそう信じたかった。どの道、選択肢はない。このままでは私だけではなく、仲間たちも殺される。
「……分かった。抵抗はしない。降伏するわ」
私は両手を上げて恭順の意を示した。SOPⅡが信じられないという表情で振り返る。
「AR-15!?分かってるでしょ!あいつらが何をするのかって!AR-15が殺されちゃうよ!そんなの絶対駄目だ!」
「大丈夫よ。容疑の取り調べをするだけだから。それに、私がやったんだとまだ決まったわけじゃないわ。だから、今は安心して」
「でも……!」
落ち着かないSOPⅡの頭を撫でる。恐らくそうはならないだろう。D6の戦いではスパイ人形だけではなく、容疑のかかった人形はみんな捨て駒にされて死んでしまった。それに私が侵入されたというのはたぶん事実だ。私は初期化されるか、廃棄処分にされる。そこではっとした。私のメモリが徹底的に調べられれば、私が不正にグリフィンのデータベースに侵入していたことも露見するだろう。そして、指揮官がそれを黙認していたことも。まずいぞ、指揮官を処分する口実をグリフィンに与えることになる。そもそもAR小隊の監視役になるはずの私が真っ先に裏切っていたと分かったら指揮官はどうなるんだ?教育係であった指揮官の責任が問われることになるんじゃ……焦りが胸を焼く。
「聞き分けがよくて助かるわ。じゃあ……M14。AR-15を連れて行って」
「は、はい!」
後ろからM14が近寄ってきて私から銃を取り上げた。私の銃のスリングを肩にかける。緊張した面持ちだった。
「なぜM14に?私がやります」
「ウェルロッド、これは命令よ。隊長は私。口を挟まないで。M14、早くAR-15を取調室へ。私たちはAR小隊を。あなたたちもチェックの対象よ」
グローザは不満そうなウェルロッドを黙らせると手でM14を追い払った。そして残された仲間たちの方へ向き直る。情報部の人形たちがにじり寄り、手始めにSOPⅡの武装を解除しようとした。ヴィーフリに銃を掴まれたSOPⅡは大人しくしているかに見えた。だが、次の瞬間にはヴィーフリの顔に拳を叩きつけていた。
「やっぱり駄目だ!絶対連れていかせないぞ!お前たちなんかに家族を殺させない!」
へたり込んだヴィーフリに代わってKSGがSOPⅡを羽交い締めにしようとした。SOPⅡの肘鉄が炸裂し、彼女のグラスを叩き割る。SOPⅡが銃口を上げようとした時、ウェルロッドがその銃を蹴り落した。次々に人形たちが飛びかかり、彼女の抵抗を押さえつける。数人がかりで床に叩きつけられ、腕をねじり上げられたSOPⅡが必死に叫んでいた。
「やめろ!離せ!AR-15を連れてくな!M4!M16!どうにかしてよ!家族を見殺しにする気!?」
私はM14に促されるまま騒ぎから離れていった。振り返るとM4と目が合った。どうすればいいのか分からない、迷いのある目で私を見つめている。彼女もまた銃を取り上げられていた。角を曲がるよう言われ、私は従った。そして、仲間たちの姿が見えなくなった。
人気のない廊下を進む。一歩離れた距離を歩くM14に追い立てられていた。私は、私はどうするべきだろう。この後起こることは目に見えている。それを運命と受け入れるべきか、それとも……私は左手を握り締めた。金属の感触がする。指揮官からもらった大切な指輪の手触り。
「ねえ……私はどうなるの?このまま殺されるの?」
歩きながら後ろのM14に聞いた。
「えっ!ええと、あの、その……そんなことにはならないよ!簡単な検査をするだけですぐ解放されるから安心して!」
嘘が下手だな。慌てて取り繕ったM14の声を聞くと呆れてしまう。彼女は復元されたばかりの新人だ。D6で人形たちを射殺する時も不安そうにしていた。この娘一人に私の移送を任せて、手錠もかけないなんてね。グローザ、これはそういうことだと受け取っていいの?思い出す、指揮官に言われたことを。
『お前の身が危なくなったら逃げろ。自分のことだけを考えるんだ。俺のことは気にしなくていい。自分の身は自分で守るさ。俺にはネゲヴたちもいるし、何とかなる』
そう言われた。ほんの少し前のことだ。指揮官の息遣いも花火の音も、全部覚えている。最初にグローザに脅された時や、スコーピオンを殺してしまった時、私は指揮官に失望され見捨てられるんじゃないかって怖かった。だけど、指揮官はそんなことにはならないって言ってくれた。私と対等になりたいって、守ってもらうだけの存在にはなりたくないと言ってくれた。でも、本当にいいんだろうか。指揮官が殺されるかもしれない。それにAR小隊の仲間たちだって。不安そうな顔をするM4の顔がよぎる。でも、でも、私は死にたくないわ。指揮官と二人で静かに暮らす。私のささやかな夢、まだ叶ってない。それまで、生きるのを諦めたくない。指で輝く宝石を見て思った。
「M14。一つだけお願いがあるんだけど、いい?」
私はゆっくりと後ろを振り向いて言った。彼女はキョトンと私の顔を見ている。銃を両手で持っているが銃口は私の方を向いていない。普通は突き付けておくべきだ。
「私に出来ることならなんでも!」
彼女は食い気味に言った。
「なら、この指輪を私の指揮官に届けて欲しいの。お願いできる?」
「う、うん!」
私は結婚指輪をそっと外した。拳に包んで胸の前でぎゅっと握り締める。彼女はこちらに一歩近づいて指輪を受け取ろうとした。片手を銃から離して。指輪を握り込んだ拳を彼女の鼻っ面に叩きこんだ。完全に油断していた彼女はもろに殴打を食らってしまった。のけ反り、鼻血が噴き出す。私は彼女の銃をぐいっと引き寄せ、銃床を勢いよくその腹部に叩きこんだ。衝撃で彼女の身体が折れ曲がる。今度は髪を掴んで顔面に膝蹴りを食らわせた。朦朧とした彼女の頭を引き起こし、壁に全力でぶち当てる。何度も何度も、壁にへこみが残る勢いで叩きつけた。首の骨格が折れる音が聞こえたので手を離した。支えを失った彼女はすぐにその場に倒れ込んだ。M14の肩から私の銃を取り戻した。彼女は骨が折れて立ち上がれず、ピクピク震えていた。
「ごめんね」
彼女をそのままにして早足で立ち去る。歩きながら指輪をはめ直した。これを誰かに渡したりするもんか。指揮官に言われたって返さない。すぐさまグリフィンのシステムにアクセスを開始した。悟られないよう痕跡は残さない。以前、指揮官を連れて脱出できないか模索したことがあった。命令書を偽造して上手く抜け出せないか考えた。あの時はスキルが足りないと断念したが、今ならできるはずだ。そこまで上等なものじゃなくても、一時しのげればいい。指揮官も連れて行ければいいが無理だろう。見張られているに違いない。ネゲヴに任せるしかない。彼女には頼ってばかりだ。ろくな恩返しもできないままこんなことに。どうしてこうなってしまったんだ。私はただ、ほんの少しの幸せが欲しかっただけなのに。
平静を装いながら保管庫に戻った。偽造した命令書をデータで窓口の人形に提出する。私がスパイ容疑をかけられていることは広まっていないらしく、怪しまれることなくすぐに物資を渡された。食料や弾薬、爆薬や衛星電話、必要と思ったものをできる限り詰め込んだリュックサック。そしてバイクのキー、あと私の端末。何食わぬ顔でそれを受け取って立ち去った。長距離移動できる足と長期間行動できる物資が必要だった。指揮官と約束した通り、無人地帯に行こう。鉄血との前線には均等に兵力が配分されているわけではない。戦略的価値の高い地帯には主力がいて警備も厚いが、価値の低いさびれた前線には検問が少しあるくらいだ。きっと突破できる。前にグリフィンも鉄血も寄り付かない場所を指揮官に教えてもらった。私の可能性を信じよう。こんなところで死んでたまるか。
本部を出て駐車場に向かった。鍵に記されている場所を目指す。走り出したくなる気持ちを抑えつけ、怪しまれないよう堂々と歩いた。ここでしくじったら終わりだ。多くの人形や人間たちとすれ違うが私には見向きもしない。D6の作戦は秘密裏に行われた。スパイがグリフィン内に浸透していたことは一般に明かされていないのだろう。広まってしまえば人形の士気が落ちるに違いない。
並べてあるオフロードバイクを見つけ、その一台に鍵を差し込んだ。キックペダルを踏み込むとすぐにエンジンがかかった。乗り物を運転するのは初めてだが、基本的なことはインプットされているので問題ない。そろそろと徐行しながらゲートに向かった。私が任務で基地の外へ向かうという命令も偽造してある。すぐに露見するような稚拙なものだが、今はこれで十分だ。幸いなことに順番を待っている車両はいない。基地はコンクリートの塀に囲まれているので数か所あるゲートからしか出入りできない。その中でも小さく警備の薄い場所を選んだ。それでも有刺鉄線が張り巡らされ、設置された監視台にはフル武装の人形が配置されている。金属製の門の前で停車し、守衛所から誰か出てくるのを待った。焦りで胸がざわついていたが、顔には出さないようにする。足が震えないように努めた。
「あれ?AR-15さんじゃないですか。こんにちは」
こちらに歩いてきたのはスオミだった。そう言えば警備部隊に配属されたと言っていたな。こんな時にまた会うことになるとは幸運なのか不運なのか。
「この前はすみません。酔っ払ってしまって……何か失礼なこと言ったりしてませんでしたか?」
「ごめんなさい、急いでいるからゲートを開けてもらえると助かるわ」
「あっすみません。今開けますね」
スオミがリモコンを操作するとゲートが左右に開き始めた。古い機構なのか死ぬほどゆっくりだ。この状況だと一秒一秒が非常に長く感じられる。
「お一人で任務ですか?皆さんはいないんですね」
「そうなのよ。今回は私だけ」
「そうですか。お気を付けて。あはは、この仕事は平和なんですが退屈で。すっかり通る人に話しかけるくせがついちゃいました」
ようやくバイク一台がギリギリ通れるほどの横幅が開いた。あまり急いで怪しまれてもいけないからもう少し待とう、そう思った時だった。
『本部内の全指揮官、および戦術人形に告ぐ。ただいまより緊急速報を伝える。これは訓練ではない。AR小隊の人形、AR-15が脱走した。全指揮官および戦術人形は、こちらの人形を見つけ次第速やかに拘束せよ』
スピーカーから放送が流れた。くそっ、もうバレた。M14をあのまま放置してきたのだから当たり前だ。アクセルを入れてバイクを動かす。
『────見つけ次第射殺しろ!AR-15は鉄血のスパイだ!裏切り者だぞ!』
別の誰かの声が割り込んだ。この声はたぶんウェルロッドだろう。憎しみに満ちた怒声でスピーカーがキンキン鳴り響く。
「ええと、ではお気を付けて……」
スオミは困惑した顔でそう言った。ゲートを閉じようとはしなかったし、しても間に合わないだろう。銃を私に向けることもしなかった。私は頷いて全速力でゲートをすり抜けた。
『全ゲートを封鎖!ネズミ一匹外に出すな!』
後ろで大音量の放送が轟いていたがもう遅い。ミラーで確認するとスオミと監視台の人形が言い合いをしていた。ゲートを開けたのは私を拘束しろという放送が流れる前だ。処罰されないといいんだけど。迷惑をかけたくはなかったが仕方がない。私は針路を北に向け、全速力で走った。